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2020/08/24

漱石と猫と鼻

Soseki2 ← 『夏目漱石全集〈2〉』 (角川書店 1973年) 「吾輩は猫である」を収録。

夏目漱石全集〈2〉』 (角川書店 1973年)を読んでいる。1995年頃、古本市で買った全集本の一冊。この度読むのは2冊目。本巻は、「吾輩は猫である」を収録している。面白い。実に面白い。今回で3回目だが、これまでになく楽しんでいる。多分、自分に厳しい、妥協を許さない性分の漱石。それがここまで書けるのは、自己分析の能力が高いのと、江戸文化である諧謔というか滑稽のセンス。それを自分の周りにも、そして特に自分に適用できるからだろう。徒名のセンスは人を見る目のセンス。読む人を楽しませるセンスも含め、漱石の傑出した才能が横溢しているよ。

 ところで、本作の中で、金田 鼻子(はなこ)なる夫人が登場する。奇妙な名前? それもそうである。「寒月と自分の娘との縁談について珍野邸に相談に来るが、横柄な態度で苦沙弥に嫌われる。巨大な鍵鼻の持ち主で「鼻子」と「吾輩」に称される」といった夫人。「鼻が大きくて「鼻の圓遊」と呼ばれた明治の落語家初代三遊亭圓遊にヒントを得て創作されたという説がある」とか(「吾輩は猫である - Wikipedia」より)。
 小説の中で、哀れにも金田夫人は、「鼻だけはむやみに大きい。人の鼻を盗んで来て顔の真中へ据え付けたように見える。三坪ほどの小庭へ招魂社の石燈籠を移した時の如く、独りで幅を利かしている」と、評されている。この夫人を巡る話題は十頁以上も続く。
 こうした逸話は、何処から着想されたのだろうか。辛辣ぶりからすると、漱石の周辺に余程気に喰わないモデルとなる人物がいたのだろうかと詮索したくなる。
 一説は上記した。せっかくなので、世界の文学で「鼻」絡みの作品を幾つか示しておく。いずれも有名なもの。

◎「鼻 (芥川龍之介) - Wikipedia」によると、 「鼻」(はな)は、芥川龍之介による初期の短編小説。1916年に発表。『今昔物語』の「池尾禅珍内供鼻語」および『宇治拾遺物語』の「鼻長き僧の事」を題材としている。
◎「鼻」は、1833年から1835年にかけて執筆されて1836年に発表されたニコライ・ゴーゴリの短編小説である。「八等官コワリョーフは自分の鼻が消滅している事に気が付いて戸惑いながらも探す為に新聞社に広告を掲載して貰おうとするが、一笑に付されてしまった。その後、彼の鼻は見付かり、病院に駆け込むが医師には治療を拒否されてしまう」(「鼻 (ゴーゴリの小説) - Wikipedia」より)。
◎ 1897年上演されたエドモン・ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」により名を知られた「シラノ・ド・ベルジュラック」は、「大きな鼻に悩みながら、一人の女性を胸中で恋い慕い続け生涯を終えていく、騎士道精神や正義感の強い男として描かれる」(「シラノ・ド・ベルジュラック - Wikipedia」より)。
◎「『ピノッキオの冒険』は、イタリアの作家・カルロ・コッローディの児童文学作品。1883年に最初の本が出版された。童話に出てくる木の人形、ピノキオはウソをつくと鼻が伸びることで知られている。「ピノッキオの冒険 - Wikipedia」「名著97「ピノッキオの冒険」:100分 de 名著」ディズニー映画の影響で「嘘をつく悪い子がよい子に生まれ変わる物語」 .とマイルドな児童文学に変貌しているが、実は奥深い物語のようだ。
◎欄外「ティコ・ブラーエ(1546年-1601年)はデンマークの貴族、天文学者・占星術師・錬金術師・作家。当時としては極めて正確かつ包括的な天体観測を実施したことで知られる。「ティコは若年期の決闘によって鼻梁を失い付け鼻(真鍮製)をしていた(「ティコ・ブラーエ - Wikipedia」より)

夏目漱石、負けん気の強い妻・鏡子と容姿の欠点を笑い合う【日めくり漱石/3月16日】 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト」によると、「漱石は4~5歳の頃、種痘(天然痘の予防接種)を受けたことから、却って天然痘(疱瘡)を引き起こし、かゆみに耐えかねてかきむしったせいもあるのか、鼻の頭に痘痕が残ってしまっていたのである」という。
 漱石の顔の痘痕面は有名である。実際には、鼻の頭の痘痕がコンプレックスの種だったわけである。同時に、負けず嫌いで且つ諧謔家の漱石だからこそ、己の欠点を茶化して見せる。そう、創作の原点とまでは言わないものの、件の箇所を書くエネルギーの源泉くらいにはなっていただろう。文学上の相関があるなら、漱石のことだから「鼻」を巡って中編くらいは仕立てたことだろう。
 いずれにしろ、漱石の身近にモデルがいたという説は却下しておきたい。本作では辛辣な描写に終始しており、漱石の性格からしても、小説でそんな形で仇を打つようなことは考えられない。

拙稿:「ゴーゴリ「鼻」の周辺

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