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2004/12/22

雪だるま

tanu-yukidaruma あれはずっと昔のこと、もう、思い出せないほどに。
 それとも思い出したくないほど遠い昔のこと。
 ボクは、何故だか、悔しくなって家を飛び出した。
 ボクは、出ていかなきゃいけないと思って、ゴム長を履いて飛び出した。
 そうだ、母ちゃんが、頭、冷やしてきなさい! なんて怒ってたんだっけ。
 何を叱られたのか。

 お八つを食べて、それから漫画の本を読んで、ミカンもかじって、ボクは炬燵の中でヌクヌクしていた。
 それだけなのに、どうして怒られたのだろう。ボクが何をしたというのだろう。
 母ちゃんも、炬燵に入っていた。その時、ボクは黙っていた。だって、漫画の本に夢中だったんだし。
 母ちゃんは、炬燵の上に大学ノートを広げて、赤色の鉛筆を手に押し黙っていた。ただならぬ雰囲気が漂っていて、とてもじゃないけど、ボクがちょっかいなど出せそうになかった。
 そうだ、ボクは漫画の本を読むふりをしていたんだ。そっちのほうは、見ちゃいけないと感じていた。
 母ちゃんは、時折、ダメだ、越せない、足りない、やりくり、父ちゃんが、とか、ブツブツ口にしている。
 そのうちに、雷が飛んできたんだ。北陸の、あの、冬の雷じゃなくて、我が家の中に時々落ちる雷。稲光はないけど、真っ赤に茹であがった顔の鬼が追っ駆けてきたりする。雷様より怖い!
 ボクは訳が分からなかった。ボクが何をしたわけじゃないのに。ボクが悪いわけじゃないのに。

 外に飛び出したはいいけど、夕方の五時にもなっていないのに、ドップリと暮れていた。雪がうっすらと降り積もっていた。
 空には重苦しい雲が低く垂れていた。北陸特有の鉛色の空のはずが、雪明りに、ところどころ真綿のように眩しく光っていたりする。不思議な空だ。
 毛糸のセーターは着ているけれど、寒い! これで北風なんかが吹いていたら、凍えるところだ。
 行く当てもなく、歩き始めた。
 歩くたびに、長靴が雪にごぶって(埋まって)、ギュッギュッという音が鳴る。電柱にぶら下がる橙色の灯りも、雪を被っていて、周囲を照らすより、自分の灯りで暖を取るのに忙しい。
 不甲斐ない街灯の代わり、ボクには雪がある。まっさらな雪の鏡が懸命にボクを浮き立たせようと、蛍光の輝きを与えてくれる。
 ボクは蛍雪の世界を何処までも歩いていく…。
 何処までも…。

 でも、やっぱり、辿り着いたのは、近くの鎮守の森だった。ボクの行き先は、そこしかないんだ。神社の灯篭には、誰が立てて行ったのか、蝋燭が灯っていた。風などないはずなのに、蝋燭の焔がチラチラ揺れる。まるでボクの瞳が潤んでいるみたいに。
 境内に残る足跡は、寒さに凍り付いたようになっている。カカトの辺りだろうか、跡がギザギザしていて、ボクにはヤスリのように見えた。
 どうしたらいいんだろう。
 ボクの何が悪かったんだろう。
 でも、何も分からない。

 不意に、雪道をザクザクする音が聞えてきた。と、思ったら、あっという間に鳥居の前を通り過ぎていった。新聞配達の兄ちゃんだった。自転車に乗って、駆け抜けていったんだ。
 ああ、ボクを助けに来たんじゃなかったんだ…。

 そのうちに、数日前、ボクが寝床に就いたあと、父ちゃんと母ちゃんが二人して茶の間でお喋りしているのを漏れ聞いたことが思い出されてきた。
 チエは、泣いてたけど、マー坊は、知らん顔だったね、と、母ちゃん。
 お爺ちゃんはマー坊が小さかったから、覚えてないのは無理ないとして、お婆ちゃんは、マー坊、結構、可愛がってもらってたのに、葬式でもお通夜でも、火葬場でも、涙、一つ、見せないの。そういう子なのかね。
 そんなことないさ、小さいからだよ。そのうち段々、お婆ちゃんのこと、思い出して、悲しくなってくるのさ、と、父ちゃん。
 ボクのことを噂している。ボクが冷たいって、二人して喋っている。
 ボクは寝床の中で、居たたまれなくなって、丸く丸くなっていた。

 そうか、母ちゃん、そのこと、怒っているのか。
 ああ、誰も知らないんだ。ボクは、その数日前にネズミ捕りの中の毒団子を食べて死んじゃったタロウのことを嘆いていたってこと。その時、ボクは悲しんだ。誰より。いや、そうじゃない、ウチの誰も悲しまなかったことにショックを受けていた。ボクは、父ちゃんが犬を嫌いなのを知っている。母ちゃんは猫派だってことも。姉ちゃんがどうしてもってせがむから、仕方なく飼い始めたけど、姉ちゃんはすぐにソッポを向いてしまって、タロウの世話をしていたのは、ボクなんだ。ボクの唯一の親友だったんだ。その親友が死んだのに誰も悲しまない! 
 だから、お婆ちゃんが死んだ時、ボクは悲しんでやるものかって、意地を張っていた…。
 なんて、バカな奴なんだろう。でも、そんなこと、誰にも居えるはずがない。

 ボクは、ムショウに悲しくなって、涙が流れてきた。何を悲しんでいるのか分からなかった。タロウのこと? お婆ちゃんのこと? 自分のこと? サンタクロースなんて、居ないってことに気付いてしまったことに? 何がなんやら、さっぱり分からない。
 そのうちに、雪が降り始めてきた。雪が頭に、頬に舞い落ちる。頬や鼻の頭に落ちた雪は、呆気なく溶け去って、涙やら鼻水やら溶けた雪やらが混じって、顔がグジャグジャになってしまった。
 神社の社(やしろ)の庇の下に入り込めばいいのだろうけれど、ボクは意地になって、境内の真ん中に突っ立っていた。
 いいんだ、このまま、ずっと、立っていて、明日の朝には雪だるまだ!

 すると、不意に足音が聞えた。ボクは、また、ガッカリするのが嫌で、雪の舞い落ちてくる空を見上げていた。
 何、やっとんがいね、寒かろがいねー。
 チーだった。姉ちゃんなのに、ボクはチーと呼び捨てにする。もっとも、チーを正確に、丁寧に言うと、チエ姉ちゃんなのだったけど、縮めると、何故かチーになってしまうのだ。
 ボクは、焦った。まさか、涙、見られてないよな。泣くところを見られるなんて、男の恥だ。
 といって、涙を拭うわけにもいかず、ソッポを向いたまま、もっと、雪よ降れと思ったりした。
 が、チーは容赦なくボクの顔を覗き込む。
 あーあ、何、その顔、グジャグジャジじゃない! はい、これ。
 毛糸の襟巻きと帽子だった。それも見たことのない奴。
 母ちゃんとあたしからのクリスマスプレゼントよ。襟巻きは、あたいの初めての手編みよ。帽子は母ちゃん。
 母ちゃんなんて、夜鍋して編んでたがやから。
 ボクは、バカみたいに立ち尽くしていた。すると、姉ちゃんは、帽子を被せ、襟巻きをボクの首にグルグル巻いた。
 似合う!! 雪だるまみたい!
 相変わらず、ボクは、ボサッと突っ立っている。
 さ、帰らんまいけ。今夜はクリスマスイブよ。
 う、うん。
 そう、返事するのがやっとだった。
 ボクは、訳も分からず家を飛び出し、訳も分からないまま家に帰ることにした。ボクは、どうして飛び出したんだっけ?


[冒頭の絵は、tanuさんの提供による、「あの日の あの場所まで・・お願いします。」というコメントの付いた雪のイラストです。tanuさんのサイトは、「たぬきの穴」です。小生は、tanuさんワールドの大ファンなのだ!]

[ 以下は、サンバのダンスエンサイオレポートを載せてくれているジョーンズ博士から戴いた評です。皆さんは、どのような感想を抱かれたでしょうか。
 評を戴いた作者が弁解などするのは控えるべきだろうが、ただ一言だけ。
 それは、小生の方針として、エッセイでは実話を、掌編(虚構)作品では物語を、という点。
 仮に実際に遭ったことが書く端緒や契機になった場合でも、一端、一行でも書くと、その冒頭の活字の織り成す世界に小生の想像力は引きずられていく…というより、想像の翼を身を風に任せてしまうのである。そして、物語の行く先は風に聞くしかない、時に空高く舞い上がってしまって着地点を見失ってしまうこともしばしば。それはそれで楽しい。というより、高空での目くるめく感覚を味わうことに醍醐味を覚えているのかもしれない。(05/12/21 記)]

一遍の詩である。

いや、童話の世界とも言える。

世俗の何やかんやに患っていない少年の日のボクと、その世俗と向かい合って、今にも崩れそうになっている父母との対比が、雪の白さのイメージの中、淡く描かれている。

以下、順を追って見て行こう
 母親は、ボクの何に怒ったというのか?
「ボクが悪いわけじゃないのに。」
そんな子供の論理は通じない。

母親に怒られて飛び出した戸外には、雪の他、坂口安吾が好んで描くような北陸の空があった。
「北陸特有の鉛色の空のはずが、雪明りに、ところどころ真綿のように眩しく光っていたりする。」

文明の利器である街灯も、ボクのことを照らしてはくれない。
(そういうところが、更にボクの孤独感を高める。)

対して、雪は、「まっさらな雪の鏡が懸命にボクを浮き立たせようと、蛍光の輝きを与えてくれる。」という表現のように、常にボクの味方。

が、神社の中に入っても、ボクの寂寥の念はいやがうえにでも高まる。

ヤスリのように見える靴の跡の場面や、新聞配達の兄ちゃんの場面は、雪の中、ボクの視覚も聴覚も研ぎ澄まされてきていることが描かれている。

その上、過去の両親の会話が思い出され、ますます自分が悪いのでは、と追い詰められていく。
下記の台詞は、ある意味、壮絶である。
 「いいんだ、このまま、ずっと、立っていて、明日の朝には雪だるまだ!」

が、その台詞の後、ポンと肩を叩くようにして、
「何、やっとんがいね、寒かろがいねー。」
 チー姉ちゃんが出てくる。
その瞬間、ホッと息をつかない読者はそういないだろう。
以降、一気呵成に読み進めてしまう。

ボクの焦りとともに、姉に会えたという喜びがにじんでくるのが以下。
 「ソッポを向いたまま、もっと、雪よ降れと思ったりした。」

 母ちゃんとチー姉ちゃん手製の「毛糸の襟巻きと帽子」をプレゼントされたボク。
突然に家庭の暖かみを手渡されて、半ばとまどいはにかむ、ボクだった。

姉ちゃんに、帽子を被せられ、襟巻きを首にグルグル巻きにされ、そうしてから一言言われるシーン。
 「似合う!! 雪だるまみたい!」
 この作品に詩情を感じる瞬間である。
  「さ、帰らんまいけ。今夜はクリスマスイブよ。 う、うん。」
  姉に促されて帰途につこうというボク。イブの日であることを告げられ、はずむ背中が見えてきそうである。

そしてラスト。
「ボクは、どうして飛び出したんだっけ?」
子供の世界は、美しいと思う瞬間だ。
もう何に悩んでいたのか、苦しんでいたのか、そのいっさいをすべてを忘れてしまった。

あとは、雪道を小走りになりながら帰る二人の姿が目に浮かぶ。
すがすがしいラストである。

全体を通して、この作品は、最初から連綿と続いてきた子供の心理不安が家族愛に溶かされていき、それが一遍の詩篇へと昇華されていく過程を描いている。
雪の美しさを思い出させる作品でもある。読み終わった途端、読者の瞼の裏に、心無しか、ボクの白い吐息の残像が浮かんでは消えていくようだ。

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 この作家に、レースクイーンと広告代理店社員との夜の銀座の恋を描かせてみたい気がする。沖縄で、鮫の写真をとり続ける孤独な老ダイバーを描かかせてみたい気がする。若者たちが戦地に行った後、残された女性たちの行き場のない欲求を満たし続ける不具の男を描かせてみたい気がする。

自分が経てきた経験以外のことでモノを書けるか、書けないか。
作家の力量を量ってみたい気がしてきている。

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コメント

「雪だるま」に評を戴きました。ジョーンズ博士、ありがとう。
詳細は、別窓に載せてあります。
皆さんは、どのような感想を抱かれるでしょうか。

投稿 やいっち | 2005/12/21 22:23

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