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2020/02/05

八田橋(富山市)の架替はなぜに困難なのか

______a________20200205203601  ← 髙村 薫著『我らが少女A』(毎日新聞出版)「動き出す時間が世界の姿を変えていく  人々の記憶の片々が織りなす物語の結晶」

 富山県は、今年、冬の国体開催地。極端な暖冬で小雪の本年、関係者は開催を危ぶみ、雪を待ち望んでいる。今年一番の寒気が降りてきている。さて、山に待望の雪が降るのか。……里には降ってほしくはない。

 今日は健診。バリウムでの検査(撮影)で体力使い果たした。以前より撮影前に服用する白い粉は、オレンジ味があって呑みやすくはなってる。ゲップはダメってのが辛い。
 ちょっと説明が簡単すぎた。バリウム溶液を呑む前に、オレンジ味の粉末を口にし、何かの溶液で流し込む。その上で、中ジョッキくらいのバリウム液を呑む。つまり、秘密は、最初に呑むオレンジ味の粉末にあるのだろう。バリウム液の何か石膏のような呑み辛さを緩和してくれるようだ。

 髙村 薫作の『我らが少女A』を読み続けている。

 なかなかじっくり読めないでいるが、読み応えたっぷり。犯罪ものであり、刑事(捜査)ものでもあるが、人間ドラマでもある。恐らくこういう扱いなら現場の捜査員も、たかが小説と見くびったりしないだろう。高村さんの小説は初めて。なので、彼女の小説が皆、同じ手法なのか分からないが、小説のならではの特権を存分に行使している。そこに作者足る者の書き手(創作家)としての楽しみ(工夫や苦労を含めて)を堪能しているに違いない。
 その楽しみとは、作家が物語の作者であり、物語世界の神だということ。登場する人物全ての行動や心の動きを神の手の俎上に在るがごとく、それぞれの人物以上に精彩に描き出して(暴き出して)いく。勿論、読み手たる我々に対しては、ストリップチーズ風に真実の露見を存分に焦らすという意地悪(作者の至高の楽しみでもある!)をやっちゃってくれるのだ。案外とひねた、しかし生粋のエンターテイナーだね、この作家さん。

Sscn5147  ← 調査(?)観察のため、八田橋の近辺を見て回ったら、橋のたもとに床しい小路を発見。道の先が偲ばれる。(画像は、拙稿「由緒ある八田橋が危ない 」より)

 富山駅の大改修がこの数年続いていて、そのうちの大きなプロジェクトである南北の路面電車が会社統合の上、この3月に接続開通となる。
 規模的には駅の改修には比べるべくもないが、数年も続いている困難らしい工事が、駅から遠くない場所で行われている。
 八田橋での橋脚の架け替え工事である。八田橋は古くからの景勝の地。八田という名称は、とある著名な方が歌った和歌に由来する。
現地に設置してある案内板」には以下のように(詳しくは、拙稿「由緒ある八田橋が危ない 」参照のこと):

【八田橋の由来】 八田という名は、神通八景の一つである。 佳人墨客は風雅を楽しみ、神通川を中心として、処々近江八景になぞらえ、「釣する人の打つれて一本(ひともと)の松の嵐に晴行程(はれゆくほど)、八田の晴嵐(せいらん)(晴天の日立ちのぼる山気かすみの佳景)」を詠んだ、 前田利郷(としさと)は正甫(まさとし)の第七子で、剣道、書道、また歌学に長じていた。
(平成十一年 富山市)

富山市 八田橋と架替について
 さて、幅20メートルもない川に架かる八田橋の架け替え工事が五年以上を要するのはなぜ? ということで、7年前に続き、再度調べてみた。いくら何でもこんなに長い工事になるとは思いもよらなかった。どうやら平成通算で32年、つまり来年、完了するようである。

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