« 新しい「雨水利用システム」 | トップページ | 野鳥撮影の叶わないわけは »

2022/02/15

東京タワーは東京のろうそく

731 ← 青木冨貴子/著『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く―』(新潮文庫) 「731部隊の闇は戦後も続いていた。太平洋戦争中に生体解剖やペスト菌による非人道的な実験を行った細菌戦部隊。残虐な行為に手を染めながら、なぜ彼らは戦犯とならずに済んだのか。そこには隊長・石井四郎とGHQの驚くべき駆け引きがあった」

 ワンセグで服部百音のヴァイオリン演奏(協奏曲)を。音楽にも疎い我輩は初視聴。作曲家 服部隆之の娘、服部克久の孫娘、服部良一の曾孫、バレエダンサーの服部有吉の従姪であるとか。大河の真田丸にも関係。美人。録画しとけば良かった。(02/13 21:38)

  北京オリンピック……どこまでも~♪ のあとの歌詞が何度聞いても聞き取れない。 (02/15 19:32)


 15日読了。仕事の合間に読むには重い本。が、さすがに力作だった。著者の青木氏は、「1984年渡米し、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める」といった経歴のある方。着実な調査に基く書ということで案して読める。(2022/02/15)
 本書を手にする前は、森村誠一の「悪魔の飽食」じゃないが、捕虜たちを人体実験する、おぞましいさまがこれでもかと描かれる扇情的な本かもと心配していた。そんな類いの書ではなく、人体実験を伴う細菌兵器開発研究と実戦での使用の確認作業、それ以上に関わった数多くの医者らへのインタビューなど、まさにドキュメントの記録の書だった。兎に角一次的エビデンス……なんと言っても当事者たる陸軍の軍人や医者の探索が胆。
 メモりたいことがあまりに多い。唯一、石井部隊関係者が戦犯を免責されたのは、彼等の研究成果をソビエトに渡さないこと、なかでもまさに研究成果自体の貴重さにあった。アメリカは、自らが手を汚して人体実験するわけに行かず(← 表向きだろうが)、やってしまった石井部隊の悪魔の所業の成果が欲しかった。実際、朝鮮戦争で細菌兵器を使用した。
 ミドリ十字と731部隊のつながりなど日本の医学界の闇が少しだけ見えたり。戦争のために成ったミドリ十字に 命の尊厳など無縁。今は違うと思いたい。(02/15 02:20)
 本書の中でも「731部隊の医師の一部が戦後国立感染症研究所を作った」などの記述がありました。現場を知らない(関心の薄い)政府に繋がる感染症研究所員と、現場で患者らと対応する医師や保健所、介護現場との乖離はひどい。(02/15 21:26)

  「亀井貫一郎は、東京帝国大学法学部卒で外交官として数年間アメリカで過ごした。サンダースが増田知貞大佐の尋問をしたとき通訳を務めている 。社会民衆党の衆議院議員として活躍したこともあったようであるが、戦時中は大政翼賛会の東亜部長を引き受けたり、東条首相の同意を得て「財団法人聖戦技術協会」を設立したりしたという。(02/14 02:03)

 石井らの戦犯石井らの免責に深く関与した謎の妖怪。(02/14 02:04)

  戦後処理に関連して東京の(我輩にも)馴染みの地名が出てくる。今日は白金三光坂のハットリハウス。それがなんと我輩が一時暮らしていた高輪の8階建てのアパートから間近だと、いま知った。塀に囲まれているし、我輩は素通りしてた。ブラタモリの白金篇で紹介されてたかな。(02/13 19:42)

Nattou ← 画像・情報は、「JAL、能登半島上空で採取した納豆菌使用の「そらなっとう」提供 - TRAICY(トライシー)」より。「そらなっとう | 金城納豆食品|石川県白山市の納豆メーカー

 「日本航空(JAL)は、能登半島の上空3,000メートルで、金沢大学・牧博士が発見し、三井物産の協力で採取に成功した納豆菌を使用した「そらなっとう」を、ビジネスクラスの機内食で提供する。 地元石川県の金城納豆食品が、採取した納豆菌と石川県産のエンレイ大豆を使用して納豆を開発。たれも地元産の大野醤油とこだわった。」 (02/14 12:55) 富山を含む北陸で春一番。今夜半からは雪。また数十センチ積もるとか。(02/15 19:27)
 いま読んでる牧 輝弥著の「雨もキノコも鼻クソも大気微生物の世界―気候・健康・発酵とバイオエアロゾル」にて知った。まさに、バイオエアロゾルから納豆! (02/14 12:58)

 過日、小松空港を飛び立って間もなく沖合いに墜落したF15戦闘機。昨日だったか、遺体の一部(らしきもの)が発見されたとか。二人の遺体、早く見付かりますように。あと、突然の墜落の原因の究明が待たれる。(02/14 01:34)
 二人目の遺体も発見されたとか。痛ましい。原因究明が待たれる。 (02/14 13:03)

 

 。
Tower_20220216144601 ← 先程から読み出した紗倉まな作の「最低。」にて、東京タワーを「東京のろうそく」だって。確かにスカイツリーが出来てから、東京タワーが一身に背負ってきた、東京のシンボルでなきゃという責任感……使命から若干 解放されて、「東京のろうそく」になったと思えなくもない。画像は、東京在住時代に、芝公園の歩道橋から撮ったもの。(02/14 02:59)
 

 折口 信夫による『口訳万葉集(上)』 (岩波現代文庫)を既に二週間近く読み続けている。関連する話題がローカル局のテレビや新聞で…
万葉歌碑の魅力発信 高岡市 観光振興協 モデル事業に:北陸中日新聞Web」によると、「高岡市は今月から、日本観光振興協会(東京都)が進める地域ブランド開発推進事業のモデル事業として万葉歌碑魅力発信プロジェクトに取り組む。万葉集を観光に活用する事業で、全国で最初に同市が選ばれた。」(02/13 12:08)
「市は、万葉集を編さんしたとされる奈良時代の歌人大伴家持(おおとものやかもち)が越中国守として赴任した地であり、市内には万葉集の和歌を刻んだ歌碑も多い。」(02/13 12:08)
「「万葉集全20巻朗唱の会」や「越中万葉かるた大会」などを催す高岡市の「万葉のふるさとづくり」の取り組みが、市民の万葉集への愛着や浸透につながっていると評価された。」(02/13 12:09)
 ここでも何度となく呟いたが、「高岡は万葉歌人の大伴家持が越中国守として5年間赴任した地。万葉集には家持が在任中に越中の四季折々の自然や景色を詠んだ223首が載」っている。旅人など大伴一族を合わせるとかなりの数。(02/13 12:15)
 高岡市は、富山市と並ぶ富山県の中核市。ただ、富山市は実業の街。高岡市は伝統と文化の分厚い街。金沢に匹敵する。我輩に素養がないのを、富山市生まれのせいにするのは気が引ける(責任転嫁)。ただ、高岡市の住人を羨望と嫉妬の目で見る…… (02/13 14:56)
 そういえば、お袋は高岡市生まれ。富山市の父の家に嫁いできた。お袋曰く、都落ちの感深く、暗澹たる気持ちだったそうな。文化的にもだが、お袋の田舎のほうが遥かに豊かだった……お袋は彼女の田舎(高岡)じゃお姫さまだったんだもの。(02/13 15:00)

 

|

« 新しい「雨水利用システム」 | トップページ | 野鳥撮影の叶わないわけは »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書評エッセイ」カテゴリの記事

近代・現代史」カテゴリの記事

恋愛・心と体」カテゴリの記事

写真日記」カテゴリの記事

ツイッター」カテゴリの記事

読書メーター」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 新しい「雨水利用システム」 | トップページ | 野鳥撮影の叶わないわけは »