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2020/03/28

地道な内科治療の日々に戻る

251054 ← デヴィッド・クリスチャン / シンシア・ストークス・ブラウン / クレイグ・ベンジャミン 著『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか 宇宙開闢から138億年の「人間」史』(石井克弥/ 竹田純子 / 中川泉 訳 長沼 毅 日本語版監修  明石書店 ) 「最新の科学の成果に基づいて138億年前のビッグバンから未来にわたる長大な時間の中に「人間」の歴史を位置づけ、それを複雑さが増大する「8つのスレッショルド(大跳躍)」という視点を軸に読み解いていく。宇宙論、生物学、化学などの自然科学と歴史学、地理学、社会学などの人文社会学が融合した「新しい学問」、ビッグヒストリーのオリジナルテキスト」

 今日は午前、30日に一度の内科医院への通院の日。今回は、過日の膀胱結石手術の結果報告を兼ねて。相変わらず血糖値が高いが、手術結果の良好さに安堵されていたようだ。これからはまた地道な内科治療の日々に戻るわけである。

 デヴィッド・クリスチャン / シンシア・ストークス・ブラウン / クレイグ・ベンジャミン 著の『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか 宇宙開闢から138億年の「人間」史』を読み始めた。かなり浩瀚な大著。読み通すだけでも、かなり時間を要しそう。
 歴史というのは、本来は、「何かしらの事物が時間的に変遷したありさま、あるいはそれに関する文書や記録のことをいう。主に国家や文明など人間の社会を対象とする」(「歴史 - Wikipedia」より)もの。だとすると、文書や記録の残っていない過去は、従来は歴史の対象ではなく、せいぜい考古学などn対象であり、人間に引き寄せると神話の領域に属するはずだった。が、近代科学はその頸木を取っ払った。まさに、宇宙開闢から138億年の今日を総覧する歴史が可能になってきたのだ。歴史という認識の再考が迫られているわけである。
 ま、そんな肩肘突っ張ってないで、本書をトルストイの「戦争と平和」共々気楽に気長に読書ライフを楽しみたい。

Haku ← E・ナーゲル/J・R・ニューマン 著『ゲーデルは何を証明したか  数学から超数学へ』(林 一 訳 白揚社)「「数学は全く間違いのない世界」という常識を根底からひっくり返し,どんな数学体系も不完全であるとして思想界に大きな衝撃を与えた天才数学者ゲーデルの不完全性定理。この知の革命の意味を予備知識のない一般読者にもわかるようやさしく解説」

 E・ナーゲル/J・R・ニューマン 著の『ゲーデルは何を証明したか  数学から超数学へ』を読了。1968年初版『数学から超数学へ』の改題新装版。当時中学生だった吾輩は、数学に惹かれつつも、こんな本の存在など知る由もない。ただ、同級生が中傷代数が何とかと話していて、友人の話に感心するばかりだった。一方、「野火」の作家・大岡昇平が本書を読んで勉強していたとか。さすがに好奇心の塊だけのことはある
 ゲーデルが何をどのように証明したかについて、吾輩ごときが説明すべきでなかろう。ただ、「形式的に証明できない算術的真理が存在するという発見」を永久に知ることのできない真理の存在を意味するといった類の神秘的な直観を正当化する材料にしてはならないこと、さらに、筆者が示す以下の結論が大事だろう:
 

ゲーデルの定理は、人間の心の構造と能力は、かつて考えだされた生命をもたないどんな機械よりも、はるかに複雑、巧妙であることを示しています。ゲーデル自身の研究は、まさに、このような複雑さ、巧妙さのめざましい例なのです。それは創造的理性の力をおとしめるものではなく、まさしくそれを再認識する契機を与えてくれるものなのです。

 

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