2008/03/03

『今昔物語』:風のかたみ

 ここしばらく、引越しの作業などで慌しく、音楽も聴けなければ本もろくすっぽ読めない日々が続いている。
 CDプレーヤーのほうは、先週末、梱包したまま蔵に積み上げていた山となったダンボールの中からようやく発見、夜になってショパンやバッハなどを聴いた。

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→ 福永 武彦 著『今昔物語』 (【解説: 池上洵一 】 ちくま文庫 筑摩書房 

 雑多な荷物が乱雑なままの我が部屋だが、不思議なものでロッキングチェアーに体を沈め目を閉じ流れ漂い時空を満たす音楽に聞き入っている間だけは、自分が異次元の世界に導きいれられたようで、気忙しい日々の俗事を忘れさせてくれる。

 本は、日記の「祈りでもなく」にチラッと書いているが、福永武彦 著『今昔物語』 (【解説: 池上洵一 】 ちくま文庫 筑摩書房)をちびちびと読んでいる。
 いよいよ引越ししようという前日に買ったもの。
 自分を慰撫するため、本は当分買わないという禁を破ってほぼ四年ぶりに書店へ足を運び物色し購入したのである。

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2007/11/29

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)

 本稿は11月16日に下書きを書いたけど、アップするタイミングを逃していたもの。
 もう、十日以上も経過してしまった。
 もっといろいろ情報を得て、充実させてからアップさせたかったけど、時間的に難しい。半端だけど、アップしておく。

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→ ジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館) 読み物として実に面白かった。重版も当然だね。

 さて、今日は「「ケプラーの夢(ソムニウム)」再び」で言及していたジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館)を読了した。
 際物(きわもの)的な本かと、最初は警戒していたが、すぐに真っ当な内容の本と気付いた。実に面白い。後日、なんとか書評と行かなくとも感想文くらいは書きたい。

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← ギャヴィン・プレイター=ピニー 著『「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社

 ついで、過日、図書館で発見したギャヴィン・プレイター=ピニー 著『「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社)を今日から読み始めた。
「大空にさまざまな表情を与えてくれる雲。来る日も来る日も青一色の空を見せられたら人生は退屈だ。本書は、英国でベストセラーになった、豊富な写真入りの愉快でへんてこな雲一族を真面目に紹介する世界初の科学ガイドブック。」って本だけど、雲や空、霧、水などなどがブログ上のマイブームテーマの小生にはうってつけの本である。
 冒頭を読み始めただけだけど、楽しそうな本。著者が書くのを楽しんでいるってのが伝わってくる本である。

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2007/11/04

「種月耕雲」か「釣月耕雲」か(後編)

 本稿は、「「種月耕雲」か「釣月耕雲」か(前編)」の後篇である。
 この手の文章は内容からしてあまり読まれないのは分かっているのだが、それはまあ、致し方ないとして、つい好奇心で調べ始めた以上は、ネットで分かる範囲で暫定的となるのは必定ながらも、一定の結論は出しておきたい。
 その上で素養のある方に、あるいはもっと探究心のある方にフォローしてもらえればと思う。

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→ 一昨年だったかの正月に富山の海辺で撮った松林越しの雲。これは何という名の雲だろう。鉛色の垂れ込めた分厚い雲が当たり前の冬の富山(北陸)でこんな晴れ渡った空なんて珍しい。言うまでもないだろうが、本稿にしても、小生のマイブームテーマである「雲」つながりの一環なのである。だから、雲の画像を載せている!

 ということで、さて、次は、「種月耕雲」である。

 似て非なる言葉なのか、似て、実際に含意も似ている言葉なのか。一体、誰の言葉なのか。やはり、道元の言葉なのか。

種月耕雲」でネット検索すると、トップに浮上するのは、下記の頁だった:
名古屋なんでも情報 - 284 種月耕雲

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2007/10/29

「種月耕雲」か「釣月耕雲」か(前編)

 さて、ようやく本題である。
 その言葉とは、「種月耕雲」か「釣月耕雲」かのいずれかだったと思う。
 掛け軸である。楷書体で書いてあるわけではない。まして、小野田官房長室の壁の掛け軸には、何々という文句が書いてありました、などと番組が終った時点で教えれてくれるわけもない。

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← 高取焼陶芸家・亀井味楽書「釣月耕雲」(画像は、「亀井味楽・「釣月耕雲」」より。ホームページは、「聚雲堂ホームページ・京都・古今書画処」)

 電話でテレビ局に長官室の壁に掛けてあった掛け軸の言葉について教えてくださいって、電話する?!
 小生、電話するの嫌いなの!
 電話で訊くくらいなら、回り道でも自分で分かるところまで調べる!

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2007/10/26

「種月耕雲」か「釣月耕雲」か(序)

 事情があって、柄にもなく勉強漬けの日々である。といいつつ、手を休めてネットに音楽に窓外にと、集中が途切れる時間のほうが遥かに多いのは、否定しきれない…。
 食事の時間だからという理屈を付けて、テレビのスイッチをオン!
 モバイルのテレビなのだが、すこぶる調子が悪く、画面が出るまで下手すると十分以上もかかる。木曜日の夜にはとうとうダメになってしまった。
 そう、木曜日の夕方くらいまでは、辛うじて観ることができたのである。

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→ 何故か今年三月の画像。一番星なのかどうか。

 尤も、今だって、テレビを見ることはできる。何もテレビ自体が消え去ったわけではないのだから、小さいとはいえ、テレビ本体は今だって見ることができる。
 ベランダには十年近く頑張ってくれていた14型のテレビが雨風に耐えて、今も静かに眠っている。
 ブラウン管が6年か7年前にプッツンしてしまったテレビ。
 それがベランダで突然、音声を発したら、こっちが驚く。何たって、ブラウン管が可笑しいし、そもそも、電源のコードは故障した怒りに任せて引き千切ってしまっている。

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2007/10/05

歌麿の官能の美の奥深し

 今日は他の事を書こうと思っていたが、気になるニュースが流れてきたので、急遽、変更。

 NHKテレビで見聞きしたニュースとは、下記:
歌麿の幻の肉筆画確認 栃木市の女性所有」(ホームは「下野新聞SOON」)

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← 喜多川歌麿「寛政三美人」(画像は、「喜多川歌麿 - Wikipedia」より)

 無断で(?)ということになるが、転記させてもらう。テレビで得た情報より詳しいのかどうか分からない。テレビでも見ることができたが、ネットでも早速当該の画像が見られるのが嬉しい:

 栃木市の女性が所有している浮世絵が、江戸時代中期から後期にかけて活躍した浮世絵師・喜多川歌麿の肉筆画であることが、4日までに分かった。千葉市美術館の浅野秀剛学芸課長が鑑定し、筆法や署名などから真作と断定した。歌麿の肉筆画は現在30点ほどしか残っておらず、学術的に大変貴重な発見といえる。
 見つかったのは喜多川歌麿の「女達磨(だるま)図」。赤い達磨のふん装をした遊女の上半身が描かれている。寛政二│四(一七九〇-九二)年にかけて、描かれたとみられる。歌麿に関する資料にその存在が記されていたが、図柄などは分からず幻の存在とされていた。

 テレビでは、この肉筆画をリサイクルか何かの業者から二千円(三千円?)で購入したとあったっけ。
 画像で分かるように、折り曲げられた痕が歴然。

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2007/09/20

立山に 降りおける雪を とこなつに…

富山の和菓子だけ好きってわけじゃない!」なる雑文で、富山の銘菓「とこなつ」(株式会社大野屋)を扱っている。

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← 富山・岩瀬浜にて。海越しの立山というわけにはいかないけれど…。05年正月の帰省時に撮影。文末参照。

大野屋:とこなつ、田毎(たごと)」なる頁を覗くと、「とこなつ」について、以下のように記してある:

貴重な白大豆の餅を餅生地で包み表面に和三盆糖をまぶした一口大のお菓子。和三盆糖がすっと溶けた後、白小豆の使用上品な風味が広がります。”とこなつ”の菓名は、越中国司大伴家持が立山を読んだ歌に因み名づけられました。また、その可憐さは、”とこなつ”の古名を持つなでしこの姿にも重なります。

     "立山に降りおける雪をとこなつに
               見れども飽かず神からならしい。"


 小生としては、「立山に 降りおける雪を とこなつに 見れどもあかず 神柄ならし」のほうが望ましい気がするのだが…。

富山の和菓子だけ好きってわけじゃない!」という記事の中でも紹介しているが、「大野屋」「カラーたかおか -高岡総天然色サイト-」なる頁が「創業150年を超える老舗」である「銘菓『とこなつ』で有名な大野屋」についてあれこれ教えてくれて嬉しい。

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2007/08/29

月探査機「かぐや」 打ち上げ迫る

 月曜日は営業の日、なのでラジオ聴取の日、というわけではないが、空車の時は耳はついラジオに。
 あれこれ話題はあったが、今日は、月の話を。
 火曜日は6年ぶりの皆既月食が東京を初め、全国的に見られるはずだった。
 が、東京に関しては生憎の天気で、都心からでもビルの蔭に隠れないような場所を確保することができれば、肉眼で十分、皆既月食が眺められるはずだった。
 場合によっては、皆既月食画像もゲットできたかもしれなかった。

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← 『「かぐや」ミッションマーク』 「「かぐや」のミッションマークは、私たちの暮らす「地球」(右側)から探査対象である「月」(左側)へと辿る一筋の「SELENEの軌道」を「SELENE」のSをモチーフにシンボリックに描いたもので、筑波大学芸術学系の学生によってデザインされ」たもの(詳しくは、「月周回衛星「かぐや(SELENE)」 - 「かぐや」ミッションマークについて」にて)。ちなみに、「「かぐや」を打ち上げるH-IIAロケット13号機の機体に、MHI打上げサービスのロゴマーク、「JAXAクラブ」のロゴマーク、キャラクターとともに、かぐやのミッションマークが掲載され」たとか。

 その場合、今日は「月についての二題話」として記事を仕立てるつもりだった。
 念のために断っておくと、「太陽、地球、月が一直線に並び、月が地球の影にすっぽりと入ってしまう皆既月食は18時52分から20時23分まで。その前後は月の一部が欠けてしまったかのように見える部分食が見られます」という天体現象である。

 で、残る一つは、「かぐや-H-IIA13号機」の話である。
 月曜日の夕方、NHK第一にて、加藤 學氏(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 教授 理学博士)へのインタビュー番組があったのである。

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2007/08/18

「熊野」を「ゆや」と読むとは知らなんだ

「漱石の白くない白百合」の色話」は、半藤 一利 著『漱石先生ぞな、もし』(文芸春秋社)からの、色話と言いつつ、少しも色っぽくはない、まあ、言わずもがなの話である。
 本書からは話題は幾らでも拾えるが、ここでは少々分不相応な話題をあと一つだけ(後学のため)メモしておく。

 本書を昨日、読了したのだが、その中で、「熊野」と書いて「ゆや」と読ませている記述に遭遇し、やや驚いた。「熊野」で、どうして「ゆや」なのか。
 うっかり八兵衛ならぬ、弥七ならぬ、うっかり者の弥一こと、やいっちは、最初、何故か「やひ」とルビが振ってあるのかと思った。

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← 『熊野』 (ゆや) (画像は、「熊野 (能) - Wikipedia」より)

「やひ」というと、通常、漢字では「野卑」と書く。でも、仮に「熊野」と書いて「やひ」なら、あるいは「野卑」という言葉の語源は、何か深い謂(いわ)れがあるのではないか。
 語源話の好きな小生、これはブログの格好のネタになると、密かにほくそ笑んだのだった。

 が、本書を読了し、さて、記事に仕立てようと、当該の箇所(頁)を開いてみると、気のせいか「やひ」ではなく「ゆや」とルビが振ってある。
 あれま。どうしたことか。
 一晩のうちに、本書のルビが、あるいは本書そのものが差し替えられたのか。

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