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2006/12/15

有峰慕情

[ 本稿は、「無精庵徒然草 有峰慕情」から、思い出話に関わる部分だけを抜粋したものです。思い出話ということで、一応、実話! 記憶が曖昧な部分もあるし、ちょっと暈した記述もあって…。 (06/12/15 記)]

 遠い昔、高校二年の時、多分、秋の頃のある祭日だったと思うが、何故か有峰湖へ一緒に行こうという話になった。どうして有峰湖だったのだろう。デートなら、他にもいろいろあったはずなのに。
 小生が誘ったのか、相手が場所を仄めかしたのか、それすら覚えていない(当時の日記も二十歳の時に全て焼却したし)。
 有峰湖までは最寄の鉄道の駅からも、ずっと遠い(記憶では当時は十キロほどはあった)。交通機関としては本数が少ないがバスを利用するしかない。
 なのに、記憶からはバスに一緒に乗った時間がすっぽり消え去っている。
 二人で砂利道をテクテク歩いたことしか覚えていないのだ。
 まさに峠道で片側は急斜面で岩がところどころで剥き出しになっている。バスどころか普通車だって擦れ違うのは、どちらかが道の端っこギリギリに寄せて止まらないと不可能な道。
 その道をほんの一歩、踏み外すと崖を真っ逆様に遥か眼下の川か石で一杯の河原まで一気に転げ落ちるしかない。

 峠の道の何処かが、最近の雨のせいか、車どころか人さえ、通れなくなっている。斜面の岩や土砂が道路を塞いでいたのだ。
 あるいは、だから、バスの運行は取りやめになっていたのかもしれない。
 それとも、途中まではバスは走ってくれたのか。
 なんとなく、共に学生服姿の二人(学校の規則で、外出の際は学生服着用が義務付けられていた)を運転手はどう思っているんだろう、なんて思っていたような微かな記憶もあるのだが…。

 が、二人は、どうしても有峰湖へ行きたかったのだ。
 だから、最寄の駅で降りてからは、あるいはバスを降りてからは、気持ちは一つで、とにかく有峰湖へ。
 十キロもの道…。
 
 砂利道が岩などで塞がれているし、斜面からはいつ岩が落ちてくるか分からないような状況だった。

 が、幸いというか、その峠道のさらに斜面側に人が二人ほど並んでならなんとか歩ける程度の細い、天井の低いコンクリートで固められた崖崩れの際の緊急の避難通路のような道があった。
 ちょっと通路の中を覗いてみる。
 薄暗い道だった。
 片側は斜面だが、片側にはコンクリートの壁に透き間があり、そこから外光がやっと入るだけ。
 その光があるお蔭で、避難路(勝手に命名しておく)には灯りの類いが一切ないにも関わらず、目を凝らせば手探りしなくても歩けるかも、と思えたのだった。

 薄暗い、かび臭いコンクリートの通路の壁からは水が染み出していて濡れているのが分かる。天井からも水滴が落ちてくる。
 水滴がポタリポタリというより、雨滴が雨ほどに落ちている。どうしたものか。
 通路の外の峠道は岩や土砂で埋まっているし、崖が今にも崩れそうな気配。
 仕方なく、二人して暗い通路を行くことにした。

 いざ隧道に入ろうとすると、彼女は、さすが女性である、小さなバッグから折畳みの傘を取り出した。目にも眩しいピンク色の傘。
 でも、小生は、それを目で制して、彼女の肩を抱き寄せた。
 通路は狭いし天井も低い。雨滴は少なからず落ちているが、雨というわけじゃない。
 そんな判断を口にしたのか、それとも、目で彼女が傘を取り出す仕草を制したのか、覚えていない。

 彼女の肩を抱き寄せ、薄暗い隧道(ずいどう)を歩いた。
 彼女の肩を抱いた瞬間、彼女の体が一瞬、強張ったのを感じた。でも、すぐに解けて、成り行きに任せる感じになった。間近にあるはずの、息遣いだって感じられるはずの彼女の顔を覗き込む勇気は、小生にはなかった。だから、彼女の表情までは分からない。
 覗いても長い髪と隧道の暗さで分からなかったろう。

 長い隧道だったのか、それとも、その崖崩れした数十メートルの部分だけの短い区間だったのか、これも記憶の彼方である。
 仮に隧道がずっと続いていたとしても、コンクリートの壁からは峠の砂利道が歩いても無事そうなのは分かってしまう。
 そのまま彼女を抱き寄せながら歩き続けたかったけれど、それほどに図々しくはなれなかった。

 隧道を出て、彼女の肩を放す。
 彼女は、小さく、「ありがとう」と言った。
「ありがとう」の言葉が水臭く感じられたのは、小生が若かったからだろうか。

 そうして気がつくと、有峰湖なのだった。
 湖畔に二人して立つ。
 崖下の湖から冷たい風が吹き上げてくる。彼女の髪が揺れ、彼女の頬が冷気で火照っている。
 何故か小生は、彼女を斜め後ろから眺めている。見惚れていた? 
 そうかもしれない。
 
 さて、である。小生の情けないところなのだが、その後、二人はどうなったのか。どうやって麓(ふもと)の駅まで戻ったのか、まるで覚えていないのである。
(彼女の肩を抱き寄せた時、彼女の体が強張ったのには、もっと別の理由がある…のだが、これはまた別の機会に。)

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コメント

おおっ、青春ですね~。
後を残す終わり方で 気になるじゃないですか。
続きを待っていますね。

後ろから見ほれるような、長い髪の彼女。
そんなヒトとのデートの思い出があるなんて
いいな、いいな。

追伸.遅ればせながらここ、リンクさせて頂きました。

投稿: なずな | 2007/01/08 00:20

なずなさん、コメント、ありがとう。
嬉しい!

小生、女性との付き合い、高校時代でエネルギーを使い果たしたって感じ。情けないけど。
あちこちデートしてもらったし。

実話なのですが、かなり厄介な事情があって、続きもだけど、まともに書くと、少なくとも中篇ほどにはなる覚悟が必要。
今の小生にはそんな気力はない。
でも、頑張らなくっちゃね。

投稿: やいっち | 2007/01/08 03:33

ほほう、有峰湖のデートでしたか。
近くにダムもあるんですね。
外出にも、学生服着用を義務づけられていたとは驚きです。
いつ、クリーニングに出したらいいんでしょう(笑)
娘の中学は、登下校以外の制服着用を禁止していますが、正反対の事例ですね。
やいっちさんは、女性の肩に手を回す派でした?
私は腕を組んで歩くのが好きでした。
ぶら下がっている感じになるんです。
手をつなぐのも、爽やかな感じでいいかも。
腰に手を回すのは、あまり好きじゃないですね。
ブヨッとしていたら、帰りたくなります(笑)

投稿: 砂希 | 2011/07/03 07:22

砂希さん

旧稿を読んでくれて、とても嬉しいです。
ほぼドキュメントタッチかな。

高校は、受験校だったので、いろいろ規則にうるさい。
修学旅行も、受験勉強の邪魔になるから、高校にはなかった!

>やいっちさんは、女性の肩に手を回す派でした?

彼女は、傘をバッグから出した。
つまり、折笠。小さい。
彼女が小生に差しかけてくれた、でも、小生が傘を受け取り、彼女が濡れないようにと傘の位置を調製。
その上で自分も濡れないよう、彼女の肩を抱いた…抱き寄せた、というわけです。

ドサクサに紛れて?

手をつなぐのは、当時は無理でしたね。
別に恋人同士じゃなかったし。

投稿: やいっち | 2011/07/04 21:33

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