2017/01/16

昨夜不意に清宮質文の世界に触れたくなって

 本年は酉年。なので、鳥に敬意を示すため、好きな鶏のから揚げや焼き鳥など、食べるの控えている。これで二週間、我慢してきたけど、そろそろ限界かもしれない。明日は、どうなる!

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← 「また来ん春… 」(中原 中也【詩】・清宮 質文【画】 玲風書房 2002年)

 実は冒頭の呟きのあと、夕方、ローソンへ行ってきた。買ったのは、夕食用にラーメンにたこ焼き。明朝用にサケ弁当。レジ近くの陳列には目を背けて、逃げるように帰って来た。誘惑、多いですね。

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2017/01/12

わけのわからないものの噴出

 明日……じゃなく、今日の朝には雪になりそう。雪のない年末年始でありがたかったけど、全く降らないのも(スキー場関係者でなくても)困るというか、富山らしくなくて心配になる。まあ、一月の半ばからが冬の本番だから、そろそろ雪が降るのが自然なんだろうけど。

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→ 画像は、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より。どこかデカルコマニー(décalcomanie)風なタッチが面白い。「デカルコマニーで制作された模様には制作者のコントロールが(少なくとも完全には)効いていない。つまり、完成した模様に制作者の「無意識」が表出していると考えることが可能になり、それこそがデカルコマニー最大の特徴と言える。また見る者によっても模様の見え方は様々であり、それが見る側の「無意識」をも示す可能性も指摘されている」という(「デカルコマニー - Wikipedia」より)。お絵かきチャンピオンさんの絵には、作家本人にも制御が及ばない無意識という名の溶岩の噴出を感じてしまう。

 ……といいつつ、やはり、雪が降るのは辛いなー。子供の頃は待ち遠しくて、降ると嬉しくて嬉しくて、普段は家の手伝いなんて命令されないとしなかったのが、雪搔きや雪下ろしだけは、せっせとやっていたっけなー。今は、除雪なんて、シジフォスの神話のように不毛に感じるだけ。

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2016/09/22

鏝絵を芸術の域にまで高めた竹内源造

 雨の中、暇の徒然に車中でふとテレビを見ていたら、「鏝絵(こてえ)」を紹介していた。
 というより、竹内源造(1886~1942)という名の、小杉左官の名工の作品を紹介していたのだ。
 全くの初耳、初見である(と思う)。

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→ 千光寺は、「閻魔像を安置する寺としてもよく知られる」とか。閻魔さまは、「日本の仏教においては地蔵菩薩の化身とみなされ同一視されている」らしい。これは、源造の作品ではない。 (画像は、「千光寺 (砺波市) - Wikipedia」より)

射水市|公共施設一覧|竹内源造記念館」によると、「鏝絵とは、建物の壁や天井の装飾として、左官が壁を塗る鏝(こて)を用いて絵や模様を浮き彫りにしたもので、使用する材料から漆喰彫刻ともいわれてい」るとか。
「竹内源造は、小杉左官の中でも卓越した技術と芸術性を持ち、県内外の土蔵や寺社、企業、役所等に数多くの作品を残しました」という。

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← 「千光寺の土蔵」 黒漆喰土扉には、「松と鷹」を描いた源造の鏝絵がある。高肉彫りの手法が取られている。

竹内源造記念館|竹内源造の生涯と作品」によると、「源造は東京の帝国ホテル(初代)や中国大連の銀行建物など、国内外を代表する建築物に携わる一方、富山県内の施設・民家の土蔵・絵馬など幅広い作品を残しました」とも。
「竹内源造記念館」には、「アカンサス模様の装飾鏝絵」や、日本最大の鏝絵作品である「「双龍(そうりゅう)」、「壁面から60センチメートルにわたって盛り上げた技術は、現在復元することができないとされてい」る、「鳳凰の装飾があ」るとか。

 さらには、「目にガラスをはめる「玉眼(ぎょくがん)」の技法が取り入れられてい」る、「射水市二口にあった旧家の洋間を飾っていた唐獅子」なども。

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→ 「千光寺の観音堂」 「檀家の村人たちが寄進した扁額があ」るとか。「鏝絵細工を探す旅 ~ 黒漆喰を巧みに使い色彩効果が際立つ千光寺の蔵(富山県砺波市) 職人の遺した仕事」によると、「扁額を制作したのは竹内源造で、檀家の人たちが千光寺の土蔵に描かれたみごとな鏝絵に感動し、源造に制作を依頼したという扁額」だという。

 番組によると、源造作品を多く見ることが出来るお寺として、「千光寺(せんこうじ)」が紹介されていた。
千光寺 (砺波市) - Wikipedia」によると、「千光寺は、富山県砺波市にある真言宗の寺院」で、「開基は大宝3年(703年)といわれ、安居寺(南砺市)とともに砺波地方でもっとも古い寺とされる」とか。
 また、「浄土真宗の多い富山県にあって真言宗の寺院は珍しく、その中でも特に古い伝承と多くの寺宝を保持しており、越中真言の古刹として著名である」らしい。

鏝絵細工を探す旅 ~ 黒漆喰を巧みに使い色彩効果が際立つ千光寺の蔵(富山県砺波市) 職人の遺した仕事」によると、「一時は、皇室の勅願所として隆盛を極めましたが、永禄年間(1558-70)に越後の上杉謙信勢の兵火ですべて焼け落ちました」とか。

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← 千光寺の土蔵で見ることが出来る、鏝作品「丹頂鶴」。テレビでも紹介されていた、番(つがい)の鶴は、浮彫風で、迫力がある。 (画像は、「鏝絵細工を探す旅 ~ 黒漆喰を巧みに使い色彩効果が際立つ千光寺の蔵(富山県砺波市) 職人の遺した仕事」より)

 さらに同上のサイトによると、「観音堂に檀家の村人たちが寄進した扁額があります。扁額を制作したのは竹内源造で、檀家の人たちが千光寺の土蔵に描かれたみごとな鏝絵に感動し、源造に制作を依頼したという扁額です」とある。

 千光寺の存在も、鏝絵を芸術の域にまで高めた竹内源造なる人物のことも、昨日、たまたま視聴したテレビで初めて知った。地元・富山の人はみんな知ってるのだろうか。常識なのだろうか。
 我が郷里の富山のことなのに、まだまだ知らないことがいっぱいありそう!

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2016/09/20

クレーの無垢なる世界

 寒い! ついこの間まではパンツ一丁だったのに、夕べはとうとう長袖のシャツを羽織るように。季節は奈落の底へ落ちるように、秋へ、冬へ!

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→ パウル・クレー(Paul Klee)『Nachtfaltertanz』(1923) (画像は、「クレー「綱渡り師」 - 足立区綾瀬美術館 annex」より) 

 ある本を読んでいたら、興味深い線画を見つけた。どこか、弥生式の壺か甕に刻まれた、人間か動物の絵を彷彿させるような絵。
 ネットで同作品を探したが見つからない。
 ただ、その最中、「綱渡り師」に再会。

 実は、小生の寝室には、もう、二十年以上、パウル・クレーの「Seiltänzer(綱渡り師)」(1923)の絵(複製画)を額に入れて飾っている。この絵を観ながら創作を試みたことも。

 欧米の画家の中では、パウル・クレーの絵が一番、好き。
 極度に抽象化されているようだが、その実、親しみやすさというか、親近感のようなものを抱かせてくれる。
 何処か、なつかしい。天使が舞い降りて、クレーの絵の中で息づいているようだ。

 ある本というのは、クレー著の『造型思考(上)』である。
 クレーなりに、懸命に造型理論を語っているのだが、小生にはどこか空回りしているように思えてならない。
 というか、理論の書じゃなく、ある種の詩文、モノローグに感じられてしまうのだ。

 むろん、自分の理解力、咀嚼力の不足がそういう印象を抱かせるのだろう。
 
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← 「蛾の踊り」 (原題 Nachtfaltertanz 英題 Dance of the Moth) (画像は、「パウル・クレー展 時間の無駄遣い」より) たぶん、冒頭と同じ作品だと思うが、色調が随分と違う。

 でも、クレーが一端、彼の理論(なるもの)によって(かどうか)絵を描き始めると、ほんのちょっとでも、線が刻み始められると、そこには理論(理屈)などを遥かに超えて、絵としての生命が息づきはじめ、どんな理屈よりも雄弁に天使の世界を印象づける。

 常識や世間的制約に雁字搦めとなったそんじょそこらの人間には、夢の中ですら手の届かなくなった、天使の世界、純粋無垢な世界、学校や大人に汚される以前の幼子の世界が、忽然と、でも厳然とそこに現出させてくれる、それがクレーなのだ。

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2016/08/01

セザンヌは苦手

 今日は休み。といっても、仕事から帰宅したのは、未明の二時を過ぎていて、ようやく起き出したのは、昼過ぎだった。

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← ロジャー・フライ【著】『セザンヌ論―その発展の研究 (新装版)』(二見 史郎【解説】/辻井 忠男【訳】 みすず書房)

 遅い昼食(朝食?)を取って、一休みしたあと、作業着に着替えて、炎天下、庭仕事。汗だくになって。
 作業を始める前、畑で野菜を収穫。ナス、キュウリ、トマト。これらは、知り合いにあげた。
 ただし、スイカは、冷蔵庫に。冷えたら食べるよ!

 昼食(朝食)後、軽く読書。先日来、読み続けてきた、ロジャー・フライ著の『セザンヌ論―その発展の研究』を読了した。

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2016/07/14

山本 じん……化粧以前あるいは少女幻想

 女と化粧は、一生、切っても切れない関係を結ぶ。

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← Satoshowによる呟き:「Satoshowさんのツイート その昔、一緒に暮らしていた女性から、怖いから片付けて欲しい、と懇願され、以後押入れで眠り続けていた、山本じん氏のドールを発掘する。 1980年代末期に作者御本人から購入させていただいた一品。 改めて(マ・クベ風に)これ」 「山本じん - Wikipedia」など参照。
 
 現代では、化粧は女性の専売特許ではなくなりつつあるが、それでも、依然として女の特権であり続けているし、これからは一層、特権を享受し、執心していくに違いない。

 少女とは、化粧を施すことを覚える、化粧の魔力を知る間際の、そう、おんなの世界への瀬戸際の、ほんの一時期にのみ成立する、魔法の具現という奇跡の一瞬なのではないか。

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2016/06/16

正常なる幻想 異常なる明晰

 車中では、ジャン・ジュネ作の「花のノートルダム」を、家ではマルタン・モネスティエ著の「図説 奇形全書」や「シュレーバー回想録―ある神経病者の手記」 (平凡社ライブラリー)を読んでいる。

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← カトリーヌ・ランヴァゲン(Cathrine Langwagen)「Elements – Fire 」 フリーランスデジタルアーティスト、あるいはグラフィックデザイナー。 スウェーデンで生まれ育つも、二十歳代には、世界中を旅してまわり、今は英国に定住している。「Cathrine Langwagen Wiki BoardGameGeek」や、「Cathrine Langwagen's Image Gallery - Digital Artist」など参照。

 いずれも、心身共に危うい世界。
 ジュネの「花のノートルダム」も、ひたすら負の倫理の極を目指すことで、美と真の闇の方向への美を極めていいる。「図説 奇形全書」は、基本的に実際の世界で生きた奇形(アンチモラル的存在も含め)を信ぴょう性のほどは不明ながらも、際物視せずに淡々と(?)と羅列していく。

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2016/05/31

失われた天使 それとも 堕ちた天使

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→ 作者名・作品名は分からない。ツイート「八重樫克彦・由貴子さんのツイート 「人間のあいだには金色のオーラを持った天使たちがいてね」老婆が教えてくれた。「あんたのようなお嬢ちゃんを探しているんだよ。あんたらは死者をあの世へ導くエジプトのアヌビスみたいなもんだから」『失われた天使』ハビエル・シエラ」にて発見遭遇。

「リトアニアの画家チュルリョーニスの《前奏曲とフーガ<天使>》」だとか。「八重樫由貴子さんに教えていただきました。 「ミカロユス・チュルリョーニス - Wikipedia」参照。(2016/06/01 追記)

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2016/04/28

ニコライ・レーリッヒの孤高の境涯

 今日は、休日なので、庭仕事や畑仕事をしたかった。滞ったままで、昨日、少しはやったけど、まだまだやることがたくさんある。
 でも、前夜来の雨。それも、終日。

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→ ニコライ・レーリッヒ(Nicolas Roerich)作 (画像は、「∞山田みきのおむすびっ記∞ バイクでニコライ・レーリッヒ@Manali3」より)

 仕方なく、今日は、家の中を掃除。久しぶりに掃除機を使って、5つの部屋や寝室、茶の間、廊下や玄関を掃除。
 掃除機を使ったのは久しぶり。大抵は、モップだったり、ダスキンだったり。

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2016/03/05

アズールの空

 ピエロの魂で生まれてきた。

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→ 「ラピスラズリ」 (画像は、「アジュール - Wikipedia」より)

 放り出されるようにして、光の世界に迷い込んだ。
 熱く赤い闇から蒼白の海へと。

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