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2025/08/15

松本莞著『父、松本竣介』からあれこれと

 ← 帰郷した年(2008年)に撮影した松川の夕景。 (08/15 00:25)

 今日は休日。夕方近くから墓掃除へ。掃除後、一人まいる。父母との対面。今は吾輩が対面する人は誰一人いない。帰宅すると畑の草むしり。頑張ったが、半分も終わらない。雑草には負ける。はなから勝とうとは思ってないけど。ヘトヘトになった。この先、あと何年、庭(畑)仕事できるやら。 (08/15 00:25)

 松本莞著『父、松本竣介』(みすず書房)を読み始めて三日目。

 松本竣介の(東京での)我が家は、西武線中井駅から南へ百メートル。我輩が上京し(1978年㋃)東京で最初に住んだアパートは、西武線の新井薬師前駅から百メートルほどの哲学堂近く(上高田)。ほとんどとなり町だ。当時はまだ松本竣介は知らなかった。

 アルバイト先が大久保にあった。会社へは西武線で新宿駅へ。そこから歩いて大久保へ。バイトが終わったら、天気が良かったら、歩いて帰ったことも。1時間ほどだったかな。

 庭(畑)仕事での疲労で、シャワーや夕食のあと、呆気なく寝落ち。夜半前に目覚めた。つい炭酸飲料やアイスクリーム。アカンなー。やはり、冷たいお茶だよな。お茶はいい!

 松本竣介は、辛うじて戦争(空襲)を生き延び、戦後、東中野駅から程近い育英社で働いた。我輩は、状況当時は上高田(西落合)のアパート暮らしだったが、アルバイトの雇い主の事務所は東中野駅の近くにあった。事務所に二度ほど顔を出したっけ。

 戦後、松本竣介は、近所に住む林芙美子夫妻と行き来があった。林芙美子の本の装丁や挿画を複数手掛けた。林芙美子の当時の家は、現在は「林芙美子記念館」として保存、公開されている。 (08/15 03:10)

 

 ← 「東京オペラシティ アートギャラリーで難波田龍起の回顧展が開催。画業の全貌を四半世紀ぶりに紹介」  「難波田龍起・史男記念美術館」は、「ギャラリーNOW」に併設。……帰郷して間もない頃(2008年だったか)、難波田龍起作品を観に行った。ギャラリーの小ささに驚いた。小さいとプレッシャーを感じて、落ち着いて鑑賞できないの。 (08/15 02:47)

 

 ← 「5600年前に縄文時代を生きた女性…どんな名前がいいですか? 身長144㎝、石器を手に笑顔 人骨発掘地の村が募集中」……募集は終了? (08/15 00:15)

 松本莞著『父、松本竣介』(みすず書房)にて知ったこと。舟越保武は、竣介の生涯の友。静謐な作風。 (08/14 23:34)

 

 ← 林芙美子著『一粒の葡萄』(南北書房 1947年) 装丁・挿画は松本竣介。裏表紙には、竣介の手になるヌードの画。(松本莞著『父、松本竣介』(みすず書房)にて知ったこと。08/15 03:19)

 松本莞著『父、松本竣介』(みすず書房)にて知ったこと。舟越保武は、竣介と盛岡中学校の同期。二人で二人展も。 (08/14 17:39)

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