これもボクがガキの頃のことだ。ボクとしては思い出したくないのだけど、姉と喧嘩してしまったのだった。それというのも、メロンの分け方が喧嘩の種だった。
ある日曜日、お袋の妹の家からメロンを送ってきた。我が家は大騒ぎになった。果物は、家でも苺やら葡萄やらキュウイなど、あれこれ採れる。トウモロコシだって採れるし、果物かどうか分からないけど、ジャガイモなんて、たっぷり採れて、お八つ代わりだった。
が、メロンとなると、別格だった。というか、見たこともなかった。その頃は、我が家にテレビなどなかったし、ホントに実物どころか映像も見たことがなかったのだ。
その噂にばかり名高いメロンは、箱からして豪華だった。何故か熨斗(のし)などされていた。何かのお祝いだったのだろうけれど、ボクは覚えていない。とにかく、香りが漂っていて、ボクは早く食べたくてならなかった。
でも、こういう時って、えてして良くないことが続くんだよね。
箱には、三個、入っていた。が、運悪く、近所の小母さんがやってきて、なんだかんだ、おしゃべりした挙げ句、一つ、もらわれていった。それ以来、ボクは、その小母さんのことが大嫌いになった。きっと、小母さん、臭いを嗅ぎ付けてやってきたに違いないんだ。いつもなら、玄関で片言喋ったら、他の門構えの立派なうちへさっさと行っちゃっていたのに、その日に限って居間に上がりこむんだから。
残ったのは、二個。我が家は、父、母、姉、ボクの四人だから、計算上、一人頭、メロン半分ということになる。その意味じゃ、三個が二個に減ってよかったのかもしれない。
ところが、そこにまた、邪魔者が遣って来た。うちを檀家だと思っているお寺のお坊さんが、法事でもないし、今日は来る日じゃないはずなのに、やってきたんだ。
メロンは? ちゃんと隠してある? うん、ちゃんと台所の外だ。盥に浮かべ、その盥を井戸に沈めてある。しっかり冷やそうというわけだった。
大人同士の退屈な話が延々と続いていた。ま、ボクにはどうでもいいことだし、漫画の本を読んでいた。といっても、何も買ってくれないので、父が昔、買ったらしいのらくろ二等兵とかいう漫画だった。父の習慣で、黒い表紙を張り、紐を通したりして、製本してある。なんだか、宝物みたいだった。
ボクには、ちょっと退屈な漫画。もっとも、親父たちのお喋りほどじゃ、ないけれど。
そのうち、やっとお坊さんが腰を浮かし始めた。とにかく話が長い。その間に、お袋は、小さな紙の包みを用意している。お坊さんの目が、さりげなくそちらに向いたのをボクは見逃していない。
お喋りするだけで暮らせるなんて、いい商売だな、羨ましいな、ボクの将来はこれで決まりかな、なんて、思いながら、お坊さんの立ち去るのを待っていたら、最後にとんでもない<事件>が起きたのだった。お袋ったら、去り際のお坊さんに、縄紐で括ったメロンを手渡しているじゃないか! とんでもないこった。
ボクが将来、なる仕事からはお坊さんは、外れた。人に恨まれてまでやる職業じゃないと思ったのだ。
残るメロンは、一個だけ。まさか、このなけなしのメロンまで人に遣るはずはないだろう。これまで人に遣っちゃうんだったら、もう、親子の縁を切ってやる。親でもなければ、子でもない! ボクはそんな悲壮な覚悟を決めていた。
メロンは、すっかり冷えているはずだった。ボクのほうはといえば、頭の中がヒートアップするばかり。数分毎に、井戸のほうを窺っていたものだった。うん、大丈夫、メロンは安泰だ。
一個だけだけど、四人で分ければ、四分の一、まあ、贅沢とは言えないけれど、めったに口に出来ないものを口に出来るのだ、文句はない。
とにかく、食べたい!
が、その日は日曜日である。しかも、やたらとお客の多い休みだった。いよいよ、午後の四時過ぎだったか、五時前だったかに、「メロンを食べよう」というお袋の心地いい声が聞えてきた時だった、玄関の戸がガラガラと開いて、誰かの「こんにちは」という声が居間にまで届いてくる。
今ごろ、誰だ?! って、お客が来るには、変な時間というわけじゃないのだった。ボクの知らない人だったけど、父の知り合いのようだった。お袋が、ちょうどいいところにいらっしゃいました、今、メロンを食べるところでしたの、一切れですけど、どうぞ、なんて言っている。
何がちょうどいいところだ。最悪じゃないか。ボクは、お袋がお客さんに挨拶しなさいと言われた時、思いっきり、しかめっ面してやった。当然じゃないか! 誰が愛想など、振り撒くものか!
が、姉は、ちゃんと、お客さんに、頭を下げ、こんにちは! なんて、言っている。なんだい、裏切り者。ボクは、危うく、姉の足を踏んづけるところだった。さすがに、お客さんの前なので、我慢した。ボクも結構、大人になったのだ。
メロンを四つ切りし、さらに半分に切って、八つの切れっ端が皿に載っていた。薄いメロン。でも、薄くて、半透明なだけに、その淡い黄緑の実が美味しそうで、それだけに、その一切れを、いや、ついには無遠慮にも二切れをも口に運ぶ客の奴が、憎たらしくてならなかった。なんて、非常識な奴なんだろう。このメロンをなんと見る、なんて、啖呵を切りたいくらいだった。
と、思ったら、客の奴、なんと、三切れ目を口にし、終いには、四切れ目をも口にしやがったのだ。四切れというと、つまりは、メロンの半分を奴が一人で平らげたことになる。残ったのは、四切れだった。
といっても、父が一切れ食べたから、実際に残っているのは、三切れだった。 母は食べなかったように記憶する。遠慮なく、食べなさい、なんて、お袋が言った。だから、ボクと姉は、一切れずつ、食べた。美味しかった。
これがメロンか! それまでの怒りが吹き飛ぶようだった。姉も黙って食べていた。
でも、皿には一切れ残っている。
少なくとも、ボクには、その場に、凄まじい緊張が生じているように思えた。一体、誰が手を出すのか…。
その一切れを前に、空々しい会話が<弾んでいた>。白々しい時が流れていった。とっくにメロンは、生温かくなっているに違いない。でも、そんなことは問題じゃない。
そのうちに、「遠慮なく、食べなさい」なんて、誰かが言い出した。そんな科白を吐いたのは、誰あろう、客の奴だった。客の目はボクに向けられていた。
てめえに言われたくねえよ! って、言えたら、どんなにスカッとしたことか。
ボクは、まるで客に指示され許可されて食べているようで、味などまるで分からなくなっていた。もやもやした気分が、ボクの胸を暗くしていた。憎たらしい客の言いなりになる自分…。最悪だった。
いつ、どのようにして、その客が帰っていったのか、ボクはまるで覚えていない。ただ、気が付いたら、村の鎮守様の境内でブラブラしていたことは間違いない。すっかり、辺りは暗くなっている。人影など、あるはずもない。
そこへ、姉がやってきた。心配して来てくれたのだ。
が、それから、何故か喧嘩が始まった。お客にどうしてメロンなんかを遣るんだ。他に茶菓子だってあったじゃないか。それをよりによって、メロンを出してしまうなんて、母ちゃん、どうかしてるよ。姉ちゃん、どうして、あんな奴に挨拶なんて、するんだ…。
ボクは駄々を捏ねていたのだろう。姉に怒っていたわけじゃなかったんだろう。でも、憤懣をぶつける相手は姉しかいなかった。
とうとう、口喧嘩が、取っ組み合いの喧嘩になってしまった。ボクは、当時、四つか五つ、姉とは三つ年が離れている。まともにやったら敵わないのだけど、ボクは、ヤケクソになって暴れていた。ボクのあやふやな記憶だと、姉が、私だって悔しかったんだから…とか、言っていたような気がするけれど、それは後で仲直りしてから言っていたのかもしれない。とにかく、ボクは、手を振り回し、足をバタバタさせ、暴れ者になっていた。
いつの間にか、お袋がやってきたようだった。ボクは、気が付いていたけれど、なんだか恥ずかしくて、一層、喚き立てていた。今更、冷静になんて、なれるはずがなかった。
突然、お袋が、「メロン!」と、一言、発した。
ボクは、あまりに素っ頓狂な言葉に、呆気に取られ、呆然と、お袋のほうを見た。お袋は、夜空を仰いでいた。姉も、ボクも、お袋の視線の先を追った。
すると、そこには、新月から数日も立たないような薄い薄い三日月があるのだった。
梅雨の中休みとかで、五月晴れのように爽やかな日だったから、湿気もなく、空の星も眩いなら、十六にも切り分けたメロンより薄いような三日月も、輪郭も鮮やかに浮かんでいるのが印象的だった。
あ、メロンだ! ボクも思わず叫んでしまった。
姉も、メロン、メロン、なんて、訳もなくはしゃぐように口走っていた。
誰が言い出したか、メロンの月だということになった。
そうだ、メロンの月だ。
なんだか誤魔化されたような、救われたような、宙ぶらりんの気持ちのまま、メロンの月に見守られて、ボクたちは家路を急いだのだった。
(04/06/21 作)
[ある作品とTBで繋げるため、HPからブログへ転載しました。 (05/04/11 記)]
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