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2021/08/04

辛い夢を見た

Hesse_20210804111101 ← ヘルマン・ヘッセ 著 /フォルカー・ミヒェルス 編『庭仕事の愉しみ』(岡田朝雄 訳 草思社)「庭仕事は瞑想である。草花や樹木が教えてくれる生命の秘密。文豪ヘッセが庭仕事を通して学んだ「自然と人生」の叡知を詩とエッセイに綴る。自筆水彩画を多数挿入」

 

 新型コロナ……中等症は自宅で……棄民政策だな。コロナ対策の失敗のツケを国民に回してる。オリンピックを中止して、医療資源を一般に振り向けるべきだろう。
 現場を無視して突然の方針転換。まさに場当たり行政だ。オリンピックの宿泊施設を新型コロナ陽性者に。

 今朝起きた時に見た夢は辛いものだった。何処かのビジネスビルのあるフロアー。私は何かの咎(とが)があって、社内のみんなに責められさげすまれ、苛められ辞めるよう迫られている。誰も私の言い分など聴く耳はない…。 

 ヘルマン・ヘッセ 著 /フォルカー・ミヒェルス 編『庭仕事の愉しみ』を未明というか、夜半過ぎに読了した。ほとんどを仕事の合間の楽しみに読んできたが、残り少ないので、あとは自宅で。
 ヘッセ作品は、主に若いころ、『車輪の下』『デミアン』『シッダールタ』『荒野のおおかみ』などといくつかは読んだものだ。中でも『荒野の狼』は若いころ、ほとんど座右の書だった。四半世紀を経て読んだ際には、もう、当時の興奮は感じられなかった。若いころにこそ読む本というのはあるのだろう。
 ヘッセは詩人。が、吾輩はそういう面には感応しなかった。自分には詩人の資質はないということだろう。読書メーターでの呟きで、ヘッセに本書があることを偶々知った。庭仕事をする作家。偏見に近い常識だと、もう、書く作家、戦う作家としては現場を退いたという評価につながりやすい。実際、ドイツでは、庭仕事姿のヘッセがシュピーゲル誌に載り、あいつはもう終わった作家という評価が一時期定着したという。が、ヘッセは親からちゃんと育てたら自前の野菜で暮らせるほどの畑をもらったことがある。さらにヘッセには重篤な眼病が持病としてあり、根を詰めて執筆すると眼病が悪化する。そうした際には庭仕事をして目を休めていた。庭は好きな場であり癒しの場でもあったのだ。本書を読んで、嫌々庭仕事している、精々体力の維持のためにやるんだと自分に言い聞かせている、そんな自分への薬になればという魂胆があったが、そんなやわな精神では本書を堪能することはできないと痛感させられた。

 

Photo_20210804113101 ← ショーン・キャロル【著】『量子力学の奥深くに隠されているもの―コペンハーゲン解釈から多世界理論へ』(塩原 通緒【訳】  青土社)「物理学は1927年以来危機に瀕している。量子力学には明らかにおかしな点があるが、それを無視され続けてきた。そのおかしな点を解決するため、著者は大胆かつ理知的に多世界理論で宇宙を見ることを提唱する」

 

 カリフォルニア工科大学教授(理論物理学者)であるショーン・キャロル著の『量子力学の奥深くに隠されているもの―コペンハーゲン解釈から多世界理論へ』を少しずつ読んでいる。翻訳されているし、数式は使われていないからポピュラーサイエンス本だろうが、かなりレベルは高い。内容はハード。正直、量子力学の観測問題における解釈の一つであるエヴェレットの多世界解釈は、自分の中では際物扱いであり、既に物理学史の中で言及されるだけという認識だった。が、本書を読んで、ほとんど理解が及ばないながら、説得されつつある。

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