2008/05/12

お地蔵さん……ん?(前篇)

お地蔵さん

 田舎の我が家の前には地蔵堂があり、その中には記憶では33体のお地蔵様が祀られてある。33体という数は曖昧である。子供の頃に父か母に、それだけの数の地蔵さんが安置されてあると聞いただけで、その頃は、ふん、そう、で終わっていた。
 お地蔵さんの数がこれだけ揃っているのは珍しいのだ、とも、その時に聞いたような気がするが、関心のないガキの耳は素通りするばかりだった。

080512ka1_2

← 地蔵堂と思い込んでいたが、その実…。

 もう、十年以上の昔になるが、古い木造の地蔵堂は改築されてコンクリート製の立派なものになった。その際、地蔵堂の向きも、それまでは我が家に直面していたのがA家に正対する向きに変わった。
 老朽化の故に改築するのは分かるとして、何故、向きまで変わったのだろうか。地元の富豪で、蔵が三つあるA家の威光なのだろうか。
 それとも、単に、我が家と地蔵堂の間の道が狭く(車は擦れ違えない)、それに対し、A家と現行の地蔵堂の間の道のほうが、やや広く、車の通行量も人通りも多いからなのだろうか。

続きを読む "お地蔵さん……ん?(前篇)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/01

ほしのゆうえんち・富山あれこれ

 小生の郷里は富山である。
 今日から「おわら風の盆」が始まっているし、九月になったことだし。
 なので、久しぶりに富山についての話題を幾つかメモしておきたい。

 富山情報の記事は久しぶりかなと思ったら、比較的最近も幾つか書いてはいる:
「25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!」(2007/08/23
「花火大会と空襲の間に佇む」(2007/08/15
「「線香花火の思い出」など」(2007/07/30
「棕櫚の樹や麦の話と二毛作」(2007/04/08
「黄砂に抱かれて草むしり!」(2007/04/02
「来週は全日本チンドンコンクール!」(2007/03/31

70806_detailimage3

← 「絵本とぬいぐるみセット」 (「絵本とぬいぐるみセット 逸品チャンネル DeSiCa とやま」参照。詳しくは下記する)

 この数ヶ月だけでもこれだけ。
 が、「来週は全日本チンドンコンクール!」を除くと、基本的に思い出話っぽい話題が多い。情報とは呼びづらい。
25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!」は、我がリベルダージの今年のパレードテーマが「スイーツ(スウィーツ)」と、小生の好きなお菓子だったので、せっかくなので、生まれ育った富山での子供の頃のお菓子の思い出などを綴っているのである。
 なので、今日はトピック的な話題を幾つか。

目次:
●今日から「おわら風の盆」が始まる
●「黒部川の水質日本一 8年ぶりに1位に
●「保育料の滞納一千万円 日本一少ない0.3%
●「くらしたい国、富山」が開設
局キャラ登場の絵本発売 北日本放送(スタジオジブリ)

続きを読む "ほしのゆうえんち・富山あれこれ"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/08/22

真夏の夜は怪談…でも怖い!

 昨日、火曜日は営業の日。
 例によって空車の間はラジオが楽しみ(それと、タウン・ウオッチングも。といいつつ素敵な人はいないかとキョロキョロ。もっとお客さんを探せって? そうだよね)。
 営業しながらの、まさにながら聴取なので、ラジオで聞ける話は何もかもが断片的で、尻切れトンボに終ってしまう。ちゃんと聴いていても、要点をつかむのが苦手な小生、聞きかじりの言葉や話がもともと朦朧然としている小生の脳味噌の中で、渾然一体…とは行かず、錯乱状態のままに欠けらたちが頭蓋骨の壁面に散らばっている。

 幾つか、話題をせめてリストアップだけしておいて、後日、何かの記事を書く際のネタにしたい(という切ない願望も篭めて、メモしておく)。


1)ドライブレコーダー映像を警察に提供
2)アメリカに蘭を普及して
3)小泉八雲と松江と怪談と:真夏の夜は怪談パーティー

続きを読む "真夏の夜は怪談…でも怖い!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/14

卑弥呼(古代の女性)像が変る!

 義江明子氏著の『つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家』(ちくま新書)を読了した。この手の本には目のない小生、図書館で本書(の背)を目にした時は、刊行されて十年も経っている、ありがちな本なのかなという印象を受けた。
 タイトルが、何というか、悪くはないが、目立てばいいっていう感じを受けてしまったのである。

44800622891

← 義江明子著『つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家』(ちくま新書) 秀逸! 古代や古代史を見る目が変る!

 が、本書は「2005-04-10出版」であり(僅か2年前の刊行!)、著者の義江明子(よしえ あきこ)氏も素人ではなく、「現在、帝京大学文学部教授。専門は日本古代史・女性史。(夫は、日本中世史研究者の義江彰夫)」というれっきとした歴史学者なのである。
 名前を知らないのは、小生の無知さは別にして、専門が「専門は日本古代史・女性史」ということで、女性には特に弱い小生、少々馴染みが薄いということもあるのかもしれない。

 まさに女性の視点からの著書。
 よって、女性の側の贔屓の引き倒しという面がないのかどうか、当初はつい、多少は(失礼ながら、不遜ながら)眉唾的な記述がないかと警戒心を持って読み始めてしまった(正直に書きすぎているかな?)。

 が、読み始めて、その論述の確かさと説得力ある記述にあっさり屈服してしまった。

続きを読む "卑弥呼(古代の女性)像が変る!"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/07/27

秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』

運慶は阿吽(あうん)の息で仏生む』などで触れていた工藤隆著『古事記の起源―新しい古代像をもとめて』(中公新書)を過日、読了した。
 この頃、電車やバスを利用する機会が多く、車中での読書のために借りたものだが、「古事記」研究に新しい段階が到来しつつあることを実感させてくれる、実に面白い本だった。
 しかも、素人の小生にも読みやすい!

412101878811

← 工藤隆著『古事記の起源―新しい古代像をもとめて』(中公新書)

 小生は、『三浦 佑之著『古事記講義』』などでも書いているように、「古事記」(や「万葉集」)を折に触れて読んできた。
 当然ながら、解説書や研究書の類いも年に数冊は手に取るようにしている。
 
 そんな小生には、ともすると訓古注釈学の気味になりそうな古事記研究に新生面が見られて嬉しかった。
 まだまだ研究の余地がある!

 再度、本書の謳い文句を転記しておくと、「著者は、無文字文化の「生きている神話」「生きている歌垣」が今なお残る中国長江流域の少数民族文化を調査し、神話の成立過程のモデルを大胆に構築。イザナミやヤマトタケルの死、スサノオ伝承、黄泉の国神話、糞尿譚などを古事記の深層から読み直す」とある。

 下手な小生の紹介より、著名な方の書評が見つかったので、以下、幾つか紹介する。

続きを読む "秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007/06/14

「道草を食う」をかじってみる

 昨日は営業の日で、車中でラジオに耳を傾ける日でもある(勿論、空車の時に限ります)。
 仕事中でもあり、聞き入るわけにはいかない。
 ふと、「道草を食う」という慣用句が話題に上っていた。NHKラジオ第一だったろうか(多分としか言えないが、NHKラジオ第一「ラジオ深夜便」(アンカー宮川泰夫氏)の中の、「のど自慢旅日記  「興味津々~岩手県北三陸」」の中で聴いたような気がする)。

2007_0616070616tonai0023

← 13日の営業中、道草好きな小生は都内某公園脇で、サボってました。紫陽花の中に咲くこの花は何?

 慣用句とは(他にも意味があるようだが)、この場合「「2つ以上の言葉が結び付き、全体としてある特定の意味をもつようになったもの」のこと。
 例えば、「道草を食う」がまさに慣用句なのだが、決して「道草を食べます」と言い換えることはできない。「道草を食べます」という表現はありえるが、意味合いは違ってくる。
「食う」という表現が下品だと思うなら、「どこで道草(を)していたの」と言い換えることは可能のようだ。
 つまり、「道草」で既に「道草を食う」という慣用的表現(句)が含意されているわけである。

続きを読む "「道草を食う」をかじってみる"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/05/08

歌舞妓人探しあぐねて木阿弥さ

 歌舞伎は、「歌舞伎 - Wikipedia」に見られるように、「日本独特の演劇で、伝統芸能の一つであ」り、しかも「重要無形文化財。世界無形遺産」である。
 歌舞伎という言葉の語源も、「カブく(「傾く」が原義)の連用形からとされる。異様な振る舞いや装いをカブキといい、それをする人物をカブキ者と言った。歌舞伎の醍醐味はケレン味のある演出だといわれるのは、こういった背景にも由来する。つまり歌舞伎というのは当て字であるが、歌い、舞い、伎(技芸、芸人)を意味する、この芸能を表現するのに適切な文字である。ただし当初はその発生史から伎ではなく妓の字が使われ、江戸時代には混用していたようであるが、明治時代以降、現在のように統一した表記になった」とあって、なかなか興味深い。

41jtcs192yl

← Thomas F. Leims 著『Die Entstehung Des Kabuki: Transkulturation Europa Japan Im 16 Und 17 Jahrhundert』(Japanese Studies Library Brill Academic Pub) 翻訳されているのかどうか、分からない。河竹登志夫著『歌舞伎美論』(東京大学出版会、1989年)にトーマス・ライムス「16・7世紀のヨーロッパから見た日本芸能ー成立初期のカブキを中心としてー」からの関係する部分の引用があるという。

 歴史についてみると、「1603年に北野天満宮興行を行い、京都で評判となった出雲阿国(いずものおくに)が歌舞伎の発祥とされる。阿国は出雲大社の巫女であったとも河原者でもあったというが、定かなことは明らかでない。阿国はその時代の流行歌に合わせて、踊りを披露し、また、男装して当時のカブキ者のふるまいを取り入れて、当時最先端の演芸を生み出した。このころは能舞台などでおこなわれており、歌舞伎座の花道は(下手側が本花道、上手側が仮花道であることなども含め)ここから来ていると考えられる」とある。

続きを読む "歌舞妓人探しあぐねて木阿弥さ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/22

夜這いの民俗学!

 前々日からの休みが今日も続いている。
 なので、一気に読書も進んだ。
 この数日間で読了したのは下記:
レスリー・デンディ/メル・ボーリング著の『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』(梶山 あゆみ訳、紀伊國屋書店)
マイケル・モーガン著『アナログ・ブレイン  脳は世界をどう表象するか?』(鈴木光太郎 訳、新曜社)
鳥越 憲三郎著『古代朝鮮と倭族―神話解読と現地踏査』(中公新書)
勝海舟著『氷川清話』(講談社学術文庫)
赤松啓介『夜這いの民俗学』(明石書店)

Traviata_a4

↑ 「◆◆オペラ映画◆◆椿姫◆◆

 図書館から借り出した本は全部、昨晩のうちに読了したので、昨夜は寝入るに際して(睡眠導入剤代わり)の本を何にすべきか迷った挙句、以前、某所から戴いた本を読むことにした。
 それは、『コレクターズ版 世界文学全集 23』(日本ブック・クラブ)で、デュマ・フィスの「椿姫」(鈴木力衛訳)とバルザックの「純愛」(安川茂雄訳)が所収。
椿姫」を読み始めたばかりなのだが、これが案外と嵌る!

続きを読む "夜這いの民俗学!"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/03/20

愛本のちまきから泉鏡花の高野聖へ

 昨日のブログ記事「愛本のちまき…ラジオで聴いた話あれこれ」では、富山の民話である「愛本のちまき」にスポットを当てている。
 その末尾近くで、小生は次のように書いている:

「「赤子を産むが絶対に見ないで」と言い残し納戸に入っていきました。が、つい中を覗いてしまった母の目に映ったのは湯につかる大蛇でした」といった民話(伝説)を一読すると、古事記の須佐之男命(スサノオノミコト)や八俣の大蛇(オロチ)伝説を連想する。

8310021

→『高野聖』(泉鏡花/原作 佐藤慶/朗読、新潮カセット&CD)

 その上で、「こうした伝説・民話(神話)の背景には(その一つとして)古代の人を苦しめた暴れ川との戦いがあるものと思われる」と、まあ誰でもが想像の付くようなことを蛇足ながら書いている。

 伝説(民話)などの詳細は当該の頁を読んでもらうとして、今日、下記のような追記を施した:

 あとで思い出したのだが、昔は蛇がやたらと多かった。町とはいいながら実質農村だった地域に生まれ育った小生だが、小生がガキの頃など、庭だろうが、家の土間だろうが、ちょっと掘ったり、敷いてある板を捲ると蛇がウニョーと姿を現すのはしばしばだった。まあ、今は農道も舗装されているが、当時は土の道が当たり前だったし、まだそれほど農薬も使われていなかったから、なのだろう、か。いずれにしても、蛇に限らず、ほんの数十年前までは蛇やミミズやカエルやヒルやカタツムリ、ネズミ、天道虫……と、生き物が民家の近くでも随分と多かった。人間以外の動植物との、望ましい、あるいは必ずしも望まない共生が自明だったことも、物語を育んだ土壌として理解しておいていいのだろう。

続きを読む "愛本のちまきから泉鏡花の高野聖へ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/18

リンゴ酒やケルトの文化育みし

 小生は一昨年の末から(縄文文化との相関も感じられて)ケルト文化に関心を抱くようになった。
 その大きな要因は、鶴岡真弓氏という研究者の存在を知ったことが多い。爾来、図書館で見つかる限りではあるが、同氏の著作を読んできた。

 今日は、過日(多分、木曜日の深夜?)、ラジオでケルトとサイダー(リンゴ酒)との関係に付いての話を聞きかじったので、忘れないうちにメモしておく。
 ケルト文化に通暁している方なら、あるいは、酒好きな方なら、それとも、イギリスなどの文化に詳しい人なら、こうした事情についても常識に属することなのだろうが。
 ラジオでケルトとサイダーとの関係に付いての話題を聞いたといっても、生憎(!)仕事中だったので、聞き入るわけにもいかないし、ほとんど聞き逃してしまった(忘れてしまったし)。

 まず、「サイダー - Wikipedia」を覗いてみる。
「サイダーとは、甘味と酸味で味付けされたノンアルコールの炭酸飲料のこと。ラムネ。日本でサイダーと呼ばれるものは、日本独自のものである。有馬温泉が日本のサイダーの発祥の地といわれている」とあり、さらに、ここからが肝心なのだが、「本来の意味は、リンゴ酒(仏:シードル cidre 、英:サイダー cider )のこと。リンゴの果汁を発酵して作られた酒で、6%前後のアルコールを含む」と続いている。
 なお、今日は眼を通しただけだが、「シードル - Wikipedia」の記述も興味深い。
(参考になるかどうか、小生には、拙稿「ラムネ…サイダー…アイスコーヒー」がある! が、この小文を書いた際には、ケルトとの関係にまるで気付いていない。なお、小生にはさらに、旧稿となるが、「富山とトンボのこと」があって、トンボ飲料ラムネを扱っている!)

続きを読む "リンゴ酒やケルトの文化育みし"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/31

雪降る日待てど暮らせどこんものか

[テーマは、文部省唱歌「」の歌詞「雪やこんこ」について]

 小生のホームページ「国見弥一の部屋へようこそ」(の掲示板)に遠来の客があった。
 バス・バリトン歌手の大畑理博(おおはたみちひろ)氏である。
 彼のオフィシャルホームページは、「Hiro Songs Album-MICHIHIRO OHATA OFFICIAL WEB SITE-」であり、彼のプロフィールは、風貌もあわせ、「大畑 理博(バス・バリトン)」で観ることができる。
「富山県立呉羽高等学校普通科音楽コースを経て、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。現在、東京ミュージック&メディアアーツ尚美ディプロマコース在籍。これまでに毛利準、直野資、黒田博、黒崎隆憲、在原美江子、日本歌曲分野を塚田佳男、青山恵子の各氏に師事」以下、詳しい経歴などはサイトを見てほしい。

0612281_1

→ 昨年末、帰省した折、28日朝方には雪は全くなくて。

 彼の歌のレパートリーは幅広く、「日本歌曲(ソング含む)」、「童謡・唱歌・子供の歌」、「歌謡曲、ポップス」、「ミュージカルナンバー」などである。
 彼には、「千の風になって」を歌ってブレイクしたテノール歌手・秋川雅史氏のように早く全国区の歌手になってもらいたいものである。
(なお、「2007年3月10日「大畑理博ソングリサイタル」」とのこと。)

続きを読む "雪降る日待てど暮らせどこんものか"

| | コメント (10) | トラックバック (1)

2006/12/10

ウタリなる名前の担う意味豊か

 街中を車で流していると、変わった名前(名称、地名、川の名前など)に遭遇することがある。
 その一つに「ウタリ」がある。表記は、メモし損ねて正確なものは分からないし、書けない。
 確か、「兎多璃」だったと思うが、「兎太里」だったかもしれない。
 居酒屋風の店構えだったような気がするが、それも曖昧模糊。
 何処で見かけたのかも確然としない。
 気になる!

Sdsc012501

→ 昨年の正月頃に書いた、「蓬莱(ほうらい)と徐福」なる記事に使った画像。郷里の浜の松林だ。

 ただ、うろ覚えながら、アイヌの言葉に「ウタリ」があったことは記憶の端っこにかろうじて引っ掛かっている。
「大辞林 第二版」によると、「ウタリ」とは、「〔アイヌ語〕親戚。同胞。人々。…たち。」だって。
 やはり、アイヌ語だった。
 でも、もっと知りたい!

 ここはネット検索が威力を発揮すると期待しよう。

続きを読む "ウタリなる名前の担う意味豊か"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/10/08

ウロボロス…土喰らうその土さえも命なる

座乱読後乱駄夢人名事典・歴史上のお友達?」を覗いていたら、どの記事もその画像などが楽しくて、つい前の記事まで遡ってみてしまった。
 すると、「ウロボロス」という項に目が留まった。
 古来より各地でいろんな意味合いを篭められつつ継承されてきた、興味深い(ある種の)シンボルなので、小生も以前、何かの短編の中で使ってみたことがある。
 上掲の頁にも、「自分の尾を自分で食う蛇・・というのがウロボロスの概念で、中世では死と再生を繰り返す円環として、死して復活するキリストにたとえられたり、あるいは錬金術などでは、完全・世界を現すとされたりしました」など、以下、ウロボロスについて簡潔に纏められている。

Ouroboros1

→ 「ウロボロス - Wikipedia」より

 小生としては、もう少しウロボロスの周辺を巡ってみたい。
 例によって、ネット逍遥の手引き乃至は手掛かりにしようと、「ウロボロス - Wikipedia」を覗いてみるが、「ウロボロス (Ouroboros) は、古代の象徴の一つで、己の尾を噛んで環となった蛇もしくは竜を図案化したもの」とか、「世界創造が全であり一であるといった思想を表し、グノーシス派などが用いた。他にも終わりが始まりになる円運動、永劫回帰や陰陽など反対物の一致など、意味するものは広い」とあるが、珍しく情報が少ない。

 それでも、末尾に「今日の無限大の記号(∞)のモデルとなった」とあったのが興味深い。
 ただ、掲げられているウロボロスの像からどうやって今日の無限大の記号(∞)に成り代わるのか、分かるようで分からない。

続きを読む "ウロボロス…土喰らうその土さえも命なる"

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2006/09/15

鯨面文身(いれずみ)は人間の証?

『魏志倭人伝』を読むと、「男子無大小,皆面黥面文身」とある。訳すと、「男子は老若と問わず、皆顔体にいれずみがある」となる。男子は「鯨面文身(いれずみ)」していたというのである。
 あるいは、「以*朱丹塗其身體,如中國用粉也」とも。訳すと、「朱丹(赤い染料)を体に塗っているのは、中国で粉(おしろい)を用いるのに似ている」ということらしい。
(この辺り、「魏志倭人伝を読み解す」を参照させてもらっている。余談だが、「倭地温暖,冬夏食生菜,皆徒跣」つまり、訳すと、「倭の地は温暖で、夏冬問わず生野菜を食し、皆はだしで生活する」という風俗からして、素直に考えると、邪馬台国が奈良(大和)の何処かというのは、全くの論外となるはずなのだが。せめて九州、あるいは沖縄とか奄美とか…。やがて卑弥呼が奈良の地へ向かい、祭祀者として君臨し、その何処か(箸墓古墳?)に葬られたのだとしても。)

縄文式土器 - Wikipedia」を覗く。火焔土器は別格としても、後の弥生式土器に比べると、実用性は勿論、追求されたのだろうが、同時に土器の表面や縁取りなどを観ても、文様・装飾で埋め尽くされている。
 縄文時代の人は化粧をしたのだろうか。顔に刺青など施したのだろうか。体に色など塗ったのだろうか。
 小生は、縄文人は恐らくは体(顔)に何らかの装飾を施したのではないかと想像している。弥生式土器の、あの、のっぺらぼうとは大違いの縄文式土器を見ると、そう思いたくなってしまう。
入れ墨 - Wikipedia」にもあるように、『日本書紀』の記事中にも、入墨についての記事がある。武内宿禰の東国からの帰還報告として、蝦夷の男女が文身していたとある(景行27年2月条)」ことからして、縄文人は刺青していたと推測させられてしまう。)

 装飾というと、古墳の内部の壁も、全ての古墳がそうだったかどうかは分からないが、かなりの古墳には、装飾や文様が何らかのモチーフの下に描かれていたという。
装飾古墳の文様」や「装飾古墳データベース」(写真が見事!)など参照。

 そういえば、日本でも有数の装飾古墳として知られる王塚古墳では、近く一般公開されるとか。→「王塚装飾古墳館
 ここなど、テレビなどマスコミでもっと宣伝してもいいのでは。
 広く一般に知られるに値する古墳だと思う。

続きを読む "鯨面文身(いれずみ)は人間の証?"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/06/25

鏡と皮膚と化粧と…白雪姫の謎

 ある事情があって、「鏡 化粧」をキーワードにネット検索してみた(by Google)。
 すると、驚いたことに、「検索結果 約 1,100,000 件中」の3番目に拙稿「初化粧」が浮上するではないか。
「化粧」も「鏡」も、有り触れた言葉だし、その組み合わせも突拍子もないものとは言えない。化粧と鏡はほとんどセットのようなものだし。
 現に110万件の検索結果が如実にその自然な組み合わせを物語っている。
 けれど、何ゆえ、小生の雑文が上位に登場してしまったのか。挿入されている画像群のお蔭か。文章が優れているとか面白いのか。
 
 ある事情が…と書いているけれど、実のところ、「匂いの力…貴族のかほり」の中に、つい浜崎あゆみの広告画像を使わせてもらったので、彼女について、ちょっぴり大人っぽくなった雰囲気を演出していることだし、何かしら小生も本能において思うことがあったのかもしれない。
 演出もさることながら、化粧の力も大きいのだろう。
 別に化粧が濃いということではなく、化粧で以て少女っぽい面を強調したり、最近のように大人の雰囲気を醸し出したりしているのだろうということだ。

41300605383


初化粧」から若干、転記する:

 女性が初めて化粧する時、どんな気持ちを抱くのだろうか。自分が女であることを、化粧することを通じて自覚するのだろうか。ただの好奇心で、母親など家族のいない間に化粧台に向かって密かに化粧してみたり、祭りや七五三などの儀式の際に、親など保護者の手によって化粧が施されることもあるのだろう。
 薄紅を引き、頬紅を差し、鼻筋を通らせ、眉毛の形や濃さ・長さそして曲線を按配する。項(うなじ)にもおしろいを塗ることで、後ろから眺められる自分を意識する。髪型や衣服、靴、アクセサリー、さらには化粧品などで多彩な可能性を探る。

 見る自分が見られる自分になる。見られる自分は多少なりとも演出が可能なのだということを知る。多くの男には場合によっては一生、観客であるしかない神秘の領域を探っていく。仮面を被る自分、仮面の裏の自分、仮面が自分である自分、引き剥がしえない仮面。自分が演出可能だといことは、つまりは、他人も演出している可能性が大だということの自覚。
 化粧と鏡。鏡の中の自分は自分である他にない。なのに、化粧を施していく過程で、時に見知らぬ自分に遭遇することさえあったりするのだろう。が、その他人の自分さえも自分の可能性のうちに含まれるのだとしたら、一体、自分とは何なのか。

続きを読む "鏡と皮膚と化粧と…白雪姫の謎"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/06/09

世界を見る「めがね」

何日君再来…おおたか静流」の末尾に坪内 稔典著『季語集』(岩波新書 新赤版)からの知見として、「日本は嘗ては二季の国だった。それが中国文化の流入の中のひとつとして四季がやってきて、それ以来、四季を自覚するようになった」云々と書いてあったとメモっている。
 当該箇所は長くもないので(前後の脈絡が途切れるが)本書から転記しておく:

 ところで、日本には四季がある、という言い方がしばしばされる。それはその通りなのだが、でも、日本の自然に初めから四季があったわけではない。民俗学的な考え方では、四季の前に二季があったとされている。正月から盆、盆から正月までの二季であり、農業はこの二季を骨格としてきた。四季は大陸から入ってきた新しい区切りであり、『万葉集』などにその区切りが現れるが、広く普及するのは『古今和歌集』や『源氏物語』などを通してである。特に一〇世紀の当初に成立した『古今和歌集』は歌を四季に分けており、その四季観は現代に至るまで、もっとも基礎的なものとして存在する。俳句の歳時記を開くと、たとえば、時鳥(ほととぎす)が夏を告げる鳥になっているが、それはまさに『古今和歌集』以来の伝統なのだ。
 要するに、四季という区切りが登場したことで、日本列島に春夏秋冬という四季が現れたのだ。四季とは一つのめがねのようなものだ。このめがねをかけると自然界が四季に区切られるのである。

 本書『季語集』でも『枕草子』が参照されている。その冒頭に「春は曙。やうやう白くなりゆく。山際(やまぎわ)少しあかりて紫だちたる。雲の細く棚引きたる」とある。
 ネットでは、「たのしい万葉集」という小生が折々覗かせてもらっているサイトが、「万葉の四季 」というテーマを(も)設けてくれている。

続きを読む "世界を見る「めがね」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/23

紫と言えば醤油!

紫陽花の花言葉は…移り気」なる記事に興味深いコメントを戴いた。内容はコメント欄をどうぞ。
 小生は、戴いたコメントに以下のようにレスしておいた:
 そう、紫陽花はまさに淡い中途半端な色合いですね。固執執着しないが故に移り気なのか、それとも(花びらの色合いは、土壌の酸性度に敏感に反応してのものだという事実を鑑みると)目の前の現実(土壌、相手)に固執するが故に次々と目前の相手に惚れ賛美するから、(その浮気っぽいかのような行動が他人には)移り気に見えるということかもしれないですね。

 濃い紫は、特に日本においては尋常な色とは看做されていない。古代だと高貴な色であり、神秘の色、一般人には使いこなすのが難しい色でもあったような。
 現代だと、紫色のボディの車に乗っているのは、高貴な人じゃなくて、大概、暴走族まがいのチンピラだしね。
今、映画で話題(?)の「イエス・キリストはその死に際して、紫の衣をまとわされていた」とか(古代ローマでは王が死の時は紫の衣を纏う)。
 色の事は、人の気持ちを昂ぶらせるものですね。

 あ、そうそう、今朝、バイクでの会社からの帰り道、路肩に今の時期にしては珍しく鮮やかな色合いの紫陽花を発見。あまりに意外で、思わずハンドルが取られそうになった!

 このレスを書いていて、ふと、そういえば、なるほど、紫陽花という花の名前の中にも含まれる「紫」について調べてみるのも面白いかとネット検索しようと思った。
 けれど、「紫 - Wikipedia」にて話は尽きているような気がする。
 あるいはここから話を膨らませるのも楽しからずや、だが、「江戸紫」という言葉や、それ以上に「筑波山の別名は「紫峰」である。これは、紫に霞む山裾に因んでいる。又、昔は醤油が「紫」と綽名されたが、これは筑波山に因んで「紫」というブランドを付けた事が始まりらしい。」という記述にビビビと来た(太字は小生の手になる)。

続きを読む "紫と言えば醤油!"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/07/17

栃と餅…スローライフ

 野本寛一著の『栃と餅 ―― 食の民俗構造を探る ――』(岩波書店刊)を読了した。こうした地味な好著を手にしえるのも図書館だからこそ。自腹でとなると、情なくもためらってしまう。買いたい本、読みたい本は枚挙に遑のないないほどにある…そんな中で本書をとなると、二の足を踏んでしまっただろうことは間違いない。
 この本が図書館に行った際に、入口付近の新刊コーナーにあったこと、まだ誰にも借りられないであったことは、運が良かったというしかない。
 それとも、多くの方の目には素通りしていくだけの本なのだろうか。この手の本と言うと、柳田國男や折口信夫を筆頭に数知れずあるだろうが、そんな中でも一読してみると地味な感がある。
 それは、筆者が自らを語ることが少ないからだろうか。読み手としては、筆者が足と体で見聞きし、集めた貴重な証言や画像のあれこれを読み眺めるのは楽しいが、探し回る際の筆者の息遣いや汗も、もう少し感じたい。

 さて、上掲の岩波書店の案内によると、「今やグルメブームの名のもとに,ファストフードとスローフードが入り乱れ,食文化は大混乱している.しかし食の民俗を注意深く眺めてみると,食とは何よりも生きるためにあり,そこから儀礼のための食が生まれ,楽しみのための食にいきつく.長年の調査から先人たちの食に関する伝承知を描き,この列島の人々の食に関する嗜好の伝統が姿をあらわす」と説明されている。

続きを読む "栃と餅…スローライフ"

| | コメント (2) | トラックバック (0)