2017/01/23

君はピエロ 僕もピエロ

 読書好きなら誰しも同じかもしれないけど、どんどん読みたい本が積みあがる。読んでる本の四倍の積読本。その数倍の読みたい本。そもそも遅読の自分なので、巨大な山を前にして、日暮れの道をよろよろやっと歩いているようです。

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 マルコ・イアコボーニ著の『ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』を日曜日の未明、読了した。
 その感想めいた呟きは、下記する。

 今日も呟きを書き連ねるけれど、いつもと毛色の違った、やや感傷的な小文となった。
 というのも、小生が注目している画家の絵を観ながらの、絵の雰囲気に引きずられての、思いがけない呟きとなってしまったからである。

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2016/05/02

雨の日の公園

 ボクは公園を歩いてみた。近所にあるけど、天気のいい日には一度も行ったことのない公園。

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 児童公園ってものじゃなく、大人たちが草野球やゲートボールだってやっているし、大きな遊具が幾つもあって、休日ともなると、近所の親子連れでいっぱい。
 母親や父親が子供たちの遊び興じる様子を見守っている。

 ボクは、ひとりぼっちなので、なんとなく行きづらい。
 行ったって、仲間外れになるに決まっている。

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2015/03/08

ガラスの月影

 宵闇の町を歩いていて。もうすぐ我が家。
 最後の曲がり角を曲がったら、そこに小さな水溜りがあった。
 アスファルトの道にできた小さな、束の間の池。

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→ そらい@抽象画さん 同じ道を通ったこともない他人が、先も見えない真っ暗なトンネルの闇の濃さを知り得ることができるのか。ということを十年以上前に思っていたことをふと思い出しました(`・ω・´)ゞ

 跨いで通るか、迂回するか、それとも、ゆっくりこのまま歩いて過ぎるか。
 迷ってしまって、とうとう水溜りの前で立ち止まってしまった。

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2014/11/25

真っ逆さま

 ここにも人がいる。ほらっ、人影が見えるでしょ。風もないのに、動くよね。生きている証拠なんだよね。
 ああ、でも、誰もが彼をスルーする。見過ごしてしまう。そこにいると気づいているはずなのに、目を逸らして、誰もいなかったことにする。

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←  お絵かきチャンピオン作「顔流れ」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)

 彼がレジの前に立っても、店員は顔を一切、上げず、ただ事務的に作業をこなしていく。
「ありがとうございました」と一言だけ、添えて、次の客へと視線を移す。今度は、顔をあげ、目を合わせ、笑顔さえ浮かべて、一つ一つの動作に人間味がある。

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2014/07/24

小川の思い出

 あれは遠い夏の日のこと。そう、夏休みということで、里帰りするお袋に連れられ、お袋の田舎へバスで行った。
 手帳だったか、何かのメモだったか、お袋が頻りに気にしていた。
 何度も何度もメモを確認していた。バスに乗り、富山駅で乗り換え、何処かのバス停でまた乗り換える。
 お袋がそわそわしているのが、ガキだった当時の私にも感じられた。
 でも、その理由が分かったのは、ずっと後になってのことだった。
 というより、当時、私はとんでもない邪推の念に囚われていたのだ。

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2014/07/07

踏切の音

 眩しく広がる空に惹かれて歩き出していった。何処へ行くあてなどない。家の中に籠っているのが億劫になっただけかもしれない。
 外には誰かがいる。何かがある。そんな期待があったのだろうか。
 あまりに遠い昔のことで、ろくすっぽ覚えちゃいないのだ。
 今も印象に鮮明なのは、真っ白過ぎる空の広さ。なのに、青空だったかどうか、記憶があいまいなのはなぜだろう。
 臆病な自分が、遠くへ歩いたはずがない。けれど、気が付いたら見知らぬ集落にいた。林や藪や原っぱに囲まれ、その外側には田圃や麦畑が広がっていた。自分の住む町と似ている。でも、馴染みのない地区。

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2014/04/06

月を眺める猫

 ボクは猫を眺めていた。ベランダの手摺に凭れて、息を潜めるようにして、 猫を眺めていた。
 猫の奴は眺められるのに馴れている。それとも、ただ、ボクに無関心なだけ なのかもしれない。
 でも、そんなんことはどうでもいい。大切なことは、猫を眺められる、心行 くまで猫の姿を楽しんでいられるという、そのことだ。

 あいつがオスなのかメスなのか、未だに分からない。
 何しろ、近づいて触ってみたことがないんだから。尻尾を持ち上げて、その 辺りを調べれば分かるんだろうけど、いいんだ。オスだろうがメスだろうが、 猫には違いがないんだし。

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2014/01/09

赤いロウソク(後編)

 その名案というのは…。
 親戚の家の仏壇に赤いロウソクがあった。何かの法事で使ったとか云ってた。その燃えカスを…。
 ボクにはもうとても神社の裏手に一人で突っ込んでいく勇気などなかった。いったん、楽な考えが浮かんだらなおのこと、前に進む気力は涌こうはずがなかった。
 誰も見ていない! 
 お婆ちゃんに、神さん仏はんは、人間のやることなすこと、みんな、見とんがんぞ、なんて繰り返し諭すように云っていた、呪文のような言葉が脳裏を駆け巡っていた。

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2014/01/08

赤いロウソク(前編)

 あれはオレがガキの頃のこと、お袋に親戚の家へ連れられていった。お盆でお袋のお里へお墓参りに行ったのだろう。
 お袋は故郷で寛いで、親戚たちとお喋りに興じていた。ガキ連中は大概の遊びに飽いてしまった。誰ともなく、度胸試しをやろうと言い出し、みんな、よし、やらんまいけ、となった。場所は裏手の鎮守の杜に決まっている。あの頃は田舎は藪だらけだったけど、神社の周辺はいっそう深い森だったのだ。
 思えば、始める刻限が遅かったような気がする。おじちゃんがすぐ暗くなっから、ようよう帰ってこいや、と呼びかける声が聞こえていた。
 ルールは簡単だった。神社の社の裏手にある、今は使われていない古ぼけた灯明に供えられてある落雁か和菓子か真っ赤なロウソクを持ち帰ること。

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2009/02/18

犬とコロッケ




コネタマ参加中: ペットの困った体験談、教えて!

  あれはいつもと同じように一人で学校から帰る途中での出来事だった。僕は、みんながそれぞれ友達と帰るのが羨ましかった。いつかは僕だってと思っても、結局は一人ぼっちで帰る羽目になってしまう。
 みんな連れ立って一体、何処へ行くんだろうか。単に帰る方向が一緒だから、すぐそこまで一緒になるだけなのだろうか。
 それとも、何処かに秘密の面白い場所があって、ワクワクする思いでそこへ向かうのだろうか。だから顔があんなにもにこやかなのだろうか。

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← 対岸の向こうの小高い連山に夕日が落ち始めると、川面が赤く照り映えて泣きたいくらいに美しいのだった。

 僕には何も分からなかった。
 落ち零れの僕は、成績のいい、先生に目を掛けられている連中の仲間には到底入るわけには行かなかった。そうした奴らは、何だかもう人生の行方が明確になっているようで、とてもじゃないけれど足が追いつかない。
 といって赤点付近でうろうろしている連中にも、どうにも馴染めない。そうした奴らには奴らなりの目に見えないけれど濃密な空間があるようで、どうしても僕ははじき出されてしまうのだ。

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