2009/11/28

踏切では一旦停車のこと!

 日々、あくせくするだけの生活。

 今日などは、父母ともにそれぞれデイサービスへ。
 なので、二人が帰ってくる四時頃までは、幾分はゆったりできる…はず。
 が、さにあらず、連日のように送られてくる督促状の支払いに銀行その外へ奔走。
 その前に、父母の分やら自分の分の洗濯に案外と時間が取られる。

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→ 下手糞な画像だが、これは山茶花。奥に見えるは我が家の縁側。隙間風が凄い。

 二人がいない間に、父母の寝室を掃除。
 寝室だけじゃなく、廊下や玄関も、いつも以上に。

 さぼっていたわけではないが、この数日、表の通りの落葉掃除をやっていなかったので、落葉掃き、今日は燃えるゴミ出しの日なので、数日分のゴミを掻き集めて出す、などなど。

 そんな慌しい中、数日ぶりに銭湯へ行く途中、とんでもないオマケまでついた。

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2009/11/19

おかゆの作り方から始めます

 最後の入院になるかも、などと医者に言われつつの母の入院だったが、治療のための病院(入院)から、療養のための病院に転院し、今日、二ヶ月余りぶりに退院となった。

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→ 『新装版 図説 宮沢賢治』(上田 哲 /関山 房兵/大矢 邦宣 /池野 正樹編 河出書房新社) 図書館の新刊コーナーでこの本を見つける。宮沢賢治とあっては、手にとるしかない。新装版というが、前に読んだ(眺めた)気がするが、忙しくてまともに本を読めない今、せめて宮沢賢治の世界の一端にでも触れたい。今朝未明のアルバイトは、氷雨といったような冷たい雨の降る中での辛い作業だった。風も吹いて、一層、バイクの運転が難しくなったりする。ふと、今頃の岩手はもっと寒さが厳しいだろう、なんて思ったり。そういえば、学生時代は仙台で過ごしたが、十月末の木枯しの酷いほどの冷たさは、今も記憶に鮮明である。岩手はそれ以上の寒さのはずなのだ。「雨ニモマケズ」を思い出す。賢治の場合、「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ…」などと続くのだが、小生はただただ、「雨ニモマケズ風ニモマケズ」を繰り返すのみだった。

 快方に向かっての退院ではなかった。
 基本的に病院ではもう現状を維持する以上の治療の手だてはない、だから、療養(医療)病院で、あるいは介護施設(病院)で長く入院を続けるか、それとも、敢えて退院し自宅での療養に専念するか、のどちらかしか選択肢はなかった。

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2009/11/18

我がタクシードライバー時代の事件簿(3)

営業の初日、白バイに捕まる」の巻

 小生がタクシードライバーの免許を取得したのは、1995年8月。
 真夏の真っ盛り、七月頃から二種免許取得のため、大田区から足立区の自動車学校までせっせと通った。
 大田区(城南方面)に住んでいるものにとっては、足立区は東京の外れに感じてしまう(逆もまた真かもしれない)。

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← ドラマ 『東京タクシー』 (画像は、「ドラマ 『東京タクシー』 第14回釜山国際映画祭への特別招待が決定しました! [株式会社ミュージック・オン・ティーヴィ] - ニュースリリース:サービス業 - Qlep熊本」より)


 馴染みのない地域だったことや、タクシー稼業でやっていけるか心配だったこともあり、心細く、何となく島流しというか、一人だけとんでもない次元に吸い込まれていくような感覚を抱いていた。
 仲間が誰も居らず、相談相手もなく、書くこと(読むこと)を優先しての、それなりに考え抜き選び抜いた職業だった。
 タクシーに乗ってしまえば、あとは(実車中はともかく)自分だけの天下、自分ひとりの世界に居ることができる…。

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2009/11/13

草むしりのあとは落葉掃除の日々

 いよいよ来週辺り、母が退院してくる。
 それは、母にとっても目出度いこと。

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→ ツバキ(?)が開花。栄養が足りないのか、花の数も少ないし、綺麗な花にはなってくれない…。

 ただ、今度のやや長い入院で、リハビリもやっていたけれど、寝たきり状態に近くなってしまった。

 自宅での療養(介護)生活。
 ヘルパーさんらの手を借りるとしても、小生の引き受けることも多そう。

 頑張るしかないね。


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2009/11/11

寝場所が確保できました!

 帰郷して一年と半年余り、ようやく我が塒(ねぐら)を確保した。

 …と言って、別に今までホームレスだったわけではない。

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→ 朝の八時頃、食事(の準備)前、庭に出て軽く体操。と、空に真っ白な筋が。そう、ジェット機の織り成す筋雲。その傍には半月にならんとする月影が。こんな穏やかな空を見上げていると、今夜にも雨になるなんて、信じられない。

 昨年の二月末に帰郷したが、我輩を迎える態勢は全くなし。
 さすが部屋はあるものの、前の居住者のため、三十数年前に内装を替えたままの部屋。

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2009/11/07

「ムーンシャイン」は妖しい言葉

 小生、丑三つ時過ぎから夜明け前までという、真夜中に活動するという仕事柄、月影にも、月を巡る話題にも敏感である。

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← 今日は、実りの秋を髣髴とさせる我が家の庭木たちを紹介。

 今日、マーク・ロナン著の『シンメトリーとモンスター―数学の美を求めて』(宮本 雅彦 宮本 恭子【訳】 岩波書店 (2008/03/19 出版))なる本を読み始めたところ、そのプロローグの部分で、「ムーンシャイン」という言葉に出合った。

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2009/11/06

石蕗 (つわぶき)の花のごとくに我もまた

 過日(11月2日)、津島 佑子【著】の『快楽の本棚―言葉から自由になるための読書案内』(中央公論新社 (2003/01/25 出版))を読了した。
 図書館で借りる本を物色していたら、「芸術の秋」特集コーナーがあって、二十冊ほどの本が並べられていた。
 その中から二冊を選んだうちの一冊である。

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→ 昨日、「月影のワルツ?」なる記事で、(ほぼ)満月のもとでの、ややセンチな感懐など書き連ねてみた。が、肝心の当夜の満月の撮影は出来なかった。これは翌日(四日)の夜のやはりほぼ満月の画像。目には輪郭も鮮やかだったのだが、小生には、ちゃんとした撮影は手に余るようである。

 多分だが、小説家である津島佑子の肝心の作品のほうは、一つも読んでいないはず。
 まあ、彼女の世界への糸口になれば、という思いもあって手に取った。

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← 先日の寒波を乗り切った「石蕗 (つわぶき)」の花。寒波など何処吹く風と、裏の細道でひっそり咲いていた。…ところで、近々の母の退院が決まった。それは嬉しいことだが、自宅療養もいろいろ大変そうである。

(この拙稿を書き上げてから思い出したのだが、学生時代、女性作家の作品を読み漁った時期があって、その際、津島佑子の作品も読んでいた! (09/11/05 追記))


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2009/11/01

枯れ枝に止まるカラス(前篇)

 寝床に横たわって『ヘルマン・ヘッセエッセイ全集 3 省察 3 自作を語る・友らに宛てて』(ヘルマン・ヘッセ 著 日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会 編訳 臨川書店 版)を捲っていたら、今の小生の気分にピッタリといった詩に出合った。
 ヘッセの小説『荒野の狼』に関連する文書のようである。

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← ヘルマン・ヘッセ 著『ヘルマン・ヘッセエッセイ全集 3 省察 3 自作を語る・友らに宛てて』(日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会 編訳 臨川書店 版)

 この小説を書いている間、あるいは書いて公表しあれこれ反響を貰っていた頃の日記の断片。
 正当な(?)理解を得られることは稀で(少なくとも作家の気持ちにおいては)、さまざまな誤解に胸を痛めていたりする。

 そうじゃないんだ、そんな理解は全く見当違いだ! そう作家としては叫びたい心境。
 一定の評価を得ても、作家の心中は複雑でもある。

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2009/10/26

解剖図の歴史を垣間見る(上)

 ベンジャミン・A.リフキン/マイケル・J.アッカーマン/ジュディス・フォルケンバーグ著 『人体解剖図―人体の謎を探る500年史』(松井 貴子【訳】 二見書房 (2007/11 出版)) を読んだ。
 …というより、ルネサンス以降、ヨーロッパで制作された様々な解剖図を眺めた、といったほうが当たっているかもしれない。

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← 「Rock painting, ca. 6000 B.C.E.」 (画像は、「Dream Anatomy Gallery Aboriginal Rock Painting」より) バスキアよりファンキー、でも何処かユーモラスな雰囲気も漂っている。

 今年の春だったか、親族の者がバランス感覚の揺らぎを覚え、痰(咳)が止まらないという症状もあったので、MRI撮影に望んだ。
 小生はその診断の立会い人として傍にいた。

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2009/10/24

地球上で最も大きな生体:アスペン

 スペンサ-・ウェルズ著の『旅する遺伝子』(上原 直子【訳】 英治出版 (2008/10/27 出版))を読んでの感想文と呼べない雑文は既に書いたが、その中で、本書のテーマとは直接の関わりはないのだが、「地球上で最も大きな生体」なる話題が載っていた。

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地球上で最も大きな生体」って?
 象でも恐竜でもクジラでもない!
 それは動物ではなく、植物。

 となると、縄文杉とか、あるいは知っている人は、カリフォルニアのセコイアオスギの名を挙げる、だろう。
 確かに個々の生体(樹木)ということであれば、それも間違いではないのかもしれない(小生は未だ、調べつくしていない)。

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