瓢箪の夢(蛇足)
そもそも、瓢箪など思い浮かぶから、拙かったのじゃ。
ああ、もう一度、寝よう。
二度と目が覚めないことを祈るばかりじゃ。
そんな祈りが通じたのか、ワシは二度とこの世の日の目を見ることがなくなった。喜んでいいのか悲しむべきなのか、ワシ自身にも分からん。
日の目を見ないとは、ワシとしては目を開けているつもりなのじゃが、なぜか世の中が真っ暗なのである。
真っ暗といったら、ワシが経験したことのない暗さで、ワシの根性よりも暗いほど薄気味悪い暗がりなのである。
もしかしたらワシは目覚めてはおらんだけなのかもしれん。なので思いっきり目を閉じて、そうして恐る恐る瞼なんどを開いてみたのだが、何度繰り返しても同じことじゃ。真っ暗闇といったら漆黒の闇、射干玉の闇、烏の濡れ場じゃない、濡れ羽色の闇、磨墨の闇、磨かれざる黒曜石の闇、頭の中がパニックになるほどの闇、脳溢血で倒れそうな真っ赤な闇…。
とにかくワシには筆舌に尽くしがたい闇の中なのじゃ。
思わず呟いた願いが叶ってしまった。叶ったはいいが、さて、一体、何処にいるものやら、さっぱり分からん。体が動くような感覚はある。何しろ、瞼が動くほどだから、体は動くのは間違いないのじゃと思う。ワシのドロンとした脳味噌もとにかく微動くらいはしているようじゃし。心臓もバクバクドキドキ動いている。しまいにはドックンドックンと高鳴り、いつぞやのように眩暈が起きそうなほどに早鐘の鼓動となりそうじゃ。でも、動いていることには間違いない。
不思議なのは肺だ。肺も動いている。息をしているのじゃから、誰にも文句の付けようがあるまいて。
困るのは、胃や腸までが生き生きと活動しているらしいことじゃ。お腹の虫が、三時を告げるハトのようにグーグーキューキューと鳴いておる。ふくよかなお腹がへっこんで背中とくっ付きそうなくらいじゃ。
ワシは上体を起こしてみようと、腕を突っ張ってみた。すると、真っ赤な衝撃が脳天に生じた。火花が吹いた。
何が起こったのか。
分からん。ただ、頭蓋が天井らしいものにぶつかったようじゃった。こんなに低い天井などあるものか。駅前のカプセルホテルじゃあるまいし。
ああ、頭がゴンゴンしている。ジンジンする。ぶつかったショックが体全体に波となって伝わっている。腕の先、足の先まで伝わって、そうして戻ってきて、揺り返しの衝撃波がまた脳味噌の弱い部分を直撃する。
だが、そんな痛みより、もっと衝撃的な事実にワシは驚愕しておった。
腕を突っ張った際に、何か妙な感覚を覚えたのだ。指先の感覚がまるでなかったのだ。何かのぺっとしたような、平べったいものを押し潰したような、ワシが今まで感じたことのない奇妙な感触が闇の中にのっぺりと広がったようなのじゃ。
それはガマガエルかヒキガエルを押し潰したような、気色悪い、胸糞悪くなるような、二度と味わいたくないようなブニュッととした感触だった。
いや、ワシは記憶する限り、ガマガエルなど、踏み潰したことなどない。ただ、そのように思えるというだけのことじゃ。
が、もっと、不思議なのは、指先の感触がない代わりに、それこそ、魚の鰭(ひれ)のような、そう、フィンのような平板だが、床にぴったり吸着するような、ある種、心地いいとさえ言えそうな初めての快感もあったことじゃ。
平板…。いや、天井もそうじゃったが、何処か丸みを帯びていないこともなかったぞ。
ワシは、その手先というべきか鰭先というべきか分からない体の突端部分で天井と言わず、床といわず、両側の壁といわず、障りまくった。どこもかしも、ぬめぬめにょろにょろぺたぺたしているではないか!
そのうちに、ふと、とんでもない直感が脳裏を駆け巡った。
もしかしたら…。
もしかしたら、ワシは、瓢箪の中に封じ込められているのじゃないか。ワシは、瓢箪の中のワシになってしまった。しかもじゃ、ワシの体は、ワシの体であって、ワシではない。
勇気を以って言おう。そう、ワシは、鯰になってしまっている。腕や手先の感触ばかりを言っていたけれど、実のところ脚のほうも妙だったのじゃ。
ガキの頃、悪戯でお袋のスカートなどを穿いて、鏡の前でシナを作ってみたことがあった。が、いきなりお袋が帰ってきたもので、スカートを脱ぐ暇もなくて、押入れの蒲団の山の中に頭から突っ込んでいって、とにかく戸を閉めて、蒲団の中で悶々していた。お袋はなかなか去らない。こういう時に限って、女というものは、長く鏡の前などで徒な時を過ごすものだと、つくづくと嘆いたものじゃったが、そのうち、窮屈な思いに耐えられなくなった。蒲団がワシの口を塞いでいる。手の自由が利かないので、顔を幾分か左右に振るのが精々で、息苦しさは募るばかり。
それどころか、スカートの中の脚が毛色悪い。剥き出しの太股や脛(すね)が擦れ合って、えも言えぬ感触が体をムズムズさせ始めている。スカートがまた、タイトだったし、蒲団に押されているから、両足の自由が利くどころか、スカートと一体になってしまって、ワシは蒲団という海を押し潰されそうになりながら泳ぐ魚になった気分だった。なんたって、足を動かそうとすると、スカートがぴっちりと締め付けるものだから、魚が胴体をくねらせ、尾っぽを振り振りするような、そんな無様な状況じゃったのじゃ。
ああ、ワシはもしかしたら、やはり、瓢箪の中の鯰になってしまったのだ。
真っ暗闇じゃけれど、息ができるということが、せめてもの救いだ。息苦しくはあるが、次第に酸欠になるという予感もないのだし。
ワシはいつだったか、悪魔が怖くてならなくなったことがあった。悪魔に捕まえられるという強迫観念に囚われて、二進も三進もいかないことがあった。
どうやったら悪魔を退散させることができるか、真剣に考えたことがあった。懸命じゃった。魔除けや厄除けのためなら何でもやったものじゃった。その挙げ句、ワシが至った結論というのは、そうじゃ、自分が悪魔になればいいんじゃ! というものじゃった。
瓢箪というのは、魔除け信仰の象徴と聞いたことがあった。そうか、いつぞやのワシの願いが聞き届けられたというわけか。願いは叶う。願いつづければ、どんな願いも夢も叶う。ワシの夢とは、瓢箪となることだったのか。
いや、違う。ワシは今、瓢箪の中にいる鯰なのじゃ。ワシは、瓢箪なら許せるが、鯰は嫌じゃ。見る分には滑稽というかユーモラスでいいし、地震予知のために役に立つかもしれないが、自分が鯰になるなんて、真っ平御免だ。
そうだ、段々、思い出してきた。ワシの願いは瓢箪のような存在になることだった。
ワシの記憶に間違いがなければ、瓢箪は、種がたっぷりの植物なのじゃった。羨ましいほどの艶福家なのじゃ。ワシが瓢箪になれば、種が多いし、多産だし、子孫繁栄は約束されたも同然じゃ。
そうじゃ、駄洒落に凝った頃は、瓢箪が六つで六瓢、つまり「むびょう」と洒落て、無病息災のシンボルでもあった。文字通りのチンボルなのじゃった。
しかもじゃ、瓢箪はウリ科の植物で蔓がウネウネしておる。何処かセクシーでもあれば、何にでも絡みつく、そんな根性をも象徴しえる。
けれど、ワシは、瓢箪そのものになりたかったのではなく、瓢箪のような魔除けの道具が欲しいだけだったのだ。
ん? とすると、瓢箪の中にいるワシは、鯰の代わりどころか、鯰なのだとして、一体、何を象徴しておるのじゃろうか。
(続くかも)
「October: 瓢箪に蔦」を参考にしたかったのですが、小生には使い切れませんでした。
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