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2004/12/31

蒼い月(前編)

 確かここよね、と祐子。
 えっ、何が。
 何も聞いてなかったのね。
 いや、だから、その藤村だろ。
 もう、透谷のことよ。
 トウコク? 
 オレは、咄嗟のことで、トウコクなのか、ドウコクなのか、分からない。それより、祐子の「もう」と言った時の、吐く息の白さが妙に懐かしい。口から吐かれた言葉が小さな霧となって立ち上がり、呆気なく闇に消えていく。
 日中の東京とは思えない風雪も、暮れなずむ頃には目覚めた時の夢のようで、何か狐に抓まれたような気分さえ覚えている。そのうちに、やっとトウコクとは、北村透谷のことだと気付く。
 透谷って、自殺したのよね。縊死って奴ね。
 そうか、首、括って死んだのか。
 まあね。その自殺の場所が、この近くなのよ。
 へえ、この公園の何処かで死んだってわけか。首を括った木が今も記念に残されているとか。 
 もう、茶化すんだから。透谷の自宅がこの界隈にあったのよ。彼、自宅の庭で死んだの。
 そうか。
 オレには、透谷に思い入れはない。透谷で知っていることというと、祐子に教えられたことだけ。それも、覚えている事といえば、奴が親友か知り合いの婚約者を奪ったという話だけ。
 祐子とは大学に入って知り合った。オレは祐子より一年先輩に当たる。先輩といっても、大学に入った途端、学業には身の入らなくなったオレとは祐子はまるで大違いの生活を送っている。演劇部に入って、日々、仲間達と演劇論に口角泡立てて語り合っている祐子。何事にも真正面から取り組む祐子。物事を白か黒に分けたがる祐子。困難があったら乗り越えるため、妥協せずにぶつかっていく女。若々しさの持つエネルギーが小柄な体から発散している。
 オレは、キャンパスには、暇を潰すために来ているようなものだった。広い講義室でも、後ろの方に座り、窓の外の光景をボンヤリ眺めている。大学に入るために頑張り通したけれど、さて、入ってみたら、何のために頑張ったのか、さっぱり見えないでいた。
 そんな二人が出会ったのは、考えてみたら不思議な縁としか言いようがない。
 が、透谷の話を虚ろな思いで聞き流していたように、出会いの切っ掛けも、オレも本当のところは分からないでいる。内心、祐子から近付いてきたように思うのだが、自惚れのようで、縁という言葉で誤魔化しているだけのような気がする。
 オレは、物事を斑(まだら)模様に見てしまう。白黒に截然と分けるなど論外で、灰色や中間色に目が向いてしまう。別にニヒルを気取るわけじゃなく、煮え切らない性分が、断固たる結論を避け、曖昧なゾーンに逃げ隠れてしまっているだけのことだろう。
 そんなオレにどうして祐子のような女が近付いてきたのだろう。付き合い始めて半年になるけれど、つい、聞きそびれてしまう。訳も分からず近付いてきたように、そのうちに、オレには理由も掴めないまま去っていくような気もする。風のように来り、風のように過ぎ去っていく。
 が、半年、付き合ってみて、この女とは、案外と長く腐れ縁が続くように感じられたりもする。むしろ、取り憑いて離れないのではないかと、時折、妙な恐怖感めいたものさえ、覚える。
 ねえ、この前も言ったけど、透谷って、Loveを初めて愛と訳した人なのよね。つまり、恋愛を日本に輸入した人なのよ。それまで、日本には愛なんて概念はなかったってわけね。そんな言葉がないんだから、恋愛なんてありえない…だとしたら、江戸時代とか明治の初めの男女の情熱って何だったのかしら。
 オレはLoveなど鬱陶しかった。ラブより何より、欲しいものは、肉体? いや、それさえ鬱陶しい。祐子の肉体が眩しい。吐息が夜気に妖しく浮かんでは消えていく。佑子の魂のようでもある。魂とは、肉体の象徴。否、肉の影。いや、肉体そのものなのだ。
 オレは祐子の体が欲しいのだろうか。
 オレは、自分の体を持て余していたのだった。大学に合格が決まって、時間が余るようになると、ひょんな気紛れからアルバイトに精を出した。それは、親にバレたら叱られるかもしれないバイトだった。何処かのピンクチラシとか、不動産屋の売り出し広告のチラシなどを電話ボックス、電信柱に貼って回るのだ。当然ながら、自分の町では出来ず、馴染みのない町で、人目を憚りつつ、警察官やパトカーに注意を払いながら、それでもせっせと貼って回っていた。
 ピンクチラシなど、写真を見て、文句を読んで、それだけで妄想が逞しくなってしまう。夜の闇の中でチラシの写真のモデルとなっている女の子のことを思い浮かべながら自慰に耽ったりした。エロ雑誌のもっとえげつない写真より、妙に現実感があって、想像力を刺激したのだった。 このチラシ一枚で、呼べば女を呼ぶことができる、そのことが生々しくて、脳味噌も何も膨らむばかりだった。
 オレには愛より何より食欲だ。そう、餌が欲しいのだ。が、餌を前にして、ガツガツと貪り喰う自分の浅ましさが怖くて、欲望に駆られたオレが何を仕出かすか、自分で怖くてならず、ひたすらに欲情の沼を澱ませていくばかりだった。
 チラシを電話ボックスの中で貼っていたそんな或る日、オレは視線を感じた。あ、誰かに見つかった、まずい、逃げなくっちゃ。が、その視線は粘りつくようであり、吸引するようでもあって、何故か、身動きがならないのだった。
 恐る恐る視線を遣ると、開いた門の庭には洗濯物で一杯の駕篭を胸に女が居た。四月の始めの、やたらと暑い午後だった。女は下はジーンズ地のスカートで、上は胸の開いたTシャツだった。胸には汗が滲んでいた。オレは、やっとの思いでボックスを出たけれど、足が竦んでしまった。恐怖の故ではなかった。そこには、何か招くような紅蓮の焔が燃え上がっていた。
 そのとき、オレは何をどうしたのか、さっぱり覚えていない。ただ、扇情の導くがままだった。女のシャツは汗で背中に張り付いていた。後ろから見ると、お尻の形が厚手の生地にぷっくりと浮かんでいる。二つの白い脹脛がゆっくりと動く。サンダルを履いている足の踵が歩を進めるたびにオレの目を叩く。歩くにつれ、お尻の二つの山が交互に盛り上がる。
 オレは飛び掛っていったのだったろうか。それとも、ただ誘われていっただけなのだろうか。オレは女に向かっていった。一瞬、女は笑みを漏らしたように見えた。シャツを捲り上げると、真っ白な胸が広がった。夢中でかぶりついていった。広い海に飛び込んで溺れていく。熱い海。どこまでも溺れさせるようでいて、決して溺れさせない。いつまでも波の上を漂い彷徨う。
 オレは、女のなすがままだった。女は自分でスカートを剥ぎ、オレのズボンを脱がし、火照るオレを導いてくれた。その時、初めてオレはトコトン、溺れ満ち溢れることが出来たのだった。
 呆気ない出来事だった。なんだ、これだけのことだったのか。疲労感で足が重いような、その実、体が軽くなったような、長く抱えていた重荷を下ろしたような、掴み所のない気分のままに、気がついたら、オレはまた、チラシ貼りに精を出していた。
 あれは夢だったのか。
 一夜の夢に過ぎなかったのか。同じ場所に近付いてはいけないような気がして、チラシを決められたエリア以外の場所で貼ったりして、そのうちにバイトも止めた。大学生になったのだ。学生生活を送る町も、まるで違う。
 オレは、たった一度のことに過ぎないのに、妙に自信めいた安堵感のような感覚が湧いているのを感じていた。あの日は、導かれるがままだったけれど、今度は、オレが主導権を取ることができる。
 同時に、重荷を下ろしたら、今度は、自分が軽く感じられすぎて、逆に自分が取り留めのない人間に感じられだしたのである。
 空っぽになったようだった。女とはその気になれば、いつだって。幻想に過ぎないとは分かっているけれど、重しが取れた以上は、羽根が生えてしまって、ふわつく自分をどうしようもなかった。何を悩んでいたのか。何を悩めばいいのか。そもそも、オレは何かを考えている人間なのか。
 自分が伽藍堂(がらんどう)になったようだった。糸の切れた風船だった。一時は哲学さえ進路志望の候補にしていたのに、何を考えるべきかで惑うだけの、空疎を食む痩せた豚になっていたのだった。
 そんなオレがどうして祐子と付き合えるだろう。祐子には情熱があった。問題には真正面から取り組む、眩しいほどの正直さがあった。オレの、空虚感を蔽うための、あまりの空っぽ振りに呆気に取られている実情を知られたくないばかりに深刻ぶったような表情を装っているのとは大違いに思えた。
 そう、オレには祐子が今は重荷になっているのだった。
 透谷はオレには手が余る。
 恋愛と自由。透谷の時代なら、恋愛の自由が即ち人間性の自由の発露だったろうけれど、その気になれば能力さえあれば何でも可能なはずの今の時代において、恋愛など、成り立たないのではないか。封建制とか身分制、義理、柵(しがらみ)があってこそ、それに抗する恋愛であり自由の渇望なのだ。
 でも、オレは一体、何を求めたらいいのか。自由? 恋愛? いつだって可能じゃないか。だったら、何も好き好んで恋愛などに飛び込んで自分を縛る必要がどこにあるというのか。それとも、現代においては、恋愛という頚木で自分の首を括れというのか。恋愛とは自由の圧殺なのではないか。恋愛で縊死すべしなのか。
 そう、だからこそ、オレは祐子が鬱陶しいのだ。オレが欲しいのは、ただの空虚に過ぎなのかもしれない。空疎感という安逸をこそ、至上に感じているのかもしれない。
 オレは恋愛など要らないのだ。別に女を肉欲の道具だなどとは思っていない。必要なら互いが道具になればいい。肉慾の衝動が生じたとき、喉が渇いたら水を飲むようにニーズの合う相手と交わればそれでいい。水を欲するから、餌を求めるからといって、水や食糧に恋愛などしないように、相手を対象をメニューを選り好みをするのがせいぜいであるように、肉慾という本能は肉慾のレベルで処理すればいい。恋愛とは全く別次元の、まるでカテゴリーの違う両者に過ぎない。そんな両者を無理に重ねようとするから、おかしなことになる…。td-vPC254929
 芝大神宮や増上寺の境内、そして三門を二人して歩いていた。未だ、5時を回ったばかりのはずなのに、すっかり宵闇に包まれていた。芝公園に立ったら、増上寺の甍の上にオレンジ色にライトアップされた2004と表示された東京タワーが姿を見せた。 

 透谷が、藤村があるいた芝界隈。そこをオレと祐子が歩いている。透谷は恋愛あってこその人の世だと高らかに謳い上げた。が、彼は人の婚約者を奪い取ってしまった。恋愛の自由とは、決まり事さえ簡単に破ってしまう自由でもある。誰かが自由を追求したら誰かが奪われる。奪い奪われることの勝手のし放題でもあった。その矛盾に透谷は敗れ去っていったのだ。内部生命をどこまでも追い求める。それは結構だ。が、恋愛も勝者と敗者が生まれてしまうことは、封建の世と同じなのだった。その責任を親や世間が負うか、人それぞれが個々に負うかの違いに他なからなかった。藤村は大学の既に婚約者のいる教え子と恋に落ち、世間の指弾を受けた。それも、彼の行動の結果なのだ。
 透谷の時代とは違う。違う…はずなのに。
 オレは自分が分からなかった。こんな不甲斐ないオレに何故に寄り添うのか、祐子の気持ちが分からなかった。
 歩きながら、オレは次第に祐子に邪険に接するようになった。祐子が邪魔? 違う、オレの中にトグロを巻く気鬱が重苦しいのだった。
 いつだったか、祐子は、恋愛って嫌い? などとオレに問い掛けたものだった。
 恋愛なんて好きとか嫌いの対象じゃなく、気がついたら、陥っているのに気付くかどうかじゃないかと、その場は口を濁しておいた。オレは逃げたのだった。
 島崎藤村は、陸奥の地・仙台に赴いて初めて清冽な詩を謳い上げることができた。女性の影の全くない世界に逃れ去ることで初めて自由を感じた。女の存在から遠ざかることでようやく恋愛の詩を書くことができたのではなかったか。
 藤村の小説『新生』を読めばそのことが分かる。
 オレは、もしかしたら祐子とは違う意味で恋愛を欲しているのかもしれない。恋愛至上の世界を高らかに歌ってみたいと願っているのかもしれない。だけど、そのためには祐子が、女が傍に居ては困るのだ。祐子が邪魔なのだ。
 あの日、あの女に一皮剥かれたはずなのに、オレの中には、未だ、何か固い殻があった。殻がオレを窒息させそうになっていた。眩しいほどに真っ直ぐな祐子をオレは受け止めきれないでいる…。
 そのうちに、オレの中で悪魔が囁いた。なんだか祐子を滅茶苦茶に虐めてやりたくなった。それも、肉体を持つ女としての祐子をではなく、佑子の謎めいた恋愛感情を傷付けたい一心で。それも、肉体しかないモノとしてのオレを曝け出すことで。
 が、やったことといえば、自分に更に一枚、余分な殻を被せるだけなのだった。
 オレは、あの春の日の女との事を洗いざらい喋った。それも、尾ひれをつけてまで。自虐的になっていた。自虐の余り、甘ったれのオレは、自分だけではなく、祐子をも、似たような憂鬱なる本能の色に染めてやりたくなった。
 オレは、女には肉体しか求めない。いや、肉体という名の魂しか求めない。恋愛なって、御免被る。真剣ぶって恋愛ゴッコするなんて、真っ平御免だ!
 ほとんど、自棄だった。あの日、女の中に劣情を吐き出した後の不毛感が蘇った。擦り切れた心。空っぽな胸。徒労感ばかりの漂う冬の夜の魂の彷徨。
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 芝公園の木立は、すっかり冬ざれていた。冬木立が寒々しい光景を一層、寂しく悲しい色に染めていた。葉っぱもすっかり落ち尽くした裸の木の枝の透き間から、煌々と照る月が垣間見えた。
 月影は目に痛いほど冴え冴えとしている。
 祐子に、言わずもがななことまで喋った後、オレは自分い無性に腹が立った。どうしようもなく恥ずかしくなった。居ても立っても居られなくなった。逃げるようにして、その場を去った。


 

☆文中の写真は、「βlog 写真倉庫の奥」からお借りしたものです。デジカメ歴は小生より短いくらいなのに、腕前は、御覧の通り。努力する人としない人の差は、開くばかりなのです。

 北村透谷は、以下などを参照:
[「特別展 《北村透谷展-透谷文学と多摩の人びと》」]
 島崎藤村は、「臼井吉見の『安曇野』を歩く」の中の「10.仙台の藤村」を参照。

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2004/12/22

雪だるま

tanu-yukidaruma あれはずっと昔のこと、もう、思い出せないほどに。
 それとも思い出したくないほど遠い昔のこと。
 ボクは、何故だか、悔しくなって家を飛び出した。
 ボクは、出ていかなきゃいけないと思って、ゴム長を履いて飛び出した。
 そうだ、母ちゃんが、頭、冷やしてきなさい! なんて怒ってたんだっけ。
 何を叱られたのか。

 お八つを食べて、それから漫画の本を読んで、ミカンもかじって、ボクは炬燵の中でヌクヌクしていた。
 それだけなのに、どうして怒られたのだろう。ボクが何をしたというのだろう。
 母ちゃんも、炬燵に入っていた。その時、ボクは黙っていた。だって、漫画の本に夢中だったんだし。
 母ちゃんは、炬燵の上に大学ノートを広げて、赤色の鉛筆を手に押し黙っていた。ただならぬ雰囲気が漂っていて、とてもじゃないけど、ボクがちょっかいなど出せそうになかった。
 そうだ、ボクは漫画の本を読むふりをしていたんだ。そっちのほうは、見ちゃいけないと感じていた。
 母ちゃんは、時折、ダメだ、越せない、足りない、やりくり、父ちゃんが、とか、ブツブツ口にしている。
 そのうちに、雷が飛んできたんだ。北陸の、あの、冬の雷じゃなくて、我が家の中に時々落ちる雷。稲光はないけど、真っ赤に茹であがった顔の鬼が追っ駆けてきたりする。雷様より怖い!
 ボクは訳が分からなかった。ボクが何をしたわけじゃないのに。ボクが悪いわけじゃないのに。

 外に飛び出したはいいけど、夕方の五時にもなっていないのに、ドップリと暮れていた。雪がうっすらと降り積もっていた。
 空には重苦しい雲が低く垂れていた。北陸特有の鉛色の空のはずが、雪明りに、ところどころ真綿のように眩しく光っていたりする。不思議な空だ。
 毛糸のセーターは着ているけれど、寒い! これで北風なんかが吹いていたら、凍えるところだ。
 行く当てもなく、歩き始めた。
 歩くたびに、長靴が雪にごぶって(埋まって)、ギュッギュッという音が鳴る。電柱にぶら下がる橙色の灯りも、雪を被っていて、周囲を照らすより、自分の灯りで暖を取るのに忙しい。
 不甲斐ない街灯の代わり、ボクには雪がある。まっさらな雪の鏡が懸命にボクを浮き立たせようと、蛍光の輝きを与えてくれる。
 ボクは蛍雪の世界を何処までも歩いていく…。
 何処までも…。

 でも、やっぱり、辿り着いたのは、近くの鎮守の森だった。ボクの行き先は、そこしかないんだ。神社の灯篭には、誰が立てて行ったのか、蝋燭が灯っていた。風などないはずなのに、蝋燭の焔がチラチラ揺れる。まるでボクの瞳が潤んでいるみたいに。
 境内に残る足跡は、寒さに凍り付いたようになっている。カカトの辺りだろうか、跡がギザギザしていて、ボクにはヤスリのように見えた。
 どうしたらいいんだろう。
 ボクの何が悪かったんだろう。
 でも、何も分からない。

 不意に、雪道をザクザクする音が聞えてきた。と、思ったら、あっという間に鳥居の前を通り過ぎていった。新聞配達の兄ちゃんだった。自転車に乗って、駆け抜けていったんだ。
 ああ、ボクを助けに来たんじゃなかったんだ…。

 そのうちに、数日前、ボクが寝床に就いたあと、父ちゃんと母ちゃんが二人して茶の間でお喋りしているのを漏れ聞いたことが思い出されてきた。
 チエは、泣いてたけど、マー坊は、知らん顔だったね、と、母ちゃん。
 お爺ちゃんはマー坊が小さかったから、覚えてないのは無理ないとして、お婆ちゃんは、マー坊、結構、可愛がってもらってたのに、葬式でもお通夜でも、火葬場でも、涙、一つ、見せないの。そういう子なのかね。
 そんなことないさ、小さいからだよ。そのうち段々、お婆ちゃんのこと、思い出して、悲しくなってくるのさ、と、父ちゃん。
 ボクのことを噂している。ボクが冷たいって、二人して喋っている。
 ボクは寝床の中で、居たたまれなくなって、丸く丸くなっていた。

 そうか、母ちゃん、そのこと、怒っているのか。
 ああ、誰も知らないんだ。ボクは、その数日前にネズミ捕りの中の毒団子を食べて死んじゃったタロウのことを嘆いていたってこと。その時、ボクは悲しんだ。誰より。いや、そうじゃない、ウチの誰も悲しまなかったことにショックを受けていた。ボクは、父ちゃんが犬を嫌いなのを知っている。母ちゃんは猫派だってことも。姉ちゃんがどうしてもってせがむから、仕方なく飼い始めたけど、姉ちゃんはすぐにソッポを向いてしまって、タロウの世話をしていたのは、ボクなんだ。ボクの唯一の親友だったんだ。その親友が死んだのに誰も悲しまない! 
 だから、お婆ちゃんが死んだ時、ボクは悲しんでやるものかって、意地を張っていた…。
 なんて、バカな奴なんだろう。でも、そんなこと、誰にも居えるはずがない。

 ボクは、ムショウに悲しくなって、涙が流れてきた。何を悲しんでいるのか分からなかった。タロウのこと? お婆ちゃんのこと? 自分のこと? サンタクロースなんて、居ないってことに気付いてしまったことに? 何がなんやら、さっぱり分からない。
 そのうちに、雪が降り始めてきた。雪が頭に、頬に舞い落ちる。頬や鼻の頭に落ちた雪は、呆気なく溶け去って、涙やら鼻水やら溶けた雪やらが混じって、顔がグジャグジャになってしまった。
 神社の社(やしろ)の庇の下に入り込めばいいのだろうけれど、ボクは意地になって、境内の真ん中に突っ立っていた。
 いいんだ、このまま、ずっと、立っていて、明日の朝には雪だるまだ!

 すると、不意に足音が聞えた。ボクは、また、ガッカリするのが嫌で、雪の舞い落ちてくる空を見上げていた。
 何、やっとんがいね、寒かろがいねー。
 チーだった。姉ちゃんなのに、ボクはチーと呼び捨てにする。もっとも、チーを正確に、丁寧に言うと、チエ姉ちゃんなのだったけど、縮めると、何故かチーになってしまうのだ。
 ボクは、焦った。まさか、涙、見られてないよな。泣くところを見られるなんて、男の恥だ。
 といって、涙を拭うわけにもいかず、ソッポを向いたまま、もっと、雪よ降れと思ったりした。
 が、チーは容赦なくボクの顔を覗き込む。
 あーあ、何、その顔、グジャグジャジじゃない! はい、これ。
 毛糸の襟巻きと帽子だった。それも見たことのない奴。
 母ちゃんとあたしからのクリスマスプレゼントよ。襟巻きは、あたいの初めての手編みよ。帽子は母ちゃん。
 母ちゃんなんて、夜鍋して編んでたがやから。
 ボクは、バカみたいに立ち尽くしていた。すると、姉ちゃんは、帽子を被せ、襟巻きをボクの首にグルグル巻いた。
 似合う!! 雪だるまみたい!
 相変わらず、ボクは、ボサッと突っ立っている。
 さ、帰らんまいけ。今夜はクリスマスイブよ。
 う、うん。
 そう、返事するのがやっとだった。
 ボクは、訳も分からず家を飛び出し、訳も分からないまま家に帰ることにした。ボクは、どうして飛び出したんだっけ?


[冒頭の絵は、tanuさんの提供による、「あの日の あの場所まで・・お願いします。」というコメントの付いた雪のイラストです。tanuさんのサイトは、「たぬきの穴」です。小生は、tanuさんワールドの大ファンなのだ!]

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2004/12/20

おしくらまんじゅう

「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」
 冬になると学校では、おしくらまんじゅうで遊ぶ。
 校庭は雪がどっさり降っていて、さすがに遊べなくなっている。
 いつだったか、自衛隊の人たちが来て、ブルドーザーで雪掻きしたことがあるって、近所のおばちゃんに聞いたことがある。そこまでは積もってないみたいだけど。
 ああ、でも、そんな光景、見てみたい。
 そうだ、校庭の端っこにある築山も、その頃に作られたとか。スキーで遊べるようにって。
 父ちゃんは、築山では遊んでいない。もう、卒業していたらしい。母ちゃんも、遊んでいない。他所の町から嫁いできたから。
 近所の姉ちゃんに聞いたら、あたしの卒業した後のことよ、だって。 ボクは、あの山じゃ、スキーよりグラススキーをよくやる。でも、スキーもやるけど、夏のソリが楽しいかな。ダンボールをお尻に敷いて、勢いをつけて一気に滑り降りる。学校じゃ、危ないからって禁止してるんだけど、みんなやってる。
 冬は、雪合戦も大好きでやりたいけど、これも学校じゃ禁止されている。廊下じゃ縄跳びもダメだし、ベーゴマもダメ。で、やっぱり、おしくらまんじゅうってわけ。
 これも、先生にはダメだって言われている。うん? ダメって言われてなくて、気をつけろよと言われてたんだっけ。小さい子がいたら危ないからって。でも、みんなボク等みたいな子だから、大目に見ているのかもしれない。
 危ないより何より、息が出来ないほどに苦しかったりする。ほんの数分もやったら、体がポッポしてくるのはいいけれど。 
 ある日のこと、昼食のあと、ふと、やろう! ということになって、廊下にみんな集まった。ビックリしたのは、中に女の子が二人、混じっていたこと。大丈夫なのかな。
 でも、本当に驚いたのは、そのうちの一人はボクの好きな女の子だったってこと。保育所の時代から、ずっと好きだった。小学校に入っても、クラスが同じと分かって、どれほど喜んだことか。
 だって、クラスが一学年に十組もあるんだから、宝くじより当たるけれど、でも、離れ離れになるって覚悟していたんだ。
 もち、喜んだのはボクのほうで、彼女、どう思っていたか、分からない。大人の表現を使えば、「せいそ」って感じの女の子。ボクと違って、勉強ができるし、躾もしっかりしている。
 今まで何度となく、おしくらまんじゅうをやったけど、彼女は、教室で本を読んでいるか、友達とお喋りしている。廊下ではしゃぐボクたちのほうなど、見向きもしなかった。
 なのに、どうして?
 ボクは、喜んでいいのか、分からないでいた。あの子と堂々とくっ付き合えるけど、おしくらまんじゅうの大変さ、あの子、分かってるんだろうか。息が詰まるぞ! って言いたかった…けれど、ボクに言えるはずがない。
 一体、誰が誘ったんだろうか。それとも、あの子、前からやりたかったのか。それも、昼休みのおしくらまんじゅうだ!
 午前や午後の授業の合間にやるのは、それこそ、十分もないし、体が暖まったかなと感じ始めたら、チャイムで終了してしまう。
 でも、昼休みのは、結構、きつい。なので、いつからか、廊下にワッカにした紐を楕円の形に置いて、そこから食み出したら負け、というルールが出来上がった。
 廊下には十人ほどが集まっていた。ワッカから出たら負けという以外にルールなんて、あったのかどうか。泣いたら負けだという暗黙のルールみたいなのは、あったけど。
 最初、廊下の真ん中で、みんなにらみ合うようなふうに見合っている。で、合図があるわけじゃないけど、よし! とばかりに固まりあう。段々、どちらかに押されていって、ついには板の壁に移動していく。
 どういうわけか、ワッカも移動していく。きっと、食み出しそうになった奴が足で引き摺っているんだ(ボクも、そうしたことがある)。それとも、足に絡まったりしたのか。
 みんな、背を向けたり、お尻を突っ込ませたり、正面から頭を押し付けてみたり。
 最初は、「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」なんて、景気付けみたいに言っていたけど、すぐに、言葉なんて喉の奥に引っ込んでしまって、ただ黙々とおしくらやっていた。グーとかギューとか、むん! という言葉にならない呻きが響く。
 ボクは、その時、ただただ、あの子のことが気になっていた。押し潰されたりしてないか、心配だった。ボクが体を張って守ってあげるんだ。ボクはいつも以上に踏ん張っていた。足が攣りそうなほど突っ張っていた。あの子の頬っぺが間近だった。よくは見えなかったけど、顔が真っ赤だ。目がギュっと閉じられている。
 何本もの腕が交差している。その中にあの子の腕がある。冬なのに半そでのあの子。その手がボクの頬をぶった!
 ぶったんじゃなくて、何かの勢いで頬に当たっただけなんだろうけど、ボクの頬はカッと熱くなった。
 そう、嬉しくて。
 でも、平手打ちされことより、その腕が毛深いのに驚いた。薄茶色の、そう、どこか金色の柔らかそうな、細ーい毛がびっしりと生えている。ボクの大好きなトウモロコシだ! それも茹でたての湯気が上がっている奴。
 ボクは、なんだか、妙な気分になってしまった。生唾さえ、飲み込んだりした。かぶりついちゃおうか?!
 それが、油断だった。ボクは、いつもなら、おしくらまんじゅうの最後の一人を争うはずが、真っ先にワッカから食み出してしまった。
 負けだ!
 ボクは、廊下の隅にすごすご退いていった。息をはーはーさせながら、あの子のいるおしくらを眺めていた。
 ボクは負け犬になって、ずっと眺めていた。あの子は、予想に反して、最後まで残っていた。もしかしたら、他のやつ等も手加減していたのかもしれない。もう一人の女の子も、途中で脱落して、残ったのは、あの子と、やせっぽちのKの奴だ。
 ボクは、今ごろになって気付いたけど、Kも、休み時間は、たいていは、本を読んで過ごしている。なのに、あいつまでおしくらを。
 ああ、Kにあの子が盗られてしまっている。やせっぽちだけど、勉強のできるあいつ。あの子とクラスでトップを争っているあいつ。
 まるで、今日のおしくらまんじゅうは、あいつら二人のために仕組まれたみたいだ…、ボクは、そんな情ないことを考えながら、口をあんぐり、眺めていた。みんなの前で堂々と、二人して、相撲みたいなことをやっている。ワッカの中で、はしゃぎながら、息を弾ませ、追い掛けっこしてみたり。
 ボクは見ていられなかった。まるで、あのワッカは、二人を囲む光の輪のようだった。
 ああ、負けた! おしくらまんじゅうでも、負けた!

 もしかして、今、二人きりのおしくらまんじゅうが大好きなのも、あの日の悔しさを晴らすためなのだろうか。ね、お前。

 おしくらまんじゅう

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蓮っ葉な奴

「蓮っ葉な奴」

 学校からの帰り道だった。土砂降りの雨だった。でも、寒くはない。
 まだ、夏の暑さの印象が残っている頃だったからか、雨降りは反って嬉しかったような気がする。
 雨だというのに、ボクは、まっすぐウチに帰る気になれないでいた。
 そう、ちょっとした言い争いが心に蟠っていたのだ。むしゃくしゃしていた。どう見ても、ボクのほうが負けている。
 でも、ただ、負けているんじゃなくて、ボクにはもっと言いたいことがあったのに、言い分の十分の一も口に出せないまま、その場の雰囲気に呑み込まれてしまって、口を噤むようになってしまったのだ。
 ボクの足は、ウチじゃなく、ちょっと離れたところにあるお寺に向っていた。
 それなりに由緒のあるお寺らしいけれど、当時のボクには、なんとなく足が向かなかった。
 というのも、その寺には蓮の池があって、その池の水がまた、濁っているので、それだけで敬遠したくなる気になってしまう。
 でも、本当の理由は、お寺の住職さんが嫌いだったからだった。
 お寺が嫌いというより、池の周辺でうろうろしていると、危ないからとか言って、すぐに追い出されるので、そのお坊さんと出くわすのが嫌だったのかもしれない。
 それなのに、あの日は、蓮の池を見たくてならないのだった。
 きっと、雨が降っていたら、お坊さんも引き篭もっていて、わざわざ本堂の裏手にある池を見回りにもこないだろうという、根拠のない勘が働いていたようにも思う。
 なんとなくだけれど、お坊さんがボクを追い出したがるのは、池の蓮を愛でに来る人たちの邪魔になると思っていたからだとも考えられていたし。
 学校で、何が原因で口喧嘩になったのか、肝腎な点を覚えていない。
 むしろ、喧嘩のための喧嘩であって、奴とはウマが合わなかったのだ。成績優秀で、間違いなく県でも進学校と言われる高校に入るだろうという奴と、そこそこの高校にも受かるかどうか、危うかったボク。
 奴と議論を始めると、まるで敵わない。奴はとにかく捲くし立てる。いろんな理屈を持ち出す。ボクの主張のちょっとした矛盾を突いて、どうだ、とばかりに得意がる。

 でも、それはいつものことだった。
 悔しかったのは、いつもと違って、そこにボクの好きなあの子がいたからだった。あの子は、議論には加わらなかったけれど、奴の理路整然とした語り口、語り始めたら、それこそ湯水のように、有名な人の言葉なんかを引用して、自分の主張を権威付ける。
 ボクには、彼女が奴に陶然としているように思えた。ボクの無様な、ポツポツという水鉄砲の語りに比べ、奴は機関銃だった。マシンガンだった。得意の絶頂になって頬が紅潮するのだった。紅潮するのだけれど、逆に奴は、眉を顰めて見せて、俺は深く考えているんだよと見せつける。その眉の顰め方がまた、ボクにはわざとらしくて吐き気を催すほどだった。
 けれど、彼女には、奴の素振りが秀才風で、魅了されているようだった。
 一方、ボクは悔しさで頬が紅潮していた。
 頭の中には、違う、違う、お前の言っていることは間違っているという、直感に過ぎないかもしれないが、自分なりにボクのほうこそが、正しいのだと思えて、しかも、そのことを説明できなくて、苛立つばかりで、二進も三進もいかないのだった。
 時には、気がついたら、さっきまでボクが主張していた点を奴が、さり気なく自分の主張の中に取り込んでしまって、さも、最初から自分の意見だったかのように装ったりした。
 あれ、それって、ボクがさっきまで言っていたことじゃないか…。
 が、奴は知らん顔だった。澄ました顔で、ボクの意見を自分の意見だったかのようにして、今度は、逆の立場からボクの言っていることを論破し始める。
 それは、やり方を知り尽くしたオセロゲームのようなものだった。あるポイントを抑えておけば、どう相手が足掻いてみても、気がつくと最後には、勝ってしまう。逆転して、相手を旧知に追い込んでしまう。ボクが勝つはずだったのに、ボクの論拠だったはずなのに、形勢は相手に味方するばかり。
 奴にはスポーツでも敵わない。勉学でも口でも敵わない。終いには、論争の場に際会したあの子は奴に靡いていってしまう。あの子とは、やっと学校の帰りに一緒になったりすることができていたのに。
 ボクは何もかもが奪われたような気分だった。挙げ句、昼過ぎから降り出した雨が、土砂降りになっていて、ボクには涙雨だった。日が未だ長く、秋というには躊躇われる。それなのに、四時前だというのに、空は暗かった。ボクの胸の中のように真っ暗だった。
 いっそのこと、傘なんか、おっぽり出して、ずぶ濡れになって帰ろうか…。
 あの子は、一緒に帰ろうって、約束していたのに、六時間目の授業が終わったら、つつつとやってきて、用事があるから、一緒に帰れないの、なんて言って、教室を出ていってしまった。
 きっと、奴のところへ行くんだ。
 そうだよな、オレなんかより、奴のほうがずっと将来性もあるし、颯爽としているし、そもそも、オレなんかがあの子と口を聞けただけでも、何かの間違いだったのだ…。
 ボクは雨の勢いに負けて、傘を差して学校を出た。
 傘もなく、ずぶ濡れになって、孤独な気持ちを抱えて、人気のない道をトボトボと歩く……、そんな光景を描いて、センチな気分に浸って、そうして、もう、トコトン、憂鬱になってやる、誰が慰めても、ボクの悲しみを慰められるはずもないし……、そんな光景を脳裏にありありと描いたというのに、いざ、雨を前にして、ボクは、傘を手放すことができなかったのだった。
 なんだか、奴に負けたより、雨の中、傘を差して一人歩きだしてしまった自分の優柔不断さが惨めに思われた。
 これじゃ、何をやっても、ダメな奴ってことじゃないか。

 蓮の池の前に立った。池の周囲を散歩する人が、日除けというのか、それとも、今日のような雨を避けるためなのか、ちょっとした庇のある東屋とも呼べない柱だけの建物があった。
 傘をやっと手放すことができた。
 それまで、傘に無数のパチンコ玉がぶつかるようで、煩すぎて分からなかったけれど、雨音に急に注意が向いた。
 激しい雨が、池を叩きつけていた。爆ぜる水の音が耳に痛いほどだった。水面を叩いて弾ける音より、蓮の葉を叩いて破裂する水音のほうが分厚く、低く聞え、雨音の違いが歴然としていることに驚いた。
 人っ子一人いなかった。ボクだけの池だった。池一杯、蓮の浮いている、周囲百メートルほどの池だった。
 その時になって、以前、奴と「蓮と睡蓮」の違いについて議論したことがあったことを思い出した。よりによって、こんな時に、不愉快だった。最初、蓮と睡蓮の違いを強調したのは奴のほうだった。
 そもそもが同じ科なんだし、それほど違わないんじゃないのとボクが言い始めたから、奴は違いが大きいと言う。で、次第に奴の語り口に負けて、確かに違いもあるよね、とボクが折れると、今度は、でも、所詮は蓮の仲間同士なんだよと、さりげなく論旨を変えてくる。
 要するに、どんな議論をやっても、奴はボクの主張の逆を、主張の甘さを突いているのだった。
 その蓮が目の前にある。雨に降られて、でも、蓮の分厚い肉は、びくともしないで池に浮いている。
 池の水は、いつも以上に濁っているようだった。それとも、いつも、こんなふうに濁っているのだったろうか。たまにしか来ないボクには変化が分からない。
 その濁った水に蓮の葉が浮いている。それこそ泥水のようになった池に、体全体を漬からせ、それでも、緑の葉を浮かばせ、小奇麗な花を咲かせているのだった。
 奴との議論で、奴が、「ハスは、葉や花が水面から立ち上がるが、 睡蓮は、葉も花も水面に浮かんだまま」なのだと、何処で仕入れたか知れない知識を得意げに披露してたのを思い出した。
 そうか、奴は睡蓮なんだ。そして、あの子も、睡蓮に憧れる女の子に過ぎないんだ。
 そして、ボクは蓮。泥水の中に頭まで浸かり、それなりに花だって咲かせるけど、その花も時に茶色の水に浸ったりして、人には見えない。あの子には、見えるはずもない。
 ボクは、蓮のことを思った。それとも、植物のことを思ったのだろうか。大概の植物は泥水ではなくとも、土に咲くのが普通のはずである。水分は、土中から根っ子というストローで栄養分と一緒に吸い上げるわけだ。
 つまり、理屈の上では、泥水も土でも、似たり寄ったりの環境で多くの植物は育つのである。
 蓮は、つまりは、そんな植物の典型の一つに過ぎない。ただ、たまたま池の面に浮いているから、そんな植物の生態を白日の下に晒して見せてくれるに過ぎない。
 そこまで思ったら、蓮だって、他の多くの植物に比べたら、睡蓮なのだと思われてきた。
 睡蓮が、花も葉も、まるで泥水を毛嫌いするかのように、体をえびぞりにして、葉を花を誇らしげに咲き乱す。そう、自分の血肉が、出自が、汚れた泥水の世界とは、全然、縁も縁(ゆかり)もないかのように、すまし顔に高貴ぶる。
 蓮も、池の面に浮いていて、なるほど、泥水の面に寝そべるように葉や花を咲かせるから、泥水を啜る様子が、あからさまだけれど、多くの植物は、そんな泥の中での根っ子の足掻きなど、見せたりはしないのだ。
 ボクは、蓮の上に、チョコンと坐っている蛙に気がついた。人間ならサッカーのボールほどに大きいだろう雨粒を頭や背中に受けても、平気な顔だった。
 むしろ、雨に叩かれるのを喜んでいる風にさえ、見受けられた。
 ああ、艱難辛苦をものともしない。それだけじゃない、嬉々としてさえいる。
 ゲロゲロと、快哉の声を上げている。
 雨の中、傘を差すか、差さないかで悩んだボクには眩しいほど、颯爽としている。
 ボクは、蛙にさえ、負けたと思った。
 いいんだ、ボクはボクの道を行くんだ。あの子が、あんな奴に心が傾く蓮っ葉なあの子なんて、いなくたって、平気だ!
 もう、自棄だった。
 不意に目元が潤んできた。雨滴のせいじゃなかった。目の辺りが熱くなっている。鼻水さえ、流れ出している。
 ボクはビックリした。えっ、ボクって、そんなに今、悲しんでいるの? と戸惑ったほどだった。慌てて周囲を見回した。泣いているところを誰かに見られたんじゃないかと、心配になったのだ。男たる者、涙を他人に見られてなるものか!
 幸い、人影はまるでない。
 悲しいから泣くんじゃない、泣くから悲しいんだ……、誰かに教えてもらった有名な言葉が浮かんだ。……ああ、これも、奴からだ!
 いいんだ、今は誰もいない。涙が流れたいのなら、勝手に流れればいいんだ。
 ボクはセンチな気分に思いっきり浸ってしまった。
 どうせ、オレなんて、勉強もできないし、クラブ活動も、仲間づきあいも苦手な落ち零れだ。やっとできたはずの彼女も、呆気なく奴に靡いていったし。
 それならそれで、思いっきり泥水に漬かってやる。首までどころか、頭まで泥水に沈め、耳の穴にも鼻の穴にも、口にだって泥水を浸透させる。
 目玉にだって、泥水が懸かれば、こんな恥ずかしい涙も出ないだろう。
 それにしても、空が暗い。雨が激しすぎる。空の彼方を眺めて、黄昏ようにも、周囲が朧な薄闇に包まれていて、気持ちが中途半端になって行き場を失っている。
 蓮の池から、ボクは、とうとう離れられなくなった。この場を去る切っ掛けを失ってしまった。さすがに厚い黒雲にさらに宵闇が重なってしまい、さらに周りの暗さと肌寒さとが相俟って、ボクはセンチな気分にさえ、浸れなくなっていた。
 蓮の池が、闇に没していこうとしていた。が、不意に橙色の明りがホッと灯った。本堂も点燈され始め、その明りが漏れてきているのだった。
 気に食わない和尚さんさえ、慕わしいような気がした。
 池面に橙色の光が、揺れ動き、崩れ折れ、見え隠れし、千々に乱れた。なんだか、死にきれない狐火、それとも迷い出た人魂、夢の中の蛍火、炬燵の穴の中の熾き火を想った。
 が、不思議なことに、池の対岸で無数の光が固まり始めるような光景を目にした。
 乱れ散ったはずの光がどうして一個の形に収斂するはずがあるのか?!
 まさか、人影? 一瞬、ボクは幽霊が現れたのかと思った。
 でも、その幽霊は、傘を差している風にも見える。
 錯覚、なのだろうか。
 目を凝らしてみた。
 そこには、女の子が居た。
 そう、ボクの彼女がいるではないか。
 ねえ、どうして約束の場所に来なかったの!
 紛れもなかった。あの子だ。ボクの彼女の声だ。
 約束……、脳裏を駆け巡るものがあった。そして閃いた。
 ああ、昼休みのボクと奴との議論の最中に彼女がやってきて、今日はクラブ活動がないから、一緒に帰るのよ、と言われていたんだった。そうだ、六時間目が終わって彼女が来たのも、念を押しに来たのだと、やっと気がついた。
 ボクは、議論に興奮して、すっかり忘れていたのだ。
 どうして、でも、茜ちゃんがここに?
 ばーか、タクちゃんが一人きりになる時は、ここだって、いつも口癖みたいに言ってたじゃない! もう、世話、焼けるんだから!
 ボクは、そんな独り言にさえ、気が付かないでいた。
 でも、いい、そんなことは、いいんだ。ボクは今、彼女と一緒にいる。
 雨水にドップリと打たれて、そして、二人して咲き揃っているんだから。
 ああ、それにしても、蓮っ葉なのは誰よりもボクのほうなんだ。


                         (04/10/16 作)

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2004/12/18

ディープスペース:ベルメール!

「ディープスペース(6):ベルメール!」


 奴は蛇の目をしていた。間違いなく、奴は爬虫類だ。冷血動物だ。いや、動物に熱い血が流れるというイメージがあるなら、興味ある対象に向かっていくのが動物というのなら、そもそも、外界に興味あるものがあるというのなら、奴は、動物ですらない。
 といって、奴が植物というわけでもない。
 奴は、大地とは何のつながりもない。根無し草ですらないのだ。
 奴の目に睨まれた連中の行く末がどうだったか、オレは知っている。みんな生気をトコトン吸い取られ、生ける屍となって、路上に転がり、目を見開いたままに息絶えていった。見てはならぬものを見てしまった、のだろうか。
 奴の目は、解剖学者の目だ。それも、医学の世界とは無縁の、忘れ去られた灰色の廃屋の一角で、人の目を盗みつつ、密やかにメスを握る人間味の欠片もない学者の目だ。心を狂わしたとしか思えない、冷酷な目。生きている相手を対象として選びながらも、対象をモノとしてしか見ることができない。モノ。しかも、メカニズムの塊としての、分析可能な玩具としてのモノ。
 が、奴には、そのモノが、ただのモノとは思えないらしかった。メカニズムの集積に過ぎないはずが、理論的には分析可能のはずなのに、いつも手の平から洩れ零れる何かの潜む、禍禍しい怪物に映るらしいのだった。
 奴の異常なまでの記憶力。奴は、一度目にした対象は、どんな微細な部分に至るまでも脳裏に焼き付けてしまう。いや、脳髄の奥の何処かに、本当に、それこそ焼き鏝でジューとされたみたいに焼印が残ってしまっているのかもしれない。
 だから、一旦、目にしたものは、瞼を閉じるだけで、見てから何日が経過していようと、完璧なまでに思い浮かべることができる。
 が、奴は、同じ対象を穴の開くほどに眺める。観察する。解剖台の上で微動だにしない検体を、しかも、奴に命を捧げた生きている献体を、トコトン、眺め入る。楕円し曲折し屈折し湾曲する肉体。毛穴の開き、幾つかの穴の開いた、皮膚という名のゴム膜の風船。
 それは眠れる美女だった。いや、眠ってなどいないのだ。奴を心底から愛する女が、冷たいベッドに横たわっている。寒々とした蛍光灯に体をこれ以上ないほどの裸に晒しているのだった。四方八方からの蛍光の明りが女に影を与えないのだ。
 神々しく、それとも空々しく輝いている女。人形のように、それとも、人形以上に人間の夢に忠実なる人形。それが女の役割だった。
 そう、女は完璧なる女を演じ通そうとしていたに違いないのだ。奴の冷血なる心の襞の襞にまで女として取り入ろうとする、打算と愛情の塊として女を黒い皮のベッドに横たえているのだった。
 情感が白い肉体となって柔らかな曲線を描き、奴の目の凍て切った心を愛撫していた。女は奴を理解していた。
 奴が、心をモノとして、そう、物体としてしか受け止められないでいることを知り尽くしていた。モノとは、心の変幻で
あり、心の集積であり、心の遺棄場であり、心の描く夢の形なのだった。
 そう、奴には心が見えないのだ。感じられないのだ。信じられないのだ。分からないのだ。そして、懇願しているのだ。
 女は、奴の冷たい目の奥に湖を見ていた。透明な湖。濁った湖。細波さえも立たない夢の中の湖。それは氷の湖、ガラスの湖なのだった。光さえもが際限もなく屈折して抜けだすことの叶わない閉じた湖だった。心が封じ込められた湖なのだった。
 奴は、肉体を信じていた。肉体にこそ、心があるのだと思っていた。肉体以外に心の在り場所、ありえないと思っていた。肉体が心なのだ。
 だからこそ、今、女を解剖しようとしている。皮を剥ぎ、神経細胞を剥き出しにして、心の伝わる経路を追おうとしていた。皮膚感覚の電気的変化の様相をグラフに写し取り、内臓の蠢きを手の平で確かめ、四肢の可動に神秘を見て
いた。
 奴の指の動きに素直に従う顔の皮膚の動きを奴は不思議な面持ちで眺めていた。
 しかし、何処にも、そう、肉体の動きのどんな部分にも心など見つかるはずもなかった。
 女の口に咥えられた肉の棒の動き。噛み切られて今にも呑み込まれそうな、断末魔の喘ぎに悶える奴の片割れ。嚥下され喉を蠢かせ、腹の奥に収まっていく不思議。五臓六腑に拡散する奴。
 奴は、女を壊れた人形だと思った。関節が外され、もがれた下肢が、血の雫のポツリポツリと垂れているコンクリートの床に落ちている。
 拾うべきか、否か。
 まっさらな骨が砕けて無慙な様を露わにしている。
 奴は、女の肉体をバラバラに引き裂き、解体して、懸命に心を探していた。
 愛情が潜んでいるはずだった。あれほどの愛情が見当たらないはずがないのだった。奴は、排泄物の山にさえ分け入って愛情を探した。泥まみれ糞まみれになって女の心を探した。脊髄を抉り出し、剥き出しの延髄に頬を当てて
みた。腸(はらわた)を抜き出し、天井に張り巡らして、滑(ぬめ)る表面の光沢に陶然となっていた。
 奴は、最後にとうとう決心した。自分も同じ格好になるべきだと思ったのだ。女と同じ姿を眩い蛍光灯の光の満ち溢れる空間に曝け出す。骨の欠片、散在する内臓の肉片。転がる眼球。血の海に漂う髪と指先。近くのテーブルの上に鋭利なメスを取り囲むように、綺麗に並べられた爪の数々。
  そう、爬虫類の目とは、怯えきった心の窓なのだ。外界の一切が恐怖の対象と映る、生まれながらに臆病者だった奴の惨めな末路なのだ。
 そんな奴だから、解剖室の中でのメスと爪との必然的なる出会いを夢見たって、不思議なことなど、何もない。
 奴は、白い部屋の中の全てを掻き集め、青いポリバケツに詰め込んだ。それを地下の巨大なダストシュートに放り込み、ついで、自分の体も飛び込ませた。その生ゴミ貯蔵庫には無数の女達の肉塊が保存されている。奴は、ついに自分の夢を叶えたのだ。
 肉の塊の腐れ行く、熱気溢れる中で窒息して果てること。思い残すことなど、何もない。
 赤い闇の海に溺れていく瞬間、奴の瞳に初めて表情が生まれ、そして消えていった。


                            (04/11/20)
[ ベルメールとは、ハンス・ベルメール Hans BELLMER (1902-1975)のことですが、名前、あるいは彼の世界(「人形」)と本作品の内容とは、架橋しようのないほど懸け離れているものと思います。尚、テーマ的に近い作品として「ディープタイム/ディープブルー」があります。 (04/12/17 記) ]

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2004/12/16

影踏み

 冬の日の或る朝のこと、目覚めた瞬間、遠い日の長い影が脳裏に浮かんだ。
 あまりに影の輪郭が鮮やかなので、手を差し出したら、軒先の氷柱のように掴むことができる、掴み損ねたら、影の刃に切り傷さえ負ってしまう…、そんな気さえした。
 長い影は、長く伸びた人の形をしている、そう、人の影のはずだった。
 でも、それは鬼だった。鬼の魂が地上の世界に投影されている。ボクは、あの日、鬼に追いかけられていたのだ。
 何か怖いような、でも、その断片的な記憶の底を探ると、忘れてしまった、しかし本当は忘れてはならない何かがそこに潜んでいると直感された。
 外は曇っている。時計で時間を確かめるのが億劫だった。ただ、朝というには、憚られるような遅い目覚めだということは、なんとなく感じる。部屋の中は薄暗い。
 オレは、目を閉じた。粉々に砕け散ったガラスの破片を掻き集めようと思ったのだ。破片を繋ぎ合わせて、形にしたい。記憶の中のジグソーパズル。ともすれば、闇の雲に消え入りそうな記憶の欠片たち。
 そうだ、それは、影踏みだ。あの日、ボクは、近所のみんなと影踏み遊びをしたのだった。
 今時、そんな遊びをする子供なんて、いるのだろうか。
 ルールは簡単だった。できれば、人数は最低でも3人はいたほうが、面白い。みんなでジャンケンして鬼を決める。鬼以外の人たちは、鬼役の人に影を踏まれないように、ひたすら逃げ回る。そう、だから、影の長い、秋から雪の降る冬までの間の遊びだ。
 ああ、段々、思い出してきた。逃げる方は、鬼に影を踏まれそうになったら、そこらの雪吊りされた木立とか、作業小屋の陰とか、植え込みとか、とにかく適当なモノの陰に隠れて、自分の影を消し去る。そうしたら、鬼も影を踏めないというわけだった。
 そして、少しでも影を踏まれた奴が、次の鬼になり、他のやつ等は逃げ回るというわけだった。
 そうだ、日曜日の昼過ぎなんかに集まって、他の遊びをやり、もう、飽きたところで、この遊びをしたような気がする。年長の誰かが曰く、影が短いと捉まりにくくて、鬼役は大変だとか何とかという理由だったと思う。
 影踏みは楽しかった。それに、人数さえ揃えばいいし、道具は何もいらないし、天気がよくて日差しさえあれば、するにでも始められる。なんといっても、楽しい。楽しい以上に、始めだすと夢中になってしまうほど、面白い。
 鬼ごっこって、どうして、あんなに面白かったのだろうか。
 誰もが鬼から逃げたいから…かもしれない。でも、誰もが本当は鬼になって誰彼構わず、理由などなく、追い掛け回したいという気持ちがあるからじゃなかろうか。
 そう、理由なんて、要らない。訳も分からずに追う、追われる、逃げ回る、追い掛け回す、影を追っているだけなのに、踏まれるのは影だけなのに、だから踏まれたって痛いわけじゃないのに、でも、追うほうも追われるほうも必死になってしまう。
 もう、真剣(マジ)だった。本気だった。
 今となっては、オレには、でも、当時の遊びのルールの本当のところは覚えていないのかもしれない。
 例えば、庭の岩の陰に隠れて自分の影を消し去ったとして、鬼はどうしたんだっけ。どうやったって、相手の影を踏めないじゃないか。
 それとも、物陰に隠れるのはルール違反にしたのだったろうか。
 ああ、そうだ、鬼を決めないで影踏みしたこともあった。誰もが、誰彼構わず、他人の影を踏む。踏まれた奴から脱落し、最後に残った奴が勝ちだった。影踏みのバトルロイヤルというわけだ。
 段々、思い出してきた。たまに、みんな地べたに、うんこ坐りして、それで影踏みを試みたことがあった。これは足腰を使いすぎて、体力をやたらと消耗させて、すぐに遊びは止めになった。みんな疲れ果て、あははは、なんて訳もなく笑い合って、地べたに寝転がっていたっけ。
 そうだ、当時、気付いていたのかどうか分からないけど、影踏みは、影が長いほうがスリルがあって面白いんだけど、影の長い昼下がりに始めると、あっという間に釣瓶落としの夕暮れが襲ってきて、鬼のも、そうでない奴のも、影という影が呆気ないほど宵闇に飲み込まれていく。
 普段は影がどうなるなんて、気にしていないけれど、影踏み遊びをしていると、自分の影が闇に没していくのが分かって、遊びの終わりが近付いているという予感がしたり、それ以上に、闇の圧倒的な暴力のようなものを感じたりして、怖かった。

 そうだ、ボクが一番、怖かったのは、ボクの影が日暮の時が近付くにつれ、やたらと長くなっていって、もう、とめどなく長くなり、それがまるで、闇の海から魔物の触手が伸びてきて、ボクの影をわし掴みし、掴むだけじゃなく、思いっきり引っ張って、ボクを影ごと、闇の海の底に引き摺り込もうとしていると感じた瞬間だった。
 溺れる!
 ボクは周りのみんなに助けを求めた。
 でも、周りには誰も居ない。
 そう、みんなとっくに帰路についてしまったのだ。ボクだけは遊びに夢中になり、逃げ回りすぎて、鬼も捕まえきれず、気が付いたら、一人、長い影を引き摺って、それとも、長い影に魅入られて、見知らぬ土地に居る自分を見出したというわけだった。 
 そこは、やたらと広い田圃のようだった。見渡しても、藍色の闇に彼方の様子を望むことはできない。我が村の作業小屋に似ているような、でも、やはり違う小屋や、泣きじゃくるような鳴き声のするニワトリ小屋なんかがあるだけだった。
 ボクは、村の何処かの郵便ポストの傍に立ち尽くしていた。
 よく見ると、傍には、バス停があり、雨宿りのためなのか、待合所らしい小屋があった。ボクは、その小屋のベンチに腰掛けることにした。灯り一つ、あるわけではなかった。遥か遠くに、誰の家なのだろう、窓の灯りが小さく見える。あそこへ行ってみようか、ボク、迷子になったんです…って、言ってみようか。
 ボクは泣きべそを掻きそうだった。
 どうして、ボクを放って、みんな帰ってしまったんだ。
 晩秋の夜は、寒く、幸い木枯らしは吹いていなかったけれど、ボクの胸には見捨てられたという悲しみの木枯らしが吹きまくっていた。いいんだ、ボクなんて、どうなったって。
 その時だった。聞き慣れた声が響いた。気のせいなんかじゃなかった。
「あんにゃ、そんなとこで、何、しとんがいね!」
 姉ちゃんの声だった。
 ボクには、声も出なかった。なんだか、恥ずかしくて、迷子になったとも言えなかったし。
 姉ちゃんは、肩にいつもの赤紫色のディズニーのバッグを担いでいた。
「姉ちゃん、何処、行くが?」
 ボクは、やっと、言葉が出た。
「何処、行くがって、帰るところだがいね。」
「帰る? 何処、行っとったがね。」
「算盤だちゃ。塾だにか。もう、遅いから、帰らんまいけ。」
 ボクは、なんとなく、気が抜けたような感じだった。あの恐怖はなんだったんだろう。姉ちゃんのあまりの呑気な顔、声。
 それに、姉ちゃんが算盤塾に行っていたってことも、初耳だった。
 ボクは、姉ちゃんと影踏みしながら帰りたいと思った。幸い、雲間から月明かりが洩れて来ていた。
「姉ちゃん、影踏み、やろう!」
「いややちゃ、もう、遅いし」
「やろ!」
「しょうがないねー。じゃ、わたし、鬼、あんにゃ、逃げられ。」
 ボクは、逃げた。今度は、真っ直ぐ、家に向かって。


                              (04/12/15 作)

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2004/12/13

テラコッタの夢

 夢を見ていた。夢を見ていると、自分で分かっていた。目覚めて欲しいような、でも、もう少し、この世界に止まって居たいような、中途半端な気持ちだった。
 まるで南海の海の底を、そう、西表島の何処かの水道の底の岩場を縫うようにして、マンタを追って潜り続け、濃密なブルーの空間を彷徨っていた時の、身も心も、その全てを世界に委ねたような、不思議な安息感に満たされていた。
 それとも、遠い夏の日、家の近くの高い塀に囲まれた屋敷の中に忍び込み、人気のない、薄暗く、ひんやりした廊下を、足音を潜めながら、何処までも歩いていた時のような、胸の締め付けられる好奇心に満ちていた。
 夢の世界の奥の彼方には、何があるのか、まるで分からない。不安で一杯の自分。
 でも、脳裏の何処かに、後戻りはいつでもできるという、遥か天の上の世界からの囁きが小さく木霊しているようで、大丈夫だ、どんなに遠くへ踏み入っていっても、大丈夫なのだと感じていた。
 不意に、夢の回廊が途切れ、いつか何処かで見たような町並みの一角に、ぼんやり立っている自分が居た。
 ここは、何処なのか。何処から来たのが分からないように、何処へ行き着くとも知れない。
 でも、ここに自分が居る。その<ここ>という感覚が妙に安定している。太平洋の真っ只中に漂流しているのだけど、永遠の凪が保障されている、誰に見守られているわけでもなく、ただ、自分は居るべき場所に居る、だから、安泰で居られるのだという感覚が自分を包んでいる。
 何故か、小樽、という地名が頭の片隅に閃いた。
 小樽に行ったことがあるのか。
 確かにそうだ。三十年も昔、バックパッカーを気取って、北海道を歩き回ったことがある。テントなど背負って、無闇に歩き続けた。何処へ行く宛てなどなかった。ただ、町の外れへ、なだらかな山並みの向こうへ、峠の彼方へ、足が棒になるのも構わず、若さに任せて歩き通した。
 でも、帯広や摩周湖や襟裳岬や、広尾という地名や、登別、網走などと、朧ろにではあっても、思い出せるのに、小樽のことは、脳裏をどう掻き削ってみても、何も出てこない。
 すると、デジャビュというのか、いつだったか、自分はここに来たことがある。そして、もう一度、ここに来るんだと誓ったことさえあったのだという、確信めいた念が湧き上がってきた。
 あの、レンガ色の古びた建物の角を曲がるがいい…。
 誰が囁いたのだろう。
 素直に従った。セピア色の町並みだった。光も闇も木立も窓に映る空も、雲さえも、全てセピア一色なのだった。
 角を曲がった。
 すると、そこに、懐かしい造形が自分を待っていた。何十年という歳月をひょいとばかりに乗り越えて、その縄文時代に埴輪があったなら、こんな造形に違いないと思わせるような、心底、自分を和ませてくれる粘土細工の人形が、かそけき微笑を浮かべて、あの日のように自分を迎え入れてくれるのだった。
 そうだ、ここに来なければならなかったんだ。
 ボクは、約束の地に来たんだ。
 約束を果たすために、遠路はるばる、風の回廊を渡り、夢の回廊を抜け、緑の回廊を越え、アカデミーのコリドーを漲るように照り輝く柱廊に擦られながら、澪標(みおつくし)に導かれつつ、ボクは、小樽にやってきたのだ。
 そこには土と火の祭りがあった。粘土を捏ねまわした自分の、ありうべき姿があった。泥に塗れて、大地に平伏し戯れた自分が居た。抽象の海を渡りきれずに、イカルスの失墜の二の舞を踏んでしまった自分には果たしえなかったつちの世界があった。
 ああ、そうだ、ボクは、あの日、このテラコッタを思いっきり、馬鹿にして通り過ぎたのだった。こんな土の塊(かたまり)なんて、池にでも放り投げてしまえばいいとさえ、思った。
 もしかしたら、生意気だったボクは、本当に、そのように口に出してしまっていたのかもしれない。
 脂汗が滲み出してきた。恥ずかしさで絶え入るような気分だった。
 ボクは、はるばる北海道を旅しながら、何一つ、得るものなく、反って、自分を抽象の砂漠に追いやってしまった。人の肌から逃げ去り、密封された空間の中に棲息し、とうとう窒息して果ててしまったのだ。もう、脳味噌を引っくり返しても何も出てこない。
 ボクは空っぽになってしまった。
 土に還ろう。土に平伏すんだ。泥に塗れるんだ。原始の魂を取り戻すんだ。そうしないと、本当に息絶えてしまう。
 ボクは、展示されている素朴極まりない、無心をそのままに造形したような顔の前に向かっていった。
 けれど、ボクは、その場に足を留めることはできなかった。ボクは、陽炎だった。蜃気楼だった。夢の中の骸(むくろ)だった。土の造形をすり抜けて、闇の彼方へと消え去っていった。
 そしてボクは目覚めた。ボクは、パサパサの土埃になっていた。汗さえ、掻いていない。
 ああ、ボクは、こんなにも惨めな奴になってしまったのか。これじゃ、砂漠に放置されたミイラより哀れじゃないか!
 と、感じた瞬間だった。ボクは、今度こそ、夢から覚めた。


[「本郷新とテラコッタ  土と火の祭り、本郷晩年の真骨頂」を参照させていただきました。(04/12/13 記)]

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猫じゃらし!のネロ

 そうだ、ネロとスピッツの追っ駆けっこで思い出したことがある。
 あれは、何がきっかけだったのか。オレが、いや、ボクが保育所から道草して帰るのが癖になっていたってこと、話したよね。近所の兄ちゃんの影響で、ああ、ウソ、ついちゃいけないね。姉ちゃんの日記を盗み見たという疑惑で、姉ちゃんとの仲が悪くなったってことも。
 姉ちゃん、根に持つんだね。あれから、ボクと姉ちゃんは、ことあるごとに喧嘩するようになってしまった。朝はトイレにどっちが先に入るかとか、歯を磨くのに、どっちが洗面台を先に占領するかとか…。
 食卓に向かっても、目玉焼きの大きさがどうだとか、刻んだキャベツの盛り上がりがどうだとか…。かあちゃんもうんざりしている。
 一番、かあちゃんが呆気に取られたような顔をしていたのは、たまたまハンバーグだったかを父ちゃんが残業して食べ残して、朝の食卓に出た時だった。
 ハンバーグを出したはいいけど、さて、どうやって二人で均等に分ける問題で、姉ちゃんなど、ナイフを振り回したりして、延々議論し、とうとう、二キロほどまで量れる台秤を持ち出してきて、一グラムまできっちり計って分けているのを見たときだった。
 ボクらは、母ちゃんのそんな表情に気付いていたはずだけど、無視していた。というより、本当は眼中になかったんだと思う。それより、姉ちゃんとボクとは面子を賭けて戦っていたんだ。
 あ、今、思い出した。ボクは、その頃、食卓じゃ、必ず母ちゃんの隣りの席に坐っていた。それが暗黙の決まりになっていた。なのに、あの日から、姉ちゃんは、ボクが洗面所から戻ってきたら、さり気なく、母ちゃんの隣りに坐ることが増えた。
 ボクは、そこはボクの席だ! とは言えなかった。母ちゃんの隣りが好きだけど、甘ったれていると思われたくなくて、目がウルウルしそうなのをグッと堪えて、普段なら姉ちゃんの席に坐る。
 姉ちゃん、(お給仕、手伝わないとねー。姉さんだもんねー。)なんて言って、澄ましている。母ちゃんも、いい加減、呆れ果てちゃって、何も言わない。一度だけ、姉さんなんだから、大人になりなさいよ、なんて愚痴なのか忠告なのか、姉ちゃんに意見していたような気がするけど、姉ちゃん、聞く耳なしの態(てい)。
 ということで、母ちゃん、もう、勝手にしなさいと腹を決めたみたいだった。
 父ちゃんは、ボクらが取っ組み合いをし始めると、外でやれ! と一喝するだけ。口喧嘩しても、うるさい! 外へ行ってやれ! のワンパターン。
 ネロも、我、関せずとばかりに我が侭のし放題。ボク、本当にネロが羨ましかった。ネロに許されるのに、どうしてボクはダメなのって、真剣に悩んだこともあった。拗ねて、裏の小さな庭の端っこで、植木の根っ子を穿り返していたりした。
 すると、当て付けみたいにネロがやってくる。そのうち、ボクの真似をしたのか、ネロの奴の方が本気になって、土を前足でガリガリし始めてしまった。ちょうど、そこに母ちゃんがやってきた。ネロ! と、まるで父ちゃんがボクらを叱るみたいに一喝。ネロは、すごすごというか、素知らぬ顔をして、退散していく。
 ボクは、思わず、両手を後ろにやって、ネロの奴、困ったもんだねー、なんて、いい子ちゃんぶってみたりして。
 
 或る日だった。いつものように保育所を出てから、道草をして帰り、玄関先から、「母ちゃん、お八つ!」って、叫んだ。
 けど、返事がない。返事がないどころじゃなく、家には人気がまるで感じられない。
 灯りのついていない廊下の奥が、真っ暗で、ひんやりしていて、まるで赤の他人の家のようだった。
 ボクは、家の玄関先で途方に暮れてしまった。鍵は開いている…、確か開いていたのだから、家の近くに母ちゃんがいるはずだと、ボクは、石畳の上で佇んだり、道端の石ころで石蹴りしたりして、所在無さを誤魔化していた。
 しばらくして、隣りの小母さんがやってきた。
「あ、ボク、お母さんね、入院したのよ。病院に行ったの。さっきまで、ここでボクのこと、待ってたんだけど、なかなか来ないし、保育所に連絡しても、とっくに帰ったという話だったらしいし、もう、何処、行ってたのよ。さ、一緒に病院、行きましょうね。」
 ボクは、ビックリした。昨日まで、いや、今朝まで、あんなに元気だったのに、どうして? 何があったんだろう?
「姉ちゃんは?」と、小母さんに聞くと、
「あら、お姉さんにはすぐに連絡が取れたから、もう、学校から真っ直ぐ、病院に行ってるわよ。ほら、あの、近所の兄さんが盲腸で入院した○※病院。」
 ボクは、この期に及んでも、姉ちゃんに先を越された、なんて感じていたような。
「母ちゃん、大丈夫なのかな。」
「お母さん、うん、大丈夫みたいよ。ちょっと、疲れが出たんじゃない。神経が胃に来たとか何とかで、心労って言うのかな。でも、一日、点滴を受けたら、退院していいんだって、おばさん、お母さんから電話、もらったもの。」
 疲れが出た…。ボクは、てっきり、ボクのせいだと思った。ボクらのせいなんだ。ボクと姉ちゃんのせいなんだと思った。シンロウという言葉がボクの頭の中をグルグル、駆け巡っていたのを思い出す。
 病院に行ったら、玄関には姉ちゃんが立っていた。小母さんは、子供を迎えに行かなくちゃいけないからと、姉ちゃんに言って、すぐに車で帰っていった。
 ボクは、姉ちゃんと暗黙のうちに休戦協定を結んだ。分からないけど、きっと、姉ちゃんも、自分のせいだと感じていたのだと思う。
 恐る恐る病室に入ると、母ちゃんは、いつものように、いや、いつも以上の顔色で、ボクは、心底、安心した。
(よかった! ひどい病気じゃなくて。)
 あの、小母さんに言われたシンロウという言葉が頭にこびり付いているボクは、母ちゃんが、そのままどうにかなったら、ボクのせいだ、一生、後悔の念から立ち直れないと思っていたんだ。
 あれは、ボクが言ったのか、それとも、姉ちゃんが言ったのか、記憶が曖昧だ。
「母ちゃん、御免ね、これからは、喧嘩したりしないからね」と、ボクが言ったんだろうか。それとも、姉ちゃんが、しおらしく言ったんだっけか。
 母ちゃんも、ベッドの脇でボクら二人が神妙にしているのを見て、微笑んでいた。
 微笑んでいた…、というのは、ボクの見立て違いだったってことは、後になって分かったけれど。
 内心、ほくそえんでいたし、心のもっと違う場所では、泣いてもいた。
 何年も経って、ひょんなことから知ったのだけど、実は、出張していた父ちゃんが浮気をしたと、母さんが思い込んでしまったらしいのだ。そういえば、病院へも父ちゃんは、とうとう、見舞いに来なかった。一泊だけの入院で、見舞いには間に合わなかったっていうことなのか。その辺の事情は、今もって、分からない。
 でも、ボクらは、そんな状況なんて、まるで見えてなかった。きっと、姉ちゃんにも。
 その晩は、小母さんが迎えに来てくれて、ボクと姉ちゃんは、小母さんが泊めてあげるという誘いにも乗らず、我が家で寝ることにした。
 寝所で姉ちゃんと、夜、遅くまで語り合ったのを覚えている。わたしたち、もっと、大人にならなければ、ね。そんなことを姉ちゃんが言えば、ボクも、そうだよね、ボクだって、男の子なんだ、我慢も覚えないと。
 すると、男の子だから、という言葉に姉ちゃんは、何か言いたそうな顔を一瞬、見せたけど、押し黙って、薄闇に朧に見える天井の梁か何かを眺めていた…。
 翌朝、また、ボクらは小母さんに連れられて、病院へ向かった。姉ちゃんと二人で行けるからって言ったんだけど、車で子供を送りに行くから、そのついでだからって、半ば強引に乗せられて行ったのだった。
 ボクらが病室に行くと、もう、母ちゃんは、退院の準備が整っていて、(病室の窓から、眼下の様子が見えていた。あとで小母さんにお礼しないとね。憂鬱。)などと言っていたような記憶がある。
 それこそ、乗っていたのは、ものの数分で基本料金の距離だと分かっていたけれど、タクシーに乗って帰った。(今日は、奮発よ)と、ボクらに向かってなのか、呟いていた。
 母ちゃんの顔見知りの運転手らしく、世間話やら、軽くてよかったですね、なんて、お見舞いやら慰めの言葉やらを掛け合いしていた。
 家に着いてからが大変だった。安心したら、なんだか、緊張の糸が切れてしまったみたいだった。隣りに姉ちゃんが立っていて、偉そうに母ちゃんを先導しようとしている。
(なんて、生意気なんだろう!)ボクの脳裏にあるのは、悔しさだけだった。
(ボクが先に家に入る、入って母ちゃんを案内する!)
 だけど、一歩、姉ちゃんに先を越されてしまった。ボクは、母ちゃんの荷物や花束に目をつけた。病院でお見舞いに貰った花束を三つも両脇に抱え、その上、一泊とはいえ、ボストンバッグも腕にぶら下げている。
(母ちゃん、ボクが荷物、持つよ)
 すると、それを見ていた姉ちゃんが玄関から飛び出してきて、あんたには無理よ、なんて、言い掛かりをつけくる。
 とうとう、また、喧嘩が始まってしまった。元の木阿弥だ。
 玄関先には、花束の紐がほどけて、薔薇やらカーネーションやらが散乱した。
 そこへ、軒先の道路からスピッツの奴が飛び込んできた。そして、花束を口に咥えて走り去っていったのだった。スピッツの奴の家の庭に咲く花の仲間だとでも思ったのだろうか。
 ボクらは慌てて、追い駆けたけれど、呆気なく見失ってしまった。どうせ、あの家に逃げ込んだに決まっているのだけど。すると、何処から来たのか、ネロがボクらを追い越し、スピッツの奴を追い駆け始めた。
 ネロ! ボクらは、ネロのことを昨夜からすっかり、忘れていた。姉ちゃんは、もともとネロと相性が悪いから、目の前に姿を現さない限り、ネロのことは話題にしないし。
 そういえば、昨夜だって、ネロの姿を見かけなかったっけ…。
 ボクは、ネロの消え去った方へ走っていった。もう、母ちゃんは大丈夫なんだし、姉ちゃんの好きにしろ、なんて、半ば、自棄だった。
 ネロにはすぐに追いついたように記憶する。というのは、スピッツの家ではなく、家の近所の空き地にネロとスピッツがいて、真っ赤な薔薇の花を口に咥えたまま走るスピッツをネロが追い駆けているのだった。空き地は、ススキやらエノコロ草やら、名前の知れない雑草なんかが生い茂っていて、まるで猫じゃらしの野だった。
 その野に、深紅の花びらが、数知れず、散らばっている。
 そこを誰かが見かけたなら、それはそれは不思議な光景だったろう。
 そうだ、我が家に来た当初は、ボクはネロと猫じゃらしでさんざん遊んだっけ。
 ボクも、仲間入りした。もう、三匹の追いかけっこだった。いいんだ。母ちゃんも無事だったんだし、姉ちゃんのことなんか、放っておけばいいだ。ボクは、青空のもと、思いっきり、翔けるんだ!


[本作品は、連作「黒猫ネロ」の「イチジクのネロ」に続く第七弾です。(04/12/13 記)]

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2004/12/12

メデューサ

 公園の脇にタクシーを止めた。
 最近にしては珍しく忙しく、回送にして、路上から逃げるようにして、ある役所の建物の裏手にある公園に車を潜り込ませたのだ。
 車から降りると、足がふらつく。何時間も緊張を強いられる中で走って、下半身の感覚が一時的に麻痺している。
 誰も見ているわけもないのに、オレは、与太ついた無様な姿を見られはしなかったかと、つい、辺りを見回してしまった。
 誰もいない。
 いるはずがない、昼下がりの裏通り。役所の連中もさすがにこの時間帯は、検査や事務に忙しいはずだ。団地からも離れている。幼稚園児のよく遊びに来る場所だけど、まだ、遊べる時間には間がある。
 が、植え込みの中にオレは視線を感じた。
 ホームレスか。
 しかし、そんなわけがない。彼らの視線は、柔らかいのだ。屈折している。眼差しが直線を描いて人にむけられることはない。むしろ、彼らは、存在を消し去っている。いや、存在を、ではなく、存在感を、かもしれない。
 自分はここにいる。世の片隅から世界を睥睨している。間違っても、見下されたりはしない。させない。
 そのためには、存在感を消し去るのが一番なのだ。
 けれど、刺すような視線を感じたのは間違いなかった。
 オレの視線への感覚は鋭い。何故なら、オレこそ、植え込みの中のやつ等より存在感が薄いからだ。そこにいるのに、誰も気付かれない人間だからだ。眼差しに餓えているのに、誰彼に気付いてもらいたいのに、誰もが、オレが透明人間であるかのように呆気なく素通りしていく。
 オレはビルの陰に澱む風より、陰気なのだろうか。
 それとも、本能がオレを消し去っている? この世に存在していることを、本当は恐怖している?
 目には見えない、けれど、オレの心の裸眼には白熱した針金より凶暴な視線が見える。
 直視など許さない光の横暴をこれ以上、受け止めていると、焼き焦げてしまいそうだ。
 与太ついていた体以上に、オレの感受性のほうこそが実は脱力感に見舞われていた。痺れ切ったオレンジ色の体に次第に不透明感タップリの肉体の闇が戻ってくるように、オレの眼差しにも白濁した世界の変幻を見分ける能が蘇ってきたようだった。
 晴れ渡った空ゆえに影が深く、そこにいた女の子は、闇に呑み込まれているのだった。夜陰に紛れるように、女の子は、世界から身を隠していた。怯えきったような目。
 オレを見て、怯えているというのか。何故?
 しかし、すぐにオレの勘違いだと分かった。あの子は、この世界に怯えている。立ち竦んでいる。居場所を見つけられないでいる。逃げ惑って、ホームレスのやつ等にさえ、見つけられなかった安住の地をやっと今、手にしている。
 その隠れ家に偶然、オレは居合わせてしまったのだ。
 女の子の頬は、赤く腫れていた。殴られた痕だということは、歴然としている。
(誰に殴られたの?)
 オレは、そう、声を懸けたかった。
 でも、そんなことが許されるわけもない。知らない小父さんに声を懸けられても、知らん顔をしていなさい。返事をしちゃ、いけません。
 まして、胡散臭いようなオレじゃ、警戒するのも当たり前だ。
 オレは、女の子の放つ、ただならぬ雰囲気から逃げるようにして、公園のトイレに向かった。オレは息抜きがしたいだけなのだ。路上というタクシーにとっての闘いの場から、公園という塹壕に身を潜めに来たのだ。ただ、それだけなのだ。
 なのに、オレは背中に粘りつくような、それとも、縋りつくような、そう、ちょっと間違えたら後ろ髪の引かれるような感覚を感じていた。オレは、あの女からやっと逃げられたのだ。今更、あのメデューサの長い蛇のような髪に絡み取られてたまるものか。女の嫉妬に煮え滾る目に、心が石になってしまう、あの恐怖を再現する…、こんな場所でどうしてそんな憂き目に遭わなければいけないのだ…。
 トイレから出て手を洗って、ついでに顔も洗ってみた。まるで、顔を洗ったら出直せるかのように。悪夢から目覚めることができるかのように。
 そんなことなど、出来はしないことは、あの女との事で、さんざん、思い知ったはずなのに。
 オレと女の子とは素粒子の中のクォーク同士のようだった。離れれば離れるほどに、互いの存在を強烈に引き合う。けれど、オレに何ができる。
 女の子の目は、何処までも透き通っていた。悲しみの湖の底がちょっと腕を延ばせば届くようだった。けれど、決して、底に辿り着くことはできない。誰もが溺れてしまう。オレも、あの子も。
 心は濁っている。恐怖に竦んで真っ暗闇の只中にいるはずなのに、今、彼女の目が澄んでいるのは、最後の最後のギリギリの期待があるからだ。この世を信じたいという切なる思いがあるからだ。
 今なら、まだ救えるかもしれない。オレは、何の根拠もなく、直感した。
 けれど、あの子は、家に帰るのだろう。家とは名ばかりの地獄に。家が地獄だったら、この世のどこにあの子の居場所がありえよう。
 オレは、踏み潰された虫けらから目を背けるように、目を背けた。
 処刑場に引き摺られていく罪人を見るより哀れだった。罪人でもないのに、どうして処刑されるのか。生きていること自体が罪だったから? 罪? あの子の罪? 誰の罪を引き受けているのか。
 オレは、ほんの少し、夢を見ようとした。あの子が地獄に居るのは、オレのせいなのだ、オレが改悛して、あの子に懺悔し、そうして胸の底を断ち割ってでも、罪滅ぼしとばかりに、二人、闇の道を歩いていく…。
 所詮、夢なのだった。冬の日差しに雲散霧消する、淡雪のような、綿菓子のような夢なのだった。オレは一人、立ち去っていく。あの子も、一人、ずっと一人を生きていく。
 あの子は、壊れる間際にいる。瀬戸際で、溺れそうになって、息も絶え絶えになっている。今なら、手を差し出せば救えるかもしれない。
 でも、このオレが助けて、どうする。拉致と呼ばれ、誘拐と呼ばれ、変態呼ばわりされるだけじゃないか。胸の底の真率な気持ちなど、誰が顧みるものか。
 気が付くと、彼方にあの子の後姿が見えた。親に手を引かれて。そう、徒刑場へと引き摺られていく。段々、小さくなっていく。まるでこの世から掻き消されていくように。
 あと、ほんの数日もしたら、あの子は、この世から消える。肉体は居残っても、心は死ぬ。
 それが分かっているのに、臆病者のこのオレも逃げ去っていく。
 何も見なかったのだ。だって、公園では、何一つ、生じやしなかったじゃないか。オレは夢を見ただけなのだ。地獄は、あっても、何処かの団地の一室の、そのまた片隅にあるだけ。
 やがては、地獄も断末魔に終わる。
 青い空、白い雲、緑の葉、長い影。今のオレに目にできるのは、それだけなのだ。
 さあ、もう一度、路上という闘いの場へ、戻ることにしよう。

 
                       (04/12/12 作)

メデューサ(Medusa)とは、ギリシャ神話に登場するモンスターです。クォークとは、物質を構成する基本粒子で、現在の宇宙では素粒子の中に封じ込められており、単独で存在することはないとされる。「ちなみにクォークという名称は、モデルの提唱者の一人Gell-Mannにより、ジェームズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』中の鳥の鳴き声「quark」から取って付けられた(「ウィキペディア」より)のは有名。]

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ディープスペース:デルヴォー!

「ディープスペース(5):デルヴォー!」


 オレは、夢の中で見た女を捜していた。
 女はオレのすぐ傍にいたのだ。まるきり表情など見せてくれなかったけれど、目を閉じているオレの頬に女の肌の
温もりの放つ熱気が当たっていた。肌のかすかな石鹸の香りが脳裏を突っついていた。
 目を開けると女は、遠ざかり、窓際で背を向けている。長い髪が梳けて流れている裸の背中。丸いお尻。長い脚。真っ白な肉体が宵闇にトルソーのようだった。
 肉体というより大理石を思わせる木目の細かさが、冷酷さと紙一重の情の深さを想像させた。
 そうだ、遠い国の山の中の湖のように冷たく固い水面。もしも触れたなら、指が凍るか、そうでなかったら、水に浸した指の先が切れ落ちてしまいそうだった。
 オレは、女の肌に触れたくてならなかった。
 もう一度、あの感覚を味わいたくてならなかった。 
 あの感覚…。そうだ、オレは、ガキの頃、たっぷりとあの感覚を味わっていた。あの感覚の世界にどっぷりと浸っていた。オレはあの感覚そのものだった。
 何故なら、夜毎にあの女がガキだったオレを褥(しとね)の奥深くに招き入れ、火照る肌という褓(むつき)で包んでくれたのだ。
 オレは窒息しそうだった。快感と苦痛とが入り交じっていて、もがきながらも、気がつくと、もっと闇の奥深くへ分け入っているのだった。深みの底には、真っ赤な闇の河が流れていて、オレを溺れさせてくれるのだった。
 赤い水がオレの喉に情容赦なく流れ込む。それは長い舌先に違いなかった。情の滾る裸の心を剥き出しにした女のペニスなのだった。ベロがオレの喉の奥を、オレの体躯を、オレの足先を、そう指の先までも愛撫しているのだった。
 そこには、一分の隙もない愛惜があった。女の孤独という匕首(あいくち)の切っ先がオレをズタズタに引き裂くのだった。
 女は、ただただベロで舐めまわしているだけのつもりだったのだろうけれど、オレにしたら、刃先を全身に突き立てられているだけのことだった。
 オレは体以上に心が血の涙を流していた。あまりの快楽の洪水に圧倒されていた。幼児に過ぎないオレには、到底耐えられるはずのない、横溢する愉楽だった。
 オレの体も心も、満ち満ちた愉悦の淫靡なる液体に漲り、膨らみ、そして破裂してしまったのだ。
 なのに、ベッドを共にした翌朝には、能面の顔をした見知らぬ女が、感情の一切を示すことなく、オレを躾ようとする。礼儀作法を徹底する。行儀の悪さなど、決して許さない。完璧なる子供であることを要求する。
 母は、決して女などではなく、女性なのであり、妻なのであり、貞淑なる人形なのだった。
 部屋の中に、一粒の埃をも許さないように、オレの肩にもフケも髪の一本も落ちていることを許さない。
 そしてオレは夜の人形。玩具。無数の女達を追いかける亭主に気が狂った女の忠実なる臣下。そう、完璧なる奴隷であり主人なのだ。