2017/02/16

井田川幻想

 街角に立ち尽くす女が居た。
 吹きっ晒しの風に深くかぶったフードが揺れる。
 時折、男が通り過ぎていく。

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 一瞬、顔を覗き込んでは、やれやれといった顔をして去っていく。
 遠慮のない奴は、フードを引っ張って、顔を晒そうとする。木枯らしより寒々とした男の目線に女は弱弱しげな眼差しで応えようとする。

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2016/09/13

踏切の出来事

 郊外の、のどかな田園地帯。電車が駆けていく。田圃が稲穂を実らせている。
 そこを抜けている静かなる小道。

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 こんな田舎の道すら、コンクリート舗装されて、地の色は見えない。
 吹き渡る爽やかな風。のびやかな稲穂の、尖がった、命に満ちた匂い。
 青い空と、うっすら浮かぶ山並みの影。

 こんなのどかな、死ぬほど退屈な日常の繰り返し以外に何もあろうとは思えない山里なのに、あの子は消えてしまった。
 あの日、鉄の塊に飛び込んで、身と心とが別れ別れになってしまった。
 着ているものは全て剥ぎ取られて、あの世へと旅立っちゃった。一人で。

 おさげが可愛い子だった。
 遠くから見守ってきた子だった。
 だけど、あの日、オレは、命の輝きに目が眩んでしまった。我慢できなくなったのだ。

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 たった一度の過ちが何もかもを奪ってしまった。
 助けることもできず、ただ見過ごすばかりで、あれよあれよと時の悪戯に立ち尽くしていた。

 ある闇夜、妙な胸騒ぎがして、オレは一人で灯篭のある踏切へ向かった。急ぎ足で、気が付けば駆け足で。
 間に合わなかった。そう、何もかもが手遅れだった。
 否、オレは気づいていたはずだ。サインはありあまるほど、あったじゃないか。恨めし気な、未練がましい、あの子の視線を痛いほどに感じてきた。

 目を背けるのもとっくに限界に近付いていた。
 だから、オレはあの日、手を下したんじゃないか。背中を押したのはお前だ。剥ぎ取ったのはお前だ。
 誰もしらなくとも、お前だけは知っている。

 漆黒の闇、濡れ羽色の髪ののたうつ闇、闇を深紅に染める悲しみ。
 そこに揺らめく蝋燭の焔。漂泊する魂の色。

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 臆病者は、夢の中でしか人を愛せない。
 幻の中でしか、人を直視できない。
 だからお前は、死ぬまで夢幻に溺れ続けるのだ。

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2016/06/27

永遠と一瞬の美しき目合ひ

 夜、仕事の合間などに空の星を眺めることがある。
 遠い星。遥かな高みの星。
 あの星に人類はいつか、到達するんだろうなって。

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← お絵かきチャンピオン 作「不詳」 (ホームページ:「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」参照)

 人類は、月に達し、火星にも近い将来、立つのだろう。
 既に地に降り立ったという月の世界すら、小生のようなぼんくらには遥かに遠い世界なのだ。

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2015/10/26

轆轤っ首の女

 茎ばかりがやたらと長い花が咲いていた。
 宵闇迫る中では、花の色は分からない。きっと、黄色だろうという感じはするのだけど。

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 花の名前は何なのか。オニタビラコ? それとも、オオキンケイギクなのか。
 いや、そんな珍しい花なんかじゃなくて、タンポポなのかもしれない。
 ただ、やたらと茎が長い。思いっきり引き伸ばされてしまったような。
 あるいは、迫りくる我らが時、長く深い夜の触手に手招きされているのかもしれない。

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2015/09/07

青い花の女

 どこにでもあるような、青い花。
 どこへ行っても目にする、青い花。

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 そう、お前がどう逃げ回っても、その青い花からだけは逃げられない。
 なぜなら、それはお前の脳裏に刻み込まれた花だからだ。

 お前の真っ青な脳髄には、青い花しか咲かない。
 影も青ければ、血の色も真っ青だ。
 お前には、情ってものがない。人に共感する情けがない。
 そう、お前は、本当に情けない奴なのだ。
 そんなお前には、青い花がお似合いなのさ。

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2015/07/09

雨の雫に濡れたい

 雨の雫を眺めながら一日を過ごしたいと思った。
 遠い昔、日がな一日、海を眺めて過ごしたように。
 もうずっと長い間、何もしないでボンヤリ過ごしたことなどなかったように思う。

 予定のない休みの日は、折々あった。でも、大概はテレビを観るともなく観、折り込み広告を買うつもりもないのに物色したり、ネットサーフィンに興じたり、随分長く放置したままのCDを手にしてみたり、掃除の真似事をしたり、不意にそういえばあんなこともしなけりゃならなかったと今さらながらに気付いて慌ててみたり、そうしているうちに肝心の用が何も果たせぬうちに一日が、何気なく過ぎ去っていく。

 もう、何もしないでいるなんて、出来なくなっているのかもしれない。

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2015/01/30

ボクはダイオウイカだよ!

 怖いほどに透明な、蒼き闇。
 覗き込むと吸い込まれてしまう。否、目にした瞬間、もう、天も地も分からなくなる。上下など意味をなさなくなる。気が付くと、私はそれになっている。

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→ チャンプwxp 作「蜘蛛の巣ザンヌ」 (画像は、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)

 それは、浮遊する粉塵より微細な粒子。水晶体にへばりつく網膜の切れっ端。血の涙さえ、疾うに吸い取られ尽くして、眼窩は深海の沈黙に耳を澄ます。

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2014/12/04

やばい客

 乗せた客は、見るからにその筋の人たち。私は中央高速を八王子目指して突っ走っている。
 ゴーという風の唸り音がしっかり閉ざした窓から聞こえてくる。タイヤの悲鳴も混じっている。私は、ハンドルを握る手が汗ばんでいるのを感じていた。
 というのも…
 ゆうべよー、新しい薬が手に入ってよ、使ってみたら、すげえの。女、よがりまくってよ、とまんなくてよ。新しい薬。オレの知らない奴か。かもしれん。ちょっといきさつがあって、たまたま手に入ってな、よんべ、早速、試してみたのさ。やばいほどだったぜ。てめえ、オレにも寄越せよ、それ。ああ、云々。

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2014/11/30

ハートの風船

 庭木の手入れをしていた。外仕事するには絶好の天気で、やるっきゃないと、張り切っていた。
 明日はもう、師走である。が、寒波の襲来の前の、そう、それこそ嵐の前の静けさといった、麗らかな陽気。

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→ 「ハート 型 バルーン」 (画像は、「Amazon.co.jp 通販」より)

 ほとんど夏場と同じ薄着で作業する。が、案の定だが、三十分も体を動かしたら、体は火照ってきて、汗ばんできた。
 風はやんわり吹いているし、暖かいといっても、晩秋である。汗を掻くのは、作業が結構、力仕事だってことを如実に表しているのだ。

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2014/11/25

真っ逆さま

 ここにも人がいる。ほらっ、人影が見えるでしょ。風もないのに、動くよね。生きている証拠なんだよね。
 ああ、でも、誰もが彼をスルーする。見過ごしてしまう。そこにいると気づいているはずなのに、目を逸らして、誰もいなかったことにする。

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←  お絵かきチャンピオン作「顔流れ」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)

 彼がレジの前に立っても、店員は顔を一切、上げず、ただ事務的に作業をこなしていく。
「ありがとうございました」と一言だけ、添えて、次の客へと視線を移す。今度は、顔をあげ、目を合わせ、笑顔さえ浮かべて、一つ一つの動作に人間味がある。

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