コンクリートの用水路をホタルの宿へ ! ?
← トマス・ピンチョン 著『重力の虹 2』(越川芳明/佐伯泰樹/植野達郎/幡山秀明 訳 文学の冒険 1993 国書刊行会)「発表以来、轟々たる賛辞と非難の嵐をまきおこした天才作家トマス・ピンチョンのスーパーフィクション・第2巻。混沌と破壊の支配するヨーロッパの荒野をひとりゆく、われらが〈ロケットマン〉スロースロップの探求はつづく」
明日は休み。なので庭仕事とことん。ピーカンの夏の晴れ。過日、親戚が墓参りしてくれた。なのでまず墓掃除。びっくりしたのは、墓の前の通路の草むしりがされていたこと。誰がしてくれた? ついで草むしり。納屋に溜まってる枝葉の整理。今日のメインは、用水路の水草取り。用水路に土が溜まり、水草が生え放題。
用水路は排水路でもあり、生活排水で汚染されている。水草は有害な物質も吸収しているはず。なので水草は堆肥には使えない。網の箱で乾かし、後日 燃えるゴミに出す。
作業の途中、冷たい水を少々。作業後、シャワー。そして、水をたっぷり。やっぱり 水は美味い。
蚊。蚊にも縄張りがあるのか、場所によって五月蝿いほど集ってくる。が、ちょっと離れると気にならない程度に。作業中、揚羽蝶が出没。姿 撮りたかった。
我が家の墓のある墓地には、高名な一族の墓がある。家老格の家。代々の立派な墓。が、今日 観て驚いた。まるで放棄されたように荒れている。他の場所に移された?
余談だが、用水路を泥の溜まり放題にし、水草の生え放題にすることも一興な気がする。今のコンクリートの水路が泥や雑草に埋まれば、いつの日かホタルの舞う光景が出現するやもしれないではないか!
トマス・ピンチョン 作の『重力の虹 2』を今朝(18日)未明読了。
関連して、数年前読んだロベルト ・ボラーニョ作の『2666』に付した感想を書き替えた:
「第二次世界大戦を含むおよそ一世紀にわたる悪と暴力の歴史を織り込みながら、今なお続くメキシコ北部での女性連続殺人事件というアクチュアルな問題をあぶり出す」というもの。すごい作品だった。中南米文学の代表作だろう。生前に公刊されていたら、ノーベル賞に値する。でも、真価を本当につかむには、再読が必要。ピンチョン(重力の虹)やマルケス(百年の孤独)、莫言(豊乳肥臀)、レム(完全な真空)さらにはアジェンデ(精霊たちの家)など、文学表現に限界はないだろうことは感じてしまう。
← ロベルト・ボラーニョ 著『2666』(野谷 文昭 やく /内田 兆史/久野 量一 訳 白水社) (画像は、「2666 - 白水社」より) 「現代ラテンアメリカ文学を代表する鬼才が遺した、記念碑的大巨篇」だとか。ラテンアメリカ文学は、依然として輝いている。読み始めて数日。ようやく300頁を越したところ。いよいよ、異常な犯罪多発を扱う章に入る。カバー画は、ジュール・ド・バランクール 拙稿「ボラーニョ 著の『2666』の世界の真っただ中」など参照。
さて、トマス・ピンチョン 作の『重力の虹 2』である。
本作品は、ロケットを巡っての物語である。第二次世界大戦末期から終戦直後にかけてのヨーロッパが主な舞台。「中心となるのはアメリカ軍中尉タイローン・スロースロップ。行く先々で女と関係を持つスロースロップには、セックスした後にV2ロケットが落下するという秘密があった。その秘密を知る組織の面々はスロースロップを監視し、様々な仮説を打ち立てる」という荒唐無稽な物語。大戦中、ナチスドイツは、ヴェルナー・フォン・ブラウンが中心になってV2ロケットを開発実用化した。ロケットの威力はすさまじく、戦後はアメリカなど世界各国がロケット技術の開発にしのぎを削った。やがてミサイルに、ついには宇宙ロケットへつながるわけである。本作品の時代にはなかったがGPSやドローン、AIの進展はすさまじい。AI戦争し、破壊する対象を決定する。そこに憎悪の情念さえ皆無である。必要なら命令した当の己をも滑らかに消し去るだろう。折しも民間の宇宙ビジネスが始まった:「ついに始まった宇宙旅行!「宇宙旅行ビジネス」の現状とその費用、企業紹介 | 宙畑」 宇宙空間すら資本の思惑にどっぷり浸かってしまう。見上げる空は金持ちが所有する彼らだけのパラダイスなのである。
軍事産業の肥大化は世界に重すぎるほどに圧し掛かっている。それはペンタゴンなどの巨大政府組織が政府や政権をも圧倒する…ような幻想を抱かせている(軍事や政治のトップがドン・キホーテ以上の狂気に駆られていないと誰が保証してくれるだろう)。化粧やファッション業界などは流行を演出することで個人の嗜好をも左右している。政治的プロパガンダは日常的に横行している。我々は自由だが、自由だと言う幻想を信じているだけだ。本作品でのロケットマンは、我々自身のデフォルメだろう。「今日において、わたしたちが自分ならではの理解、自分ならではの判断、自分ならではの欲望と思い込んでいるもののすべてが、あらかじめ高度資本化されているフィクションの上に仮構された屋上屋だったとしたら? そしてじっさい、昨今の戦争報道では映すものも映されるものもV2ロケットの末裔であるというのが、今日のわたしたちの無意識を、わたしたちの「人間性」を構造化している政治的現実なのである」(巽孝之解説 p.491)ジョイス仕込みの言葉の遊戯で猥雑で卑猥で笑い声さえ掠れる滑稽な人間の諸相。
正直、ほとんど分からない記述に翻弄され続けた。人に本書を説明しろと言われても出来ない。それでもどんでもない世界を体験したという実感は与えてくれたのである。
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