2009/02/03

日記と創作の間に宙吊り

 今年に入ってからだろうか、時折、日記の延長としての、創作未満の雑文を綴るようになってきた

 日記というには、やや難がある。
 事実に基づいた記録ではないし、また、事実云々に関わらないその日の思いを心に浮かぶ徒然に気まぐれに書いたというものではない。
 が、日記に綴る事実ということを心のある種の琴線にまで、心の髄をまで抉って描き示すことであるというのなら、その日の心の叫びとしての日記であると言えそうな気がする。
 
 一方、外から見て傍証や裏書きの取れる、そんな客観的な事実からは離れていることも否みようがない。

 では、創作?
 否。虚構しようという何らかの自覚的な意識があるわけでもない。

 やはり、広い意味での日記と思うしかない。

 帰郷して心が一層、渇いてしまったような気がする。

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2007/07/20

「愛の電化製品生活」書いた

 多分、多分に駄文な小品を書きました:
愛の電化製品生活

 掌編「虹の彼方に」を書いたら、バランスをとりたくなって!
 これら両方をあわせて読むと小生って奴が少しは分かる?!


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2007/05/12

コント「乗っていいのよ」書きました

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→ 「文が解くベートーヴェンの不滅の恋」なる記事の冒頭に載せたツツジの画像。同じ場所で撮影した、あるトレーラー風のトラックの雄姿。画像を拡大すると…。そんな便利な装置があったんだね。

 コント「乗っていいのよ」を書きました。
 コントと銘打っていますが、これがホントにコントなのか、そこんところ自分でもよく分かりません。今度、トコトン考えてみます。

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2005/06/26

石ころ

 ボクは体の中の石ころにムカムカしていた。どうやっても、体内の石ころを取り出すことができない。胃の中あるわけじゃないらしいから、吐くこともできない。
 時折、首筋の辺りに石ころの奴、移動するらしくって、そうなると、大変。ノドチンコと石ころとで喉が狭まって、息が詰まる。ほとんど、喘ぐように息をする。
 まるで、そうだ、コンクリートの道路の片隅から生えてくる雑草。僅かな透き間を見つけて、辛うじて生きている。
 ま、やつ等ほど、ボクはタフじゃないんだけど。

 石ころはフクラハギに隠れたり、お腹に収まって、大人しくしていることもある。そんな時のボクは機嫌がいいみたい。近所の連中とも気軽に遊んだりもする。
 でも、石ころが頭の中とか、最悪、目玉の中に忍び込んだときは、どうしようもなくなる。
 ボクは、懸命に石ころをえぐり出そうとする。父さんに教えられた方法で。

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