2009/08/25

永田耕衣の禅味俳諧へ

 今日8月25日は、俳人の永田耕衣の命日である(1900年生。1997年死去)。
 といっても、小生は永田耕衣(ながたこうい)のことは名前を仄聞していること以外、何も知らない。

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← 自伝的評論集『耕衣自伝-わが俳句人生』(沖積舎)

 本ブログは、実際には季語随筆を謳って始めたようなもの。
 04年の9月初めから始めて、最初の2、3年は、それらしいことを書き連ねてきたが、次第に季語を巡る連想を働かす想像の翼も感性の刃も息があがってしまい、逆にこの2、3年は、思い出したように季語随筆を綴るだけ。
 たまにはらしいことを綴っておく。

永田耕衣 - Wikipedia」によると、「日本の俳人、評論家」とあって、詳しく履歴(経歴)などを記載してあるが、特に何をしたという記述がない。
 いや、いろんな活動は活発に行なっているし、句作もほぼ晩年まで続けている。
 ただ、世に、永田耕衣というと、こういう人と、紹介できる、特筆すべき項が素人の小生には分からない。

 永田耕衣とは、一体、どういう人物なのか。

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2009/08/01

「新じやがいもころころ転び名は男爵」村山古郷の周辺

 今日は村山古郷(むらやま・こきょう)という俳人の命日(1909年6月19日 - 1986年8月1日)である。
 といっても、小生は彼に付いて、何も知らない。

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← 村山 古郷 (著) 『昭和俳壇史』(角川書店) (画像は、「Amazon.co.jp: 通販」より)

 これでも、季語随筆のサイトとして、このブログを立ち上げたもの。
 少しは俳句に関係する話題を採り上げたい。

村山古郷 - Wikipedia」によると、以下のようにあるだけ。あとは著書が掲げられるだけで、俳人なのに、句が一つも載せられていない:

京都府生まれ。本名・正三。國學院大学国文科卒。中学教師を務めていたが、1941年、日本郵船に入社。内田百閒に師事し、鴨立庵第二十世庵主。俳誌『嵯峨野』を主宰、俳人協会理事を務めた。1978年、『明治俳壇史』で芸術選奨文部大臣賞受賞。

(転記文中に、「鴨立庵」とある。西行が一時、住み、「心なき身にもあわれは知られけり鴨立澤の秋のタ暮れ」をこの庵で詠んだとも言われる、「鴨立庵」。「鴨立庵」で風情・外見を見てもらうとして、村山古郷は、その第二十世庵主だったわけだ。)

 ネットでは、彼に付いての情報はあまり見つからない。

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2009/06/11

ドクダミや二つの顔ではびこれり

 我が家の庭や畑。
 日々、見回っているのだが、このところ気づくのはドクダミの群生。

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→ 愛らしいドクダミの<花>の風情。

 最初は納屋の向こう側に僅かに残る畑の隅っこに一叢の群生を見かけるだけだった。
 近所の方が、畑の隅を借りる形で、ドクダミを植え育て、ドクダミ茶を作っていた。
 その方は、高齢で(我が母より年上)、もう、育てられないし、体の都合もあるので、ドクダミ茶を飲むのも、お医者さんに止められているという。
 もう、自分では面倒を見切れないので、後のことはお任せします…。

 その一坪にも満たないようなドクダミの一叢を引き継ぎ、ドクダミ茶を作る…というのなら、まことに風流且つ前向きな話だが、何事も長い目で見たり育てたり、まして手の込んだ営みを敬遠する嫌いのある小生、昨年、あとを引き継いだものの、ほったらかしにしたまま、一年が過ぎた。

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2009/04/11

綿きせて鉢の小菊をいとほしむ  水落露石

 水落露石という名の俳人の、今日4月10日(このメモ書きがアップされる頃には昨日になってるだろうが)は命日である(1872年3月11日生まれで、1919年に47歳で亡くなられている)。
 といっても、小生は名前さえ、今日初めて知った方。

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→ 『露石句集』(装丁・君嶋真理子 解説・坪内稔典 ふらんす堂) 「2009.1.30刊行」というから、出たばかり!

 俳人とある以上、まずは作品を鑑賞してみたい。

 ネット検索しても、句の載っているサイトにはなかなか出合えない。

 最初に見つかったのは、「4月「魚島(うおじま) とびきりの桜鯛をやりとり」 Food Library - くいだおれ大阪 食のライブラリー」なるブログで、「水落露石が魚島の鯛を詠んだ句」ということで、以下の句が載っている:

鯛料る春の灯や臺所   露石

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2009/02/01

碧梧桐忌…寒明忌

 ある記事で2月1日、つまり今日が「寒明忌」だとあった
かんあけき」と読むらしい。

 寒明……寒が明けた日……忌日。
 まるでピンと来ない。

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← 東京在住の時、最後の8年に渡って使っていたマグカップ(と同型のもの)。父母らが上京した際(かの曙関が当時の新高輪プリンスで結婚した年に買った。そのホテルで食事しようとしたら、披露宴に多くの人たちが次々にやってくるのだった)、高輪・泉岳寺の門前にある小さな土産物店にて小生が買ったら、母(父?)も真似して買った。小生のものは、数年前、落として取っ手が剥がれてしまった。それでも、愛着があって、取っ手をアロンアルファでくっ付け、使い続けたのだ(「無精庵投句の細道駄句拾遺」参照)が、昨年の帰郷(引越し)の際に、他の家庭用品などと共に廃棄してきた。…でも、郷里には母(それとも父)が買っていた同じものが全く手付かずのまま安泰。普段は、父母らと同じような形の湯呑み(ぐい飲み)を使っているが、一人でのんびりする時は…一人暮らしの時の習性だろうか、このカップを使ってしまう。夜半、父母の咳(しわぶ)く声など寝所の襖越しに聞きながら、一人、このカップを手に静かな時を過ごす。

 襖戸や父母のしわぶく冬の夜

 だが、そのサイトの文面には「碧梧桐忌,寒明忌」とある。
 1行下には、「俳人・河東碧梧桐の1937(昭和12)年の忌日」とも。
 ということは、「寒明忌」とは、「碧梧桐忌」のことであり、つまりは、河東碧梧桐(かわひがし へきごどう)の忌日のようである。

 冬のせいか、それとも、これが小生の通常の調子なのか、これだけのことに気付くのに、結構、手間取ってしまう。

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2008/12/25

寒雀身を寄せ合って春待つか

 つい先日(月曜日)の朝、朝食の片付けをしていて、ふと外を見たら、柿の木に小鳥が群がっている。
 観ると、スズメたち。
 民家からは幾分、離れた見通しのいい場所に1本の柿の木がある。
 昔は我が家の庭の隅っこにあったものが、他人様の土地に植え替えられたものらしい。
 もしかしたら、我が家の先祖が今の土地に引っ越してきた際、植えた2本の柿の木のうちの1本なのかもしれない。

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← 寒雀身を寄せ合って春待つか

 以前も書いたが、父の祖父が本家から分家してきた時、庭などに2本の梅の木、2本の柿の木、などなどを植えたとか。
 梅の木は1本、ほとんど死にそうな状態だけど、辛うじて残っている。
 柿の木は、1本は土地を売った先の家の庭の隅にあることに、過日、気づいた。
 そして、もう1本が画像にあるもの。もう、その元は田圃だった畑は、やはり人の手に渡ってしまっている。
 なので、先祖様たちが眺めてきただろう柿の木は、生き延びてはいるが、我が家の敷地にはもう1本も残っていないことになる。

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2008/11/16

建部巣兆…句画でこそ成る俳趣

万感胸に…読書拾遺」の中で、磯辺勝著の『江戸俳画紀行  蕪村の花見、一茶の正月 』(中公新書 1929 中央公論新社)をメモ程度に紹介しつつ、「時間を作って、(扱われている俳画の人物たちのうちから)誰か一人か二人くらいは拙ブログで採り上げたいものだ」と書いている。

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← 本書から「建部巣兆「雪明り」句自画賛 柿衛文庫蔵」の画像を小生が撮影したもの。雰囲気だけでも味わってもらえる…かしら? 本書の感想を書いてくれている、「読書・俳句『江戸俳画紀行』(磯部勝著) - (新)緑陰漫筆」には、この絵のもっと鮮明な、しかもカラーの画像がある。

 俳画については、好悪相半ばするところがある。
 好きでもあり嫌いというか、ワンパターンというか紋切り型の臭みを感じることもある。
 まあ、ぶっちゃけたところ、枯れてもいないくせに(俗臭プンプンなくせに)、妙に枯淡の境を気取っている…ような。
 偏見に過ぎないのだろうが(た、多分)。

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2008/08/19

長谷川春草…独り居の夏になりゆく灯影かな

 今日8月19日は、俳人の長谷川春草(はせがわ しゅんそう)が生まれた日
 せっかくなので、現今にあって、彼の存在や句がどれほどのものなのか、ネットでちょっと調べてみた。
 すると、想像以上(失礼!)に彼の句が愛されていることを知った。
 
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← 作家・田川未明さんの手になるメッセージ入りフォト(田川未明さんのOfficialWeb:「mi:media」)

 長谷川春草とはいかなる人物であり俳人なのか。
 まずは、「私立PDD図書館」を参照し、簡単に紹介しておく:

1889. 8.19(明治22)
1934. 7.11(昭和 9)
◇俳人。本名は金太郎、通称は金之助。

 より詳しくは後述する。

 俳人なのである。とにかく句の数々を楽しんでもらおう。
 いずれも滋味溢れる佳句である。今も忘れられた存在でないわけだ。
 ある程度、年を重ねたほうが彼の世界に馴染みやすいかもしれない。
(リンクのURLは、句を見つけたサイトを示す。が、大概の句は複数のサイトで引用されていた。人気ぶりを示すものといえるのでは。)

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2008/08/08

蟻の列の延々と

 宮崎駿監督作品(「崖の上のポニョ」)がまたまた評判を呼んでいるようである。
海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいと我儘をつらぬき通す物語」だとか。
「海を背景ではなく主要な登場人物としてアニメートする」とも!

 過去の作品をチラッと見ただけだが、動物ともいえない主人公が活躍する世界はまさにファンタジーワールド。
 欧米にだってファンタジーワールドを描いた作品はあるが、どうしてもキリスト教的世界観の教訓めいたものがプンプンしていて、からなずもその世界に何処までも親しめるわけではない…と小生は感じる。
 その点、宮崎駿ワールドは、山川草木・森羅万象全てに神々というか魂の息衝いているのを嗅ぎ取っている。作品を素直に鑑賞すれば、日常を表面的に素通りしていては感付くことのできない、水面下の豊かな世界へすんなり誘ってもらえそう…な気がする。

 でもまともに見たわけじゃないので、印象に過ぎないし、さっさと話を先に進める。

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2008/07/21

アオガエルは瞑想を誘うけれど

 土曜日の夕方近く、庭の畑に水を撒きに行った。ついでにナスやキュウリなどが成っていたら収穫しようと思っていたら、意想外の成果。
 というのも、前日にも取れるだけのものは取ったので、さすがに連日は無理だろうと、それほど期待はしていなかったのである。

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← 畑に育っていたグラジオラス。白色や黄色や青色の花々を長い茎をそのままに十本ほど摘んで、茶の間や玄関に飾ったけれど、みんな涸れて、残るはこの一本。部屋が暗いので、花が貧相に見えるけれど、実際は綺麗な黄色。

 野菜に限らず植物の生命力は凄い。カンカン照りだったり夏の夕立の襲来だったり、昆虫や土中の微生物との共生と競合。
 小生、畑仕事は全くの素人。近所の人のを見よう見真似だったり、父母の話を受け売り(したいが、大概、右の耳から左へと流れすぎる)だったり、理解が浅いか間違っているようで、我が畑は野菜より雑草のほうが遥かに目立つ。

 それというのも、除草剤の使い方が分からず、及び腰に春先に散布しだだけなので、野菜も育つがそれ以上に雑草天国。

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2008/07/19

団扇に絡むエトセトラ

 夏である。未だ、梅雨明け宣言が出たわけではないし、未だ晴れの日が続くような気圧配置になっているわけではない。
 でも、最低気温が25度ほど、最高気温が32度の日が続いたりすると、夏と思いたくなる。
 いや、思いたくはないが、そう感じるしかない。

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→ 「丸亀のうちわ」(105.露草ホタル 100本 裏面・黒一色名入れ加工) 「手貼り  竹の骨、竹の持ち手 裏の柄が透けて見えてい」る。(画像は、「丸亀の名入れうちわと丸亀の団扇の通信販売」より。)

 小生、今春、富山に帰郷した。
 帰郷したはいいが、いよいよ恐怖の夏の時期を迎えてしまった。
 何が恐怖って、小生の居住する部屋、寝泊りする部屋にはエアコンがない。

 そもそも、家屋自体が古くなったからなのか、隙間風が凄い。
 冬は寒く、夏は暑い。冬は冷たい風が、夏は熱い風が容赦なく吹き込んでくる。

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2008/07/11

蜘蛛の巣をめぐるエトセトラ

蜘蛛の囲(蜘蛛の巣)」という季語がある。
仲夏(太陽暦6月、旧暦5月)」の時期の季語(動物)のようだ。
 俳句の上では既に時期はずれということになる。

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← 約30枚ほど自宅の庭で見つけたクモの網を撮ったけど、クモの糸の撮影は難しい。風が吹いていて糸が揺れるのも困難だった一因。

 ただ、やはり先月辺りから自宅の周辺もクモの巣が目立つようになってきた。
 クモの動きが活発になってきたのをまさにクモの巣の多さで気付かされる。
 三月に帰郷して以来、自宅の内外ともに暇を見つけては歩いて見て回る。
 春先にクモの巣を見つけた時は、我が家の軒先などに巣を張るなんて、けしからんとばかりに、目が付くたびに竹箒や竹ざおなどで巣を突っついたり破いたりした。

 しばらくはそんなに目立つこともなかった。

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2008/07/09

「短夜」のエピソード

 梅雨もそろそろ終わりに近付いているのだろうか、昨夜はことのほか雨が激しく降った。
 しかも、夜半を過ぎてからは雷鳴も長く轟き続けた。
 小生が就寝しようとしたのは、そろそろ一時を過ぎようという頃。
 明かりを消して真っ暗な中、寝入ろうとしたのだが、間もなくゴロゴロというかドンドンというのか、なんだか胸騒ぎのするような音が喧しい。
 もしかして遠からぬ場所にある(化学)薬品工場がまた何かの爆発事故を起こしたのか…。
 そんな悪い懸念もあったりする。

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← 撮影が下手で、これでは雷雨の光景だとは分からない(文末を参照)

 小生が小学四年生の時、夏の終わりというか初秋と呼ぶには早い頃、実際に薬品が大量に漏れ出す事故があったのである
 塩素系の強烈な匂いが地域一体に蔓延し、病院に担ぎ込まれた人も少なからずいた。
 当時は富山では大きな事件・事故であった。多分、全国に報道されたに違いない。
 小生も喉が塩素ガスにやられ呼吸が苦しくなったものだった。
 病院嫌い(というより怖い)だし、シャイな人間なので喉の苦しさをただ我慢していた。

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2008/06/26

「田中良平…枝葉の先にも命あり」アップ

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田中良平…枝葉の先にも命あり」アップしました。

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2008/06/24

「風天」の渥美清さん

渥美清さんの173句見つかる、俳号「風天」で心情生き生き」 ( 「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」より)という記事をたった今、ネット上で読んだ。
(記事の内容は、末尾に全文とはいかないが転載する。)

9784903175171

← 『風天 渥美清のうた』(森 英介, 石 寒太:解説 発行:大空出版

 渥美清さんのファンなのか、それとも、「男はつらいよ」の寅さんのファンなのか、自分でも分からない。小生は既に彼に付いて(というより彼への思い入れというべきか)は、幾つか雑文も書いている(末尾で示す)ので、本稿では彼の句の紹介に留めておく。
(「風天(フーテン)」という言葉(俳号)については、拙稿「風天居士…寅さん」にやや詳しく書いた。)

 見つかった句の全貌は分からない。「発見された全句を収めた「風天 渥美清のうた」(大空出版)は、27日発売される」というから、それを待つことにする。

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2008/06/04

「芒種」のもどかしさ…

 関東甲信越は今日(2日)、梅雨入り宣言が出た。
 我が富山など北陸地方も間近なのだろう。
 せっかくなので今頃の時期に合う話題を少し。
 採り上げるのは24節気の一つ「芒種(ぼうしゅ)」である。
 たまたま昨日だったか、あるサイト(「自分磨き日記「6月--芒種」」)でこの言葉を見かけたこともあり、気になっていた。

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← 04年(稲作を止めた翌年!)の5月に撮影。

 去年(こぞ)の田は夢かとばかりに舞うトンボ


芒種(ぼうしゅ)は、二十四節気の1つ。6月6日ごろ。および、この日から夏至までの期間」だという。
二十四節気の説明(平成20年・2008年)」によると、「陰暦5月の節で、芒種の節ともいい、陽暦の6月5日か6日。芒種というのは稲や麦など穂の出る穀物の種のことをいう。種播きの時期で、農家は田植えに追われる」とあり、6月5日か6月6日ごろの「芒(のぎ : イネ科植物の果実を包む穎(えい)すなわち稲でいう籾殻にあるとげのような突起)を持った植物の種をまく頃」だという。
 尤も、「実際には、現在の種まきはこれよりも早い」ようである。

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2007/12/28

富田木歩の周辺

 今日は一挙に二つの記事をアップ。
 一つ目の「アルトドルファー追記」はすでに未明、アップ済み。以下は、今日の第二弾だ。

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→ 版画「富田木歩」(昭和38年作・吉屋信子「墨堤に消ゆ」 小説新潮) (画像は、「版画「富田木歩」」より) 「墨堤に消ゆ」は吉屋信子のエッセイで、富田の句をいろいろと紹介している。この版画は、(小生の推測では)このエッセイに付せられたものなのだろう。『鬼火・底のぬけた柄杓 吉屋信子作品集』(講談社文芸文庫/2003)に所収となっているようである(本書については下記する)。

 さて、一昨日、「紙魚・白魚・雲母虫・本の虫」なる記事を書き綴っていて、あれこれ調べる中で富田木歩(とみたもっぽ)という俳人の存在を知った:

 ネットで紙魚という季語を織り込んだ句を探してみたら、下記の句が見つかった(「落葉のささやき 富田木歩 その6」にて):

なりはひの紙魚と契りてはかなさよ   富田木歩

 富田木歩なる人物は小生にとっては未知の方である。
 下記のサイトが非常に参考になる:
書評 (中島) 「鬼気の人 ー 俳人富田木歩の生涯」
 大して長くはない。一読することを願う。


「なりはひの紙魚と契りてはかなさよ」という句の中の「紙魚」、さらには「契り」に、いかに切ない、断腸の思いが篭っているか。それは彼の生涯を知れば自ずから分かるだろう。

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2007/12/26

紙魚・白魚・雲母虫・本の虫

 ふと、「紙魚」という言葉が思い浮かんだ。
 何故だろう。何故、唐突にこんな言葉が浮んできたんだろう。
 それほど考える必要はなかった。
 数日前、部屋の中の本の大半を処分したからだ。
 漫画の本を除くと、図鑑を含め本と呼べるものを買い始めたのは小学生の終わり頃からだったろうか。

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→ 過日、処分した本の一部。床に積んだ書籍の山の背後には図録が棚に納まっている。全てが消えてしまった。

 そう、本らしきものを読み始めたのは低学年の頃からだった。
 ガキの頃は近所に貸本屋さんがあって、ほぼ毎日、通っていた。
 借りるのはほとんどが漫画の本だったが、段々そこに所謂本が混じってくる。
 どんな本を借りたかは覚えていないが、小学生の高学年の頃から中学にかけては、SF関係の本が多かったように記憶する。
 というより、SF(空想科学)関係の本を読んだ記憶しか残っていないのである。文学関係の本は中学の終わり頃からようやく手が出始めたし、科学(の啓蒙)本は、そんなに冊数を読むわけではないし、図鑑に近い、挿絵(写真)の多いものを求めていたので(あまり活字が細かいとか多いと敬遠していた)、そういった傾向の本は貸本屋さんにはなく、特別にお小遣いを貰って、町の本屋さんで買い求めたのだった。
 記述をどれほど理解できたかは心もとないが、当時から挿画(写真)には魅せられていた。写真や挿絵で空想を逞しくするほうが好きだったように思う。

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2007/12/23

髪は長~~い友達

 考えてみれば不思議なことかもしれないけれど、考えないので不思議ではないことっていろいろある…多分。
 人の髪って、何処まで伸びるのか。
 考えたことのある人は結構いるのではなかろうか。

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→ 我が守り神である白猫さんの、在りし日の雄姿。3年前までは近所で見かけたのだが…。毛並みの話なので、久々に登場願った。懐かしい!

 三面記事なのか社会面の隅っこ、あるいは世界の珍しいニュースということで、何メートルも髪を伸ばし続けているひとのことを、時折、テレビそのほかで見聞きする。
 で、ついでながら、やはり誰しも考えたことがあると思うが、少なくとも酒の席か暇の徒然のお喋りのネタとして、腋毛やあそこの毛はどうなのかってことも、疑問として論議(?)されてきたことと思う。

 腋毛は、髪の毛のように伸び続けることはないのか。
 胸毛とか下(しも)の毛などは、伸び続けるようにはなっていないのか。

 あるいは、腋毛にしても胸毛にしても下の毛にしても脛毛(すねげ)にしても、本来的には伸び続ける素質(才能? 可能性?)があるのだが、生憎と、人類が衣服を着用するようになり、日陰の存在のように押し隠されてしまって、出る杭は打たれるではないが、伸びる髪だが邪魔なので衣服や肌に擦れて縮れ、あるいは日陰の身であることで世を儚んでいじけひねくれて、伸びるものも伸びることはないのか。

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2007/07/07

車内はラジオ三昧です!

 昨日は営業の日。よってラジオ視聴者になる日。
 ってのは冗談だが、自宅ではあまり聴かないラジオに耳を傾ける日であることは確か(空車の場合に限る)。
 ラジオでいろいろ話を聴いたり、いろんな音楽を耳にしたりする。

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↑ 「仲道郁代Official Website」参照。

 音楽では、ソニー・ロリンズ やジリオラ・チンクェッティの曲を久しぶりに纏めて聴けたし、アメリカが終戦間際になって慌てて原爆を投下したのは何故か、近年のアメリカの有識者の間でほぼ共通の見解になりつつあるという見方を聴くことができて興味深かった(少なくとも久間元防衛省長官がアメリカ軍の代弁者の如く語った見解や、一昨日だったかアメリカの高官が語った見解とはまるで違う)。

 また、番組名は忘れたが(調べたら、「ビュッフェ131」だった。聞き手は、音楽評論家の黒田 恭一氏)、ピアニストの仲道郁代さんへのインタビュー、そして演奏を聴くことができた。演奏はFMで以前、聴いたことがあったような気がするが、はっきりしない。

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2007/07/06

雫垂る木槿の面に空映し

 最近、方々で何故か出会う花(木)がある。
木槿 (むくげ)」である。
子供のお使いでした!」で自分で撮った画像を載せているし、「試験より健診結果が心配でした」でも「木槿 (むくげ)」の画像を載せている。

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← 7月2日、都内某所にて。晴れ。

 しかし、正直、自分では花(木)の名前は自信がない。
 事実、「試験より健診結果が心配でした」で載せた花は「夾竹桃(きょうちくとう)」ではないかという指摘を受けたりして、小生、オロオロするばかり。
[7日追記:「夾竹桃(きょうちくとう)」と教えてくれたのは、「試験より健診結果が心配でした」で載せた四つの花の画像の最後の画像の花(木)の名前だということでした。なるほど!]


 道端に咲く草花の名前を見ただけでパッと言い当ててくれる人は、ひたすら尊敬する。そうした生き物への愛情なのだろうけれど。
 そもそも草木へ名前を付すのは人の勝手な仕儀に過ぎないのだろうし、名の知れない雑草だって数知れずあるわけで、要は、生きとし生けるものを愛せばそれでいいじゃないかという考え方もあるとは思う(若い頃は小生もそう思っていた)。

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2007/06/28

時計草明日は会えると信じてる

時計草 (とけいそう)」という花があることを、あるサイトで初めて知った。
 その頁には花の画像が載っていて、鉄線か時計草かと疑問形で名称が示されている。
 鉄線(花)は以前、ブログでも扱ったことがある。って言うか、まあ、他の話題を採り上げる過程でついでに調べたという程度だったが:
季語随筆日記拾遺…タクシー篇-無精庵越中節

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→ 6月26日の午後、そろそろ小ぬか雨も上がり始めた頃合、皇居の脇で信号待ちとなったので、ちょっと撮影。

「鉄線(てっせん)」、別名、「クレマチス」(あるいは「風車(かざぐるま)」)については、今日は扱わないので、画像と共に教えてくれる頁を示しておく:
クレマチス」(ホームは、「季節の花 300」)

 さて、「時計草 (トケイソウ)」(ホームは、「季節の花 300」)のこと。
(画像は、「Dog's breakfast 時計草」が凄い!)

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2007/03/07

箸のこと端までつつき橋架けん

 昨夜、NHKラジオ第一の「ラジオ深夜便」で、箸の話(インタビュー形式)があった。
 どうやら、「箸作りから箸遣い」という題名で、インタビューを受けているのは、箸製造業の浦谷兵剛氏のようだった(聞き手は、須磨佳津江さんだったかどうか、心もとない)。
 箸は、日本固有の文化ではなく、東アジアに広く共通する文化で、今や、日本食などの海外への普及もあって、欧米にも広まっている。

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→ 今日のテーマは箸! 「はし」つながりというわけではない(こともない)が、橋の上からの光景。2月28日、港区の札の辻なる橋である。ここからの東京タワー方向の眺めも絶景?!

箸 - Wikipedia」によると、「世界の約3割の人が、箸で食事をしているとの統計もある」とか。
 箸が日本固有の文化ではないとしても、箸(や御飯茶碗)については、箸の形も含め日本特有の習慣めいたものはある。
 一番、日本の特色となっているのは、「古来から日本の家庭の箸の使い方で特徴的なのは、属人器であり、各人の専用の箸(茶碗も)が家庭内で定められていることである」という点だろう。
 小生は東京では一人暮らしなので、箸もスプーンも割り箸も何もかも、我輩のもの!
 けれど、既に離れて数十年となる郷里の家には今もマイ箸がある!

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2007/02/28

お寺の鐘が鳴ると胸が疼く

 明治は遠くなりにけり、ではないが、小生にとって学生時代は遥か昔のことになっているような気がする。
 ひたすら懐かしいばかりである。
 まして、小学校や中学、高校となると、夢のようでもある。
 いろいろ脳裏に思い浮かぶことはあるのだが、ふと、思い出されるのは始業・終業時間を告げるチャイムの音。そして懐かしい馴染みのメロディ。
 この音は、学校の傍を通りかかったり、あるいはテレビのドラマで学校のシーンが登場すると、その雰囲気を醸し出すためだろうか、格好の小道具としてチャイムの響きがメロディと共に流れてくる。

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→ ミレー 「晩鐘」 「鐘の音色に合わせ、死者へ祈りを捧げる農夫婦。本作は、夕刻の畑で、鐘の音に合わせて死者のために天使の祈りをするように祖母から教えられた、ミレーの幼い頃の思い出から描かれたとされている」(「ミレー-晩鐘-」より)

 あのメロディには当然ながら原曲があり、曲名もある。
 さらに、作曲者も分かっている。
C&K Kompany」の中の「学校でお馴染みのあのチャイムはオルガン曲」によると、原曲はオルガン曲であり、曲名は「[Pieces de fantaisie pour orque Op.54/Carillon de West minster]...「幻想的小品 ウエストミンスターの鐘」であり、作曲者は「ルイ・ヴィエルヌ(Louis Vierne 1870-1937 )」なのだとか。
学校でお馴染みのあのチャイムはオルガン曲」では、この曲が戦後、日本の学校現場で採用されるに至った経緯と同時に、7分以上あるというオルガン曲も聴くことができる!

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2007/02/26

野見山朱鳥…ただに見る死して滾れる赤と火と

2月26日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いて、ちょっとびっくり。
 昨日付けのブログ「ホラなのか島清の言悲しかり」で採り上げた島田清次郎(1899-1930)は、1899年の今日26日に生まれたんだって。
 これは全くの偶然。
 島田清次郎のような悲劇の<天才>作家がいたこと、今では地元など関係者の間以外では忘れられた存在だということなどは小生、個人的に銘記しておくつもりである。

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← 横山大観《生々流転》(「東京国立近代美術館 所蔵作品展 近代日本の美術 特別公開 横山大観《生々流転》」より部分)

 余談ながら、小生の迂闊さを物語るものなのだが、島田清次郎は東京は白金台の明治学院に転校し、一時的ながらでも在籍していたことに、今、気づいた!

 明治学院については、我が敬愛する作家・島崎藤村が教鞭を取った学校であることもあって、仕事柄、都内を走り、明治学院の傍を通ることも少なからずある小生、直接の関係はまるでないにも関わらず、妙に気にかかるのである。
 その近くに小生が十年弱ほど居住していたのだった:
岡本綺堂『江戸の思い出』あれこれ
 だが、そうしたことだけなら、ほとんどこじつけの域を出ないかもしれない。
 実は、過去、好きな女性が……。
 あとは書けない!

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2007/02/24

雨の日の猫の仕草に目をとどめ

 最近知ったあるブログ(「惑星ダルの日常」)を徒然に読んでいたら、「雨猫」という奇妙な名称(題名)を見つけた。
降り始めた午後5時頃、雨粒は大きくなく小糠雨程度。だからでしょうか、茶トラの野良猫はいつもの植え込みで丸くなったままでした」に始まって、「雨の日の野良猫を見ると気持ちが寂しくなります」に終わる、何気ない、短い日記。

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→ 「連句・俳句季語辞典 十七季」(東 明雅、丹下博之、佛渕健悟 編著、三省堂)

 でも、猫好きな人なら、ああ、そんな風に雨降る日、屋外の野良猫を眺めたことがあるなって、ふと、共感・同感しつつ読む。
 昨日の営業は日中はずっと雨だった。信号待ちなどの際、折々路上に見え隠れする猫の影にしばし目を休める。

 さて、でも、小生、「雨猫」という言葉が気になってならない。
 どうも、言葉への偏執の気味が小生にはあるのかも。
 で、今日は、「雨猫」って何?

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2007/02/22

鳴雪や今宵は湯婆も知らず暮れ

[今日のテーマは、内藤鳴雪のこと (07/02/21 作)]

歌舞伎の日阿国の踊りベリーに見ん」で書いたように、昨日2月20日は「鳴雪忌」(別名、老梅忌)であり、俳人・内藤鳴雪の亡くなった日である。
 同氏については、メモ書きさえも試みたことがないので、一日遅れの記事になるが、ちょっとだけ触れておきたい。
 まあ、今日は和気清麻呂の忌日で、古代史好きな小生、和気清麻呂の周辺などを書こうとも思ったが、和気清麻呂については、「和気清麻呂 - Wikipedia」や「護王神社その2 和気清麻呂と道鏡事件 とんでもとらべる京都編:京都のお寺と神社」など結構、情報が多いし、今は新たな情報もないので後日を期す。


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← 『鳴雪自叙伝』(岩波新書)

 ただ、宇佐神託事件などで忠臣として祭り上げられる彼だが、「道鏡 - Wikipediaに見られるように、「(略)このような俗説には、称徳天皇の死をもって天武天皇系の皇統が断絶して天智天皇系の皇統が復活した事から、天智天皇系の皇位継承を正当化するために天皇と道鏡を不当に貶めているのではという指摘もある」ことだけメモしておく。
 ゴシップに満ちたような、こうした奇矯な事件の黒幕は、あるいは歴史の真相は藪の中なのだろうとは思う。

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2007/02/12

春近し道行きせしは車にて

[本日の主なテーマは、女優の「吉行和子」さん。俳人の側面など。]

 10日の土曜日、タクシーの営業の日だった。今回は、車中、ラジオで聞きかじったことなどを雑然と、漫然と羅列してみる。
 NHKラジオ第一のニュース。「「水の都」として知られるイタリア北東部・ベネチアで9日、中世から伝わる伝統のカーニバルが開幕し、仮面や衣装を身にまとった観光客ら数千人が参加しました。カーニバルはおよそ2週間にわたって行われます」といった話だったようだ。

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← 港区の三田台公園で観梅。
「白き梅雪散るごとく咲きにけり」

イタリアの水の都ベネチアで9日、中世からの伝統のカーニバルが始まった。観光名所のサンマルコ広場を仮装行列が練り歩き、祭りは早くも最高潮。カーニバルは12日間行われ、120万人の人出が見込まれている」とか。

 画像は、今年のものではないようだが(以前、参照させてもらったことがあるはず)、「ヴェネチアのカーニヴァル」がシュアな気がする。
世界のカーニバル」が参考になる。
(それにしても、表記がややこしい。ベネチア? ヴェネチア? カーニバル? カーニヴァル?)

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2007/01/29

草城の句境を知らず人は過ぎ

1月29日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日29日は日野草城の忌日だという。
 つまり、今日は「草城忌」なのである。

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→ 室生幸太郎編集『日野草城句集』(角川書店2006年1月29日再版)。「生誕100年にあわせて編纂された日野草城句集がこのほど没後50年ということもあり再版されました」とのこと。

 振り返ってみると、小生は日野草城についてブログで採り上げたことがない。
 僅かに、「初鏡…化粧とは鏡の心を持つこと?」にて「初鏡娘のあとに妻坐る」を、「冬ざれ」にて「冬ざれのくちびるを吸ふ別れかな」を挙げているだけである。

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2007/01/09

松瀬青々…淋しさを青山に見る薄道

1月9日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日は「青々忌」だという。
 これは、「ホトトギス派の俳人・松瀬青々の1937(昭和12)年の忌日」なのだとか。
 小生には、松瀬青々(まつせ せいせい)という存在は初耳。

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← 年末の帰省。一週間の滞在を終え駅のホームに立ち遠望する。

松瀬青々生誕地」なる頁を覗くと、以下の説明が得られた:

青々は本名を弥三郎、明治2年当地で生まれた。幼少のときから漢詩、詩歌を学び、俳句を新聞や「ホトトギス」なとに投句していた。子規に賞賛され、明治32年上京して1年ほど「ホトトギス」の編集に従事した。帰阪後は朝日新聞社に入社、朝日俳壇の選句を担当、大阪に活況をもたらした。明治34年「宝船」「倦鳥(けんちょう)」を主宰、大阪俳壇の基礎をきづいた。昭和12年没。

「子規に賞賛され」たということは、写生的な句を作った人なのか。
 ネットの威力を生かすということで、ネット検索で渉猟してみる。

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2006/12/31

寅彦忌…海月(くらげ)なす湯殿の髪の忘れえず

今日は何の日~毎日が記念日~」の今日、つまり大晦日である「12月31日」なる頁を開いてみた。
 すぐに、「寅彦忌(冬彦忌)」の項に目が留まった。
 他の項目も眺めて、画家のアンリ・マチスの誕生日だとか、『羊たちの沈黙』などで有名なアンソニー・ホプキンスの誕生日でもあるとか(珍しく、原作も映画も共に良かった!)、この前のフィギュア全日本で彼女としては悔しい結果に終わった村主章枝さんの誕生日だとか、画家のクールベ(三ヶ月ほど前に「クールベや始原の旅のあたたかき」にて扱った)や富岡鐵齋らの忌日であるとか、触れてみたい方々がいることに気づかされる。

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← 正月を迎える縁起物を買いに出かけようとしたら、北陸の冬には貴重な青い空に月影が。画像では、よほど目を凝らさないと見えないけど。

 でも、小生の嗜好もあって、やはり気になるのは、「寅彦忌(冬彦忌)」の項だ。物理学者・随筆家の寺田寅彦の忌日なのだ。
 彼に付いて正面切って扱ったことはない。
人間を定義する」や「人間を定義する(続)」にて、若干、触れている。
 これらは、「喫煙四十年」という寺田寅彦のエッセイの中で、「しかし人間は煙草以外にもいろいろの煙を作る動物であって、これが他のあらゆる動物と人間とを区別する目標になる。そうして人間の生活程度が高ければ高いほどよけいに煙を製造する」という下りに興味が掻き立てられ、「人間を定義する」というテーマで自分なりにあれこれ綴ってみたもの。

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2006/12/25

蕪村忌や語る人なき苫(とま)のあり

 本日のテーマは、「蕪村忌」です。
[書いている最中、ジェームス・ブラウンさん逝去の報が入りました。ご冥福をお祈り申し上げます(ジェームス・ブラウンさんに直接関係するエッセイではないのですが、旧稿に「ゲロッパといえば」があります。(当日追記)]

今日は何の日~毎日が記念日~」で「12月25日」の頁を開いてみる。
 なんと今日はクリスマスである!
 って、誰でも知ってるか。

 浮き世離れしているから、改めてクリスマスの文字を見るとびっくりしてしまう。
 小生には無縁な「イエス・キリストの降誕の日」であるが、これまでクリスマスについて殊更、テーマとして俎上に載せたことは無い。
 敢えて(それも相当無理して)挙げるなら、「サンタさん担ぐ荷物は本がいい?!」にて、サンタさんらしき謎の闖入者の画像を載せたことがあるくらいか。

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→ お疲れ様。あとはゆっくり休んでね……。って、一体、塒(ねぐら)は何処にあるの?

 あとは、これまた無理を承知で挙げるとして、「無精庵明月記 「茶の湯とキリスト教のミサ」に寄せて」にて、茶道(利休)とキリスト教の関係に若干、触れている。
「利休が考案したと言われる茶杓に、十字架のモチーフを読み取る向きもある」など、あれこれ書いている。

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2006/12/17

花筏…紅筏などいかがかと

 昨夜、仕事中(暇の徒然に)ラジオに耳を傾けていたら、「花筏(はないかだ)」という言葉を聴いた。久しぶり。
花筏(はないかだ)」という花がある。「葉の中央につく花を、筏に人が乗った姿に見立てたネーミング」だという。清楚な雰囲気の漂う、ともすると見過ごされそうな花。

「花筏(はないかだ)」という言葉には別の意味がある。「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさまを「筏」に見立てていうことばでもあ」り、夕べの話に出てきたのも、後者の意味で紹介され使われていた。

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← 都内、芝公園にて。黄色い絨毯。日溜まりだと暖かそう!

 一応は仕事中(走行中)ということもあり、話の内容の大半(ほぼ全て)は忘れてしまった。ただ、話者は、紅葉疲れし風に吹き千切られ川面に浮んび流れるさまを、「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさま」から連想し援用する形で、この言葉を口にされていたようだった。

 昨日から車中では、中勘助著の『銀の匙』を読み始めた(『ちくま日本文学全集29 中 勘助』(筑摩書房)所収)。さすがだと思う。最初の一節から彼の世界へ引き込まれていく。何気ない表現が続く。大袈裟な表現など皆無。ひたすら淡々と思い出の中の光景が綴られていく。その繊細でひたすら懐かしさの念の募る光景。
 中勘助の文章に触れていて、花筏という言葉を久しぶりに耳にしたことと併せ、なんとなく感懐深い夜となった。

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2006/12/15

山口青邨…ひたむきに秋海棠を愛しけり

 このところ、「今日は何の日~毎日が記念日~」を覗くことが増えている。特に忌日(何故か誕生日は素通り?!)。
12月15日」の頁を覗く。
 実は今日は目的があった。赤穂浪士の討ち入りの日が14日なのか15日なのかを確かめるためだった。
 どうやら旧暦の元禄15年12月14日の出来事だが、討ち入りは翌15日だったようだ(当然、新暦1703年1月30日乃至は31日のこと)。
 小生は今の地に居住する前は、高輪に住んでいて、歩いて10分ほどのところに泉岳寺があった。
(我が高輪居住時代については、ここには詳述しないので、次の拙稿などを参照願いたい:「岡本綺堂『江戸の思い出』あれこれ」「東京は坂の町でもある」「清正公信仰とハンセン病」「2.島崎藤村『春』を読みながら」)

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→ 川瀬巴水『泉岳寺』(「川瀬巴水…回顧的その心性の謎床し」参照のこと。)

 高輪には他にも歴史に記録される地があるのだが、浅学菲才の小生、両親が来た時も泉岳寺を訪れる。しばしば線香の煙が濛々と立っていたりする。
 泉岳寺に行きがちだったのは、討ち入りが赤穂四十七士という、その47という数字に80年前後頃から、こだわりを覚えてきたから、でもある(47という数字へただならぬ因縁を感じる理由は、長くなるので別の機会に譲る)。

 が、「12月15日」の頁をつらつら眺めていたら、山口青邨という俳人の忌日であることを知る。
 小生、まだ、山口青邨(やまぐち せいそん、1892年5月10日 - 1988年12月15日)については通り一遍のことも知らない。

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2006/10/24

胡桃持つ手の温もりも痺れおり

 久しぶりに「季題【季語】紹介 【10月の季題(季語)一例】」を覗かせてもらう。
中身なくせめて題名凝ってみる」で一覧にしてみたように、表中から少なからずの季語を扱ってきている。
 秋10月ともなると、サンバ(の表)の季節が終わり、本来の季語随筆関連の記事を扱う気持ちが戻ってくるということなのか。

 今日は、表を眺めていて、ふと、胡桃(くるみ)に目が合った。
 どうしてなのだろう。
 我が心の表面の頑なさを痛感している?

季語集・秋」によると(「歳時記宝石箱」参照)、「姫胡桃 鬼胡桃 沢胡桃 新胡桃」などの類語があり、「外皮は堅くいが、渋皮に包まれた種子は美味で栄養価高し」と説明されている。

 まずは「山くるみ 完全無農薬、無肥料の殻付き天然胡桃を販売 山菜屋.com」にて「胡桃(くるみ)」の画像を。
 冒頭にリスの絵が。
 胡桃というと、リスが付き物? 何故?
 リスがくるみを食べる仕草が可愛いのは確かだけど(「こたままBlog くるみ」を覗いてみる?)。

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2006/10/11

ひたぶるに生きる百舌鳥ただ焦がれ見し

 今日は何の日というサイトを覗いていたら、今日11日は、「「リンゴの唄」の日」だという。
1945(昭和20)年、戦後初めて制作・公開された映画『そよかぜ』が封切られた。並木路子が歌う挿入歌「リンゴの唄」は戦後を象徴する大ヒットとなった」とのこと。
 小生もこの歌は好きである。決して同時代に生きたわけではなく、小生が物心付き、テレビにかじりつくようになった頃にはこの歌は既に懐メロ的に折々歌われていた。
 ネット検索してみると、「永遠に歌い続けられる  「リンゴの唄」の並木路子」という頁を発見(どうやら、ホームページは、「石のコロンブス」のようである)。
 一読して、もう、この頁を発見しただけで、本日のブログは書き始めた甲斐があったと思った。
 是非、リンク先に飛んで、一読願いたい。

 何故だろう、ふと、百舌鳥(もず)という鳥のことが思い浮かんだ。別に最近、その姿を見かけたわけでも、その声が耳を叩いたというわけでもない。
 まさか、小生の食卓には必ずといっていいほど、モズクが添えられているから? 帰省して食事の用意や買い物にも小生が行くのだが、あれこれ買う中の一品はモズクなのである…。
 ま、これは冗談として……。

 気になるので、季語随筆のブログでもあるし、鵙(=もず。ほかに、「百舌 鴃 伯労鳥」などとも表記するようだ)のことを調べてみたくなった。
 手元の『連句・俳句季語辞典 十七季』(東 明雅/丹下博之/佛渕健悟 編著、三省堂)を開いて、「鵙(もず)」の項を覗いてみると、以下のようである:
[三秋・動物]モズ科の鳥の総称。同類=百舌鳥、鵙の高音、鵙日和、鵙の晴。関連=春の鵙[三春]、冬の鵙[三冬]。

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2006/10/02

宗鑑忌我が句の先も杳(よう)として

10月2日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日10月2日は「豆腐の日」だとか。
 嫌いじゃないが(卵豆腐のほうが好き!)、駄洒落としては分かりやす過ぎて、パスする。
関越自動車道全通記念日」だとも。
 関越道については、小生には思い出話がいろいろあり過ぎて、これまたパスする。
 エピソードの一つだけでも、ブログをまるまる一週間、費やさないと書けないし。いつか、まとまった時間が取れたら、傾注して書ききってみたいと切に願っている(願い始めて十年以上が経ってしまった…)。

望遠鏡の日」だともある。望遠鏡については、「カーニヴァルテーマ「太陽」(3)」にて若干だが触れたばかりなので、これもパス。尤も、今、世界の名著シリーズのうちの一冊『ガリレオ』(中央公論社)を読んでいて、今はガリレオについての伝記の部分を読んでいるのだが、今日がまさに彼が望遠鏡(筒眼鏡とイタリアでは呼称されていたとか)の噂を聞きつけ、原理を理解し、筒眼鏡を自作し、月を観察して月の表面が凸凹だということ、さらに、驚くべきことに月の影の具合などから月にある山の高さを計算して示したり、木星の衛星を発見、あるいは太陽の黒点を発見し、それが動いていることも観察していたことなどを記述している箇所なのだった。
 でも、パスはパス!

 他に、「宗鑑忌」とあるではないか。「俳諧の祖とされる山崎宗鑑の1553(天文22)年の忌日」だという。
 思えば、小生、彼に付いてはまともに調べてみたことがない。
 このブログは、まがりなりにも季語随筆(読書創作日記)のサイトと銘打っている(付け加えるなら愚痴?!)。
 いざ、山崎宗鑑ワールドへ!

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2006/10/01

「落句拾遺 9-1」アップ!

落句拾遺 9-1」アップしました!


アップするその度ごとにアップアップ!
願わくはギブアップは避けたい!

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2006/09/23

道行きや虚実皮膜の風の盆

 今日も、午後、自転車を駆って、市内をうろうろした。某店で、水墨画の本を買った。小林東雲著『水墨画を始める人のために』(池田書店)である。
 まだ、水墨画用の筆一式は買ってなくて、府でペンで描いているだけだが、水墨画に凝りそうな予感。
 夜、食事や片付けのあと、せっせと筆ペンで書道用箋にあれこれ描いて楽しんでいた。
 ただ、指先に神経が通っていないようで、細かい線がまるで描けない。
 だからといって、大胆な線を描けるというわけでもなく、ま、これから気長に練習していくしかない。

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← ゆくゆくは俳画を描きたい!

 ほんの少しだが、今夜もヤモリちゃんが姿を現すのではと、密かに心待ちにしていたけれど、期待はずれに終わってしまった。残念。
 
 ま、気を取り直して、本題に入ることにする。

 一昨日のブログ「今日は宮澤賢治忌…それとも…お絵描き記念日?!」で紹介した内田 康夫著の『風の盆幻想』 (幻冬舎)を昨夜、読了した。

 本書の粗筋などについては、「有鄰 No.456 P5 人と作品 奥泉光と『モーダルな現象』/ 「有鄰らいぶらりい」」が分かりやすく、過不足なく説明してくれているので、このサイトを参照願いたい。

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2006/08/13

賢治の俳句…花はみな四方に贈りて菊日和

 小生が取っているメルマガの一つに、渡辺 宏氏が発行している「宮沢賢治 Kenji Review」がある。
 1999年2月20日の創刊で、今も続いている!
 バックナンバーも見ることが出来る。
 ホームページは、「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス

 そのメルマガ「宮沢賢治 Kenji Review 385」にて、賢治が俳句を作っていたことを知った。
 知っている人は知っている常識に類することなのかもしれないが、小生は初耳だった。

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→ 紫苑さんに戴いた暑中お見舞い画像です。郷里の熊本工の応援に甲子園に行ってきてのショットとか。14日は、天理高校戦が待っている。我が郷里の代表校は今年も初戦で敗退。彼我の差は大きい!

 宮沢賢治については、拙稿に「幽霊の話は後に尾を引く」があるが、正面切っては扱ったことがない。扱う能がないというべきか。
 賢治の詩読んで、その世界を楽しむだけで十分という話もあるが。
 それでも、勉強のためにメモだけ残しておく。

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2006/07/07

「落句拾遺 6-1」アップ!

 遅ればせながら、「落句拾遺 6-1」をようやくアップしました。
 先月は、二度も連句を巻いて、精も根も尽き果てて、「落句拾遺」に手が回らなかった、なんて言い訳したりして。

 七夕の話題というわけではないが、「洒涙雨(さいるいう)」という言葉をご存知だろうか。
 小生は、昨年、季語随筆を綴った際に、たまたまこの言葉の意味が「七夕に降る雨」だと知った。
 つまり、織姫と彦星の流す涙(雨)というわけ。

 ああ、今年も織姫と彦星は会えないのね。まるで小生のよう?!

 なんて、脈絡もなく書くのは、以下の雑文へのアクセスが今日は多いから:
青葉時雨…洒涙雨

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2006/06/25

連句の新作!

 早くも、連句の新作です。
連句巻く(梅雨・海苔編 2)」を覗いてみてね。

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2006/06/18

「連句しましょ(梅雨編)」巻いた!

連句しましょ(梅雨編)」をアップしました。
 梅雨の雨の降り続く中、吉兆順兆凶兆の三人で数時間を要して編んだ連句(?!)です。歌仙(「三吟歌仙」)の真似事を試みてみたものです。
 一読の価値はあるかどうか分からないけど、今日の日本対クロアチア戦、見る人も見ない人も、御笑覧あれ、です。 

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2005/03/07

東風吹かば

 短歌や俳句の世界では、「東風」と書いて「こち」と読むことは、小生も知っている。間違っても、「ひがしかぜ」とか「とんぷう」などとは読まない。そんな風に読むと、相撲好きなのか、麻雀好きなのかと思われかねない。
 誤解されたっていいようなものだけれど、少なくとも季語随筆を銘打っている以上は、「こち」と読んでおかないといけない。

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 さて、この言葉を教養のない小生も「こち」と読めるのは、なんといっても、菅原道真の御蔭である。
 言うまでもないが、以下の歌のことを念頭においている:

 東風吹かばにほひをこせよ梅の花
             主なしとて春を忘るな

 菅原道真は、今も、天神様などと呼ばれて一部の地域では信心の、あるいは、古来よりの風習の対象となっている。
 我が郷里富山でも、天神様信仰熱は今も、なかなかに盛んのようである。
 が、そこには、入り組んだ事情があったりして、ナイーブな思いではありえないようだ。

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