2017/11/28

宇宙をアメリカを思いつつ雨晴へ

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→ 雨晴海岸にある「女岩」 晴天とはいえ寒風の中、バイクを駈って雨晴海岸へ行ってきた。先週は雨続きと風邪のため、バイクには乗れなかった。一週間ぶりのミニツーリング。やっと乗れた。今冬は寒いので、年内は乗る機会も限られるだろう。岩場を歩き、もち、石を一個、記念に(?)持ち帰ったよ。

 公私とも忙しい。暇なのは仕事のほうだけ。10月26日の台風21号で屋根瓦などが傷み、その補修の見積もりや修繕を業者に依頼。
 今冬は積雪が寧年通りにはありそうなので、とうとうカーポートを玄関前に設置することを決断。その話も進めている。

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2016/08/09

核兵器は生命一般への脅威であり敵である(後篇)

 本稿で問いたいのは、原爆とは何か、である(原爆のメカニズム、といった意味合いではなく)。
 原爆は、理由はともかくとして、敵国に投下された。

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← 原爆ドーム。8月5日撮影。

 敵国の軍隊や軍需施設、あるいはむしろ、民間人を一挙に殲滅するために投下されたものである。
 では、原爆は、一般のナイフや拳銃、機関銃、大砲、ミサイルなどとどこが違うのか。単に規模なのか。
 一発で巨大な威力を発揮するという意味で、効率性が高い、という点が違うのか。
 ナイフにしろ、機関銃や大砲にしろ、基本的に敵を狙うものである。

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2016/08/07

核兵器は生命一般への脅威であり敵である(前篇)

 この5日・6日と、広島の原爆慰霊の旅に行ってきた。ある団体の一員として、参加を申し出、許可されたのである。

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→ 広島平和記念公園内に生息する、被爆した樹木のアオギリ。1945年8月6日広島市への原子爆弾投下により被爆。爆心地から約1.30キロメートル離れたところに位置した。(「被爆アオギリ - Wikipedia」より)

 広島の原爆慰霊の旅へは一度は行きたいと思ってきたが、いざ行くとなると、富山からはあまりに遠い。
 こうした機会がないと、今後も行けないに違いないと、思い切って手をあげた。
 原爆や原子力発電については、これまでも本ブログで問うてきたし、それなりの省察も重ねてきた。
 この度、慌ただしいとはいえ、慰霊の旅に行く機会に恵まれた以上は、原爆について、過去、やや断片的に考えてきたことを、集中的に考察する機会にしたいと思っていた。

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2016/02/14

祭神は栗田定之亟!

 秋田市新屋栗田町に栗田神社がある。
 祭神は、栗田定之亟(くりたさだのじょう)である。

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← 栗田定之亟。 文化・文政期(1804~1830)に、砂防林事業に尽力した秋田藩の武士。 (画像は、「栗田定之丞 - 秋田ふるさと検定」より)

  「栗田神社」によると:
 

その昔、新屋村は、日本海に面した広々とした砂原で草木が生育せず、暴風がおこると、飛砂がしばしば人家を埋没し、その被害はひどく実に村が亡びてしまう程の危機に直面しなければならなかった。
 文化年間、栗田定之亟如茂大人は、藩命を受け防砂事業にとりくみ、村民の罵詈雑言(ばりぞうごん)を背後に受けながらも、一身を捧げてこれに従事し、辛酸を嘗めること数年。

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2015/07/28

地中海は干上がりつつある

 過日、真夜中にふと、テレビのスイッチを入れたら、NHK以外は真っ暗。ま、当然かと、そこはそれ、こんな時のために(?)と録画しておいた何かの科学番組を視聴。

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← ザオ・ウーキー作「07.06.85」 (画像は、「ブリヂストン美術館の特別展示「マティスの時代」 ( その他芸術、アート ) - 趣味の玉手箱パート1 - Yahoo!ブログ」より)

 視聴って、洗濯物を取り込んだり、机の上を片づけたり、あれこれ雑事をこなしながらで、断片的にしか見ていない。が、そのうち、へえーと思わせる学説を説明し始めた。
 思わず、録画に見入ってしまった。

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2015/04/30

日本一の北金ヶ沢のイチョウ

 今日は天気晴朗波低く…。でも、仕事は死ぬほど暇。
 ってことで、いつもなら夜半過ぎまで営業のはずだが、月に一度の半勤の日で、夕方には帰宅。

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← 東側より望む「北金ヶ沢のイチョウ」 青森にはイチョウの巨木が多いとか。その中でも、青森で最大のイチョウがこれ。 (画像は、「北金ヶ沢のイチョウ」より)

 さすがに、夕方から外仕事というわけにはいかず、買い物だけ済ませて、洗濯、あとは早速、夕食と相成った。
 さて、相変わらず、ピーター・クレイン 著の『イチョウ 奇跡の2億年史 生き残った最古の樹木の物語』(矢野 真千子 訳 河出書房新社)を読んでいる。

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2015/04/27

上日寺のイチョウ(天然記念物)

 このところ、上天気が続いている。まだ、しばらくは夏日の日が続きそう。
 昨日の激務から解放され、今日は疲労も残っていて、ずっと休んでいたかったが、一昨日、買ってきた苗(木)を植えないといけない。

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← ジュディ・ダットン著『理系の子 高校生科学オリンピックの青春』横山啓明訳 文春文庫)

 午前中、まだ、睡眠時間が数時間で寝不足なのだっが、このまま寝ていると、あっという間に一日が過ぎ去りそうで、思い切って起き上がり、外仕事。
 まずは、日除けのカーテンを張り直し。いよいよサンシェードの役割に期待である。実際は気休めなのだと分かっているが、溺れる者は藁にも縋る、である。

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2015/01/27

「なぜにマルコ・ポーロは大旅行を果たせたのか」続編

 前回の日記の題名は、「なぜにマルコ・ポーロは大旅行を果たせたのか」だった。
 それは、モンゴル帝国のフビライの信頼を得たからだった。だからこそ、広大なモンゴル帝国の内外を特権を得て、見聞を広めることができわたわけだ。

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← 「Il Milione」 (画像は、「東方見聞録 - Wikipedia」より) 『イル・ミリオーネ』は、写本の名前であり、マルコ・ポーロ存命中に発刊された(「マルコ・ポーロ - Wikipedia」参照)。

(ここには、有史以来最大の領土を有したモンゴル帝国の交通・通信網の稀有さに恵まれた、という大きな幸運なる事情があることは言うまでもない。)
 考えてみるまでもなく、当時にしても、少なくとも商人はマルコに負けず劣らず見聞を広めた人はいたはずである。

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2015/01/25

なぜにマルコ・ポーロは大旅行を果たせたのか

「『東方見聞録』は、マルコ・ポーロがアジア諸国で見聞した内容口述を、ルスティケロ・ダ・ピサが採録編纂した旅行記である『東方見聞録』は、マルコ・ポーロがアジア諸国で見聞した内容口述を、ルスティケロ・ダ・ピサが採録編纂した旅行記である」(「東方見聞録 - Wikipedia」より)というのは、言わずもがなのことだろう。

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→ マダガスカル島。中央の谷間には象が棲み、グリフォンが羊をくわえている。(説明は、本書より。画像は、「『マルコ・ポーロ 東方見聞録』moreinfo」より)

 黄金の国ジパングが世界に紹介されたなどとして、日本人なら誰しもが知っている書。
 コロンブスが携えていった書でもある。
 だけど、読む人は滅多にいない書でもある。

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2014/10/24

こんな秋の日に、こんな想い

 秋の空の高いこと。抜けるような青。
 これを蒼穹と呼ぶのか。
 富山には珍しい空の色。紺碧という言葉を使うのは、空には合わないのだろう。海じゃないし。

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→ 富山市の中心部から一時間も走ると、こんな緑の山に恵まれる。

 でも、使いたくなる。
 滅多にない空だもの。被せる言葉も、ちょっとだけ、奢ったっていいよね。
 ああ、しかし、ここには少々のウソがある。
 いや、真っ赤なウソがある。

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