2008/07/29

「富山の薬売りと薩摩藩」の周辺

 magnoriaさんの「富山の薬売りと薩摩藩」という記事の題名に瞠目(大袈裟?)!
 何ゆえ、「富山の薬売り」と「薩摩藩」とが併記されるのか。

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→ 「社会評論社 玉川信明セレクション 日本アウトロー烈傳 第3巻 越中富山の薬売り 反魂丹の文化史 玉川信明

 記事に拠ると、以下のようにある:

文政十一年のスパイ合戦 検証・なぞのシーボルト事件」(秦新二 文春文庫)を読んで、薩摩藩が輸入した薬を富山の薬売りが独占的に扱い、薩摩藩と富山藩の間にはそのための特別なルートが出来上がっていたということを知った。

 小生、こう見えても(どう見えているのか分からないが)、富山生まれで今現在、富山在住。
 約36年間、富山を離れていたとはいえ、心は富山に置きっ放し(これも若干の嘘があるが、この際、等閑視する)。
 親戚に薬売りを生業(なりわい)にされている方も居た(今も、後継者の方がされているのかどうか分からない)。
 当然ながら、売薬さん(富山の薬売り)について多少なりとも調べて見たことがある。

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2008/07/12

髑髏の色は「白」を意味する…

「白」というのは、白川静氏の説に拠ると、「頭蓋骨の象形」なのだとか。

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→ 「人間の頭蓋骨」 (画像は、「頭蓋骨 - Wikipedia」より。)

白の日 - 今日のことあれこれと・・・」:

象形説では、「骨」という字は上部は胸骨より上の骨の象形、下部は肉を表しており、「白」という字は頭蓋骨(ずがいこつ)の形で、その白骨化したもの(髑髏)の象徴であり、白骨化しているから「しろい」という意味を持つようになった(白川静説) (中略)その解釈には諸説あり、同じ象形説でも、親指の爪の部分の形(郭沫若く説)。柏(漢音 :ハク。訓読み :かしわ、かい )類の樹木のどんぐり状の木の実の形で、顔料をとるのに用いたという木の実のしろい中みを示すという(藤堂明保説)などがある。

 今日は、というわけで、意味もなく、気になる話をメモするだけ。

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2008/05/14

バスク人はクロマニヨン人の正統な後継者?

 晴耕雨読の日々である。
 夜は(毎日ではないが)バイトへ行く。
 朝から夜にかけては家事と家の雑用(特に今は、晴天の日に限るが、生え放題の雑草の対策がメイン)。
 合間を縫うように、それこそ時間を削り取るようにして、細切れな気分的にはやや慌しい読書の時間を持っている。

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→ 「ラスコー洞窟の壁画」 (画像は、「ラスコー洞窟 - Wikipedia」より)

 机に向って…というかロッキングチェアーに体を沈めて今はレオナルド・サスキンド著の『宇宙のランドスケープ--宇宙の謎にひも理論が答えを出す』(林田陽子訳、日経BP社)などを、寝床では横山 祐之著の『芸術の起源を探る』(朝日選書)を、それこそ就寝前に軽くワイングラスを傾けるように(?)少しずつ読み進めている。
 どちらも読み止しなのだが、横山 祐之著の『芸術の起源を探る』を読んでいて興味深い記述に出会ったのでちょっとメモしておく。
(実は既に第5回「開高健ノンフィクション賞」受賞作である、志治美世子著の『ねじれ ―医療の光と影を越えて』(集英社)を連休中に読了したのだが、身につまされるものがあり感想を書くのに苦慮している。)

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2008/03/09

富山……佐伯有頼そして立山

 晴れて(?)富山県人・富山市民となった。
 なので富山関連の話題が自ずと増えていくものと思う。
 今日は、富山といえば立山、立山といえば佐伯有頼(さえきのありより 676年頃 - 759年?)ということで、佐伯有頼に付いて若干のことを自分の勉強のためにもメモしておきたい。

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→ 立山曼荼羅『相真坊B本』(個人蔵) 芦峅寺系 形態:紙本4幅 法量:150.0cm×216.5cm(内寸) (画像は、「立山曼荼羅の解説 富山県[立山博物館]学芸員 福江 充」より。「立山信仰と立山曼荼羅の解説」なる頁が充実している。)

 佐伯有頼でネット検索すると、筆頭に「佐伯有頼 - Wikipedia」なる頁が出てくる。
 冒頭には、「佐伯有頼(さえきのありより、 676年頃 - 759年?)は、飛鳥時代の越中の国司、佐伯宿禰有若の息子。霊示を受け、神仏習合の一大霊場である立山を開山したとされる。出家して慈興と号す。」とある。

 が、富山県人なら、そして立山(・黒部)を旅行したことのある方なら、必ずと言っていいほど「白鷹伝説」を観光バスのガイドさんなどから耳にしたことがあるものと思う:

有頼が父の白鷹を父に無断で持ち出し狩をしていると、白鷹は急に現れた熊に驚き逃げてしまう。有頼が矢で熊を射ると、熊は血を流しながら逃げていった。洞穴の中へと続く血の後を見つけ、弓を構えて中を伺うと、そこに居たのは矢を射立てられた阿弥陀如来であった。嘆き悲しむ有頼に向け阿弥陀如来は、白鷹もまた立山の神の化身で有頼を導くための使いであり、僧になりこの山を開くよう告げた。立山の為に生涯を尽くすことを誓った有頼は直ちに下山し父頼若にこの事を告げると、出家し名を慈興に改め、立山開山の為に尽力した。

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2008/02/20

人間国宝3人が弥生の木器の復元に挑む

 日曜日の夜、引越しの作業の手を休め、職人技に見惚れていた(再放送だったようだ)。
 もっと言うと、現代の木製品の名人たち(人間国宝3人)と、言うなれば弥生時代の名工との真剣勝負を目の当たりにしたような、緊迫した空気が漂い、おごそかな気持ちさえ抱かされた。

 その番組の内容は下記:

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→ 「青谷上寺地遺跡を代表する木製容器」 (画像は、「NHKおはよう鳥取-とりネット-鳥取県公式サイト」より)

番組 ETV特集 (NHK教育 2008-02-17 2200)」(ホームページ:「チャンネルガイド」)によると:
ETV特集弥生人が残した謎の木製品・現代の人間国宝3人が復元に挑む▽美しき器に隠された二千年前の歴史ロマン」(NHK教育 放送日時: 2月17日(日) 22:00-23:00 【語り】野田 圭一)

鳥取県の弥生遺跡・青谷上寺地遺跡の謎を解明する。同遺跡は土壌が特殊な粘土質のため、普通なら腐ってしまう木器や鉄器、人骨が大量に出土し「弥生のタイムカプセル」と呼ばれる。1万2千点もの精巧な木器の出土は考古学界の注目を集めている。なぜこれらの木器は作られたのか。謎の解明に挑む3人の人間国宝の木工芸作家と、協力を名乗り出た気鋭の考古学者たちを紹介。木工芸作家らは、遺跡出土鉄器の復元品である工具を使って木器の復元に取り組む。その作業から弥生人の木への造詣を読み解くことができ、日本人の木の文化の原点も浮かび上がる。一方、学者たちの研究ではこの遺跡が高い技術を持った日本最初期の職人が活躍する場だったことや、材木など原材料の搬入と加工品の海上輸送の機能を持った工業村だったことが明らかになりつつある。

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2007/11/06

阿久(あきゅう)なる縄文遺跡をいつか見ん!

 縄文時代観をくつがえした遺跡というと、筆頭に上がるのはやはり「三内丸山遺跡」(さんないまるやまいせき)だろうか。
三内丸山遺跡 - Wikipedia」によると、「遺跡には、通常の遺跡でも見られる竪穴住居、高床式倉庫の他に、大型竪穴住居が10棟以上、さらに祭祀用に使われたと思われる大型掘立柱建物が存在したと想定されている」という。
特別史跡 三内丸山遺跡」なるサイトでは、三内丸山遺跡の紹介を動画の形で見ることができる。

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→ 「三内丸山遺跡」で復元された「大型竪穴式住居」(画像は、「三内丸山遺跡 - Wikipedia」より)

 さて今日は、小山 修三【著】『美と楽の縄文人』(扶桑社)を読んでいて、たまたまその存在を知った長野県は原村柏木にある「阿久(あきゅう)遺跡」のことを話題にしたい。

天竜川水紀行:遺跡I 縄文時代観くつがえす資料 ~阿久遺跡~」(記事は「長野日報 (Nagano Nippo Web) - 信州のニュース -」より)によると:

 三十万個もの石を集めて築いた、巨大な環状の祭祀(さいし)場。その中央に立つ立石からは、北に向かって二列の石列が伸び、間に蓼科山を見通した―。「環状集石群」と呼ばれる同祭祀場跡など、学術的な新発見が相次いだ原村柏木の国史跡「阿久遺跡」。貴重な遺構は「縄文時代観をくつがえす発見」とまでいわれ、全国規模の保存運動を経て今に残された。

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2007/09/29

日本最古の木製仮面発見!

日本最古の木製仮面発見!
 もう一つのニュースは、「日本最古の木製仮面 鬼追いのルーツか 奈良・纏向遺跡」というもの(ホームページは、「asahi.com:朝日新聞の速報ニュースサイト」)。
 邪馬台国に限らず古代史や考古学の話題にはつい耳を傾けてしまう。
 というか、ニュースのほうが耳の穴をこじ開けて入り込んでくる!

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→ 「季刊 邪馬台国 2007年 10月号 [雑誌] 2007.10.04 発売」には、この日本最古の木製仮面発見のニュースは間に合わないか。 「季刊「邪馬台国」(梓書院発行 安本美典責任編集)」参照。

 一部、転記させてもらう:

 奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、木製の仮面(弥生時代末~古墳時代初頭、3世紀前半)が出土し、市教委が26日、発表した。古代の木製仮面としては国内最古で、これまでの例を約400年さかのぼる。同じ場所から木製盾の破片や鎌の柄が見つかり、盾などを手に面をつけて踊る呪術師の姿をほうふつとさせる。古代祭祀(さいし)の具体像を知る一級資料で、農耕儀礼や鬼追いのルーツという見方が出ている。
(中略)
 仮面はアカガシ製で、縦26センチ、横21.5センチ、厚さ6ミリ。未使用の鍬(くわ)の刃を転用したと見られ、柄を差し込む穴を口に、柄の支え部分を鼻にしていた。三日月形のまゆを線刻し、周りに赤い顔料がわずかに残っていた。裏側が平らで、顔に固定するひもを通した穴もないため、手に持って使った可能性が高いという。
(中略)
 これまで木の仮面は7世紀初めごろの神戸市・宅原(えいばら)遺跡のものが最古だった。土製では縄文時代の土偶に仮面らしいものの出土例がある。

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2007/09/27

時津風部屋傷害致死事件と朝青龍バッシング騒動と

 昨日の記事では、最近ラジオで聞いた音楽関係のアーティスト(の演奏や歌)や曲を幾つかアトランダムにピックアップし列挙してみた:
姜小青を聴き心地いい…今はただそれだけ

 今日は水曜日の営業中に飛び込んできた社会や文化などの一般的なニュースを幾つか(コメントする力はないので)メモだけしておきたい(結果的に二つだけで容量を超えた! → 一つの記事を「日本最古の木製仮面発見!」と題して独立させた。あまりにジャンルが違いすぎた!(07/09/29))。

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← 某料亭の中の土俵。神聖な土俵のはずだけど、一歩、土俵を割ると、そこは奈落の底? (画像は、昨年の梅雨時、某人らとの会食の際に利用した料亭で撮ったもの)


時津風部屋傷害致死事件と朝青龍バッシング騒動
 一つは、びっくりというべきか、ある意味、公然の秘密が露見したに過ぎないというべきなのか。このニュースは一般的な話題性があるようで、既にテレビでもワイドショーを含め報じられれている。
「かわいがってやれ」金属バットやビール瓶で殴打 時津風部屋傷害致死事件」(ホームページは、「iza:イザ!」):

 大相撲の時津風部屋の序ノ口力士、時太山(ときたいざん)=当時(17)、本名・斉藤俊(たかし)さん=が6月、愛知県犬山市でけいこ後に急死した事件で、同県警は26日、制裁目的の暴行があったとして、時津風親方(57)=元小結双津竜、本名・山本順一=と部屋の兄弟子ら数人を、傷害致死容疑などで立件する方針を固めた。親方は斉藤さんを「ビール瓶で殴った」、兄弟子の1人は「金属バットで殴った」などと供述している。

 「かわいがってやれ」
 角界を激震させた17歳新弟子の死亡事件で、兄弟子らに制裁を指示したのは、親方だった。
 県警捜査1課と犬山署は26日、時津風親方を傷害容疑で、部屋の兄弟子ら数人を傷害致死容疑で立件する方針だ。
(中略)
実家に戻った斉藤さんの遺体を見た遺族は「顔は赤く腫れ、体はアザと擦り傷だらけ。太ももにはたばこの火を押しつけた跡が3カ所あった」。
 真相究明を求める遺族の声に促される形で県警が動き、行政解剖の結果、死因は多発外傷性ショック死と判明。親方や部屋の全力士から事情を聴いていた。

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2007/09/23

植物由来の宝石・琥珀の魅力

 いきなり余談もなんだが、今朝、奇妙な夢を見た。なんと、夢の中にかのアベ前首相が登場してきたのである!
 夢の詳細は後日、気が向いたら書くかもしれない。
 それにしても、どうしてアベ前首相がわざわざ小生の夢に出てきたのか。
 分からん!
 何か恨まれているようで怖い!

 さて、気を取り直して…。
 過日、図書館へ返却のため寄った際、せっかくなので何か借りようと書架を物色。
 今、リサ・ランドール著『ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く』(向山信治/監訳 塩原通緒/訳、日本放送出版協会)やジョージ・エリオット著の『フロス河の水車場』(工藤好美・淀川郁子訳、『世界文学大系85』 所収、筑摩書房)を自宅ではゆったりのんびりと読んでイ最中(後者は手にしてから既に一ヵ月半以上を経過!)。

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→ 俵万智著『トリアングル』(中公文庫)

 なので、車中で、あるいは就寝前に読むような(本のサイズにおいて)軽めの本が狙い目。
 新書か文庫本で何かと思ったが、なかなかヒットしない。ピンと来るような本に出会えない。

 最近、サンバに加えベリーダンスに惹かれていて、その流れで岡野玲子作による初のベリーダンス漫画『イナンナ』が始まるという話題を採り上げたが、その記事を書くときに、あれこれ情報をネットで探していたら、偶然、「TANNKA 短歌」という映画が昨年放映されていたことを知った(この情報は黒谷友香さんが主演ということもあり話題になったころ既に察知していたが、すっかり忘失してしまっていた)。

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2007/09/22

陵墓公開へ一歩前進かな?!

 昨日、営業中、例によってラジオに耳を傾けていたら、「明治天皇陵など調査を“解禁”へ 宮内庁が方針転換」といったニュースが飛び込んできた:
中日新聞 明治天皇陵など調査を“解禁”へ 宮内庁が方針転換社会(CHUNICHI Web) 2007年9月20日 夕刊」:

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← 先週、仮眠を取ろうと日比谷公園脇に車を止めたら、謎の屋敷を発見!

 宮内庁は、日本考古学協会など考古学や歴史学の十六学会の代表者に、京都市の明治天皇陵(伏見城跡)と、古墳時代のものとされる奈良市の神功(じんぐう)皇后陵(五社神=ごさし=古墳)の二カ所への立ち入り調査を許可する方針を固めた。調査は来年二月から三月になる見通し。歴史関係各学会が連携し、約三十年前から陵墓公開の要求を続けていた。 (略)  今回の調査対象となる豊臣秀吉ゆかりの伏見城跡は、近世史研究で重要な史跡だが、明治天皇の埋葬地となってから立ち入りが規制された。

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→ 近づいてみると、館の中はどの部屋も明かりが煌々と照らされていて、謎など何もないと告げいるかのよう…。

 第十四代仲哀(ちゅうあい)天皇の妻だった神功皇后の五社神古墳は全長約二百七十五メートルの前方後円墳で、日本考古学協会理事の高橋浩二富山大准教授は「宮内庁の測量データが正しいかどうかを確かめることから始めたい」と話している。

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2007/09/08

洪水は今、現場で起きつつある!

 車中で相変わらずC・オフィサー 著/J・ペイジ著『地球の物語 痙攣する青い惑星』(中島 健訳、青土社)を読んでいる。
 刊行年が94年と古いのが気にかかるが面白いのだから仕方がない。
 このところ、お蔭さまで暇とは言えない程度には仕事が忙しい。なので、車中での待機中の読書も進まない。もう借りてから十日も経つのに三分の一も読めない。

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→ 映画『天地創造』(監督: ジョン・ヒューストン 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン) スケールの巨大な映画だった。今じゃ、こんな映画の制作は無理か。すぐ、CGに頼っちゃうし。映画の宣伝で女性のヌードシーンが出てくることを知り(でも、後姿)、それを見たい一心で映画館へ足を運んだという記憶がある。純心だったのだ! この映画か、市川雷蔵主演の「眠狂四郎」か、ボンド映画(『ロシアから愛をこめて』or『ダイヤモンドは永遠に』)に痛く刺激され初の夢精を経験したのだった! どの映画だったのかはっきり覚えていないのは男として不覚だ。…それとも、近所の女の子と相撲したのが直接の契機だったっけ?

 嬉しい(?)悲鳴はともかく、今日もまた本書からネタを戴く。まあ、今の時代に無縁とは言えない話題のはず。 それは洪水の話。

旧約聖書』の「ノアの箱舟」の話は有名であろう。昔、映画にもなったっけ。「天地創造」の中の一場面だったか。

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2007/08/14

卑弥呼(古代の女性)像が変る!

 義江明子氏著の『つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家』(ちくま新書)を読了した。この手の本には目のない小生、図書館で本書(の背)を目にした時は、刊行されて十年も経っている、ありがちな本なのかなという印象を受けた。
 タイトルが、何というか、悪くはないが、目立てばいいっていう感じを受けてしまったのである。

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← 義江明子著『つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家』(ちくま新書) 秀逸! 古代や古代史を見る目が変る!

 が、本書は「2005-04-10出版」であり(僅か2年前の刊行!)、著者の義江明子(よしえ あきこ)氏も素人ではなく、「現在、帝京大学文学部教授。専門は日本古代史・女性史。(夫は、日本中世史研究者の義江彰夫)」というれっきとした歴史学者なのである。
 名前を知らないのは、小生の無知さは別にして、専門が「専門は日本古代史・女性史」ということで、女性には特に弱い小生、少々馴染みが薄いということもあるのかもしれない。

 まさに女性の視点からの著書。
 よって、女性の側の贔屓の引き倒しという面がないのかどうか、当初はつい、多少は(失礼ながら、不遜ながら)眉唾的な記述がないかと警戒心を持って読み始めてしまった(正直に書きすぎているかな?)。

 が、読み始めて、その論述の確かさと説得力ある記述にあっさり屈服してしまった。

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2007/08/01

神坂次郎著『時空浴』…「鈴木姓」をめぐって

 車中でラジオに聴き入っていて知った作家・神坂次郎氏のことを「『今日われ生きてあり』の意味」で採り上げている。
 といっても、この記事を書いた時点では同氏の著作を全く読んでいなかった。
 で、早速、この記事を書いた週末に図書館で同氏の本を物色。
 とりあえず、車中(といっても、電車での移動の最中)に読むに手ごろな本を選らんだ。
 それが、神坂次郎氏著の『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)である。

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← 神坂次郎著『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)

 出版社側の謳い文句に拠ると、以下のよう:

 故郷和歌山に根を下ろして執筆活動を続ける作家は、ひとり旅の達人でもある。
“日本の異界”熊野、聖地高野山からはじまる旅。それを作家は「時空浴」と呼ぶ。
 時空を越えての旅は、韓国・中国からインドさらにはポルトガルにまで至る、三十年におよぶ旅の記録を集大成した壮大な歴史紀行。

 テーマや善し! 小生も熊野と言わず、こんな紀行をしてみたいものだ。
(余談だが、小生には、「「天地水 月光浴」そして「色彩浴」」なる記事もあるし、「月 光 欲」というほのぼの系の掌編もある。←「月光浴」という題名でない点に注意!)
 岩盤浴なんて言葉も知ったが、時空浴なんて言葉もあったんだね。同じ浴でも、スケールが違う。

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2007/07/27

秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』

運慶は阿吽(あうん)の息で仏生む』などで触れていた工藤隆著『古事記の起源―新しい古代像をもとめて』(中公新書)を過日、読了した。
 この頃、電車やバスを利用する機会が多く、車中での読書のために借りたものだが、「古事記」研究に新しい段階が到来しつつあることを実感させてくれる、実に面白い本だった。
 しかも、素人の小生にも読みやすい!

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← 工藤隆著『古事記の起源―新しい古代像をもとめて』(中公新書)

 小生は、『三浦 佑之著『古事記講義』』などでも書いているように、「古事記」(や「万葉集」)を折に触れて読んできた。
 当然ながら、解説書や研究書の類いも年に数冊は手に取るようにしている。
 
 そんな小生には、ともすると訓古注釈学の気味になりそうな古事記研究に新生面が見られて嬉しかった。
 まだまだ研究の余地がある!

 再度、本書の謳い文句を転記しておくと、「著者は、無文字文化の「生きている神話」「生きている歌垣」が今なお残る中国長江流域の少数民族文化を調査し、神話の成立過程のモデルを大胆に構築。イザナミやヤマトタケルの死、スサノオ伝承、黄泉の国神話、糞尿譚などを古事記の深層から読み直す」とある。

 下手な小生の紹介より、著名な方の書評が見つかったので、以下、幾つか紹介する。

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2007/06/04

「日本人になった祖先たち」の周辺

まったりの週末の日々夢と去り」にて題名だけ紹介した松島義章著『貝が語る縄文海進  南関東、+2℃の世界』(有隣新書64)、篠田謙一著『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス)、小峯和明著(藤沢周平の前書き)『新潮古典文学アルバム 9 今昔物語集・宇治拾遺物語』のうち、『日本人になった祖先たち』と『今昔物語集・宇治拾遺物語』を読了した(デュ・モーリアの「レベッカ」も)。

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→ 篠田謙一著『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス)

 このうち、「縄文から弥生への移行は平和的に行なわれたのか?渡来した集団の規模は?さまざまな疑問に縄文・弥生人の遺伝子分析から答える意欲的な一書」という篠田謙一著『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス)について、若干の紹介を試みる。
 まあ、感想文にもならない。感想だと、非常に面白かった。DNA研究の成果が齎す日本人の由来についての最新の知見を知ることができて嬉しかった、で終わる。
 せっかくなので、本書で示されている考えの幾分かを紹介しておきたい。

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2007/04/04

スカタンな話をもったいぶってみた

 過日、某サイトで「スカタン」という言葉に出会った。
 というか、「スカタン」自体は全く未知の言葉ではないし、ずっと以前、何処かで読んだか見たか聞いたかしたことのある言葉なので、再会したというべきなのか。
 でも、「スカタン」相手に再会もないだろうから、まあ久しぶりにこの言葉を目にした、という程度の表現に留めるほうが宜しかろう。
(念のために断っておきますが、本稿は駄文です!)

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→ 松本修著『全国アホバカ分布考』(太田出版) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)

 さて、「@nifty辞書」に拠ると「スカタン」の意味は以下の如し:

(1)当てがはずれること。だまされること。
(2)見当違いなことやへまなことをした人をののしっていう語。とんちんかん。まぬけ。すこたん。

 詮索好きな小生としては意味もだが、できれば「スカタン」の語源、あるいはこの言葉の出来てきた経緯を知りたい!

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2007/02/22

夢にてもいざ鄭和の大航海

 今、車中で読んでいる『日本史を読む』(丸谷 才一vs山崎 正和対談、中公文庫)がすこぶる面白い。
 本書に付いては既に何度か触れてきたが、今日も本書からネタを拾わせてもらう。

 今日は、「鄭和の大航海」である。

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→ ウィキ英語版より。鄭和に献上されたキリン

 コロンブスやバスコ・ダ・ガマなどによる大航海時代に先駆けてイスラム系中国人・鄭和(ていわ)によって、大航海時代の先鞭が付けられていたことを知ったのは、十年ほど前だったか。
 何かの本か雑誌で、それともテレビの特集でだったか、聞き及んだのだ。
 以来、気になっていたのだが、そのまま、いかにも小生らしく他の話題に掻き消されていった。

 しかし、昨夜、車中で上掲書の中で鄭和に<再会>したのだ。
 日頃、近所を、あるいはせいぜい営業の形で都内をうろうろするだけの小生、せめて想像の中だけでも大航海の旅へ雄飛したい!

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2007/02/11

建国も温故知新で意義新た

2月11日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いたら、今日は「建国記念の日(National Foundation Day)」だという。
 今日が祭日だとは、さすがに世間のことに(も)疎い小生も気づいていたが、このサイトを覗いて思い出したのだった。
 尤も、「「国民の祝日」について」なる頁の「国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)」によると、「第2条 「国民の祝日」を次のように定める 」では、他の休日は日付を決められているのに、「建国記念の日」は「政令で定める日」となっている。変?!
 趣旨は「建国をしのび、国を愛する心を養う」と立派なのだが。

2月11日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、下記の事情があったとか:

 建国記念の日の日附については内閣の建国記念日審議会でも揉めたが、10人の委員のうち7人の賛成により、2月11日にするとの答申が1966(昭和41)年12月8日に提出され、翌日政令が公布された。
「建国記念日」ではなく「記念の日」なのは、建国された日とは関係なく、単に建国されたということを記念する日であるという考えによるものである。

 詳しくは、下記サイトなどを覗いてみて欲しい:
建国記念の日(2.11)
「建国記念の日 - Wikipedia」

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→ 『日本の歴史 00』(網野善彦編、講談社刊) 画像はAmazon.co.jpより。本書は、網野善彦世界入門書としてもお勧めである。網野善彦は、今更ながらに瞠目すべき歴史家だったと思う。

 まあ、建国された日を探ろうというのは、そんな銘記されるべき日が実際にあったのだとしても、有史以前の話なので、雲を摑むような話であり試みなのだろう。
 あくまで、建国された日ということではなく、いつか分からないが、過去の或る日、建国されたのだろうし、先人の労苦を今日なら今日、偲んでみるのもいいことだろう。
 
 小生、建国の日を決めるに当っての明治維新当時(の政府)のドタバタ劇を読み、さらに紀元節という言葉などから、ふと、数年前に書いた小文を思い出した。
 タイトルが思い出せない。
 確か、メールマガジンで公表したはず。その後、その小文はホームページに格納したかどうか覚えていない。思考力も弱いが、記憶力も悲しいほど自信がない。
 そこはネット(検索)の有り難味である。検索してみたら、「日本神話のその昔から、そしてその後も」という文章を載せたメルマガが浮上してきた。
 ラッキー!
 以下、発表当時のままに掲載する。今なら、多少は違う文脈を立てると思うのだが、まあ、こうした形で公表したという事実は消せないので、忸怩たる思いをかみ締めつつも、改めて読み返してみるのもいいだろう(特に本文の中にある、「神話とは勝者が過去を振り返って都合のいい物語を現在に向かって措定する虚構の上の支配装置なのだと小生は考えるのである」という意見に対しては、小生自身が今なら真っ向から反対するかも!)。

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2006/10/29

古(いにしえ)の先の先にも人のあり

 以下は、某サイトに書いた昨夕の日記:

今日の失敗(未遂?)

 今日の失敗といっても、毎日、大小あれこれと数々の失敗をやらかす。
 全部を挙げるってのは難しい。昨日の食事の内容も覚えていないのに、自分の失敗の数々を一々覚えているわけがない!

 ここに書くのは、さっき、あったばかりで記憶に鮮明だから。

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→ 土曜日の午後、自転車を駆って、大田区立郷土博物館へ行ってきた。

##############

 夕方。クリーニングを出すついでにパン屋さんへ。
 カップ麺、ケーキ、食パン、ハム、羊羹。
 レジで小父さんがレシートを打ち出している。旧式のタイプ。小生のタクシーにも、つい一昨年まで使っていたような、青色インクで印字する奴だ。
 ダダダ、ダダ、ダダダダダ、ダダ……。

 打ち出されるのを待つ身には、ちょっと長い。
 が、打ち出している店側にとっても、実は長く感じられている。
 小生、つい懐かしさもあって見惚れていた。
 で、お釣りと一緒に、その買い物明細と料金などを印字されたレシートを貰った。
 その瞬間、小生、
 「忘れ物、ござ……」と言いかけてしまった。

 そう、仕事上での口癖である。
 お釣りとレシートを渡すと同時に、「釣銭を確認してください。お忘れ物のないように。」と、必ず声を掛ける。
(釣銭は、こちらが断らなくても)お客さんが必ず確認するだろうが、特に「お忘れ物のないように」という一言は、最低、二度は言う。
 その口癖が、買い物に行った店のレジで、つい、口を突いて出てきそうになったのだ!

 でも、安心召されい!
「忘れ物、ご……」くらいで、口篭ったから。

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2006/10/26

神無月…神々の集いし月や喧(かまびす)し

 今日は格調高く(?)テーマは「神無月」を選んでみた。
10月 - Wikipedia」を覗くまでもなく、「一般には、出雲の出雲大社に全国の神様が集まって一年の事を話し合うため、出雲以外には神様が居なくなる月の意味と言われており、出雲では神在月(かみありづき)と呼ばれる」ことは結構、広く常識(?)として知られているようだ。
 が、「ただしこれは中世以降、出雲大社の御師が全国に広めた説であり、「神無」の宛字から生まれた附会である」という。

0610213

→ 街中で美少女発見!

 そう、「古くから我が国では10月を神無月(かんなづき)と言います。これは10月に日本中の神様が、出雲の国(現在の島根県)に集まり会議を開き、他の国には神様が居なくなってしまうことからそう呼ばれてきました。神様の集まる出雲の国では反対に10月は神在月(かみありづき)と呼ばれています」(「大阪仏壇仏具センター 越前屋・ミニ知識 神無月」より)というのは、後半の下りはともかく、前半に関しては疑問符が付くと思ったほうがいいようだ。

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2006/10/08

ウロボロス…土喰らうその土さえも命なる

座乱読後乱駄夢人名事典・歴史上のお友達?」を覗いていたら、どの記事もその画像などが楽しくて、つい前の記事まで遡ってみてしまった。
 すると、「ウロボロス」という項に目が留まった。
 古来より各地でいろんな意味合いを篭められつつ継承されてきた、興味深い(ある種の)シンボルなので、小生も以前、何かの短編の中で使ってみたことがある。
 上掲の頁にも、「自分の尾を自分で食う蛇・・というのがウロボロスの概念で、中世では死と再生を繰り返す円環として、死して復活するキリストにたとえられたり、あるいは錬金術などでは、完全・世界を現すとされたりしました」など、以下、ウロボロスについて簡潔に纏められている。

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→ 「ウロボロス - Wikipedia」より

 小生としては、もう少しウロボロスの周辺を巡ってみたい。
 例によって、ネット逍遥の手引き乃至は手掛かりにしようと、「ウロボロス - Wikipedia」を覗いてみるが、「ウロボロス (Ouroboros) は、古代の象徴の一つで、己の尾を噛んで環となった蛇もしくは竜を図案化したもの」とか、「世界創造が全であり一であるといった思想を表し、グノーシス派などが用いた。他にも終わりが始まりになる円運動、永劫回帰や陰陽など反対物の一致など、意味するものは広い」とあるが、珍しく情報が少ない。

 それでも、末尾に「今日の無限大の記号(∞)のモデルとなった」とあったのが興味深い。
 ただ、掲げられているウロボロスの像からどうやって今日の無限大の記号(∞)に成り代わるのか、分かるようで分からない。

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2006/09/15

鯨面文身(いれずみ)は人間の証?

『魏志倭人伝』を読むと、「男子無大小,皆面黥面文身」とある。訳すと、「男子は老若と問わず、皆顔体にいれずみがある」となる。男子は「鯨面文身(いれずみ)」していたというのである。
 あるいは、「以*朱丹塗其身體,如中國用粉也」とも。訳すと、「朱丹(赤い染料)を体に塗っているのは、中国で粉(おしろい)を用いるのに似ている」ということらしい。
(この辺り、「魏志倭人伝を読み解す」を参照させてもらっている。余談だが、「倭地温暖,冬夏食生菜,皆徒跣」つまり、訳すと、「倭の地は温暖で、夏冬問わず生野菜を食し、皆はだしで生活する」という風俗からして、素直に考えると、邪馬台国が奈良(大和)の何処かというのは、全くの論外となるはずなのだが。せめて九州、あるいは沖縄とか奄美とか…。やがて卑弥呼が奈良の地へ向かい、祭祀者として君臨し、その何処か(箸墓古墳?)に葬られたのだとしても。)

縄文式土器 - Wikipedia」を覗く。火焔土器は別格としても、後の弥生式土器に比べると、実用性は勿論、追求されたのだろうが、同時に土器の表面や縁取りなどを観ても、文様・装飾で埋め尽くされている。
 縄文時代の人は化粧をしたのだろうか。顔に刺青など施したのだろうか。体に色など塗ったのだろうか。
 小生は、縄文人は恐らくは体(顔)に何らかの装飾を施したのではないかと想像している。弥生式土器の、あの、のっぺらぼうとは大違いの縄文式土器を見ると、そう思いたくなってしまう。
入れ墨 - Wikipedia」にもあるように、『日本書紀』の記事中にも、入墨についての記事がある。武内宿禰の東国からの帰還報告として、蝦夷の男女が文身していたとある(景行27年2月条)」ことからして、縄文人は刺青していたと推測させられてしまう。)

 装飾というと、古墳の内部の壁も、全ての古墳がそうだったかどうかは分からないが、かなりの古墳には、装飾や文様が何らかのモチーフの下に描かれていたという。
装飾古墳の文様」や「装飾古墳データベース」(写真が見事!)など参照。

 そういえば、日本でも有数の装飾古墳として知られる王塚古墳では、近く一般公開されるとか。→「王塚装飾古墳館
 ここなど、テレビなどマスコミでもっと宣伝してもいいのでは。
 広く一般に知られるに値する古墳だと思う。

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2006/08/30

カーニヴァルテーマ「太陽」(1)

カーニヴァルテーマのこと」にて、「我がチームの今年の浅草サンバカーニヴァルに向けてのテーマである「太陽」を、そのアーラ群を手掛かりに、その物語を描写してみようと思う。」と書いている。
 書いたはいい。また、画像群のアップを期待していたサイト「Charlie K's Photo & Text」の「DAYS of Samba & Asakusa Samba Carnaval 」なる頁にて、「Asakusa 2006.8.26 G.R.E.S Liberdade vol.1」から「Asakusa 2006.8.26 G.R.E.S Liberdade vol.4」などがアップされていて、一応は材料は揃ったようなものだし、これまた結構である。
 が、画像が多いってのも逆に困った。選ぶのに目移りする。あれもこれもとなる。
 また、人様が撮った画像だから、小生が書こうとする小文に相応しい画像が必ずあるとも限らない(特にポルメスについては)。
 今日は、午後から全ての画像を幾度となく見て過ごすことになった。
 
 が、その前に、情けないことに、今日が自転車通勤二日目ということで、肉体疲労でグロッキー状態になっていた。
 火曜日の朝に自転車で会社に辿り着いた時点で既に疲労困憊である。楽な道を選ぼうとは思っているが、それでも、何処かしらで坂道を上り下りしないといけない。短いが急な坂を二つか、緩やかだが長い坂をやはり二つほど越えないといけない。
 恐らく、あと数回は自転車通勤して、体が慣れてしまわないことには、帰宅しても(普段だってタクシー業務に精力の大半を費やしているのに)ロッキングチェアーから体を引き離してパソコンに向う気力など湧きようがない。

 と、言い訳というか愚痴を洩らしたところで、さて、肝心の課題に向いたい。画像群は、何時間も選択に迷った挙句、とうとう切れてしまって、最後はもう、エイヤ! という感じで選んでしまった。
 一旦はアップしても、文章もだが、画像に関しても、追々訂正・差し替え・削除・追加などなどを施していくことにする。
 そういった方針でないと、いつまで経っても書き始めることができん!
 念のために再度、断っておくが、特に明記しない限り、画像は全て、いつも画像の使用を快諾してくれている「Charlie K's Photo & Text」からのものである。
 また、「我がチームの今年の浅草サンバカーニヴァルに向けてのテーマである「太陽」を、そのアーラ群を手掛かりに、その物語を描写してみようと思う。」と書いたように、基本的に物語的であり、もっと言うと空想、あられもなく言うと妄想的な叙述もありえる。可能なら終始、徹底して妄想的でありたいのだが、そうもいかない。
 仮に思ったほど、妄想的足りえなかったとしたら、小生の想像力が貧しいからに過ぎない。
 叙述の事実関係を逐一、信憑性を含め、裏付けを求めたりしないでもらいたい。
 ひたすらその場の思いつきで書いているだけなのだし、文章に脈絡がないからと、舌打ちなどしないで欲しい。
 敢えてでたらめは書くつもりはないが、敢えてサンバについて用語も含め専門的なこだわりもしない(できない!)。
 願わくは、画像に見合うような何かを書けたらいいのだが。
 用語は、「サンバチーム「ブロコ・アハスタォン」サンバ用語集」参照のこと。

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2006/07/07

月の山脈と天の川と

 今日は七夕の日ということで、少しだけ七夕に関係する話を書きたい。
 といっても、今回は天の川に関連するかな、という話なのだが。
 それにしても、小生の織姫様は何処にいるのだろう。会えないのは天気のせい?

 短冊の願いを読まれ恥を掻き
 短冊に書けぬ願いは如何せん

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→ 昨日の営業中、街頭で見かけた織姫さんたち…。

「月の山脈」といっても、ここでは、「巨大クレーターができた時の周囲の盛り上がりによってつくられたと考えられてい」る、あの月の山脈のことではない(「」参照)。
「ルウェンゾリ。伝説の月の山脈」、「そこは、かつてナイル河の源と目され、多くの探検家達の憧憬の地であった」という、月の山脈である(「月の山紀行」参照)。
「月の山脈」(時に「月の山」と訳される)というと、「2世紀、アレキサンドリアの天文学者、天動説で有名なかのプトレマイオスがその著書の中で記した“ナイルの源流”」であり、「かつてはヨーロッパの名だたる探検家達の心を熱くさせた憧憬の地」、そして伝説の地なのである(「ウガンダの見どころ・行きどころ∥旅行ツアー情報∥アフリカ大辞典」参照)。
今現在、ナイル川には複数の水源があることが知られていますが、ルウェンゾリもその一つであるばかりか、アフリカ第二の大河ザイール川の水源の一つとしても知られています」という。

「冬の夜空に輝くシリウスは古代のエジプトでは重視され、「アヌビス神の星」として神格化されていました。 「エジプトはナイルの賜物」という言葉があります。この言葉はナイル川が上流の肥沃な土砂を運んでくることにより、農耕が始まり、エジプトに文明が起こったことを意味しています。当時の人々にとっては1年の決まった季節にあるナイル川の氾濫の時期をあらかじめ予測して、農耕の準備を始めることは生きていく上で必要不可欠なことでした」(「こども文化科学館-古代人からのメッセージ1」より。太字は小生の手になる)。

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2006/06/28

「蛍は…火垂る? 星垂る?」追記

蛍は…火垂る? 星垂る?」の中で、「~2005年 ある日の日記より 抜粋~」(「八ヶ岳ホタル通信:2006」がホームページ)からとして、「日本書紀(720年)には早くも「蛍」という文字が使用されている。 」という<事実>を示している。
 が、時間がなくて、文献的裏付けを取ることも叶わなかった。
 ここに若干の追記をメモしておく。

 ネット検索してみたら、「蛍(ほたる) - 万葉の生きものたち」という素敵な頁が見つかった。
 もう、この頁を見つけていたら、敢えて「蛍は…火垂る? 星垂る?」なんて雑文を綴る気にはなれなかったかも。

Milkywkei

← 掌編「屋根の上の猫」中の挿画(by kei)。

 この頁の中に、「このようなホタルに関する歌は、現在までに俳句や短歌としても数多く知られており、古くは日本最古の歌集『万葉集』にも詠まれていました。」として