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2005/12/14

銀箭(ぎんぜん)

 遠い遠い昔の話である。私が未だ小学校にやっと上がった頃の話だ。もう、四十年の昔になる。
 ついさっきまでのカンカン照りの天気が嘘のような不意の雨に見舞われた。ボクと妹は、慌てて神社の境内の社に逃げ込んだけれど、青いシャツもパンツも下着までがスッカリ濡れてしまった。妹も全身がびっしょり濡れている。
 見上げると、空が真っ暗になっている。そのうち、雷も鳴るに違いない。ボクは雷は怖くない。でも、妹の奴は雷って奴が大嫌いだという。
 嫌いというより、とにかく怖いらしい。ボクには何が怖いのかさっぱり分からない。あんなの空が光ってるだけじゃないか。ちょっとゴロゴロ鳴っているだけじゃないか。
 別に強がっているわけじゃなかった。それどころか、ボクは雷とか台風とかが大好きなのだ。テンペンチイって奴が生じると、世の中のみんなが大騒ぎする。もしかしたらその騒ぎようが好きなのか…と思ってみたけれど、そうでもない。
 空とか海とか山とかに異変が起こると、ただただワクワクしてしまう。大地が生きてるって感じがしてしまう。
 一度、学校の仲間にそんな感じを話したら、変な顔をされたので、今はボクの本音を黙っている。そうか、怖がるのが普通なんだと、みんなの態度から学んだのだ。人様の前では、そこそこに怖がり、そこそこに平気を装っている。
 内心は、雷が鳴ると授業中でも外に飛び出して、雷鳴轟く中、土砂降りのグラウンドを走り回りたい気持ちで一杯になってしまう。

「兄ちゃん、怖いよー」妹はそう、呟いたまま、震える体をボクに押し付けて、体を丸めているばかり。
 妹の白いシャツもびっしょり濡れている。顔をボクの膝に埋めているので、妹の背中がやけに大きく感じられる。その背中は、濡れた薄い半透明の布切れを被せたようで、妙に生々しくボクには持て余し気味になってしまう。
 夕立に過ぎず、小一時間も雨宿りしていれば、雨も雷も峠を越すはずだった。なのに、空はますます暗くなる一方だった。さすがにボクも途方に暮れてきた。
 実を言うと、ボクは豪雨や雷や疾風には平気なのだけど、夜の闇が怖いのだった。こればっかりはボクにはどうしようもなかった。別に奇異な現象ではないし、日常の当たり前の風景に過ぎないのに、暗くなると足が竦んでしまう。闇夜に正体の知れない灯りが浮かんだりすると、狐火か、それとも人魂かと思われてならなくなる。
 ボクは内心、妹を置きざりにして、暗くならないうちに家に逃げ帰りたかった。
 雷よ、早く去れ!
 妹とは違う理由で、雷雨の早く過ぎ去るのを待ち望んでいた。

 さすがにいつしか雨は小降りになってくれた。雷鳴も稲光も過ぎ去って行った。
「ほら、起きろよ」
「もう、大丈夫、兄ちゃん?」
「うん、行っちゃったみたいだよ。」
「じゃ、目を開けるね」頭を起こしながら、お河童頭の妹は薄目をしてみせた。
「大丈夫だよ。行っちゃったってば」
 妹は、やっと大きく目を開いた。
妹の髪も服も体も、そして瞳も濡れていた。ボクはその時の妹の目が可愛くてならなかった。
「さあて、雷も消えちゃったし、帰るか。」
「うん」
「あんにゃ、うちの方角、どっちか分かるか?」
「うん!」そう言って、妹は、早く内に帰りたいのか、ボクの手を引いて歩き出した。しめしめである。ボクは闇夜が怖くて先になって歩けそうになかったのだ。
 今度はボクのほうが、薄目になって妹に手を引かれて歩き出した。妹は無邪気に、ただ一心にボクの手を引っ張るだけだった。

 その日の夜のことだった。
ボクがそろそろ寝ようとして、便所から妹が先に寝ている寝床の部屋に向おうとしたら、親父とお袋が何かひそひそと話しているのに気づいた。普段は隣近所にも響くような声で喋る父母なので、ボクはビックリした。何かボクか妹に聞かれては困る話なのだろうか。
 ちょうど、その頃、童話を読んだか、それとも誰かのを聞いたかで、人さらいとか、貧乏していると子どもを売り渡す家もあるという知識が仕込まれたばかりのボクだった。ボクは、根拠もなしに、まさか…、もしかして…、ボクか妹を売り渡す算段をしているんじゃないかという疑いを抱いてしまった。
 しかし、父母は、ボクが囲炉裏の間と仏間の間の柱の陰にいることに気づいて、すぐに話を止めた。
 ただ、ギンゼンという言葉だけがボクの耳に残っていた。

 ボクが盗み聞きを咎められたような気がして、身動きが出来ないでいると、
「何、しとんがけ。早く、寝られま」とお袋が言った。
 その声で、やっとボクは動けた。その場を去ってもいいと許可を受けた気分だった。

(何をこっそり話してたのか…。ギンゼンって何だ…。それともギンセンだったっけか。でも、ギンセンにしても、意味が分からない…。ん? それともキンセンだったかもしれない…。)最初は濁った発音だと思っていたのに、キンセンという言葉が思い浮かぶと、間違いなくキンセンだと思わてきた。
(やっぱり、そうなんだ。キンセン、金銭、おカネ…、ボクか妹をおカネが欲しくて…、それで…、売り飛ばすんだ!)

 ボクは寝床で散々考えた挙げ句、自分の推理に間違いがないと確信してしまった。
(内はそんなに貧乏だったっけ。確かに食べるものというと、田圃や畑で採れるものばかりで、何処かの店で買ったようなものは、めったに食卓に並ばない。御飯に味噌汁。味噌汁の具は、ダイコンとかジャガイモとか、ワカメとか、チボイモとか、フキとか、キャベツとか…。おかずというと、やっぱりダイコンにニンジンにナスにキュウリにイチゴにレタスに…。おやつというと、トウモロコシとかサツマイモとか、スイカとか、ジャガイモだ。そういやたまにキュウイもあったな。近所の家じゃ、しょっちゅう出前を取るのに、内じゃ、お袋が風邪を引いて倒れでもしないかぎり、出前なんて考えられない。そうか、内は貧乏だったんだ。そういや、親父は倹約しろよの一点張りだし…。今まで気付かなかったボクがバカだったんだ…)
 眠れないままに、今日の夕方の一齣を思い出されていた。父母の寝室からは、何か啜り泣きのような、悲鳴のようなお袋の声が微かに聞こえてくる。しまいに、親父がお袋をしかりつけているのか、親父の呻き声さえ、洩れ聞こえてきたのだった。
(そうだ、ボクが妹を置きざりになんて、考えるからいけなかったんだ。そんなボクだから、お袋だってうんざりして、家にはそんな子は置けないと考えたんだ…。闇が怖いだなんて、妹を捨て去るのと、どっちが大変なことか、もっと考えるべきだったんだ…。でも、ちゃんと我慢して一緒に帰ってきたじゃないか…、なのに…)
 その夜はボクはとうとう一睡もできなかった。

 翌朝だった。ボクは覚悟を決めて囲炉裏の間に坐った。既に食卓には朝から食べきれないほどの御飯やオカズが並んでいる。
(今日が最後の日だから…、だからせめてご馳走を並べてくれたんだ…)
 何も知らない妹が哀れだった。
(いや、妹は別に悪くないんだ。悪いのはボクだけなんだ。何処かへやられるとしたら、それはボクだ。仕方ないよな…。)
 しかし、朝食の時間はいつもの通り、何事もなく淡々と過ぎていった。妹は朝は目覚めが悪いので黙ったままなのは、いつも通りだし、お袋が台所と囲炉裏の間を頻繁に往復しながら、あれこれ喋るのもいつも通り。親父は、お袋の話を聞いているのか聞いていないのか、ボクには分からないのも、いつも通り。「どうした、おまえ、今日はやけに静かじゃないか」
 来た! とうとうその時が来た!
 ボクは掠れがちな声を絞って話した。
「何か話があるがじゃないけ?」
「話だと。何の話だ?」
 さすがに親父も話しづらいのかもしれない。
「だって、夕べ、キンセンがどうしたとか…」
「キンセン? 何だ、そりゃ。おい、かあさんや、わし等、キンセンの話なんてしたっけ、夕べ」
「キンセン? なーんも。」ダイコンのお漬物を運びながら、お袋は返事した。
 が、台所へ向おうとして、ふと、足を止めた。
「ああ、ギンゼンじゃないの。」
「ギンゼン? ああ、あの話か」
 ドキ! やっぱり、そうだ。親父とお袋は、ボク(たち)を…。謝るしかないと思った。
「夕べは御免。もっと早く帰るつもりだったがやけど、雨が」
「そうだよ。ギンゼンって、雨のことながよ」とお袋。全然、ボクの話を聞いていない。
「ギンゼン、雨?! どういうこと?」
「夕べね、凄い雷雨が突然、来たでしょ。でね、ラジオでね、夕べみたいな凄い夕立をギンゼンって言うんだって、やってたのよ。ギンは銀でしょ。銀色ね。つまり雨ね。で、ゼンって、難しいけど、火箭(ひや)というか、火箭(かぜん)のゼンのことなのね。火矢ね。よく時代劇の映画とかで、飛ぶらしいんだけど。つまり激しい雨脚を、銀の矢に見立てたわけね。洒落た表現があるのねって話をしてたがんぜ。分かったけ?」
「分かった…」
 狐に抓まれた気分だった。
(本当? 誤魔化してんじゃないが?)

 とにかく、それからも何事もなく過ぎ去ったのだから、最初は親父達を疑っていたボクも、そのことは次第に忘れていった。
 ただ、どうしても、引っ掛かることがあった。それは、じゃ、どうして、そんな話をヒソヒソ声でしなくちゃいけなかったかということだった。いつも通り、大声で喋ればいいじゃないか、そんなこと。内緒にする話でもあるまいに。ボク達が寝ていたって、平気で大声で喋る二人じゃないか。

 それから何年してからだったろうか。親父達がひそひそ声で喋ったわけが、或る日、不意に分かった。そうだ、二人は、今夜はやるぞ! オレの銀箭が飛ぶぞ! という話をしていたんだ。
 だから、ついつい、声を顰めてしまったんだ!


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[ (事情があり、削除)
 表題の「銀箭(ぎんぜん」の意味は、文中にあるように、一義的には「銀の矢。銀色の矢」で、この場合の「銀」とは「矢立」のこと。「夕立の雨脚を光る銀の矢にみたてた」わけです。

「火箭」と表記すると、「ひや」とか「かぜん」と読み、「矢先にしみ込ませた油に点火して放つ矢。火薬を篦(の)に詰めたものもある。石火矢・棒火矢など。焼き打ちなどに用いる。」といった意味になります。
 小生は大学に入って二年目だったか、友人宅に行った際、書棚にボードレール著の『火箭・赤裸の心』があって、小生が聞いたか、それとも座を共にしていた他の友人だったか忘れたが、読みを尋ねると「かぜん」とまずひとこと、クリアな発音で答え、ついで「ひや火矢」のことだよ、と教えてくれた。
 友人の造詣の深さと聡明さに改めてため息をついた瞬間でもあった。

 なお、「銀箭」というと、「銀箭(ぎんぞろえ)」と読み、クラッスラ属の多肉種の植物名の場合もあります。
 余談の弥一としては、ここでも余談なのですが、夏目漱石の小説『草枕』の中に、雨の名称としての「銀箭」が印象的に使われている箇所があります:

 茫々(ぼうぼう)たる薄墨色(うすずみいろ)の世界を、幾条(いくじょう)の銀箭(ぎんせん)が斜(なな)めに走るなかを、ひたぶるに濡れて行くわれを、われならぬ人の姿と思えば、詩にもなる、句にも咏(よ)まれる。有体(ありてい)なる己(おの)れを忘れ尽(つく)して純客観に眼をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和を保(たも)つ。ただ降る雨の心苦しくて、踏む足の疲れたるを気に掛ける瞬間に、われはすでに詩中の人にもあらず、画裡(がり)の人にもあらず。依然として市井(しせい)の一豎子(じゅし)に過ぎぬ。雲煙飛動の趣(おもむき)も眼に入(い)らぬ。落花啼鳥(らっかていちょう)の情けも心に浮ばぬ。蕭々(しょうしょう)として独(ひと)り春山(しゅんざん)を行く吾(われ)の、いかに美しきかはなおさらに解(かい)せぬ。初めは帽を傾けて歩行(あるい)た。後(のち)にはただ足の甲(こう)のみを見詰めてあるいた。終りには肩をすぼめて、恐る恐る歩行た。雨は満目(まんもく)の樹梢(じゅしょう)を揺(うご)かして四方(しほう)より孤客(こかく)に逼(せま)る。非人情がちと強過ぎたようだ。
青空文庫 Aozora Bunko」の中の、「草枕  夏目漱石」(一)より。
(05/12/14 up時追記)(07/02/08 一部削除)]

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