「みだれ髪」の歌詞は万葉集の歌を踏まえて
← 桜木紫乃/著『光まで5分』(光文社文庫) 「北海道の東の街から流れ流れて沖縄にやってきたツキヨは、那覇の路地裏にある「竜宮城」という店で体を売っていた。(中略)直木賞作家が沖縄を舞台に描く挑戦作!」
午後、軽く庭仕事。庭木の惨状を見て回ったり、カーポートの隙間からの雪解け水の垂れ零れをどうやって防ぐか思案に暮れたり。カーポートの屋根の状態を観るため、久々に脚立に登った。ギックリ腰をやった時は、こうしてまた庭を見て回れるとは夢にも思わなかった。が、同時に、この先は今までのようにはいかないという感懐も深く抱いた。(02/11 19:30)
腰痛のほうは快方とまではいかないが、痛くて椅子から立ち上がれないってことはない。除雪もできている。でも、恐々なのは相変わらずだが。ま、一週間は仕事ができたので最悪期は脱したと思っていいか。腰の養生のためにも、読書は机に向かい椅子に座り、背筋を伸ばして、を心掛けている。 (02/08 22:44)
桜木紫乃作の『光まで5分』を今朝未明読了。大半を仕事の合間に。初めての作家だが、読ませる。吾輩は女性作家の小説を読むのが好き。女性の心情の機微もだが、セックス…特に風俗など男性の勝手な欲望に晒される女性らの真情に少しでも迫った記述が欲しい。作家は北海道育ちで北海道を舞台の作品が多いらしいが、初の沖縄作品。
「北海道の東の街から流れ流れて沖縄にやってきた」語り手のツキヨは、「那覇の路地裏にある「竜宮城」という店で体を売っていた」という設定。男が描くと思い入ればかりが先行して、それただのセンチだよねと突っ込みを入れたくなる。女性なら安心? ツキヨは幼いころ義父に弄ばれる。が、幼い彼女は楽しい遊びとむしろ積極的に受け入れている。心の傷のはずが傷になりえない。ここがこの小説のポイントであり、作家の物語する発想の根っこだろう。義父は勤めていた小学校を女子トイレ盗撮事件で辞め、停職処分が終わった翌日自殺。最後までツキヨと<愛欲>に塗れて。ツキヨのソコは救いの場だったのか。義父や関係を許した母へのただの恨み節や憎悪感に陥ることもできない。
流れ流れて沖縄…那覇へ。都会ではなくツキヨのことを誰も知らない彼女からしたら僻地へ(沖縄は都会からの観光客が多いし、女を買いに来る男も多いはずだが)、少しでも暖かいところへ。既に三十路で体を売れるのも先が見えている。その沖縄で見つけた場は、様々な人間の吹き溜まり。宙ぶらりん。誰ももうこれ以上行き場がない。仲間たち?に囲まれ、居心地がいいかのように感じる。周りが傷を負った人たちばかりだからこその不思議な揺蕩い感。このままでもやっていけるのかもしれない…。
こうした小説でしばしば隔靴搔痒の感を覚えさせるのは、大概の小説がそうだが、書き手に何処まで自ら癒えない傷を負っているか見えないこと。所詮は書き手の題材じゃないのかという不信感めいた情が漂ったりする。作り事なんかに騙されないぞという読み手の用心深さ…怯えなのかもしれない。その点、本作はツキヨは海まで光まで5分でダイブできる、生と死の狭間に漂ったままでいる感は、最後まで嗅ぎ取れていた。解説は海原純子(うみはらじゅんこ)氏。嘗てテレビでも活躍していた心療内科医。解説も作品の読みに参考になる。(02/11 19:25)
← トゥオマス・アイヴェロ【著】『寄生生物の果てしなき進化』(セルボ 貴子【訳】草思社) 「北欧の気鋭の生物学者が、進化生物学の観点に人類史を交えて、ウイルス学、細菌学、寄生虫学の垣根を軽々と越え、寄生生物の壮大な進化の旅について語りつくす」
トゥオマス・アイヴェロ著の『寄生生物の果てしなき進化』を読み始めて五日目。著者は、ムーミンとサンタクローズの国フィンランドの生態学者、進化生物学者。ネズミと寄生虫のエキスパート。訳者は、フィンランド在住の通訳・翻訳・コンサルティング業に携わる方。ムーミンについての訳書がある。(02/09 03:23)
解説は、公益財団法人 目黒寄生虫館。東京在住時代、何度となくその建物を横目にした。なんとなく気色悪い。中学だったかの理科室の寄生虫の標本の入った瓶の数々の印象が残っているからか。当時は未だ、サナダムシとかはリアルな懸念の対象だった。お尻にシールを貼って、寄生虫がないか検査したような。
解説には倉持利明氏も。同氏は、南極地域観測隊員だったことも。目黒寄生虫館の館長。専門は寄生虫の分類と動物地理学で、中でも海産魚に寄生する吸虫類の研究とか。我輩、寄生虫は嫌い。なんとなく冬虫夏草を連想する。不気味。でも、寄生虫のことを知りたい。
余談だが、録画でシネマ「遊星からの物体✕」を観てた。途中で怖くなって見るのやめた。中学生のころ、SF少年だった吾輩は、このSF小説を読んだ。面白いというか、怖かったのを覚えている。今から思えば、エイリアン物の嚆矢だったのか? (02/09 03:33)
本書の著者によると、アスクレピオスの杖は、杖に蛇が巻き付いている。通説は蛇だが、ギニア虫だという説もあるとか。それほどこのギニア虫の退治は厄介で大変だったので、その退治が出来たのは快事だったのだ。当時も既にアスクレピオスの近隣にはこういった寄生虫が蔓延っていたらしい。(02/11 11:33)
← 『口訳万葉集 (上)』(折口 信夫 著 解説=持田叙子 岩波現代文庫 )「折口信夫は,『万葉集』の全体を当時の読者にも親しんで読めるようにした.さらに口述による現代語訳で古代の人々の思いが籠った歌を直に味わうという,画期的な試みをおこなった」
折口信夫の『口訳万葉集 (上)』を相変わらず詠み続けている。九日、ふと気づいた。
美空ひばりの名曲「みだれ髪」(詞:星野哲郎、曲:船村徹、歌:美空ひばり、昭和62年)の歌詞:「春は二重に巻いた帯 三重に巻いても余る秋」は、万葉の歌人、大伴家持の短歌 「一重(ひとえ)のみ 妹(いも)が結びし 帯をすら三重(みえ) に結ふべく 我(あ)が身はなりぬ」を踏まえていたと、昨日 (九日)気付いた。二十数年に詠んだときは気付かなかった? (02/10 01:56)
作詞家の星野氏は、大伴家持の相聞歌をも素養にしてたんだ。美空ひばりの復帰作だから力を入れたんだね。曲そして歌唱を含め稀代の名曲だと思う。 (02/10 02:01)
さすがに与謝野晶子作の処女歌集『みだれ髪』は意識していないか。
30日に一度の内科医院 通院日。昼前、やっと起き上がれた。外を見る。天気も悪いし、翌日にするかと、カレンダーを見たら金曜は休日。しかも、木曜は午後は休み。行くしかない、いつ行く、今でしょってことで、雪の中を車で。閑散。コロナ禍で患者 少ない? (02/11 00:53)
雑誌を捲りながら診察を待つ。先生、電話してる。様子からすると、熱などの症状からコロナを疑って、病院の外から電話してるようだ。急に慌ただしくなった。別のルートで診察かな。我輩…通院患者への説明は一切ない。
吾輩の診察はすんなり。血糖値なども良好で、先生は機嫌がいい。過日のギックリ腰を伝えた。念のためにと 痛み止めを処方。(02/11 00:58)
富山市の雪はベタ雪。積もらない。ただ、冷えてきて夜は路面など凍結。車で走ると怖い。歩くのも怖い。早く帰りたいよ~。(02/11 01:00)
翌日は、晴れて雪解けも進んだ。食べ物の確保は選ばなければたっぷりなので、買い物へも行く必要なし。(02/11 19:35)
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