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2006/08/05

雪人形

[本作は、ホーソーン著『ホーソーン短篇小説集』(坂下 昇編訳、岩波文庫)所収の「雪人形」という佳品を読んで触発されて書いたもの。ただし、ホーソーンの世界とはまるで違うものとなっている。「無精庵徒然草」で公表したものを「創作の庵…掌編、俳句、川柳の東屋」であるここ「無精庵方丈記」に転記しておく。]

 五つか六つの頃、ボクは田舎の一軒家に住んでいた。

 あれは雪の降りしきる日のこと。
 ボクは雪の野に不思議な光景を見ていた。
 我が家の畑の隅っこに勝手に雪だるまが出来上がっていったのだ。
 降る雪は視界をさえぎるほどだったけど、風は吹いていなかった。
 なのに、我が家の庭の杉の木の天辺ほどの高さまで雪が舞い降りてくると、白い花びらたちは不意に落ちる行方を一点に決められていたかのように、庭の隅っこに向っていった。
 雪だるまはボクだって作ったことがある。新雪を手袋をした手ですくい、それこそ絨毯を丸めるようにして次第に固めていき、やがて真ん丸の雪のかたまりを大小二つ作る。
 二つの真ん丸を重ね、そこに炭か何かで目玉を付け、帽子をのっけて出来上がりだ。

 でも、あの日、出来上がっていった雪だるまはとても、そんなものではなかった。
 雪の日本人形だった。
 女の子の人形にしか見えなかった。

 おかっぱ頭で、瞳が大きく、睫毛だって長い、可愛い女の子。
 まるでボクにも彼女が欲しいなと夢の中で願っていた女の子が、いきなり目の前に誕生したみたいだった。

 女の子って、あんなふうに出来上がるのだろうか。
 ボクの家には父ちゃんと母ちゃんとボクだけ。女の子の姉妹はいない。
 言っておくけど、ボクだって女の子くらいは見たことがある。
 それどころか、とっくに目をつけている女の子だっているんだ。
 名前は?
 それは…、言えない!

 でも、女の子がどのようにして生まれるのかは、見た事がなかった。
 ボクの好きな女の子を見ても、ボクとはまるで違う生き物に見える。
 着ているものも違うし、とにかく何から何まで宇宙人だ。

 もしかして、ボクは女の子が誕生する場に居たのだろうか。
 ということは、あの子はボクの彼女なのだろうか。

 長い睫毛に粉雪が。
 ああ、払ってあげたい。
 おかっぱの頭にもドンドン、雪が降り積もる。
 
 傘は?
 
 そんなところに立ち尽くして、どうするの?

 部屋にお入りよ。
 ボクの部屋はあったかいんだよ。
 
 そうだ、その前にボクのジャケットを貸してあげるよ。男物だけど、ちょっと我慢だよ。

 ああ、せっかく女の子が生まれたのに、このままじゃ、女の子が雪に埋まってしまう。
 ボクはだんだん焦ってきた。
 何とかしなくっちゃ。

 ねえ、おいでよ。こっちだよ。
 どうしたの? 歩けるんだろ?

 何をためらっているの? 恥ずかしいの。
 他人の家だから怖いの?
 ボクがいるじゃないか!

 ボクはとうとう我慢がならなくて、軒先を飛び出し、女の子のほうへ駆けていこうとした。
 すると、背後から、母ちゃんの声が聞こえてきた。
 ダメよ、あの子はね、寒い中にいるほうがいいのよ。

 えっ、寒いほうがいいの。そんなはずないよ。だって、あの格好、見てよ。まるで夏の姿だよ。半袖のブラウスに短いスカートに、足は……。
 足は雪の中に埋まっていて見えないけど、靴下なんて履いてないみたいだよ。
 あれじゃ、ブルブル震えちゃうよ。風邪、引いちゃうよ。
 あのままじゃ、きっと雪の中で死んじゃうに決まってる。

 ダメよ。あの子は、あんな子なの。寒いほうが好きなの。
 よく見なさい。全然、震えてなんかいないでしょ。
 
 そうかな、確かに震えていないみたいだけど、寒いに決まっているよ。
 あの子…、あの子、ボクに会いに来たんだよ。家の中に入れてあげようよ。
 お客さんじゃないか。お客さんにはいつも母ちゃん、熱いお茶なんてあげてるじゃないか。
 ボクのお客さんだけ、冷たくするの?

 待ちなさい!
 母ちゃんの声を振り切って、ボクは女の子のほうへ駆けていった。
 女の子は、はにかんでいるのか、俯き加減に積もりゆく雪を眺めているだけだった。
 ボクは思い切って女の子の手を取った。
 ボクの手にさえ包まれるような小さな手だった。
 そして、冷たい、冷たい手だった。
 ああ、きっと、体は冷え切って、今にも死にそうなのに違いない。こんな子を外に放っておくなんて、許すわけに行かない。
 
 ボクはいやいやするように渋る女の子の手を引いて、家の中に誘い込もうとした。

 やめなさい!
 父ちゃんに叱られるわよ。
 
 どうしてさ。
 父ちゃんだって、帰ってきたら、きっと褒めてくれるよ。

 日頃の大人しいボクではなくなっていた。なんだか、訳の分からない力がボクにみなぎっているようだった。

 家に近づけば近づくほど、女の子の体が重くなるように感じた。雪が一層、降り積もったからだろうか。
 家の玄関の直前となったら、女の子の体は石になっていた。凝り固まって、地に埋まってしまったようだった。
 それでもボクは女の子の手を引っ張った。
 どうしても暖めてあげたかった。ダウンのジャケットを被せてあげる。灯油のストーブの目の前に座らせてあげる。フカフカのソファーに深々と腰を沈めさせてあげる。
 なんなら…。そう、なんなら、ボクの体で暖めてあげてもいい!

 ああ、ボクがボクじゃなくなっている。そんな恥ずかしいこと、どうして平気で言えたのか、不思議でならない。
 でも、そんな言葉が勝手に口を突いて出たんだ。
 ボクのせいなんかじゃない!

 とうとう、ボクは女の子を家の中に入れた。
 母ちゃんは、もうどうなっても知らないからと、家の奥に引っ込んでしまった。最後に、父ちゃんに見られる前に女の子、帰してしまいなさい。そういい捨てて。
 母ちゃんがあんなに冷たい人だとはボクは信じられない思いだった。
 でも、今はそんなことなど構っていられなかった。
 とにかく、女の子を暖めてあげなくっちゃ。考えるのはそれだけだった。

 雪の降る外では石のようだった女の子は、家の中に入った途端、ブルブル震えだした。
 そうだ、しもやけになった手が暖かい部屋の中に入って擦っているうちに、ジンジンしてくる、きっとそんな感じなのだろう。

 水銀灯のした、女の子は一層、真っ白に輝いていた。純白とはこういう人のことを言うのだ。透き通るような肌だった。どこまで光が女の子の肌深くまで染み透っても、真っ白な輝きに出会うだけに思えた。
 母ちゃんが自慢する真珠だ。真珠の女の子だ。
 ボクは、石油ストーブの前でこわばる女の子にフカフカのタオルを被せてあげた。溶け残る雪を拭ってあげたかったけど、ボクにはやっぱり恥ずかしい。
 雪が溶け、肌にこびり付いていた氷も剥げ落ち、ついには着ていたはずのブラウスやスカートさえも溶けていった。
 なにも、そこまでしなくても、服の上から拭けばいいのにと言おうとしたけど、そう、着衣は自然に溶けて消えてしまったのだ。
 残ったのは、それこそ雪人形だった。
 母ちゃんが読んでくれた童話に出てくる雪の精だった。
 
 バタン!
 父ちゃんが帰ってきた。玄関で雪を払いながら、母ちゃんを呼んでいる。
 ボクは出迎えに行った。
 母さんはどうした?
 母ちゃん、奥。
 
 奥? どうした、母さん、具合でも悪いのか。
 それに、玄関から廊下と、随分と濡れてるな。何かあったのか。
 
 お、お客さん。
 お客さん?
 こんな雪の日にか。母さんの、それともオレの客か?
 
 ボ、ボクの。

 お前の?
 こんな夜にお前の友達か。大丈夫なのか。
 父ちゃんは、居間へ向った。
 そこにはストーブの前で真ん丸くなっている女の子がいた。丸い背中やお尻が真っ白に輝いている。
 幼いボクが見ても、思わず生唾を呑み込むような美しさだった。
 
 なんだ、この子は?
 
 あの、雪の中で…。突然…。

 雪の中で…、なんだ。道に迷ったのか。
 こんな田舎の一軒家だぞ。小さな女の子が迷うような場所じゃ、まるでないぞ。

 そう言いながらも、父ちゃんの目は女の子に釘付けになっていた。父ちゃんのあんな目は初めて見た。石油ストーブの灯よりギラギラしている。

 女の子、雪の中にずっといたから、体、凍っていたかもしれない。
 だから、しっかり暖めてあげないと。

 それはそうだ。カチンカチンに凍り付いているようじゃないか。
 あれじゃ、ストーブに当らせるだけじゃ、ダメだ。
 風呂に入れてやらないと。
 風呂、沸いてるか。

 母ちゃんとボク、入ったし、湯、あったかいよ。

 そうか。よし、オレが女の子を風呂に入れてやる。
 
 ボクは? 
 
 お前は、もう、寝なさい。もう、こんな時間じゃないか。
 あとはオレに任せるんだ。

 ボクは父ちゃんには逆らえない。しぶしぶ、寝静まっている母ちゃんの隣の部屋へ引っ込むしかなかった。

 眠ったような眠れなかったような長い夜が続いた。

 闇の底で蠢く2頭の獣がいた。ボクは岩陰に隠れている。息を殺して獣が行過ぎるのをひたすら待つ。
 のそりのそりと獣どもがやってくる。
 ああ、体温が感じられそうなほど間近だ。
 ボクは、息どころか自分自身を殺した。そうでもしないと、気配を殺せそうになかった。

 2頭の獣は小さな獲物を何処かへ運ぼうとしている。
 
 もう、行き過ぎただろうか。
 恐々、岩陰から頭を覗かせてみた。
 すると、奴の目とまともに合ってしまった!

 ごめんなさい。もう、しないから。もう、覗きにいったりしないから。
 
 あれは、父ちゃんの目だったろうか、母ちゃんの目だったのか、それとも、女の子の目?

 夜が明けた。
 雪は一晩中、降り続けていたようだった。

 トイレの窓を少し開けてみた。昨日、雪人形が誕生した辺りは……。
 
 あれ? 雪だるまはない。いや、ある。降り積もった雪のせいで盛り上がりが分からなくなっているだけだった。

 やっぱり雪だるまは出来たのか。あの小山には雪人形が埋まっているのか。
 ボクが作ったんだっけか。

 それとも、あれは夢?
 
 テーブルを囲んで三人での朝食。
 いつも通りのような食事風景。
 
 昨日の…、とボク。

 昨日の? と睨みつけるような母ちゃん。
 父ちゃんは知らん顔だった。

 二の句の告げないような気まずい雰囲気。
 ボクはモクモクと食べ続けた。

 ボクはただ、雪解けの季節が来たら、あの雪の小山の正体を確かめるんだ、と思うだけだった。

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コメント

この作品、以下のサイトの頁に丸々転記されていた:

「夢のベンチ11月」
http://www.river.sannet.ne.jp/yona/benchi3.html

久しぶりに読んだら、誤字があることに気づいた。
転記してくれた方、ありがとう!

投稿 やいっち | 2006/12/02 13:45

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