2008/09/29

「千木のこと」「竹樋・懸樋」追記

[本稿は、「千木のこと」への追記です。 (08/09/29 記)]

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← 井堂雅夫『京都百景・平野神社』(木版画) (画像は、「アート静美洞 井堂雅夫『京都百景・平野神社』」より。)

 長部日出雄著の『「古事記」の真実』(文春新書)には、「千木」の語源(あくまで説)についての記述があったので、転記しておく:

 神社建築の象徴である「千木」の語源は、諸説があっていまだに一定していないが、津田左右吉によれば、「チ」というのは、「イカヅチ」「ヤマタノオロチ」がそうであるように、すべて恐ろしいもの、強い力を持つものを意味し、人間を超える力で人間生活を支配するものであったという。

 せっかくなので、今回は「千木」の語源やその周辺(関連)についてネットで調べてみた。

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2008/09/15

メビウスとエオゾーン

[本稿は、東京・浅草へ向う当日の夜に書いていたもの。載せる機会を逸していた。]

 クリフォード・A.ピックオーバー著『メビウスの帯』吉田三知世/訳 日経BP社)を読んでいたら、「エオゾーン」という言葉に出会った。
 小生は初耳(多分)。
 何やら化石の歴史や岩石などに関係する言葉らしい。

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→ アウグスト・フェルディナント・メビウス(August Ferdinand Möbius、1790年11月17日 - 1868年9月26日) (画像・情報:「アウグスト・フェルディナント・メビウス - Wikipedia」より。)

 本書は、「メビウスの世界へようこそ!!エッシャーの版画作品でお馴染みのメビウスの帯のトリビアに加え、結び目理論、クラインの壺、ペンローズ・タイルなど、トポロジーの旅を味わう」といった本で、メビウスの輪(帯)で有名な数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスの生涯や研究に付いての本であり、凡そ、そういった分野とは関係ないのに、なにゆえ「エオゾーン」なんて言葉に言及されているのか。

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2008/08/17

小生 イヌにあわず

 コンラート・ローレンツ著の『人イヌにあう』(小原 秀雄 (翻訳)  (至誠堂選書 1) 至誠堂)を久々に読んだ。
 与謝野晶子訳『源氏物語』とローベルト・ムージル著の『特性のない男』(集英社)とほぼ相前後して読み始め、並行して読んできた本で、読む場所や時間の都合で本書を読み終えるのが最後になった。
 車の中で数頁ずつを読むだけなので、一ヵ月半ほど本書と付き合うことになったのである。

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← 小生が中学に入学した頃に画いた「おおかみおうロボ」! 犬の先祖はオオカミかジャッカルかキツネかなど、諸説があった。が、最近の研究で、犬がオオカミから派生したということが分かったという。「ペットコラム » 犬の起源を考える ②」参照。

 1966年の刊行だが、小生が手にしたのは昭和55年の発行。
 ということは、フリーター時代に買った本ということになる。
 小生は学生時代からのコンラート・ローレンツ(の本)のファンで、全部とは行かないが、翻訳された本の半分は買って読んでいるはず。
 例えば、本書のほかに、『攻撃 悪の自然誌(1・2)』(みすず書房, 1970年) 、『文明化した人間の八つの大罪』(思索社, 1973年)、『鏡の背面 人間的認識の自然誌的考察(上・下)』(思索社, 1974年-1975年)、『ソロモンの指環 動物行動学入門』(早川書房, 1987年)、『ハイイロガンの動物行動学』(平凡社, 1996年)など。

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2008/07/02

ジョイス…架空のイメージとの遭遇(承前)

 さて、余談が長くなった。
 書棚で目にしたのは、『新集 世界の文学 30 ジョイス』(高松雄一/永川玲二訳 中央公論社)である。昭和47年の刊行だが、小生が入手したのは古書店で。
 読んだのは学生時代の終わりごろだったような。

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← 『ザ・デッド ―ダブリン市民より―』 (画像は、「ザ・デッド ―ダブリン市民より― ジョン・ヒューストン監督作品」より。) 「ジェイムズ・ジョイスの短篇が、華麗に、香気豊かに映像化された――」というが、一体、どんな映画なのか。今回、『ダブリン市民』の短編の数々の魅力を賞味して、改めて関心が沸き立った。

 その頃は、内外を問わず、腕ずく力尽くで哲学や文学などの本を読み漁っていた。とにかく読み倒す。分かろうが面白くなかろうが、一旦、手にした本は図書館のものであれ借りたものであれ買ったものであれ、最後まで意地でも読み通す。

 読了した…。山を征服した…感覚…?


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2008/06/19

脊椎動物の祖先はナメクジウオ! 

 今朝、眠い目を擦りつつ、朝食後、何気なく朝刊(読売新聞)を見ていたら、「脊椎動物の祖先はナメクジウオ 「ホヤ」との論争に決着 」(「asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト」より)といった囲み記事が目に飛び込んできた。

 取れたてホヤホヤのホットなニュースである。

背骨をもつ脊椎(せきつい)動物の祖先はホヤでなく、ナメクジウオだった。京都大、国立遺伝学研究所が米英などの研究機関とナメクジウオの全遺伝情報(ゲノム)を解読し、ヒトやホヤのゲノムと比べた結果、進化の順番が明らかになった」というもの(記事の大よそは末尾に転記する)。

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→  『ニシナメクジウオ Branchiostoma lanceolatum』 (画像は、「ナメクジウオ - Wikipedia」より。) ナメクジウオは、「体長3 - 5センチ程度で、魚のような形態をしている」。「脊椎動物の最も原始的な祖先であると考えられ、生きた化石である。ナメクジウオの遺伝子の6割はヒトと同じである」という。また、「ナメクジウオの生物学 窪川かおる(東京大学海洋研究所)」によると、「近年は個体数と生息地が激減していて、レッドデータブックには掲載されていませんが、絶滅の恐れがある希少種と考えられてい」るのだとか。

「哺乳類や魚類など背骨を持つ脊椎動物は、5億2000万年以上前に、背骨の原形である棒状組織「脊索」を持つ脊索動物から進化したと考えられてい」て、「脊索動物には脊索が尾側にある尾索動物のホヤ類と、頭部から尾部まである頭索動物のナメクジウオ類がある」が、今回の研究の結果、「脊索動物の中でナメクジウオが最も原始的であることがわかった」のである(この節の引用は何れも読売新聞朝刊より)。

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2008/06/08

「フィリップ・ヘンリー・ゴス……オムファロス!」アップ

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フィリップ・ヘンリー・ゴス……オムファロス!」アップしました。

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2008/05/20

「富山の海洋深層水のヒミツ?」アップ

富山の海洋深層水のヒミツ?」アップしました。

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2008/05/16

イカロスの夢へ限りなく…

 鳥のように舞うってのは、ささやかな夢。
 本音では多分、決して小さな夢じゃなく、心の奥底に深く根差した夢…というより本能的な欲動・衝動なのだと、根拠なく、しかし断固(!)思い込んでいる。

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→ 世界最小のヘリコプター (画像は、「Ace Craft USA - GEN H-4 - One Man Helicopter」より)

 飛びたいという欲動の尤もらしい心理分析は今はさて置く。

 人間は鳥のように自由に空を舞うという夢に一歩でも近付いたのか。
 イカロス (Ikaros)たらんとすること。ダ・ヴィンチの夢を叶えること。
 
 今日の朝刊(読売)に、「世界最小 ヘリ」という見出しの記事が載っていた。

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2008/05/14

バスク人はクロマニヨン人の正統な後継者?

 晴耕雨読の日々である。
 夜は(毎日ではないが)バイトへ行く。
 朝から夜にかけては家事と家の雑用(特に今は、晴天の日に限るが、生え放題の雑草の対策がメイン)。
 合間を縫うように、それこそ時間を削り取るようにして、細切れな気分的にはやや慌しい読書の時間を持っている。

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→ 「ラスコー洞窟の壁画」 (画像は、「ラスコー洞窟 - Wikipedia」より)

 机に向って…というかロッキングチェアーに体を沈めて今はレオナルド・サスキンド著の『宇宙のランドスケープ--宇宙の謎にひも理論が答えを出す』(林田陽子訳、日経BP社)などを、寝床では横山 祐之著の『芸術の起源を探る』(朝日選書)を、それこそ就寝前に軽くワイングラスを傾けるように(?)少しずつ読み進めている。
 どちらも読み止しなのだが、横山 祐之著の『芸術の起源を探る』を読んでいて興味深い記述に出会ったのでちょっとメモしておく。
(実は既に第5回「開高健ノンフィクション賞」受賞作である、志治美世子著の『ねじれ ―医療の光と影を越えて』(集英社)を連休中に読了したのだが、身につまされるものがあり感想を書くのに苦慮している。)

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2008/04/14

サルガオセモドキに遭遇!

 過日、家族らで「富山県中央植物園」へ行ってきた。
 そのレポート(日記)は時間があれば別個に書く(かもしれない)が、ここでは番外編的にあることについてメモしておきたい。
 富山県中央植物園でちょっと自分には驚きの出会いがあったのである。

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→ 「富山県中央植物園」で遭遇した「サルガオセモドキ」

 出会いといっても、人との遭遇という意味ではない。
 ある植物との思いがけない、しかし場所が亜熱帯の植物も鑑賞できる植物園であれば意想外と感じるほうが無知にすぎない、そんな出会いがあったのだ。
 それは、別名を「スパニッシュ・モス」時に「フロリダ・モス」とも呼ばれる「サルガオセモドキ」というエア・プラントの一種との思いがけない対面なのである。

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2008/02/06

海の宇宙ステーション:シーオービター

 フランク・シェッツィング著の『知られざる宇宙 海の中のタイムトラベル』(鹿沼博史/訳、大月書店)を読んでいたら、「シーオービター」の話題に出会った。
 今日も海に関わる話題だが、どうも、海という言葉を(無論、本物の海を前にするともっと!)心が騒ぐ。

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→ 『海の宇宙ステーション シーオービター(Sea Orbiter)』(Illustration: Jacques Rougerie) (画像は、「Gemini - Research news from NTNU and SINTEF」より) このイラストも建築家のジャック・ルジュリさんの手になるものらしい。建築家も画才が必要だと痛感させられる。あくまでイラストとしての。その出来で行きすぎる人の目を一瞬でもオヤッと立ち止まることに成功するかどうかも、成功の鍵を握るのだろう。上掲書を読んで興味を抱いたのだが、ネットでこうした画像を見て、とりあえず記事に仕立てようかなと思ったのだ。ただ、子供の頃なら単純に夢物語であったのだが、漁業が乱獲で先行きが危惧されつつある中、これで、海の中が探査され尽くしたら、海は一体どうなるのかって、余計な(?)懸念を出だしてしまう。時代というものか、年齢なのか。

 それでいて、眺めている分にはいいが、海は怖いような気もする。
 母なる海、でもあるが、未知なる海、いまだ闇の海と感じられてならないのだ。
 なので、これから紹介する話題も、ちょっとアイロニカルに感じつつ、それでも惹かれるものがあってと、なんだか複雑な心境。

 そうした心境になるのは、小生には海は宇宙そのものに感じられるから、なのかもしれない。


 

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2008/02/05

知られざる宇宙 海の中のタイムトラベル

水、海、と来ると、次は雲である!」の中で、「いつ、この本を手にすることができるだろう…」などと心細げに言及していたフランク・シェッツィング著の『知られざる宇宙 海の中のタイムトラベル』(鹿沼博史/訳、大月書店)を案外と早く手にすることが出来た。

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← 本書で知った海の底の生物『カイロウドウケツ(偕老同穴)』 「カイロウドウケツには「偕老同穴」の字を充てるが、「偕老」及び「同穴」の出典は中国最古の詩篇である詩経に遡る。前者は邶風・撃鼓、後者は王風・大車に登場する。これらを合わせて「生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる」という、夫婦の契りの堅い様を意味する語となった。この語がカイロウドウケツ中のドウケツエビのつがいを評して用いられ、後に海綿自体の名前になったと言われている」。本書では、「カイロウドウケツ」についての記述もしっかり。(画像は、「カイロウドウケツ - Wikipedia」より)

 そろそろ半年(あるいはそれ以上)になろうとする(多分、あと数ヶ月は続くはず)、ブログでのマイブームテーマである、「水、海、雲、霧、空、川…」の一環で、読書も記事も主にこれらのテーマを巡るものになっている(但し、緩やかに、ゆったりと)。

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2008/02/02

もしも月がなかったら

  2005年に開催された「愛・地球博」の「三菱未来館」で、「もしも月がなかったら」という企画展が催されていた:
三菱未来館@earth

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← 画像(壁紙素材)は、「La Moon」より。拡大したほうが画像の見事さが分かる。

 上掲の「三菱未来館@earth」の中の「三菱未来館@earthもしも月がなかったら EXPO 2005 AICHI,JAPAN」なる頁によると:

三菱未来館は、身近でありながらまだ未知の部分を多く残した「月」に着目。「もしも月がなかったら、地球はどうなっていただろう?」という素朴な疑問を入口に「いまこの地球に生きている不思議、その奇跡へのまなざし」というテーマで出展します。パビリオンは、映像シアターで米国メイン大学天文学・物理学部教授ニール・F・カミンズ氏の著書「もしも月がなかったら」をベースに映像物語が展開されます。

 月がなかったら、月見が出来ないとか、風情がなくなるとか、まあ、科学の門外漢たる小生なら考えそうなお「もしも」像はいろいろ考えられる。
 が、実は、月がなかったら地球は想像を絶する世界となっていただろうという。

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2008/01/24

「フルスイング」にフルウルウル!(後篇)

大きな耳、小さな口、優しい目

 主人公(高林:高橋克実)が通信教育で教師の資格を取り、二週間という規定の教育実習のため、とある高校に行く。
 主人公(以後、高林と表記する)は、妻子(息子。中一。少年野球チームに所属。でも、将来の夢は鉄道マン!)がいる。単身赴任。できれば長年務めた野球のコーチという仕事を続けたいと思っている。だから、周囲からもどうせ腰掛だろうという冷ややかな目で見られるわけだ。
 指導教諭の天童からは、「あなた、本当に教師をやるつもりですか」と問い質されたり。

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→ 新垣一馬(あらがきかずま)…小林克也(こばやしかつや)

 高林は初めて教壇に立って、何を喋ればいいか戸惑う。
 いつもニコニコ笑顔を絶やさない彼も、顔がややひきつっている…ような。

 壇上のロートルの新米教師、それも実習生を目にして、生徒たちも、お手並み拝見と冷ややかだったり好奇心たっぷりだったり、隙あらばからかってやろうと虎視眈々だったり、あるいは、全く無関心を装っていたり(問題児の和人が、初回のドラマの黒子役)。
 
 高林はしばらく、生徒たちを見渡す。口を開くタイミングを見つけかねている。

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2007/12/09

ベラスケス「侍女たち」の風景(後篇)

[本稿は、「ベラスケス「侍女たち」の風景(前篇)」の続編(後篇)です。]

 小生の手には余るので、ネットで見つけたあるサイト(「ミシェル・フーコーによるベラスケス「侍女たち」の読解」)の説明を援用させてもらう。

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→ バンヴィル,ジョン【著】〈Banville,John〉 高橋和久 小熊令子【訳】 『プラネタリー・クラシクス ケプラーの憂鬱』(工作舎) 本書は小説である。「ケプラーの憂鬱-詳細」参照。「「初めに形ありき!」宇宙における調和は幾何学に基礎があると信じ、天球に数学的な図形を探し求めたヨハネス・ケプラー。本書は、天文学に捧げた彼の半生を追いながら、科学的真理は幻想から生まれることを描いたヒストリオグラフィック(歴史記述的)・メタフィクションである。1981年度英国ガーディアン小説賞受賞作」だという。ケプラーは、プラトンの立体の夢を追ったのだろうか。

「フーコーの『言葉と物』も、それに近いと言えば近いことを問題にしています。「言葉」と「物」の乖離です。われわれは、「物」を見ているようで実は「言葉」を見ている。そういう意味で、われわれが生きている世界は「表象の世界」です。フーコーさんは、われわれが生きるこの現実としての「表象の世界」を鮮明に語るために、ベラスケスやドン・キホーテを取り上げているのです。物なら物という実体的な裏付けを欠いた「表象」が浮遊し、そんな「表象」たちが互いに他を支えあう形で自己完結している世界。そこにどんな力学が働いて「権力」や「主体」や「知」が生まれるか。これを説明するためです。」という説明も面白いが、ここは飛ばす。

 以下が肝心な点だろう:

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2007/12/06

飛行機雲は陽炎の如く?(後篇)

[本稿は、「飛行機雲は陽炎の如く?(前篇)」の続編です。]

 でも、曲がりなりにも大人となった今、子供の頃のようなわけにはいかない。
 子供の頃は、郷里(富山)にあっては、飛行機雲を見る機会自体が稀だったこともあるのだろう(か)。

 段々、自分なりに飛行機雲なんて珍しくもなんともないし、要するに、寒い朝、息を吐いたら息が白くなる、その原理と基本的に同じだと分かってくると、神秘性も幻想味も薄らいできてしまった…のだろう。
 それとも、感じる心が荒んできてしまったのか。心のゆとりがなくなっているのか。

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← 「中村紘子 ピアノ・リサイタル」 2008年2月16日(土) 18時開演 サントリーホール

 さて、以下の話はもっと野暮な話。

 本書を読んで、飛行機雲は地球温暖化(小生はこの表現は大袈裟だと思う。あくまで大気や大地(の表面)の温暖化であって、地球自体が温暖化しているわけじゃないのだし。まあ、事態の生物や環境にとっての深刻さを思うと、地球温暖化という表現のほうが警告を喚起する意味でも、相応しいということなのだろうけど)と深い関連があることを知らされたのである。
 環境問題や科学、そして気象学などに関心のある方には、3年ほど前にも若干世上を賑わせたことでもあるし、常識なのかもしれないが、まあ、自分のためにもメモしておきたい。
 当初は、関連頁を本書から転記しようと思ったが、転記すべき頁が十頁ほどにもなるので断念。
 ネットで関連サイトを物色し、明示することにした。

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2007/12/05

飛行機雲は陽炎の如く?(前篇)

 ギャヴィン・プレイター=ピニー 著『「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社)を昨日、読了した。
 実に楽しい本。内容紹介によると:

大空にさまざまな表情を与えてくれる雲。来る日も来る日も青一色の空を見せられたら人生は退屈だ。本書は、英国でベストセラーになった、豊富な写真入りの愉快でへんてこな雲一族を真面目に紹介する世界初の科学ガイドブック。

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← 国府弘子『ピアノ・タペストリー/PIANO TAPESTRY』 (画像は、「国府弘子オフィシャルホームページ」より)「一枚の布を織り上げるように音の響きを紡いで生まれた珠玉のソロピアノ即興演奏集」だって。掛けっ放し!「ひろこダイアリー 国府弘子オフィシャルブログ」がある。「アルバムデビュー20周年を迎える2007年は9月末に20枚目になるニューアルバムのリリースとシーズンベスト「オータム・コレクション」の同時リリースを予定」だとか。(以下、CDジャケット画像の形で5日現在で借りているCDを順不同で列挙する)

 本書の著者ギャヴィン・プレイター=ピニー (プレイター=ピニー,G)は:

「雲を愛でる会」を2004年に設立。ウェブサイトを公開後、1年で世界25カ国の1800人が会員となり、多くの珍しい雲の写真などが寄せられている。イギリスの雑誌「アイドラー」の発行人、デザイナーでもある。

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2007/11/30

ベラスケス「侍女たち」の風景(前篇)

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」でも書いたけど、「「ケプラーの夢(ソムニウム)」再び」で言及していたジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館)を読了した。

 本書はいろんな理由があって手にしたのだが、その一つは、西洋における風景画の誕生、あるいはその画法などの変遷の歴史との絡みがある。
 西洋において風景画がどのように変遷してきたか。

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← Diego Velazquez『 Las Meninas (1656)』 (画像は、「ミシェル・フーコーによるベラスケス「侍女たち」の読解」より。この記事は後出する。本文共に参照のこと。)

 その全貌など小生には語るすべもない。せめて少しは勉強をと思い、越宏一著の『風景画の出現 ヨーロッパ美術史講義』(岩波書店)も過日、読了している。
「17世紀ヨーロッパにおける風景画の出現は,美術史のなかでどのような意味を持つのだろうか.絵画の画面から人物が消えてゆくプロセスを,古代壁画,聖堂壁画,タピスリー,中世書物の挿画,暦の飾画などをつぶさに見ながらたどってゆくことで,<風景>が芽生える長い道程が解き明かされる.ユニークな西洋美術入門.」といった内容。

 越宏一著の『風景画の出現』を読んで学んだことは多々あるが、同時にちょっと物足らないような気もしたのは事実。
 絵画の宗教的側面や時代を追っての徐々に風景が全面に出現していく、その移り変わりが分かるのは有り難いが、何故にそのように中世から近世へという時代にあって絵画における風景(画)の位置付けが変ったのかの、肝心の背景の説明が物足りないのだ。

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2007/11/24

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その2)

 本稿は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」や「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)」に続くもので、「むしむしパワーが地球を救う!」関連の記事はこれでお終い!
 11月13日のラジオ番組で聞きかじった話をメモするつもりが意外と手間取ってしまった。
 それでも、小一時間だったかの間に聴いた話の半分もメモできていない。

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→ 昨日23日(金・祝日)、秋晴れの中、明大内の会場で試験を受けてきた。多分、合格はしていると思うけれど、正式な通知は三週間前後先だとか。画像は試験前、落ち葉の散り敷き詰められたキャンパス内を散策していてのもの。試験勉強があって、通常のブログが書けず、本はほとんど読めず、自分の嗜好もあって、美術関連の記事が多くなったのである。試験のことなどは後日、別に記事にする(多分)。

目次:
●番組出演者紹介
●1.蜘蛛の糸パワー
(以上は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」にて)
●2.アリのエコパワー
●3.ヤモリの忍者パワー
(以上は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)」にて)
▲.追記24日、アップに際し追記
●4.割れないアワビの貝殻の秘密
●5.カタツムリは綺麗好き ? !
●番外.鮫肌の水着 ? !
(項目の追記、4、5、番外は今回)

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2007/11/23

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)

目次:
●番組出演者紹介
●1.蜘蛛の糸パワー
(以上は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」にて)
●2.アリのエコパワー
●3.ヤモリの忍者パワー

[本稿は、「「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)」の続編です。長くなったので、2回に分けます。
 ああ、これも書いてから十日経ってしまった。この数日、東京など関東は快晴続き。秋晴れ。その様子を示す一端ということで、「百鬼夜行:クラクションが発端でした事件」と題した思い出話(ドキュメント)風日記文中に幾つか掲げた。拙稿の内容と画像群とのミスマッチが絶妙 ? !
 さて、世は今日から三連休だとか。でも、小生には関係なし。その理由は後日、書く…かも。(本稿アップに際し付記)]

●2.アリのエコパワー

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← 久保田政雄/著『ありとあらゆるアリの話』(講談社) 復刊待ちか。「アリのエコパワー」(下記する)参照。

 砂漠で暮らすアリの巣をヒントにしたエコの話があった。
 沙漠で暮らすアリの巣には、エアコンがない。扇風機もない。
 なのに、零度から時に四十度という外気温にあっても、巣の中は常に一定(範囲)の温度に保たれている。

 何故なのか。理屈は全て解明されたわけではないようだが、少なくとも土に秘密の一端があるらしい。同時に巣の構造にも秘密が。

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2007/11/18

「ケプラーの夢(ソムニウム)」再び

 昨年の秋口、「ケプラーの夢(ソムニウム)」と題した記事を書いた。
 題名にあるとおり、「ケプラーの夢(ソムニウム)」が話の焦点なのだが、いかんせん、小生のこと、例によって例の如しで前置きが長い。
 肝心の話に入るまでの導入部が本文の半分を占めている。
 なので、ここに肝心の部分のみを若干の加筆の上、転記する。
 何を今更と思われるかもしれないが、拙稿「月探査機「かぐや」 打ち上げ迫る」のコメント欄に記したように、「「かぐや」ハイビジョンカメラによる映像「地球の入り(Earth-set)」」といったニュースが最近、ちょっと話題になったからである。

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→ 『ケプラーあこがれの星海航路』(平成16年 「カナリーホール」にての公演のチラシ画像) 詳しくは本稿の末尾近くを参照のこと。

ケプラーの夢(ソムニウム)

 渡辺正雄著の『文化としての近代科学』(講談社学術文庫)から話題を一つ。
 日曜日、列車中で読んでいて興味を引いたので、是非ともメモしておきたかったのだ。
 それは、表題にあるごとく、「ケプラーの夢」である。
 ケプラーとは、ヨハネス・ケプラーのこと。ソムニウムとは「夢)」の意。

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2007/11/16

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ (前篇)

 13日は営業の日。当然(?)、ラジオが友の日。

 あれこれ聴いたけど、今日はNHKラジオ第一で夜の8時台に聴いた、下記の内容の番組を扱う(この記事は14日の夜半過ぎに書いた。情報を集めるのに手間取り、とりあえずの下書きである草稿を纏めるのに4時間を要した。アップに際しては、さらに手直しに一時間。それでも、この出来具合。我ながら、読まれもしないのに、ようやると思う。ま、好きでやっていることなんだけどね):

ふれあいラジオパーティー 「むしむしパワーが地球を救う!
 東北大学教授…石田 秀輝
 女優…中嶋 朋子

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← 中嶋朋子写真集『Viento』(ワニブックス) 小生が雪の関越道であわや遭難しかけた年(91年)の刊行!(画像は、「Yahoo!オークション - ◆即決◆ 中嶋朋子写真集。「Viento」」より)

 ラジオパーソナリティが誰だったかは名前を聞き漏らした(あるいは聞いたけれど、忘れた)。

 このあと、9時台に「真打ち競演」も大半を聴いた:

 - 落語“湯屋番” -       林家 正雀
 - 漫 談 -            牧  伸二
 - コント -             コント山口君と竹田君

 落語や漫談もだが、コントでも小生は、コント山口君と竹田君が好き。昔のコント・レオナルドとか。
 でも、今日は「むしむしパワーが地球を救う!」を話題の俎上に載せる。

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2007/11/01

絵画は自然科学的実践 ? ! …コンスタブル(前篇)

水、海、と来ると、次は雲である!」などの記事で、リチャード・ハンブリン著『雲の「発明」 気象学を創ったアマチュア科学者』(小田川佳子訳、扶桑社)を、そして、本書で採り上げられている(テーマそのものでもある!)ルーク・ハワードのことは、多少なりとも紹介している。

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← ジョン・コンスタブル『ハムステッド・ヒースの木立、日没』(ホームページ:「静岡県立美術館」)

 ルーク・ハワードについては、その気象学の歴史などで果たした役割や重要さに比して、少なくとも日本語でのネット上ではあまり情報が多いとは言えない(小生の探し方が悪いのかもしれないが)。

 ゲーテに雲の(科学の研究の)面白さを、もっと端的に雲の魅力を教え気付かせた人物として銘記してもいいかもしれない。ハワードにより雲の観察や研究の面白さを啓発されたゲーテは、その後はハワードへの感謝の念を終生忘れなかったし、雲の観察をずっと続けたのだった(この辺りも調べたら面白そうだけど、今回は割愛する)。

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2007/10/19

水、海、と来ると、次は雲である!

[本稿は、「雲行き怪しき禁書(?)の禁(1)」の続きである。]

雲行き怪しき禁書(?)の禁(2)
  ~~水、海、と来ると、次は雲である!~~

 何年か前、NHK総合テレビの特集だったと思うが、(正確な題名は忘れたが)「深層海流二千年の大航海」といったテーマの番組を見たことがある。

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→ 10月18日の夕刻。雲の多い日で、時折、小雨も。雲の画像を得ようと空模様を写そうとしたら、月影が微かに…。

かがく用語集 深層海流二千年の大航海」(ホームページは、「NHKオンライン」)なる解説を読んで欲しいが、ここでは以下の点だけ転記する:

近年、深さ数千m~1万mもの深海に、ごくごくゆっくりとした海水の流れがあることがわかってきました。その流れは、場所ごとに決まった方向を持ち、約2000年で海洋を一周する循環をつくっています。この深層水は北大西洋で作られ、その循環が気候の安定化に重要な役割を果たしていることがわかってきました。

 深層海流…約2000年で海洋を一周する循環…これだけでも軽い眩暈の起きそうな話だ。
 以前、富士山頂に降った雨(雪)の水が富士山に浸透し、麓で湧き水として顔を覗かせるまでに千年の歳月を経るという話を初めて聴いて知った時の驚きにも匹敵する。

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2007/10/18

雲行き怪しき禁書(?)の禁(1)

禁書(?)の禁を自ら犯してしまった!」なる雑文を綴ったことがある。
「禁書(?)の禁」と(?)を付したのは、言葉の使い方としてやや妥当性を書くからである。
 つまり、この拙稿では、本を買わないと三年前の四月に決めた誓いを自ら破ってしまったという話なのである。
 まあ、あまりに面白い本が、且つ、読むのに事情があったにしろ多少時間を要する本の登場が罪で、余儀なく買ってしまったのである。

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→ 昨年11月の某日。不穏な雲行きの空。

 さて、第二弾というわけではないが、また、「禁書(?)の禁を自ら犯してしまった!」なる拙文を綴ることになりそうである。
 といって、また面白そうな本、且つ蔵書として傍に置きたい本に出会ったということではなく、小生にとっては大切な試験がいよいよ来月に迫っており、今月末には模擬試験が予定されていたりして、本来、本を読むことに時間を割く余裕などあるはずがないのだし、あってはならない、でも、やはりこの期に及んでも本は手放せないし、それどころか、今日も図書館に行って、期限が来ていて返却すべき本やCDを返却したのみならず、CDだけならまだしも、ついつい本を物色し、借り出してしまったのである。

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2007/10/16

ラジオ聴き、右の耳から左へと(2)

 ほとんど月に一度の楽しみとなっている、ベリーダンスのライブを楽しんできた。
 二人のベリーダンサーの踊り。それぞれに個性が大分違っていて、その二人を代わる代わる単独で、あるいは二人同時でという形で見ることができた。
 今は感想を書く余裕がない。

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→ 日本で初めてのベリーダンス専門誌が誕生! 『Belly dance Japan ベリーダンス・ジャパン Vol.1』(ムック、イカロス出版 9月7日発売) これは創刊号。残部少なし!

 数年前、あるサンバダンサーの屋内でのライブを見て書いた感想の一部を転記しておく:

 踊りの世界はまさに踊りの世界として自らの目と肌と体で受け止めるしかないのだろう。それは音楽に感激し、メロディーラインに乗り、リズムに体が揺さぶられる、ただ、そのことを堪能するようなものだろう。曲を聴いて、それなりの分析や薀蓄などを傾けられるのかもしれないが、まずは、聴いて(あるいは歌っているところを見て)楽しめるかどうか、なのである。

 あるいは、そんなことの一切は、まるで見当違いであって、大地というより、この世界、この宇宙そのものをイメージしているのかもしれない。それとも、大地から宇宙へ至るエネルギーの通路としての自らの体を意識しているのであって、踊るとは、そのエネルギーの充溢と発散のことなのかもしれない。つまりは、自在に動く体への喜びなのかもしれないし、自らの肉体と大地や世界や宇宙との交歓そのものを実現させているのかもしれない。

 むしろ、時に体をしなやかにくねらせるダンスを眺めながら、アフリカの乾いた草原を豹かライオンのような猫族の猛獣が、特に獲物を狙うでもなく、ただ足音も立てずにのし歩く、その様を想ってみたりしただけだ。白っぽい土煙。吹き抜ける熱い風。何処か血生臭かったりする大気。容赦なく照り付ける太陽。影と日向との輪郭が、匕首よりも鋭い大地。
 肉体。人間は、どうしても、モノを想う。思わざるを得ない。言葉にしたくてならない。
 言葉にならないことは、言葉に縋りつくようにして表現する奴ほど、痛く骨身に感じている。

肉体は、肉体なのだ。肉体は、我が大地なのである。未開のジャングルより遥かに深いジャングルであり、遥かに見晴るかす草原なのであり、どんなに歩き回り駆け回っても、そのほんの一部を掠めることしか出来ないだろう宇宙なのである。
 肉体は闇なのだと思う。その闇に恐怖するから人は言葉を発しつづけるのかもしれない。闇から逃れようと、光明を求め、灯りが見出せないなら我が身を抉っても、脳髄を宇宙と摩擦させても一瞬の閃光を放とうとする。

 踊るとは、そんな悪足掻きをする小生のような人間への、ある種の救いのメッセージのようにも思える。肉体は闇でもなければ、ただの枷でもなく、生ける宇宙の喜びの表現が、まさに我が身において、我が肉体において、我が肉体そのもので以って可能なのだということの、無言の、しかし雄弁で且つ美しくエロチックでもあるメッセージなのだ。
 そんなことを思わせてくれた裸足のダンスなのだった。
                (「裸足のダンス」より転記)

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2007/10/15

ラジオ聴き、右の耳から左へと(1)

 仕事中、ラジオで聞きかじった話を幾つか脈絡なくメモっていく。

● 11日(木)もそろそろ仕事が終わろうという時間帯だったと思うが、スポーツ放送の実況中継などで有名な、今はフリーアナウンサーの鈴木 文弥(すずき ぶんや、1925年 - )さんへのインタビューを聞いた。
「特にオリンピックでは1964年東京オリンピックの開会式(ラジオ。市川崑が監督を務めた記録映画で、開会式の場面で流される実況音声は鈴木のものである)や、全日本女子バレーボールチームが金メダルを獲得した試合の実況を担当。「金メダルポイント」、あるいは体操の