「異端の画家か 絵金!」アップ
「異端の画家か 絵金!」アップ!
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冬になると炬燵が恋しくなる。
だったら、炬燵くらい買えよってことになるが、生憎、懐具合の淋しさはともかくとして、我が部屋の中があまりに汚すぎる。狭い。
よって、置き場所もだが、床が汚すぎるので、炬燵を置く気になれないし、ましてたとえ座布団などを敷くにしても座る気には到底なれない。
自分の部屋なのだが、いやなのである。
でも、炬燵が恋しいってのは正直なところ。
← 歌川国芳『炬燵に美人』 (画像は、「Cat-City Museum:猫と浮世絵」より)
年末年始など郷里に帰省するのが常なのだが、楽しみは炬燵である。
(尤も、郷里の家で炬燵が不可欠なのは、木造の古い和式の家屋なので隙間風が凄く、炬燵なしでは居られないってこともある!)
小生は18で郷里を離れたが、そんな少年時代までの思い出が炬燵と共にあるように思えてならない。
幼少の頃は掘り炬燵で、炭が熱源だった。
いつから電気炬燵に変ったのか、覚えていない。兼業だが農家ということもあり、結構、遅かったような。帰省の折、時々、朝などに炭を継ぎ足しさせられたこともあるから、二十歳前後?
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[本稿は、風景絵画探訪の小文「ピエト・モンドリアン(後篇:抽象性に宇宙を見る)」からエッセイ風な部分を抜粋したものである。会社があった海岸地区や最寄のJR駅から会社へ到る地区である芝浦近辺についてはまとまった形で文を綴ったことはない(はずな)ので、断片的なものだが、志賀直哉の代表作の一つ「城の崎にて」を巡ってのこぼれ話的なあれこれを綴った「芝浦のこと、「城の崎にて」のこと」から芝浦辺りの思い出を綴ったくだりを併せて載せておく。]
→ ネット仲間の方からもらった画像です。本文とは関係ありません。とある地方の民家の電飾。地元では有名らしい。拡大してみると、一層、見事さが実感できます。
1.「ピエト・モンドリアン(後篇:抽象性に宇宙を見る)」から
2.「芝浦のこと、「城の崎にて」のこと」から
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本稿は、新装開店の「壺中水明庵」へ移しました:
「増山麗奈:そんなあなたに会いたくて(前篇)」
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レンブラントらの素描(デッサン)画を見ていて、ふと、数年前に行った「ドレスデン版画素描館所蔵 ドイツ・ロマン主義の風景素描」展の時の印象を手元の画集(図録)を見つつ、思い出していた。
「ドレスデン版画素描館所蔵 ドイツ・ロマン主義の風景素描: ユリウス・シュノルの「風景画帳」、フリードリヒ、コッホ、オリヴィエなど」というもので、油絵・水彩など彩色された絵画を見慣れた小生には、物珍しさもあり、また、高名な画家が裃(かみしも)を脱いだような親近感を覚えたりしたものだ。
ここしばらく我がブログで風景画を特集してきて(多分、あと一ヶ月ほどは特集が続くと思う)、また、デッサンをネットを通じてであろうと眺めてきて、少しは目も肥えた小生が今一度、上掲の展覧会を見ることが叶うなら、きっと違う感想を抱いていただろうと思ったりする。

← 『ドレスデン版画素描館所蔵 ドイツ・ロマン主義の風景素描』(ユリウス・シュノルの「風景画帳」、フリードリヒ、コッホ、オリヴィエなど 国立西洋美術館) 「シュノルは10年におよぶローマ滞在中、旅行先に素描道具を携帯し、自分が心引かれた風景を記録しました。風景画帳は、ドイツに帰国したシュノルが、イタリアでの風景素描から115点を選んだアルバムです」 …この図録は小生には宝物だ。
というのも、上記の展覧会ではユリウス・シュノル・フォン・カロルスフェルト(Julius Schnorr von Carolsfeld 1794-1872)という小生には未知の画家だったため、まさに風景を漫然と見過ごしてしまった…せいぜいフリードリッヒ作品があるから足を運んだという意識のほうが強かったから、ちょっと後悔というか、惜しいことをした、今ならもっとじっくり眺め入ることができたはずなのに、と思ってしまうのである。
ユリウス・シュノルの「風景画帳」中の作品を図録で見ても、惚れ惚れする。タッチやラインなどが実に優しい。
デッサンだと、レンブラントもだが、タッチが、その柔らかさや優しさ丁寧さ観察力の細かさ、何を省略し何を描きこむかの判断が、そうした一切がモロに分かってくる。
となると、そのうち、ユリウス・シュノルの「風景画帳」をこのブログで特集したくなる。
という思いで、夜半、懸命に内外を問わずネット検索したが、所謂宗教画、聖書にテーマを得たありがちな絵画作品しか見出せなかった(但し、宗教画も素晴らしい。→ 「 - 今日の一枚 -絵画鑑賞- カロルスフェルト「聖母子」」参照)。
なので、多分、何かの幸運に恵まれて「風景画帳」関連のデッサン画の画像を相当数見出せない限りは、特集は断念することにした。(以上、07/12/24 アップに際し記す。)
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[本稿は、「アダム・エルスハイマー:夜の静謐と幻想の人(前篇)」より続くものである。身辺の変化がある。関連してこの数日、何人かの人と話す。親身になって話し相手になってくれる人がいたというだけで嬉しかった。でも、小生は頑なな奴。聴く耳を持たない奴って思われただろうな。自業自得ってことか。今日、何年ぶりかで出前を取った。味噌ラーメンと鳥のから揚げと御飯。美味しかったし嬉しかった!]
「エジプトへの逃避」など、本来はその絵画作品の手前に描かれる、聖書に由来する物語の描き方にこそ関心が集まるべきなのだが、エルスハイマーは実は、そんな物語(ほとんど片手間に、あるいは申し訳程度)よりも、本来は背景のはずの風景にこそ関心があったのではないかと思えてくる。
→ ピーテル・パウル・ルーベンス(Pieter Paul Rubens) 『The Head of Medusa, c 1618 』 (画像は、「Mythos Agora Fine Art Prints Peter Paul Rubens」より) ルーベンスは何だってこんな絵を描いたんだろう。神話由来だから? でもこの絵の凄み!
その意味で、神話や聖書や宗教的縛りから人間の肉眼での観察(道具として望遠鏡や顕微鏡などを使うことも含めて)にこそウエイトが置かれていく、そんな時代の転換を一つの絵画作品の中で如実に示されているともいえそうな作品なのかもしれない。
いずれにしても、『Flucht nach Ägypten(エジプトへの逃避)』は見飽きることのない作品であることは間違いないのではないか。
ここまで書いてきて、「トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera Devil in the Detailー細密画の巨匠」なる頁を発見。
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本稿は、新装開店の「壺中水明庵」へ移しました:
「浮世絵版画に文明開化:小林清親(前篇)」
「浮世絵版画に文明開化:小林清親(後篇)」
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[ 本稿は、「レンブラントの風景・風俗素描(前篇)」に続くもの。
長くなったので、続篇を二分割した。
創作「メモランダム(その1)」を昨夜書いてアップ。
一昨日に俄かに身辺状況が慌しくなる事情が生じ、昨日はバタバタ。ストレスがたっぷり。
鬱憤晴らしというわけじゃないけど、久しぶりに変てこな虚構作品を書いてみた。
書き出しはチラッと「マルテの手記」をイメージしていたんだけど、途中から日和ってしまった。(本稿をアップ当日追記)]
「レンブラントの風景・風俗素描(承前)」
(レンブラントの作品、特に風景の素描などは是非、クリックして拡大してほしい。)
→ Rembrandt van Rijn (1606-1669) source:visipix.com (画像は、「17世紀オランダ絵画 レンブラントの素描・版画編」より)
さて「レンブラント・ファン・レイン Rembrandt Harmensz, van Rijn 1606-1669 | オランダ | オランダ絵画黄金期」を参照してのレンブラント紹介の先を続けよう:
修行時代はアムステルダムでピーテル・ラストマンに師事し、同氏の下でバロック様式を学んだ後レイデンで独立、同地で最初の門弟となるヘリット・ダウなどの有能な弟子を育てる。1632年にアムステルダムへと移住し、代表作『テュルプ博士の解剖学講義』で自身の名声を確立。1634年に裕福な美術商の娘サスキアと結婚(1642年に死別)、以後、大規模な工房を構え弟子たちと共に数多くの肖像画、宗教画、神話画など様々なジャンルの作品を手がける。
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[本稿は、「ライスダール…さりげなく劇的に(前篇)」の続篇である。風景画が絵画のジャンルとしてのピークを迎えるのは19世紀。が、それはまた陳腐化というのか、まさに家の壁に相応しいオシャレな飾り物と化してしまう。でも、今日、アップするライスダールの活躍した17世紀は勃興期の人。自然への畏敬の念に満ちている。が、そうした彼の作品をも我々は綺麗な絵としてしか鑑賞できなくなっているのではないか。風景画の陳腐化というより感性の磨耗でありセンス・オブ・ワンダーという感覚の欠如こそが真相なのかもしれない。
→ 川瀬巴水画『大森海岸』(画像は、「hanga gallery Kawase Hasui」より)
コメント欄にも書いたが、何故か昨夜の9時台の途中から「川瀬巴水」関連の記事へのアクセスが急増した(夜中の1時までに750回ほど)。時間帯からして「開運!なんでも鑑定団」が切っ掛けに思えるのだが、本当のところは分からない。
風景画というより叙景画、叙情画、情緒画である川瀬巴水の世界。あまり対比する意味はないと思うが。(19日、アップに際し追記)]
「ライスダール…さりげなく劇的に(後篇)」
「独立したジャンルとしての「風景画」の成立は17世紀オランダに始まると言ってよい」とした上で、下記の記述が続く:
17世紀のオランダにおいて風景画が栄えた背景には、市民階級の勃興がある。カトリックのスペインの支配から独立を果たし、プロテスタントの共和国であった当時のオランダにおいては、海外貿易による富を背景として富裕な中産市民層が勃興した。教会や大貴族に代わって新たな絵画の注文主・享受者となった中産市民階級の家屋を飾るにふさわしい絵画とは、大画面の宗教画や歴史画よりは、より小規模な風俗画、静物画、風景画などであったろう。
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今日12月18日は、「 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、「1839年 江戸幕府が渡辺崋山に蟄居、高野長英に永牢を命じる」という日なのだとか。
← 渡辺崋山『月下鳴機図』 (画像は、「渡辺崋山 - Wikipedia」より)
何故に脈絡もなくこんな話題を持ち出すかというと、単に小生が渡辺崋山という人物に興味があり、そして彼の画が好きだからである。
(同時に、事情があって小生自身、ほとんど蟄居の生活をずっと送っている…、ということもあって、僭越ながらちょっと境遇をダブらせていることも…ないではない ? !)
「渡辺崋山 - Wikipedia」によると、時の蘭学者たちのリーダー的存在であると看做されていた渡辺崋山は、幕府の保守派、特に幕府目付鳥居耀蔵に朱子学派に対する裏切り者と思われ、また「蘭学者が幕府の政治に介入することを好まなかった」という:
1839年(天保10)5月、鳥居はついにでっちあげの罪を設けて江川や崋山を罪に落とそうとした。江川は老中水野忠邦にかばわれて無事だったが、崋山は家宅捜索の際に幕府の保守的海防方針を批判し、そのために発表を控えていた『慎機論』が発見されてしまい、幕政批判で有罪となり、国元田原で蟄居することとなった。
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[数年来の懸案だった、ユニットバスの換気扇のタイマースイッチを土曜日、ようやく修理。嬉しい! さて、いよいよ何かと切羽詰ってきた小生だが、「ハドソンリバー派絵画:F・E・チャーチ(前篇)」の続篇をアップする。こうした風景は今もアメリカに残っているのだろうか。ブログの画面が白いと(小生の場合)読みづらいので、淡いグリーンを背景にした。どうだろうか。(17日アップ当日記す)]
→ Frederic Edwin Church 『Untitled』 (画像は、「Frederic Edwin Church (1826 - 1900) Artwork Images, Exhibitions, Reviews」より)
いかにもアメリカ的でスケールがヨーロッパとは比較にならないほど雄大だが、決して西部ではないことに、妙に感動してしまう。二百年も遡らない過去の東部のアメリカの(少なくとも一部は失われてしまった)風景を描いた人びとがいたわけである。
「アメリカを代表する野外彫刻パーク・美術館のストーム キング アートセンター(STORM KING ART CENTER)は、ダイナミックなハドソン峡谷に囲まれ、調和の良い風景と自然に恵まれた環境に位置する」というが、所蔵するアーティストも性格を異にするようだ。
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今日はちょっと寄り道して、異色の画家にスポットライトを当てる。
それは、アダム・エルスハイマーという名の17世紀のドイツの画家。
まあ、大きくは風景画(家)というテーマの一環である。小生には発見だった。
→ Adam Elsheimer 『Der Brand Trojas』 (画像は、「Adam Elsheimer - Wikipedia」より)
ネットではあまり情報が得られない(あるかどうかも分からない)。
「西垣の上級者用楽天探求2006-09-19」なるブログ記事が参考になる。
なんたって、冒頭近くに、「今日はナショナル・ギャラリーでのエルスハイマー特別展 に張り切って出発」とあるのだ。
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[いよいよというべきか、今日はレンブラントの登場。レンブラントというと、どんな絵画を思い浮かべるだろうか。やはり、自画像? 50枚以上は自画像が残っているらしいし。いやいや代表作とも言うべき「夜警」(実は昼間の光景なのだが…。この絵にまつわるエピソードが面白い!)だろうか? 根っからのオランダ人。そして自分へのこだわり。知る人は知っているだろうが、「油彩だけでなく、エッチングや複合技法による銅版画やドローイングでも知られる」のである。今回は、必ずしも一般的ではないかもしれない側面にスポットを当てる。なんたって、「水」「雲」「空」「海」「川」「霧」が我がブログの今のマイブームテーマなのだ。ドローイングは特に画像を拡大して観ることを薦める。あ、個人的なことを書くと、我が部屋のユニットバスルームの換気扇のタイマースイッチが直った。これで、その気になれば入浴も何もできる!!(15日アップ当日追記)]
← レンブラント・ファン・レイン『夜警』 (画像は、「レンブラント・ファン・レイン - Wikipedia」より。この中の「夜警」の項にある逸話が面白い!)
レンブラントについて、あるいは彼の素描について、小生如きが何かを語ろうというつもりはない。
ただ、ケネス・クラーク 著の『風景画論 』(佐々木 英也 翻訳 :ちくま学芸文庫 筑摩書房 但し、小生は岩崎美術社版で読んでいる)を読んでいたら、レンブラントの素描、それも風景の素描画に言及されていたので、これを機に、久しぶりにレンブラントの素描画の世界を(ネット上で)眺めてみたくなったのである。
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[本稿は、「ベクシンスキー:廃墟の美学(前篇)」の続編です。前篇でも書いたけど、本稿は翌日(正確には日付上、当日になっていたが)に試験を控えているというのに、ついついネット散策に夢中になり、あれこれ調べつつ書いたもの。内容に、というわけではないが、書いたり画像に眺め入ったりしていたその夜の自分の胸中などがちょっと懐かしい。滅びの美学。廃墟の美学。こうしたものにどうして人は囚われるのか。ベクシンスキーの場合は、ナチ下という過酷な体験がある。なんたってポーランドの人だからね。日本だって、ほんの数十年前、多くの都市が廃墟と化した。高層ビルが林立していても高速道路や地下鉄が縦横に走っていても、ちょっとした事件で美麗なビル群が廃墟と化してしまう。天国と地獄は常に背中合わせなのだ…が、そうしたことを忘れやすい、目を背けたいと思うのも人の慣わし。……と言いつつ、この数日、訳の分からないものが詰まったダンボール類を片付ける作業に没頭していた。見えなかった壁が多少なりとも見えてきて、感激。日常にあっては、こんなことも嬉しい。天と地もあるが、極大もあれば極小もある。崇高なる美もあれば、卑近な癒えもある。その両端に股裂きなのが人間なのか…な?(14日(アップ当日)追記)]
→ ズジスワフ・ベクシンスキー Zdzislaw Beksinski 『??』(画像は、「Zdzislaw Beksinski」より) 何処かフリードリッヒを想わせるかのよう。けれど、徹底して乾いた絶望という名の詩情が漂うのみ。
ズジスワフ・ベクシンスキーは、「私の絵に定義づけ、意味を問う行為は無意味だ。私自身意味は分からないしね。そのうえ、理屈にはサッパリ興味が無いんだ」と言う。
だからなのか、彼の作品のほとんど(あるいは全て?)は、「無題」のようである。
末尾でも示すが、「editions treville - from é.t.art lab - エディシオン・トレヴィル - アート ラボ - ベクシンスキー アーカイブ」は、覗くだけの値打ちはある。
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[本稿は、7日(木)に書いたもの。ようやくアップに扱ぎつけた。風景画となると、ロイスダール(ライスダール)を逸するわけには行かない。ライスダールの特徴は、(本文に示しているけれど)風景画に必ずのように雲が描かれている点にあると思える。雲の様子の変幻で光と影の織りなすドラマ、そして瞑想を誘う時の移ろいまでもが示されているようだ。ところで、ケネス・クラーク著の『風景画論』がなかなか読み応えがあったので、久しくその存在を気には掛けていたが今ひとつ手が伸びなかった、同氏著の『ザ・ヌード ―理想的形態の研究』(高階 秀爾 翻訳 , 佐々木 英也 翻訳 ちくま学芸文庫 筑摩書房刊 但し小生は単行本である美術出版社版で読む。ヌード画を大きな写真で観たいから!)を読み始めた。来年辺り、ブログ記事のメインの題材を風景画論から人物画へ、じゃなく、一気にヌード画に移るかどうするか思案中。深みに嵌まりそう!]
← ケネス・クラーク 著『ザ・ヌード ―理想的形態の研究』(高階 秀爾 翻訳 , 佐々木 英也 翻訳 ちくま学芸文庫 筑摩書房) 「本書は、裸体像をテーマとした理想的な造形表現が、西欧美術の中でどのように変貌しながら生き続けていったかを跡づけたもので、該博な知識と鋭い観察に支えられたユニークな芸術論」だとか。
「オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ」なる記事の末尾で、ヤーコプ・ファン・ロイスダール(あるいはライスダールと表記)というやはりオランダの画家が気になると書いている。
上の下書きは、11月19日頃に書いたもの。
そのうち忘れちゃうかなと思っていたが、アルベルト・カイプ関連情報をネットで集めている過程で何作か観たロイスダールの絵の風景画の印象が脳裏に残っているようで、やはり、多少なりとも特集を組んでおきたくなった。
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[本稿は、「アルトドルファー:風景画の出現(前篇)」の続きです。昨日(11日)、スーツを入手した。十数年ぶり。いろいろ面接もあるので、仕方なく。今日(12日)は流し台の脇の調理用ヒーターやらユニットバスの換気扇のタイマーの修理に人を呼んだ。でも、都合があってか修理は後日。ガッカリ。]
「ロト (聖書) - Wikipedia」なる頁には作者名らしきものが見当たらない。
「ヘンドリック・ホルツィウス(Hendrik Goltzius)」なのか。
今は、彼のことを調べる余裕がないので、興味のある方は、下記へ:
「Hendrick Goltzius - Wikimedia Commons」
← ヘンドリック・ホルツィウス(Hendrik Goltzius) 『Jupiter and Antiope』(1616) (画像は、「Hendrick Goltzius - Wikimedia Commons」より) 母乳アートの走り?
あるいは、下記が詳しい:
「古楽画廊-ヴァイオリン(25) Early Music Art Gallery ―――リュート(25)―――」(ホームページ:「Early Music Art Gallery―――古楽画廊―――」)
冒頭の一節のみ転記する。以下は、当該の頁で:
ハールレムで活躍したヘンドリック・ホルツィウスは、初期はオランダのマニエリスムを代表する版画家でした。火傷のために右手が使えなかったと言われますが、絵画の複製では素晴らしい技量を示し、「ローマの英雄 The Roman Heroes」 (1586)のシリーズに代表される、独創的な作品も残しています。
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[文末近くで千住博氏著『美は時を超える』(光文社新書)を紹介している。と言いつつ、この記事を書いている最中(12月3日)に知った本なので、未読。数日後、早速、予約し借りてきた。…が、本の題名がうろ覚えで、同氏著の『絵を描く悦び』(光文社新書)を借りてしまった。著者名と出版社名や新書って条件には合致している ? ! 尤も、この本も絵画に限らず創作活動に携わる人には励ましの書、初心に還る書として、なかなかの本だった。それはそれとして、やはり、本稿に関係ある本だし、『美は時を超える』は近いうちに読むぞ!]
← 千住博著『絵を描く悦び』(光文社新書) 冒頭に書いたように、『美は時を超える』と間違えて借りてきた本。でも、いい本だった。創作活動には無縁の小生だが、アーティストの真率な姿勢に感銘を受ける。
ギャヴィン・プレイター=ピニー 著『 「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社)を読んでいたら、「雲」を描いたフレデリック・エドウィン・チャーチ (Church, Frederic Edwin(アメリカ1826-1900))という名の画家の絵に言及している箇所があった。
小生は全く知らない画家。
→ フレデリック・エドウィン・チャーチ 『Blueberry Hill, Vermont』 (画像は、「古き佳きアメリカンアートなど|★マーケティング戦略ビューロー@P-styleブログ★」で発見)
フレデリック・エドウィン・チャーチという名だけでネット検索したら、下記のサイトがトップ近くに浮上:
「肉筆複製画・美術品・絵画販売 ハドソンリバー派絵画」
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[本稿は、「オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ(前篇)」の続きです。]
アルベルト・カイプのことをもっと知りたくて、ネット検索を続けたら、下記の頁が浮上してきた:
「古楽画廊-リコーダー(36)」(ホームページは、「西洋古楽(Early Music)関係の絵画画像を集めてみました」という「Early Music Art Gallery 古楽画廊」)
この頁では、下記のような説明が得られる:
← アルベルト・カイプ『釣り師と牛のいる風景 Herdsman with Cows by a River』(1650) (画像は、「アート at ドリアン 西洋絵画史・ギリシャ神話・聖書の物語」より)
オランダ南西部のドルドレヒト Dordrecht で生まれたアルベルト・カイプは、肖像画家であったヤーコプ・ヘリッツゾーン・カイプ Jacob Gerritsz. Cuyp (1594-1651/2) の息子として生まれました。彼は様々なジャンルの絵を描きましたが、今日では、1950年(1650年?)頃から描くようになったイタリア風の風景画によって知られています。ところで、カイプはドルドレヒトから居を移さなかった上に、1660年代からはほとんど作品を残さなかったため、ターナー Joseph Mallord William Turner (1775-1851) やコンスタブル John Constable (1776-1837) らが活躍し、風景画が隆盛を極めた18世紀イギリスにおいて再評価されるまでは、ほとんど忘れられた存在でした。
ユトレヒトの親イタリア派風景画家、ヤン・ボト Jan Both (1610-1652) の影響を受けたと考えられるカイプの風景画は、オランダの風景に南国風の強い光のコントラストが加わり、早朝や夕暮れの光景は、ターナーの絵に大きな影響を与えています。
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[本稿は、「ベラスケス「侍女たち」の風景(前篇)」の続編(後篇)です。]
小生の手には余るので、ネットで見つけたあるサイト(「ミシェル・フーコーによるベラスケス「侍女たち」の読解」)の説明を援用させてもらう。

→ バンヴィル,ジョン【著】〈Banville,John〉 高橋和久 小熊令子【訳】 『プラネタリー・クラシクス ケプラーの憂鬱』(工作舎) 本書は小説である。「ケプラーの憂鬱-詳細」参照。「「初めに形ありき!」宇宙における調和は幾何学に基礎があると信じ、天球に数学的な図形を探し求めたヨハネス・ケプラー。本書は、天文学に捧げた彼の半生を追いながら、科学的真理は幻想から生まれることを描いたヒストリオグラフィック(歴史記述的)・メタフィクションである。1981年度英国ガーディアン小説賞受賞作」だという。ケプラーは、プラトンの立体の夢を追ったのだろうか。
「フーコーの『言葉と物』も、それに近いと言えば近いことを問題にしています。「言葉」と「物」の乖離です。われわれは、「物」を見ているようで実は「言葉」を見ている。そういう意味で、われわれが生きている世界は「表象の世界」です。フーコーさんは、われわれが生きるこの現実としての「表象の世界」を鮮明に語るために、ベラスケスやドン・キホーテを取り上げているのです。物なら物という実体的な裏付けを欠いた「表象」が浮遊し、そんな「表象」たちが互いに他を支えあう形で自己完結している世界。そこにどんな力学が働いて「権力」や「主体」や「知」が生まれるか。これを説明するためです。」という説明も面白いが、ここは飛ばす。
以下が肝心な点だろう:
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[本稿は、11月23日の未明というべきか、22日の夜半過ぎ、丑三つ時になろうかという頃に大よそを書いていたもの。これも、アップするタイミングを逸してしまい、とうとう二週間を経過してしまった。この草稿を書き終えて、慌てて就寝。何故って、23日には試験が予定されていたのだから。この廃墟の画家とも呼称すべきポーランドの画家を扱う記事を今日という日にアップするのは、ある意味、時宜を得ているとも思う。言うまでもなく、今日は「対米英開戦記念日(太平洋戦争開戦記念日)」であり、「日本軍がハワイ・オアフ島・真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、3年6箇月に及ぶ大東亜戦争対米英戦(太平洋戦争)が勃発した」日である。日本は僅か数年後には多くの都市が廃墟と化す。が、世界には今、現に廃墟と化しつつある地が世界中にある。]
← 12月6日に届いた通知書。所定の期限までに必要な書類を届けなさいという簡潔な文面。
「「furiae」の周辺」なる稿を書くため、関連情報をネットで渉猟していて、「ファンタジーアートの世界~美麗系&CG系アーティスト」なるサイトに遭遇。
どのアーティストも興味深いが、小生の嗜好もあってか、ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski)という名の世界に特に惹かれた。
ベクシンスキーのHP:「Zdzislaw Beksinski 」(Official web site presented by Belvedere Gallery)
→ ズジスワフ・ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski)著 『ベクシンスキー』(永瀬唯・解説 エディシオン・トレヴィル・発行 河出書房新社) 「死、腐敗、損壊。言い知れぬ寂寥感と恐怖に支配され永遠の廃墟と化した時空。それでも画幅にはエロスの魂だけが虚ろに木霊している。先頃刺殺体で発見されたポーランド孤高の画狂ベクシンスキーの日本唯一の作品集、追悼復刻版!」とか。
「ズジスワフ・ベクシンスキー - Wikipedia」によると、「ズジスワフ・ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski、男性、1929年2月24日 - 2005年2月22日)は、ポーランドの画家、写真家、芸術家」として、さらに以下の説明を見出す:
作品では、死、絶望、破損、廃退、終焉などが描かれ、それは不気味さや残酷さと同時に荘厳な美しさを感じさせる。独特の世界観から多くの支持を得た画家である。
[来歴]
ポーランド南東サノク出身。少年時代にナチスのポーランド侵攻を経験している。
祖父や父が建築関係者ということで、クラクフ工業大学建築設計学部に入学、卒業後は建築業務で現場監督をするも不満を抱き、芸術の道へ進む。
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[本稿も、11月22日頃に書いていたもの。やはり、アップするタイミングを失していた。22日といえば試験の前日! さてその試験については、どうやら通過したよう。通過の通知が昨日6日、届いたのだ。が、その6日に、小生のドジで、とんでもないトラブルを招いた…招きそうになった。でも、この夕焼けを見て帰宅したら、朗報が届いていた。その顛末は、この日記を読むと、実によく分かる!]
← 12月6日の夕焼け。都内某所にて。
過日より、就寝前や寝起きのときなどに、越宏一氏著の『風景画の出現 ヨーロッパ美術史講義』(岩波書店)をちびりちびりと読んでいる。豊富な画像が載っていて、本文の記述も興味深く、それこそ濃厚な風味のワインを喫するように少しずつ。
本書のことは、拙稿「空と山を眺め描くのみ…ラスキン」の中で言及している。
が、その時は、本書はネットでその存在を知っただけで、まだ手にしていなかった。
→ アルブレヒト・アルトドルファー 『ロトと娘たち Lot and his Daughter』 (画像は、「アート at ドリアン 西洋絵画史・ギリシャ神話・聖書の物語」より) 「ロト」の話題は末尾で触れる。
せいぜい、本書の内容紹介文を転記して示すのみ:
17世紀ヨーロッパにおける風景画の出現は,美術史のなかでどのような意味を持つのだろうか.絵画の画面から人物が消えてゆくプロセスを,古代壁画,聖堂壁画,タピスリー,中世書物の挿画,暦の飾画などをつぶさに見ながらたどってゆくことで,<風景>が芽生える長い道程が解き明かされる.ユニークな西洋美術入門
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[本稿は、「「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」の続編です。なお、日記文「ボタン付け」をアップしました。]
→ リンダ・ベルグクヴィスト(Linda Bergkvist) 『as the crows sing.』 (画像は、「furiae」より。題名は自信がない!) どういう世界なのか。
あるいは「私立PDD図書館」によると:
○[ロ神]自然の法に反する罪に対する復讐(フクシュウ)を象徴する三女神。殺人、特に近親者の殺害の罪を追及する。 「フリアイ」とも呼ぶ。
ここまでネット検索で捜していて、ようやく求めていた説明の得られるサイトを見つけた:
「エリーニュース - Wikipedia」
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[このところ半端なままに放置している草稿が多い。本稿も、11月19日頃に書きかけていたもの。やはり、アップするタイミングを探しているうちに二週間が経過してしまった。情報をもっと充実させてからアップさせたかったが、そんな時間を今の小生には見出すことは無理そう。
尚、「夢の話・二題半」なんて得体の知れない小文をアップした。
実際に見た夢の話なのだが、それが二題半というのには、事情がある。
三題になるはずが、、目覚めた瞬間には大よそは覚えていたのが、いざ書き始めてみたら、三つ目の夢が既に半ば以上は記憶の彼方に消え去ってしまったから、二題と半端になってしまったという情けない事情があるのだ。(アップ時に記す)]
← アルベルト・カイプ Aelbert Cuyp 『River Sunset』 (画像は、「Aelbert Cuyp paintings prints reproductions」より)
「オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ(前篇)」
過日、『プルースト評論選 Ⅱ芸術篇』(保苅瑞穂編 ちくま文庫)を寝床で読んでいたら、アルベルト・カイプという画家への言及が気にかかった。
プルーストの文章では褒められているのかどうか定かではないが、ある山野の風景を叙述する際に、彼(の絵)が参照される形で名が挙がるとは、少なくともプルースト(1871-1922)の生前(のフランス)においては人気があった、あるいは知名度があったということなのだろう。
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[月初め恒例の目次の記事です。先月11月一ヶ月分の目次。太字は、記事のテーマやキーワード。目次の前後の文章は、過日観てきた川瀬巴水展を巡っての日記(メモ)です。]
→ 「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」展のポスター。小生、展覧会を見終えて郷土博物館の窓口で、本展の図録を購入。その際、昨年、同じくこの博物館で催された高橋松亭展の図録がないかと尋ねた。実は年初に来た際にも訊いているが、売り切れだって言われているのだが。やはり、ダメだった。でも、この川瀬巴水展のポスターがないのかって、訊いたら、あるって! ダメもとでも確かめてみるもんだね。ちょっと嬉しかった。(但し、このポスター画像は、「あるYoginiの日常 「川瀬巴水 没後50年」展 大田区立郷土博物館」から。)
「「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」の前書きでも書いたけれど、過日、「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」なる展覧会に行ってきた。
← 「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」展のポスター裏面。(画像は、「magrittianの道程川瀬巴水 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年.」より。このブログには、「制作過程を追うことの出来る作品をご紹介」ということで、『渡邊版 「墅火止平林寺」 木版畫順序摺』の製作過程画像が載っている。必見!)
場所は「大田区立郷土博物館」である。
なんと、入場料が無料! 川瀬巴水のあの版画(実物!)を無料で観ることができたのだ。
ちなみに、今日、12月2日(日曜日)が最終日である!
「多くの世界初公開を含む約300点の作品・資料が展示されます」というのだ、見逃しては勿体無い!