2017/03/26

春の空は移り気

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→ 多分、アンズ。桃色の花が咲き乱れる……はず。まだ、蕾だけど、もうちょっと待てば、ピンク色に染まるはず(画像が不鮮明でゴメン)。

 組合の解散に向けて最後の仕事。いざ、解散となると、やることが多い。遺漏なく行うことの難しさを痛感。50年の歴史に間もなく幕が下りる。
 というか、解散は既に成っていて、今は残務処理に追われている日々。なんとか、今月中には終えたい。
 実際、会社側との交渉がなくなっただけでも、肩の荷が下りた気分。乗務員を大切にしようという気がまるでなく、乗務員は使い捨てという発想をつくづく思い知った。

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2017/03/24

人間も微生物の海に漂う

 15年ほど前、本書マイケル・D.ガーション 著の『セカンドブレイン―腸にも脳がある !』を読んで、腸への認識を新たにした。トンでも本かなと思ったが、門外漢ながら、本書の主張に説得力を感じた。 

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← マイケル・D.ガーション 著『セカンドブレイン―腸にも脳がある !』(古川 奈々子訳 小学館 (2000/03)) 「頭にある脳が身体すべてを支配するという考え方に大転換を迫るのは、「第二の脳」とも言うべき独立独歩の腸神経系の発見であった」という本。拙稿「西原克成著『内臓が生みだす心』」参照。

 本書の場合、あくまで、「第二の脳」とも言うべき腸神経系の発見に関わるものであって、当時は未だ、腸内細菌など細菌に関する知見はそれほどなかった。よって、「腸には、その他の末梢神経系すべてを合わせたよりも多くの神経細胞があり、神経伝達物質もそろっていて、頭の脳との連絡をすべて断ち切られてもやっていける独立独歩の存在がある」という知見に留まるものだった。
 今や、腸神経系のみならず、腸内細菌、否、身体の内外の細菌(マイクロバイオーム)と相俟っての認識が問われるに違いない。

 

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2017/03/21

現実よりリアルな夢の日常

 NHKの特集番組「シリア 閉ざされた街 最後の病院」を観ている。いや、観ていられない。でも、観なけりゃいけない。アメリカとロシアの代理戦争という話だけど、私には全く理解できない。内向きのオバマ政権の隙を突いてロシアが勢力を伸ばしたという。

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→ 一昨日には、葉っぱと茎だけだったのに、今朝、そばを通りかかったら、黄色い影。水仙が咲いているよ! 昨日は15度ほどあったからね。冷たい雨の中、健気だ。

 じゃあ、環境予算も福祉予算も削って軍事予算を肥大化するトランプ政権は? トランプの言うアメリカ第一ってことは、自国の防御や利害しか考えないってこと? 日本の政権は、人権や人の幸福なんて度外視で、カネ儲けしか考えないし、世界も日本も救いがますますなくなるよ!

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2017/03/20

「古事記」から島尾敏雄へ

 先月よりプール通い開始。週に二回ほど。先月、慰労会でもらったタオルを持って。タオルを選んでくれたのは、タイムリーでした。感謝。スイミングウェア、買いたいな。今の、古くて、1往復すると、ズルズル下がる!
 2往復すると、_▲#>£♂!

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←  三浦 佑之 著『古事記を読みなおす』 (ちくま新書) 「「国家の歴史」以前から列島に底流する古層の語りとして、古事記をとらえ返す」という本。記紀神話に捉われない古事記理解が納得できる。同氏の本はこれで何冊目かな。拙稿の「三浦佑之『口語訳 古事記』」や「三浦 佑之著『古事記講義』」などを参照のこと。

 三浦佑之著の『古事記を読みなおす』を昨日(土曜日)読了した。仕事の日だったのだが、あまりに暇で、本書の残りの120頁ほどを読み終えてしまった。面白くもあったが、結構、ダラダラと読んでいたのに、夕方にはup。

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2017/03/18

学校…理系と文系の泣き別れ

 読書体験を重ねるのは、山の高みへ、一歩一歩、登っていくようなもの。登れば上るほど、頂上の険しさを実感し、眺望の広がりの果てないことを思い知る。とはいえ、読解力の劣化を痛感する今日この頃。まあ、望むらくは、せめて気が付いたら、麓にもどっているなんてことのないことを祈るのみ。

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← ジョン・D・バロウ 著『数学を使えばうまくいく―アート、デザインから投資まで数学でわかる100のこと』(松浦俊輔/小野木明恵 訳 青土社

 プール通い12回目。今日は12往復。最後、1往復だけ、平泳ぎ。やっぱり、下手くそ。前に進まない。隣のレーンをゆっくり歩いていくご婦人にあっさり追い抜かれていく。どうして前進しないのか、不思議だ。沈まなくなっただけ、ましだが……。
 通い始めて約一ヶ月。体重が変わらん! せいぜい週に二度のプール通いでは、効果が出るはずもないと分かっているのだが。実際、疲れるしお腹が減るので、余計に食べちゃうんだよなー。ま、気長に無理せず頑張らないと。

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2017/03/16

ハードボイルド?

 プールへ行きたかったけど、今日は月一で通院している内科医院へ。
 運動不足解消のため、廊下などを吹き掃除。雑巾を使って手で拭き拭き。40分だけ。結構な運動量だ。拭き掃除は、今年初めて。三ヶ月ぶりか。

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←  三浦 佑之 著『古事記を読みなおす』 (ちくま新書) 「「国家の歴史」以前から列島に底流する古層の語りとして、古事記をとらえ返す」という本。記紀神話に捉われない古事記理解が納得できる。同氏の本はこれで何冊目かな。拙稿の「三浦佑之『口語訳 古事記』」や「三浦 佑之著『古事記講義』」などを参照のこと。

「日本書紀」は、ほとんど読んだことがない。浩瀚な書ということもあるが、正史の退屈さについていけない。一方、「古事記」は三浦氏の著を始め、各種の本につい手が出てしまう。中でもこの数年は、大和岩雄さんと三浦さんの本がメイン。梅原さんの本を嚆矢に、記紀神話幻想から脱却しつつある現状を理解しないとね。

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2017/03/13

広瀬 隆著『東京に原発を!』に今こそ光を!

 原発も在日米軍基地も大都会から離れた地域にある。北朝鮮が飛ばした脅しのミサイルの目標も、青森の三沢基地という話もある。原子力の平和利用なんて、戯言も、都会から遠いから建前で済むんです。

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← レイモンド・チャンドラー著『長いお別れ』 (翻訳:清水 俊二  ハヤカワ・ミステリ文庫) 「私立探偵フィリップ・マーロウは、ふとした友情から見も知らぬ酔漢テリーを二度も救ってやった。そして彼はテリーの殺害容疑を晴らす為に三たび立ち上るのだった」とか。

 昔、東京に原発をって主張(本)があったけど、政権の中枢は考えないよね。羽田空港に滑走路を一本増やして、三沢基地の機能を移動させてみたらどうなんだ。そうしたら、政府も建前じゃなく、本気で防衛も原発政策も政治も考えるだろうに。常に負の遺産は財政力の弱い地方に。これが地域創生の現実だ。

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2017/03/09

ナボコフの塊に反骨心の塊

 今日もプールへ。25メートルを10往復半。徐々に20往復まで持っていって、あとは淡々と続けるつもり。夏には20往復が目標です。

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← ウラジーミル・ナボコフ作『ナボコフの塊 エッセイ集1921-1975』(秋草俊一郎編訳 作品社)

 ほぼ常に曇天の心なので、暗澹たる心持を切り替える必要性など考えられない。ただただ目の前の乏しい視界を手探りで歩いているだけ。これを飄々と生きると称している。

 昨日の夕方は雪がちらついていたけど、宵闇の黒の世界だったのが、今朝起きたら、真っ白な世界に一変。積雪十センチほどだけど。これで日中、降らなければ(我が家の庭を除いては)ほとんど溶けちゃうだろう。
(ホントに、午後にはあっさり日向は溶け去った。我が家の庭のような日陰、特に屋根からの落雪の塊が消え残るだけ。)

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2017/03/07

ケージの「4'33"」とフェリーニの「8 1/2」と

 座右には、作家のナボコフと数学者のバロウ。どうも、文学系と理系を並行して読みたいという性癖があるよう。バランス感覚? ただの中途半端な性分? 合間にH系を挟むのは、健全感覚なのか?

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← ジョン・D・バロウ 著『数学を使えばうまくいく―アート、デザインから投資まで数学でわかる100のこと』(松浦俊輔、小野木明恵 訳 青土社) 昨日から読み始めた。

 ジョン・ケージが1952年に作曲した曲4分33秒(4'33")は、ずっとなぜこの時間なのか、不思議だったが、今朝、ある本(『数学を使えばうまくいく』です)を読んで初めて理由が分かった。「「4分33秒=273秒」ということから、「絶対零度(-273℃)=無」」ってことだったんだ。

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2017/03/06

バスキアを小道具に使うなんて

 NHKが深夜に放送しているドラマ『スリル!』は、何故だか観ているのだが、『スリル!黒の章』第1話を観て、ちょっと驚いた。バスキア風の名画が映っているではないか。模した作品なんだろうが、敢えてこんなアヴァンギャルドな絵を使うとは、飛んでるねー。バスキア、畏怖すべき画家である。

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→ ジャン=ミシェル・バスキア 作品 拙稿「バスキアの剥き出しの詩情の傷ましき」などを参照のこと。どう見ても、バスキアの画風と思われる絵が、ドラマの小道具に使われていることに、ややショック。これも時代なのか、それともプロデューサーの好みなのか、あるいは原作に出てくるのか、脚本家の遊び心なのか。

 ナボコフは、サルトルの『嘔吐』や、セリーヌの『夜の果ての旅』を酷評していることは予てより知っていた。今、読んでいるエッセイ集の『ナボコフの塊』でも、同様に。自分が凄いと感じた作品をそれなりに畏敬の念を抱いている作家にけなされると、残念に思う。

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