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2025/09/05

何のためのメモなんだ?

 ← ル・クレジオ 著『歌の祭り』(管啓次郎 訳 岩波文庫) 「インディオたちの生活の美しさと秘められた知恵、そして深遠な宇宙観。神と人が渾然一体となった夢幻的な「創世神話」。」

 午後三時頃には激しい雨の予報。なので、一時頃に慌ててスーパーへ買い出しに。最近は外出が面倒で、三日分を纏め買いしてる。出掛ける前には必需品をメモして。が、スーパーに着いたらメモが見付からない! 仕方なく思い付くままに買い漁る。…帰宅してみたら、テーブルの上にメモが。財布などと一緒に置いてあったのに、メモだけ置き去り。同じ失敗を繰り返す。何のためのメモなんだ? 

 が、雨降りを懸念して慌てて出たのに、午後の四時過ぎになっても降ってない(富山市の割りと中心部)。庭木などが、雨を待望してる。雨には降って欲しい。できれば、天気予報もアバウトでいいから当たって欲しい(当日の数時間くらいは)! (09/04 16:14)

 

 ← 小倉金之助 著『数学の窓から 科学と人間性』(解説=村上陽一郎 河出書房新社) 「往年の数学者・科学史家で、名随筆家でもあった著者の代表的随筆集の復刊。」

 遅まきながらというのか、夕方五時から六時頃には時には家の中に居ても、窓外の雨音が聞こえるほどの雨が。お蔭で(?)今日は休日だったが、庭仕事は堂々サボれた。 ル・クレジオ 著『歌の祭り』(管啓次郎 訳 岩波文庫)や、オリヴァー・ジョンソン著『数学思考のエッセンス――実装するための12講』(水谷淳 みすず書房)などを合わせて150頁ほど読めた。仕事の車中での待機中に細々読んできた小倉金之助 著『数学の窓から 科学と人間性』(河出書房新社)も、残り少なくなったので自宅で読了させることができた。(09/05 02:52)

 

 小倉金之助 著『数学の窓から 科学と人間性』(解説=村上陽一郎 河出書房新社)を4日(木)の午前中に読了。仕事の車中での待機中に牛歩で読んできたもの。タクシーが呼べるアプリであるGO Payの影響もあって、地方都市富山市も不況の煽りを喰らっているが、その中にあって妙に忙しい感が漂ってくる。会社の無線だけじゃなく、GO Payからの無線もあって、油断ならないのである。

 さて、上掲書は、 「往年の数学者・科学史家で、名随筆家でもあった著者の代表的随筆集の復刊」という本。1953年に角川文庫から出されたもの。書店でたまたま目にして衝動買い。

 解説は村上陽一郎なのだが、懐かしい名前。往時は同氏の活躍は目覚ましかった。彼の本も読んだことがあるような。

 小倉金之助の名前は素養のない吾輩も仄聞していたが、一冊も読んだことがない。科学史家としての業績は小さからぬものがあったようだが、馴染みがなくて関心が持てない。和算の研究も目覚ましいものがあったようだが。

 本書では、小倉金之助の随筆が興味深かった。歯に衣着せぬというのか、好悪をはっきりする方らしい。科学者といえども政治に無関心であってはならないという信念の持ち主。戦前や戦中はきついものがあったろう。堺利彦、幸徳秋水、伊藤野枝、大杉栄など、戦前の反権力活動を担った人々への共感が滲む。そんな中、ルソーへの関心が深かったことは注目される。ルソーも反骨の思想家だ。

 日本では永井荷風への共感が強かった。荷風の反骨精神に惹かれたようだ。小倉金之助は若年から必ずしも健康に恵まれず、病臥することも多かったとか。それでも自らを甘えさせることなく生き抜いた方だった。 (09/05 03:21)

 

 ← ル・クレジオ著『チチメカ神話: ミチョアカン報告書』( 望月 芳郎訳 新潮社) 「特定の人間による予言を行わず、神意は〈夢〉という形による不特定の人間に伝えられると信じたチチメカ・ポレペチャ族。中央アメリカで最も美しく最も神秘的と言われたその文明の創世と運命。初めて紹介されるインディオの神々。」 「チチメカ神話 : ミチョアカン報告書 ル・クレジオ原訳・序 ; 望月芳郎訳 新潮社, 1987.9 (09/04 17:48)

 ル・クレジオ著『チチメカ神話: ミチョアカン報告書』( 望月 芳郎訳 新潮社)…いま読んでるル・クレジオ 著『歌の祭り』(管啓次郎 訳 岩波文庫)にて中心的意義を持つ書。 (09/04 17:48)

 

 丘 浅次郎著『進化論講話 (1969年) (丘浅次郎著作集〈第5〉)』…このところ読んでる小倉金之助 著『数学の窓から 科学と人間性』にて丘浅次郎の名を見付けた。学生時代、図書館で好奇心の赴くままに書庫を漁っていた。膨大な蔵書に圧倒されつつ気になる本を書架から抜き出してはパラパラ捲っては戻す。全く未知の書き手である丘浅次郎。進化論がテーマの本だった(というより進化論の研究者か)。が、高踏的というか語調のハイテンションぶりが苦痛で読み続けられなかった。10頁も読めないで書架に戻した。何故か数十年前のことが、今も印象に残ってる。 (09/04 10:04)

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