父と子の休日風景
(息子がサッカーのボールで遊んでいる)すると、そこへ父がやってきた。
父 :おい、野球、やろうぜ。
息子:えー、野球?
父 :なんだ、いやなのか。
息子:いやっていうわけじゃないけど、今はサッカーの時代だよ。
父 :うんにゃ。野球だ。男は野球だ。サッカーなんぞ、誰でも出来る。
息子:えっ、じゃ、パパ、サッカーできるの?
父 :もちろんさ。あんなの、ちょっと蹴ればいいんじゃないか。
息子:じゃ、ちょっとやって見せてよ、サッカー。
父 :ふん。容易い御用だ。ボール、持って来い。
(ちょっと、その気にさせたら、こんなもんさ。今日はサッカーだね)と息子は独り言。
息子:パパ、持って来たよ。
父 :よし! 寄越せ。なんだ、こんなもん、ちょろっと蹴ればいいんだから、ガキでも出来るぞ。
(足はボールを掠めただけだった。すると、サッカーボールは、コロコロ転がり、門を抜けて、道路へ。決まり悪げな父)
父 :なんだぁ、こいつ。言うこと、きかんぞ。どうなっとるんだ??
息子:まだ、ボールが新しいから、人間に慣れてないんだよ、きっと。
父 :最近は、子どもだけじゃなくて、ボールも親に反抗するんだな。息子:パパ! そっちへ蹴るからね。気をつけてよ。
父 :おおっ、構わん。思いっきり、蹴って来い。
(いいのかな、パパんとこに蹴っちゃって。もう、知らないから)と、息子。
息子:いい? パパ、蹴るよ-。
(と、ボールを父のほうへ蹴り込む。すると、ボールが父の顔を直撃。)
父 :なんだ、オレの顔めがけて蹴る奴があるか。ちゃんと、足元に寄越さないと、ダメじゃないか。これだから、サッカーする奴は、柄が悪いって言われるんだ。
息子:顔ったって、ちょっと避ければ済むことじゃない。どうして、顔にぶつかるまで、直立不動なのー。
父 :男というものはな、逃げてはいかんもんなのだ。何事も真正面から受け止める、それが男だ。見ろ、野球を。バッターはみんな、決まったボックスでじっと立ってるだろ。ピッチャーだって、バッターにぶつからないように投げとる。ボールに触れるのは、ミットかバットに決まっとるんだ。男らしいスポーツと思わんか、ええ?
息子:でも、サッカーのボールなんだからさ、ちょっと避けて、胸でトラップするとか、頭でヘッディングするとかさ、いろいろ方法はあるじゃない?!
父 :何を言う。それが逃げだと言うんだ。男は、風雪に耐え、汚辱に耐えてこそ、人間が鍛えられるのだ!
息子:ちぇっ、負け惜しみ、言ってら。
父 :何?
息子:ううん、なんでもない。パパって、凄いんだね。何事も体当たりなんだね。ボク、パパのこと、尊敬しちゃう。
父 :分かればいい。
息子:じゃ、さ、今度は、軽く蹴るからさ、ちゃんと転がすからさ、今度は、パパ、ボクのほうへ蹴り返してくれる?
(すると、ボールは、父の股間を抜けて、コロコロ転がって、縁側の下へ)
息子:パパ、どうして足元にボールが来たのに、突っ立てるのさ。蹴れなくても、止めるとか、すればー。
父 :わしは、やっぱり、ボールを蹴るというのは、性分に合わんようだ。第一、こんなことは、よろしくない。
息子:どうしてさ?
父 :そうだろうが。そもそも、オレもよくオヤジに言われたことだが、モノを粗末にすることは、絶対にアカン。まして、モノを蹴るなんて、非道なことが許されるわけがないってな。
息子:許されないって、野球のボールがバットで打つようにできているように、サッカーのボールは足で蹴るためにあるんだよ。ちゃんとそういうように作られているんだからさー。だから、蹴り返してよ。
父 :そうか。我が息子に、そこまで言われてはな。分かった。いいか、蹴るぞ!
(が、父は、見事に空振り。危うく、勢い余って倒れそうになる)
息子:あれっ? パパ、どうしたの? 大丈夫?
父 :大丈夫って、何だ。なんでもないだろうが。
息子:だって、今、倒れそうになったじゃん。
父 :何を言っとる! 今のは練習だ。未だ、ボールを蹴ることに躊躇いがあるのじゃ。
息子:あっ、そうか。そうだよね、パパはモノを大事にするんだものね。
父 :分かれば宜しい。よし! 今度は練習じゃないぞ、本番だ。いくぞ!
息子:いいよ、蹴って!
父 :いいか、蹴るぞ!
息子:うん、今度こそね。
(父は、サッカーのボールを思いっきり、蹴ろうとした…、が、また空振りし、今度は、とうとうドシーンと背中から倒れ込む)
父 :うーん。
(慌てて駆け寄る息子)
息子:パパ、大丈夫?!
父 :大丈夫だ。蹴ろうと思ったけど、その前にもう一回くらい練習すべきだと思ったんだ。それにな…。
息子:それに…、何?
父 :どうやら、オレには蹴れんようだ。オレの美学からして、モノを蹴るなぞ、人間のすることとは思えんのだ。
息子:そうか、そうだよね。パパは、昔気質の人だものね。そんなことできないよね。
父 :……。
息子:分かったよ。じゃ、ボク、一人でやるよ。
(父は、痛みを顔に出さなかったが、実は足を捻っていた。一方、息子のほうは、ああ、よかった、厄介払い、出来た。これでゆっくり楽しめる、と、ほくそえむ。そして、また、息子は一人、ボールで遊ぶのだった。)
(03/10/21)
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