杉の木が倒れた
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夕方のテレビで気になるニュースがあった。
「KNB NEWS|KNB WEB 後援取り消しで公開質問状」
→ 仕事も残すところあと僅か。ちょっと手を休め、空に見入る。晴れ渡った未明の空に雲が輪郭も鮮やかに。朝焼けにやがて消えゆく星が一つ。
いかにも保守王国、右や保守に偏りがち(弱腰)の富山らしいニュース。
このたびの衆院選で民主党が圧勝したが(自民党は、たまたま自分たちが負けただけだと強弁しているが)、その中で、富山は全国でも珍しい、民主党より自民党の議席が優っている県。
今更、右だ左だもないが、富山はネット右翼や保守に極端に弱い(あるいは右翼に優しい)県であり市である現実をまたもや露呈した。
まずは、ニュースの内容を示すべきだろう。
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マイク=モーウッド、ペニー=ヴァン=オオステルチィ著『ホモ・フロレシエンシス〈上〉―1万2000年前に消えた人類』『ホモ・フロレシエンシス〈下〉』(馬場悠男監訳、仲村明子翻訳 NHKブックス)を読んだ。
→ つい先日、街中(駅前)で見つけたポスター。「トリエンナーレトヤマ」という、富山(富山県立近代美術館)で催されている、世界屈指のポスター展のポスター。
NHKブックスの上下巻を併せても400頁ほどの本。
分冊は、出版社のシリーズの都合なのだろうけど、読者としては、一冊の本のほうが読みやすい。
「世界中を驚かせたホモ・フロレシエンシスの発見」。身長が一メートルほどの人類の発見ということで、「それは新たな人類なのか、単なる小頭症の現生人類なのか」と論争を呼んだ。
← 「トリエンナーレトヤマ」 (画像は、「富山県立近代美術館 第9回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2009」より。入賞作品などは、ここで)
最初は際物かもと、やや警戒しつつ読み始めたのだが、結構、手堅い。
但し、論議の余地もある(らしい)。
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「金とく 北陸スペシャル「巨樹が眠る神秘の森」」なる番組を観た。
滅多に映画など観ない小生も観た映画『劔岳 点の記』が、入場者数百万を超える盛況ぶりで、その関連の番組なのかと思ったが、関係なかった。
ま、小生の中では、富山つながりで観たのである。
番組内容は、下記:
立山黒部アルペンルートの玄関口に位置する美女平。標高1000m、冬は積雪4mを超える豪雪地帯に、立山杉の巨樹の森が広がっている。どっしりとした太い幹と弓なりに曲がる枝は、まさに豪雪が作り出した造形美。また、雪の重みで地面についた枝が地中に根をはり成長していくという独特の繁殖方法は、過酷な環境を生き抜く知恵だ。番組では、雪解けの5月から新緑の6月にかけて、巨樹の森が最も命を輝かせる姿をお伝えする。
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「ミチオ・カク著『サイエンス・インポッシブル』はSFを超える!」をアップしました。
いよいよ8月30日の投票日を目指し、(事実上)選挙戦に突入した。
← 待望していた富岩水上ラインに遊覧船が就航した。 「富岩水上ライン|富岩運河学習支援船(環水公園~中島閘門)」や「中日新聞小さな船旅 街再発見 富岩運河に 遊覧船就航 北陸発北陸中日新聞から」参照。
自由民主党の存在意義自体は、東西の冷戦構造が崩れた段階で、基本的に消滅してしまった。
本来は、その時点で、自由党と民主党とに分裂すべきだったのだろうが、あまりに政権与党に居座りすぎて、与党ボケし、政権維持が自己目的化してしまったのだろう。
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「崎谷 満著『DNAでたどる日本人10万年の旅』!」をアップしました。
← 買物の途中、信号待ち。「ポートラム」の通過に遭遇。「ポートラム」とは、富山ライトレール株式会社の全国初の本格的なLRT(次世代型路面電車システム)の愛称。「ポートラムとは「港」(=port)と「路面電車」(=tram)を組み合わせた造語」だという。普段の足は自転車なので、帰郷してからは一度しか乗っていない。いつか、終点まで乗ってみたいと思っている。
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→ 「富山県黒部市は15日、新潟県佐渡市から飛来し、同市に1か月滞在した雌のトキに住民票を発行することを明らかにした」という。「雌のトキは、地元の小学生らから愛称を「トキメキ」と名付けられた」とか。(画像は、NHKテレビのニュース映像から)
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「小寺(尾島)菊子のこと(追記)」をアップした。
「小寺菊子のこと」に続くメモである。
富山ゆかりの作家なので、多少、こだわってみる。
先ごろ、『近代女性作家精選集 035 復刻 深夜の歌』(尾形 明子監修 小寺 菊子著 ゆまに書房)を読んだこともあり、もう少し、彼女の周辺を巡ってみたかった。
論より証拠というわけではないが、後日、小寺菊子の作品を一つ、転記して示してみたい。
画家なら絵画などの作品、音楽家なら楽曲を示すのが、親しむ一番の道だろうし。
小寺作品は、青空文庫には未だ一つも掲載されていないらしい。
残念である。
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過日、夕方だったか、テレビを見ていたら、丸根賛太郎についてのミニ特集があった。
生憎、家では炊事係りでもあるので、見ていたというより、特集番組を台所と茶の間(食事する部屋)とを往復しつつ、横目で、あるいは空耳で(?)齧り見ていたといったほうがいいかもしれない。

← 監督:丸根賛太郎『春秋一刀流』(日本/1939年/モノクロ/74分 16mm/スタンダード 撮影:谷本精史 出演:片岡千恵蔵、沢村国太郎、志村喬、轟夕起子) 丸根賛太郎の監督デビュー作品。鮮烈デビューとなったという。「春秋一刀流・鶴八鶴次郎 - 黌門客」が参考になる。(写真は、「7-dj.com CINEMA LAND」より)
映画についての話題だから、最初はフーンと聞き流していたが、富山という名称を耳にして、おやっと感じた。
その時点からでもじっくり見たかったが、そうもいかない。
幾つかの言葉・名称・単語だけ、インプットしておいた。
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数日前、夕食前のひと時、テレビを見ていたら、郷土(富山)の文学(作家)特集があった。
名前くらいは知っている作家として、岩倉政治や翁久允(おきな きゅういん)らが上がっていて、そういえばまだ小生は郷土の文学作品もあまり読んでいないなと感じていた。
そんな中、再評価の必要な女流作家(死語?)として、小寺菊子の名が挙がっていた。
情けないことに、富山県人でありながら、小生には全く初耳、未知の作家である。
← 「舟橋図」 「舟橋の地名は当時浮世絵にも描かれ全国的に有名だった神通川の舟橋に由来する。これは神通川の洪水対策用で52艘の舟を太綱でつなぎ、その上に木の板を3枚ずつ並べて人を通らせた」 (画像は、「県庁前駅」より)
当然ながら、作品の一つどころか断片でさえも読んだことがない。
可能な限り近い将来、何か読んでみたい。
せっかくなので、今後のために、ネットで調べられることくらいはメモしておくことにした。
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昨日の「おわら風の盆」の話題に引き続き、やはり富山を代表するイベントの一つ、チンドン大パレードへ行ってきた。
実際には、チンドンコンクールが前夜祭も含め、一昨日から始まっていたのだが、家の事情もあって、今日の午後2時半から開催された、チンドン祭りに絡む最後のイベントであるチンドン大パレードだけ、見物してきたのである。
← パレードが来るよ!
とはいっても、日曜ということもあって、家の雑用があれこれある。
今年度、我が家が町内に幾つかある班のうちの一つの班長に(実際には父が班長なのだが、実務は小生がやる)。
(今月は、資源ゴミ置き場の当番にもなっている。)
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折々覗かせてもらい、勉強させてもらっている、かぐら川さんのブログ(「めぐり逢うことばたち」)で、我が富山(八尾)に関係する気になる記事があった:
「めぐり逢うことばたち 「越中八尾おわら踊り」と「金沢ひがしの茶屋」」
なるほど、と思わせる記事だったが、読んで納得しているだけじゃ、済まないような内容に感じられた。
→ 07年6月19日に、皇居のお堀脇(馬場先門近く)を通りかかった際、信号待ちの最中に撮った夕焼け。画像の真ん中やや左側に街灯のシルエット。その右側に立ち上る煙。そう、渋谷にある「シエスパ」という温泉の別館で午後の二時半頃、ガス爆発事故があった、その煙が夕方になっても上がっていたのを偶然、撮ったようだ。悲しくも3人の従業員たちがこの事故で亡くなったが、そう思うと、この写真の空の茜色が不穏な風に感じられる。
思えば、特に東京在住で富山を遠くから眺めていた頃、しばしば富山の話題を取り上げ、「おわら風の盆」を巡る話題(日記)に限っても、(東京在住最後の数年だけでも)十回近くになる(それらは、本稿の後半でリストアップしておく)。
さて、何が勉強になったか。
小生が主にネットで得た情報の集めぶりが如何に中途半端かを物語るようで、ちょっと気恥ずかしくもある。
でも、「風の盆」の背景や成り立ちをより深く理解する意味でも、ここにメモっておきたいのだ。
まず、4年前、小生は新聞情報などを基に、下記の小文を書いた:
「「おわら風の盆」余聞」
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小さなニュースを二つ。
二口のガスコンロ。が、片方のスイッチが故障していて、一つのガスコンロしか使えなかった。
それが、昨日(月曜日)、味噌汁の煮えるのを待つ間、何の気なしに壊れている(はずの)コンロのスイッチを押しおろしてみたら、なんと動く。動くだけじゃなく、ちゃんとガスに点火されるではないか。
帰郷して間もない頃に不調になって、料理の献立も、味噌汁に限らず、煮物にしろ揚げ物にしろ、一つしか熱い(温かい)オカズを提供できなかったのが、これからは二品、出すことができる!
→ 日の光を一杯に浴びて気持ち良さそうな姿は見ていて嬉しくなっちゃう。
もう一つの小さなニュースは、富山で桜の開花宣言が出されたこと。
残念ながら買物以外は外出できず、桜見物もできなかったが、気分的に軽くなったような気がする。
桜の画像(写真)は載せられないが、代わりに我が家の庭の花の、日の光を一杯に浴びて気持ち良さそうな姿を見てもらう。
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「asahi.com(朝日新聞社):花粉症にさよなら? 「無花粉スギ」大量生産技術を確立」といったニュースが過日(2009年2月17日)、報道された。
地味なニュースで 世の花粉症に悩む多くの方には非常な関心事のはずだが、全国的にどれほど話題になったか分からない。
← 昨年、脚立や梯子の上に登り、杉の巨木の枝を数本、切り落とした。これは脚立の上から、伐採した杉の枝を眺め降ろした光景。
けれど、花粉症に悩まされる人や杉(花粉)の発生地など関係者には耳寄りなニュースだろう。
花粉症に悩まされる方は国内に二千万人はいると言われるだけに、朗報には間違いない。
既に知っている人も多いだろうけど、我が家にも杉の巨木が数本あって、近所の手前、気兼ねしているだけに、スギ花粉の話題は関心事であり、メモだけでもしておきたい。
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今年もインコの季節、という表題にしようと思ったけれど、今ひとつ、見かけたのがインコなのかどうか覚束なくて、表題の最後に「?」を付すしかない。
木曜日だったか、野暮用で近所のドラッグストアーへ自転車を駆って買物に行ったら、その道すがら、ある知り合いの家の塀の上や植え込みに十羽近くの鳥たちを見かけた。
→ マスコットキャラクターの「利長くん」 「利長くん(としなが-)は、2009年9月13日に開町400年を迎える、富山県高岡市の開町400周年記念マスコットキャラクター。モデルは加賀藩2代目藩主前田利長」であり、「2009年2月から仮想国家「立山連邦王国」の初代大統領に就任している」! (画像は、テレビのニュース「立山連邦・建国1ヶ月会見」画像から)
ヒヨドリよりは小さい。ツバメほどの大きさ。
色合いは、羽も含め全体的に白っぽくて頭部は黒っぽい。
昨年の二月だったかに見かけたインコたちと同じ群れだろうか。
ただ、昨年はもっと水彩絵具の明るい水色といったふうで色鮮やかだった。
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このところ、金色付いている。
「水入らずの団欒?」とか「ドキュメント 脱糞だ!」とか。
一読すれば分かるように、金色といっても、まあ、こげ茶というか土の色を呈するあれというか、茶褐色のあの代物のこと(色合い)である。
→ 富山出身の宝塚(歌劇団)星組の若手男役スターである麻尋しゅん(まひろ しゅん)さんが、「My dear New Orleans/ア ビヤント」東京宝塚劇場公演千秋楽(4月26日)で退団予定というニュースをやっていた。近年、主役を射止めてきただけに、惜しい! 一度は舞台で見たかったなー。画像は、テレビのニュース映像から。
断っておくが、決して黄金のことじゃない。尾崎紅葉の『金色夜叉』とか三島由紀夫の『金閣寺』の「金」とか、谷崎潤一郎の作で、自身の全集に収めるのを拒んだ、が、三島によって失敗作と談じられつつも、三島が復活させた(と言われる)『金色の死』の「金色」でもない。
ついでなので、蛇足と思いつつ、拙稿から同じ系統(?)の小文を紹介しておく。
「金色の庵」である。
← 気忙しい日々の合間をぬって、夕方近く、自転車を駆って数日ぶりに銭湯へ。ちょっとした息抜き。今日(水)は天気雪が降ったりした。
気がつけば、もう5年も前に作ったことになる。
決して気まぐれに創作したものではないのだが、今、読み返してみると、なんだか身につまされそうな話。
人は土から生まれ土に帰るというが、人間に限らず生き物は、生きている限り黄金虫(こがねむし)なのだと、日々つくづくしみじみ痛感している。
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最近、読書拾遺的な日記を書いてないような気がすると、調べてみたら、多分、「読書以前のつまらない話」が最後のような気がする。
が、この小文などは、借りた本が(自分の思っていたものとは)違う本じゃないかってことで、すったもんだしたのだから、読書拾遺とは言い難いのだが。
→ 我が家の玄関先に鎮座する陶製の親子カエル。「行ってらっしゃい」や「お帰りコール」をする。小生の働きぶりを一番よく知っていてくれる。いったい、何年前からここにあったのだろう。せっかくなので、綺麗にしてあげたよ!
その後に書いた、「オースターそしてブレイクロックの月(前篇)」(や「オースターそしてブレイクロックの「月光」(後篇)」など)は、その頃、読んでいたポール・オースター著の『幻影の書』に絡むものだから、広く言えば読書拾遺の範疇に入るやもしれない。
まあ、テレビドラマ『相棒』から『鑑識・米沢守の事件簿』がスピンオフするようなものか(…ちょっと無理があるか)。
となると、厳密には読書拾遺も、まして読書感想文の類いなど、半月以上、どころか三週間ほど、書いていないことになる(但し、なんらかの形で言及はしていることもある)。
まあ、家庭内がゴタゴタしていて(母に続いて父までが…)、通常の日記さえ、碌に書けない状態だった(し、今も)から、仕方ないのだが。
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15日付の拙稿「母さんのあの菅の笠、どうしたでせうね!」にて、「富山は菅笠作り生産量が全国で一番」だとか、「高岡市福岡地域の菅笠を後世に 技術保存会が発足」といった話題を綴ってみた。

← 17日の午前、電線に止まっていた鳥。やがて飛び去って畑へ。冬の最中も雪の積もった畑で餌探し。カラスじゃなくて、多分、インコだと思うのだが、さて。
すると、その翌16日、テレビで後を追うように、続報が。
「菅笠作り、国無形民俗文化財」へ、というのだ!
といっても、決まったわけではなく、「福岡の菅笠」が、「国の重要無形民族文化財へ答申」されたのである。
決まったも同然か!
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「高岡市福岡地域の菅笠を後世に 技術保存会が発足」
水曜日の夕方、食事の準備をしつつテレビ(北日本放送)の音を聞いていたら、「菅笠(すげがさ)」の話題が聞こえてきた。
まあ、それだけだったら、ただ聞き流すだけなのだが、なんと、富山は菅笠作り生産量が全国で一番なのだとか。

→ 日和裕樹〈にわゆうじゅ〉著『福岡町の菅と菅笠』(福岡町カルチャー文庫) (情報は、「『福岡町の菅と菅笠』『台網から大敷網へ』 - 能登のうみやまブシ」より。)
菅笠を作っている地域が県内にもあるって話は仄聞したことはあるが、まさか、富山が菅笠生産量全国一位の特産品だったとは知らなかった。
しかも、昨年、仕事の関係であの周辺を何度となく車で通った地域だ。
まあ、富山県の産品で全国一番のものは他にもあるし、最初は漫然と聞いていた。
が、夕食の準備を終え、食事し始めたら、雑談の中で、母が子供の頃、作ったことがあるし、親戚の者が作るのを終日、飽くことなく眺めていたとか、自分でも作ったことがある、なんて話になり、テレビのミニ特集に一層の興味を持って視聴することになった。
話を先に進める前に、そもそも「菅笠」とは一体、どんなものか。
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[呉羽山(くれはやま)へ向かった日は、晴れていたので立山連峰や富山湾を遠望するに絶好かなと思っていたのだが、翌日はもっと晴れ渡っていて、山々の峰(嶺)や山並みがビックリするほど輪郭も鮮やかだった。用事があって行けなかったけど、惜しかった。…となると、またいつか行きたくなっちゃうね! (09/01/10 追記)]
「呉羽丘陵は、全長約22kmにわたる「呉羽山断層」の西側が持ち上がってできた丘陵である。そのため、丘陵の西側はゆるやかな斜面になっているのに対し、東側は急斜面となっている。呉羽山断層は活断層であり、将来はマグニチュード7を超える地震の発生が指摘されている」という。
小生の居住する地域も、その呉羽山断層の近くではなかったか。
いずれにしても、往時の川の氾濫で成った沖積地であって、地盤は弱いようである。
眼下に流れる神通川もかつては暴れ川だったのである。
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注連飾りなどは父に準備してもらったし、晦日の晩に食べる年越しソバも買い置きしてある。
正月を迎える準備は万端! …と言い切るのは、ちと良心が痛むが、まあ、言ったほうが勝ちって話もあるから、いいよね?!
昨年の師走からの一年は、小生にとって激動の一年だった。
実りがあったかどうかは覚束ないけど、学ぶものが多かったのは確か。
→ 裏庭のミカンの木から、29日、ミカンを収穫。1本の木からこんなに採れるなんて、びっくり。でも、酸っぱくて食べられない。あくまで縁起物として玄関などに鎮座するだけかも。
…失ったものも多い。
東京在住時代の友人知人とは多くが音信不通だし。
引越しの際に蔵書や日記、ノート類を始末したら、誤って住所録も廃棄したのか行方不明に。
結局、転居のお知らせも出してない!
おーい、オイラ、ここに居るよって、叫んでもダメだよね。
飛ぶ鳥、跡を濁さずって、言うけど、小生の場合、何も残さず、だった。
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小生の居住する富山市の全貌について語るのは、ちょっと手に余る。
今日は地形について少々。
「富山市 - Wikipedia」によると:
富山県の中部に位置していて、県の面積の3分の1を占める。西部になだらかな呉羽丘陵が横たわるほかは、神通川、常願寺川などの川によって形成された沖積平野の富山平野が広がる。このため、南東部を見渡すと雄大な北アルプス立山連峰を一望できる。北部に目をやると、豊富な魚介類の宝庫である富山湾が広がっている。
富山県は面積の大きな県とは言いかねるが、それにしても、「県の面積の3分の1を占める」ってのは我が市ながら驚きである。
大合併以前の旧・富山市しか知らない小生には、合併のことはニュースなどで知ってはいたが、「上新川郡大沢野町、大山町、婦負郡八尾町、婦中町、山田村、細入村」などが富山市だなんて、未だ違和感がある。
御陰で富山市は、「全国の県庁所在地の中で2番目に広い」という(但し、人口密度は「下から3位」!)。
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[本稿は、「湯たんぽじゃなく電気ミニマット!」の続きです。ただ、内容的にはつながりがないので、単なる日記の続篇のようなもの。]
→ 餌を狙って低空飛行しているのかな。
自分のためだと、デパートへなど出掛けることは、まずない。
東京暮らしの際も、所得水準の低い小生にはデパートは敷居が高かった。
が、小生よりは人並みの生活水準で暮らしてきた父母には、デパートは馴染みの店である(用事がある限りは、だが)。
デパートについては、小生には複雑な思いがあるが、多少は書いたことがあるが、いずれまた、ドキュメントタッチで書くことがあろう…と思う。
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「凄いぞ 湯たんぽ!」(2008/12/06)なる日記では、父母のためにと湯たんぽを2個買った、ところが、父母は電気毛布を愛用していて、湯たんぽは要らない、なので、せっかく買ったものだし、自分が使うことに、という話になっていた。
← いよいよ熟してきた我が家のミカン。
…この話、結果的には嘘になっている。
湯たんぽは、二晩ほど使っただけで、今は部屋の隅っこで、いつかまた日の目を見るのを寂しく待ちわびている!
実は、同じ日に同じ店で電気座布団を買った。座布団サイズの電気マット、という説明が分かりやすいか(他にも、「ホットクッション」「電気ミニマット」といった愛称があるらしい):
「コイズミ[小泉成器] 電気マット KDM-4573D[KDM4573D] ホットカーペット座布団サイズ(48x48cm) 通販 - アラジン」
この小さな電気マットもお袋のために買ったもの。
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「林清納…インドの非日常という日常」をアップしました。
以下は、林清納(はやしきよの)のある絵を見ての感想…というより瞑想、いや、迷想かな:
人が生きている。人には人が大事。でも、悠久の時、無辺大の時空を前に人は泡沫(うたかた)の存在ですらない。生れては、須臾(しゅゆ)にして塵芥に紛れ込み消えていく。だからこそ今ここという一瞬が大事と思うのは人間の性(さが)なのだろうが。人間が織物の模様に織り込まれているようでもある。その<模様>を人間と認識するのはたまたま人間が見ているからに過ぎない。犬が見れば(一応は特別な)生き物の一種に過ぎず、ネズミが見ればただの巨大な生物であり、埃からしたら、無様に動き回る変てこな埃の一粒に過ぎないのかもしれない。
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どういうわけか、一時期、小生の拙稿「雪人形」へのアクセスが突如、増えたことが。
まあ、冬だし雪の季節だから、「雪 人形」といった検索語で、間違って(?)小生のサイトへもアクセスする人が多少、居たのだろう。
→ 「白馬の雪形(神奈川県・丹沢山地)」 (画像は、「雪形 - Wikipedia」より。)
せっかくなので、「雪人形」でネット検索してみたら、「中川岳志のブロク゛ 雪人形」というサイトが上位に浮上してくる。
合唱曲「むぎや」の歌詞についての話題のようだ。
が、「むぎや」であって、「麦や節」でも、「麦屋節」でもない。
小生、「むぎや」も「麦や節」も「麦屋節」も、それぞれの異同がよく分からない。
理解が浅く、そもそも郷里の富山で歌われるのは、「麦や節」なのか「麦屋節」なのか、それとも「むぎや(節)」なのか、覚束ないのだ。
『こきりこ節』や『越中おはら節』などと並び、富山を代表する民謡だというのに!
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(08/12/01付けの日記より)
「今日は外出三昧? !」
「水鳥が眩しい」篇
昨日の日曜日まで、ほとんど雨続きだったので、今日、月曜日は外出三昧(← こんな言葉があるかどうか分からないが)となった。
← 図書館近くの池にて。ススキの穂が頬を撫でるように揺れていた。
尤も、一件は延期。
母の用事で近所の民生委員の家を訪ねるはずだったが、なんと、昨日付けで民生委員を辞め、他の方に引き継いだというのだ。
昨日のうちなら、あっさり用事は済んだはずなのだが、師走の今日、一日からは町内の他の区の方、全く面識のない方に代わったこともあり、一度は訪問を願って家の、つまりは母の様子を見てもらう必要が生じてしまった。
別に隠すことは何もないけれど、事情を一から説明し理解してもらって、その上でいろいろ頼みごとをすることになる。
というわけで、民生委員宅への訪問はなくなった。
でも、用事は他にいろいろ。
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11月26日(水)だったと思うが、NHKテレビ(ニュース)の「アクセスリポート」というコーナーで、「篤姫たちを支えた 立山信仰 」といった特集が組まれていた:
「NHKニュース 篤姫 立山信仰寄進の文書発見」
→ 「立山」 (3,015m。「立山(たてやま)は、富山県・飛騨山脈(北アルプス)にある山地。複数の山の総称であるため、別名立山連峰とも言う。日本三名山・日本百名山の一つ。また日本の古くからの山岳信仰の山として、日本三霊山の一つともされる」。画像は、「立山 - Wikipedia」より。)
この日は、なぜか同じこの特集を二度も見てしまった。
といっても、食事の準備か最中か片付けの作業中だったりで、テレビをジッと見ていたと言うわけではない。
なので、ニュース(特集)の中でどのようなコメントがあったのか、ほとんどが右の耳から左の耳へ…どころか、断片的にしか耳にも目にも届いていない。
それでも、篤姫の手紙(古文書)がテレビ画面一杯に映っていたのは、チラッとだが観ることができた。
文書そのものは二年前に発見されているから、研究者の間では既に知られている事実なのだろう。
富山以外の方には、あまり強くは関心を惹かないかもしれない。
宮崎あおい主演の大河ドラマ「篤姫」(宮尾登美子原作)が高視聴率を得ているし(内緒だが、小生は録画などでほぼ毎回、見ている!)、そろそろ終わりの時を迎えつつある中、富山の者としては、少しでもその人気にあやかりたいわけである。
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「売薬版画・紙風船を懐かしむ(後篇)」をアップしました。
→ 病棟の廊下から南西の空を撮った。北陸特有の低い雲が、土曜日は少し薄くなっている。雲の切れ間からうっすら日も差しているのが分かる…はず。
土曜日もお見舞い…というか、まあ、行っただけ。
少し、身の回りの世話をし、雑談めいたことをする。
何もせずに一日を過ごす病室での時間は長いと、母が愚痴る。
愚痴る元気があるってことだろうけど。
仕事もあるのでさよならして駐車場へ向かうと、そこでバッタリ、子どもたちを連れて見舞いに来た姪っ子に会った。
普段なら忙しい身。週末なので時間が取れたのだろう。
← やはり病棟内から北東方面を撮る。快晴なら、雪が積もり始めて白くなった山々が、それこそ純白の巨大な屏風となる威容を愛でることができる。
せっかくなので、母の病室まで案内。
小生が姪っ子家族と会うのも数ヶ月ぶりのような。
母がもたらした縁かもしれない。
腕白な子どもたちで、父母の手に余る子達だったけど、躾がされていて、もう、分別も付いている。
小生が去った後、どんな光景が繰り広げられたのだろう。
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「売薬版画・紙風船を懐かしむ(前篇)」をアップしました。
母が入院したことを過日、書いた。
昨日の夕方、主治医の先生に呼ばれ、病院へ。
覚悟…していたが、容態が安定していて、これなら入院での加療の要はない。
なので、退院(ないし介護入院)も可能だという。
無論、退院の道を選んだ。
病院でなら安心していられても、自宅に戻ると、また、この一、二ヶ月の混乱が再現されないかと心配。
投薬や食事のことも、従来にも増して注意しないといけない。
でも、自宅は母が居てこその我が家。
まずは、目出度しである!
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昨日アップした「「虎」の岸駒に会いに行った」の中で予告(?)していた、「「虎」の岸駒」をアップしました。
← 昨日、買ってきたクジャクアスター(菊の一種)などを3株、植え、合計で5株となった。次はチューリップの球根かな。
さて、毎日せっせと花壇(花園)作り。
で、毎日、あたふた仕事…と行きたいけど、週に三日か四日。小生にはニーズがないみたい。
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半ばは偶然、半ばは必然に導かれてか、「富山出身ないし富山にゆかりの画家(アーティスト)を探してい」て、「岸駒(がんく)という絵師の存在を知った」。
本文(冒頭)では、偶然と書いているが、ある程度は見つかるべくして岸駒という絵師の存在を知ったのだと思う。
→ 自転車を飼って富山城のほうへ向かう途中、園内の樹木がすっかり黄葉している公園の脇を通った。思わず携帯でパチリ。すると、何だか見慣れない鳥たちがイチョウだろうか、枝から枝へ渡っていく。体色がやや青味がかっているような、ハトほどの大きさの鳥。キジ? ああ、デジカメを持ってくれば良かった。市街地へ向かうときは大抵、持参するのだが、今日は忘れた。曇天で携帯では上手く撮れそうにないと、撮影は諦めた。惜しかった。
というのも、拙稿を書いている最中に気づいたのだが、富山市にある「富山市佐藤記念美術館」にて、下記の展覧会が今まさに会期の真っ最中だったのである:
「富山ゆかりの画人岸駒-岸家伝来の絵画資料をまじえて」
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今朝(土)は、昨日までの数日の暖かさがウソのような寒さ。
寝床を抜け出して、父母のため、茶の間を暖めておこうと部屋へ向かったらテレビの音、父母の声。
なんと、普段は起きるのが(目覚めるのは小生より早いこともある)遅いはずの父母がもう茶の間にいる。
→ 今週初め、車を駐車する即席のラインを庭側に作った(コンクリートゾーンと土の部分とは段差が十センチほどある)。今までは納屋の側に停めていたのだが、もうすぐ雪の季節。屋根からは雪が落ちてきて、車を直撃するのは間違いない。それでなくとも、屋根からの雪が堆積していくのは目に見えているのだ。駐車スペースとしてコンクリートのゾーンを拡幅したいが、予算的に無理なので、こんな変てこなラインと相成った。
部屋にはエアコンと電気ストーブの灯り(電熱線)が赤々と。
モーニングコーヒーさえ、既に手にしている。早めに起きた時には習慣となっているのだ。
たまーに、こんなことがある。
起き上がってくるのは早いのは、ある意味、朝方などに体調などに何か異変があり、その結果、寝床に入らず起きている勢いのまま茶の間へ、という行動をとることがある。
← 古川通泰「村の祭り」
さて、本題。
「富山を描いた絵画の数々(1)」の中で、古川通泰(ふるかわみちやす) の作品「祭り」の画像を掲げ、さらに、「小生には、「古川通泰のこと」と題した小文がある。後日、ブログにアップしたい」と書いている。
延び延びになってしまったが、今日、多少、追記したり、幾分の訂正注記を加えた上で「「古川通泰のこと」再掲」を本ブログにアップした。
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「富山を描いた絵画の数々(4)」をアップしました。
このシリーズは、当面、今回で終了です。
家の庭の周辺に、ツワブキなどの花があることを記したが、つい先日、「紫式部 (むらさきしきぶ)」という名の花があることを教えられた。
というより、正確に言うと、ツワブキも紫式部と呼ばれる花も、咲いていることは前々から知っていたが、名前を知ったのはつい数日前なのである。

← 庭の隅っこにひっそりと咲いている「紫式部」。撮ろうとしたら、葉っぱの陰から毛虫くんがオイラも撮れよと、茎を横切ってきた。変身してどんな姿を見せてくれるのだろう。
この「紫式部」は、「紫式部 (ムラサキシキブ)」によると、「Japanese beautyberry」で、学名の「Callicarpa japonica」は、「日本のムラサキシキブ属」という意味のようで、語の意を分解すると、「日本の美しい実」を意味するとか。
また、「紫式部 (ムラサキシキブ)」によると、「紫式部」という名となったのには、諸説があるという:
・紫色の実の清楚な美しさを、平安美女の「紫式部」 (西暦1000年頃の人)にたとえた。
・紫色の実をびっしりつけることから「紫重実、紫敷き実(むらさきしきみ)」と呼ばれていたものが、いつのころからか源氏物語の作者・紫式部を連想させて「紫式部」となっていった。
「富山を描いた絵画の数々(1)」
「富山を描いた絵画の数々(2)」
「富山を描いた絵画の数々(3)」
「富山を描いた絵画の数々(4)」
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「富山を描いた絵画の数々(3)」をアップしました。
富山を描いた絵は数知れずあると思うけど、ネットにその情報や画像が載っているのは、多分、一部の限られた人たちだけではなかろうか。
有名な人はともかく、無名な人だと自分でサイトを作ったりする積極性が要るし、あるいは誰かが言及するとか話題に登らせるってことがないと、検索の網には掛かりにくい(あるいはそもそも不可能ってことも)。
→ この花は私です…ってことはない! これもツワブキを見つけた近くに咲いていたもの。折々、摘んでは茶の間に飾ったりする。
といって、「富山 絵画」って検索語(キーワード)には掛からないサイトや絵や作家(画家)も相当数ありえると思う。
情報を持っている方のご好意が頼りなのである。
このシリーズ(?)も、あと1回くらいでとりあえず打ち止めしようと思う。
先のことは分からないけど。
← 一昨日、収穫したトウガラシ。相当数の実を枝ごと、知人に提供したりしたのだが、まだまだ生るみたい。小さめの実や緑っぽい実はだいぶん、残っている。さて、干して、誰かに貰ってもらう!
さて、今日の午後、昨日買ってきたキキョウを8株、植えてみた。
植えたのは、水はけが良すぎる場所、しかも、庇があって、風でも吹かないと降雨の死角になる場所。今回はパンジーやテルスターと違い、花は未だ咲いていない。茎や葉っぱの緑だけの株。
花が咲く前に、呆気なく萎れてしまうってことのないように祈るばかりだ。
「富山を描いた絵画の数々(1)」
「富山を描いた絵画の数々(2)」
「富山を描いた絵画の数々(3)」
末尾になったが、歌手のフランク永井さんが亡くなられた:
「フランク永井さん死去、低音の魅力戻らず - 芸能ニュース nikkansports.com」
「先月27日、都内の自宅で死去」だという。
好きな歌手の一人だった。
「「公園の手品師」の時代、再び」なんて、拙稿を書いたほどなのだ。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
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「富山を描いた絵画の数々(2)」をアップしました。
→ 裏庭に咲いているのに昨日の朝、気がついた。名前は分からない。春から夏にかけて雑草を一掃したけど、もしかしてと毟らずに放っておいたもの。やっぱり、花だったのね(コメント参照!)。
ネットで見つけた、富山の自然や市街地などの風景や光景を描いた絵画(版画)作品を、順不同の形で淡々と紹介していく趣向の記事の一環。
あと一回で終わるか二回で途切れるか。
ネットで見出すってのもなかなか難しい。
情報があったら、教えてもらいたい。
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「富山を描いた絵画の数々(1)」をアップしました。
富山の風景を描いた絵の数々を順不同でアップしていく。
名のある画家の作品もそうでない場合もある。
ところで、昨夜、TBSの人気番組「リンカーン」の冒頭場面にサンバエスコーラ(チーム)・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の面々が賑やかしで登場していた。
ダンサー十数人とバテリア(打楽器隊)も十数人(?)。
ダンサーは前列に並ぶ人が主に映っていて、後列の人の姿は確認できなかった。
バテリア陣は、演奏はともかく、姿は衣裳がチラッとだけだったのが残念。
その演奏、多分、サンバダンサーの豪華さを演出し雰囲気を出すために必要だったのだろうが、そのわりには音をちゃんと拾ってくれていないような気がした。
それこそ、残念だ。
それでも、チームの活動をテレビで見るのは初めて(確か数年前、浅草関連のニュースでリベジのダンサーの誰かが踊っているのを見たことがあるような。さらにやはりTBSの人気番組でリベジなどのダンサーらが登場していたという話を聞いたことがある。小生は見逃したのだが)。
応援していたチームが活躍するのを見るのは嬉しいものだ。
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昨日の夜はアルバイト。
富山は地域によってはだが、夕方、驟雨に見舞われ、土砂降りの雨の中の出勤となった。
バイト先でこの突然の豪雨のことが話題になったが、同じ富山市内であっても、東部と西部、北部と南部で降り方がまるで違うことが、分かって、雨そして天候の異変が今年は際立っていることを痛感させられた。
→ (9月)18日の夕刻、家の畑や庭の片隅から夕景を撮ってみた。
南部と北部といっても、車で二十分も要しない程度の距離しか離れていないのだ。
片や、雨どころかずっと晴れていましたよ、という人、朝から雨だったという人。
小生の地域はその真ん中よりやや南部寄りで、夕方近くになって雨、そして一気の豪雨だったのである。
その雨もあっという間に上がってくれた。車で市内を回る仕事であっても、雨はやはり面倒だし憂鬱。
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[本稿は、小生がいかに注意力や読解力が散漫かを示すような記事。やがては一定の理解に達するのだが、そのしどろもどろな手探り勉強過程のドキュメントのようなもの。よく読めば(聴けば)、勘違いは最初からだったと分かるのだが…。]
過日(12日)の夕方、仕事へ向う道すがら、車中でラジオを聞いていたら、富山はビーチバレー発祥の地だという話が出ていた。
小生、初耳。
その日の夜、仕事の最中にそんな話をしたら、そうだよと、あっさりと。
だから、富山の選手は大会でも好成績を残しているんだとも。
→ 「ビーチバレー用のボール」 (画像は、「ビーチバレー - Wikipedia」より。)
そうか、少なくとも富山の人間なら常識なのか。
昨日は野暮用で調べられなかったので、ちょっと時間が出来た今、ネットで情報を収集。
検索の上位に、「徳野涼子のBeach Life style ビーチスポーツ体験談 ビーチバレー編」ってブログの記事が浮上。
そのコメント欄に、誰かのコメントへのレスの形で、「そう、ビーチボールって富山県朝日町で始まったのよ」って。
ちなみに、徳野涼子なる人物は、知っている人は知っているだろうが(小生は知らなかった)、元プロビーチバレープレイヤーで、「アテネオリンピック2004 17位、2005年引退。筑波大学大学院体育研究科卒業。日本ビーチ文化振興協会理事」といった経歴の持主。
当の選手(経験者)にとっても、常識なんだ!
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過日、仕事の合間に富山の有名人にどんな人がいるか、という話題に花が咲いた。
素養の関係もあるので(作家・政治家・学者・経済界・歴史上の人物などは名が出てこない)主に芸能関係ということで名前を挙げていった…が、すぐに名前が尽きてしまう。
黒部進(ウルトラマン)、柴田理恵、剣幸、西村雅彦、野際陽子、左幸子、左時枝、風吹ジュン、室井滋、立川志の輔、柳沢敦などなど(敬称は敬愛の念をこめて略させてもらいます)。
他にもそのときは名前が挙がらなかったが、加納みゆきや芸能関係ということにしていいのか、森口祐子などなどがいる。
そんな中、誰かが「富山の夜」という曲があり、北森啓介という歌手が歌ってヒットしたという話をし出した。
小生、北森啓介という名の歌手なんて聞いたことがない。「富山の夜」も、知らない。
よく冗談を言う人なので、最初は誰もまともには取り合わなかったが、そのうち、彼がカラオケで鍛えた自慢の喉を披露して歌ってみせてくれる。
うーむ、そんな歌があり、それなりに(地元では?)ヒットしたのか。
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13日、墓参りに行ってきた。
お墓は、我が家からゆっくり歩いても数分の場所にある。
昔は田圃の原の外れにあった。近くには我が家の田圃の一部もあったらしいが、記憶があやふやである。
お寺の境内にあるわけでもなく、野晒しの一角が墓地となっている。
← 先週末のうちにお墓の掃除に行って来た。バケツにチリトリ、鎌、マイナスドライバー、2リットルのペットボトル2本、箒、ゴミ袋などなど。マイナスドライバーは何に使うか? お墓の古い蝋(多分、昨年の墓参りの時の名残り)や、お墓にこびり付いた苔や、コンクリートの透き間や境目から生えている雑草を根元から引っこ抜く。
墓地。
お墓が幾つも並んでいるから墓地。
区画整理されたような最近の墓場とは様子が違う。
地元に代々住む人たちの先祖が、どういう経緯(いきさつ)かは分からないが、あの広いとは言えない一角を墓を立てる場所として定め守ってきたのだろう。
小生が子供の頃は、お盆には家族全員で墓所に向かい、墓を掃除し、蝋燭を立て、菊の花を花立に生け、墓の頭などから水を架け流し、最後にはお招来をした。
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「続:音と光のページェント:納涼花火大会へ!」アップしました。
「音と光のページェント:納涼花火大会へ! 」の後半部分です。
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何年ぶりかでプールへ行った。
七月に入ってから行こうと思いつつ果たせずにいた。
日々、日中は家事に夜は毎日ではないが仕事。
日中は開いた時間があったら、草むしりとか掃除とか。
でも、昨日で草むしりはひと段落した(ことにする)ので、今日は思い切ってプールへ。
といっても、近くにプールがない。
中学校のプールは一般開放しないのかな。
→ 我が家の庭の動物シリーズ(?)…バッタ。我が家の庭には昆虫などの動物が一杯である。それにしても、このバッタ、雑草と見分けが付かない。
で、車で二十分ほどの市立のプールへ。ネット検索したらそこが一番、安いし近い。
入場料が二百円(大人)!
ガソリン代を費やしても痛くない出費だ。
海水浴は考えない。ガキの頃の富山市の浜辺は遠浅とは全く逆で、十メートルも浜から離れたら急激に深くなるという印象が強く、未だに怖い。
それに海から上がって体を洗うには、多分、海の家のシャワーを借りるしかないのだろう。夏休みだ。一杯だろう、きっと。
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[本稿は、「04/01/19」作の旧稿である。「富山の薬売りと薩摩藩」の周辺」なる稿を書いていて、そういえば富山の薬に関連する駄文を綴ったことがあったと思い出し、ここに本稿を再掲する。原則、原文のまま。改行など若干変更。旧稿を温める…。なんと心温まる営為だろう!]

← 江戸時代の「反魂丹」の袋 (画像は、「置き薬>置き薬用語集>反 魂 丹(はんごんたん)」より。)
「安本丹のこと」
ある本を読んでいたら、久しぶりに「安本丹」なんて言葉を目にした。その本とは、芳賀徹著の『詩歌の森へ』(中公新書)である。その言葉が出てくる脈絡が揮っている。
(念のために断っておくが、「安本丹」とは、「やすもとたん」(あるいは「やすもとあきら」)と読むのではない。そう読んで絶対に悪いとは言わないが。実際、このような名前の方がいらっしゃらないとも限らないし。ただ、文章や内容の都合上、「あんぽんたん」と読んでもらいたいのである。)
江戸の市民は日々に言葉のエスプリをたのしんでいたという主旨の話の中で「安本丹」なる言葉が登場するのである。
「安本丹」なる人物が登場するわけではない。
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スーパーのレジにてトラブルがあった。
新鮮市場チェーンの系列店のうちの富山市内の某店でのことである。
いつものように昼前、行きつけのスーパーへ。
夕方は混むし、夜の仕事の時間との兼ね合いで慌しいので、大概、昼前に買物をする。
買物を済ませたら急いで帰宅し、お昼の食事に間に合わせる。
他にも用事があるから、グズグズはしていられない。
← 我が部屋にはエアコンがない。西日が当たって暑い! 部屋は道路に面していて照り返しも凄い。我輩にはエアコンを買うカネもない。なので、納屋から古い簾(すだれ)を引っ張り出し、庇に釘を打ち付けたりして、ぶら下げた。見た目は涼しげ!
必要なものをカゴに詰め、レジへ。
比較的空いているレジ。
見ると、若い女子店員。
見たことのない顔。それがまずかったのか。
普段ならベテランでなくても、何度も顔を見かけている人のレジに立つ(その中で比較的空いているレジを選ぶ)。
前の客が済んで、小生の番。
店員、機嫌が悪かったのか、中年の小生が気に食わなかったのか、最初から態度が悪い。
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富山サンダーバーズが前期優勝を果たしたこと、読者からある日本人の世界的プレーヤーが富山に来ていたという情報を戴いたことなどがあり、せっかくなので、富山のスポーツ情報を若干、メモしてみる(例によって敬愛の意味を籠め、氏名などについて敬称は略させてもらう)。
→ 知り合いの家に迷い込んだ猫。とっても若い雌猫ちゃん。安住の地を見出した時には既に妊娠していたらしく、つい先日、六匹の子猫を生んだ。家の真ん前が街道で車の往来が多く、紐でつないである。つながなくても、妙に人間になついているから、逃げないかもね。文末に子猫の画像を載せる。
目次:
●富山サンダーバーズが、前期優勝を果たした!
●「カターレ富山」が、Jリーグ昇格圏内の4位以内へ最接近!
●富山グラウジーズは、やや苦戦!
●日本人初のプロ水球選手「青柳 勧(あおやぎかん)」が富山に来ていた!
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梅雨もそろそろ終わりに近付いているのだろうか、昨夜はことのほか雨が激しく降った。
しかも、夜半を過ぎてからは雷鳴も長く轟き続けた。
小生が就寝しようとしたのは、そろそろ一時を過ぎようという頃。
明かりを消して真っ暗な中、寝入ろうとしたのだが、間もなくゴロゴロというかドンドンというのか、なんだか胸騒ぎのするような音が喧しい。
もしかして遠からぬ場所にある(化学)薬品工場がまた何かの爆発事故を起こしたのか…。
そんな悪い懸念もあったりする。
← 撮影が下手で、これでは雷雨の光景だとは分からない(文末を参照)!
小生が小学四年生の時、夏の終わりというか初秋と呼ぶには早い頃、実際に薬品が大量に漏れ出す事故があったのである。
塩素系の強烈な匂いが地域一体に蔓延し、病院に担ぎ込まれた人も少なからずいた。
当時は富山では大きな事件・事故であった。多分、全国に報道されたに違いない。
小生も喉が塩素ガスにやられ呼吸が苦しくなったものだった。
病院嫌い(というより怖い)だし、シャイな人間なので喉の苦しさをただ我慢していた。
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ひと頃、居酒屋タクシーが問題になった。
詳しくは、「【主張】居酒屋タクシー 公務員に常識はないのか」(「MSN産経ニュース」より)などを見て欲しいが、要は(記事の全文は末尾で示す):
東京・霞が関の中央省庁の公務員が深夜に公費でタクシーを使って帰宅するさい、運転手から缶ビールやおつまみなどを提供される。このサービスが問題になっている。慣行化し、現金や金券(商品券、図書券など)まで受け取る役人もいた。
→ 五月の連休頃までの我が家の畑。これが畑ですぞ!(以下、本文と画像とは無関係です。)
小生は昨年末までタクシードライバーだった。
但し、個人タクシーではなく法人のドライバー。個人タクシーは試験には通ったものの事情があって断念。
そんなこんなで、今はタクシードライバーではないものの(その内、何処かで雇ってもらえるかもしれないが)、こういったタクシー関連の話題には多分、大概の人よりは関心を強く抱いてしまう。
まあ、マスコミでも散々(?)取り上げられていたし、小生がなんだかんだと非難がましいことを今更、書く必要もないだろう。
それに仮にも同業だった者が批判すると、真面目にやっているタクシードライバーが迷惑を被るとか何とか言うのがせいぜいで、ともすると売り上げの上がらない無能なドライバーの愚痴にもなりかねない。
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以下は、昨年、「空 水 海 雲 霧」などをテーマにあれこれ記事を書きまくった際、関連する記事を書こうと思って集めていた資料集。全てネットで見つけたもの。
主に小生が好きな作家・島崎藤村を巡ってのもの。
→ 6月12日の夕方、仕事の開始時間が遅れ、ちょっと時間が空いた。せっかくなので、車で遠からぬ場所にある公園へ。
これらを適当につなげて島崎藤村に関連して表題の記事を書こうと思っていたが、忙しさに紛れて失念…。
これらの資料を集めていた頃は、小生が翌年には帰郷するなんて思ってもいなかった。
落ち着いたら少しは腰を据えた文章を書きたいと思いつつも日々の雑事に追われているばかり。
以下、生のまま資料を残しておく。当時、どんな文章を書こうとしたものか…。
なお、文章と掲げた画像とは全く無関係。せいぜい、風景に関係するってことくらいかも。
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昔、小生が生まれ育った町の近くに「やくせん」と呼ばれている場所があった。
それは通称で、正式な名称は別にちゃんとあるのだが、少なくともガキの頃の小生は「やくせん」という呼称以外の呼び名を知っていたとは思えない。中学か高校の頃までにはその場所の由来なども認識してきたような気がするが、やがて小生も学生となって郷里の地を離れている間に、「やくせん」のことを思い出す機会もなくなっていった。

← 「富山薬学専門学校 富山大学薬学部 跡」などと銘された碑。夕方、買物のついでに撮ってきた。
「やくせん」という名称は、「富山薬学専門学校 (旧制)」を略したもので、まさに通称、俗称である。
その通称がどれほどの地域で使われるものだったのかは、小生には分からない。
あるいは、我が町の周辺で、それとも、小学校の同級生の間でそう勝手に呼んでいただけなのかもしれない。
でも、記憶では小生の親もそんな呼称を使っていたような気がする。
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富山の人には目新しいニュースではないようだけど、つい先日、富山市の1世帯当たり年間のガソリン代への支出が全国一位とか、富山県の自家用車の1世帯当たりの保有台数が全国二位といった報道がテレビであった。
新しいデータを示すサイトが見つからないので、今年二月のニュース記事を参照させてもらう。
→ 先月末、庭木の手入れをしていたら、何やらひらひら舞うものが。蝶? 違った、蛾だ。ガッカリ。でもまあ似たようなものだし、撮っちゃう! 画像を見ると夜のようだけど、真っ昼間である。強制フラッシュの設定になっていることを忘れて撮影してしまったのだ。怪我の功名か、羽根の燐粉が妖しく光って見える。
「No.338-1:全国家計調査、富山市の世帯実収入が全国トップ」(「Toyama Just Now」より)だって?!
総務省の平成18年家計調査で、富山市の2人以上の世帯のうち、勤労者世帯(世帯主が会社、団体、官公庁、商店などに勤めている世帯)の1世帯当たり1カ月平均の実収入が708,519円と全国1位(都道府県庁所在市別順位:以下同じ)となった。全国平均の525,719円を182,800円上回った。
(中略)
トップとなった大きな要因は、世帯主だけでなく配偶者、その他の世帯員も就業して収入を得ていることや、年金受給対象である65歳以上の世帯員の同居が多いことなどが挙げられる。多世代同居の多い富山県の世帯構成の特徴を反映したものとなっている。
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「元TBS川田亜子アナが練炭自殺」というニュースが昨夜、飛び込んできた。
自殺された場所は東京・港区海岸と、小生が昔、働いていた会社のすぐ近くで、ニュース映像を見て、ああ、あの辺りだ! と思ってしまった。
自殺の理由は小生には分からない。体の不調という情報もあるが。
川田亜子さんオフィシャルブログの 『Ako's Style』には、悩んでいるのが窺える日記の文面が散見される。
健気に頑張っていた反面の悩みの深さが察せられる。
彼女は昨年四月にTBSを退社したが、TBSの経営側との意向の食い違いがあったとも(主にバラエティー番組で活躍したが、本人は報道番組がやりたかったとか)。
昨年の六月には早くもネットに「川田亜子 訴訟問題で揺れる川田亜子の元カレがネットでバラまいたH映像 画像、動画」といった題名のブログ記事が。
どんな情報であれ、若く真面目な女性には居たたまれないことだったろうとは、小生ならずとも想像が付く。
背後で誰かが糸を引いていたのだろうか。事務所には対処する力はなかったのか。
どんな「H映像 画像、動画」なのか見ていないので分からないが、プライベートな部分が徹底して暴かれ晒される(少なくとも本人はそう感じていただろう)。
大きくは仕事上のトラブルなのだろうが、マスコミで活躍する人はプライベートな部分に関しては会社や事務所などの周囲が守り対処してくれないと、どうしようもない。
ちなみに、所属事務所のコメント全文は下記の通り:
5月上旬頃から様子がおかしいと感じ、本人に直接確認したところ大丈夫だと言っていました。
体調が悪い様子ではありましたが、心配しつつも仕事はしっかりとしていたので安心していました。
今回の件につながる理由が皆目見当もつきません。
所属事務所としては、本当に驚いているとしか言えません。株式会社ケイダッシュ 広報部
今朝になって得た情報に拠ると、「川田亜子、最後の生出演は「自殺未遂ルポ」だった」とか。
これが引き金なのか。
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それにしても、富山は文化圏としては、関西のような関東のような曖昧な領域である。富山平野の真ん中に呉羽山(小高い山の連なり)があり、その西側が関西圏であり、東側は関東圏(少なくとも関西圏からは外れがち。というより見放されがち)だったりすることが多い。
→ 一昨年の五月下旬、大田区の某所にて撮影。ある商店の軒下。お地蔵さんでもお堂でもなくて、可愛いので撮ってみた。
小生の住むのは呉羽の東側(これを呉東=ごとう、と称する)であり、関西圏には入らない(但しお袋は高岡の出身で関西圏。父は生粋の呉東の人間である)。呉羽山を境に文化圏が富山でも分かれるのは、呉羽山の西側は加賀・前田家の領地であり、東側は前田家でも支流の家の領地で、(加賀藩に搾取され)文化的にも経済的にも困窮し、そもそも文化的な僻地だった。それゆえに実利的な気風が育まれた(なのに小生が能天気なのは、何故なのだ!)
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今年、小生の大好きな歌手香西かおりさんが富山にやってくる(以下、例によって敬愛の念を籠めつつ、敬称を略させてもらう)。
→ 香西かおり『無言坂』 (CDジャケット画像は、「かおり倶楽部」より)
「伍代夏子・香西かおり ジョイントコンサート~二人の美艶歌~」
◆開催日 2008年6月13日(金)
◆開催場所 オーバード・ホール
◆開催時間 昼の部 午後2時開演 夜の部 午後6時30分開演
困窮していて、読書好きな小生なのに、今年に入って文庫本を一冊買うのがやっとの始末。六月に催される伍代夏子とのジョイントコンサートも、チケットを買うなんて夢のまた夢である。
ああ、でも、せっかくの機会なのだ…。
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今年は、「飛越地震(ひえつじしん)」があった年から150年目に当たる。
発生したのは、1858年4月9日(旧暦:安政5年2月26日)で、「跡津川断層(富山県~岐阜県)を震源に発生した大地震」である。
「安政5年に発生したことから、「安政飛越地震(あんせいひえつじしん)」と呼ぶこともある」という。
→ 「立山大鳶山抜図」(画像は、「日本地震学会:なゐふる:vol.29 (5-8) 絵図から情報を汲む 第4回 飛越地震と大鳶崩れ」より)
「飛越地震 - Wikipedia」によると:
北陸地方(福井県、石川県、富山県)を中心に、中部地方北部の広域で甚大な被害を齎した。マグニチュードはM6~7を記録したとされている。家屋の倒壊も著しく、200~300人もの死者が出る大惨事となった。また、富山県の立山連峰では、日本三大山岳崩壊ともいわれている鳶山崩れが発生し、鳶山の一部だった大鳶山と小鳶山が消滅、立山カルデラに大量の土砂が流れ込むこととなった。現在でも、大量の土砂が立山カルデラに残っており、流出してしまうと富山平野が土砂で埋没するという(砂防工事が行われているため、すぐに土砂が流出することはない)。
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小生は東京でタクシードライバーとして12年と3ヶ月ほど働いてきたこともあり、郷里の富山に帰ってきても、富山のタクシー事情がどうしても気に掛かる。
なのでそのうちに(まだ事情がつかみきれない面が多そうで基本的に印象を連ねることに終始しそうだが)、小生が見た富山のタクシー事情なる一文を書くつもりである。
← 桜越しのいたち川。4月6日、撮影。「富山県富山市を流れる延長約12kmの河川。常願寺川と神通川という富山の2大河川を結ぶ川である」(「いたち川 (富山市) - Wikipedia」より)。小生の家もこの2大河川の間の扇状地に位置している。
が、その前に、これは特に夜、さらには夜中になると顕著な傾向として明らかな<現象>の見られることもあり、今日は富山(乃至恐らくは多くの地方の市街地)の、都会では(少なくとも東京では滅多に)見られない交通事情の一端についてメモしておきたい。
伝えたいのは、自動車運転代行(業者)の車が、夜も深まりとともにタクシーの数を圧倒しそうなほどに活躍している、という事実である。
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過日、「12年までに白熱電球製造中止 経産相、温暖化対策で表明」(「goo ニュース」より)といったニュースを小耳にはさんだ。
「電力消費が多い白熱電球を4年後の2012年までに国内での製造・販売を中止し、消費電力が白熱電球の約5分の1で、寿命も長く省エネ効果が高い電球形蛍光灯に全面切り替えを完了させる方針」という。
「地球温暖化問題をテーマに、北海道洞爺湖町で開かれた関係閣僚と市民の対話集会で明らかにした」というから、発表のタイミングを計っていたということか。
→ 4月6日、チンドンコンクールの見物に行った際、せっかくだからと、コンクールの会場に程近い富山城を散策。
白熱電球への思い入れは、特に昭和世代の人間には一入(ひとしお)なものがあったりする。
そういえば、以前、関連する記事を書いたことがあったはずと探したみたら、「蝋燭…ランプ…電球…蛍光灯」という恰好の小文があった(他に、「蝋燭の周辺」もあるが)。
但し、小生のこと、本分も長いが、プログが日記という性格もあって、前置きがやたらと長い。
以下、関連する部分を抜粋転記する。
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数年前、完成半ばの親水公園を散策したのは既に暮れなずむ頃合だった。
今回は夕方にあと小一時間とはいえ、明るい。
三月の下旬で、風も冷たくはない。
自転車に乗り、あるいは自転車を公園の隅に置き、公園の風景を楽しんだ。
立山の眺望も素晴らしい。青空に漂う雲も形が面白い。
← はるかな立山連峰に眺め入る。富山駅から歩いて数分の公園でのひと時。
しかし、何より予想外の嬉しさは、鳥たちの姿をたくさん愛でることが出来たことだった。
鳩たちだろうか、何かの水鳥たちの溜まり場が設けられてあって、水辺には小屋(観察舎)が建てられてバードサンクチュアリとなっており、バードウォッチングと洒落込むことが出来るばかりではない。
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先日の夕方、帰郷して初めて散歩した。
散歩しようと思えばこれまでだって出来ないことはなかったのだが、その気になれなかった。短時間であれ散歩したってことは、ようやくちょっとはこちらの生活に馴染んできたということかもしれない。
→ 「富山県富岩運河環水公園」を象徴する「天門橋」を遠望する。
先月の26日に帰郷したのだから、散歩しようなんて思い立つまでにまるまる一ヶ月を要したことになる。
東京から富山へ。その前の仙台での歳月を加えると36年間、異郷の地にいたことになる。
異郷と言っても、自分としては東京にずっと居続けるつもりでいたから、気持ちの中で東京を本当に異郷の地と自然に感じるには、きっとまだまだ時間が掛かるに違いない。
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御伽噺(説話)「桃太郎」は、以下のような話から始まっている。
昔々ある所に、おじいさんとおばあさんがいた。じいさんは山へ芝刈りに、ばあさんは川へ洗濯に出た。ある日ばあさんは川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきた。ばあさんはその桃を取り上げ、家へ持って帰って食べようとすると、中から男の子が飛び出した…。
← 刈った柴。薪にはならず…。
この話の周辺を巡っての与太話は、拙稿「桃から生まれた豊かな世界」などで書いていることもあるし、ここでは道草しない。
「じいさんは山へ芝刈りに」の「芝刈り」にちょっとこだわってみたいのだ。
ネット検索で「芝刈り」をキーワードにすると、ある意味当然のことだが、「芝生」の「芝」を刈るという話が引っ掛かってくる。
「芝刈り」ではなく、「柴刈り」と表記すべきだったのだ。
小生が迂闊だった。
芥川龍之介には、「桃太郎」と題された小品がある。
御伽噺の「桃太郎」を芥川龍之介らしく捻った作品で、「芥川龍之介 桃太郎 青空文庫」で読める。
短い作品なので、通読するだけなら数分ほどもあれば十分だろう。
芥川龍之介の「桃太郎」では、「柴刈り」と表記されている…さすがに芥川龍之介は凄いなって、そういう話をしたいわけではない。
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晴れて(?)富山県人・富山市民となった。
なので富山関連の話題が自ずと増えていくものと思う。
今日は、富山といえば立山、立山といえば佐伯有頼(さえきのありより 676年頃 - 759年?)ということで、佐伯有頼に付いて若干のことを自分の勉強のためにもメモしておきたい。
→ 立山曼荼羅『相真坊B本』(個人蔵) 芦峅寺系 形態:紙本4幅 法量:150.0cm×216.5cm(内寸) (画像は、「立山曼荼羅の解説 富山県[立山博物館]学芸員 福江 充」より。「立山信仰と立山曼荼羅の解説」なる頁が充実している。)
佐伯有頼でネット検索すると、筆頭に「佐伯有頼 - Wikipedia」なる頁が出てくる。
冒頭には、「佐伯有頼(さえきのありより、 676年頃 - 759年?)は、飛鳥時代の越中の国司、佐伯宿禰有若の息子。霊示を受け、神仏習合の一大霊場である立山を開山したとされる。出家して慈興と号す。」とある。
が、富山県人なら、そして立山(・黒部)を旅行したことのある方なら、必ずと言っていいほど「白鷹伝説」を観光バスのガイドさんなどから耳にしたことがあるものと思う:
有頼が父の白鷹を父に無断で持ち出し狩をしていると、白鷹は急に現れた熊に驚き逃げてしまう。有頼が矢で熊を射ると、熊は血を流しながら逃げていった。洞穴の中へと続く血の後を見つけ、弓を構えて中を伺うと、そこに居たのは矢を射立てられた阿弥陀如来であった。嘆き悲しむ有頼に向け阿弥陀如来は、白鷹もまた立山の神の化身で有頼を導くための使いであり、僧になりこの山を開くよう告げた。立山の為に生涯を尽くすことを誓った有頼は直ちに下山し父頼若にこの事を告げると、出家し名を慈興に改め、立山開山の為に尽力した。
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久しぶりの床屋。
久しぶりって、どのくらい?
一ヶ月? 三ヶ月? 半年?
まさか、一年ぶりってことはないよね。
ブー。
実は、この前、床屋さんへ行ったのは、1995年8月!
以前、何処かで書いたけど、前の仕事のための証明書写真を撮るため、仕方なく床屋さんへ。
1995年8月の前は、1994年2月末。京都の病院を退院する直前。
1994年2月末から1995年8月までの間、床屋さんへ行かなかったのは、1994年4月(退職が決まったのは、1994年2月末。退院し、会社へ行ったその日)から失業していたから、床屋さんなんて贅沢(?)は論外だったという事情があった。
その間は、自分でハサミやカミソリで鏡を見ながら適当にバッサバッサ。前のほうは鏡で調えられるが、後ろのほうは文字通り適当!
1981年4月から1994年3月までのサラリーマン時代は、近くに話のウマの合う床屋さんがいたので、半ばお喋り目的で月に一度のペースで頭をあたってもらっていた。
さて、話の流れからあるいは察することが出来るかもしれない。
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昨日の記事で書いたように、26日の午後、東京から富山へ移動。この場合、東から西への移動になるのだろうか?
NTTやJRだと、東京は東だし富山は西の縄張りになっている。
文化や経済、地域間交流ということになると、同じ富山県でも富山市内をも流れる神通川近辺で東西に分かれたりして、結構輻輳していてすっぱりとは色分けできないところがある。
なかなか微妙なのである(ここではこの辺りの話題には深入りしない「天神様信仰と梅の花」など参照)。
→ 市街地を流れる川に架かる橋の欄干に寄り、北アルプスの山々を望む。川の水は、降雪で水量も多く濁りがち。
地理的というか気象などを鑑みると、あくまで対比の上での話だが、やや南から北への移動と感じる人もいるやもしれない。
「トンネルを過ぎるとそこは雪国…」と叙されたりする関越の国境のトンネル。
小生は特に冬など、トンネルの手前は寒く乾いた風が吹いているものの晴れ渡っていたものが、列車の窓に車内の光景が突然のように車外からの光の洪水に呑み込まれたと思った瞬間、それは陽光の濁流などではなく、一面の銀世界の眩い照り返しだった…、そんな経験を幾度してきたことか。
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昨日26日の午前、最終的に部屋を引き払って明け渡し、昼前には、東京駅へ向い、正午12分の列車で富山へ。
身には、パソコンと貴重品とを会社への自転車通勤の際に背負っていたデイバッグに詰め込んで。
帰宅した夕方からは早速、家事を始める。
← J.M.G.ル・クレジオ著『愛する大地 ~ テラ・アマータ』(豊崎 光一訳 新潮社)
今日27日の午前には転入の手続きを済ませ、午後には25日に発送していた引越し荷物が届いた。ほとんどの荷物は納屋に当面、仮置きし、前の部屋で使ってきた机と椅子、ロッキングチェアーなどはこれから住み暮らすことになる部屋へ運び入れた。
自分のための箪笥も棚もないので、荷物を納屋から出して整理しようにも、置き場所がない。
なので下着を含めた衣類でさえ当分、荷解き出来ないのである。
午後の4時頃には最低限、暮らせる体制にすることが出来たし、それ以上に引越しのための荷造りなどを含めると、十日以上に渡る連日の作業や事務手続きなどの心労の疲れがドッと出たし、取りあえずは段取りに頭を悩ませつつも、引越しを終えたことでホッとしたこともあり、部屋のど真ん中に鎮座しているロッキングチェアーに腰を深く沈めて瞑目…する間もなく睡魔に襲われた。
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前回に引き続き、「さいたま川の博物館」での、「平成11年度第2回特別展「三途の川」」を道案内に、三途の川のこと、そしてできれば、賽の河原について幾分かでも学んでおきたい。
← 陸信忠(りくしんちゅう)筆本『十王図』(絹本着色 各縦83.2 横47.0(cm) 中国・南宋時代) (画像は、「奈良国立博物館」より) 「人が死後に赴く冥土(めいど)には、亡者の罪業の審判者として閻羅王(えんらおう)(閻魔王)など十人の王が」いる。「十図はいずれも王が冥官たちを伴い、椅子に掛けて机に向かい罪状を調べており、前には裁きを受ける亡者や、あるいはすでに有罪とされた亡者が様々の刑罰を受ける様子などが獄卒の鬼たちと共に描かれる」。個人的には、「壺中水明庵」を舞台に風景画をテーマにブログ記事を綴っている小生、「なお王の背後の衝立(ついたて)にはどれも水墨山水図が描かれ、日本への水墨画導入にこれら画中画が一つの役割を果たしたと考えられる」という点が関心の的。「奈良国立博物館」に所蔵されるという「騎象奏楽図」を見てみたい。
こんなことを学んでどうなるというのか、どんな意味があるのか、少なくとも小生にはさっぱり分からないのだが、何故か惹かれるものがあるので(そろそろ呼ばれている?)、ひたすらに好奇心に駆られるままに、かといって、あまりに深入りして、それでは、自分で訪ねてみようとばかりに、往って(逝って)還らぬ人にならぬよう、浅瀬を選び、できれば、三途の川の中に足を浸さないだけではなく、飛沫さえ浴びないように、用心を重ね、不摂生なる日頃の生活をほんの少しは慎みながら、まあ、表面的なこと、触りのところだけを、無論、差し障りに至らぬ程度に、触れてみよう。
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あるサイトの掲示板で、千葉県には、三途の川という名の川があるという書き込みを見つけた。まさか、という気持ちと、でも、あっても可笑しくはないという気持ちとが相半ばしていたが、とりあえず、ネット検索。キーワードは、勿論、「千葉県 三途の川」である。
すると、検索結果リストの筆頭に、「特別展点描 発見!「三途の川」」という表題のサイトが登場するではないか。
→ 錦絵『三途川老婆』 (画像は、「特別展点描 発見!「三途の川」」より)
その冒頭には、「さいたま川の博物館では、今年度第2回の特別展「日本人の他界観を探る-三途の川-」を開催しましす。」とある。
続いて、「「三途の川」は、皆さんも知ってると思いますが、人が死んでからあの世に行くときに、必ず渡らなければならないとされた想像上の川です。しかし、特別展の開催を準備していた私は、ふと、「三途の川」という川は、実際にこの日本にあるのだろうかという素朴な疑問がわきました」とあるではないか。小生と同じような疑問を持たれる方がいらっしゃるわけだ。
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☆以下は、SNC(ミクシィ)内のある尊敬する方の日記を読んで寄せたモノローグ風のコメント。
小生には闇夜の一灯となっている某人の日記はSNCの中では公開されているけれど、その外への公開の意思は不明なので、小生が寄せたコメントのみ転記する(若干の追記あり)。
→ 月曜日の午前、一週間ぶりにポートラム(富山ライトレールの車両の愛称)に乗った。状況のためこのポートラムで富山駅に向ったのだ。
=== === === === ===
「闇夜の一灯」
小生もブログで親しかった人に理由も告げられずにブロックされて悲しい思いをこれまで何度かしてきました。
理由がまるで分からない。
そもそも、無難なことしか書かない、書けない自分なのに、どんな発言(書き込み、あるいはレス)が原因で拒絶されたのか見当がつかないのです。
そんなことがあると、ホントにネット(に限らず)を続ける意欲も気力も萎えてしまいます。
実はこの三年はずっとそういう落ち込んだ状態。
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[本稿は1月15日の夜半過ぎに書いた呟き風な日記。「銀嶺」という言葉は雪国だと何処でも使われがちで、富山においてもしかり。立山など冠雪した北アルプスの山々の稜線が麓どころか富山市街地からでも見事に遠望できるので、富山の人間にとっても銀嶺という言葉が慕わしいのである。なので、富山には銀嶺という名の宿や、その名も「銀嶺立山」という立山酒造さんの吟醸酒もある。]
← 市街地から遠望する立山連峰。15日の午後、携帯電話のカメラで撮影。本文参照。
月曜日の夕方に家に着いた。
夜、早速、食事の用意。
幸い、姉が食材を用意してきてくれたし(おでん!)、御飯もあったので、温めたり、食卓にあれこれ並べたり、あとは片付けやら洗濯モノの取り込みとか。
郷里で小生が過ごす部屋は冷え切っている。電気ストーブで暖めるけれど、寒い。
掃除はまるでやっていないので、とうとう夜中に掃除機を掛けた。
帰省している間小生が居住する部屋の机の上に、母の傘寿を祝う表彰状と副賞の立派な置物風時計が置いてあった。
剥き出しの表彰状……。表彰状を入れる額を買って来いってことかな。
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関越トンネルの両側では天気がまるで違うことをまた体験した。
91年の関越道あわや遭難事件に比べれば大したことはないが。
なにしろ91年の時はオートバイである。天候の違いをモロに身体で受ける。
→ 関越トンネルまでの風景は概ねこんなもの。
その点、一昨年の秋からは帰省は冬はもとより春や夏だって秋だって列車などの公共機関を利用する。
万が一、雪のために立ち往生したって、列車の中だ。雪に降り込められることはない。
せいぜい、05年末のこと、寒波の中の帰郷の折に、パンタグラフか何かの不具合で列車が走行不能になり、バスでの振り替え輸送になるくらいのものだ。
← 関越トンネルを抜けると雪国。越後湯沢駅にて。
それでも、晴れていた東京を立ち、高崎もその先も(外に出たら寒いかもしれないけれど)穏やかな日よりのように見えたものが、関越トンネルを抜け出た途端、もう、まさに雪国だった。91年ほどの降雪量ではないが、一面の銀世界になっている。
関越トンネルを抜け出た時点では、終点の越後湯沢駅近辺も含め、あるいは霙(みぞれ)混じりの雪がチラホラ降っている程度。夜になったらあるいは本格的に降り出すのかもしれないが。
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冬になると炬燵が恋しくなる。
だったら、炬燵くらい買えよってことになるが、生憎、懐具合の淋しさはともかくとして、我が部屋の中があまりに汚すぎる。狭い。
よって、置き場所もだが、床が汚すぎるので、炬燵を置く気になれないし、ましてたとえ座布団などを敷くにしても座る気には到底なれない。
自分の部屋なのだが、いやなのである。
でも、炬燵が恋しいってのは正直なところ。
← 歌川国芳『炬燵に美人』 (画像は、「Cat-City Museum:猫と浮世絵」より)
年末年始など郷里に帰省するのが常なのだが、楽しみは炬燵である。
(尤も、郷里の家で炬燵が不可欠なのは、木造の古い和式の家屋なので隙間風が凄く、炬燵なしでは居られないってこともある!)
小生は18で郷里を離れたが、そんな少年時代までの思い出が炬燵と共にあるように思えてならない。
幼少の頃は掘り炬燵で、炭が熱源だった。
いつから電気炬燵に変ったのか、覚えていない。兼業だが農家ということもあり、結構、遅かったような。帰省の折、時々、朝などに炭を継ぎ足しさせられたこともあるから、二十歳前後?
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「トールのひとりごと」というブログを折々覗いている。サブタイトルに「富山の街・建築マップ&トールの日記」と。
富山生まれで、東京在住の小生には願ったり適ったりのサイトである。
その最新の記事「クリスマス・イヴ」の冒頭に「富岩運河環水公園」の話題、そして「富岩運河環水公園」の夜景画像が載っている。
富山関連のサイトをこの「富岩運河環水公園」の画像や情報を求めて、ネットサーフィンしていったら、素敵なブログを見つけた。画像も素晴らしい。
→ 残念ながら「富岩運河環水公園」を写した自前の画像が所在不明。なので、富山市内を横切る松川の画像を。06年9月に撮影したもの。この川も「水の都・富山」のシンボルの一つ。遊覧船も走っている。
せっかくなので(?)、5年以上前というHP所載の旧稿だが関連する記事ということで「我が家のマイブーム」などをブログにアップする。
その素敵なブログとは:
「Under the Blue Sky 別館 夜の富岩運河環水公園」
こういう写真を撮りたいもの。拝借したい!
前置きはこれくらいにしておこう。旧稿をどうぞ。
目次:
「我が家のマイブーム」
「出来たばかりの郷里の公園を散歩した」
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今日は、「小春日和」をテーマに何か書こうと思っていた。
昨日の営業の中で、東京など関東では「小春日和」といった日和の日々が続いているといった話題が出たこと、さらに、ジャガイモの新種が研究所段階では出来ていて、今は一般に売り出すための安全性などの検証が行なわれているという話題も聞いた。
そのジャガイモの新種の名前が何故か「コハル」(「小春」か「こはる」かは分からない)なのである。
← 五月みどり『コロッケの唄』 (浜口庫之助 (作詞者)
宮本光雄 (編曲者) 桧原さとし (作曲者) キングレコード株式会社(発売) 画像は、「コロッケの唄- 五月みどり」より)
で、小生、「コハル」つながりということで、一席を設けよう…まあ、雑文を一つ仕立てようかなと思った次第。
「小春日和」と「コハル」では二題であり、もう一つ何か見つけて三題噺にしたい。
(不思議なもの、そして面白いもので、棒が2本では立たないのが、3本だと平面の上に立つように、お話も二題だと心もとないのが、三題噺となると話に膨らみのようなものが自然と出てくる。話が立体的になるものなのである。)
その点、「こはる」という言葉なら何かしら見つかるはずで、三題噺が成り立つのは必定(強引にでも三題噺に仕立てちゃう)!
けれど、小生の目論みは淡く呆気なく潰え去った。
というのも、小生のこと、「小春日和」をテーマに何か書いているに可能性がかなりの確率である。
実際、「小春日和」でネット検索してみたら、案の定だった。
まさに、題名そのものの小文を綴っていたのだ:
「小春日和」
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「雪の関越自動車道遭難未遂事件(4):料金所通過が難関でした篇」
(ノリック追悼記念レポート:「雪の関越自動車道遭難未遂事件(3):仙台でバイクと越冬篇」より続く)
さて、話を戻そう。
ワイヤー錠の威力は自分でも驚くほどのものだった。
ワイヤー錠のお蔭で、一キロでの転倒は数回程度に減った。
次のインターチェンジで降りるまでの十数キロの間での転倒も、今までの何キロかの間の転倒回数の数百回よりは減ること、請け合いである!
← 「雪の関越自動車道遭難未遂事件」のあった翌年、つまり92年に色鉛筆で描いたもの。絵を描くことを試みたのは、子供の頃以来ではなかろうか。91年の年末のことが時折、悪夢のように脳裏に浮んでいた頃、気持ちを落ち着かせるため、ありあわせの色鉛筆でスケッチブックに、何かの写真を見ながら描いたのだった。 ← 大間違いだった。手元の絵をよく観たら、描いた日は72年の秋口となっていた! つまり、小生が大学に入学した年である。お詫びして訂正します。
あまりに単調な時間が過ぎていていく。でも、濃密な時の連なり。
雪は止む気配がない。
前年に買った防寒具の性能がよかったのか、ヘルメットの下に目出し帽を被っているせいか、防寒着の上にさらに薄いビニールの合羽を羽織っている御蔭なのか、それとも下手すると五百回に達しようという転倒・引き起こしという作業の故なのか、体は寒いどころか、カッカしている。
火照っていると言って過言ではない。
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「雪の関越自動車道遭難未遂事件(3):仙台でバイクと越冬篇」
(ノリック追悼記念レポート:「雪の関越自動車道遭難未遂事件(2:高速道路の真ん中にも側溝がありました篇)」より続く)
そんな時だった。ふと、閃いたことがあった。
紐はもうない!
みんな使って切れ果ててしまった。
でも、ワイヤーチェーンがあったことを思い出した。

← 「ホンダ ベンリイ CB125T-I」(但し、小生が乗ったのはこれより前の世代の「ホンダベンリイCB125T」だった。残念ながら我が愛車と同じタイプのバイクの画像は見つからなかった。詳しくは後記する。画像は、「Hondaホームページ 本田技研工業株式会社」より)
ワイヤーチェーンといっても、雪道走行用のタイヤに巻くチェーンではなく、盗難防止のためのワイヤーロックである。
そう、ワイヤー錠(ワイヤーロック)である。しかも、装備重量が300キロに達しようという大型バイク用の、がっちりした、1メートル余りのワイヤーロックなのだ。
それが標準装備されていたのである!
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[雪の関越自動車道遭難未遂事件(2):高速道路の真ん中にも側溝がありました篇]
(ノリック追悼記念レポート:本稿は、「雪の関越自動車道遭難未遂事件(1):希望的楽観も度が過ぎます!篇」より続く)
← 掲げた写真は、04年7月25日、スクーターを駆り中央高速を使っての帰京途上、某SAの施設で小生が偶然、目にし、撮った燕の巣。燕の子供たちへ親燕が懸命に餌を運んでいた(「鳥雲に入る」参照)。
その場を取り仕切る係員のような人が居たが、何を相談する知恵も浮ばない。
間もなく、タイヤはボウズのままに、つまりノーマルタイヤそのままに、チェーン装着場をそろそろと…恐々と抜け出し、本線へ参入。
そう、戦線復帰。
だが、戦意はまるでなかった。
戦意喪失していた。
でも、走るしかない。誰も助けては呉れない。
雪は止む気配がまるでない。少なくともその日一杯は降り続けるに違いない。
雪国育ちの経験からして、止みそうにない空模様だと、痛いほど分かるのである。
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「富山冤罪事件」(「たむ・たむ(多夢・太夢)のホームページへようこそ」)が富山のみならず、全国区で話題になっている。
もう、今日にもニュースの報道対象のメニューからは外れていきそうだけれど。
→ 10月5日、都内某所にて。
富山、そして冤罪事件ということで、主にラジオではこの話題がニュースで流れると、可能な限り耳を傾けてきた。
けれど、それだけだったら、小生がわざわざブログで採り上げたりはしなかったろう。小生が関心を向けている話題は、「海自給油の「転用疑惑」、参院でも民主追及の構え」(「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」)など、数々ある。
ただ、敢えて書かないだけである。
給油活動の話題に付いても、一言、言いたいことはある。
「インド洋での海上自衛隊の給油活動継続問題で、民主党は海自が供給した燃料のイラク戦争への「転用疑惑」を参院でも追及する構えだ」というが、転用云々など、小生に言わせれば笑止な話だ。
海上自衛隊が給油した燃料が直接にはイラクに向うアメリカ軍の艦船に転用されようが、アフガニスタンでの活動にしか使われていなくても、実質、アメリカ(軍)の仕掛けた(失敗に終った)イラク戦争に間接的にサポートすることになっているのは明らかではないか。
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「雪の関越自動車道遭難未遂事件(1):希望的楽観も度が過ぎます!篇」
(本稿は、「ノリック追悼記念レポート:雪の関越自動車道遭難未遂事件(序)」より続く)
確か91年だったと思う。
(「趣味 オートバイ」にバイク乗りとしての大雑把な履歴を書いている。参照するも良し。)
← ありし日の富山の海。電車であるいはオートバイで帰省する折、富山の海を見ると、ホッとする。帰ってきたという感覚が胸の底から湧いてくる。なんて透明度の高い海だろう!
当該部分を転記する(太字部分に注目):
1991年8月 7代目のオートバイ入手 パシフィックコーストPC800(本田技研工業株式会社)
ツーリングに行かなくなり荷物を積めるという利便性に走る。入手したその日は8 月5日。つまり本田総一郎氏の逝去の日。それ故か8年以上乗った。91年の12 月29日に東京から富山へ関越自動車道を走った。関越トンネルを抜けるとそこは雪国だった。あやうく関越自動車道で遭難しかけた。深い雪の中を数十キロも転んでは起こしを百回以上も繰り返してやっと塩沢・石打ICを降りた時、命のありがたみを知った。そのICを降りるだけに一時間以上を費やしたものである。その夜、やっと見つけた宿で凍て切った心身を炬燵で一晩中癒し続けたけれど、体の震えは止まらなかった。さすがにバイクはオートバイの店に置かせてもらい、列車で帰省。春3月になって引き取りに出向いた。
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「ノリックが交通事故死、トラックと衝突」(モータースポーツニュース nikkansports.com)といったニュースがあったのはつい最近のこと。
← 列車で、時にオートバイで眺めた雪原の関越道。<事件>のあった日は降る雪も激しく…。
一部、転記させてもらう:
7日午後6時20分ごろ、神奈川県川崎市の市道で、2輪ロードレースの人気ライダー、阿部典史(のりふみ)さんが乗ったバイクがトラックと衝突、阿部さんは病院に運ばれたが間もなく死亡した。32歳だった。93年に全日本ロードレースにデビューすると、いきなり史上最年少の18歳で総合優勝を達成。世界選手権(WGP)でも通算3勝を挙げるなど「ノリック」の愛称でファンに愛され、日本に2輪ブームを再来させた立役者だった。
世界を舞台に活躍したライダーが非業の死を遂げた。川崎署によると、阿部さんは同市川崎区大島1丁目の片側2車線の市道の右車線をスクーター型の500CCバイクで北上中、前方の左車線からUターンしようとした4トントラックを避けようとしたが、衝突して対向車線に放り出された。当初は意識があったものの、午後8時52分、搬送された市内の病院で死亡が確認された。阿部さんは胸を強打し、ろっ骨骨折や臓器の損傷などもみられたもようだ。
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「富山の和菓子だけ好きってわけじゃない!」なる雑文で、富山の銘菓「とこなつ」(株式会社大野屋)を扱っている。
← 富山・岩瀬浜にて。海越しの立山というわけにはいかないけれど…。05年正月の帰省時に撮影。文末参照。
「大野屋:とこなつ、田毎(たごと)」なる頁を覗くと、「とこなつ」について、以下のように記してある:
貴重な白大豆の餅を餅生地で包み表面に和三盆糖をまぶした一口大のお菓子。和三盆糖がすっと溶けた後、白小豆の使用上品な風味が広がります。”とこなつ”の菓名は、越中国司大伴家持が立山を読んだ歌に因み名づけられました。また、その可憐さは、”とこなつ”の古名を持つなでしこの姿にも重なります。"立山に降りおける雪をとこなつに
見れども飽かず神からならしい。"
「富山の和菓子だけ好きってわけじゃない!」という記事の中でも紹介しているが、「大野屋」「カラーたかおか -高岡総天然色サイト-」なる頁が「創業150年を超える老舗」である「銘菓『とこなつ』で有名な大野屋」についてあれこれ教えてくれて嬉しい。
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小生の郷里は富山である。
今日から「おわら風の盆」が始まっているし、九月になったことだし。
なので、久しぶりに富山についての話題を幾つかメモしておきたい。
富山情報の記事は久しぶりかなと思ったら、比較的最近も幾つか書いてはいる:
「25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!」(2007/08/23)
「花火大会と空襲の間に佇む」(2007/08/15)
「「線香花火の思い出」など」(2007/07/30)
「棕櫚の樹や麦の話と二毛作」(2007/04/08)
「黄砂に抱かれて草むしり!」(2007/04/02)
「来週は全日本チンドンコンクール!」(2007/03/31)
← 「絵本とぬいぐるみセット」 (「絵本とぬいぐるみセット 逸品チャンネル DeSiCa とやま」参照。詳しくは下記する)
この数ヶ月だけでもこれだけ。
が、「来週は全日本チンドンコンクール!」を除くと、基本的に思い出話っぽい話題が多い。情報とは呼びづらい。
「25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!」は、我がリベルダージの今年のパレードテーマが「スイーツ(スウィーツ)」と、小生の好きなお菓子だったので、せっかくなので、生まれ育った富山での子供の頃のお菓子の思い出などを綴っているのである。
なので、今日はトピック的な話題を幾つか。
目次:
●今日から「おわら風の盆」が始まる
●「黒部川の水質日本一 8年ぶりに1位に」
●「保育料の滞納一千万円 日本一少ない0.3%」
●「くらしたい国、富山」が開設
●局キャラ登場の絵本発売 北日本放送(スタジオジブリ)
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お盆の真っ最中である。お盆の帰省ラッシュが今度は往路のラッシュとなっている。
猛暑日(「群馬県の館林で気温が40・2度を記録」!)の続く夏も、さすがに今頃ともなると、花火大会というイベントも大方は終ったようだ。
尤も、東京に付いては、「日刊スポーツ主催 2007 神宮外苑花火大会」(公式サイト)が「2007年8月16日(木)」に催される。明日だ!
しかも、予備日(17日(金))まで設けてある。
→ 山下清『富田林の花火』(画像は、「山下清「富田林の花火」 ギャラリー小山 自由が丘にある画廊 山下清の絵画,版画を通信販売(通販」より)
東京23区在住のものにはこれが最後のチャンスなのか(他にもこれから開催されるものがあるのかどうか、小生は知らない。調べたら、「世田谷区たまがわ花火大会」が「多摩川河川敷」にて「8/18(土)に開催されるようである)。
今の所、小生は今年も一つも花火大会の会場へ足を運んでいない。
ただ、都心を中心に都内をうろうろするという仕事柄、花火大会会場、あるいは見物スポットへのニアミスは少なからずある。
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昨日のブログ日記「ラジオ聴き音の風景たっぷりと」にて、以下のように書いている:
昨日28日の夕方、隅田川の傍を通った。といっても、首都高速の上からのこと。開催される一時間ほど前に実車で高速を走りつつ、眼下の隅田川をチラッと眺めたのである。隅田川に屋形船が一杯、浮んでいた。まるで花の筏みたいに。
でも、花火大会は見れなかった。今年も。隅田川の花火大会、小生は一度も見ていない。
→ 7月28日、都内某公園にて。月齢は「13.6(中潮)」だったようだ(「こよみのページ」参照)。
文中、「花筏 (ハナイカダ)」という言葉がある。
これは(まさに「花筏」という花もあるが)、ここでは「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさまを「筏」に見立てていうことば」として使っている。
やや似たような言葉に、「花筵(はなむしろ)」がある。
これは、「花見の時に敷く莚」の意味もあるが、「和歌では(略)散り敷いた花びらを莚に見立てた語として使われ」ることもある(「花 莚」参照)。
小生などは、「散り敷いた花びら」の光景について、「紅筏(べにいかだ)」という言葉を僭越にも推奨しているのだが。
ところでさて、隅田川(に限らず)の花火大会を見逃した口惜しさもあるが、せっかくなので、小生の花火関連の記事を(旧稿を温めるという主旨で)紹介しておきたい。
まずは、掌編「花火大会の夜に」である。
昨年の7月30日に作っている。昨年も花火大会を見逃している!
この掌編というにはやや長めの小品では自転車が小道具として使われている。
翌月の8月、お盆過ぎにバイクを手放し自転車を愛用するようになる、その予感があったのだろうか(ちょっと、強引か)。
さらに、「線香花火の思い出」という5年前の今頃書いたエッセイがある。小説は物語であり虚構、エッセイは実話という方針を立てている小生、まさにこれは思い出話である。
といっても、なんてことない、語るには価しないような、ささやかな思い出に過ぎないのだが。
旧稿を温めるという意味もあるので、以下、転記しておく。
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先月、あるブログの記事を読んでいて、添えてある画像に感じるものがあった。
画像の中の棕櫚、というより正確には、付されている文章にちょっと刺激を受けたのだ。
子供の頃、家の庭に棕櫚(シュロ)の樹が三本生えていたと書いてあった。
← 郷里の家の庭にある棕櫚の樹二本。疑問はこの樹を巡って。
でも、一番、そうだったのか! と思わせられたのは、「繊維状の樹皮で縄を綯ったこともあったなあ」というくだりだったのである。
小生の郷里の家の庭には今も棕櫚の樹が二本、生えている。
棕櫚なのか、蘇鉄(ソテツ)なのか、実のところ、小生には分からない(多分、唐棕櫚だろうと思うのだが、トーシローには決めかねる)。
分からないどころか、小生は我が家の庭に植えられている樹はヤシの木なのかなと、少なくとも思っていたような気がする。
下手すると、今も、うっかりするとヤシの木と呼びたくなってしまう。
いつまで経っても、ヤシの実がならないし、あまり高く育ちそうな気配も漂ってこない。
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既に昨日となったが、4月1日の日曜日は予報では晴れだった。
実際、前日は風雨に雷と春の嵐の様相を呈していたのがウソのような穏やかな日和となった。
小生は今、事情があって郷里にいる。
例によって束の間の家事見習いをしている。

→ ヘミングウェー作「武器よさらば」(高村勝治訳、「グーテンベルク21」)
晴れているが春の日差しで風もなく、外の作業が苦しくはないような気がする。
いかにも春らしく、晴れの日が続くとも限らない。
ということで、草むしりすることにしたのだった。
「クラスターなき世の中で暮らしたい!」(クラスター爆弾 2007/03/01)
「春雨を待ちわびる日々花粉症!」(剣幸(つるぎ みゆき) 目次 2007/03/02)
「南北に東西越える劇を見る」(鶴屋南北とシェイクスピア 2007/03/03)
「藤原新也…鳥葬も地・水・火・風の証かも」(2007/03/04)
「国芳の多彩な画業猫ゆずり?」(歌川国芳 2007/03/05)
「今日の日で古今東西くくれども」(あの日、あの場所で 2007/03/06)
「箸のこと端までつつき橋架けん」(箸のこと/ロラン・バルト 2007/03/07)
「「土を喰う日々」からあれこれと」(2007/03/08)
「今年も沈丁花が咲きました」(思い出話?! 2007/03/09)
「三宅島で公道レースだって?!」(2007/03/10)
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来週末、つまり、4月6(金)・7(土)・8(日)の三日間、「全日本チンドンコンクール」が開催される。
場所は、我が富山県富山市の中心部で富山城址公園も間近な通り。
コンクールのコースも決まっている:
「チンドン大パレード」
→ 4月6(金)・7(土)・8(日)の三日間、富山で「全日本チンドンコンクール」!
これだけの規模で、しかも、三日間に渡って富山でチンドンコンクールが開催されるのである。
どうせなら、サンバカーニバルを富山市で大々的に開いてもらえんもんやろか。
そうすれば数十万のサンバファンで街中が埋め尽くされるのは間違いなし! しかも、三日間(二泊)の滞在が見込める!
小生思うに、ブラジルから日本へ富山へ多くのブラジル人、日系人が来ている(し、向こうへも行っている)。
いよいよ、富山を舞台に、サンバもブラジルの人たちもサンバやラテンまみれの日本の方たちも中国大陸に渡るべきときが来ているのではないか。
中国、ロシア、果ては西南アジアへ雄飛すべき時!
その拠点が富山だっていいはずではないか!
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土曜日も仕事だった。人の出は結構、多く、営業の回数も多かった。近場ばかりで売り上げは寂しいものだったが、ラジオではたっぷりの音楽はもとより、あれこれ話を聴くことができて、実り豊かだった!

← 池田(渓斎)英泉『花魁』(「浮世絵春画(枕絵、艶本)の展示室」より)
聴くつもりはなかったのだが、夜中になって、国会での何かの委員会でのNHK予算案審議の模様を断片的に伺ってしまった。
ちょっと驚いたのは、NHKの受信料の強制化の検討に関連して、受信料を漏れなく徴収するため、住民基本台帳を使うことも視野に(検討の材料に)入れていると、NHKの方が答弁して言っていたこと。
なるほど、住民基本台帳は税金の徴収だけではなく、公的な利用料の徴収に活用できると一部では目論んでいるわけだ。
賢い?! 怖い?
赤ちゃんポストの特集も某FM局でやっていて、なかなか興味深かった。
今日はこの問題は採り上げるつもりはない。下記サイトを参照願いたい:
「[解説]赤ちゃんポスト設置へ ニュース 医療と介護 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」
「赤ちゃんポスト - Wikipedia」
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小生、富山生れのものだから、自然、テレビでもラジオでも(その外のメディアであっても、そう、ブログなどでも!)、富山関係の情報だと、つい、小さな耳をダンボにして見入ったり聞き入ったりする。
先々週だったか、某ラジオ局で富山出身の数少ない女優である風吹ジュンさんが出演されていた。曲がりなりにも仕事中ということもあり、聞きかじることも侭ならなかったが、贔屓目を差し引いても好きな女優さんなので、声を聴けただけでも嬉しかった。
← 6日の夕方近く、羽田空港の帰り、某所で小憩を取った。すると、暮れ始めた運河越しの夕景が綺麗で、つい、パチリ。画面では見づらいが、川面には水鳥たちが一杯。いいなー、一緒に泳ぎたいなー…。
7日、火曜日は、NHKラジオでやはり富山出身(富山県朝日町)の女優である左 時枝さんの話を聴く機会に恵まれた。
言うまでもなく、五年余り前に亡くなられた名優の左幸子さんの妹さんである。
左幸子さんについては、訃報の形で、簡単な一文を綴ったことがある:
「左幸子さん、死去」
[今更ながらに、左幸子さんは偉大な女優だったのだと痛感する。彼女の輝いていた時代の活躍ぶりをその一端なりとも映像で見ることができた自分は恵まれていたというべきだろう。
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今日1月25日は、「1月25日 今日は何の日~毎日が記念日~」(ブログ「今日は何の日」)によると、「左遷の日」だとか。
「901(延喜元)年、右大臣・菅原道真が醍醐天皇によって九州の大宰府に左遷された」という。
彼の才能を妬む左大臣・藤原時平は、道真を罪に陥れてやろうと策略し「道真は国家の政治を私物化している」と醍醐天皇に何度も讒言した。これにより、天皇も道真のことを逆臣と思いこむようになり、901年1月20日に菅原道真を太宰権帥に左遷、筑紫国に流罪とすることとした。
長年住み慣れた自宅の庭に植えられていた梅が咲いているのを見て東風吹かば匂ひ送来せよ梅の花 主無しとて春な忘れそと詠み、この日、都を旅立った。その梅は菅原邸から太宰府の庭まで飛んで行ってそこに根づいたという「太宰府の飛梅」の伝説がある。
→ 酒井美意子著『加賀百万石物語』(角川文庫)
小生は富山生まれで、富山という土地柄もあって、天神信仰への関心は浅からぬものがある。なんといっても、今は分からないが、昔から富山は天神信仰熱が篤い地なのである。
菅原道真は無念の思いを抱きながら、2年後の903(延喜3)年2月25日に亡くなった。
小生は、惜しくも2月26日に生まれている。25日だったら、道真公の生まれ変わりだと(密かに!)自負しえたかもしれないのだが。
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過日、折々覗かせてもらっている某ブログサイトで「裏日本」という懐かしい言葉(表現)に出逢った。
小生の中では(思い込みに近い常識に過ぎなかったのだが)、「裏日本」という言葉は随分と昔に死語の範疇に入っているものと思っていた。
差別用語というより、使わないのが良識だという、まあ、言葉の鬼籍に仕舞われている言葉(表現)なのだと思っていたのだ。
当該のブログでは、裏日本という言葉を別に陰気な表現(一時期は蔑称的使われた、悲しい歴史のある用語)だとは思っていないようで、今も普通に(マスコミも含め)使われている言葉だと思われていたようである。
無論、悪意の類いは一切、感じられなかった。
むしろ、旅の記録(日記)では裏日本と呼称されている、我が富山を含めた地域を好意的に描かれている。
← 「環日本海諸国図」。「この地図は、富山県が建設省国土地理院長の承認を得て作成した地図〔承認番号 平6総使第76号〕を転載し」たものだとか。詳しくは文末にて。
ただ、少しは「裏日本」(当然ながら、相関する言葉、対となる言葉として「表日本」)という言葉の使われていた時代のこと(といっても、その末期のことを少々)知るもの、そして出身がまさに裏日本のど真ん中である富山である小生としては、若干のことを書いておきたい。
願わくは、以下の記述が、当該の記事を書いた方への論難だとは誤解されないことを祈るばかりである。
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昨夜、車中でラジオから富山の話題が聞こえてきた。
せっかくなので、若干のことをメモしておく。
NHKラジオ「ラジオ深夜便」での話で、「日本列島くらしのたより 「富山県高岡市」」と題されていたようだ。
話では、高岡でも伏木の海沿い(近辺)にお住まいの方のように思われた。
一つは「冬の雷」という北陸(富山)特有の海の嵐に関係していた。
何処の海でも冬に海が荒れたら(時化になったら)、冬の嵐であり冬の雷も起きようというもの。
なのに、何故、富山ではこの現象がラジオその他で採り上げられるかというと、ブリと関係するからである。
← そろそろ夜が明けようという頃、帰宅の途上、環七を越える陸橋を通りかかったら、朝焼けが…。携帯のカメラなので、画像が少々ぼやけているのが残念。あと、十数分もしたら、水星が太陽面を通過する現象が見られるのだな、なんて思いながらしばし自転車を漕ぐ足を止めて感傷に耽った。この現象の詳細は、「2006年11月9日 水星太陽面通過:国立天文台」参照。
そう、富山では冬の雷のことを別名、「ブリ起こし」とも称される。何故なら、冬の雷自体は、富山のみならず北陸地方に見られる現象なのである。富山は、富山の冬の名物、ブリ漁に関係するので、別名があるというわけである。
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小冊子「富山県人」が過日、届いた。
富山関係の情報がいろいろ載っていて、懐かしかったり、こんなこともあったのか、この人が富山に関係する人だったのか、など、毎月、読むのが楽しみである。
せっかくなので、久しぶりに富山関連情報を。でも、別頁の地震情報は広く一般にも関心を持たれていい情報をも提供できていると思う。
「2005年05月の索引…富山情報…浅野総一郎」の中で、「浅野総一郎の青春を描く映画の撮影が始まった」と伝えていたが、その映画の上映が「ラゾーナ川崎プラザ」にて始まっている。「延長も決まった」という情報を出演している歌手の仲代奈緒さんのブログ「仲代奈緒 オフィシャル・ブログ」で得た(仲代奈緒さんのオフィシャルサイトは「Nao Nakadai Official web site n++」):
「九転十起の男 -浅野総一郎の青春- - シネマトゥデイ」
なお、この映画が上映されているのは「ラゾーナ川崎プラザ」内にあるシネコン「109シネマズ川崎」で、そのこけら落としとして上映されているものだとか(「映画:浅野総一郎描いた「九転十起の男」、26日に川崎のシネコンで上映 /神奈川:MSN毎日インタラクティブ」参照)。
← 「九転十起の男 -浅野総一郎の青春- - シネマトゥデイ」(監督:市川徹 原作:新田純子) 浅野総一郎役の網本圭吾さん。他に、寺田農、仲代奈緒、武蔵拳、六平直政、高瀬秀司、堀田眞三、伊藤裕子らが出演
その他、「世界3大バイオリン一同に こしのくに音楽祭(立山町・富山市)」など、メモしておきたいことがいろいろあるが、今日は、「特集 市民も進める黒部市のまちづくり 富山平野守る大事業 常願寺川砂防100周年」に焦点を合わせてみる。
(ちなみに、世界3大バイオリンとは、「バロン・ヴィッタ」「ストラディヴァリ」そして「ニコロ・アマティ」のこと。この音楽祭が富山は立山で開催されるのは、ヴァイオリニストの故シモン・ゴールドベルク氏が「1993年7月19日立山山麓で84年の生涯を閉じ」たことに機縁しているようだ。)
常願寺川砂防事業というのは、1858年の「「安政の大地震」で、源流にたまった土砂が土石流となって下流に流れ、降雨のたびに富山平野に大災害を起こしたのが発端」という。
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過日、届いていたが、他の郵便物や読み残しの新聞・雑誌・パンフレット類の山に埋もれて、いつしか届いていたこと自体、忘れかけていた冊子を今日、やっと手にしてみた。
このところ、サンバのこと、自転車(通勤での疲労)のことなどで忙しく(あるいはロッキングチェアーで沈没状態で、日曜日は天気もいいし、自転車で近所を散策しようと思っていたが、とんでもなかった!)、先回しになっていたものを、この土曜そして日曜で幾分、片付けることができた。
そうしたら机の上に山積みになっていた書類の中から冊子が現れたというわけである。
それは、郷土の冊子である『富山県人』で、毎月、届いている。
寝る前などに、パラパラと捲るのに、ちょうどいい。

が、夕方だったか、就寝時間が待ちきれずに開封し捲ってみたら、個人的な興味もあり気を引く記事があった。
それは、「有峰街道廃道へ 県境の山道、通行なく」という見出しで、「北日本新聞 バックナンバー」から関連記事の一部を引用してみる:
「富山市有峰(大山)と飛騨地方をつなぐ大多和(おおたわ)道路の私道部分(全長9キロ)が、悪路のためほとんど使われておらず今季限りで通行禁止となる。県内最奥にあった有峰村の人や物が行き交い、伊勢代参などの慣習に使われた歴史があり、廃道を惜しむ声も聞かれる。有峰森林文化村は9月、古道を歩くイベントを開く」
「廃止されるのは、県境の大多和峠-飛騨市佐古間」というが、例えば、「大多和峠」という頁がこの峠について詳しい(地図も載っている)。
「大多和とは「大きくたわんだ地」ということで、この土地が近くにそびえたつ横岳の中腹あたりにあり、大きくたわんだ土地だったことからの呼び名が村名となり、現在も大字として残っているのである」という記述が、小生の語源話好みもあって関心を呼んだ。
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日曜日、ちょっといいことがあった。例の片付け作業が工事の終了もあり、ひと段落付いて、やや気抜けしたこともあって、グッタリしていたら、田舎から小包が届いた。
中身が凄い。いろいろ入っていたが、メインはメロン!
電話での話によると、さる筋からのもらい物で、二つあって、そのうちの一個を送って寄越したという。
誰と一緒に食べる相手もいないので一人で丸ごと一個を食べた。
→ 都内某所にて。八日の未明。終夜の仕事も終わりに近づいている。久しぶりの朝焼け。つい、車中からデジカメを出して撮ってみた。よく見ると、何処か怪しげな雲が。案の定、しばらくして雨がポツポツと。昼は雨降りとなったが、夕方までには晴れて、今度は見事な夕焼けとなった。台風の来襲を告げる茜なのか。
家ではメロンがまだ固いのではと心配していたが、冷蔵でない形で送ってきたこともあってか、届いたメロンを冷蔵庫で冷やしてから手に取ってみたら、やわらかい。
実際、切っても包丁の刃がススーと入っていく。
二つに切り分け、それを更にそれぞれ切り分け、四等分になったメロンを今度はそれぞれ三等分。
全部で12個の小分けになったメロンを皿に盛る。
無論、メロンの汁を一滴たりとも洩らさないため。
そして、切り開いた中は、期待以上にジューシー!
メロン特有の甘酸っぱい香りと食べる際の口当たり。
12等分のメロンを一人で食べて腹が壊れなかったかって?
最後の数切れとなったら、うんざりしなかったかって?
とーんでもございません。
お蔭でお腹の中がメロメロになったけど、ぜーんぶ、おーいしく戴きましたよ。
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昨日の休日(海の日)は、世の中は三連休の最後の日。こんな日は仕事が割合、暇なのだが、昨日は何故か様子が違った。日中から夜半にかけては、やたらと忙しかったのだ。
東京に付いては雨模様で郊外などへ出かけるよりも、都内で動き回る人が多かったからか、それとも、祭日は基本的に仕事が暇という先入観があるから営業を休んだドライバーが多く、結果として動いている車へのニーズが高まったに過ぎないのか。
それでも、夜半を回ると一気に暇になる。都内を駆け回っても空振りに終わってしまう。所謂「空気を運ぶ」状態になってしまうわけだ。
丑三つ時ほどになると、お客さんを探すのにも疲れ、仕事の最前線からちょっとだけリタイアし、裏通りの人影の少ない場所を見つけ、車を止め、新聞を読んだり、本を読んだり、ラジオに聞き入ったり。
昨日は(このブログでも紹介したように)石原裕次郎の命日ということで、NHKラジオでは深夜便で裕次郎特集をやっていて、昨夜はその第二弾。普段、あまり掛からない、あまりラジオではリクエストもされない曲が特集されていた。
一方、同じブログ記事で紹介した、もう一人の命日を迎えた方、市川雷蔵さんについては、小生が聞いていた限りでは全く、話題に上らなかった。もう、忘れられた人なのだろうか。
ちょっと残念。
→ 氷見上庄川天馬船レース(ひみかみしょうがわてんませんレース:詳しくは下記する)
王監督の手術が成功したことがすこぶる嬉しい。内心、もしかして厄介な状況にあるのではと心配だったのだ。王貞治さんは、小生の(野球における、と限定する必要もない)ヒーローだ。
前にも書いたが、小生はガキのころは草野球が好きで、テレビでプロ野球などを見るより、とにかく下手でもいいから自分でやりたがる口。
それでも父の影響で、プロレスも相撲もプロ野球もテレビ観戦は仕方なくするしかなかった。
でも、王選手だけは別格で、格別な思い入れでテレビの前へ。
彼のバッターボックスでの構えを見ていると、宮本武蔵とか荒木又右衛門といった剣客・剣豪もかくやと感じさせられたものだ。気迫がまるで余人と違うのだ。
記録より記憶に残る選手という言葉がある。記録において劣る選手を持ち上げるためのエクスキューズの言葉なのだろうが、小生にとって王選手は記録にも記憶にも鮮明に残る不世出の選手(人)なのである。
学生時代、王選手がホームランの世界記録へ向って挑戦していた姿、そして現役を引退する姿を見ることができたのは僥倖だと思っている。普段は付き合いで見るプロ野球も、他の雑事を差し置いて見入ったものだ。
王選手の現役引退と共に、小生の短いプロ野球(テレビ)観戦の時期は終わったのである。
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このところ恒例になりつつある月初めの索引作りだが、今月はちょっと変則的だが、索引の頁は2日になって作成することになった。
例によって昨年の五月の目次・索引である。
決して今年の五月の索引でも目次でもない!(今年の五月は、これから書く…はずだ!)
今後とも、基本的に月初めには前年同月の索引・目次(内容)の頁を提供するつもりである。
「青葉繁れる…目に青葉」(「青葉茂れる桜井の」や、小説「青葉繁れる」、「目に青葉…」など 2005/05/01)
「五月雨…一期一会」(語義探索 2005/05/02)
「立夏…幻想の未来」(カール・セーガン著『百億の星と千億の生命』 2005/05/06)
「夏の蜘蛛」(「我が友は蜘蛛!」後日談 2005/05/07)
「梅雨の話じゃないけれど」(カメママさんとのこと 2005/05/08)
「若葉雨…桜若葉」(ライダーズハイとは 2005/05/09)
「五月闇…回り道」(2005/05/10)
富山は、「北陸新幹線の富山駅周辺高架化工事が本格的に始まり、富山市は新幹線開通に向けて大きく変わろうとしている」とかで、この数年で駅周辺を中心に市街地の風景が大きく変わりそうである。
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「風車が春の季語なのは」では、「風車(かざぐるま)」が何ゆえ春四月の季語なのか自体が探求の動機であり目的のようなものだった。
結論を出せたわけではないが、春になって陽気に誘われ、子供たちが外に出る機会も増える。冬の間は隣の村や町、まして遠くの町とは行き来も困難だったが、雪も消えて風車売りがやってくる。
もう、子供たちは大喜びで風船売りに群がり、親にねだって風車を買ってもらう。
買ったばかりの風車を、それも、昔は誰もが買えたわけじゃなかろうし、子供らのうちの誰か一人か二人が買ってもらったのだろう。あるいは、子供らのうちのリーダー格の子だろうか。
その子が走りながら回す風車。それをみんなが追いかける。そうしてはしゃぐ子らを見守る子守のお爺さんかお婆さん、親たちは子供の遊びの歓声が耳に入っているのかいないのか、仕事のことで頭の中は一杯である。
そうした風景の中心に風車がある。真っ赤な風車だろうか。青い風車だろうか。緑と土の色と晴れていても春霞の青い空に原色のセルロイド製の風車が遠目にも鮮やかである…。
多少、こじつけめいているし、釈然としない面があるのだが、とりあえず、そんな光景を思い浮かべておいてもいいのだろう。
→ 蓮華草さんに戴いた、「京都は洛北の原谷苑の枝垂れ」桜の画像です。原谷苑は個人の持ち山の桜なのだとか。関西も山のほうはこれからが桜の園の季節のようだ。
さて、「風船」という春四月の季語も、風船だけからは春を連想するのは飛躍がある。夏だっていいし、冬だっていい。秋だって、勿論、構わないはず。
しかし、歳時記上は、春(四月頃)の季語となっている。
「俳句歳時記の部屋」の「春の季語(行事・暮らし編-種類順)」なる頁では、「風船売 紙風船 ゴム風船」といった類義語を示し、「暖かになると子供らは戸外に出て風船などで遊ぶ」と説明されている(引用元には「都外」とあるが「戸外」の間違いだろうと思われる)。
「風船」が春四月の季語なのは、どうやら「風車」と事情は同じらしい。
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ちょっとした偶然があった。
昨夜、テレビ「開運!なんでも鑑定団」を見ていたら、山崎覚太郎という人物の漆作品が登場した。聞いたことのない人物。それでも、なんとなく見入っていたら、この方、富山出身だという。
富山県人というのは、富山出身だとか富山関係の人物だと俄然、関心を抱く傾向にある。島国根性というか、郷土愛が強いというか、視野が狭いというか、学籍でも、富山において問われたならば、たとえ有名な大学や大学院を出ていたとしても、問うた方が知りたいのは、県内での最終学籍である場合が多い。
小生、早速、山崎覚太郎という人物についてネット検索を試みた。
筆頭には、「思文閣 美術人名辞典---山崎覚太郎」なる頁が浮上する。
「漆芸家。富山県生。東美校漆工科卒業。蒔絵にこだわらず、多彩な色漆と簡潔で軽妙な図案、斬新な構図による絵画的表現を確立。漆芸を用の概念から解放し、現代的な表現の可能性を追求する指導者として活躍した。帝展特選受賞。東美校教授。日展理事長・日本芸術院会員。文化功労者。昭和59年(1984)歿、84才。」と簡潔なのはありがたいが、芸術家なのだし、作品の一つも見てみたい。
(文中の「東美校」とは、東京美術学校で、東京芸術大学の前身のようだ。)
あわよくばテレビで見た作品の説明を求めたいが、これはちと無理だろう。個人所蔵なのだし、テレビでの話しだと美術館(展覧会)に貸し出した様子も見受けられない以上は、公の資料が見つかる可能性は薄い。
→ オリンピックで睡眠不足の毎日だという紫苑さんに戴いたカトレアの画像です。カトレアは「冬の貴婦人」とも呼ばれたりするらしい。きっと紫苑さんもそのような方なのでしょう。
「忘れかけていたあの一生懸命に取り組む熱意わたしも取り戻したい」「もっともっと大切に生きたいと思います」とのことですが、小生、誰より耳が痛い。なんたって、自宅でも居眠り三昧の日々だし。でも、小生はロッキングチェアで本という霊験あらたかな睡眠導入財で眠気に誘われるままに寝入るのが何より好きな無精者、今更、どうなるもんじゃないと、開き直っている?!
ネット検索の2番目には「代表作品7」ということで、山崎覚太郎の「漆絵額 紅梅」の画像が現れてくれた。「大正3年本校卒業,芸術院会員,文化功労賞受賞」と説明されているが、ホームページへのリンクボタンがないので、本校とは何処の学校なのか分からない。
「漆絵額 紅梅」のURLから逆に辿ってみると、「青井記念館美術館」というサイトに行き着いた。表紙には青井記念館美術館と共に「高岡工芸高等学校」という名称が。
どうやら、本校とは高岡工芸高等学校のようである。
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今朝未明、暇の徒然にラジオ(NHK)に耳を傾けていたら、「今日は何の日」というコーナーで「猫又ダムで雪崩」という文言が。しかし、生憎というか、ありがたいことにお客さんが乗ってこられたこともあり、ラジオに神経を集めるわけにはいかなくなった。
が、不謹慎とは思いつつも、富山は黒部に関係するらしい話題ということもあり、頭の中で「猫又ダム 雪崩 黒四 作業小屋 生き埋め」という単語が浮かんできてならない(「猫又」と漢字で表記しているが、これは帰宅して調べてみて表記が分かったもの。当初は「ネコマタ」だった)。
立山はともかく(これも一度限りかも)、立山黒部アルペンルートには一度、家族でバス旅行の形で行った事があるだけ。両親共に足腰が健在だった頃の話だが。
→ 10日未明の都内某所。窓を開け後方に現れつつある朝焼けをパチリ。そろそろ仕事も引き上げ時。街灯もお役御免だね。お疲れさん!
朝焼けの日を背に負って家帰る
そういえば、帰りのバスの中で疲れていてボンヤリテレビを見ていたら、「ちびまる子ちゃん」が放映されていて、その日の話の中で、「大きな古時計」という歌が流れてきた。元気ぶりを発揮した両親。でも、こうしてみんなで旅行できるのもあと何年だろうかとしんみりしてしまったものだ。
(思えば、この頃までは小生の自宅のテレビも健在だった。「ちびまる子ちゃん」や「忍たま乱太郎」も欠かさず見ていたっけ…。)
[「大きな古時計」という歌は、どうやら劇場版(92年)の「私の好きな歌」の中で歌われていたようだ。はまじ(浜崎 のりたか)の好きな歌という設定になっているみたい。(当日、追記)]
旅行の何年後だったか、「大きな古時計」は、平井堅の歌唱でヒットした。
となると、今から5年前の夏に立山黒部アルペンルートのバス旅行に出かけたことになる(??)。
さて、富山県人でありながら富山の歴史に(も)疎い小生、せっかくなので調べてみることにした。
念のため断っておくと、「雪崩」は初春の季語である。
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富山関連情報ということで、今回は角川春樹氏を採り上げる。
といっても、小生に特別なネタがあるわけではない。ネットと小冊子「富山県人」(富山県人社発行)が頼りである。
最近(?)の話題というと、何と言っても昨年末に封切られ興行的には上々の部類だという映画「男たちの大和/YAMATO」のプロデュースだろうか。
「ZAKZAK コカイン、胃がん…リベンジ!角川春樹の手腕証明」によると、「先週17日に封切られた映画「男たちの大和/YAMATO」=写真下=が好調な出足で、プロデューサーの角川春樹氏(63)=同右=の手腕が再評価されている。コカイン事件で長く沈黙していた春樹氏の、“リベンジ”が達成された格好だ。」とか。
そう、角川春樹氏は、既に忘れた方も多い(あるいは、最初から知らない人も多い)かもしれないが、コカイン密輸事件で懲役4年の実刑判決(麻薬取締法違反)を受けた角川春樹氏が2年5ヶ月に及ぶ刑務所生活の挙句、活動を再開されていたのだ。
出所は16年4月。
「角川家の一族」のお家騒動については、テレビのコメンテーターとしても活躍している岩上安身氏のレポートが詳しい。
事件の全貌に興味のある方は、「WEB IWAKAMI」の「前後編企画・誰も書かなかった「角川家の一族」」を参照願いたい。何処まで真に受けるかは読み手次第として、読み物としてなかなか面白い。
中でも、「角川春樹・実母の手記(1994.3) 我が息子、春樹への「遺言」 鈴木冨美子」は、「これは私の遺言でもあります―― 幼い春樹や歴彦を奪われた実の母が今、初めてすべてを明かす!」ということで、角川春樹氏を理解する意味だけでなく、一読の価値がある。
映画「男たちの大和/YAMATO」(監督:佐藤純彌)の原作は辺見じゅん氏で(『男たちの大和 上・下』ハルキ文庫)、角川春樹氏が富山市(水橋市)出身なら、作家・歌人の辺見 じゅん氏も富山県に生まれた方。『男たちの大和』では新田次郎文学賞受賞、昭和63年『闇の祝祭』で現代短歌女流賞受賞という方。
そして二人とも父が角川源義!
つまり、角川春樹・角川歴彦兄弟の姉なのである。
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小生、こう見えても富山出身なのである。富山で生まれて育って18年、仙台暮らしが6年、東京在住が早四半世紀以上。
ま、東京に暮らしてのあれこれは随時、書いてきたことでもあるし、仙台でのことは折に触れてということで、今回は富山に関連する話題を順不同で触れておきたい。
えっ、これがどうして富山に関係あるの? という話題もあるが、まあ、読めば分かるということで。
◎ まずは故・高峰譲吉博士の話題。
「高峰譲吉の「アドレナリン」107年目“名誉回復” 科学 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」という記事(2006年1月4日9時0分 読売新聞)で、「化学者の高峰譲吉(1854~1922)らが発見した「アドレナリン」が4月から、医薬品の正式名称として使われることになった。」というもの。
「これまでは米国の学者が命名した「エピネフリン」を使用してきた。高峰の業績を正しく評価すべきだとの声が高まり、厚生労働省は医薬品の規格基準を定めた公定書「日本薬局方」を改正、1900年のアドレナリン発見以来107年目の“名誉回復”をはかる。」とか。
「厚労省によると、薬品の一般名として欧州ではアドレナリン、米国とメキシコは日本同様にエピネフリンを使っている。エピネフリンは、高峰より先に抽出したと主張した米国人学者が名づけた。後に、その学者の方法では抽出できないと判明したが、米国ではエピネフリンを使い続けた。
日本も米国にならったのか、アドレナリンは日本薬局方では長い間、正式名称「エピネフリン」の別名扱い。96年の改正では別名からも消えた。高峰の業績に詳しい菅野富夫北海道大名誉教授らが「発見者の母国であり、正式名称にしてほしい」と厚労省に申し入れていた。」というのだ。
「ケムステニュース~化学ニュースサイト~実験ノートを復刻し公開へ」によると、「高峰は1854年に富山県で生まれ、米国を舞台に化学・薬学で世界的業績を挙げた。消化酵素「タカジアスターゼ」の抽出や、助手の上中啓三とともに成功したアドレナリン研究で知られる。」
そう、「高峰は1854年に富山県で生まれ」がポイントです。
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