2008/09/27

読書・音楽拾遺…モーツァルトとシンクロもエンヤない?

 富山に帰郷して今日(26日)で丁度、半年となる。
 帰郷のドタバタの一端は、例えば、「テラ・アマータ」にメモしている。

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← Enya / エンヤ『A DAY WITHOUT RAIN / ア・デイ・ウィズアウト・レイン

 その中で、ちょっと殊勝にも以下のように書いている:

 このような人間なのだけど、我が地を愛そうと思う。
 誰も自分を愛することはなく、我が愛すべき土地さえも自分に対して無関心であり続けるのだとしても、縋りつくように、しがみ付くように、この地に生きる。

 郷里に半年住んで、少しでもそのようでありえたかというと、なかなかうまくはいかないというのが正直なところだろう。
 それでも自分で自分を叱咤して、郷里の地に馴染もうとしているけれど、道半ばどころか、緒にさえ着いていないと痛感するばかり。
 あれこれ書くと切りがないが、とにかく楽しみを見出せていない。語り合う友(パートナー)もいないのが大きい。
 この辺り、自分の人間性も関係するところなので、自業自得なのかなと、やや諦めの心境でもある。

 殺伐、茫漠といった言葉が自分の心から浮かんでくる言葉なのだ。
 

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2008/07/23

炎天下の格闘

 今年は小生がうっかりしている間に、梅雨が明けてしまった。
 ニュースで梅雨明け宣言が伝えられていただろうに、聞き(見)逃したようだ。
 昼間は家事手伝いというか、炊事もやっているので、ニュースだけは視聴したいと思っているのだが、侭ならない。
 夜は日によって仕事だったりする。数日前だったか、仕事先でお客さんに梅雨はもう明けたよって、教えられてしまった。
 小生としては少々口惜しい。

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← 今月上旬の雨の日に撮影。左手前の出っ張っている岩などを引っ込めたい。

 人に教えられたからではなく、知っていたなら、関連の記事を書きたかったからである。
 例えば、「ハッピーバースデー・ツーユー!」なんて記事を05年の6月に書いているし、翌年も「今年も…ハッピーバースデー・ツーユー!」なんて記事を書いている。
 梅雨明け宣言が出たら、やはり何かそれを契機に書く。
 99年末にネットに参入して、日に一個の記事を書いてネットにアップさせるのをノルマにしている(書くだけなら昔からやっていること)。

 年に一日が二日は書かない日もあるが、日に二つ書くことのほうが多いので、結果的には年に365以上の記事。
 ってことは、単純計算でも99年末以降で3000個以上は何かしら書いていることになる。

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2007/11/27

じゃがいもは皮ごとふかしホクホクと

 今日は、「小春日和」をテーマに何か書こうと思っていた。
 昨日の営業の中で、東京など関東では「小春日和」といった日和の日々が続いているといった話題が出たこと、さらに、ジャガイモの新種が研究所段階では出来ていて、今は一般に売り出すための安全性などの検証が行なわれているという話題も聞いた。
 そのジャガイモの新種の名前が何故か「コハル」(「小春」か「こはる」かは分からない)なのである。

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← 五月みどりコロッケの唄』 (浜口庫之助 (作詞者) 
宮本光雄 (編曲者) 桧原さとし (作曲者) キングレコード株式会社(発売) 画像は、「コロッケの唄- 五月みどり」より)

 で、小生、「コハル」つながりということで、一席を設けよう…まあ、雑文を一つ仕立てようかなと思った次第。
「小春日和」と「コハル」では二題であり、もう一つ何か見つけて三題噺にしたい。
(不思議なもの、そして面白いもので、棒が2本では立たないのが、3本だと平面の上に立つように、お話も二題だと心もとないのが、三題噺となると話に膨らみのようなものが自然と出てくる。話が立体的になるものなのである。)
 その点、「こはる」という言葉なら何かしら見つかるはずで、三題噺が成り立つのは必定(強引にでも三題噺に仕立てちゃう)!

 けれど、小生の目論みは淡く呆気なく潰え去った。
 というのも、小生のこと、「小春日和」をテーマに何か書いているに可能性がかなりの確率である。
 実際、「小春日和」でネット検索してみたら、案の定だった。
 まさに、題名そのものの小文を綴っていたのだ:
小春日和

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2007/11/24

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その2)

 本稿は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」や「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)」に続くもので、「むしむしパワーが地球を救う!」関連の記事はこれでお終い!
 11月13日のラジオ番組で聞きかじった話をメモするつもりが意外と手間取ってしまった。
 それでも、小一時間だったかの間に聴いた話の半分もメモできていない。

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→ 昨日23日(金・祝日)、秋晴れの中、明大内の会場で試験を受けてきた。多分、合格はしていると思うけれど、正式な通知は三週間前後先だとか。画像は試験前、落ち葉の散り敷き詰められたキャンパス内を散策していてのもの。試験勉強があって、通常のブログが書けず、本はほとんど読めず、自分の嗜好もあって、美術関連の記事が多くなったのである。試験のことなどは後日、別に記事にする(多分)。

目次:
●番組出演者紹介
●1.蜘蛛の糸パワー
(以上は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」にて)
●2.アリのエコパワー
●3.ヤモリの忍者パワー
(以上は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)」にて)
▲.追記24日、アップに際し追記
●4.割れないアワビの貝殻の秘密
●5.カタツムリは綺麗好き ? !
●番外.鮫肌の水着 ? !
(項目の追記、4、5、番外は今回)

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2007/11/23

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)

目次:
●番組出演者紹介
●1.蜘蛛の糸パワー
(以上は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」にて)
●2.アリのエコパワー
●3.ヤモリの忍者パワー

[本稿は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」の続編です。長くなったので、2回に分けます。
 ああ、これも書いてから十日経ってしまった。この数日、東京など関東は快晴続き。秋晴れ。その様子を示す一端ということで、「百鬼夜行:クラクションが発端でした事件」と題した思い出話(ドキュメント)風日記文中に幾つか掲げた。拙稿の内容と画像群とのミスマッチが絶妙 ? !
 さて、世は今日から三連休だとか。でも、小生には関係なし。その理由は後日、書く…かも。(本稿アップに際し付記)]

●2.アリのエコパワー

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← 久保田政雄/著『ありとあらゆるアリの話』(講談社) 復刊待ちか。「アリのエコパワー」(下記する)参照。

 砂漠で暮らすアリの巣をヒントにしたエコの話があった。
 沙漠で暮らすアリの巣には、エアコンがない。扇風機もない。
 なのに、零度から時に四十度という外気温にあっても、巣の中は常に一定(範囲)の温度に保たれている。

 何故なのか。理屈は全て解明されたわけではないようだが、少なくとも土に秘密の一端があるらしい。同時に巣の構造にも秘密が。

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2007/11/16

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)

 13日は営業の日。当然(?)、ラジオが友の日。

 あれこれ聴いたけど、今日はNHKラジオ第一で夜の8時台に聴いた、下記の内容の番組を扱う(この記事は14日の夜半過ぎに書いた。情報を集めるのに手間取り、とりあえずの下書きである草稿を纏めるのに4時間を要した。アップに際しては、さらに手直しに一時間。それでも、この出来具合。我ながら、読まれもしないのに、ようやると思う。ま、好きでやっていることなんだけどね):

ふれあいラジオパーティー 「むしむしパワーが地球を救う!
 東北大学教授…石田 秀輝
 女優…中嶋 朋子

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← 中嶋朋子写真集『Viento』(ワニブックス) 小生が雪の関越道であわや遭難しかけた年(91年)の刊行!(画像は、「Yahoo!オークション - ◆即決◆ 中嶋朋子写真集。「Viento」」より)

 ラジオパーソナリティが誰だったかは名前を聞き漏らした(あるいは聞いたけれど、忘れた)。

 このあと、9時台に「真打ち競演」も大半を聴いた:

 - 落語“湯屋番” -       林家 正雀
 - 漫 談 -            牧  伸二
 - コント -             コント山口君と竹田君

 落語や漫談もだが、コントでも小生は、コント山口君と竹田君が好き。昔のコント・レオナルドとか。
 でも、今日は「むしむしパワーが地球を救う!」を話題の俎上に載せる。

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2007/10/16

ラジオ聴き、右の耳から左へと(2)

 ほとんど月に一度の楽しみとなっている、ベリーダンスのライブを楽しんできた。
 二人のベリーダンサーの踊り。それぞれに個性が大分違っていて、その二人を代わる代わる単独で、あるいは二人同時でという形で見ることができた。
 今は感想を書く余裕がない。

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→ 日本で初めてのベリーダンス専門誌が誕生! 『Belly dance Japan ベリーダンス・ジャパン Vol.1』(ムック、イカロス出版 9月7日発売) これは創刊号。残部少なし!

 数年前、あるサンバダンサーの屋内でのライブを見て書いた感想の一部を転記しておく:

 踊りの世界はまさに踊りの世界として自らの目と肌と体で受け止めるしかないのだろう。それは音楽に感激し、メロディーラインに乗り、リズムに体が揺さぶられる、ただ、そのことを堪能するようなものだろう。曲を聴いて、それなりの分析や薀蓄などを傾けられるのかもしれないが、まずは、聴いて(あるいは歌っているところを見て)楽しめるかどうか、なのである。

 あるいは、そんなことの一切は、まるで見当違いであって、大地というより、この世界、この宇宙そのものをイメージしているのかもしれない。それとも、大地から宇宙へ至るエネルギーの通路としての自らの体を意識しているのであって、踊るとは、そのエネルギーの充溢と発散のことなのかもしれない。つまりは、自在に動く体への喜びなのかもしれないし、自らの肉体と大地や世界や宇宙との交歓そのものを実現させているのかもしれない。

 むしろ、時に体をしなやかにくねらせるダンスを眺めながら、アフリカの乾いた草原を豹かライオンのような猫族の猛獣が、特に獲物を狙うでもなく、ただ足音も立てずにのし歩く、その様を想ってみたりしただけだ。白っぽい土煙。吹き抜ける熱い風。何処か血生臭かったりする大気。容赦なく照り付ける太陽。影と日向との輪郭が、匕首よりも鋭い大地。
 肉体。人間は、どうしても、モノを想う。思わざるを得ない。言葉にしたくてならない。
 言葉にならないことは、言葉に縋りつくようにして表現する奴ほど、痛く骨身に感じている。

肉体は、肉体なのだ。肉体は、我が大地なのである。未開のジャングルより遥かに深いジャングルであり、遥かに見晴るかす草原なのであり、どんなに歩き回り駆け回っても、そのほんの一部を掠めることしか出来ないだろう宇宙なのである。
 肉体は闇なのだと思う。その闇に恐怖するから人は言葉を発しつづけるのかもしれない。闇から逃れようと、光明を求め、灯りが見出せないなら我が身を抉っても、脳髄を宇宙と摩擦させても一瞬の閃光を放とうとする。

 踊るとは、そんな悪足掻きをする小生のような人間への、ある種の救いのメッセージのようにも思える。肉体は闇でもなければ、ただの枷でもなく、生ける宇宙の喜びの表現が、まさに我が身において、我が肉体において、我が肉体そのもので以って可能なのだということの、無言の、しかし雄弁で且つ美しくエロチックでもあるメッセージなのだ。
 そんなことを思わせてくれた裸足のダンスなのだった。
                (「裸足のダンス」より転記)

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2007/10/15

ラジオ聴き、右の耳から左へと(1)

 仕事中、ラジオで聞きかじった話を幾つか脈絡なくメモっていく。

● 11日(木)もそろそろ仕事が終わろうという時間帯だったと思うが、スポーツ放送の実況中継などで有名な、今はフリーアナウンサーの鈴木 文弥(すずき ぶんや、1925年 - )さんへのインタビューを聞いた。
「特にオリンピックでは1964年東京オリンピックの開会式(ラジオ。市川崑が監督を務めた記録映画で、開会式の場面で流される実況音声は鈴木のものである)や、全日本女子バレーボールチームが金メダルを獲得した試合の実況を担当。「金メダルポイント」、あるいは体操の「ウルトラC」という名言を発したことでも知られた。ほかに1970年・1971年のNHK紅白歌合戦で総合司会と実況を務めた」という人物である。

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← 「円谷プロダクション公式Webサイト Tsuburaya Station Web」参照

 我々の世代だと同氏はとても懐かしい存在でもある。
 今、またオリンピックを東京に招致しようと都知事らが頑張っているらしい。
 でも、せめて今世紀の後半くらいまではオリンピックは日本に来なくていいと思う。発展途上国でこそ、開催して欲しいと思う。
 そう、思わせるのは、1964年東京オリンピックがあまりに素晴らしかったという印象が今も鮮やかだからだ。
 その印象の一端を鈴木 文弥さんの実況が担っていたと思う。

 さて、いろいろあった中で、ちょっと、おやっと思ったのは、「ウルトラC」の話。

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2007/10/10

今更だけど、「キッコーマンに感謝決議案」のこと

 昨日は真面目に仕事。
 ひたすらゆるやかな営業だったが、夜中になって、おやっと感じた話がラジオ(NHKラジオ第一「ラジオ深夜便」)から。
 話題の焦点は、キッコーマン
 そう、醤油などで有名なあのキッコーマン

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← 先週だったか、都内某所のコンビニに夜食を買いに行こうとしたら、入り口付近に子猫が…。
 
 いきなり余談から入ると、小生、拙稿「紫と言えば醤油!」の中で、醤油についてあれこれ調べてみると同時に、当然ながらキッコーマン株式会社(ここでは、キッコーマンと略記させてもらう)のことにも言及している!
 尤も、キッコーマンとは、「亀甲萬」だったのかと、驚いているレベルだったが。

 どうやら、公式ホームページを覗いてみると、「アメリカ進出50周年」などという頁がある。
 今年2007年がキッコーマンにとって「アメリカ進出50周年」の年に当る。だから、NHKさんが話題に採り上げた…ってわけじゃなさそう。

 それじゃ、あまりにローカル過ぎる。キッコーマンのユカリの地(野田)での放送なら分かるけど。

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2007/10/07

中村紘子さんと漆原 啓子さん…ラジオつながり

 またまたラジオで聞いた話が切っ掛けになってのあれこれ。
 過日、ピアニスト(且つ国際ピアノコンクールの審査員!)の中村紘子さんの話を聴く機会があった。悲しいかな話の中身は忘れてしまった。
 代わりに(?)、「アーティスト・インタビュー 中村紘子さん - [クラシック]All About」を紹介しておく。
「今、初期の段階でと言われましたが、やはり音楽の才能は子供の頃で決まってしまうのでしょうか?」という質問に中村紘子さんは、「演奏というのはもっとも早熟な分野で、2才から12才くらいが一生を決定してしまいます。才能のある子供がすばらしい先生の下につけば、僅か数年で大ピアニストのレベルに達します。これは脳生理学としても自然なことで、他には、数学や将棋といった分野でも同じと言われています」とか、「日本の場合は学歴社会ですから、音高や音大に行かないとダメと思われています。でも、本来ならその年頃はもう演奏家として一人立ちしなければならない時期なんです。一流の音楽家になるためには、10歳くらいまでに徹底的に鍛えて、15、6歳ではもう完成していないとダメです。アルゲリッチだってポリーニだって、第一線の演奏家はみなそうです」と答えておられる。
 さもあらんと思いつつも、印象的な話である。

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← 中村紘子『グランド・リサイタル』(AVCL-25020 2004/10/06) ソニー・ロリンズのCDなどと一緒に借りてきたのだが、このところ、自宅ではこのCDを流しっ放し!

(小生が創作する場合でも、ガキものが多いのは、ある意味、幼少の頃のことをずっと引きずっているからなのかもしれない。といっても、情操豊かなガキだったわけではない。早熟なわけがない! むしろ、真逆。全く熟すことが叶わなかった気がする。「空白の頁」というか、物心付く前後の頃のことを覗き込もうとすると、真っ暗な穴を覗き込むような、下手に手出しすると穴に吸い込まれていくような気がするのだ。でも、この辺りのことは別の機会に改めて。多分、創作の形で!)

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2006/04/26

ハムレットとスミレとオフィーリアと

 月曜日の営業中、すっかり日が落ちた頃、都内某所の公園脇に車を止めてトイレへ向かおうとしたら、立ち木の緑の葉っぱと宵闇を背に白っぽい花が目に。あれ、こんな花、ここにあったっけ。幸い、木の幹には名札が下がっている。読むと、ハナミズキとある。悲しいかな手元にデジカメがなく、ポケットから携帯電話を取り出してデジカメ機能で撮影。
 残念ながら、やはり携帯のデジカメではうまく撮れなかった。
 その代わり、というわけでもないだろうが、夜半を回ってラジオからハナミズキの話題が出てきてくれた。まるで小生のためにわざわざ解説してくれたようなものである。

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← ジョン・エヴァレット・ミレー 『オフィーリア』 (1851-52 テート・ギャラリー(ロンドン)蔵) (画像は、「ジョン・エヴァレット・ミレー - Wikipedia」より) 後段で、この絵に関連した記事を扱っている。

 話の大半は忘れたが、そのうちの一つは、「1912年(明治45年、大正元年)、東京市からアメリカ・ワシントン市へ3,000本の桜苗木が送られた。それから3年後の1915年(大正4年)、桜の返礼としてアメリカから東京市へ白花のハナミズキ苗木40本が贈られてきた(その後、ピンクのハナミズキも贈られた)。」というものだった(「北信州の道草図鑑」の「ハナミズキ(花水木)」なる頁より)。
 東京市からとあるが、当時の東京市長はかの尾崎行雄だった。アメリカのワシントン市とあるが、ポトマック湖畔に桜並木が誕生したのは有名な話。
 花水木は歳時上は夏の季語扱いとなっているようだ。今を盛りと咲き誇っているから、せめて晩春の季語であっても良さそうな気がするのだが。五月になっても咲いていてくれるだろうか。

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