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2022/05/03

カルヴィーノ作『パロマー』の不思議な世界

 ← カルヴィーノ【作】『パロマー』(和田 忠彦【訳】/解説 岩波文庫)「中年男性,職業不詳,妻と娘1人,パリとローマにアパートを所有.それがパロマー氏だ.世界を観察することに徹しようとする彼だが….(中略)27の短篇が響き合う,不連続な連作小説」

 カルヴィーノ作の『パロマー』を火曜日夕方読了。仕事の合間に読んできたが、残り40頁ほどとなったので、自宅で読んだ。不思議な味わいの短編集。カルヴィーノが生前みずからの手で完成した最後の作品集。

「世界を観察することに徹しようとする彼だが…」彼は観察者に徹することはできない。そもそもなにゆえ観察者たろうとするのか。それは現前するはずの現実世界をありのままに捉えたいという欲求から。これまでの自分は、観る主体と見られる客体とがどこまでも対峙するに留まっていた。対峙するどころか、波動関数の崩壊のように、一旦、客体を捉えたと思った瞬間、それは思いもよらない他人行儀な<実体>となり、ありのままの、そこにあったはずの現実とは懸け離れたものに成り果てる(「量子力学における波動関数の収縮または波動関数の崩壊 (wave function collapse) とは、初めはいくつかの固有状態の重ね合わせであった波動関数が、「観測」によってある1つの固有状態に収縮すること」(Wikipedia参照))。

 観察することで、雲のように掴みどころのない陽炎のような状態ながらも、眩く煌めていた掛け替えのない現実を収縮…崩壊…委縮させるのではなく、そこにそのままにあらしめようと希(こいねが)うのである。

 とめどなく繰り返す波、豊かでぷっくりした幻のような女性の乳房、夜空の星座、月の満ち欠け、ありとあらゆる現実世界…。私が眺めることで崩壊させてしまうなら、いっそのこと私などいなけば世界は安泰で平穏なのか。言葉こそが、書物こそが私を世界から遠ざけている元凶なのではないか。記述すること、考えることはやめにしよう。「その瞬間、かれは死を迎える。」

 

 防衛予算を現下の1%から2%へ だって(「防衛費増へ自民がGDP比2%案 ウクライナ侵攻受け 達成なら米中に次ぐ規模 平和主義の形骸化に懸念:東京新聞 TOKYO Web」など参照)。願わくば、その際には食糧自給率100%、エネルギー自給率100%、介護医療福祉の充実化、教育保育の充実化、道路や橋など公共材の万全化、国家財政の(せめて)単年度黒字化、赤字国債の半減、人口減少ストップくらいは果たしておいてもらいたい。そうでなくちゃ戦えないって。 (05/03 22:59)

 

 立野幸雄の「越中文学の情景―富山の近・現代文学作品」によると、富山は、米騒動の発端の地。本書にて、暴走族(なる呼称)の発祥の地でもあった! 我慢強く慎重な気風の富山県人(個々人の個性差が大)。一旦 火が点くと爆発する。 昭和47年の騒動は、それはそれは酷かったらしい。(05/03 19:37)

 同じく上掲書によると、 あの海音寺潮五郎が、「日本名城伝」にて富山城を、熊本城、姫路城、大阪城、江戸城、仙台城などと共に、本書にて紹介してるとか。初耳。(05/03 19:14)

 立野幸雄の「越中文学の情景―富山の近・現代文学作品」を読んでて、父の蔵書に翁久允の書のあることを思い出した。父の書斎で翁の本を見つけ出す。それが、これ:翁 久允著『廓然無聖―碧巌録の禅師達』 (1960年) (真・正・愛運動叢書〈第4輯〉)

 さすがに昭和35年の本だけあり、立派な箱入り。 (05/03 23:55)

 

 同じく立野幸雄の「越中文学の情景―富山の近・現代文学作品」によると、後(うしろ)立山の針ノ木峠は、嘗ては文人の軽井沢だった。泉鏡花、大佛次郎、長谷川如是閑、窪田空穂…… (05/03 23:21)

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