瓢箪の夢
夢から覚めた。なぜか瓢箪が欲しくてならなくなった。
瓢箪。一体、何処にあるのか。いや、その前に、瓢箪とは一体、植物なのか道具なのか食べ物なのか、それどころか本当は想像上の産物に過ぎないのか、それさえも分からない。
でも、瓢箪という言葉は剽軽という言葉ほど、好きだ。なんだか軽いし、それでいて漢字が重々しいようでもある。重そうだけど軽いというべきか。
ところで剽軽とは、「ひょうきん」と読むと知ったのはいつのことだったろう。オレ達ヒョウキン族に被れていた頃だったろうか。それとも、金属の研究に勤しんでいる最中、金属の仲間にヒョウ金属があったら、研究もさぞかし楽しかっただろうにと思っていた頃だったか。
カミさんに瓢箪って何、どんなものって聞こうと思った。確か、カミさん、瓢箪水を使っているという話をしていたし。
でも、ダメだ。教えてくれそうにない。大体、ワシは結婚などしとらんかった。
それに、あれは瓢箪ではなく、ヘチマの話だった。隣りの奥さんが、寝物語に、最近、ヘチマに凝ってるの。ヘチマ水っていいのよ。肌にいいの。人間の体内にある水分にもっとも近い成分バランスを持っていて、瞬時に肌に吸収されて水分を補給し、肌の活性化を促進するの。浸透圧だったっけ。ま、いっか。肌荒れにもいいし、乾燥肌のわたしには最高。それに、へちまの導管を適当に細工して水を受けるだけでいいから、手間も少ない。一日にタップリ4リットルは溜まるわね。なんたって天然水ってのがいいわ。天然、ナチュラル、ウオーター、リーズナブル…、これだけ並んだら、鬼に金棒ね。あなたもどう? え? 要らない。男は乾燥肌の方が貫禄があっていいって? へえ、そんなものかしら。え? わたしだって、オレが濡らしてやるって。ばーかねー、あなただって年のせいで乾いてるのよ。唾液だって体液だって、あなた、砂漠の水道じゃない。あたしゃ、ヘチマ水で我慢してあげてんのよ。
ああ、いい女だったのに。情を重ねすぎると、生意気になっていかん。
くそ、瓢箪に戻ろう。
瓢箪。ワシは水墨画か何かで見たのを脳裏に思い浮かべようと頑張った。が、なぜか鯰(なまず)が頭に浮かんだ。もう、ぬるぬるしていて掴み所がないほどに、鯰の野郎は、ワシの顔に体に背中にお尻に腰にと飛び跳ねやがるのだった。さんざんワシを弄び尽くしたあと、せいせいしたとばかりにワシの手を逃れ、足元の小川にどっぽんと飛び落ちた。そのまま水流に乗って目の前の池に滑り込みやがった。
なんだ、あの野郎、池の中で、こちらを振り向いて、ベロを出して、バーカなんてやってやがる。あんたに弄ばれた子達は、こんな目にあってたのよー、なんて言って、目まで剥いて。
くそ、ドイツもコイツもイタリアもワシをコバカにしやがって。
思えばワシも、我が鯰であいつやこいつやあの子やその子をたっぷりと弄んでやったっけ。鯰、大活躍だった。みんなに感謝されていた。ワシもみんなも有頂天だった。
今は夢だ。一期は夢よとと儚く潰え去った過去の栄光じゃ。ああ、瓢箪から困ったことになったものじゃ。
ふと、思いついた。
そうじゃ。瓢箪で鯰を捕まえればいいんだ。そうすれば、瓢箪の中に鯰が納まっているから、いつだって必要な時に取り出せる。顔だけとか、首までとか、腰までとか、背びれや胸鰭が見えるまでとか、相手の要求次第では、モノは相談で、場合によっては尾っぽまでみーんな見せびらかして、のた打ち回って、そうして収めるところに収めればいいんだ。ワシも鯰もあいつらも喜ぶこと請け合いじゃ。
でも、問題は瓢箪でどうやって鯰を捉えるかじゃ。鯰だって連戦練磨の兵(つわもの)だて。そうは容易く捕まりはしまいて。それこそ鰻(うなぎ)のようなものだ。初めての時のあいつの腰みたいに、ニョロニョロツルツルヌルヌルウネウネクネクネコネコネしやがる。その上、髯まで生やして生意気ったら、ありゃせん。
ワシは、脳味噌の中にこびり付いて残っている僅かな記憶をたどってみた。どこかで瓢箪と鯰の話を聞きかじったことがあったような気がしたのじゃ。
そうじゃ、室町の頃、足利将軍が暇に飽かして近習の高僧どもにどうすれば瓢箪で鯰を捉えられるかという難題を吹っかけたのだった。
おお、なんと今のワシは足利将軍の心境ではないか。それとも将軍の気侭な命令で奇異な禅の問答の場に引っ立てられた禅僧の心境か。
ま、どっちでもいい。ワシも枯れてきたのだ。そろそろ達観してもいいのかもしれない。そう言えば、目覚めた瞬間に忘れ去った夢も、何処か雅(みやび)な趣きがあったようじゃぞ。
ついでに、お尻の辺りから高貴な香りも漂っていたような…。
瓢箪で鯰を捕まえる。掴まえられなくとも、とにかく瓢箪で鯰の野郎を押さえつけて、ギューという目に遭わせてやる。それこそ、小生意気な髯を引っこ抜いてやって、鯰を鰻に変えてしまうのだ。どうだ、お前は今じゃ、鰻じゃないか、悲しいだろう! なんて言葉で甚振ってやるんじゃ。
ん? でも、鯰の野郎、何、言ってんで。オラはよ、初手から鰻になりたかったんだ、念願が叶ってありがとうって言いたいくらいだよ、なんて減らず口を叩くかもしれん。
その場合に備えて、何か奴をピシャとさせるような、グーの音も出ないような決め科白(せりふ)を考えておかないといけないな。
いや、でも、鯰の野郎だ。ワシがうまくやって瓢箪の中に奴を収めたって、ふふん、オラはよ、池の中で安眠できる寝床が欲しかったんだ。オラほどになると、岩の透き間とか土の寝床で寝そべるなんて、こっぱずかしくって、できるもんじゃねえ。瓢箪なんて、池の中にそんな高級な宿を持っている奴は、オラの他にはいないわさ。
そんな負けず口を叩くかもしれない。
これじゃ、瓢箪の中に鯰がいるのか、鯰が瓢箪をヤドカリの宿のように抱え込んでいるだけなのか、訳が分からない。胡蝶の夢のような、掴み所のない話だ。
ああ、でも、一体、瓢箪って、植物なのか道具なのか、そもそも、この世にあるのかどうかも分からない。足利将軍や禅の画僧が取り沙汰するくらいだから、紛い物なのじゃったろうか。
ああ、そうかもしれんのー。
そもそも、瓢箪など思い浮かぶから、拙かったのじゃ。
ああ、もう一度、寝よう。
二度と目が覚めないことを祈るばかりじゃ。
参考:「不思議な絵 ―如拙筆「瓢鮎図」― 」
| 固定リンク
「ナンセンス小説」カテゴリの記事
- 昼行燈91「我が友は蜘蛛」(2024.06.25)
- 赤い風船(2014.11.30)
- できたものは(2014.11.10)
- 自由を求めて(2014.09.29)
- 片道切符の階段(2013.11.20)
コメント
いいですね、この掌編。
気に入りました。
ところで私、一度鯰料理を食してみたいと思ってるんですが、いまだ叶いません。
投稿: 加藤思何理 | 2007/02/15 09:38
加藤思何理さん、小生にはこんな作品もある。やや古い作品を読んでくれて嬉しいです。
鯰料理も柳川丼も食べたことがない。グルメじゃないんです。日頃、カップ麺とビスケットが主食?!
今日の昼食は、トーストと牛乳だ!
投稿: やいっち | 2007/02/16 08:40