2009/10/24

地球上で最も大きな生体:アスペン

 スペンサ-・ウェルズ著の『旅する遺伝子』(上原 直子【訳】 英治出版 (2008/10/27 出版))を読んでの感想文と呼べない雑文は既に書いたが、その中で、本書のテーマとは直接の関わりはないのだが、「地球上で最も大きな生体」なる話題が載っていた。

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地球上で最も大きな生体」って?
 象でも恐竜でもクジラでもない!
 それは動物ではなく、植物。

 となると、縄文杉とか、あるいは知っている人は、カリフォルニアのセコイアオスギの名を挙げる、だろう。
 確かに個々の生体(樹木)ということであれば、それも間違いではないのかもしれない(小生は未だ、調べつくしていない)。

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2009/02/24

東京タワー…沸騰都市東京のシンボル(前篇)

NHKスペシャル|沸騰都市(全8回)」を観た。

「グローバリズムによって国境の意味が薄れ、新たに世界の主役を担うのは、国ではなく「都市」の時代が到来。世界を主導してきた超大国のアメリカの力が揺らぎ、急成長する新興国が主役交代の鍵を握る中、世界の地殻変動の舞台となっているのが、様々なエネルギーせめぎ合いぐつぐつと煮えたぎる「沸騰都市」である」といったコンセプトの番組。

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→ 「東京タワー」 撮影は小生の手になる。小生が卑しいせいか、ゴールドのタワーに見える ? ! 東京は、「沸騰都市」であり、「モンスター都市」であり、この写真のように、ゴールドに煌く都市でもある。地方の地盤沈下を他所に…、というより、地方や世界の多くの土地の生き血を吸って、真っ赤に煮え滾るかのようだ。まだまだ、限界に達していない。まだまだ、変わる。まだまだ、血と地と知と夢とに餓えている!

 といっても、小生が観たのはそのうちの何回かだけ。
 昨日は(録画で)このシリーズの最終回に当たる「NHKスペシャル|沸騰都市 最終回 TOKYOモンスター」に見入ったのである。
 まあ、テレビ番組を観てそれなりの感想や感懐を抱いても、それでスルーするのだが、今回は、特に番組のエンディングで、小生が東京在住時代に働いたり、通勤したりなどで長く強く馴染みの地域の航空映像が流されたので、ちょっとメモしたくなったのである。

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2009/02/04

「コンゴ・ジャーニー」へ

 レドモンド・オハンロン著の『コンゴ・ジャーニー 上』(土屋政雄/訳 新潮社)を読み始めた。
 新聞の書評でベタ褒めだったし、内容に惹かれて早速、図書館に予約。
 ようやく昨日から読み始めることができた。

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← レドモンド・オハンロン著『コンゴ・ジャーニー 上』(土屋政雄/訳 新潮社)

コンゴの密林に幻の恐竜を探して――。カズオ・イシグロ絶賛の桁外れの探検記!」なんてキャッチコピーが付いている。
コンゴ川上流の湖に恐竜が棲息しているというピグミーの言い伝えに誘われて、英国人旅行記作家が全財産をなげうつ旅に出た。アメリカ人動物行動学者とコンゴ人生物学者を道連れに、賄賂を毟られても、下痢や呪術で死ぬ目にあっても、奥地へ、奥地へ――。」といった本。
 二人の学者(ら)を伴ってとあるが、率いるレドモンド・オハンロンは、「1947年英国生まれ。オックスフォード大学文学部卒業。「タイムズ文芸付録」の編集記者を経て英国を代表する旅行記作家に。1984年『ボルネオの奥地へ』(めるくまーる)でデビュー」ということで、旅行記作家。
 とにかく旺盛な探検欲である。
 旺盛というより獰猛なほどの探究心。本書だって旅の冒頭で早速、マラリアの洗礼を受けて死に損なう。
 でも、そんなものは彼にはただの挨拶程度なのだろう。

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2009/01/20

福岡の菅笠、国の重要無形民族文化財へ答申

 15日付の拙稿「母さんのあの菅の笠、どうしたでせうね!」にて、「富山は菅笠作り生産量が全国で一番」だとか、「高岡市福岡地域の菅笠を後世に 技術保存会が発足」といった話題を綴ってみた。

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← 17日の午前、電線に止まっていた鳥。やがて飛び去って畑へ。冬の最中も雪の積もった畑で餌探し。カラスじゃなくて、多分、インコだと思うのだが、さて。

 すると、その翌16日、テレビで後を追うように、続報が。
菅笠作り、国無形民俗文化財」へ、というのだ!
 といっても、決まったわけではなく、「福岡の菅笠」が、「国の重要無形民族文化財へ答申」されたのである。

 決まったも同然か!

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2009/01/15

母さんのあの菅の笠、どうしたでせうね!

高岡市福岡地域の菅笠を後世に 技術保存会が発足

 水曜日の夕方、食事の準備をしつつテレビ(北日本放送)の音を聞いていたら、「菅笠(すげがさ)」の話題が聞こえてきた。
 まあ、それだけだったら、ただ聞き流すだけなのだが、なんと、富山は菅笠作り生産量が全国で一番なのだとか。

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→ 日和裕樹〈にわゆうじゅ〉著『福岡町の菅と菅笠』(福岡町カルチャー文庫) (情報は、「『福岡町の菅と菅笠』『台網から大敷網へ』 - 能登のうみやまブシ」より。)

 菅笠を作っている地域が県内にもあるって話は仄聞したことはあるが、まさか、富山が菅笠生産量全国一位の特産品だったとは知らなかった。
 しかも、昨年、仕事の関係であの周辺を何度となく車で通った地域だ。

 まあ、富山県の産品で全国一番のものは他にもあるし、最初は漫然と聞いていた。
 が、夕食の準備を終え、食事し始めたら、雑談の中で、母が子供の頃、作ったことがあるし、親戚の者が作るのを終日、飽くことなく眺めていたとか、自分でも作ったことがある、なんて話になり、テレビのミニ特集に一層の興味を持って視聴することになった。

 話を先に進める前に、そもそも「菅笠」とは一体、どんなものか。

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2009/01/10

呉羽山の山頂へ傷心のドライブ ? ! (後篇)

[呉羽山(くれはやま)へ向かった日は、晴れていたので立山連峰や富山湾を遠望するに絶好かなと思っていたのだが、翌日はもっと晴れ渡っていて、山々の峰(嶺)や山並みがビックリするほど輪郭も鮮やかだった。用事があって行けなかったけど、惜しかった。…となると、またいつか行きたくなっちゃうね! (09/01/10 追記)]

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呉羽丘陵は、全長約22kmにわたる「呉羽山断層」の西側が持ち上がってできた丘陵である。そのため、丘陵の西側はゆるやかな斜面になっているのに対し、東側は急斜面となっている。呉羽山断層は活断層であり、将来はマグニチュード7を超える地震の発生が指摘されている」という。
 小生の居住する地域も、その呉羽山断層の近くではなかったか。
 いずれにしても、往時の川の氾濫で成った沖積地であって、地盤は弱いようである。
 眼下に流れる神通川もかつては暴れ川だったのである。

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2009/01/09

呉羽山の山頂へ傷心のドライブ ? ! (前篇)

 過日、呉羽山にある城山公園辺りをドライブしてきた。
 まあ、年初から全くの無職になったということで、名目は傷心ツアーである。
 万が一、運よくアルバイトだろうと何だろうと仕事ができたら、週日にドライブってわけにはいかないだろうし、今のうちと思って、天気も快晴とまではいかないが晴れていたので、思い切ってドライブと小生に似合わぬ行動に出たわけである。

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→ いざ、呉羽山の山頂へ!

富山市街の西に位置している標高76.8mの呉羽山」の、「頂上付近を中心に広場や遊歩道、展望台などが整備がされており、展望台からは市内や富山平野を一望でき、立山連峰の勇姿を眺望することが可能。夕景、夜景のスポットとしても知られている」という、「呉羽山公園」へ行きたかったが、思いつきで出発したので、場所が分からず、なんとなくドライブウエーっぽいルートを辿ってみたのである。

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2009/01/06

懐かしき(?)ゼンマ明けの朝

 局部麻酔での手術や治療は、わりと多くの方が経験があるのではなかろうか。
 歯の治療でも局部麻酔をされるのだから、わりと多くの方というより、相当多くの方かもしれない(麻酔をされての治療経験の有無の統計なんて、あるんだろうか)。

 でも、全身麻酔での手術となると、そう多くはないのでは。

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← 五日の夜、「世界まる見え!テレビ特捜部」を団欒のテレビで見ていたら、「歌え!踊れ!熱狂70万人、リオのカーニバル」ということで、「サンバチームの奇跡のパフォーマンスをご紹介」していた。いつもながら、圧倒される狂熱ぶりとスケール! これはテレビの画像を撮影したもの。機会があったら、他の画像も紹介したいが、さて。

(註)、医者用語なのか、ただの通称なのか、分からないが、40歳の時の全身麻酔による手術の際(そのどんな場面で聞いたのか忘れた)、「全身麻酔」を「ぜんま」と呼ぶことも知ったっけ(以下、時々、全身麻酔と表記せず、「ゼンマ」と略記する場合があることを断っておく。ついでながら、「局部麻酔」の略称は「きょくま」である)。

 小生はゼンマでの手術を何度か経験している。

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2009/01/05

灯油(?)ストーブが頼みです

 小生は東京で一人暮らししている間は、灯油のストーブは使わなかった。
 それには個人的な事情があるし、前段の話もある。
 仙台で学生生活を送っていた頃は、灯油のストーブだった。
 無論、仙台ではそれだけでは足りず、炬燵も併用していた。

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→ 二日は、精米や買い出しなどなど、三日は年始。雪の正月じゃないと富山らしくない。雪がないことはありがたいけど、寂しくもある…し、この先、ちょっと不安。

 上京して、最初の三年はあるバイト生活だったが、最初のうちはガスストーブだった。
 これが拙かった。失敗だった。小生には合わなかった。

 上京して二年目、幸運にもバストイレ付きのアパートを安く借りることが出来た。
 それが間違いのもとで、アパート(の風呂場)の隣に警察犬の訓練所があり、匂いがきつい。
 風呂場にはガス給湯設備がある。
 なので、いつもは訓練所に面する窓を閉めて、部屋に通じるドアを少し開けて、入浴する。
 が、或る時、ついドアを開け忘れ、風呂場が密室状態になった。

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2008/12/21

湯たんぽじゃなく電気ミニマット!

凄いぞ 湯たんぽ!」(2008/12/06)なる日記では、父母のためにと湯たんぽを2個買った、ところが、父母は電気毛布を愛用していて、湯たんぽは要らない、なので、せっかく買ったものだし、自分が使うことに、という話になっていた。

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← いよいよ熟してきた我が家のミカン。

 …この話、結果的には嘘になっている。

 湯たんぽは、二晩ほど使っただけで、今は部屋の隅っこで、いつかまた日の目を見るのを寂しく待ちわびている!

 実は、同じ日に同じ店で電気座布団を買った。座布団サイズの電気マット、という説明が分かりやすいか(他にも、「ホットクッション」「電気ミニマット」といった愛称があるらしい):
コイズミ[小泉成器] 電気マット KDM-4573D[KDM4573D] ホットカーペット座布団サイズ(48x48cm) 通販 - アラジン

 この小さな電気マットもお袋のために買ったもの。

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2008/12/13

インフルエンザ流行レベルマップ

 鳥インフルエンザウイルスのヒト型への変異が取り沙汰されている。
 テレビでもラジオでも、新聞や雑誌などでも、この関連の話題をしばしば目にするようになっている。

 いつ、鳥からヒトへが、ヒトからヒトへの空気感染、つまりは(結果的に)爆発的感染という事態が生じるか予断を許さない状況にあるというのだ。

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 最悪、スペインかぜ規模の被害が発生する可能性もあるとか:
スペインかぜ - Wikipedia

国立感染症研究所 感染症情報センター」の「インフルエンザ流行レベルマップ」によると:

厚生労働省・感染症サーベランス事業により、全国約5,000のインフルエンザ定点医療機関を受診した患者数が週ごとに把握されています。
過去の患者発生状況をもとに設けられた基準値から、保健所ごとにその基準値を超えた場合に、注意報レベルや警報レベルを超えたことをお知らせする仕組みになっています(詳細は「警報・注意報システムとは」をご覧ください)。
2008年 第48週 (11月24日~11月30日) 2008年12月3日現在

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2008/12/01

槍ヶ岳の開祖・播隆上人

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→ 母が退院した翌日の夕方。小生の居住する部屋の窓からの、やんわりとした夕景の眺め。ホッとするひと時…。

 === 以下、本文です。===

槍ヶ岳の開祖・播隆上人

 今日(21日)の読売新聞朝刊の小さなコラムに、「播隆上人」の話題が載っていた。
 富山生まれ(越中国新川郡河内村(現富山市大山地区)の出身)だが、主な活躍場所は岐阜や長野ということもあり、生地・富山でもあまり知られていないという。

 小生自身、「浄土宗の僧侶で槍ヶ岳の開祖」だという播隆上人(ばんりゅう)の存在や名前など全く知らなかった。

 せっかくなので、ネット検索などで大よその情報だけでもピックアップしてみたい。

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2008/11/27

ムスカリ……商品説明は読みましょう!

 我が家をお花畑に、の一環というわけではないが、昨日、ムスカリの花の球根を買ってきた。
 一昨日、納屋に安置してくれていたチューリップの球根を植えた。

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→ 水曜日、病院の窓越しに晴れ渡った空や山々を遠望。ガラスが分厚いので、透明感が今ひとつか。

 それは、父が五月だったかに、庭のチューリップの開花シーズンが終わったのを見計らって、球根を取り置いてくれたもの。
 ただ、ちょっと数的に足りず、スーパーでの買物ついでにチューリップの球根を買い足そうと思って物色。

 でも、高い!
 まあ、スーパーの入口付近に場所を借りての小さな店舗なので、大きな園芸ショップのようには安くはないのだろう。
 球根だって、我が家のものより立派ではある。

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2008/10/23

「「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと藤村だけど(後篇)」アップ

「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと藤村だけど(後篇)」をアップしました。

 一昨日だったか、庭で落ち葉拾いなどしていたら、光沢も見事な緑色の果実が目に入った。

 ミカン!
 おお、そうだった、我が家にはミカンの木が一本あるんだった。

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← 我が家の庭の片隅にミカンの木が。ちゃんと果実が生る!

 木には青々としたミカンの果実が何十個も。
 その果実を見て、これがミカンの木だと改めて気づかされる。
 そうでもないと、植物には到って弱い小生のこと、ずっと気が付かなかっただろう。
 そういえば、我が家の庭には樹齢が150年ほどという梅の木がある。
 我が家のご先祖様が本家から少々の田畑をもらって分家した際に柿の木などと共に植えたものだとか。

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2008/10/22

「「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと島崎藤村だけど(前篇)」アップ

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「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと島崎藤村だけど(前篇)」をアップしました。

 我が町の昔日の様子を描いているわけでもない、数々の画像を掲げるのに、特に目的も意味もない。

 ただ、今昔の町(村)の風景を眺め、取り留めもなく想像をめぐらしてみたいだけである。

 わが町(昔は村)も、これほどの賑わいはなかったにしろ、我々の先祖様たちが働き、悩み、楽しみ、病み、恋し、村の内外を闊歩したんだろう…。

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2008/10/16

「宝泉寺蔵地獄極楽図から我が地獄の夢へ」アップ

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宝泉寺蔵地獄極楽図から我が地獄の夢へ」をアップしました。

 斎藤茂吉第一歌集『赤光』の中の短歌と「地獄極楽図」との関係や、小生の子供の頃の地獄の夢など。

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2008/10/11

「08所沢サンバパレード(画像)情報(随時更新)」アップ

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08所沢サンバパレード(画像)情報(随時更新)」をアップしました。

「毎年30万人前後の人出」だという、「ところざわまつり」が開催される:
2008.10.12(日)
最寄り駅:西武新宿線 西武池袋線 所沢

 我がサンバエスコーラ・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)年内最後のパレードです。

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2008/10/07

「末期を描く…ターミナルケアの原点?」アップ

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末期を描く…ターミナルケアの原点?」をアップしました。

 本稿では、上掲書を参考に、西欧美術作品に描かれた末期の諸相を見てみたい。
 筆写によれば、これらの絵画にはターミナルケアの原点が描かれているのでは、という。

 ところで、俳優の緒形拳さんの突然の逝去は小生にもショックだった:
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/obituary/?1223367006
 日本の男優で好きな人はと問われても、返答に窮する中、緒形拳さんは文句なしに好きな方だったから。

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2008/10/02

於保多神社…富山に天満宮 ? !

 昨日の夜はアルバイト。
 富山は地域によってはだが、夕方、驟雨に見舞われ、土砂降りの雨の中の出勤となった。
 バイト先でこの突然の豪雨のことが話題になったが、同じ富山市内であっても、東部と西部、北部と南部で降り方がまるで違うことが、分かって、雨そして天候の異変が今年は際立っていることを痛感させられた。

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→ (9月)18日の夕刻、家の畑や庭の片隅から夕景を撮ってみた。

 南部と北部といっても、車で二十分も要しない程度の距離しか離れていないのだ。
 片や、雨どころかずっと晴れていましたよ、という人、朝から雨だったという人。
 小生の地域はその真ん中よりやや南部寄りで、夕方近くになって雨、そして一気の豪雨だったのである。

 その雨もあっという間に上がってくれた。車で市内を回る仕事であっても、雨はやはり面倒だし憂鬱。

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2008/09/14

上野原遺跡から神話へ、そして邪馬台国のこと

 長部日出雄/著の『「古事記」の真実』(文春新書)を読んでいたら、気になる記述に出会った。
 それは「高天原は高千穂峡」という章でのこと。

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← 長部日出雄/著『「古事記」の真実』(文春新書)
[目次]
稗田阿礼は日本最初の女性作家;日本語の父は天武天皇;天武天皇の鑑は聖徳太子;楽劇としての古事記;森鴎外と津田左右吉の苦衷;高天原は高千穂峡;神代を伝える原郷;須佐之男命とは何者か;出雲大社の示すもの;天照大御神の誕生;古代が息づく伊勢神宮;われわれにとって「カミ」とは何か

『古事記』において、「筑紫が日向(ひむか)の高千穂のくじふる嶺(たけ)」を天孫降臨の地としている。
 だが、戦前・戦後のある時期までは、「歴史上からいえば、今の日向・大隈・薩摩は九州に於いて最も遅く開けた土地で、又た後々まで皇室に服従しなかった所謂熊襲の国であった。又た地理上からいへば、海にも陸にも交通の極めて不便な位置であり、其の上、豊饒な平野もなく、上代に於いて大なる勢力をもつていたものの根拠地としては何一つ其の資格がない」(本書より)と思われていたし、二十年ほど前までは大よそ、そういった認識だったのだろう。
 が、97年、「鹿児島湾に面した台地上に、日本最古(発見当時としては最新)の文化が存在していたことが立証された」のだった。

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2008/09/10

「浅草サンバカーニバルから(8)…照明の下の真珠たち」アップ

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← 週刊ポスト(9/19・26号)にて、下記の題名で「浅草サンバカーニバル」が多数の写真で特集:
浅草サンバカーニバル「濡れた大和撫子
(私見ですが、率直なところ、写真はネットで散見されるものに傑作が多い気がする。撮り慣れているからか。)


浅草サンバカーニバルから(8)…照明の下の真珠たち」をアップしました。
 これまた日記…レポートです。

 一連の浅草・上野ツアー日記(シリーズ)は、本稿で終わりにします。
 会うことの出来た方々のことも書きたかったけど、一般人である他人のプライベートなことはブログでは極力控えるという方針なので、惜しくも割愛した…。
 

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2008/09/09

「浅草サンバカーニバルから(7)…「真珠の女たち」に会いに」アップ

浅草サンバカーニバルから(7)…「真珠の女たち」に会いに」をアップしました。
 さらにさらにただの日記です。
 ドツボに嵌まっていきます。

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2008/09/07

「浅草サンバカーニバルから(5)…宴の後」アップ

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浅草サンバカーニバルから(5)…宴の後」をアップしました。
 ほとんどただの日記です。
 サンバダンサーらの画像を少々。
 でも、我がチームの雄姿画像はなし。寂しい!

 それにしても、浅草日記、こんな大作にするつもりはなかったのだが。
 なんとか、あと1回、せめて2回でこの浅草旅日記は終えたい。

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2008/09/06

「浅草サンバカーニバルへ(4)…美は細部にあり!」アップ

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浅草サンバカーニバルへ(4)…美は細部にあり!」をアップしました。

 この頁の画像は、リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)制作のアレゴリア(アプリアーラ)の細部にこだわっていく。遊び心たっぷりの美と匠(たくみ)との粋は細部にあり!
 日記は、いよいよスタート。その直前やパレード中のエピソードなどを書いてます。

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2008/09/03

「浅草サンバカーニバルへ(2)…東京 ! サウダージ」アップ

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浅草サンバカーニバルへ(2)…東京 ! サウダージ」アップしました。
 これもただの日記です。
 今回は、リベルダージ以外のチームのアレゴリア画像を載せてます。

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2008/09/02

「浅草サンバカーニバルへ(1)…東京へ」アップ

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浅草サンバカーニバルへ(1)…東京へ」をアップしました。
ただの日記です。
このあと、(5)までは続く予定。
(3)と(4)が浅草サンバカーニバルでのスタッフとしてのレポート記事。
なお、(2)からはアレゴリア(アプリアーラ)の画像を豊富に載せていきます。

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2008/08/29

「何ゆえ浅草でサンバカーニバルが始まったのか:追記」アップ

何ゆえ浅草でサンバカーニバルが始まったのか:追記」アップしました。

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2008/08/12

富山で久しぶりの図書館

 月曜日、野暮用を済ませ、待望の場所へ向った。
 自転車で二十分ほど。炎天下だったので普通なら帽子をかぶっていくところが、所用が入ったこともあって、忘失してしまった。

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→ 図書館の帰り、富山城址公園に立ち寄って緑陰や川の流れを愛でる。

 今年の二月末に帰郷した。
 東京では最寄の図書館へ平均すると週に一度は足を運んでいた。
 自分の願望としては書店へ足を運ぶほうが好き。
 書店へ行けば、新刊もあるけど、ちょっと棚を巡れば数ヶ月は店晒しになっているような本、印刷されて数年という本も少なからず見受けられる。
 さすがに古本屋ほどには古い本は置いてないが。
 でも、手元不如意でもあるし、家(東京でのワンルーム)に蔵書を置くスペースもなく、次第に本を買って読むという習慣からは遠ざかっていった。
 いやその前に、書店からさえも足が遠ざかった。

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2008/07/21

アオガエルは瞑想を誘うけれど

 土曜日の夕方近く、庭の畑に水を撒きに行った。ついでにナスやキュウリなどが成っていたら収穫しようと思っていたら、意想外の成果。
 というのも、前日にも取れるだけのものは取ったので、さすがに連日は無理だろうと、それほど期待はしていなかったのである。

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← 畑に育っていたグラジオラス。白色や黄色や青色の花々を長い茎をそのままに十本ほど摘んで、茶の間や玄関に飾ったけれど、みんな涸れて、残るはこの一本。部屋が暗いので、花が貧相に見えるけれど、実際は綺麗な黄色。

 野菜に限らず植物の生命力は凄い。カンカン照りだったり夏の夕立の襲来だったり、昆虫や土中の微生物との共生と競合。
 小生、畑仕事は全くの素人。近所の人のを見よう見真似だったり、父母の話を受け売り(したいが、大概、右の耳から左へと流れすぎる)だったり、理解が浅いか間違っているようで、我が畑は野菜より雑草のほうが遥かに目立つ。

 それというのも、除草剤の使い方が分からず、及び腰に春先に散布しだだけなので、野菜も育つがそれ以上に雑草天国。

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2008/07/15

富山スポーツ情報あれこれ

 富山サンダーバーズが前期優勝を果たしたこと、読者からある日本人の世界的プレーヤーが富山に来ていたという情報を戴いたことなどがあり、せっかくなので、富山のスポーツ情報を若干、メモしてみる(例によって敬愛の意味を籠め、氏名などについて敬称は略させてもらう)。

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→ 知り合いの家に迷い込んだ猫。とっても若い雌猫ちゃん。安住の地を見出した時には既に妊娠していたらしく、つい先日、六匹の子猫を生んだ。家の真ん前が街道で車の往来が多く、紐でつないである。つながなくても、妙に人間になついているから、逃げないかもね。文末に子猫の画像を載せる。

目次:
富山サンダーバーズが、前期優勝を果たした!
●「カターレ富山」が、Jリーグ昇格圏内の4位以内へ最接近!
富山グラウジーズは、やや苦戦!
●日本人初のプロ水球選手「青柳 勧(あおやぎかん)」が富山に来ていた!

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2008/07/14

銭湯へ!

銭湯へ行った。近所の銭湯。懐かしの銭湯。
小生が中学か高校の頃、その銭湯へ通ったものである。
小学生のある時期までは、家の裏庭、台所や隣接する茶の間の出窓の直下にドラム缶だったか(小生はドラム缶の風呂に入った記憶があるのだが、家人はそんなものはウチにはなかったという…)、大きな岩を刳り抜いて、底に板を敷いたような即席のバス(?)があって、そこに漬けられるのが入浴だった。

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→ 「江戸東京たてもの園に移築された子宝湯の入り口」 小生が昨日、行った銭湯はここではありませぬ。(画像は、「銭湯 - Wikipedia」より。)

漬けられるのが入浴だった…。そう、お風呂が嫌いだった。面倒だった。漫画の本を読んでいたかったのだ。
小学生の低学年の頃までは、時には姉に連れられて銭湯へ通っていたようだ。
(記憶力がよければ、女風呂に入浴していた当時の光景が思い浮かべられるはずなのに、全然、駄目。我ながら情けない!)

その後(多分、学生時代)自宅に立派な浴室が出来たし、そもそも高校で郷里を出たので、郷里の銭湯通いは無くなった。
だよね。自宅にあるし、年に数回の帰省は一泊か二泊なので、銭湯へ行ってのんびりっていう発想は生まれなかった。

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2008/07/13

「銀閣寺:外装に黒漆塗る補修を断念 外壁の板、風化で薄く」に疑問

 過日(7月3日)、朝のワイドショーで「銀閣寺:外装に黒漆塗る補修を断念 外壁の板、風化で薄く」といった話題を知った(ニュースの詳細は末尾に)。
 父母の食事の世話をしながらの視聴で、ニュースの内容をしっかり把握することはできなかったが、一部を見聞きした時は、幾分の違和感を覚えた。

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← 『銀閣寺』こと『東山慈照寺』 (画像は、「慈照寺 - Wikipedia」より。「開基(創立者)は、室町幕府8代将軍の足利義政、開山は夢窓疎石とされている。(夢窓疎石は実際には当寺創建より1世紀ほど前の人物であり、このような例を勧請開山という。)」)

府文化財保護課は「創建当時の復元はできなかったが、多くの人が銀閣寺からイメージする枯淡美は維持される」としている」というが、「銀閣寺からイメージする枯淡美は維持」されればそれでいいのか。
 せっかくの補修の機会なのだから、可能な限り全面的に復元の試みを行なえばいいではないか。

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2008/06/24

「風天」の渥美清さん

渥美清さんの173句見つかる、俳号「風天」で心情生き生き」 ( 「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」より)という記事をたった今、ネット上で読んだ。
(記事の内容は、末尾に全文とはいかないが転載する。)

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← 『風天 渥美清のうた』(森 英介, 石 寒太:解説 発行:大空出版

 渥美清さんのファンなのか、それとも、「男はつらいよ」の寅さんのファンなのか、自分でも分からない。小生は既に彼に付いて(というより彼への思い入れというべきか)は、幾つか雑文も書いている(末尾で示す)ので、本稿では彼の句の紹介に留めておく。
(「風天(フーテン)」という言葉(俳号)については、拙稿「風天居士…寅さん」にやや詳しく書いた。)

 見つかった句の全貌は分からない。「発見された全句を収めた「風天 渥美清のうた」(大空出版)は、27日発売される」というから、それを待つことにする。

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2008/06/20

ティー・バッグ百周年 ? !

ティー・バッグ - Wikipedia
 今年はティー・バッグが誕生して百年目なのだという。NHKラジオを仕事の徒然に何気なく聴いていたら、そんな話が。

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← 小生が盛んに飲んだ当時とはデザインが違うようだが、学生時代、一番、愛飲していたティーバッグ。(画像は、「日東紅茶」より。)

 老婆心ながら注意しておくが、ティー・バッグである。ティーバックではない!
「ティー・バッグ(Tea bag)は、紅茶の葉か抽出物を含む小さな袋である。紅茶を抽出した後に茶こしを使うことなくお茶を飲むことができる」というもの。
 紛らわしいことに、「ティー・パック(tea pack)」という「BagとPackの音の近似によって生じた誤用」の言葉も日本にはあったりする。

「ティー・バッグは1908年に紅茶の貿易商であるトーマス・サリヴァンによって偶然に発明された。商品の紅茶の葉を絹の袋に詰めて消費者に送ったところ、そういう商品だと勘違いし、その袋のままお湯につけて紅茶を煮出してしまったの」だという。
 なので、「今年はティー・バッグが誕生して百年目」だというわけである。

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2008/06/05

富山は裕福な県?

 富山の人には目新しいニュースではないようだけど、つい先日、富山市の1世帯当たり年間のガソリン代への支出が全国一位とか、富山県の自家用車の1世帯当たりの保有台数が全国二位といった報道がテレビであった。
 新しいデータを示すサイトが見つからないので、今年二月のニュース記事を参照させてもらう。

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→ 先月末、庭木の手入れをしていたら、何やらひらひら舞うものが。蝶? 違った、蛾だ。ガッカリ。でもまあ似たようなものだし、撮っちゃう! 画像を見ると夜のようだけど、真っ昼間である。強制フラッシュの設定になっていることを忘れて撮影してしまったのだ。怪我の功名か、羽根の燐粉が妖しく光って見える。

No.338-1:全国家計調査、富山市の世帯実収入が全国トップ」(「Toyama Just Now」より)だって?!

 総務省の平成18年家計調査で、富山市の2人以上の世帯のうち、勤労者世帯(世帯主が会社、団体、官公庁、商店などに勤めている世帯)の1世帯当たり1カ月平均の実収入が708,519円と全国1位(都道府県庁所在市別順位:以下同じ)となった。全国平均の525,719円を182,800円上回った。
(中略)
 トップとなった大きな要因は、世帯主だけでなく配偶者、その他の世帯員も就業して収入を得ていることや、年金受給対象である65歳以上の世帯員の同居が多いことなどが挙げられる。多世代同居の多い富山県の世帯構成の特徴を反映したものとなっている。

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2008/05/27

東大寺の荘園絵図見つかる

元TBS川田亜子アナが練炭自殺」というニュースが昨夜、飛び込んできた。
 自殺された場所は東京・港区海岸と、小生が昔、働いていた会社のすぐ近くで、ニュース映像を見て、ああ、あの辺りだ! と思ってしまった。

 自殺の理由は小生には分からない。体の不調という情報もあるが。

 川田亜子さんオフィシャルブログの 『Ako's Style』には、悩んでいるのが窺える日記の文面が散見される。
 健気に頑張っていた反面の悩みの深さが察せられる。
 彼女は昨年四月にTBSを退社したが、TBSの経営側との意向の食い違いがあったとも(主にバラエティー番組で活躍したが、本人は報道番組がやりたかったとか)。
 昨年の六月には早くもネットに「川田亜子 訴訟問題で揺れる川田亜子の元カレがネットでバラまいたH映像 画像、動画」といった題名のブログ記事が。
 どんな情報であれ、若く真面目な女性には居たたまれないことだったろうとは、小生ならずとも想像が付く。
 背後で誰かが糸を引いていたのだろうか。事務所には対処する力はなかったのか。
 どんな「H映像 画像、動画」なのか見ていないので分からないが、プライベートな部分が徹底して暴かれ晒される(少なくとも本人はそう感じていただろう)。
 大きくは仕事上のトラブルなのだろうが、マスコミで活躍する人はプライベートな部分に関しては会社や事務所などの周囲が守り対処してくれないと、どうしようもない。

 ちなみに、所属事務所のコメント全文は下記の通り:

 5月上旬頃から様子がおかしいと感じ、本人に直接確認したところ大丈夫だと言っていました。
 体調が悪い様子ではありましたが、心配しつつも仕事はしっかりとしていたので安心していました。
 今回の件につながる理由が皆目見当もつきません。
 所属事務所としては、本当に驚いているとしか言えません。

 株式会社ケイダッシュ 広報部


 木で鼻をくくったという印象しか受けない!

 今朝になって得た情報に拠ると、「川田亜子、最後の生出演は「自殺未遂ルポ」だった」とか。
 これが引き金なのか。

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2008/05/20

「富山の海洋深層水のヒミツ?」アップ

富山の海洋深層水のヒミツ?」アップしました。

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2008/05/12

お地蔵さん……ん?(前篇)

お地蔵さん

 田舎の我が家の前には地蔵堂があり、その中には記憶では33体のお地蔵様が祀られてある。33体という数は曖昧である。子供の頃に父か母に、それだけの数の地蔵さんが安置されてあると聞いただけで、その頃は、ふん、そう、で終わっていた。
 お地蔵さんの数がこれだけ揃っているのは珍しいのだ、とも、その時に聞いたような気がするが、関心のないガキの耳は素通りするばかりだった。

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← 地蔵堂と思い込んでいたが、その実…。

 もう、十年以上の昔になるが、古い木造の地蔵堂は改築されてコンクリート製の立派なものになった。その際、地蔵堂の向きも、それまでは我が家に直面していたのがA家に正対する向きに変わった。
 老朽化の故に改築するのは分かるとして、何故、向きまで変わったのだろうか。地元の富豪で、蔵が三つあるA家の威光なのだろうか。
 それとも、単に、我が家と地蔵堂の間の道が狭く(車は擦れ違えない)、それに対し、A家と現行の地蔵堂の間の道のほうが、やや広く、車の通行量も人通りも多いからなのだろうか。

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2008/05/07

「葛」のことグズグズと

葛湯から古代を想う」にて、「葛湯」「葛飾」「葛西」と、「葛(くず)」繋がりの雑文を書いたことがある。
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→ 桜瀬琥姫(Kohime Ohse)『葛之葉姫』 (画像は、「桜瀬琥姫-葛之葉姫の販売、買い取りは絵画専門店アートひろばへ!」より) 「葛之葉姫」とは、安倍晴明の母

 ことに「葛飾」「葛西」の「葛」繋がりについては、以下のように書いたまま、頓挫してしまっている:

「葛西」とか「葛飾」という地名に「葛」が用いられたのは、古代において「葛」その地において印象的だったからなのだろうか。それとも、「中国では、「葛」の名前で呼ぶ」ことからして、朝鮮半島を含む大陸からの渡来人が土着した名残なのだろうか。
 あるいは、「やせ地にも育ち、土砂が雨で流されるのを防ぐ働きがあるので、砂漠の緑化に使われる」ということで、「中国の砂漠に日本のクズを植える努力が鳥取大学の遠山先生を中心に行われた」というが、関東ローム層という火山灰の多い、痩せた地には葛が育ちやすかったのでもあろうか。

 今は根拠が何も得られていないので、ただただ想像を逞しくするしかない。いつかまた、古代や中世の葛飾近辺の「葛」をテーマとして採り上げてみたい。


 とうとう何も調べることもできないうちに東京を離れてしまった。

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2008/05/02

「今年は海中探検!」アップ

今年は海中探検!」をアップしました。
 サンバ・エスコーラ(チーム)であるリベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の「2008年浅草サンバカーニバル」に向けてのパレードテーマ(Enredo)は、「海中探検(仮題)」だそうな。

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2008/04/22

母と二人でドライブ

[日記より]:

小生、昨日、母と車でドライブ。

ワンボックス車。
先週、納車。平成4年の車。

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← 4月18日、庭先のチューリップ。一気に開花!

知り合いの点検整備で車両の状態は上々。
車内は新車かと思えるほど綺麗。
驚くほどの安さで入手。

車椅子や、母が車に乗り込むための木製のステップ(踏み台)を積み込んで。

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2008/03/30

「野原のことなど」再び

帰郷して初めて散歩した(1)」の中で、「富山県富岩運河環水公園」となっている場所は以前は木場だったと書いている。
 じっくりゆっくり時間を掛けて歩いてみないと断言はできないが、今となっては、木場の名残りなど微塵もないようだ。

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← ここが以前は木場だったとは思えないほどに<綺麗な>環水公園への変貌ぶりである。

 この環水公園も含め富山駅の北口側は、俗に駅裏(側)と呼称され、南側、つまり表側は早くからデパートなどの商店が建ち並び、市役所や県庁、大手の企業の本支店などがある。
 まあ、何と言っても駅の南側は城下町でもあり、富山城そして城を巡る堀があるわけで、早くから開けてきたのも当然なことではある。

 一方、北口側は、小生が子供の頃は、駅の間近には放送局も含め幾つか大きなビルが建っていたものの、せいぜい二階建ての民家が密集ということなく街道近辺を中心に続いているだけだった。
 駅を十分も離れると田圃や畑が広がり、集落のように数軒あるいは十数軒の農家(大抵が兼業農家)が固まって散在していた。

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2008/03/26

帰郷して初めて散歩した(1)

 先日の夕方、帰郷して初めて散歩した。
 散歩しようと思えばこれまでだって出来ないことはなかったのだが、その気になれなかった。短時間であれ散歩したってことは、ようやくちょっとはこちらの生活に馴染んできたということかもしれない。

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→ 「富山県富岩運河環水公園」を象徴する「天門橋」を遠望する。

 先月の26日に帰郷したのだから、散歩しようなんて思い立つまでにまるまる一ヶ月を要したことになる。
 東京から富山へ。その前の仙台での歳月を加えると36年間、異郷の地にいたことになる。
 異郷と言っても、自分としては東京にずっと居続けるつもりでいたから、気持ちの中で東京を本当に異郷の地と自然に感じるには、きっとまだまだ時間が掛かるに違いない。

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2008/03/15

寝台急行「銀河」ラストラン

 とうとうその日が昨日、来てしまった。
 寝台急行「銀河」ラストランの日。

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→ これは、夜の空を駆けて行くモノレールの勇姿。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をイメージしたくて撮ったもの。

「銀河」ラストラン  「ありがとう」とファンらがお別れ」(「NIKKEI NET(日経ネット)」より):

 14日午後11時、JR西日本の寝台急行「銀河」の最終列車がJR東京駅を大阪に向けて出発した。ホームには約2000人のファンらが駆けつけ、降りしきる雨の中、走り去る銀河を拍手で見送った。

銀河 (列車) - Wikipedia」によると、「「銀河」の列車愛称の由来は天体の銀河であ」り、「全車寝台車で編成されている急行列車である」。
 夜行列車を外から長めると、それこそ宮沢賢治ではないが、「銀河鉄道の夜」を髣髴させるし、夜空の「銀河」を連想する意味でも、「銀河」という愛称はロマンチックであり、ピッタリのものだろう。

 夜汽車。それだけでロマンを感じさせてくれる。

 学生時代、あまりレコードなど買って聴くことはなく、専らFMなどのラジオを楽しむほうだった。
 そんな中、数少ない例外の一枚としてグラディスナイツ・アンド・ピップスの「夜汽車よジョージアへ(Midnight Train To Georgia)」がある。
 紅一点のグラディス・ナイト(Gladys Knight)らのソウルフルな歌の数々もいいが、表題の「夜汽車よジョージアへ」をラジオで聴いて、その曲を聴きたいばっかりに買ったLPだった。
 夜毎、部屋の中を真っ暗にして聴き入ったものである。

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2008/03/09

富山……佐伯有頼そして立山

 晴れて(?)富山県人・富山市民となった。
 なので富山関連の話題が自ずと増えていくものと思う。
 今日は、富山といえば立山、立山といえば佐伯有頼(さえきのありより 676年頃 - 759年?)ということで、佐伯有頼に付いて若干のことを自分の勉強のためにもメモしておきたい。

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→ 立山曼荼羅『相真坊B本』(個人蔵) 芦峅寺系 形態:紙本4幅 法量:150.0cm×216.5cm(内寸) (画像は、「立山曼荼羅の解説 富山県[立山博物館]学芸員 福江 充」より。「立山信仰と立山曼荼羅の解説」なる頁が充実している。)

 佐伯有頼でネット検索すると、筆頭に「佐伯有頼 - Wikipedia」なる頁が出てくる。
 冒頭には、「佐伯有頼(さえきのありより、 676年頃 - 759年?)は、飛鳥時代の越中の国司、佐伯宿禰有若の息子。霊示を受け、神仏習合の一大霊場である立山を開山したとされる。出家して慈興と号す。」とある。

 が、富山県人なら、そして立山(・黒部)を旅行したことのある方なら、必ずと言っていいほど「白鷹伝説」を観光バスのガイドさんなどから耳にしたことがあるものと思う:

有頼が父の白鷹を父に無断で持ち出し狩をしていると、白鷹は急に現れた熊に驚き逃げてしまう。有頼が矢で熊を射ると、熊は血を流しながら逃げていった。洞穴の中へと続く血の後を見つけ、弓を構えて中を伺うと、そこに居たのは矢を射立てられた阿弥陀如来であった。嘆き悲しむ有頼に向け阿弥陀如来は、白鷹もまた立山の神の化身で有頼を導くための使いであり、僧になりこの山を開くよう告げた。立山の為に生涯を尽くすことを誓った有頼は直ちに下山し父頼若にこの事を告げると、出家し名を慈興に改め、立山開山の為に尽力した。

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2008/02/01

『新・京都迷宮案内』:この世でたった一冊の本

新・京都迷宮案内」(パート5)は、都合さえ付くと比較的見ている番組である。
 橋爪功扮(ふん)する新聞記者が京都を舞台に活躍する新シリーズ(以下、敬称は敬愛の念も込めて略させてもらう)。
 小生は前にも書いたが、橋爪功という役者(の演技)が好きなので、彼が主演でなくて脇役であっても、出ると分かっていたら見るように心がけている。

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→ 「新・京都迷宮案内」(2008)のポスター。画像は同番組公式ホームページより。

 彼の関わる番組の中でも「新・京都迷宮案内」は、それぞれの回ごとに趣向が凝らされていて、見飽きないし、見終えても見たという手応えもある。
 今日は、今年の第一回目の放送でもあるし、「盗まれた恋愛小説!“忘れえぬ女”の謎」の回をストーリーを追いつつ、追体験してみる。
 ドラマの最後のどんでん返し的な話にしてやられたということもあるが、ゲスト出演していた水前寺清子の演技に感じるものがあったので、ちょっと採り上げてみたくなったのである。

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2008/01/29

獰猛なる信仰の行方

 S.グリーンブラット著の『驚異と占有―新世界の驚き』(荒木 正純【訳】 みすず書房)を暇に飽かして一気に読了。
 出版社の内容紹介によると、「新大陸を発見したコロンブスの「驚き」は、なぜ必然的に、その「土地の占有」と結びつくのか?多くの記録文書や報告、物語を解読しつつ、植民地化への心理機構をみごとに分析した出色の論考」だって。
 1994年の刊行なので、新著とは言えない。

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→ S.グリーンブラット著『驚異と占有―新世界の驚き』(荒木 正純【訳】 みすず書房)

 本書を読んで、改めて感じたのは、世界を席捲し支配するのは、信仰と権威の強さなのかなってこと。思い込みの強さがある限り、どんな野蛮も合法化されるし正当化できてしまう。
 世界支配は、富への欲望もあるけど、世界の風景を己が信仰の色に染め上げてしまおうという、獰猛なまでの信仰心こそがエネルギー源のように今更ながら思える。

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2008/01/26

三途の川と賽の河原と

 前回に引き続き、「さいたま川の博物館」での、「平成11年度第2回特別展「三途の川」」を道案内に、三途の川のこと、そしてできれば、賽の河原について幾分かでも学んでおきたい。

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← 陸信忠(りくしんちゅう)筆本『十王図』(絹本着色 各縦83.2 横47.0(cm) 中国・南宋時代) (画像は、「奈良国立博物館」より) 「人が死後に赴く冥土(めいど)には、亡者の罪業の審判者として閻羅王(えんらおう)(閻魔王)など十人の王が」いる。「十図はいずれも王が冥官たちを伴い、椅子に掛けて机に向かい罪状を調べており、前には裁きを受ける亡者や、あるいはすでに有罪とされた亡者が様々の刑罰を受ける様子などが獄卒の鬼たちと共に描かれる」。個人的には、「壺中水明庵」を舞台に風景画をテーマにブログ記事を綴っている小生、「なお王の背後の衝立(ついたて)にはどれも水墨山水図が描かれ、日本への水墨画導入にこれら画中画が一つの役割を果たしたと考えられる」という点が関心の的。「奈良国立博物館」に所蔵されるという「騎象奏楽図」を見てみたい。

 こんなことを学んでどうなるというのか、どんな意味があるのか、少なくとも小生にはさっぱり分からないのだが、何故か惹かれるものがあるので(そろそろ呼ばれている?)、ひたすらに好奇心に駆られるままに、かといって、あまりに深入りして、それでは、自分で訪ねてみようとばかりに、往って(逝って)還らぬ人にならぬよう、浅瀬を選び、できれば、三途の川の中に足を浸さないだけではなく、飛沫さえ浴びないように、用心を重ね、不摂生なる日頃の生活をほんの少しは慎みながら、まあ、表面的なこと、触りのところだけを、無論、差し障りに至らぬ程度に、触れてみよう。

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2008/01/15

一本の木を友にして帰郷せし

 関越トンネルの両側では天気がまるで違うことをまた体験した。
 91年の関越道あわや遭難事件に比べれば大したことはないが。
 なにしろ91年の時はオートバイである。天候の違いをモロに身体で受ける。

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→ 関越トンネルまでの風景は概ねこんなもの。

 その点、一昨年の秋からは帰省は冬はもとより春や夏だって秋だって列車などの公共機関を利用する。
 万が一、雪のために立ち往生したって、列車の中だ。雪に降り込められることはない。
 せいぜい、05年末のこと、寒波の中の帰郷の折に、パンタグラフか何かの不具合で列車が走行不能になり、バスでの振り替え輸送になるくらいのものだ。

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← 関越トンネルを抜けると雪国。越後湯沢駅にて。

 それでも、晴れていた東京を立ち、高崎もその先も(外に出たら寒いかもしれないけれど)穏やかな日よりのように見えたものが、関越トンネルを抜け出た途端、もう、まさに雪国だった。91年ほどの降雪量ではないが、一面の銀世界になっている。
 関越トンネルを抜け出た時点では、終点の越後湯沢駅近辺も含め、あるいは霙(みぞれ)混じりの雪がチラホラ降っている程度。夜になったらあるいは本格的に降り出すのかもしれないが。

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2008/01/08

箱根駅伝…観戦記?

[以下、駄文風日記風レポートが始まります。読売新聞社主催の箱根駅伝について、ちゃんとした様子を知りたい方は、下記がいいです:
箱根駅伝公式Webサイト
箱根駅伝ミュージアム
 なお、この頁の最後に秘蔵画像が ! !

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→ 第84回箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)のポスター。

 走る。ただ淡々と走る。胸の中ではどんな思いが沸き立っているのか、それとも先へ先へと逸るばかりで、脳裏は真っ白なのか。
 昔、アラン・シリトーの小説に『長距離走者の孤独』(新潮文庫)ってのがあって、小生は、その題名に惹かれて手に取ったものだった。

 主人公の「スミスは、練習のために早朝から走る。走りながら、いろいろなことが彼の頭の中に浮かんでは消える。いろんなことを考えながら、ただ黙々と彼は走る」、社会の底辺を生きるしかない若者。
 本書が訳されたばかりの頃は、高度経済成長の真っ只中を突っ走っていて、当時は小生にしても実感などどれほど感じ取れたか覚束ない。

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2008/01/05

不入斗のこと

[本稿は、4年余り前に書いた旧稿だが、「太田神社は市野倉にあります」で市野倉という大きくは入新井(いりあらい)も含む武蔵野台地の話題を書いたので、関連する記事ということでブログにアップする。本文に追記の形で書いておいたが、今回のアップに際し、本稿を書いた当時には生きていた頁が消滅していたという悲しい事実に気づかされたが、代わりに、後出する充実した頁を発見することができた。悲喜こもごもというところか。(08/01/05 アップに際し付記)]

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→ 川瀬巴水『東京20景 「池上市之倉 夕景」』(昭和3年(1928) 版権所有・渡邊庄三郎 大田区立郷土博物館蔵) (画像は、「江戸時代の入新井町略図と川瀬巴水の新版画」より。後出する)

 不入斗を「いりやまず」と、すんなり読める方というのは少ないのではなかろうか。
 小生にしても、ともすると「ふにゅうと」と読みそうである。ただ、多分、この読み方では違うだろうとは思うので、喉まで「ふにゅうと」が出かかっても、なんとか出さないで我慢するとは思うのだが。
「斗」が厄介で、俗な表記での闘争の「闘」の代わりに使われることがあるので、「と」と読むのだろうと憶測はする。で「はいらずと」などと無理矢理な読み方も試みるが、やがて諦めて、ダンマリを決め込むしかなくなるのだろう。

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2007/12/02

川瀬巴水 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 没後50年展

[月初め恒例の目次の記事です。先月11月一ヶ月分の目次。太字は、記事のテーマやキーワード。目次の前後の文章は、過日観てきた川瀬巴水展を巡っての日記(メモ)です。]

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→ 「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」展のポスター。小生、展覧会を見終えて郷土博物館の窓口で、本展の図録を購入。その際、昨年、同じくこの博物館で催された高橋松亭展の図録がないかと尋ねた。実は年初に来た際にも訊いているが、売り切れだって言われているのだが。やはり、ダメだった。でも、この川瀬巴水展のポスターがないのかって、訊いたら、あるって! ダメもとでも確かめてみるもんだね。ちょっと嬉しかった。(但し、このポスター画像は、「あるYoginiの日常 「川瀬巴水 没後50年」展 大田区立郷土博物館」から。)

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」の前書きでも書いたけれど、過日、「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」なる展覧会に行ってきた。

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← 「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」展のポスター裏面。(画像は、「magrittianの道程川瀬巴水 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年.」より。このブログには、「制作過程を追うことの出来る作品をご紹介」ということで、『渡邊版 「墅火止平林寺」 木版畫順序摺』の製作過程画像が載っている。必見!) 

 場所は「大田区立郷土博物館」である。
 なんと、入場料が無料! 川瀬巴水のあの版画(実物!)を無料で観ることができたのだ。
 ちなみに、今日、12月2日(日曜日)が最終日である!
多くの世界初公開を含む約300点の作品・資料が展示されます」というのだ、見逃しては勿体無い!

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2007/11/19

ネットでインド現代美術を散歩する(後篇)

 本稿は、「ネットでインド現代美術を散歩する(前篇)」の続篇。
 その前篇の冒頭に、「事情があって外出が憚られる。好きな画廊や美術展巡りも今は自制。でも、あれこれ観たいという欲求まで抑えるわけにはいかない。なので、ネットで画廊・美術展めぐりをする」なんて書いているけど、自宅では音楽(と居眠り)三昧なのは言うまでもない!
 数日前からは特に、中村紘子さんのCD『GRAND RECITAL』を流しっ放し!

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← 中村紘子『GRAND RECITAL』(エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ) 「2007年12月6日(土)12:57~16:00 文化放送「吉田照美のやる気MAN MAN!」 13:20~13:40のコーナーに出演」するとか。

 バッハやショパンを中村紘子さんの演奏で聴く。贅沢な気分だ。
 2004年秋の収録らしいが、この年、デビュー45周年を迎え、翌年までデビュー45周年記念リサイタル・ツアーを行なったという。
 但し、このCDはリサイタルの模様を収録したのではなく、エイベックス移籍後の最初のソロを、ベルリンのテルデックス・スタジオで録音したものである。

 だから、音が違う? 生憎、小生にはそこまで聞き分ける耳は持ち合わせていない。
 でも、心地いい!

 さて、本題に入ろう!

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2007/11/17

命と引き換えの自然描写:大下藤次郎(後篇)

[本稿は、「命と引き換えの自然描写:大下藤次郎(前篇)」に続くものです。大下藤次郎の澄明で静謐な世界をお楽しみください。]

 大下藤次郎は友人の三宅克己(文末近くに彼の作品画像を掲げる。近代日本水彩画の第一人者である彼に付いても単独に特集するに値する人物である)と共に、但しそれぞれ別々の地で、バルビゾン派などの絵画に影響を受け、日本におけるバルビゾン村を作ろうとまで決意する。

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→ 大下藤次郎『久々子湖』(1911(明治44)年作 紙・水彩 35.0×24.5(cm)) (画像は、「千葉県立美術館」より) なんて澄明で静謐な世界なんだろう。ちなみに、久々子湖(くぐしこ)は、「三方五湖」の一つである。

 大下はやがて『日本風景論』で有名な志賀重昂と、ついで小島烏水と出会うことで決定的な転機を迎える(「松岡正剛の千夜千冊『日本風景論』志賀重昂」参照)。
 以下、「「コンスタブル」と「大下藤次郎」」より転記する:

小島と知己を得たのをきっかけに、大下は当時小島が設立に努力した「日本山岳会 (山岳会の後身) 」に入会します。入会後、大下は上高地、穂高、木崎湖、青木湖などを旅行することが多くなり、したがって描く絵も山岳風景が多くなっていきます。

当時は上高地といっても、現代からは想像もできぬ未踏の地でした。

登山姿で画架をかつぐ大下の姿には、産業化への足音が聞こえだした今こそ日本の風景を採集しておかなければならない、という使命感に満ちたものが感じられます。

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2007/11/09

雪の関越道あわや遭難事件(7)

[以下は、「雪の関越道あわや遭難事件」のあった翌日の夜に書いた日記である。
 小生の記憶とは違う部分が結構ある。また、読み返して、ああ、そんなこともあったっけと思い出したことも。思えば随分、いろんな方に迷惑を掛け、あるいはお世話になっていたのだった。
 文中の太字部分はこれまで書いた回想レポート(ドキュメント)とは事実関係が違う部分、あるいは記憶に全くない部分である。
 今回は、予定では「雪の関越自動車道遭難未遂事件(7):これでエピローグにしたい!篇」をお送りするはずだった。
 が、つい先日、当時の手書きの日記が見つかったため、当該の日の日記を転記した文を「完結篇:これが全貌でした篇」に代わるものとして提供する。

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→ 手書きの日記の冒頭部分。レポート用紙だと6枚に渡って書いているのだが、活字にするとこんなものなんだね。当人が大騒ぎしていても、終ってみたら呆気ないエピソードに過ぎないってことなのか。

 無論、その日の日記に「雪の関越道あわや遭難事件(7:完結篇)」なんて題名など付すはずもない!
 実際、ほとんどが(7)として、期せずして「これでエピローグにしたい!篇」に相応しい総集編的記述になっているとも思える。

 なお、思いつくままに思い出すままに熱に浮かされるようにして書いたものなので、文章的に変な部分もある。改行も原文のままである(まさに日記なので改行などする必要もない。というか、正直なところ、改行するもなにも、溢れ出る言葉を書き記すのに懸命だったのだ)。読みづらいことは重々承知の上で、できるだけ原文の雰囲気を残すためもあって、改行その他も読み手への配慮を欠いたままにアップする。

 事情をご理解願い、寛恕を請うものである。
 翌日の31日には、何ゆえこんな暴挙に走ったかや、こうして命からがらの旅から生還し(ちょっと大袈裟?)、自分の限界や愚かしさに否応なく向き合ったが故に心が剥き出しになり、恋話など赤裸々に延々と書き連ねている。
 個人的には懐かしいが、野暮になるので手書きの日記のまま闇に埋めておく。 (転記の日に記す)]

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2007/11/05

雪の関越自動車道遭難未遂事件(6)

雪の関越自動車道遭難未遂事件(6):番外篇:捜していた日記が見つかりました篇
ノリック追悼記念レポート:「雪の関越自動車道遭難未遂事件(5):高速道路のほうがましでした篇」より続く)

 今回は、「これでエピローグにしたい!篇」をアップしてこの回想ドキュメント(レポート)は終わりにするつもりだったが、予想外の事態が発生し、急遽「番外篇」を提供する。
 一つ報告がある。
 ある意味、嬉しい発見があった。
 なんと、この「雪の関越道であわや遭難事件」当時の日記が見つかったのである!

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← 見つかった日記の冒頭付近。文字の乱れは線路の軋みでも愛の迷いでもなく、もともと乱筆(乱文)なのである!

 小生は手書きの日記を15歳の頃より今日に至るまで書いてきたのだが、二十歳までの日記は焼却してこの世にはない。
 が、それ以降の日記は多分、捨てていないので家の何処かしらにあるはず。だが、数ヶ月ごとにファイルに挟んだりビニールの袋に突っ込んで、溜まると他の古い書籍類などとともにダンボール箱に詰め込み田舎に送ったり(多分、納屋行き!)我が部屋の何処かダンボール箱の山の中に埋れていく。
 当然ながら91年頃の日記類など、古いからとっくの昔に田舎行きの憂き目に遭っているものと思い込んでいた。

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2007/10/10

今更だけど、「キッコーマンに感謝決議案」のこと

 昨日は真面目に仕事。
 ひたすらゆるやかな営業だったが、夜中になって、おやっと感じた話がラジオ(NHKラジオ第一「ラジオ深夜便」)から。
 話題の焦点は、キッコーマン
 そう、醤油などで有名なあのキッコーマン

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← 先週だったか、都内某所のコンビニに夜食を買いに行こうとしたら、入り口付近に子猫が…。
 
 いきなり余談から入ると、小生、拙稿「紫と言えば醤油!」の中で、醤油についてあれこれ調べてみると同時に、当然ながらキッコーマン株式会社(ここでは、キッコーマンと略記させてもらう)のことにも言及している!
 尤も、キッコーマンとは、「亀甲萬」だったのかと、驚いているレベルだったが。

 どうやら、公式ホームページを覗いてみると、「アメリカ進出50周年」などという頁がある。
 今年2007年がキッコーマンにとって「アメリカ進出50周年」の年に当る。だから、NHKさんが話題に採り上げた…ってわけじゃなさそう。

 それじゃ、あまりにローカル過ぎる。キッコーマンのユカリの地(野田)での放送なら分かるけど。

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2007/09/05

自転車のある日々一年目!

 先月8月19日、小生がオートバイ(スクーター)を手放して一年となった:
「馬橋パレード…オートバイとの別れ」(2006/08/19
 そして、同じく先月8月23日には、通販で注文した自転車が届いた日から一年:
「自転車ライダー生活本日開始」(2006/08/23
 そして、8月25日には「自転車で初出勤」(2006/08/25)と相成るわけである。

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→ 我が愛車! (画像は、昨年11月19日の記事「06東京国際女子マラソン…やるだけのことはやったのだ!」より)

 先月8月の下旬は、三十年以上のライダー生活とさよならし、自転車を使う日々を迎えて一年となるので、自分にとってはとても記念すべき日であり、何か書こうと思っていたが、浅草サンバカーニバルのこと、タクシーの勉強会のことなどがあって、手付かずだった。

 なので、今日、メモだけしておく。
 自転車についての具体的なことは「自転車 - Wikipedia」に任せる。

 自転車を入手したことで生活が根底からとは言わないが、それでもそれなりにどころではない程度には生活が変貌した。

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2007/09/04

リスボン地震…仮の宿も終の棲家と見定めて

「緊急地震速報」が10月1日からいよいよ一般に向けての実用化が始まるとか。
 ここでは、「緊急地震速報 - Wikipedia」から下記だけ転記しておく:

 震源に近い観測点の地震計で捉えられた地震波の情報を気象庁へ瞬時に集約しコンピュータの解析処理によりただちに震源の位置及び地震の規模(マグニチュード)を特定して、これらをもとに各地への主要動の到達時刻及びその震度を推定して、被害をもたらす主要動が到達する前にこれらを適切な方法で広く一般に知らせる。緊急地震速報を適切に活用することで、地震災害の軽減に役立つものと期待されている。

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← 「仮の宿も終の棲家と見定めて」 (画像は、拙稿「仮の宿」より)

 地震については詳しいサイトが数知れずある。
 一つだけ挙げてみる:
地震について(マメ知識)
 この頁の中の、「地震はどこで起こる?」と題された表を見ると、海沿いに生きる者には逃げ場がない! などと思わされてしまう。

 今、「月探査機「かぐや」 打ち上げ迫る」でも紹介した、『地球の物語 痙攣する青い惑星』(C・オフィサー 著 J・ペイジ著 中島 健訳、青土社)を車中で読み齧っている。
「環境汚染と人類の未来 地球は、われわれにとって必ずしも、永遠の安定した場所ではない。異常気象・温暖化・洪水・噴火・地震・オゾンホールなど、さまざまな異変の要因を、それらを加速化させている現代の人類文明と重ね合わせ、問題の所在を明快に分析する」という本だが、本書の中では、地震の話題が少なからず採り上げられている。

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2007/09/01

ほしのゆうえんち・富山あれこれ

 小生の郷里は富山である。
 今日から「おわら風の盆」が始まっているし、九月になったことだし。
 なので、久しぶりに富山についての話題を幾つかメモしておきたい。

 富山情報の記事は久しぶりかなと思ったら、比較的最近も幾つか書いてはいる:
「25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!」(2007/08/23
「花火大会と空襲の間に佇む」(2007/08/15
「「線香花火の思い出」など」(2007/07/30
「棕櫚の樹や麦の話と二毛作」(2007/04/08
「黄砂に抱かれて草むしり!」(2007/04/02
「来週は全日本チンドンコンクール!」(2007/03/31

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← 「絵本とぬいぐるみセット」 (「絵本とぬいぐるみセット 逸品チャンネル DeSiCa とやま」参照。詳しくは下記する)

 この数ヶ月だけでもこれだけ。
 が、「来週は全日本チンドンコンクール!」を除くと、基本的に思い出話っぽい話題が多い。情報とは呼びづらい。
25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!」は、我がリベルダージの今年のパレードテーマが「スイーツ(スウィーツ)」と、小生の好きなお菓子だったので、せっかくなので、生まれ育った富山での子供の頃のお菓子の思い出などを綴っているのである。
 なので、今日はトピック的な話題を幾つか。

目次:
●今日から「おわら風の盆」が始まる
●「黒部川の水質日本一 8年ぶりに1位に
●「保育料の滞納一千万円 日本一少ない0.3%
●「くらしたい国、富山」が開設
局キャラ登場の絵本発売 北日本放送(スタジオジブリ)

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2007/08/22

真夏の夜は怪談…でも怖い!

 昨日、火曜日は営業の日。
 例によって空車の間はラジオが楽しみ(それと、タウン・ウオッチングも。といいつつ素敵な人はいないかとキョロキョロ。もっとお客さんを探せって? そうだよね)。
 営業しながらの、まさにながら聴取なので、ラジオで聞ける話は何もかもが断片的で、尻切れトンボに終ってしまう。ちゃんと聴いていても、要点をつかむのが苦手な小生、聞きかじりの言葉や話がもともと朦朧然としている小生の脳味噌の中で、渾然一体…とは行かず、錯乱状態のままに欠けらたちが頭蓋骨の壁面に散らばっている。

 幾つか、話題をせめてリストアップだけしておいて、後日、何かの記事を書く際のネタにしたい(という切ない願望も篭めて、メモしておく)。


1)ドライブレコーダー映像を警察に提供
2)アメリカに蘭を普及して
3)小泉八雲と松江と怪談と:真夏の夜は怪談パーティー

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2007/08/16

プラント・ハンター! キングドン・ウォード

 過日より、F.キングドン・ウォード著の『植物巡礼 ―― プラント・ハンターの回想 ――』(塚谷 裕一訳、岩波文庫)を読み始めている。
 出版社の謳い文句は以下の通り:

植物探検家F.キングドン-ウォード(1885-1958)は,人生の大半を東アジアでの調査に捧げ,英国の寒冷な気候に耐える植物を数多く採集した.人々の周りを彩る,サクラソウ,モクレン,シャクナゲ,ユリ,リンドウ,そして愛好家の心をとらえてやまないシップ,青いケシや,茶,棺の木などとの出会いや様々なエピソードを記す.

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← F.キングドン・ウォード著『植物巡礼 ―― プラント・ハンターの回想 ――』(塚谷 裕一訳、岩波文庫)

 このブログもだが、この訳書は横書きの本。学校の理科などの教科書みたい。句読点も転記した紹介文と同じ。読みづらい。でも、興味本位で、そしてこんな奴がいたんだという驚きの念で読み続けている。

 まずは、「プラント・ハンター」とは如何。まあ、植物採集家なのだろうが、転記文にあるように、「植物探検家」と訳すべきなのかもしれない。
 でも、英語のままのほうが格好いいか。

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2007/08/15

花火大会と空襲の間に佇む

 お盆の真っ最中である。お盆の帰省ラッシュが今度は往路のラッシュとなっている。
 猛暑日(「群馬県の館林で気温が40・2度を記録」!)の続く夏も、さすがに今頃ともなると、花火大会というイベントも大方は終ったようだ。

 尤も、東京に付いては、「日刊スポーツ主催 2007 神宮外苑花火大会」(公式サイト)が「2007年8月16日(木)」に催される。明日だ!
 しかも、予備日(17日(金))まで設けてある。

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→ 山下清『富田林の花火』(画像は、「山下清「富田林の花火」 ギャラリー小山 自由が丘にある画廊 山下清の絵画,版画を通信販売(通販」より)

 東京23区在住のものにはこれが最後のチャンスなのか(他にもこれから開催されるものがあるのかどうか、小生は知らない。調べたら、「世田谷区たまがわ花火大会」が「多摩川河川敷」にて「8/18(土)に開催されるようである)。

 今の所、小生は今年も一つも花火大会の会場へ足を運んでいない。

 ただ、都心を中心に都内をうろうろするという仕事柄、花火大会会場、あるいは見物スポットへのニアミスは少なからずある。

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2007/08/13

「07馬橋パレード」情報

07馬橋パレード情報」なる記事をアップしました!

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2007/08/01

神坂次郎著『時空浴』…「鈴木姓」をめぐって

 車中でラジオに聴き入っていて知った作家・神坂次郎氏のことを「『今日われ生きてあり』の意味」で採り上げている。
 といっても、この記事を書いた時点では同氏の著作を全く読んでいなかった。
 で、早速、この記事を書いた週末に図書館で同氏の本を物色。
 とりあえず、車中(といっても、電車での移動の最中)に読むに手ごろな本を選らんだ。
 それが、神坂次郎氏著の『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)である。

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← 神坂次郎著『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)

 出版社側の謳い文句に拠ると、以下のよう:

 故郷和歌山に根を下ろして執筆活動を続ける作家は、ひとり旅の達人でもある。
“日本の異界”熊野、聖地高野山からはじまる旅。それを作家は「時空浴」と呼ぶ。
 時空を越えての旅は、韓国・中国からインドさらにはポルトガルにまで至る、三十年におよぶ旅の記録を集大成した壮大な歴史紀行。

 テーマや善し! 小生も熊野と言わず、こんな紀行をしてみたいものだ。
(余談だが、小生には、「「天地水 月光浴」そして「色彩浴」」なる記事もあるし、「月 光 欲」というほのぼの系の掌編もある。←「月光浴」という題名でない点に注意!)
 岩盤浴なんて言葉も知ったが、時空浴なんて言葉もあったんだね。同じ浴でも、スケールが違う。

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2007/06/21

都心の地下は穴がいっぱい謎だらけ

 火曜日は営業の日だった。午後の三時前だったか、NHKラジオを聴いていたら、下記のような速報が番組を中断する形で入ってきた。
「19日午後2時半ごろ、東京都渋谷区松濤(しょうとう)1丁目の温泉施設「渋谷松濤温泉シエスパ」の従業員用施設で爆発が起きた。建物は全壊し、従業員の女性3人が死亡し、通行人を含む3人が重軽傷を負った」という事故があったことは縷々報道されている(「asahi.com:東京・渋谷の温泉施設で爆発、3人死亡 天然ガス引火か - 社会」より)

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← 午後の二時過ぎから三時過ぎは、南青山の公園脇で休憩していた。すると、「松濤温泉シエスパ」でのガス爆発事故の一報が。

「施設の地下には温泉水を地中からくみ上げる設備がある。警視庁は、くみ上げの際に混入する天然ガスが充満し、何らかの原因で引火した疑いが強いと判断」しているとか。
asahi.com:渋谷「まるで戦場」、ひざにガラス破片 温泉施設爆発 - 社会」など参照。

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2007/02/22

夢にてもいざ鄭和の大航海

 今、車中で読んでいる『日本史を読む』(丸谷 才一vs山崎 正和対談、中公文庫)がすこぶる面白い。
 本書に付いては既に何度か触れてきたが、今日も本書からネタを拾わせてもらう。

 今日は、「鄭和の大航海」である。

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→ ウィキ英語版より。鄭和に献上されたキリン

 コロンブスやバスコ・ダ・ガマなどによる大航海時代に先駆けてイスラム系中国人・鄭和(ていわ)によって、大航海時代の先鞭が付けられていたことを知ったのは、十年ほど前だったか。
 何かの本か雑誌で、それともテレビの特集でだったか、聞き及んだのだ。
 以来、気になっていたのだが、そのまま、いかにも小生らしく他の話題に掻き消されていった。

 しかし、昨夜、車中で上掲書の中で鄭和に<再会>したのだ。
 日頃、近所を、あるいはせいぜい営業の形で都内をうろうろするだけの小生、せめて想像の中だけでも大航海の旅へ雄飛したい!

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2007/01/03

初詣太田神社で決まりです

 帰郷していた際に、郷里の神社に初詣しそびれたからというわけではないが、東京での地元の神社である太田神社へ初詣に行ってきた。
 旅の疲れも取れたことだし、今年の仕事が始まる前に、近所をもっと知りたくて。
 小生の居住する区は大田区。だから、太田神社、というわけではない。
 また、太田神社にちなんで(由来して)大田区と命名されたわけでもない。

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→ 太田神社の鳥居

 大田区は、「森・蒲両区から一字づつ取る」形で生まれた名称なのである。だから、決して「太田区」ではないのだ。
 地名など、詳しい情報は、「大田区の地名の由来」が非常に参考になる。
 大田区という名称に決まるまでには、「区名案には東海・南・六郷・羽田・城南・森田・京南・港・本門寺・臨海など多くの案が出されたが論多くして纏まらず」、結局、上記のような結果になったのだとか。

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2006/12/03

デュモンさんライトな空の旅ならず

 月曜日から車中で読み始めた灰谷 健次郎著『兎の眼』(角川書店)を、残りが百頁ほどになったので、土曜日、読了させた。
 というより、翌週の営業まで待って続きを読むなんて出来なかったのだ。
 本書に付いて今更、感想もない。
 このような先生や生徒、あるいは地域の人々との交流が現実にありえるだろうか。

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← 師走1日、都内・芝公園にて。目にも眩しい紅葉ぶりだったけど、やや逆光気味の画像になって、その鮮やかさを示せていないのが残念。

 学校の先生たちは事務・雑務が多すぎて、しかも、上からの締め付けがきつくて授業や肝心の生徒と向き合う時間もゆとりもないという。
 しかも、教育基本法の<改正>で、さらに上、今度は国家からの締め付け…どころか強制が強まるのは必至。
 もう、生徒や教育など度外視されていくのだろう。
 本書のような本を読むなんて、ありえないことになるのかもしれない。
 そうして、ただ、国家や国旗や国歌や校長や教育委員会や父兄らに平伏するばかりの、ロボットのような先生が増えるばかりなのは目に見えている。

 首相や政権で教育基本法の改変に突っ走っておられる方には是非とも本書・灰谷 健次郎著『兎の眼』を読んでもらいたいものだ。

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2006/10/30

カラスの森?!

 以下は、某サイトに書いた日記:

カラスの公園?!
 昨日、図書館でCDなどと共に三冊の本を借りてきた。
 その中の一冊が、松田道生著『カラスはなぜ東京が好きなのか』(水谷高英/挿画、平凡社)である。
(「古(いにしえ)の先の先にも人のあり」参照。)

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→ 大倉山公園。高台にあるので、眺望がいいね。

 さて、今日、昨日、行った郷土博物館で入手したパンフレットで馬込エリアには大倉山公園があると知り、自転車で行ってみた…が、児童公園よりは大きいけど、あまり工夫を感じられないような、来た甲斐を感じない公園。
 でも、やや高台にあるので大森山王などを展望できる。

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← 大倉山公園。木々の奥には怪しい建物が! 実は、馬込文化センターでした。何か、催し物があったらしいが、小生が公園から建物内を覗いた頃には、片付け作業中だった。

 せっかくなので、その足で馬込文士村のルートを辿って自転車散歩。

 あちこち、坂の多い高台の道を走り回っていたら、公園なのか、それとも個人の家の庭なのか分からない、不思議な森(林か)に行き会った。
 そうした林があることは知らないわけではなかったが、車などで通り過ぎるだけで、林の中の様子を覗いて見たことはなかった。
 公園(?)はフェンスなどで覆われていて、その中には鳥小屋ならぬカラス小屋があったりする。奥のほうには民家もある。
 やはり、個人の家の庭なのか。
 それにしては広すぎる。
 しかも、ようやく見つけた入り口には、鉄柵があって、立ち入りを一切、拒む風情。

 カラスがやたらと多い。
 あるいは、カラスの森で、区の管理下にある施設であり、民家に見えるのは、管理人(世話人)の家なのかもしれない。
 とにかく、その森(林?)にはカラスが一杯。十数メートルの木々が数多く聳え立っていて、木々の枝分かれした陰には、どうやらカラスの巣があるようだ。
 頭上にはカラスが右往左往。
 どうやら、得体の知れない者が、つまり小生が中の様子を伺っていることに気付き、警戒しているよう。
 鳴き声が喧(かまびす)しい。

 小生、上掲の本を読み始めていることもあり、カラスの巣を探したが、やはり素人には簡単には見つけられない。
 とりあえず、持参したデジカメで中の様子を撮影。
 その際、ついフラッシュ撮影となったようで、そのフラッシュがカラスの警戒態勢を一層、強めたのは明らか。 鳴き声のトーンもペースも速くなり、不穏な空気さえ漂ってくる。
 小生、段々、怖くなってきた。 このままだと、カラスに襲われる。 ヒッチコックの映画「鳥」をふと、思い出したりして。
 小生、早々に退散してしまった。

 それにしても、取りあえずは、カラスの森と呼んでおくが、あの公園(林? 森?)は謎だ。

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2006/07/18

氷見上庄川天馬船レース

 昨日の休日(海の日)は、世の中は三連休の最後の日。こんな日は仕事が割合、暇なのだが、昨日は何故か様子が違った。日中から夜半にかけては、やたらと忙しかったのだ。
 東京に付いては雨模様で郊外などへ出かけるよりも、都内で動き回る人が多かったからか、それとも、祭日は基本的に仕事が暇という先入観があるから営業を休んだドライバーが多く、結果として動いている車へのニーズが高まったに過ぎないのか。

 それでも、夜半を回ると一気に暇になる。都内を駆け回っても空振りに終わってしまう。所謂「空気を運ぶ」状態になってしまうわけだ。
 丑三つ時ほどになると、お客さんを探すのにも疲れ、仕事の最前線からちょっとだけリタイアし、裏通りの人影の少ない場所を見つけ、車を止め、新聞を読んだり、本を読んだり、ラジオに聞き入ったり。
 昨日は(このブログでも紹介したように)石原裕次郎の命日ということで、NHKラジオでは深夜便で裕次郎特集をやっていて、昨夜はその第二弾。普段、あまり掛からない、あまりラジオではリクエストもされない曲が特集されていた。
 一方、同じブログ記事で紹介した、もう一人の命日を迎えた方、市川雷蔵さんについては、小生が聞いていた限りでは全く、話題に上らなかった。もう、忘れられた人なのだろうか。
 ちょっと残念。

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→ 氷見上庄川天馬船レース(ひみかみしょうがわてんませんレース:詳しくは下記する)

 王監督の手術が成功したことがすこぶる嬉しい。内心、もしかして厄介な状況にあるのではと心配だったのだ。王貞治さんは、小生の(野球における、と限定する必要もない)ヒーローだ。
 前にも書いたが、小生はガキのころは草野球が好きで、テレビでプロ野球などを見るより、とにかく下手でもいいから自分でやりたがる口。
 それでも父の影響で、プロレスも相撲もプロ野球もテレビ観戦は仕方なくするしかなかった。
 でも、王選手だけは別格で、格別な思い入れでテレビの前へ。
 彼のバッターボックスでの構えを見ていると、宮本武蔵とか荒木又右衛門といった剣客・剣豪もかくやと感じさせられたものだ。気迫がまるで余人と違うのだ。
 記録より記憶に残る選手という言葉がある。記録において劣る選手を持ち上げるためのエクスキューズの言葉なのだろうが、小生にとって王選手は記録にも記憶にも鮮明に残る不世出の選手(人)なのである。
 学生時代、王選手がホームランの世界記録へ向って挑戦していた姿、そして現役を引退する姿を見ることができたのは僥倖だと思っている。普段は付き合いで見るプロ野球も、他の雑事を差し置いて見入ったものだ。
 王選手の現役引退と共に、小生の短いプロ野球(テレビ)観戦の時期は終わったのである。

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2006/05/23

紫と言えば醤油!

紫陽花の花言葉は…移り気」なる記事に興味深いコメントを戴いた。内容はコメント欄をどうぞ。
 小生は、戴いたコメントに以下のようにレスしておいた:
 そう、紫陽花はまさに淡い中途半端な色合いですね。固執執着しないが故に移り気なのか、それとも(花びらの色合いは、土壌の酸性度に敏感に反応してのものだという事実を鑑みると)目の前の現実(土壌、相手)に固執するが故に次々と目前の相手に惚れ賛美するから、(その浮気っぽいかのような行動が他人には)移り気に見えるということかもしれないですね。

 濃い紫は、特に日本においては尋常な色とは看做されていない。古代だと高貴な色であり、神秘の色、一般人には使いこなすのが難しい色でもあったような。
 現代だと、紫色のボディの車に乗っているのは、高貴な人じゃなくて、大概、暴走族まがいのチンピラだしね。
今、映画で話題(?)の「イエス・キリストはその死に際して、紫の衣をまとわされていた」とか(古代ローマでは王が死の時は紫の衣を纏う)。
 色の事は、人の気持ちを昂ぶらせるものですね。

 あ、そうそう、今朝、バイクでの会社からの帰り道、路肩に今の時期にしては珍しく鮮やかな色合いの紫陽花を発見。あまりに意外で、思わずハンドルが取られそうになった!

 このレスを書いていて、ふと、そういえば、なるほど、紫陽花という花の名前の中にも含まれる「紫」について調べてみるのも面白いかとネット検索しようと思った。
 けれど、「紫 - Wikipedia」にて話は尽きているような気がする。
 あるいはここから話を膨らませるのも楽しからずや、だが、「江戸紫」という言葉や、それ以上に「筑波山の別名は「紫峰」である。これは、紫に霞む山裾に因んでいる。又、昔は醤油が「紫」と綽名されたが、これは筑波山に因んで「紫」というブランドを付けた事が始まりらしい。」という記述にビビビと来た(太字は小生の手になる)。

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2006/05/03

世界で最も乾いた土地

 アリエル・ドーフマン著の『世界で最も乾いた土地―北部チリ、作家が辿る砂漠の記憶』(水谷 八也訳、ナショナルジオグラフィック・ディレクションズ、早川書房)を読了した。
 静謐なる感動を覚えた…と書きたいが、何処か茫漠たる、掴みどころのない憤怒のようなものも、感動という大河の底で渦巻いているようでもある。苦い読後感。

 本書については、「久々の読書拾遺」の中で既に若干の紹介を試みている。
 再度の転記となるが、レビューが簡潔に梗概を示してくれているので、以下、余談を綴る前に、一読しておいていいだろう:
「ノルテ・グランデ―チリ北部の砂漠地帯は一滴の雨も降らない世界一乾いた土地。すべてを砂漠で覆い、過去をも腐食させることなく保っているそこで目にするのは世界最古のミイラ、南北アメリカ大陸最古の足跡、かつて権力者たちが覇権を争った硝石鉱山、一時の夢のように花咲いた工場街の跡、そしてピノチェト政権によって親友が銃殺された現場…。旅はいつの間にか、砂漠の近代史、人類の歴史、さらには生命の起源をも現在に重ねた時間を巡る壮大な瞑想となっていく。無尽蔵に貯め込まれた“砂漠の記憶”が紡ぎ出す過去と未来から垣間見える現在の意味とは…。 」
 この「南米チリで1万3千年前の人間の足跡の化石が発見された」のも、「世界一乾いた土地」柄の賜物なのだろう。
 本書は人類史に近代史、そして現代に生きる人々の亡くなってしまった人々、殺されてしまった人々への思いとが幾重にも重ねられて綴られている。
 人は今に生きているし、これからを生きるのだけれど、過去のない人はいないし、まして過去を引きずらない人などいない、ある程度以上の年代の人でそうした人がいたら、むしろ怖いくらいのものだろう。
 作家のアリエル・ドーフマンは、独裁政権によって惨くも殺されてしまった親友の、あるいはそのほか多くの語ることのない、語りえない、あるいは空漠たる虚空に叫んだであろう言葉と思いを今を生きている人々の伝手(つて)や思い出を頼りに探り出そうとする。
 その結果、何が見出されたか…。
 本書はカフカの城のような迷宮を壁伝いに、痕跡を糸口に、尋ねまわり、少しずつ、あるいは思いがけない僥倖に恵まれて一気に、真実が見出されるその過程こそに味わいを求めるべきなのだろう。

 小生などの感想など脇に退けておいたほうがいいだろう。
 それより、例によって余談である。

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2006/03/23

清正公信仰とハンセン病

 別頁(窓)で示すが、2年ほど前、表題の題名の「清正公のこと」という雑文を綴ったことがある。
 東京は港区白金にある覚林寺で清正公五月大祭があったことにちなみ、清正公という交差点や祭りの大元である加藤清正公のことを、そして加藤清正公の位牌のある(つまり決して菩提寺ではない!)覚林寺のことなどをあれこれネットで調べてみたのである。
 清正公(覚林寺)からは数分のところに以前、居住していた小生としてはただの雑学的知識以上の関心を抱いていたこともあった。

 記したように、覚林寺は加藤清正公の菩提寺ではなく、加藤清正公が朝鮮出兵の際(文禄・慶長の役)に連れてきた朝鮮国の王子(のうちの一人)の菩提寺なのである(まだ不明の点が多い)。
 ただ、いずれにしても、覚林寺が(加藤)清正公と深い縁のある寺なので、清正公(せいしょうこう)と呼称されるのだろうと理解し納得して済ませていた。

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→ 22日の午後、間もなく雨が降りそうな空模様の下、都内某所の公園の脇で小憩を取った。開花宣言が東京では21日に出ているので、どうかなと思ってジッと見てみたら、ホントだ、咲いている! 見つけたのは一輪だけだけど。梅がそろそろ終わりそうなこの時期、今度は自分の出番だとばかりに桜が咲き始める。示し合わせたようだ。その日は実際、本降りの雨になったけど、逸早く咲き誇った桜の花びら、明日はどうなっているだろう。

 春の空降りみ降らずみ花時雨

 ところが、「清正公(せいしょうこう)」という言葉について、新たな知見を得た。
 前にも書いたが、車内での待機中に読む本として、「呪術的な響きを聞き分けるハーンの耳を魅了した琵琶法師,大黒舞,門づけの歌….近代日本が捨て去った物語の調べ,冥界と交信する民衆の音楽を再生し,『耳なし芳一』がもつイメージの官能性,濃厚なエロスの所以を掘り下げる」という西 成彦氏著の『ラフカディオ・ハーンの耳』 (同時代ライブラリー、岩波書店)を持ち込んでいる。
 いろいろ教えられることが多いのだが、昨日読んでいたら、「清正公(せいしょうこう)」には単純に加藤清正公の名前に由来するだけではない事情があることを教えられたのである。
 どうやら、「清正公」信仰なるものがあるらしいのだ。
 一つは、「加藤清正公 御生誕の地 日蓮宗正悦山妙行寺」に見られるように、「清正公は熱心な法華経の信者であった」だったという側面である。彼は「本妙寺を初め妙法蓮華経の五文字を冠した五つの寺を建立した」のだった。

 さらに、「ふるさと寺子屋塾<No.18> 「 肥後と加藤清正 」 講師/本妙寺住職  池田 尊義 氏」によると、「清正公信仰」の項に「清正は土木治水の名手として知られている」とある。戦国時代ファン、歴史ファン、城郭(史)ファンならずともこの事実は知られているようである。
 このサイトでは、「そのためか熊本には昔から清正を「神」として尊崇する「清正公信仰」が根付いている」として、「清正公信仰」について縷々教えてくれる。

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2006/02/10

富山関連記事:猫又ダムで雪崩

 今朝未明、暇の徒然にラジオ(NHK)に耳を傾けていたら、「今日は何の日」というコーナーで「猫又ダムで雪崩」という文言が。しかし、生憎というか、ありがたいことにお客さんが乗ってこられたこともあり、ラジオに神経を集めるわけにはいかなくなった。
 が、不謹慎とは思いつつも、富山は黒部に関係するらしい話題ということもあり、頭の中で「猫又ダム 雪崩 黒四 作業小屋 生き埋め」という単語が浮かんできてならない(「猫又」と漢字で表記しているが、これは帰宅して調べてみて表記が分かったもの。当初は「ネコマタ」だった)。
 立山はともかく(これも一度限りかも)、立山黒部アルペンルートには一度、家族でバス旅行の形で行った事があるだけ。両親共に足腰が健在だった頃の話だが。

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→ 10日未明の都内某所。窓を開け後方に現れつつある朝焼けをパチリ。そろそろ仕事も引き上げ時。街灯もお役御免だね。お疲れさん!

 朝焼けの日を背に負って家帰る

 そういえば、帰りのバスの中で疲れていてボンヤリテレビを見ていたら、「ちびまる子ちゃん」が放映されていて、その日の話の中で、「大きな古時計」という歌が流れてきた。元気ぶりを発揮した両親。でも、こうしてみんなで旅行できるのもあと何年だろうかとしんみりしてしまったものだ。
(思えば、この頃までは小生の自宅のテレビも健在だった。「ちびまる子ちゃん」や「忍たま乱太郎」も欠かさず見ていたっけ…。)
[「大きな古時計」という歌は、どうやら劇場版(92年)の「私の好きな歌」の中で歌われていたようだ。はまじ(浜崎 のりたか)の好きな歌という設定になっているみたい。(当日、追記)]

 旅行の何年後だったか、「大きな古時計」は、平井堅の歌唱でヒットした。
 となると、今から5年前の夏に立山黒部アルペンルートのバス旅行に出かけたことになる(??)。

 さて、富山県人でありながら富山の歴史に(も)疎い小生、せっかくなので調べてみることにした。
 念のため断っておくと、「雪崩」は初春の季語である。

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2005/12/29

丹沢湖・中川温泉へ行って来た

 丹沢湖の近くにある中川温泉の、とある宿へ友人らと旅行してきた。年の瀬も押し詰まった28日から29日にかけての一泊である。楽しみは温泉だが、24日から27日までの帰郷の旅の疲れもあって、小生など畳のある大部屋で寝転がるのがも楽しみ。
 宿の料理も、夕食も朝食も洗練されたわざと気遣いの感じられるすばらしいものだった。
 敢えて画像は載せないが、客室のお世話をしてくれた、青森は下北の出身だというお姐さんとの会話も楽しかった。ここは山北なので、下北から山北へ来たんだね、という小生の話も滑ってしまった。

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← 宿の部屋から丹沢の眺め。夜になったらオリオンなどの数え切れない星々や火星がくっきりと見えた。

 丹沢湖へは80年代の半ば頃、オートバイでやってきたことがある。246号線をひた走って、丹沢湖周辺を走り、何処かの岩場を見つけて、日溜まりのもと、休憩がてら読書。
 河原でのキャンプ、渓流釣り、温泉と楽しむアイテムはいろいろあるが、小生の旅はひたすら禁欲的というか、ワンパターンなのである。

 その頃は、読書が好きで本を読みたいが、オートバイも駆りたくてたまらず、両方を兼ねるということで、旅先へ本を持参することは忘れない。
 今回は友人たちとの旅なので、車だし、本を読む暇があるとは思えない…のだが、読み止しの山本健吉の文庫本をバッグの隅に潜ませておいた(やはり、触りもしなかった)。

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→ 夕食。板長をはじめ四人の料理人で作っているとか。どの料理も手が込んでいるし、丁寧な作り。とにかく、おいしかった。量もあったし。

 丹沢湖は、「旅と自然」の中の「2002年11月19日(火):丹沢湖の紅葉」で見ること出来る紅葉の画像でも分かるように秋も深まっておれば紅葉の名所となるように、景色がすばらしい。
「丹沢湖は、東に玄倉(くろくら)川、北に河内川、西に世附(よづく)川と、三つの川の合流点に作られた、三保ダムによる、人造湖」だとのこと。目的は、水流調節や、「神奈川県民の、のどをうるおすために造られた」とか。

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2005/05/24

沖ノ鳥島

季語随筆日記拾遺…タクシー篇」(May 21, 2005)の中で、車中、ラジオを聴いていて、いろんな雑学的知識・情報を入手するという雑談をした。が、昨日、営業していて、その金曜日の仕事中に幾度となく聴いたニュースで触れていないものがあることに気づいた。
 それは、表題にある「沖ノ鳥島」の件。「石原慎太郎東京都知事が20日、日本最南端の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)を視察した。周辺が日本の排他的経済水域(EEZ)であることを強調するため、島の管理状況や活用法を調べるのが目的。都知事の沖ノ鳥島視察は初めて」とか「都は漁礁や海洋温度差を利用した発電所を設置する方針」という「石原知事が沖ノ鳥島視察 自ら潜水、海中調査も」といったニュースとか、「視察後、石原知事は「キハダマグロなどがくる可能性がある」と漁業への期待感を示した。一方で、「中国がEEZをうろうろするのは潜水艦の行動範囲を調査するためだ。ますます日本にとっての沖ノ鳥島の意味合いは深いものになった」などと述べた」といった「石原都知事、沖ノ鳥島を視察 海洋調査の中国牽制」といったニュースが、その日、何度となく流れていた。

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