電車の男
久しぶりの電車だった。なんだかはしゃぎたくなるような浮かれた胸の高鳴り。まるで遠足にでも行くみたいな。
その昔、電車やバスというと視線が気になって乗るのが怖かっただなんて、我ながら信じられない。
そうだ、あの頃は、自分が見つめられている、観察されている、いや、見張られているような気にさえなったものだった。
思えば、父や母の庇護のもとに自分がいた。常に守られていた。
けれど、眼差しが熱くて、鬱陶しいと思うばかりだった。
あまりに暑苦しいので、両親の目の届かないところに居てさえも、橙色の光線が背中に、肩に、お尻に、お腹に、仕舞いには足元にまで射竦めていた。
気分さえ良かったら、あの頃の自分は陽だまりとなった視線にぬくぬくすることができたこともあった。
そんな夢心地の時は、めったになくて、実際には二人の巨大な瞳の海を彷徨う、オールのないボートに揺られていた。たっぷりと水が溜まった瞳と言う名の天蓋が、あまりの重みに耐えかねてあの頃の<ボク>を押し潰さんとしていた。夜中、胸苦しさに目覚め起き上がって、ぜーぜーと激しく息を吐いたことが何度あったことか。
<ボク>は、鉄柵で囲われた児童公園の砂場に大人しく遊ぶ、そう飼い馴らされた小熊だった。
それでも、いつの頃からだったろうか。首輪が外されてしまった。<ボク>は戸惑った。足枷に行動の自由がさえぎられているのが当たり前だったのに、突然、糸の切れた凧になりなさい、風の吹くまま何処へでも飛んでいいなさいと突き放された。
そう、あの日、二人は別れてしまった。いや、三人はそれぞれが風船になって虚空へと舞い上がっていったのだ。
ボク、大丈夫よ、どんなことがあっても、母さんはお前のことを忘れないからね。
一人ぼっちだと思っちゃ、ダメだぞ。オレはいつもお前のことを見守っている。
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