郊外の、のどかな田園地帯。電車が駆けていく。田圃が稲穂を実らせている。
そこを抜けている静かなる小道。

こんな田舎の道すら、コンクリート舗装されて、地の色は見えない。
吹き渡る爽やかな風。のびやかな稲穂の、尖がった、命に満ちた匂い。
青い空と、うっすら浮かぶ山並みの影。
こんなのどかな、死ぬほど退屈な日常の繰り返し以外に何もあろうとは思えない山里なのに、あの子は消えてしまった。
あの日、鉄の塊に飛び込んで、身と心とが別れ別れになってしまった。
着ているものは全て剥ぎ取られて、あの世へと旅立っちゃった。一人で。
おさげが可愛い子だった。
遠くから見守ってきた子だった。
だけど、あの日、オレは、命の輝きに目が眩んでしまった。我慢できなくなったのだ。

たった一度の過ちが何もかもを奪ってしまった。
助けることもできず、ただ見過ごすばかりで、あれよあれよと時の悪戯に立ち尽くしていた。
ある闇夜、妙な胸騒ぎがして、オレは一人で灯篭のある踏切へ向かった。急ぎ足で、気が付けば駆け足で。
間に合わなかった。そう、何もかもが手遅れだった。
否、オレは気づいていたはずだ。サインはありあまるほど、あったじゃないか。恨めし気な、未練がましい、あの子の視線を痛いほどに感じてきた。
目を背けるのもとっくに限界に近付いていた。
だから、オレはあの日、手を下したんじゃないか。背中を押したのはお前だ。剥ぎ取ったのはお前だ。
誰もしらなくとも、お前だけは知っている。
漆黒の闇、濡れ羽色の髪ののたうつ闇、闇を深紅に染める悲しみ。
そこに揺らめく蝋燭の焔。漂泊する魂の色。

臆病者は、夢の中でしか人を愛せない。
幻の中でしか、人を直視できない。
だからお前は、死ぬまで夢幻に溺れ続けるのだ。
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