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2006/07/31

花火大会の夜に

 高校二年になって間もない頃のこと。
 ボクは、ついに彼女とのデートにこぎつけた。
 といっても、授業が終わって駅に付くまでの間の束の間のデート。

 本当なら自転車で通っているボクだけど、彼女が最寄の駅まで歩いていくことを知ったボクは、自転車が盗まれてしまったと言い訳して、歩いての通学に切り替えていた。
 そして、駅まで一緒に歩いていく。彼女は、結構、山のほうに家があって、授業が終わるとそのまま家のほうへ向い、家の近所にある琴の先生の家に行く。
 ボクはというと、ずっと帰宅部。クラブというクラブには所属したことがない。集団行動が大嫌いなのだ。
 せいぜい、二人が限界。
 そう、彼女との二人きりの集団生活…。
 Siontenjinhanabi
→ 紫苑さんに戴いた日本三大祭の一つ大阪天神祭(他は、京都の祇園祭、東京 の神田祭)での花火の画像です。船渡御も花火も御覧になったとか。この画像を見た瞬間、花火にちなむ掌編を書いてみようかなと思い立ちました。

 集団じゃないって? そんなこと、どうでもいいじゃん。

 ボクはいつまで経っても、駅までの数分のデートに歯がゆい思いをしていた。
 といって、琴の練習、お茶と、まるでボクには縁遠い生活を送る彼女に付け入る隙がありそうにない。
 一緒に歩いてくれるだけでも、嬉しいと思うべきだ、そんな風に自分に言い聞かせていた。

 そんなある日、彼女が駅の改札に消えていくのを見送った後、とある公園の脇を通りかかったとき、公園の片隅にあるブランコに高校生の男女がいるのを見つけた。

 男の奴は…。制服はボクと同じ…。
 ああ、あいつだ。プレイボーイと評判のKだ。
 相手の女の子は誰だろう。ボクは目だけは自信がある。
 木立の陰に身を潜めて、目を凝らし見つめてみた。まさか、彼女じゃ…。
 違う学校の生徒だ。
 ボクはホッとした。

 なんて奴だ。もう、ボクの学校のめぼしい女の子には飽きたってわけか。

 女の子の目鼻立ちはさすがにはっきりとは分からないけれど、美人だってことは遠目にも不思議と分かってしまう。
 ボクは、彼らを見つめている間に、あの女の子がボクの彼女に見えてきてしまった。
 違う人だってことは分かっているのだけど、でも、彼女があいつに言い寄られて、ついには丸め込まれて…。

 胸騒ぎがしてきた。
 もしや、今は違っても、以前にはボクの彼女も奴に口説かれていたんじゃないか。
 あるいは、とっくに振られてしまって、それでその失恋の痛手を忘れたさに、脇目も振らずに下校し、習い事に専念しているんじゃないか。
 ああ、もし、彼女があいつに…。
 妄想は膨らむばかりだった。

 ダメだ。このままじゃいけない。このままじゃ、いつまで経っても、駅までのデートもどきで終わってしまう。
 ボクは、得体の知れない焦燥の念に駆られてしまった。
 別に彼女があいつと関係があったという証拠があるわけじゃないけれど、彼女の顔に被さる奴の影が目にちらついて、じっとしてなど居られなかった。

 それでも、何の知恵も浮ばないうちに夏休みが近づいてきた。

 ある時、休み時間だったか、教室の一角で女の子たちがお喋りに夢中になっている。その中にボクの彼女もいる。
 ボクは、クラスじゃ、ガリ勉野郎で通っている。学校が終わってすぐに帰宅するのも、まっすぐ塾に向かうからだということになっている。
 それを幸い、ボクは机の上に教科書を開き、その中に顔を埋めて、耳をダンボにしていた。

 それでも、教室はざわざわしていて、花火、川、橋、見物にいい場所などといった言葉だけが聞こえてくるだけ。
 どうやら女の子たちは、近く開催される花火大会の話で盛り上がっているようだった。
 そのうち、浴衣という言葉が耳に飛び込んできた。
 浴衣姿の彼女!

 ボクの想像は一気に膨らんだ。そうだ! 浴衣姿で二人して花火見物だ!
 
 そんなボクの夢は呆気なく萎んでしまった。
 女の子たちはみんなで見物に行こう、なんて話になっているのだ。
 ダメだよ、その他大勢と一緒になんか、行っちゃダメだってば。

 でも、彼女にその日、二人きりで花火見物に行く相手が居ないことが分かっただけでも収穫だ。
 実は、ほとんど毎日のように駅まで一緒に歩いていながら、それは彼女にしてみたら、ただの付き合いに過ぎないのかもしれないのではという疑心があったのだ。
 この人となら、それなりに成績もいいし、駅までくらいだったら、一緒してもいいかな、みたいな。
 
 よし! とにかく、ボク以外に彼氏がいないことだけは、はっきりしたぞ!

 八月一日が近づいた。ボクは、駅までの帰り道に、彼女がみんなと(その中にボクはいない!)花火大会に行く、待ち合わせ場所は例の駅だということまで聞き出していた。
 それどころか、彼女は、「キミも来ない」なんて誘いの言葉さえかけてくれたのだ。
 
 ああ、天にも昇る心地! 我が世の春。

 だけど、どんな魔が差したのか、ボクにはまるで分からないのだけど、ボクは口を濁してしまった。

 彼女は、そう、と小さく呟いただけだった。
 
 何故だ?! 何故、あの時、行くよ! って言えなかった?!
 
 唯一、分かるのは、彼女と二人きりじゃないってことが、自分の中で屈辱的というか、不満だったということ。
 要は、高望みしてしまったのだ。
 二人で行けないくらいだったら、いいよ、行かないよと、拗ねてしまったのだろう…、きっと。

 それしか理由が思い浮かばない。

 ああ、浴衣姿の彼女。
 二人きりじゃなくなっていいじゃないか。花火大会の夜を彼女と過ごせるのは間違いないのだし。
 うまくいったら、周りのみんなが気を利かせて二人きりにしてくれることだって、ありえない話じゃない。
 
 だけど、ボクには融通が利かなかった。
 最初に渋ってしまったら、もう、後には引けなくなった。ボクはその日は行けない事に決まってしまったのだ!

 八月一日までの数日は悶々とした気分に、ただただ惨めだった。
 たった一言、あの日、行くよって言えばよかった。ただそれだけのことだったのに、どうして、どうして、どうして。
 ボクはバカだ。大バカだ。ボクの一生なんて、こんな風で終わるんじゃないのか。

 ボクはそれでも、浴衣姿の彼女を見たかった。どんな色の、どんな柄の、どんな髪型の、どんな下駄か草履の彼女なのか。素足なのか。花火が打ち上げられて光るたびに、風に揺れる襟足の後れ毛が浮かび上がるのだろうか。
 花火大会の日の宵、とうとう我慢がならず、用意だけはしておいた浴衣を着て、駅の改札へ向った。
 前の年までは、家族全員で屋根の上に上って花火大会を見るのが習慣だったのに、ボクがついに破ってしまった。
 妹は、兄ちゃん、デート? なんてボクの背中に問いかける。母ちゃんは、父ちゃんが帰ってきたらガッカリするわよ、なんてニヤニヤしながら呟いている。

 ボクは逃げるようにして家を出た。
 なんだか、討ち入りに出かけるヤクザのような心境だった。
 高倉健さんの映画の観過ぎだったろうか。
 止めてくれるな、おっかさん!
 妹には、こんなヤクザな兄貴を持って、お前も不憫な奴よ、なんて心の中で言っていた…。

 家を飛び出したはいいけど、夏の宵闇を眺め上げた瞬間、駅の改札で何時に待ち合わせているか、時間を聞きだすのを忘れていたことに気が付いた。
 一瞬、風が止まり、脂汗か冷や汗か分からないものが背中を流れた。
 目の前の自転車までが嘲笑っているように見えた。

 もう、ボクは破れかぶれになった。どうせ、討ち入りなんだ、ヤクザの出入りなんだ、討ち死には覚悟の上だ!
 訳が分からないほどに、自棄になってしまった。
 ボクは自転車を駆って駅へ向った。

 花火大会の雑踏の中に彼女らが、いや、彼女の姿が消えてしまわぬうちに駅へ急ぐんだ。
 待ち合わせが何時だろうと、早めに行って、待ち伏せすればいいんだ。

 ふと、太宰治の走れメロスを連想してしまった。
 走れメロス…。
 もう、ふざけて走れエロスなんて言ったりしないから、間に合いますように!

 花火大会の開始時間には間があるのは分かっていた。会場近辺には開始の30分前にはたどり着ける。
 問題は、彼女らの待ち合わせ時間に間に合うのかどうかだ。
 ボクは、帰宅部だけど、足腰には自信があった。ガキの頃から駆けっこが大好きだったし、今は違うけど、自転車を飛ばして一秒でも早く学校へ行こうと自分で自分を駆り立てるのが癖みたいだった。
 クラブには所属していないけど、膨らむ前よりも早く走るんだ! なんて、訳の分からない呪文を唱えながら早朝にはマラソンをしている。
 
 そう、成績にこだわるボクは、体育もそこそこでないと自分が許せない性質(たち)なのである。
 
 …ああ、だから、走れエロスなのか…って、未だ言ってる!

 駅が見えてきた。さすがに人影が多い。わが町にこんなに人がいたのかと驚くほどだ。
 もっとも、会場はわが町から近いけど、見物客は近隣の市や町から来るのだから、人が多いのも不思議じゃない。
 でも、となると、尚更、その中に彼女たちが混じってしまったら、探しようがないじゃないか。

 ボクは逸(はや)る胸を堪えつつ、懸命にペダルを漕いだ。ゴール寸前の競輪の選手にも負けないほどに頑張った。
 と、そこに驚くような光景を見た!

 向こうのほうから、何処かで見たような人たちの集団が来る。

 それは、彼女たちの集団だった!

 彼女の顔も見える。
 憧れの浴衣姿の彼女!
 赤い鼻緒の黒の下駄。手には団扇。浴衣は白地でボクには分からない花の柄が。

 ああ、彼女が輝いているよ!

 ボクは、どうすればいいのか分からなくなった。
 けれど、彼女の眩しさに目が眩んだのか、自転車の勢いは止まらない。
 ボクは、驚き呆れる彼女たちの脇を走り抜け、駅のほうへ向うしかなかった。
 
 自転車が壊れているという嘘がばれてしまう、今はどうでもいいはずの、頓珍漢な心配が湧いてきた。
 行き過ぎて、どうする?!
 戻るか。今更、どういう顔をして戻ればいい?
 彼女たちはボクのほうを振り返って、何か言っているのだろうか。
 来ないと言ったのに、来てしまったボクを彼女はどう思うだろうか。

 ボクは、数多の中が真っ白になってしまった。
 一体、どうしたらいいんだ。
 引き返すに引き返せず、駅の近くの大会の見物コースを設定するためのロープに行く手を阻まれたままに、途方に暮れていた。
 引き返すべきか。
 そんなことはできない。男の沽券(こけん)に関わる。
 でも、引き返さないと、ここまでやってきた甲斐がまるでなくなる。浴衣をどうする。自転車の説明をどうする。
 大体、何も、あんなに慌てて行過ぎる必要など、まるでなかったじゃないか。
 出会ったところで、適当に挨拶して、予定が変わったから来たよとか何とか言って、そうして合流すれば済む話じゃないか。
 どうして、阿呆みたいに通り過ぎてしまったのだろう。
 ああ、バカだ、バカだ。ボクって、世界一のバカだ。

 自転車をロープを繋いである杭に持たせかけ、駅の小屋の先の遠い空を眺めた。
 そろそろ花火大会も始まる時間だ。
 こうなったら、せっかくの浴衣姿なのだし、一人で見ていくか。

 一人、つくねんと立っていたら、背中から声が聞こえてきた。懐かしい声だ。夢にまで見た声。あの涼やかな声…。
 っと、彼女の声じゃないか!
 何、してんの。自転車、漕ぎ疲れたの?
 良かったら、一緒に見物しましょうよ。

 良かったら? 良かったらに決まってるじゃん。

 声のほうを振り向くと、そこには浴衣姿の彼女が居た。
 彼女だけが居た。
 
 あれ? みんなは?

 みんな? みんな、先に行っちゃった。
 わたし、一人。
 わたしと一緒じゃ、嫌?

 嫌なわけないじゃないか! って叫んだ瞬間、最初の花火がドーンと鳴った。

[無精庵徒然草にて2006/07/30付けで公表した作品。あっちだと実話と勘違いされる恐れがあるとの指摘もあって、こちらに載せます。本文中にもありますが、7月30日の未明、ホームページの画像掲示板に戴いた花火の画像を見た瞬間、何か書こうと思い立ったのでした。]

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コメント

弥一氏には珍しく(?)爽やかな青春モノ、ですね。
実話ではないとのことですが、こういう挿話に点描された幸福な思春期というものも、どこかにあるんでしょうねえ。

p.s.
些細なことなれど、「自転車が盗まれてしまった」という言い訳が、「自転車が壊れている」に変わっていますよ。ご確認を。

投稿 加藤思何理 | 2007/02/03 22:19

加藤思何理さん、読んでいただき、嬉しく思います。
確かに爽やかな青春モノは少ないですね。
柄じゃないからでしょうか。
悲恋に終わった青春モノに下記があります:
「雨音はショパンの」
http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/sound-of-rain-or-piano.htm

自転車の件、まあ、語り手のボクの間抜けさの証左の一つです。盗まれたってのは苦し紛れの口実で、本人、自転車通学をしないようになっている理由を何にしたのか、舞い上がっており裏の空で忘れてしまってます。
彼女には、彼の本心が見透かされているでしょうし、彼女と付き合いたさに自転車通学を断っているのも、見透かされているはず。

投稿 やいっち | 2007/02/03 22:58

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