2009/06/28

初めての三枚おろし!

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→ マイケル・ジャクソンさん急死の報が昨日、飛び込んできた:「asahi.com(朝日新聞社):マイケル・ジャクソンさん急死 「スリラー」1億枚 - 文化」 「82年のアルバム「スリラー」で売り上げの世界記録を打ち立て、「ポップの帝王」と称された米歌手マイケル・ジャクソンさんが25日午後2時半(日本時間26日午前6時半)ごろ、米ロサンゼルスのカリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)医療センターで死去した」…このニュースは世界中を駆け巡った。

 今日の午後、窓に虫除けネット張り作業。ついで、草むしり作業に取り掛かろうとした。
 そこへ、近所の方が通りかかった。

 なんだか、にこやかな顔。
 手に何やらぶら下げている。

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2009/06/06

夾竹桃…花もあれば毒もある

 つい先日、「夾竹桃にも花が咲きます」なんて、やや(?)間の抜けた表題の写真日記を綴ったら、コメントの形でいろいろ教えられることがあった。

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← 「白い花の夾竹桃」 (09/06/02 撮影)

 夾竹桃にも花が咲くのは当然なのだが、我が家の夾竹桃は、土壌の状態が悪いのか、それとも、春の到来を待っていたかのように伸び始め、表の生垣を乗り越え、通る車の走行を脅かすようになるので(←大袈裟)、小生としても目障りだし、気になってならず、雪解けしたと思ったら、冬の間に成長したかのような、根性のある木が癪に障り、春先には当分、剪定などしなくて済むよう、思い切って刈り込んでしまっていたからか。

 今年は、五月の連休にも、近所の方が親切にも半分ほどに伐採してくれた。

 昨年も帰郷して一年目ということもあり、雑草駆除と剪定はせっせとやったものである。

 そんなことがあるので、花が咲こうにも、丸坊主の体では、咲きようがないわけである。

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2009/05/12

三木たかしさん死去から昭和歌謡のことなど

「「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」など多くのヒット曲を生んだ作曲家の三木たかし(みき・たかし、本名渡辺匡〈わたなべ・ただし〉)さんが11日朝、岡山市内の病院で死去した。64歳だった」:
asahi.com(朝日新聞社):「津軽海峡・冬景色」 作曲家・三木たかしさん死去

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→ 月曜日、所用があって街中に出かけた帰り、川縁で佇む雄姿に遭遇。沈思黙考している? 魚影を狙っている? …まあ、身投げを考えてないことは確か。飛び込んでも、なかなか沈まないだろうし。…鳥が溺れたら、浮かばれない ? !

「作曲家の船村徹さんに師事し、67年に「恋はハートで」(泉アキ)で作曲家デビュー。77年には「思秋期」(岩崎宏美)や「津軽海峡・冬景色」(石川さゆり)で日本レコード大賞中山晋平賞を受賞した。その後も故テレサ・テンさんの「つぐない」「愛人」「別れの予感」や「夜桜お七」(坂本冬美)、「ふり向くな君は美しい」「アンパンマンのマーチ」など日本歌謡史を飾る多彩なヒット曲を送り出した」という方。
 
 64歳とは、あまりに若い。

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2009/02/09

端唄から龍馬、そしてレゲエへ  梅は咲いたか ♪

 昨日の日記「梅は咲いたし飛行機雲は見たし」で、梅の話題を書いたこともあり、せっかくなので、もう少し、梅絡みの話題を。
 表題に「梅は咲いたし…」とあるが、言うまでもなく「梅は咲いたか♪」を意識している。
 民謡も長唄も端唄も普段、まず耳にすることのない、無風流というか無粋な小生だが、それだけに(?)、少し、その雰囲気・風情の一端くらいは味わっておきたい。

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→ 市丸(唄)『端唄名曲集』(千本歌扇、静子、栄芝、豊藤、豊静(三味線) 他 日本伝統文化振興財団)

 まず、 時に「しょんがえ節」とも言うらしい(未確認)、端唄「梅は咲いたか」の曲や歌詞を確かめておきたい。
 ここはやはり専門家の登場を願って、下記のサイトから歌詞を転記する:
粋有芙の端唄教室

梅は咲いたか

梅は咲いたか 桜はまだかいな

柳やなよなよ 風しだい

山吹や浮気で色ばっかりしょんがいな


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2008/12/19

他愛もない楽しみを見出す(後篇)

忙中ちょっとだけ閑あり」は読書拾遺的な日記でもあったが、この日記を書いて約十日になるが、生憎、読書のほうは順調とは言いかねる。
 以前、借り出しているトマージ・ディ・ランペドゥーサ作『山猫』 (小林 惺 訳 岩波文庫)と、ウィリアム・サマセット・モーム著『アシェンデン 英国情報部員のファイル』(中島賢二/岡田久雄訳 岩波文庫)は、ようやく『山猫』を読み始めたばかり。
 日中の空き時間に断続的になろうが、なんとか読書をしようと目論んでいるのだが、外出の機会が多く、侭にならない。

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→ 小生の部屋からの夕景。ひと時、ぼんやりと。ホッとする瞬間でもある。

 それなのに、田中聡著の『妖怪と怨霊の日本史』(集英社新書)や『リアルのゆくえ』(大塚英志+東浩紀 講談社現代新書)を借り出し、さらに火曜日、図書(ボードレール著『パリの憂鬱』渡辺邦彦訳 みすず書房)を返却するだけのつもりだったのに、ついつい新着図書コーナーの棚を覗いてしまい、ストロース/エリボン著『遠近の回想』(竹内信夫訳 みすず書房)を借り出してしまった。

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2008/12/18

他愛もない楽しみを見出す(前篇)

 なんだかやたらと気忙しい日々を送っている。
 気持ちが慌しいだけで、実際は忙中閑ありなのかなと感じる暇もあるのだが、やはり、脳裏にはあれをやって、次はこれをやって、ああ、そうだ、あれも忘れちゃいけない、などなど穏やかな気分で居られる時間はない。

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← 日中、父の用事で市街地へ。その途中、富山城脇を通った。信号待ちの際の、車の窓越しの撮影で、画像が鮮明じゃないのが、富山城に申し訳ない!

 夜は、毎日ではないが、アルバイトで、夕方から丑三つ時過ぎまで仕事で、帰宅は早いときは(夜中の)二時ごろだが、遅いと三時を回っている。

 帰宅してもすぐに眠れるわけもなく、何時間か仮眠に近い睡眠を取ったら(小生は睡眠障害が持病としてある)朝…。朝食の準備そのほかの家事が待っている。

 このところ、昼間の外出の機会も増えている。

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2008/12/14

ラジオから「われは海の子」が…

 昨夜だったか今朝だったか覚えていないが、仕事が暇だったもので、車中でラジオを聴いていたら、懐かしい曲の題名が。「われは海の子」だって。
 ガキの頃、文部省唱歌や童謡などの類いは学校で唄わされたものだった。音楽の授業が大嫌いで、ただただ仕方なく唄っていた。口パクをする知恵も度胸もなく、傍から見る分には素直に唄っているように見えたのではないかと思う。

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→ 滑川にて。海にもっと近づきたくて波打ち際へ。海水の透明度の高いこと! 以下、三枚の画像は、「あの世の沙汰もカネ次第?」参照。

 それに、音楽の先生の指導が厳しくて、全体の調子がおかしいと、幾度もやり直しをさせられる。唄っている当人としては、どこが悪いのか分からない。でも、やり直しをするうちにOKが出る。どこがどう直ったのか、さっぱり分からず、狐に抓まれたような心境のままに、いつしか授業が終わる。
 そんな繰り返しだったように記憶する。
 それでも、唄っているうちに、なんとなく気分が良くなったり、みんなと気持ちが一つになったような気になることもあったりする。ああ、こんな世界があるのかな、あったらいいな、もしかしたら今がそうなのかな、なんて思ったり。

 でも、授業が終われば、みんなバラバラだ。

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2008/12/11

沢田研二『我が窮状』のこと

 ジュリーこと沢田研二氏の『我が窮状』が一部の間で静かな話題となっている(以下、敬称は敬愛の念を籠め、略させていただく)。
 その一部というのは、(少なくとも当初は)主に「市民社会フォーラムのMLや『大都留公彦のブログ』などの護憲派の間」だったようである(「カナダde日本語 沢田研二の『我が窮状』を広めて九条を守ろうよ」参照)。

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← 沢田研二『ROCK’N ROLL MARCH』(ココロ・コーポレーション) 「我が窮状」などを収録。

 小生などはそういった方面の消息に通じているわけではないし、テレビの歌番組はあまり見ない(聞かない)し、我が家では読売新聞を購読していることもあって、今頃になってこの歌(を巡る話題)を知った次第である。
 芸能の消息にも芸能人の活動に詳しくないものにも、彼のこの曲(の歌詞)が話題になりつつあるということなのか。

 まずは、曲(歌詞)を知っておきたい。

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2008/12/09

雪形……むぎや・麦屋節・麦や節

 どういうわけか、一時期、小生の拙稿「雪人形」へのアクセスが突如、増えたことが。
 まあ、冬だし雪の季節だから、「雪 人形」といった検索語で、間違って(?)小生のサイトへもアクセスする人が多少、居たのだろう。

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→ 「白馬の雪形(神奈川県・丹沢山地)」 (画像は、「雪形 - Wikipedia」より。)

 せっかくなので、「雪人形」でネット検索してみたら、「中川岳志のブロク゛ 雪人形」というサイトが上位に浮上してくる。

 合唱曲「むぎや」の歌詞についての話題のようだ。
 
 が、「むぎや」であって、「麦や節」でも、「麦屋節」でもない。
 
 小生、「むぎや」も「麦や節」も「麦屋節」も、それぞれの異同がよく分からない。
 理解が浅く、そもそも郷里の富山で歌われるのは、「麦や節」なのか「麦屋節」なのか、それとも「むぎや(節)」なのか、覚束ないのだ。
『こきりこ節』や『越中おはら節』などと並び、富山を代表する民謡だというのに!

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2008/12/08

忙中ちょっとだけ閑あり

 何だかいろんなことが一遍に重なっている。
 母の入退院騒ぎ。
 無事、退院したのは嬉しいに違いないが、仕事探しがまた遠退いてしまった。
 デイケアの方が見えたので、母の今後のことを相談。
 リハビリやら入浴のことやら、あれこれと。

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← 図書館へ向かう途中、何処かの交差点で。白銀は招くよ!

 母の面倒を父に見てもらって働きに出る。
 難しいことなのか。
 有料での食事のサービスを頼むか。
 母の容態が安定しているようだし、週に何度か、看護師さんに来てもらう。
 小生は日中、働きに出る。

 そんなことを考えていたその矢先、父の転倒騒ぎ。

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2008/12/06

凄いぞ 湯たんぽ!

 昨日、湯たんぽを買った。
 郷里に舞い戻って初めての冬を迎えている。
 我が家は、風通しがいい。
 ってことは、夏は暑い風が、冬には冷たい風が吹き過ぎていくわけである。

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← 買った「湯たんぽ」。漢字で書くと「湯婆」。漢字にも素養のない小生が読むと、「ゆば」ってなりそう。「湯婆」(tangpo)の「婆」とは「妻」の意味だって!

 茶の間や寝室などの日々、暮らす部屋には暖房はある。
 特に父母の寝室にはエアコンは夏や冬はフル稼働だし、そこに灯油ストーブも加わる。

 茶の間は、日中過ごす時間が限られているので、部屋に来る直前からエアコンや灯油ストーブを使い始める。無論、電気炬燵は大活躍。
 小生が居住する部屋には電気ストーブしかない。
 冬ともなると、「弱」をほぼ終日、在室する際には「強」に切り替える。

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2008/12/02

今日は外出三昧? ! 「水鳥が眩しい」篇

(08/12/01付けの日記より)

今日は外出三昧? !」 

水鳥が眩しい

 昨日の日曜日まで、ほとんど雨続きだったので、今日、月曜日は外出三昧(← こんな言葉があるかどうか分からないが)となった。

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← 図書館近くの池にて。ススキの穂が頬を撫でるように揺れていた。

 尤も、一件は延期。
 母の用事で近所の民生委員の家を訪ねるはずだったが、なんと、昨日付けで民生委員を辞め、他の方に引き継いだというのだ。
 昨日のうちなら、あっさり用事は済んだはずなのだが、師走の今日、一日からは町内の他の区の方、全く面識のない方に代わったこともあり、一度は訪問を願って家の、つまりは母の様子を見てもらう必要が生じてしまった。
 別に隠すことは何もないけれど、事情を一から説明し理解してもらって、その上でいろいろ頼みごとをすることになる。

 というわけで、民生委員宅への訪問はなくなった。

 でも、用事は他にいろいろ。

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2008/11/14

沈む夕日を眺めつつ……音楽拾遺

 今秋初め、返却期限の来た3種類のCDの代わりに、新たに別の3種類のCDを選んできた。

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← 12日(水)の夕方、仕事へ出かける直前、月影のあまりの冴えに思わずカメラを向けたが…。小生の脳味噌の状態もそのままに月の輪郭がぼやけてしまった。

 月影の冴えるを見るも手にあまり

 13日には母の長く伸びた髪を切ってもらうため、車でリハビリセンターへ行ってきた…。が、母が(多分)低血糖状態となり、帰宅して車から家に母を運び入れるのに一時間を要した。


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2008/11/10

「「川中美幸コンサート」へ(後篇)」アップ

 川中美幸の歌で好きな歌は、「二輪草」(作詞:水木かおる/作曲:弦哲也)や「越前岬」(作詞:吉岡治/作曲:岸本健介/編曲:斉藤恒夫)とかいろいろあるけど、一番好きなのは、「遣らずの雨」(作詞:山上路夫/作曲:三木たかし/編曲:高田弘):
YouTube - 遣らずの雨 川中美幸

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→ 裏庭にひっそりと咲く「ツワブキ」。この周辺に一杯、仲間がいたのだけど、春先の雑草刈りの際に、勢いで全部、毟り取ってしまって、この一株だけが生き延びたのだった。この花の咲いている場所は表の通りからは死角になっていて、小生以外に見てくれる人もいないのだけど…。でも、昆虫とかが目をつけてる?

 演歌歌手でいいのは、歌の上手さもだけど、言葉がちゃんと聞き取れるってこと。余程、発声の練習をやってるんだろう。
 歌詞をメロディに乗せるにしても、言葉の一言一言が歌った際に聞き手の耳にちゃんと聞こえるってことも計算に入れて作曲しているに違いない。

 演歌というと、下積み、苦労、貧乏というイメージが付き物。
川中美幸が告白、父の交通事故で極貧生活(芸能) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース」によると、実際、川中美幸にしても、例えば下記のような苦労が:

(前略)幼いころに父親が交通事故の加害者となってしまったことを告白。保険も1日違いで期限切れだったという。「それから川中家は貧乏のどん底でした。被害者が一番大変ですが加害者も十字架を背負います」(後略)。


「川中美幸コンサート」へ(後篇)」は、「「川中美幸コンサート」へ(前篇)」に続くものです。…でも別に前篇を読まなくても支障はないけどね。
 では、いざ、前篇の続きへ
(例によって敬愛の念を籠め、敬称は略させてもらっています。)

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2008/11/09

「「川中美幸コンサート」へ(前篇)」アップ

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「川中美幸コンサート」へ」行ってきた。

 やっぱり、歌、上手い。声量がある。
 芸達者。
 プロ。
 エンターティナー。
 その上、トークが絶妙。
 彼女のコンサート(ショー)は、十年前から司会者を使っていないんだって。
 あのトークなら要らない。
 お客の心を掴んで放さない。

 凄い。
 やっぱり、日本のトップ歌手って違うね。

 オイラが見た席は四階席で、彼女の顔が分からんかったけど、歌はじっくり聴けたからいいんだ。

 ということで、「「川中美幸コンサート」へ(前篇)」をアップしました。

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2008/11/05

移ろいゆく季節を追って…読書・音楽拾遺(後篇)

 昨日、貰ったネギを植えたが、今朝(水曜日)もネギをもらった。追加で植えられって。
 まだ整地した畑に余裕がある。

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← 自転車を駆って図書館の行き帰りに通りかかった公園。そろそろ紅葉が始まりそう。それでも日中なら、東屋の中のベンチなどに腰掛けてひと時を過ごすこともできなくはない。

 来春はジャガイモを植える。年内には、ホウレン草の種などを蒔いてお終いか。

 我が家の庭や畑を花で一杯に、の一環で、あと菊や何かを植えるつもり。徐々にお花畑にする!

 === === ここから本文 === === 

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2008/11/04

移ろいゆく季節を追って…読書・音楽拾遺(前篇)

 気がつけば、今年も残すところあと二ヶ月弱。
 冬の足音が耳に体にビンビン響いている。
 歳月の巡りゆく速さ!
 我輩の俊足を以てしても追いつけない。

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← 表通りに面する花壇には、テルスター、キキョウ、パンジーなどを植え、とりあえず終了。次は内庭ということで、昨日買ってきたクジャクアスターを畑と田圃の境目にある花壇に植えてみた。畑には近所の方に貰ったネギを数十株、植えた。赤い根っ子のと白い根っ子の二種類。育つかどうか、先が楽しみのような心配でならないような。

 気がつけば、「梅の木に見守られ…読書・音楽拾遺(後篇)」や「自転車を駆っていそいそと…読書・音楽拾遺(前篇)」を書いてはや一週間。
 この十ヶ月余り、そしてこの一週間を自分はどう過ごしていたのだろう…。

 なんて、しおらしい科白はともかく、とりあえず、この一週間の「読書・音楽拾遺」をメモしておく(絵画については随時、メモしているので敢えて拾遺に加える必要はないだろう)。

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2008/10/26

梅の木に見守られ…読書・音楽拾遺(後篇)

[本稿は、「自転車を駆っていそいそと…読書・音楽拾遺(前篇)」に続くものです。内容的には独立しているけど。 (08/10/26 記)]

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→ 我が家の庭先にある梅の木。外出するときも、帰宅するときにもこの樹齢約150年の梅の木にご挨拶。行ってきま~すとか、ただいま~とか。我が家を五代に渡って見守ってきた木。家が全焼した空襲の際にも焼け落ちることはなかったのだが、世話を怠ったばっかりに今や朽ちなんとしている…。

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2008/10/25

自転車を駆っていそいそと…読書・音楽拾遺(前篇)

サルビアの花にうもれて…読書・音楽拾遺(前篇)」や「夕焼け空を追いつつ…読書・音楽拾遺(後篇)」などを書いてから、早くも十日近くが経った。
 なかなか思うようには読書はできない。音楽については、部屋にいる間はCDプレーヤーが活躍しっ放しなので(父母の居る部屋からはテレビの音が聞こえてくるので、その消音の意味もある)、何かしら耳にしている。

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← 24日は終日、雨だった。畑も庭もたっぷり潤ったことだろう。画像の雨樋からの雨垂れを受けている石の器は、実は臼。数年前までは何十年の間、餅を搗くのに大活躍だったのだが、今は雨ざらし。雨に打たれ憩っている? 長い間、ご苦労様でした。

 図書館へ行く時は自転車。
 本やCDを返却するのは惜しいが、新しい出会いもあるやもしれず、ペダルを漕ぐ足も軽快である。
 特にクラシックやジャズ、民族音楽など、邦楽以外のジャンルの音楽は知らない演奏(家)や曲も多いので、今日はどんな発見があるかとワクワク気分だったりする。

 なんだか、初めての相手とのデートにでも出かける気分?

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2008/10/15

夕焼け空を追いつつ…読書・音楽拾遺(後篇)

 14日の夕方、五時過ぎだったろうか、そろそろ食事の用意をしなくちゃと思いつつ、部屋で本を読んでいたら、目の片隅に真っ赤な光が。
 見遣ると、夕焼けの赤が障子越しにも鮮やか。

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→ 「猫じゃらし」という別称のある「エノコロ草」越しに夕焼け空を撮る。

 ああ、これは見逃しちゃ勿体無いと、デジカメをポケットに突っこみ慌てて自転車を駆って近くの公園へ。

 悲しいかな日の入りには間に合わなかったが、それでも夕焼け空を愛でることができた。
 十数枚も撮った頃だったろうか、海(北)の方角から旅客機が。

 富山では旅客機が海辺から神通川を遡上するようにして富山飛行場へ向う。
 サケの遡上ならぬ飛行機の遡上なんて、絶景!

 多分、パイロットや特に乗客は河原や川へ不時着するような感覚を味わいつつ、珍しい光景を楽しんでいるのではなかろうか。
 小生も、もう十年ほど昔となろうか、母の緊急入院の報を聞いて、一度だけ、飛行機(ANA国内線)で帰郷したことがある。

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← 「富山空港」は、「日本で唯一河川敷に作られた空港」である。「ボーディングブリッジが日本一長いといわれてい」るらしく(「富山空港 - Wikipedia」でも確認)、パイロットには高度な技術を求められるとか。立地条件が厳しいが、利便性は高い。「YouTube - 富山空港到着便」にて着陸の様子などを見ることができる。
 
 公園の脇の道から変なおっさんが撮影している、そんな光景を傍から見たら、不審者に見えてしまうかなと思いつつ、でも、心に食い入る光景は見逃したくはないし、その一端をでも記録に残したい。

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2008/10/14

サルビアの花にうもれて…読書・音楽拾遺(前篇)

 13日(月)、図書館へ。
 先週は午前中は雨だし、午後も雨が降りそうだったが、今回は晴れ。自転車を駆る足も気分も軽快である。
 昨夜は夜半過ぎまでアルバイトで、帰宅してからも仮眠程度しか寝ていないのがウソのよう(尤も、夕方近くになってグターとしてしまったが)。

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→ 「サルビアの花」(相沢靖子 作詞/早川義夫 作曲) (「「サルビアの花」―もとまろ」など参照。)(唐突にこの曲を話題にした事情は下記する。)

 そういえば、先週、図書館の帰り、自転車の不具合に気がついたのだった。
 小生の自転車(というより、父が長年愛用してきた自転車を使わせてもらっている)は、昔ながらの漕ぎながら車輪のタイヤ(ゴム)を擦ることで発電し点灯する自家発電システムである。
 日中は当然、点灯しない(つまり、摩擦させないよう、タイヤに接触しないようになっているはずだが、タイヤに接触する部分が、最初は道路の段差で、仕舞いにはちょっとした軽い振動だけで、接触するようになってしまったのである。

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2008/10/11

「蕗谷虹児…花嫁人形幻想」アップ

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蕗谷虹児…花嫁人形幻想」をアップしました。
 蕗谷虹児(ふきやこうじ)は挿絵画家だが、今では「花嫁人形」(蕗谷虹児作詞・杉山はせを作曲)の作詞者といったほうがいいのか:

金襴緞子(きんらんどんす)の 帯しめながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
文金島田に 髪(かみ)結(ゆ)いながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ

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キャベツの収穫を夢見つつ…読書・音楽拾遺(後篇)

[本稿は、それぞれの主題が違いすぎるし、蒟蒻畑問題を際立たせるため、「消えゆく蒟蒻畑を惜しみつつ」から独立させた。よって、本稿は、「花時計を横目に読書・音楽拾遺(前篇)」の続篇ということになる。]

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→ 8日に畑を整地し、過日の白菜に引き続き、9日、今度はキャベツ(の苗)を5つ、植えた。左は白菜の列。右はキャベツの列。かなり時期はずれだが、まあ、今年は農作業については勉強の年なのさ。(以上、08/10/09記)

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2008/10/09

花時計を横目に読書・音楽拾遺(前篇)

読書・音楽拾遺…モーツァルトとシンクロもエンヤない?」を書いてから十日余りが経った。

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↑ 富山城近くの某公園内に花時計が。何度もこの公園の中を自転車で通ったのに、初めて気がついた。早速、携帯電話を取り出し、パチリ!

 ここらでまた、読書や音楽鑑賞の記録をしておく(この日記は8日の夜に書いた)。
 
 ところで、昨日の「京都大学名誉教授の益川敏英さん、高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠さんと米国籍でシカゴ大学名誉教授の南部陽一郎さんの3人に、今年のノーベル物理学賞が贈られることが決まった」という果報に続き、今日も「スウェーデンの王立科学アカデミーは八日、二〇〇八年のノーベル化学賞を、飛躍的に発展している生命科学分野で不可欠な“道具”となっている緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見者で、米マサチューセッツ州在住の下村脩(しもむら・おさむ)ボストン大名誉教授(80)ら三人に授与すると発表した」といったニュースが夕方になって飛び込んできた:
下村氏にノーベル化学賞 クラゲの蛍光タンパク発見

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→ 「オワンクラゲ」 「オワンクラゲは日本各地の沿岸で見られるヒドロ虫綱に属するクラゲ様の無脊椎動物」だとか。(画像・引用は、「オワンクラゲ - Wikipedia」より。) 美しい! 

 小生の大好きな動物(オワン)クラゲが研究に役立ったとか。
 なんだか、エキサイティングな気分だ。

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2008/10/01

「ソプラニスタ岡本知高!」アップ

ソプラニスタ岡本知高!」をアップしました。

 旧稿もアップしてあります:
伊香保へいかほ
木枯しも終わりよければ全てよし

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2008/09/27

読書・音楽拾遺…モーツァルトとシンクロもエンヤない?

 富山に帰郷して今日(26日)で丁度、半年となる。
 帰郷のドタバタの一端は、例えば、「テラ・アマータ」にメモしている。

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← Enya / エンヤ『A DAY WITHOUT RAIN / ア・デイ・ウィズアウト・レイン

 その中で、ちょっと殊勝にも以下のように書いている:

 このような人間なのだけど、我が地を愛そうと思う。
 誰も自分を愛することはなく、我が愛すべき土地さえも自分に対して無関心であり続けるのだとしても、縋りつくように、しがみ付くように、この地に生きる。

 郷里に半年住んで、少しでもそのようでありえたかというと、なかなかうまくはいかないというのが正直なところだろう。
 それでも自分で自分を叱咤して、郷里の地に馴染もうとしているけれど、道半ばどころか、緒にさえ着いていないと痛感するばかり。
 あれこれ書くと切りがないが、とにかく楽しみを見出せていない。語り合う友(パートナー)もいないのが大きい。
 この辺り、自分の人間性も関係するところなので、自業自得なのかなと、やや諦めの心境でもある。

 殺伐、茫漠といった言葉が自分の心から浮かんでくる言葉なのだ。
 

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2008/08/22

「富山の夜」!

 過日、仕事の合間に富山の有名人にどんな人がいるか、という話題に花が咲いた。
 素養の関係もあるので(作家・政治家・学者・経済界・歴史上の人物などは名が出てこない)主に芸能関係ということで名前を挙げていった…が、すぐに名前が尽きてしまう。

 黒部進(ウルトラマン)、柴田理恵、剣幸、西村雅彦、野際陽子、左幸子、左時枝、風吹ジュン、室井滋、立川志の輔、柳沢敦などなど(敬称は敬愛の念をこめて略させてもらいます)。
 他にもそのときは名前が挙がらなかったが、加納みゆきや芸能関係ということにしていいのか、森口祐子などなどがいる。

 そんな中、誰かが「富山の夜」という曲があり、北森啓介という歌手が歌ってヒットしたという話をし出した。
 小生、北森啓介という名の歌手なんて聞いたことがない。「富山の夜」も、知らない。

 よく冗談を言う人なので、最初は誰もまともには取り合わなかったが、そのうち、彼がカラオケで鍛えた自慢の喉を披露して歌ってみせてくれる。

 うーむ、そんな歌があり、それなりに(地元では?)ヒットしたのか。

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2008/06/14

「「伍代夏子・香西かおり ジョイントコンサート」!」アップ

「伍代夏子・香西かおり ジョイントコンサート」!」アップしました。

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2008/02/13

焼け野の雉(きぎす)

 昨日の記事「キジも鳴かずば打たれまい」で書いたキジに付いての諺(トリビア)が、今日になっても気に掛かっていた。

Versicolor

→ キジ(雄) (画像は、「キジ - Wikipedia」より)

「頭隠して尻隠さず」ということわざは、草むらに隠れたつもりになったキジの様子に由来している」(「雉の隠れ」とも)とか、「キジも鳴かずば打たれまい」といった諺である。
 国鳥なのに、どうしてこうした諺に引き合いを出されてしまうのか。
 しかも、「キジ - Wikipedia」によると、「頭が良くない」だなんて、あんまりな言われ方さえされている。

 が、昨日の記事の末尾近くに書いたが、キジの愚かしいかのような生態は、「オスの飛び立つ姿は力強く男性的,メスは「焼け野のきぎす」のたとえにあるように非常に母性愛が強い」という面とは、実は裏腹のように思えてきた。

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2008/01/30

『老人と子供のポルカ』の頃

[ あるところで、『老人と子供のポルカ』に関連する話題を見かけた。懐かしい! 懐かしいし、5年弱前にも、あるメルマガでこの歌のことが話題になっていて、気になると何か書きたくなる小生、下記のような雑文を綴っていた。せっかくなので(?)、ここに再掲しておく。なお、掲げた画像は本文と全く関係ない。過日、上京する列車の車中から撮ったもの。当時も今も不思議というか尋ねてみたいのは、本人はどういうつもりでこの歌を歌ったのか、何ゆえ引き受けたのかということ…。 (08/01/30 記)]

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『老人と子供のポルカ』余談

 Sさんのメルマガで『老人と子供のポルカ』(早川博二作詞・作曲 歌:左卜全とひまわりキティーズ)のことが話題になっていた。
 誰か、実際に聞いた人がいないでしょうか、だって。そんなことなら我輩に聞いてくれればいいのに…なんてのは嘘だぴょーん。

 そのSさんは小生よりずっと若い。
 その点、小生は、『老人と子どものポルカ』を高校生になりたての頃に聞いたのだ。歌謡曲や演歌が全盛で歌番組はクイズ番組と並んで庶民がテレビで楽しむ大きな娯楽源になっていた。

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2007/12/06

飛行機雲は陽炎の如く?(後篇)

[本稿は、「飛行機雲は陽炎の如く?(前篇)」の続編です。]

 でも、曲がりなりにも大人となった今、子供の頃のようなわけにはいかない。
 子供の頃は、郷里(富山)にあっては、飛行機雲を見る機会自体が稀だったこともあるのだろう(か)。

 段々、自分なりに飛行機雲なんて珍しくもなんともないし、要するに、寒い朝、息を吐いたら息が白くなる、その原理と基本的に同じだと分かってくると、神秘性も幻想味も薄らいできてしまった…のだろう。
 それとも、感じる心が荒んできてしまったのか。心のゆとりがなくなっているのか。

Flyer

← 「中村紘子 ピアノ・リサイタル」 2008年2月16日(土) 18時開演 サントリーホール

 さて、以下の話はもっと野暮な話。

 本書を読んで、飛行機雲は地球温暖化(小生はこの表現は大袈裟だと思う。あくまで大気や大地(の表面)の温暖化であって、地球自体が温暖化しているわけじゃないのだし。まあ、事態の生物や環境にとっての深刻さを思うと、地球温暖化という表現のほうが警告を喚起する意味でも、相応しいということなのだろうけど)と深い関連があることを知らされたのである。
 環境問題や科学、そして気象学などに関心のある方には、3年ほど前にも若干世上を賑わせたことでもあるし、常識なのかもしれないが、まあ、自分のためにもメモしておきたい。
 当初は、関連頁を本書から転記しようと思ったが、転記すべき頁が十頁ほどにもなるので断念。
 ネットで関連サイトを物色し、明示することにした。

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2007/12/05

飛行機雲は陽炎の如く?(前篇)

 ギャヴィン・プレイター=ピニー 著『「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社)を昨日、読了した。
 実に楽しい本。内容紹介によると:

大空にさまざまな表情を与えてくれる雲。来る日も来る日も青一色の空を見せられたら人生は退屈だ。本書は、英国でベストセラーになった、豊富な写真入りの愉快でへんてこな雲一族を真面目に紹介する世界初の科学ガイドブック。

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← 国府弘子『ピアノ・タペストリー/PIANO TAPESTRY』 (画像は、「国府弘子オフィシャルホームページ」より)「一枚の布を織り上げるように音の響きを紡いで生まれた珠玉のソロピアノ即興演奏集」だって。掛けっ放し!「ひろこダイアリー 国府弘子オフィシャルブログ」がある。「アルバムデビュー20周年を迎える2007年は9月末に20枚目になるニューアルバムのリリースとシーズンベスト「オータム・コレクション」の同時リリースを予定」だとか。(以下、CDジャケット画像の形で5日現在で借りているCDを順不同で列挙する)

 本書の著者ギャヴィン・プレイター=ピニー (プレイター=ピニー,G)は:

「雲を愛でる会」を2004年に設立。ウェブサイトを公開後、1年で世界25カ国の1800人が会員となり、多くの珍しい雲の写真などが寄せられている。イギリスの雑誌「アイドラー」の発行人、デザイナーでもある。

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2007/08/08

『アフリカの音の世界』は常識を超える!

 文化人類学者である塚田健一氏著の『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)を先週末に読了。2000年に刊行された本なので、新しい本とは言い難いだろうが、面白かったとは言い切ることができる。
 謳い文句では、「耳を圧倒するハーモニー、ずらして組み合わせる巧妙なリズム、西洋音楽の常識を解体するゆたかな音の世界。灼熱の大地を縦横にフィールドワークする音楽学者が、その魅力をいきいきと描く。」となっている。

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← 塚田健一著『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)

 過日、「ラジオ聴き音の風景たっぷりと」の中で、「東南アジアの民族音楽、サウンドスケープ、サウンドアートを研究する。ジャワ音楽をシスワディほかに師事。1980年代よりガムラングループを主宰し、カナダ、インドネシアへの海外公演を成功させる」という人物であるマルガサリメンバーの中川 真氏を紹介した。
 あるいは、「秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』」の中で、「古事記」研究が、21世紀に入って、中国を初めとするアジア規模で、そのルーツや淵源を(今に残る形を通じて)探る新しい段階に入りつつあることを紹介している。
 音楽の世界でも、日本の研究者が既にアフリカへのその始原の音を求めての研究の旅に出ていることが本書で分った。
 西欧の<楽譜>に象徴される音楽とは実に対照的な<音の世界>が塚田氏の、積極的に現地の人びとに溶け込む人柄も相俟って、興味深く示されている。
 本書で小生がサンバを初めとする音楽の探索を試みてきたことの、かなりの事柄に付いて、その淵源に逢着したような気がして嬉しかった。
 単純に、ヘエー、そうなのという感動を覚えたりしたことも何度もある。

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2007/07/29

ラジオ聴き音の風景たっぷりと

 昨日、土曜日は営業の日。真夏日になってしまい、熊谷では35度以上だったとか。
 タクシーの中は冷房が効いていて涼しいのではと思われる方もいるようだけど、さにあらず。
 確かに車外よりは涼しいかもしれないが、主に後部座席に乗るお客さんが乗った瞬間に涼しいと感じるようにするには、運転手本人には涼しいどころか寒いほどの温度に設定しておく必要がある。

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← 鮫島有美子『千の風になって~新しい日本の抒情歌』(コロムビアミュージックエンタテインメント) 昨夜の話の中で、オペラを含め、ステージで歌を歌うことにプレッシャーを感じたことがないという話が妙に印象に残った。天性の歌手でありエンターティナーだってことなのか。

 その冷たい風の直撃を受けないよう、日頃、用心は怠っていないつもりだが、それでも、夕方、そろそろ冷房を弱めに設定し直す頃には体がだるくなっている。
 しかも、休憩時、風向きを変えるのを忘れ、冷気を口にまともに受けてしまって、喉の弱い小生、今、喉が痛い!
 このまま、風邪へと真っ逆様に落ち込んでいくような予感。
 
 冷房については、車内はなんとか低めに設定できても、頭部やウインドーに近い部分は、遠赤外線なのか、容赦ない日光の日差しの余波を喰らってしまって、冷房の効果も相殺されてしまう。
 つまり、体の胸から下や、ウインドー側でない部分は冷房で冷え、その他の部位は遠赤外線効果で暖まってしまって、体が斑(まだら)模様に冷やされたり温められたり。
 なんとか、車のボディを断熱効果のある素材にしてもらいたい。車のボディ用の断熱素材が開発され、遠赤外線効果を低減できるようになったら、エアコンの温度設定も抑え気味にできるはず。

 昨日28日の夕方、隅田川の傍を通った。といっても、首都高速の上からのこと。開催される一時間ほど前に実車で高速を走りつつ、眼下の隅田川をチラッと眺めたのである。隅田川に屋形船が一杯、浮んでいた。まるで花の筏みたいに。
 でも、花火大会は見れなかった。今年も。隅田川の花火大会、まだ、小生は一度も見ていない。

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2007/06/11

タクシーは社会の縮図多事多難?!

 以下は日曜日の日記(ミクシィ)から。
 多少、文章的に変なところもあるし舌足らずだったりするけど、日記なのでメモ風になっているのだとご理解願いたい。
(カッコ内の時間は、日記(レス)を書いた時間。コメントを貰う都度、レスを書いたので、細切れになっている。)

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← 竹松舞「妖精伝説」 順天堂大学医学部に在籍していたとかで、「クローズアップ人体」なる小文シリーズも書いておられる。

◎(11:12)「タクシー運転手を刺した医師逮捕、乗車順巡り言い争う 社会 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 調べによると、尾曽越容疑者は9日午後0時45分ごろ、同県周南市住崎町のJR徳山駅新幹線口ロータリーで、タクシーに乗り込み、発進直後、運転手の花岡頼孝さん(66)の左肩と首を、小型ナイフで切りつけた。花岡さんは10日間のけが。
 尾曽越容疑者は、花岡さんを刺した後、車を降りたが、客待ちをしていた人たちが約200メートル追跡。110番通報で駆けつけた周南署員が、さすまたなどを使い、尾曽越容疑者を取り押さえた。
 尾曽越容疑者が客待ちのタクシーの先頭から3番目に止まっていた花岡さんの車に乗ろうとしたため、花岡さんが先頭のタクシーに乗るように促したところ、言い争いになったらしい。尾曽越容疑者は「乗車拒否されたので刺した」と供述しているという。

 ありがちなトラブルだけに、怖い!

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2007/05/26

誰もいない森の中の倒木の音

 ハズラト・イナーヤト・ハーン著『音の神秘―生命は音楽を奏でる』(土取 利行訳、平河出版社)を読了した。
 といっても、本書のような神秘性・宗教性の高い本を読了したというのは、やや難を感じる。
 かといって、目を通したというのも、見下しているかのようで、やはりこそばゆい。
 いっそのこと通読したと、あっさり表現しておけばよかったのか。
 さすがにこの手の宗教書ではないが、「音楽は宗教そのもの」と言い切る強烈な宗教的信念を持つ方の本に、安直に感想文など綴れない。

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← 今年二月、夜の代々木公園で見かけた謎のドーム群。

 金曜日は所要があって予定を変更し、休みを取ったが、時間が取れたので、上掲書の「訳者あとがき」をパソコンに転記する作業に没頭した。
 筆者のイナーヤト・ハーンについての情報がネット上では(日本語では)あまり見つからなかったから、折を見て、転記した文の一部か全文をアップするつもりでいる。

 さて、上掲の本を読んで、音楽、もっと言うと、音への思いを改めて巡らせてみた。
 音、それも沈黙の音を巡っては、過去、若干のエッセイを綴ってみたことがある:
誰もいない森の音

 さすがに、イナーヤト・ハーンの域には遥かに及ばないのだけど、上掲書を読みつつ、「夜 の 詩 想」などと共に、ふと思い出されたエッセイのうちの一つなので、せっかくなので改めて日の目を見させてやりたいのである。
石橋睦美「朝の森」に寄せて」と併せて目を通してもらえればと思う。

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2007/01/31

雪降る日待てど暮らせどこんものか

[テーマは、文部省唱歌「」の歌詞「雪やこんこ」について]

 小生のホームページ「国見弥一の部屋へようこそ」(の掲示板)に遠来の客があった。
 バス・バリトン歌手の大畑理博(おおはたみちひろ)氏である。
 彼のオフィシャルホームページは、「Hiro Songs Album-MICHIHIRO OHATA OFFICIAL WEB SITE-」であり、彼のプロフィールは、風貌もあわせ、「大畑 理博(バス・バリトン)」で観ることができる。
「富山県立呉羽高等学校普通科音楽コースを経て、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。現在、東京ミュージック&メディアアーツ尚美ディプロマコース在籍。これまでに毛利準、直野資、黒田博、黒崎隆憲、在原美江子、日本歌曲分野を塚田佳男、青山恵子の各氏に師事」以下、詳しい経歴などはサイトを見てほしい。

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→ 昨年末、帰省した折、28日朝方には雪は全くなくて。

 彼の歌のレパートリーは幅広く、「日本歌曲(ソング含む)」、「童謡・唱歌・子供の歌」、「歌謡曲、ポップス」、「ミュージカルナンバー」などである。
 彼には、「千の風になって」を歌ってブレイクしたテノール歌手・秋川雅史氏のように早く全国区の歌手になってもらいたいものである。
(なお、「2007年3月10日「大畑理博ソングリサイタル」」とのこと。)

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2006/11/21

週末は音と本とに三昧だ

羮や懲り膾吹く我ありて」に書いたように、月曜日の休みはまったりのんびり過ごした。
 昨日、冷たい雨の中、一時間以上も傘も差さずに(カメラ撮影に傘が邪魔だったから)応援と撮影のため立ち尽くしていたので、その疲労を回復させること、万が一にも風邪を引いたりしないよう、用心に用心を重ねたのだ。
 
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→ 『ブラジル風バッハ/中丸三千繪&ベルリンフィル12人のチェリストたち』(中丸 三千繪、東芝EMI クラシック)。惜しいけど、返却。二十回は聴いたっけ。ボサノバなのかクラシックなのか、ジャズなのか分からない、不思議な世界だった。

 それにしても、日曜日来の雨と寒さは身に堪える。部屋の中に居ても、凍えるような気がする。
 まだ、11月下旬にも入っていないから、暖房を入れるのも早すぎる気がする。
 今、暖房を使ったら、これ以上、寒くなったとき、対処の取りようがなくなってしまう。
 なので、部屋の中では、ひたすら重ね着。それでも、足りないなら、タオルケットを羽織って耐える。

 午後になって雨が上がってきた。薄っすらとだが青空もベランダの窓越しに見える。
 今日は、図書館へ行こう。返却する本などがあるし。

 でも、その前に食事だ。
 冷蔵庫の中を覗く。何もない。

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2006/10/01

索引…ポット出のお湯の如きの情熱か

電気ポットを買った!

 電気ポットを買ったのは何年ぶり…、いや何十年ぶりじゃなかろうか。以前、高輪に住んでいた頃は一時期まであったはずだけれど、いつの間にか使わなくなっていた。
 あるいは湯沸しの出来ないポットは以後も使っていたと思うのだけど、そのただの保温のポットさえ、使わなくなって(所在が不明になって)十数年のはず。

 では、お茶はどうしているかというと、ペットボトルのお茶を買ってきて、必要な分を湯呑み茶碗に移し、電子レンジで温める。
 困るのはカップ麺で、これは湯呑み茶碗に水を入れて熱くし、カップ麺に注ぐ。
 よって、カップ麺でややこしい調理法のものは敬遠している(つまり、一度、お湯を注いで麺を温め、あるいはほぐし…って奴は買わない!)。何度も電子レンジで(湯呑み茶碗に水を入れて)お湯を作らないといけないし。

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 でも、この頃、スーパーでカップ麺を買うのに苦労する。調理の面倒なタイプかどうか、カップ麺の脇などに書いてある説明で確かめるのだけど、その文字が(老眼で)読めない!
 多分、お湯を注ぐだけの麺だろうと思って買ってきたはいいけど、自宅でいざカップ麺を食べようとして説明文を読んでショックを受けたりする。
 その場合は諦めて、具と麺をカップに出してお湯を注ぐだけにする。面倒だし。

 さて、いよいよ秋も深まって、カップ麺が今まで以上に恋しくなる季節。
 それに、田舎で父母が珈琲を毎朝飲む。だから小生も、朝食の準備に取り掛かる前に珈琲に付き合う。この前は、父母が飲まない紅茶もあった(もらい物だとか)。で、紅茶の味も思い出してしまった。

 そう、外ではともかく、自宅では、珈琲や紅茶も飲まなくなって久しいのだ。でも、心の余裕を持つためにも、これから珈琲や紅茶、勿論、ペットボトル以外の日本茶も飲んでいくつもり。

 流し台の脇にはお湯を沸かして、スタンバイしている電気ポットが小生を待っている。

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2005/11/30

ラヴェルのボレロから牧神の午後へ

 28日の営業中、午後の2時過ぎだったか、例によってというわけでもないが、ラジオをNHK(FM)に切り替えた。大概、2時過ぎに最初の休憩(仮眠)を取るので、どこかの公園か人通りの少ない静かな場所に車を止め、本など手に取って、耳からはクラシックというわけである。
 本は、カトリーヌ・ミエ著の『カトリーヌ・Mの正直な告白』(高橋利絵子訳、早川書房)を手にしている。眠気を誘うには小生には活字が一番、なのである。もっとも、この本が就寝の友には相応しいのかどうかは、かなり議論の余地がある、かもしれない。
 なんたって、出版社のレビューだと、「彼女は呼吸するようにセックスする。体のすべてを使って、いつでも、どこでも、だれとでも。フランス現代美術誌『アート・プレス』の女性編集長が、自らの奔放な性生活を赤裸々に明晰に描き、文学界を騒然とさせた自伝的作品」というのだから。
 まだ、冒頭の数十頁を読んだだけなのだが、文字通りこのレビューそのままの内容だと思っていい。
 なんたって、本の帯には、「わたしの体はいやと言わない」とあるのだ。

 過日、ジャクリーン・ウォード著の『夜にめざめて』(河野槇訳、青弓社)を紹介したことがある。この本の著者は副題の「ある娼婦の告白」が示す通りである。
 後者は娼婦の告白とあるが、セックスの場面描写はほとんどない。なのに、なのか、にもかかわらずというべきか、とにかく、筆力があって、一気に読ませてくれた。

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2005/07/02

青柳いづみこ、ドビュッシーを語る

「読書雑録」(2005.06.29)の末尾で、「余談ついでだが、夕べ、NHKラジオ(第1放送の「ラジオ深夜便」)でピアニストの青柳いづみこさんのお話を聞きかじった。彼女が好きだというドビュッシーについての話だったと思う」などと書いている。
 肝心の話の内容は、小生のこと、聞きかじった部分でさえも聞き漏らしている(変な表現でごめんなさい)。
 この稿にコメントを寄せてくれた方がいて、どんな話だったのでしょう、という問い掛けがあったが、答えたいのは山々なれど、できないものはできない。
 なので、前回は時間がなくて全く書けなかったこともあり、個人的な興味もあるので、ネットの強みを生かして、若干のことを(示唆する程度になると思うけれど)メモしておきたい。

 青柳いづみこさんは、ピアノと文章の両方の達人の方。文章はパソコンを使って書いているらしいが、つい、指に力が入ってピアノの演奏に差し障りが生じかねない時もある、だから、演奏する機会が近づいた時は、できるだけ控えるようにしているが、それでも、求めに応じて書く原稿の予定も多く、大変だとか。
 まあ、そういった文章を書くこととピアノとの両立の大変さを最後の晩には語っておられた。

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2005/06/11

『KAZEMACHI CAFE』…読書メモ

 過日、図書館から借り出してきた『KAZEMACHI CAFE』(ぴあ 2005/03/19刊)を読了した。本書の大凡の性格に付いては、この季語随筆「KAZEMACHI CAFE…歌謡曲」(2005.06.06)で既に書いている。
 まあ、対談集なので、松本隆という逸材と、これまた才能溢れる方たちとの対談をひたすら楽しめばいい。何をコメントする必要があるわけもない。
 なので、脈絡も何もないメモ書きの羅列と相成るが、仕方ないと思っている。
 名前については敬称を略させてもらう。超有名人であり、一個の社会的財産となっているが故の敬意の所以である。

 松任谷由実との丁丁発止の対談の中で、ちょっと驚く記述を見つけた。尤も、何も驚く必要などないのかもしれないが。
 それは、三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で自決した時、松任谷は「風都市」という、当時、松本隆がそのメンバーでもある「はっぴいえんど」が所属していた音楽事務所に居たというのだ。その音楽事務所は市ヶ谷に当時、あったのである。
 なんでも、松任谷の旦那様である正隆氏が事務所へ月給をもらいに行くのに付いて行ったのだという。
 せっかくなので、市ヶ谷の旧参謀本部の貴重な画像などを見てもらってもいいかも。
市ヶ谷の参謀本部について

 事務所(の屋上?)のドアを開けると、自衛隊のバルコニーが見え、何かのノイズが聞えていたというのである。三島由紀夫のアジ演説の声だったのか、警官隊の応じるマイクの声だったのか。それとも取材するヘリコプターの騒音なのか。
「ノイズ」という松任谷の言葉の選択が面白い。
 松本隆も松任谷由実にとっても、三島由紀夫らの行動が、あるいは時代の学生運動自体が「ノイズ」だったのだろうか。何か違うよ、ということなのか。勿論、こんな言い方では身も蓋もないというか、鰾膠(にべ)もないことになる。都会人特有の斜に構えたような独特なセンスもあるのだろうし。
 いずれにしても、時代はフォーク、それも没社会的な、政治的メッセージの欠片もないような、吉田拓郎であり、かぐや姫の神田川であり、ガロの学生街の喫茶店であり、井上揚水的な私小説的なフォークに主流が移っていきつつあった。

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2005/06/08

日記拾遺…いちこつ

 昨夜、営業中のこと、車中で聴いていたラジオで、小生には初耳の話を聞きかじった。メモするゆとりもない状況だったので、幾つかの言葉を覚えておいて、あとでメモ。
 キーワードは、「いちこつ 富山 駅 発車(NHK)]である。最後の(NHK)は、聴いていたラジオ局のこと。
 話は、音が話題になっていて、語り手の名前を聞き漏らしたのだが、声の調子や話の内容などからすると、日本音響研究所鈴木松美(すずき まつみ)氏と思われた。
 インタビュアーは分からないが、どうやら番組は、「放送日:2005年6月7日(火)20:00~21:00
番組名:ふれあいラジオパーク(NHKラジオ第一) 内容:音に関する話題でトーク
」のようである。
 顔の骨格などから声がある程度再現できるとのことで、モナリザやベートーベンの再現された声など聴かせてくれた。
 また、聴く方が心地いい声は、<ゆらぎ>のある声で、音響の画像で見た場合、一定の周波数の1/fという波を描く声ということで、その代表的な実例として美空ひばりさんが歌う「川の流れのように」を例にあげていた。
 ビブラートのあるくだりということで、きっと、あの「さび」の部分だろうと推測したら、まさにその通りで、「あーあー、川の流れのように」以下の箇所。美空ひばりさんは、その部分をサビということもあろうけれど、意識的にゆっくりゆったり歌っていると小生に聞くたびに感じさせてしまう箇所でもある。
 それにしても、美空ひばりさんの歌うスタンダードナンバーは絶品だ。彼女の歌うジャズもノリノリ。凄い!

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2005/06/06

KAZEMACHI CAFE…歌謡曲

 過日、図書館から借り出してきた『KAZEMACHI CAFE』(ぴあ2005/03/19刊)を読んでいる…それとも楽しんでいる…あるいは懐かしんでいる。
 本書は松本隆対談集で、16人の対談相手がおり、「谷川俊太郎 桜井淑敏 林 静一 太田裕美 細野晴臣 佐野史郎 大瀧詠一 筒美京平 薬師丸ひろ子 藤井 隆 松 たか子 萩尾望都 松任谷由実 町田 康 妹島和世 是枝裕和」といった面々である。
 小生は、作詞という時の詩と、所謂「詩」との区別や異同がよく分からない。作詞される方は、初めから曲となることを想定して作詞される(場合もあろうけれど)とは限らない。むしろ、作詞というより、あくまで作詩なのではないか。
 この辺りの創作の心理は、分からない。
 詩にも疎い小生、そんなに詩に親しんできたわけではない。むしろ詩を作詞の詞に広げていいなら、圧倒的に詞の世界に影響されてきたと思う。
 詩を創造する方は尊敬する…というより、尊敬の念を以って見てしまう。が、小生、作曲される方のほうが遥かに強い、そう、もう、畏敬の念といっていいような感覚を抱いてしまう。
 だから、むしろ、だからこそ、作詞の詞の世界に戸惑ってしまう。

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