2008/05/10

開かずの書棚を覗いたら(後篇)

 結果から言うと、拍子抜けの感が否めない。
 プラトン全集、ショーペンハウアー全集、小泉八雲関連書籍、埴谷雄高関連書籍、ユングやメルロー・ポンティ著作、マルクスの『資本論』、ドストエフスキー全集(二種類)…などなど。
 思ったほど意外な本には再会できなかった。
 まあ、取り留めのない読書をしていた小生のスタイルは昔も今も変わらないということか。

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→ ようやく開いたガラス戸(上段)。中の雑物は取り除いて撮影。

 そういった蔵書より、居並ぶ本の上や隅っこ、何故か後ろ側に隠されるようにして(?)あったその他の雑物が興味深かった。
 小生が78年に仙台から上京しアルバイト生活を送るようになった、そんな時期の生活ぶりを裏書きする諸々のものが少なからず見つかった。

 小生は15歳の頃から(手書きの)日記をつけていて、その習慣は今も続いている。その手書きの日記は唯一の例外を除いては一切公開したことがない(見せるに値しない)。

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2008/05/09

開かずの書棚を覗いたら(前篇)

 家には古い書棚がある。曇りガラスの開き戸のある立派なもの。
 別に年代物だとか値打ちがありそうだとか、そんなことじゃなく、単に古いってだけ。
 その証拠(?)にそもそも扉(戸)が開かない。

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← 久しく開かずのままだった書棚。特に右側は戸が全く動かなかった。何とか開けてみたら…。

 読書家で本に限らず物を大切にする父が、小生が物心付いた頃にはあったから、50年ほど前(?)に買ったものらしい。
 小学何年生の頃だったかは覚えていないが、その中にはエラリー・クイーンなどの推理小説など文学全集や文庫本がびっしり詰まっていた、という記憶…印象がある。
 小生が郷里を離れ学生時代も過ぎた頃、父母は田圃の規模を縮小した際に、元は土間だった場所を寝所(兼書斎)に作り変えた。
 父の古い書棚の蔵書の大半は、寝所などに組み込んだ書棚へ、あるいは整理・処分となったようだ。

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2008/04/30

帰郷して待っていたのは草むしり

 今年も草むしりの季節(?)がやってきた。
 転機もやや安定しているし日中は日差しがさほどきつくない。鍔(つば)付きの帽子を被ってなら、直射日光下でもできる。
 雑草も日差しにつれて一斉に生え始め育ち、あっという間に生い茂る。

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← ネコの額の広さの畑。

 実際には陽気がどうこうではなく、つい先日までは目立たなかった雑草の旺盛な繁殖力に急き立てられるようにして庭や畑に向わせられる、という状態である。
 草むしりはささやかなりともこれまでもやってきた。
 小生の草むしりや雑草への思い入れの深さは、それらの周辺を巡る雑文の多さでも証し立てることができる。
草むしり」(2006/05/06)、「黄砂に抱かれて草むしり!」(2007/04/02)、「狐の牡丹…雑草のこと」(2005/04/27、「雑草のこと」の執筆は04/08/17)、「野原のことなど」(03/06/15)、「雑草をめぐる雑想」(2008/04/04)などなど、毎年一つか二つはあれこれ書き散らしている。
 終いには、ズバリ「草 む し り」という題名の、若干の思い出話を土台にして、虚構とエッセイの中間のような作品を仕立ててみたほどである。

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2008/04/25

帰郷して火事しました!

[以下は、先月初め頃、引っ越して三日目の<事件…事故?>の顛末です。そろそろほとぼりが冷めたようなので某所の日記(メモ書き)を転記します。自戒の念を籠めて! それにしても我ながら感心するのは、「ほとぼりが冷める」という表題で駄文を綴っていること。ホント、何に付いても書く奴なんだなー、我輩って!]

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→ 何年か前、仕事の途中で遭遇した火事。ほぼ全焼だった。へたするとこうなっていたかもしれない…。

帰郷して火事しました! 」

帰郷して火事してる…。

火事じゃなくって家事だろって、違うの、ホンマ、火事!

昼食後、両親が寝所で休んでいる間に、居間の灯油ストーブに給油しようとして失敗。

灯油缶からストーブに給油するホースの中の灯油が、熱を帯びて熱かった箇所に掛かり、発火!

灯油ストーブが真っ赤な焔に包まれた。

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2008/04/14

サルガオセモドキに遭遇!

 過日、家族らで「富山県中央植物園」へ行ってきた。
 そのレポート(日記)は時間があれば別個に書く(かもしれない)が、ここでは番外編的にあることについてメモしておきたい。
 富山県中央植物園でちょっと自分には驚きの出会いがあったのである。

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→ 「富山県中央植物園」で遭遇した「サルガオセモドキ」

 出会いといっても、人との遭遇という意味ではない。
 ある植物との思いがけない、しかし場所が亜熱帯の植物も鑑賞できる植物園であれば意想外と感じるほうが無知にすぎない、そんな出会いがあったのだ。
 それは、別名を「スパニッシュ・モス」時に「フロリダ・モス」とも呼ばれる「サルガオセモドキ」というエア・プラントの一種との思いがけない対面なのである。

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2008/04/08

白熱電球製造中止…

 過日、「12年までに白熱電球製造中止 経産相、温暖化対策で表明」(「goo ニュース」より)といったニュースを小耳にはさんだ。
「電力消費が多い白熱電球を4年後の2012年までに国内での製造・販売を中止し、消費電力が白熱電球の約5分の1で、寿命も長く省エネ効果が高い電球形蛍光灯に全面切り替えを完了させる方針」という。
「地球温暖化問題をテーマに、北海道洞爺湖町で開かれた関係閣僚と市民の対話集会で明らかにした」というから、発表のタイミングを計っていたということか。

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→ 4月6日、チンドンコンクールの見物に行った際、せっかくだからと、コンクールの会場に程近い富山城を散策。

 白熱電球への思い入れは、特に昭和世代の人間には一入(ひとしお)なものがあったりする。
 そういえば、以前、関連する記事を書いたことがあったはずと探したみたら、「蝋燭…ランプ…電球…蛍光灯」という恰好の小文があった(他に、「蝋燭の周辺」もあるが)。
 但し、小生のこと、本分も長いが、プログが日記という性格もあって、前置きがやたらと長い。
 以下、関連する部分を抜粋転記する。


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2008/04/02

梅の木の呻き?

 苔寺に限らず、日本の寺院などの庭には「苔(コケ)」が付き物である。
 時の積み重なりとこの世に時間のあることを束の間であれ忘れさせてくれる閑寂さ。
 海外はいざ知らず、日本の場合は寺社や庭園には苔のびっしり生えた風景を思わず知らず求めてしまうような。
 幽玄、閑寂、俗世からの脱却、悟り、などなど:
幽玄・静寂、苔(コケ)の世界

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→ 棕櫚の幹の根元部分。

 人によってはそんなものは期待していないのかもしれないし、まあ、ここではそうした心理の実態の如何を問うつもりもない。
 実は過日、家人に庭に咲いている梅の木の苔を取ってくれないか、そうしないと苔に木がやられてしまう、本来なら木に向うべき栄養分が、そしてやがては梅の実(果)という形で実りが得られるはずが、苔にまっで(まるで=みんな)奪われてしまう、苔の生す層の中には虫が冬眠していて、その虫たちの成長のためにも使われてしまう…、そんな話をされたのである。

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2008/03/30

「野原のことなど」再び

帰郷して初めて散歩した(1)」の中で、「富山県富岩運河環水公園」となっている場所は以前は木場だったと書いている。
 じっくりゆっくり時間を掛けて歩いてみないと断言はできないが、今となっては、木場の名残りなど微塵もないようだ。

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← ここが以前は木場だったとは思えないほどに<綺麗な>環水公園への変貌ぶりである。

 この環水公園も含め富山駅の北口側は、俗に駅裏(側)と呼称され、南側、つまり表側は早くからデパートなどの商店が建ち並び、市役所や県庁、大手の企業の本支店などがある。
 まあ、何と言っても駅の南側は城下町でもあり、富山城そして城を巡る堀があるわけで、早くから開けてきたのも当然なことではある。

 一方、北口側は、小生が子供の頃は、駅の間近には放送局も含め幾つか大きなビルが建っていたものの、せいぜい二階建ての民家が密集ということなく街道近辺を中心に続いているだけだった。
 駅を十分も離れると田圃や畑が広がり、集落のように数軒あるいは十数軒の農家(大抵が兼業農家)が固まって散在していた。

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2008/03/27

帰郷して初めて散歩した(2)

 数年前、完成半ばの親水公園を散策したのは既に暮れなずむ頃合だった。
 今回は夕方にあと小一時間とはいえ、明るい。
 三月の下旬で、風も冷たくはない。
 自転車に乗り、あるいは自転車を公園の隅に置き、公園の風景を楽しんだ。
 立山の眺望も素晴らしい。青空に漂う雲も形が面白い。

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← はるかな立山連峰に眺め入る。富山駅から歩いて数分の公園でのひと時。

 しかし、何より予想外の嬉しさは、鳥たちの姿をたくさん愛でることが出来たことだった。
 鳩たちだろうか、何かの水鳥たちの溜まり場が設けられてあって、水辺には小屋(観察舎)が建てられてバードサンクチュアリとなっており、バードウォッチングと洒落込むことが出来るばかりではない。

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2008/03/26

帰郷して初めて散歩した(1)

 先日の夕方、帰郷して初めて散歩した。
 散歩しようと思えばこれまでだって出来ないことはなかったのだが、その気になれなかった。短時間であれ散歩したってことは、ようやくちょっとはこちらの生活に馴染んできたということかもしれない。

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→ 「富山県富岩運河環水公園」を象徴する「天門橋」を遠望する。

 先月の26日に帰郷したのだから、散歩しようなんて思い立つまでにまるまる一ヶ月を要したことになる。
 東京から富山へ。その前の仙台での歳月を加えると36年間、異郷の地にいたことになる。
 異郷と言っても、自分としては東京にずっと居続けるつもりでいたから、気持ちの中で東京を本当に異郷の地と自然に感じるには、きっとまだまだ時間が掛かるに違いない。

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2008/03/23

抜き足差し足忍び足の日々…バードウォッチング?

 郷里に引っ越してきて(出戻りして)あと数日で早くも一ヶ月が過ぎることになる。
 バタバタするばかりの毎日で、忙しくもあるが、何処かスローモーション映像の中にいるようで、時間の感覚が狂っているような気がする。
 それは、東京という大都会と富山との時間(経済)の進み方の実際的且つ感覚的な速度感や人や文化や歴史の厚みの違いでもあろうけれど、やはり個人的な事情に負うところが大きいようである。

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← 3月20日の午後。ジッと見ないと分からないかも。

 共に米寿を越えている父母との暮らし。
 体調のこともあり、生活のテンポが何事においても緩やか。
 協調心があるというのか、こちらまで家の中ではゆっくり緩やか。

 動作が緩やかだからといって、心の中までもがのんびりしているわけでは毛頭ない。

 むしろ思うこと願うこと意図することと、現実に出来ることとのギャップの大きさを日々そしてその都度、思い知らされる。

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2008/03/20

アーサー・C・クラーク死去

SF小説の大家、アーサー・C・クラーク氏が死去 」(ホビー マイコミジャーナル)というニュースが20日の新聞でもテレビでも流されていた。
「英国人小説家アーサー・C・クラーク氏が19日、移住先のスリランカで死去した。享年90歳、死因は心肺機能不全」という。

 小生にとってはアーサー・C・クラーク(Sir Arthur Charles Clarke, 1917年12月16日 - 2008年3月19日)の『2001年宇宙の旅』や『太陽系最後の日』、『銀河帝国の崩壊』なども印象深いが、ノンフィクションものの『未来のプロフィル(Profiles of the Future)』 が彼の著作の中では思い出深い。
 SF作家としては、同じく大家のアイザック・アシモフとかハインライン、『スカイラーク』シリーズや『レンズマン』シリーズ等のE.E.スミス、エドガー・ライス・バローズのほうが好きだった。
 ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ、アーサー・コナン・ドイル(小生にとってドイルは、『シャーロック・ホームズ』の作家ではなく、恐竜の作家だ)などなど。
 メアリー・シェリーが書いた『フランケンシュタイン』はSF小説の先駆け的な作品? 彼女はこれを19歳の時に書いた!

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2008/03/19

初めての障子紙の張替え

 前日の初めての雪吊り外しに引き続き、今日は初めての障子紙の張替えに挑戦。
 居間というか茶の間というべきか、食事も含めテレビを見たり、時に(親しい)来客の応対をも行なう、両親にとっては就寝以外の一日の大半を過ごす部屋。

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→ 茶の間の隣の部屋で障子紙の張替え作業中!

 父がヘビースモーカーということもあって、壁もカーテンもテレビも額入りの写真のガラス面も、炬燵の上掛けも花瓶も何もかもが煙草のヤニで橙色に染まってしまっている。
 一度や二度、雑巾掛けしたくらいでは、地肌が見えないってのは大袈裟か。畳さえもヤニ色だ!
 障子紙もこの数年、張り替えてないので、黄色を通り越してやはり橙色。
 しかも、甥っ子・姪っ子の子供たちがちっちゃな頃、面白半分に破ったあともあって、障子(紙)や襖、畳、桟などだけを見ると、廃屋同然?!
 但し、建物の土台や骨格は(希望的観測ながら)まだまだしっかりしている。

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2008/03/17

初めての雪吊り外し

 生まれて初めて雪吊りの撤去作業をやった。
 正式な名称は分からない。雪吊り外し?

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← 2月28日の光景。冠雪して見辛いかもしれないが、雪吊りされた松などが見えるはず。手前の二本が松で、一番奥の雪吊りは梅の木。

【雪吊り】とは、「歳時記 【雪吊り】」(ホームページ:「芭蕉/歳時記」)によると:

 樹木に支柱を立てたり縄で枝を吊るなどして、北陸特有の湿気を多く含んだ重い雪から木々を守る「雪吊り」。雪の降り積もる前に行われる雪吊りは、金沢に冬の訪れを告げる風物詩となっています。
(略)
 ちなみに雪吊りが必要な樹木には、松や桜、ツツジ、アオキ、八つ手があります。とりわけ松の木は、常緑の葉であるため雪の重みがひときわ加わることから最も念入りに施されることになっています。

「雪囲い」の撤去のほうは、「弥一は柴刈りに」に過日、その作業の一部に付いてレポートというか小文を書いた。
 今度は、この先も多少は降ることはあっても大雪の懸念がなくなったということで、雪吊り外しというわけである。

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2008/03/15

寝台急行「銀河」ラストラン

 とうとうその日が昨日、来てしまった。
 寝台急行「銀河」ラストランの日。

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→ これは、夜の空を駆けて行くモノレールの勇姿。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をイメージしたくて撮ったもの。

「銀河」ラストラン  「ありがとう」とファンらがお別れ」(「NIKKEI NET(日経ネット)」より):

 14日午後11時、JR西日本の寝台急行「銀河」の最終列車がJR東京駅を大阪に向けて出発した。ホームには約2000人のファンらが駆けつけ、降りしきる雨の中、走り去る銀河を拍手で見送った。

銀河 (列車) - Wikipedia」によると、「「銀河」の列車愛称の由来は天体の銀河であ」り、「全車寝台車で編成されている急行列車である」。
 夜行列車を外から長めると、それこそ宮沢賢治ではないが、「銀河鉄道の夜」を髣髴させるし、夜空の「銀河」を連想する意味でも、「銀河」という愛称はロマンチックであり、ピッタリのものだろう。

 夜汽車。それだけでロマンを感じさせてくれる。

 学生時代、あまりレコードなど買って聴くことはなく、専らFMなどのラジオを楽しむほうだった。
 そんな中、数少ない例外の一枚としてグラディスナイツ・アンド・ピップスの「夜汽車よジョージアへ(Midnight Train To Georgia)」がある。
 紅一点のグラディス・ナイト(Gladys Knight)らのソウルフルな歌の数々もいいが、表題の「夜汽車よジョージアへ」をラジオで聴いて、その曲を聴きたいばっかりに買ったLPだった。
 夜毎、部屋の中を真っ暗にして聴き入ったものである。

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2008/03/10

弥一は柴刈りに

 御伽噺(説話)「桃太郎」は、以下のような話から始まっている。
 昔々ある所に、おじいさんとおばあさんがいた。じいさんは山へ芝刈りに、ばあさんは川へ洗濯に出た。ある日ばあさんは川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきた。ばあさんはその桃を取り上げ、家へ持って帰って食べようとすると、中から男の子が飛び出した…。

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← 刈った柴。薪にはならず…。

 この話の周辺を巡っての与太話は、拙稿「桃から生まれた豊かな世界」などで書いていることもあるし、ここでは道草しない。

「じいさんは山へ芝刈りに」の「芝刈り」にちょっとこだわってみたいのだ。

 ネット検索で「芝刈り」をキーワードにすると、ある意味当然のことだが、「芝生」の「芝」を刈るという話が引っ掛かってくる。

芝刈り」ではなく、「柴刈り」と表記すべきだったのだ。
 小生が迂闊だった。

 芥川龍之介には、「桃太郎」と題された小品がある。
 御伽噺の「桃太郎」を芥川龍之介らしく捻った作品で、「芥川龍之介 桃太郎 青空文庫」で読める。
 短い作品なので、通読するだけなら数分ほどもあれば十分だろう。

 芥川龍之介の「桃太郎」では、「柴刈り」と表記されている…さすがに芥川龍之介は凄いなって、そういう話をしたいわけではない。

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2008/03/08

雪女郎怖くて怖くて会いたくて

 東京での30年ほどの滞在の間に買い求めた本の大半は帰郷の折に処分した。
 それでも数十冊ほどは、処分の手の透き間から漏れ、今、郷里の部屋にある。
 まとめて業者に本を出した際には、机の裏側や積み重なっていた荷物に覆われていた押入れなどに隠れていて、生きながらえた。

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→ 3年前の帰省の折に撮ったもの。居間(茶の間)からの眺め。

 でも、中には敢えて残した本もある。
 寺田寅彦の随筆集であり中谷宇吉郎集である。
 相変わらず荷解き作業が続いていて、家事もあるし、その上、昨日からはアルバイトの形だが、仕事にありついたこともあり、じっくり読書という時間は取れない。

 そんな中でも、時間を掻き削るようにして、ちびりちびりと本を読んでいる。

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2008/03/04

最後の引越し?

 引越し。
 今回の引越しが最後となるのか。
 18歳で大学生として暮らすことになった杜の都・仙台へ向ったが、これは引越しとは云わないのだろう。
 単身赴任でもないし、単身赴学?
 やがてやっとこさで大学を卒業し、78年に東京へ。

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← 東京駅で新幹線に乗りしばらくはこんな風景が続く。

 何かの記事で書いたような気がするが、結構ドタバタしたものだった。
 折を見て、上京の顛末を詳しく書いてみたい。

 簡単にメモだけしておくと、上京を決心し、そのための軍資金が必要ということで得意の(?)ガテン系のバイト(小生、学生時代のバイトは二日間限りの家庭教師を除き、新聞配達など全て肉体労働系である)を学校で見つけたはいいが、その矢先にひどい風邪を引いてしまった。

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2008/03/01

久しぶりの雪の正月に思う

 帰郷して五日目になる。
 朝方には晴れていた空が、午後になると俄かに空模様が一転して掻き曇り雪になる…。あるいは、日中も夜も冷たいながらになんとか雨だったものが、夜半近くになって、あれ、雨音が聞こえなくなっている、さてはと、カーテンを開き窓の外の様子を窺ってみると、案の定、深々と雪が降っている、そんな経験を早くもこの数日の間に何度となく経験した。

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← 三年前の雪景色

 冬の富山にあっては珍しくもなんともないこと。
 当然のことだが、雪掻きも三度やった。
 まあ雪掻きというほど大して降り積もっているわけではなかった。スコップを使う必要もなく、スノーダンプを何度か往復させれば十分な程度のもの。
 それでもガキの頃にせっせと雪掻きした経験やスコップを握った感覚は蘇ってくる。

 六年ほど前の小文に、「久しぶりの雪の正月に思う」がある。近年の年始にしてはやや多めの雪が正月早々に降って雪掻きを余儀なくされた時の体験や感懐を綴ったものである。
 ちょっと懐かしいので旧稿を温める意味もあり、再掲する。

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2008/02/26

その人の名はマタ・ハリ

 それは衝撃的な出会いだった。
 実際には、そして結局は擦れ違いに終わったのだとしても。
 サンバダンサーのダンスをこの数年見てきた。
 多くは打楽器の演奏とボォーカルとの饗宴だった。
 書くことでの自己表現を細々ながら続けてきた小生だが、自己の身体のみを使ってのパフォーマンスは嫌いではない。

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 今は体が鈍ってしまって自分で試みることがやや億劫になっているだけであって、自分であれこれ出来なくなると、逆に身体表現への憧れが増すようである。
 身体を使ってのパフォーマンスといってもいろいろあるが女性の身体美ということでサンバに始まりベリーに到ったというわけである。
 何かを思う、何かを言いたい、何かを伝えたい、何かを表現したい、自己表現を通じて人に喜んでもらいたい。
 肉体を使っての感覚的快感や満足感を追い求めるなら、それはそれでいいし、ある意味それだけでも充足するあり方に終わっても十分でありうる。

 しかしそれだけでは飽き足らないと思うような人も居る。

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2008/02/23

厄介な荷物?

[過日の日記(備忘録)より]

引越しのための荷造りやら片付けも、ようやく先が見えてきた。
なんたって過日、四囲の壁が見えたのに続き、今度は床が見えたのだ!

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→ とってもすっきりした部屋。梱包を終え業者に寄る運び出しを待つダンボールが山積みに。荷物がないと案外、我が部屋も思ったより広い。真ん中に鎮座するこのロッキングチェアー(二代目)で幾夜、夜明かししたことか。これと机だけは郷里へ送るつもり。奥の書棚は四半世紀使ってきて愛着があるのだが、この際に捨てる決心である。問題は、非力な小生一人で階下へ運べるかどうか。

日曜日から本格的に作業を開始して、あと残すところは生活必需品や貴重品、衣類など少々(←と思ったのは大間違いだったことが後で分かるのだが)。
これらは、引越し当日に片付けるしかないので、梱包するわけにはいかない。

こうなると連日の、小生には過ぎた肉体労働や神経の使いすぎ、そのために張り詰めていた緊張の糸もちょっと緩んで、疲労がどっと出てきてしまう。

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2008/02/18

お引越し

[過日の日記(備忘録)より]

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← 引越し作業三日目にして片付けもようやく先が見えてきたような。

引越しの準備に大童の日々である。

とりあえず田舎のほうは受け入れ態勢が(不満はあるが)完了。
次は東京のほうに取り掛かる。

今の住居に十七年。東京では三十年。郷里を離れての生活は合計で三十六年である。
長年の垢も溜まろうというもの。

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2008/02/16

屋根裏部屋の秘密

 過日、郷里と東京を往復する機会がまたもあった。
 移動の時には必ず本を持参。
 今回は、前回のやや分厚い本の厄介さに懲り、文庫本を選択。

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→ 『ちくま日本文学007 江戸川乱歩』(筑摩書房) 主な収録作品は、「白昼夢 二銭銅貨 心理試験 屋根裏の散歩者 人間椅子 押絵と旅する男 防空壕 恋と神様 乱歩打明け話 旅順海戦館 幻影の城主」で、解説は島田雅彦。ちょっと物足りない解説だったね。

 今回、選んだのは、久しぶりに江戸川乱歩
 図書館の新刊コーナーにあったので、即、手に取った。

 今更、江戸川乱歩が新刊?
 観ると、「ちくま日本文学」の中の一冊として今年一月に刊行されたばかりなのである。
 
 懐かしさ。
 本はあまり読まない小生だったし、特に推理小説は好まなかったのだが、ポーと特に江戸川乱歩は別格。
「怪人二十面相」やら「少年探偵団」やらを(あるいは江戸川乱歩の手によりリライトされたポーの作品なども含め)近所の貸本屋さんで借りて読み漁ったものだった。

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2008/02/13

焼け野の雉(きぎす)

 昨日の記事「キジも鳴かずば打たれまい」で書いたキジに付いての諺(トリビア)が、今日になっても気に掛かっていた。

Versicolor

→ キジ(雄) (画像は、「キジ - Wikipedia」より)

「頭隠して尻隠さず」ということわざは、草むらに隠れたつもりになったキジの様子に由来している」(「雉の隠れ」とも)とか、「キジも鳴かずば打たれまい」といった諺である。
 国鳥なのに、どうしてこうした諺に引き合いを出されてしまうのか。
 しかも、「キジ - Wikipedia」によると、「頭が良くない」だなんて、あんまりな言われ方さえされている。

 が、昨日の記事の末尾近くに書いたが、キジの愚かしいかのような生態は、「オスの飛び立つ姿は力強く男性的,メスは「焼け野のきぎす」のたとえにあるように非常に母性愛が強い」という面とは、実は裏腹のように思えてきた。

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2008/02/04

梁 石日著『タクシー狂躁曲』未満

 梁 石日(ヤン・ソギル)著の『タクシー狂躁曲』 (ちくま文庫 )を今頃になって読んだ。
 今頃とは、小生、これでもタクシードライバーの端くれだったのである。

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→ 梁 石日(ヤン・ソギル)著の『タクシー狂躁曲』 (ちくま文庫 )

 ドライバーになろうと思ったのが95年の三月末、実際に走り始めたのは95年の9月になって。
 以来、昨年末に退社するまでタクシードライバーだった。
 12年3ヶ月。
 タクシードライバーとしては、96年の春先だったか初夏だったか覚えていないのだが、進路変更違反で失点した以外は、大過なく過ごした。
 まあ、至極、無難な、平穏無事なドライバーだったと言えよう(少なくとも数字や経歴の上では)。
 ゆえあって一時、中断しているが、事情が許せば続けるつもりでいる。
 
 タクシードライバーになりたての頃は、タクシー関連の本を片っ端から読んだ。
 といっても、そんなに数があるわけもなく、めぼしいものを読破するのにそんなに歳月を要しない。

 正直、読んでいて、うんざりした。あまりに退屈か、そうでなかったらあまりに荒唐無稽で現実離れしている。

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2008/02/03

「日教組、全体集会開催を初めて中止へ ホテルが使用拒否」に関連して

中国製冷凍食品、健康被害959人・入院8人 厚労省」や「道路特定財源の暫定税率 延長か廃止か 意見さまざま - AGARA紀伊民報」などの報道が目立っているその蔭で、「日教組、全体集会開催を初めて中止へ ホテルが使用拒否」(ホームページ:「asahi.com:朝日新聞の速報ニュースサイト」)なんて由々しき事態が起きていた。
 小生は、この事態をテレビやラジオなどの報道ではなく、新聞を読んで初めて知った。
 以後、テレビのニュースで少しは採り上げられるかと思ったが、小生が気が付かなかっただけなのか、今日(土曜日)のところは全く報道されなかった(あるいは扱いが小さかった)。

 日教組と右翼(の街宣車)というと、小生には思い出すことがある。
 小生は、78年4月から81年3月まで落合近辺に暮らしていた(初め西落合、ついで上高田)。
 最寄の駅は、西武新宿線の新井薬師前駅
 上高田に引っ越してからだから、80年前後だったと思うが、正確な日にちは覚えていない。

 或る日、目覚めるとアパートの外から煩いだみ声が聞こえてくる。
 午前中だったと思う。
 あるいは通勤前だったか、土曜日か日曜日の朝だったのかは覚えていない。
 カーテン越しに外の様子を窺うと、晴れていた。

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2008/02/01

『新・京都迷宮案内』:この世でたった一冊の本

新・京都迷宮案内」(パート5)は、都合さえ付くと比較的見ている番組である。
 橋爪功扮(ふん)する新聞記者が京都を舞台に活躍する新シリーズ(以下、敬称は敬愛の念も込めて略させてもらう)。
 小生は前にも書いたが、橋爪功という役者(の演技)が好きなので、彼が主演でなくて脇役であっても、出ると分かっていたら見るように心がけている。

2008

→ 「新・京都迷宮案内」(2008)のポスター。画像は同番組公式ホームページより。

 彼の関わる番組の中でも「新・京都迷宮案内」は、それぞれの回ごとに趣向が凝らされていて、見飽きないし、見終えても見たという手応えもある。
 今日は、今年の第一回目の放送でもあるし、「盗まれた恋愛小説!“忘れえぬ女”の謎」の回をストーリーを追いつつ、追体験してみる。
 ドラマの最後のどんでん返し的な話にしてやられたということもあるが、ゲスト出演していた水前寺清子の演技に感じるものがあったので、ちょっと採り上げてみたくなったのである。

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2008/01/30

『老人と子供のポルカ』の頃

[ あるところで、『老人と子供のポルカ』に関連する話題を見かけた。懐かしい! 懐かしいし、5年弱前にも、あるメルマガでこの歌のことが話題になっていて、気になると何か書きたくなる小生、下記のような雑文を綴っていた。せっかくなので(?)、ここに再掲しておく。なお、掲げた画像は本文と全く関係ない。過日、上京する列車の車中から撮ったもの。当時も今も不思議というか尋ねてみたいのは、本人はどういうつもりでこの歌を歌ったのか、何ゆえ引き受けたのかということ…。 (08/01/30 記)]

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『老人と子供のポルカ』余談

 Sさんのメルマガで『老人と子供のポルカ』(早川博二作詞・作曲 歌:左卜全とひまわりキティーズ)のことが話題になっていた。
 誰か、実際に聞いた人がいないでしょうか、だって。そんなことなら我輩に聞いてくれればいいのに…なんてのは嘘だぴょーん。

 そのSさんは小生よりずっと若い。
 その点、小生は、『老人と子どものポルカ』を高校生になりたての頃に聞いたのだ。歌謡曲や演歌が全盛で歌番組はクイズ番組と並んで庶民がテレビで楽しむ大きな娯楽源になっていた。

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2008/01/28

オカマの話?

1月25日の夜のこと。

残り少ないおコメ。

なので、丁寧に御飯炊き。

1)電気炊飯器のオカマ(内蓋)を取り出す。

2)おコメを二合入れ(2号さんを入れちゃダメだぞ!)、そのおコメに市販のペットボトルの水(信州安曇野の水)を適量浸す。

3)おコメに水が十分浸透するのを待つ。

4)おコメに安曇野の水が浸透したのを確かめて、磨ぐというより軽くすすぐ。
(一人で食べるから、丁寧に磨ぐ必要はない)

5)磨いだおコメの入ったオカマを電気炊飯器に戻す。

6)電気炊飯器のスイッチをオンにする。

7)待つことしばし。

はて? グツグツ煮え立ってきて…という段階がなかったような。

なのに、炊飯器は炊飯から保温へと切り替わった。

グツグツ煮え立つのに気づかなかったのは読書に夢中になっていたから?

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