« 『愛と哀しみの果て』の原作と今になって知った | トップページ | バッタや土との若手研究者らの苦闘 »

2023/09/20

古井文学への遅すぎる接近

  ← 古井由吉著『雪の下の蟹・男たちの円居』(講談社文芸文庫)「古井由吉の、既にして大いなる才幹を予告する初期秀作群、「雪の下の蟹」「子供たちの道」「男たちの円居」を収録。」

 古井由吉作の『雪の下の蟹・男たちの円居』(講談社文芸文庫)を今朝読了。正直、これまで何冊か読んできたが、古井の作品で初めて面白いと感じた。

「雪の下の蟹」は所謂サンパチ豪雪に絡む小説。彼は金沢在住時代経験していたのだ。但しアパートの住人として。作品では豪雪の真っ只中も経験しているが、終息期に近かったようだ。

 これが、いよいよ積雪三メートルに及ぶ豪雪の日々の真っ只中を一戸建ての主、当事者として経験していて、それを縷々彼なりに語ったなら、この不条理とも云える事態を一級の作品に仕立て上げられたかもしれない。これはこれで傑作だけど。

「男たちの円居」は傑作と感じた。彼は大学生になって山岳部に入り、山を経験したことがあったようだ。その体験が生きているのか。就職戦線に離脱しそうな主人公が友人に誘われるがまま冬の山へ。そこでの物語とも言いようのない紆余曲折ぶりが面白い。最後辺りで女子学生の集団との邂逅にもならない擦れ違いもドラマのような煮え切らない話がつかみどころがなくて面白い。

 物語の最後で食べるものが無くて動くに動けないでいる<私>に女学生集団のリーダーが近づいてくる。彼女は食べ物らしきものを手にしている。「私たちは手を伸ばせば触れ合う距離まで体を近づけて、互いに珍しい獣を前にしたように、雨に濡れた体を黙って見つめあった。」

 結末として実に印象的で、解説の平出隆氏は、清新なエロチシズムの場面と捉えている。的を射ているだろう。が、同時に、彼女が山小屋の私たちに告げたかったのは、小屋で寝させてくれという頼みじゃなく、私たちの窮乏ぶりを哀れみ食べ物を呉れようとしたに過ぎなかったという、あまりに散文的な真相に拍子抜けしたという理解も成り立ちうると思う。考えすぎで空回りしていた自分らの愚かさに呆気に取られてしまったのだ。

 ま、解釈は匂い立つエロチシズムに傾斜したほうが面白いし、幾度かは私たちも腹ペコでなかったならと思っていたに違いないのだから、普通ならその解釈が妥当なのだが、そうは素直にいかないのが古井文学なんじゃなかろうか。

 

[閑話休題] 作家案内を読んでたら、古井との<こじつけめいた繋がり>を感じた。まず、彼は東京都の(現)品川区旗の台に生まれた。吾輩は東京在住時代の後半、旗の台にある営業所で十年以上働ていた。古井は港区白金台で暮らし小学校を経て高松中学校に入学。吾輩は港区高輪の団地に住んだことがあり、高松中学校はすぐ裏手にあった。古井は品川区北品川に転居したが、吾輩は大田区に転居し大森から品川界隈はどれほど車やバイクで駆け回ったことか。北陸のサンパチ豪雪を古井は金沢で、吾輩は富山で体験。古井はドイツ文学などに早くから傾倒したが、同時に物理や数学の入門書を読んだとか。哲学史や科学史を渉猟したのち、現代自然科学の認識論的な探求へ。この辺りの関心だけは少し重なる? ま、こじつけなのだが、勝手に親近感を抱いてしまった。古井は内向の世代とか呼称された。これが吾輩を彼の世界から遠ざけた。偏見を持たされたのだ。ほかに読むべき哲学や文学者は多々あったし。

 この作品集は、吾輩を古井文学に一層近づける契機になりそう。遅すぎる気付きではあるが。 (09/20 16:10)

 

 ← 三浦 佑之 著『古事記を読みなおす』(ちくま新書) 「日本書紀には存在しない出雲神話がなぜ古事記では語られるのか? 序文のいう編纂の経緯は真実か? この歴史書の謎を解きあかし、神話や伝承の古層を掘りおこす」

 三浦 佑之 著『古事記を読みなおす』(ちくま新書)を数年ぶりに再読。再読に値する古事記の性格読解の書。

 本書の内容案内の「日本書紀には存在しない出雲神話がなぜ古事記では語られるのか? 序文のいう編纂の経緯は真実か? この歴史書の謎を解きあかし、神話や伝承の古層を掘りおこす」は額面通りと感じた。

「「国家の歴史」以前から列島に底流する古層の語りとして、古事記をとらえ返す」という本。記紀神話に捉われない古事記理解が納得できる。同氏の本はこれで何冊目かな。お勧め。

 本書については初めて読んだ際に感想めいたことは書いた:「「古事記」から島尾敏雄へ

 関連拙稿を幾つか:「三浦 佑之著『古事記を読みなおす』読了」「三浦佑之『口語訳 古事記』」や「三浦 佑之著『古事記講義』」「秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』」「大和岩雄・著『新版 古事記成立考』を改めて読む」 (09/20 14:20)

 

 ← 買い物帰り、チラッと庭を眺めたら、萩の花が咲き誇ってる。つい先日はひと枝に数輪だったのに。秋は着実に。朝方はエアコンも不要。雨も降ったようだ。今冬は暖冬気味とか。真に受けていいのやら。 (09/20 13:33)

 買い物に行けなくて食べるものなしに。冷蔵庫を漁ったら、賞味期限が切れて数ヶ月のパック食品発見。棄てるの惜しい……例によって我輩のお腹に投棄。

 部屋の綿埃……指で摘まめるほどに。そろそろ何とかしないと。 (09/20 11:50)

 

 モノローグ風創作「昼行燈3」夢語り「虎が犬たちを」を書いた。

|

« 『愛と哀しみの果て』の原作と今になって知った | トップページ | バッタや土との若手研究者らの苦闘 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書評エッセイ」カテゴリの記事

思い出話」カテゴリの記事

恋愛・心と体」カテゴリの記事

写真日記」カテゴリの記事

夢・夢談義」カテゴリの記事

読書メーター」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『愛と哀しみの果て』の原作と今になって知った | トップページ | バッタや土との若手研究者らの苦闘 »