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2023/11/14

水漏れは止まったけど

 ← 森秀樹著『「黙示録」を読みとく』(講談社現代新書) 「千年王国、ハルマゲドン、メシア思想など数々の幻と象徴の正体とはなにか。背景となるユダヤ民族放浪の歴史をたどり、秘められた謎とその魅力に迫る。」

 森秀樹著の『「黙示録」を読みとく』(講談社現代新書)を13日未明に読了。車中で読む本ではないのだが、再読ということもあって敢えて。

 本書を最初に読んだのは99年だったか。当時は死海文書関連の話題が日本でも盛り上がっていた(?)こともあり、バーバラ・シーリング著の『黙示録の謎を解く―十字架刑後のイエス正伝』 (叢書ラウルス)やら田川 建三著の『書物としての新約聖書』を読んだりしていた。

 

【戦う殉教思想】──「黙示録」が成立したと言われる迫害激化の1世紀末には、アジア州の教会はおおかた腰砕けの状態であった。……また、各書は1部の使徒書簡をのぞけば、諸福音書のようにどちらかというと穏便で叙事的な内容であり、激動の逆境の時代にはおとなしすぎて不向きであり、心的な決起(気構え)をうながす「檄文」にはなりえなかった。「黙示録」はそれらとはだいぶ違う、ある意味では逆かもしれない文書だった。はっきりとは書きにくいが、書かずにはいられない、「隠された意味をもって啓示する」表現を用いた著者ヨハネのたかぶりが伝わってくるのである。それは、「新しい世界への待望感」を信じこませようとする「檄文」であり、戦う姿勢を強く訴える啓示そのものであった。──本書より

 黙示録は文学としても一つの潮流をなしている。

 吾輩は近年だけでも、ダンテ(神曲)、バルザック(セラフィタ)やロレンス(アポカリプス)などを読んできたし、その前も、スエーデンボルグやホッブズの「リヴァイアサン」、ジョージ・エリオットの『ロモラ』(二度)、ブレイクなどに触れてきた。(そもそも学生時代最初の二年弱は下宿仲間に連れられ教会へも通ったことがあるので、聖書には少しは接していた。協会訳も所有していた。)

 しかし、吾輩ごときがどれほどの素養があろうか。吸収し得ようか。 (11/14 13:38)

 

 ← 田川建三 著『書物としての新約聖書』(1997年1月 勁草書房) 「本書は新約聖書の外面的成り立ちを問題にする。二世紀から五世紀にかけての正典化の歴史を第一章で扱い、以下、新約聖書の言語の問題、写本と正文批判、翻訳史を概観する。」

 森秀樹著の『「黙示録」を読みとく』にしても、再読したと云えるかどうか危うい。こうした本は自分にそれなりの価値観宗教的信念を持ってないとただの空疎な知識になりかねない。では我輩はどうなの?

 山川草木虫魚つまりは自然の万物に神とは云わないものの、生きとし生けるもの全てにセンス・オブ・ワンダーの念に基づく畏敬の思いを抱いてる。だからといって何でも尊重はしないが、万物は同価値を有すると思ってる。肉食はダメで草食はOKだなんて論外。

「千年王国、ハルマゲドン、メシア思想など数々の幻と象徴の正体とはなにか。背景となるユダヤ民族流浪の歴史をたどり、秘められた謎とその魅力に迫る。」有史がこんなにも長いこと自体が驚き。プライドも高くなるわけだ。大多数の民族は歴史の彼方に消えていった。どの民族も苦難の連続だったはず。

 生き抜くためにどんな権謀術数を駆使してきたことだろう。(イスラエルによるガザ侵略無差別虐殺という)現下の状況を観ると、ああ彼らはこうして生き延びたんだ。だから嫌われ忌避されるんだと感じてしまう。唯我独尊。共存共栄という発想は微塵も感じ取れないよ!

 宗教的信念信仰は絶対でなければならない。でなければ宗教の名に値しない…。相容れないものは徹底して圧殺する。信仰(神や仏)の名のもとに他者を躊躇いなく殺す。正当化する…。 (11/13 01:20)

 宗教の功罪なんて安易な考え方など通用しない。サバイバルの戦いは永遠に…人類の死滅まで続くのだろう…か。(11/14 13:43)

 

 昼行燈34「オワンクラゲ

 今日は少なくとも2年越しの悲願(?)である、流しの蛇口修理。パッキンが磨耗してて絶えず水がチョロチョロ。夏場はしっかり締めたら止まる。冬になったら、暖かくなったら止まるんだからと耐えてきた。

 ああ、蛇口を閉めると水がピタッと止まる快感。…開けたり締めたりを繰り返してあそんじゃう! (11/13 16:33)

 新しい蛇口からも当然お湯が出る。工事終了の際もちゃんと。洗い物があったので四時過ぎまではお湯が出てきていた。

 その後、夕方近く五時半前、修理を依頼した業者の方が現場の確認と正式な請求書に署名を求めるため来宅。その際、同氏は現場を確認した(吾輩は立ち会っていたが、業者の方を背後から見ていたような曖昧な記憶)。その上での署名。五時半過ぎその方は帰社された。

 吾輩は一連の作業(台所の薪ストーブ導入のための模様替えという大掛かりな作業。特に食器棚の中の立派な食器やお盆の片づけが大変だった。まだ、ガラスのコップや器類が多数残ってる)にひと段落付いたということで、シャワーを浴び(昨夜から一気に冷え込んで風呂場や脱衣場が寒い。ついに今冬も脱衣場の暖房を使う)、食事。

 当然ながら洗い物。が、なんとお湯が出ない。水は出るが、瞬間湯沸かし器が着火しない! 

 瞬間湯沸かし器には一切、手を触れていないし、蛇口工事の影響? でも、工事終了直後までは出ていた…。何か仕出かしたのか? (11/14 13:17)

 

 神坂 次郎著の『サムライたちの自由時間』 (中公文庫)を読み出してる。

 江戸時代のサムライは、とことん暇。週休5日が普通。出社(?)してもチロッと何かしたら、お茶、将棋、お喋り……。学芸に励むのは例外。会社(?)以外では、酒と女、酒と女、酒と女……案の定身を滅ぼしてしまう。 (11/13 16:27)

 

 昼行燈33「沈黙の宇宙に鳴る音楽

 主に台所での一連の片づけ準備作業が一段落付いたことでホッとして、夜になって YouTube ずっと。視聴し始めたら切りがない。スマホじゃなくパソコンなので、通信量制限も気にしなくていいってのは、悪魔(天使?)の誘惑だね。〆は、寝室(書斎)でずっと聴いているコルトレーン。 (11/13 23:27)

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