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2020/01/28

流動そのものが砂なのだ

1580203139167547 ← 今日は晴れ。午後の3時過ぎから庭仕事。庭の通路へのシート張りの続き。雑草退治のため、数年かけて砂利を撒いた。これでもかというくらいに。が、落ち葉が散ると、掃除が大変。砂利に落ち葉が紛れて、葉っぱを一枚一枚手で拾わないといけない。そこまで考えていなかった。思慮が足りなかった。なので、せめて通路にだけはシートを張っているわけである。が、なんと始めて30分もしないうちに雨が。あれー、である。鍔の広い帽子や作業着を着ていたこともあり、作業続行。シートが足りず、あと一息で頓挫。作業二時間ほどで汗だく。日も暮れてきたので、風邪を引きたくないし、山茶花の花びらの掃除を簡単に済ませて家に。急いでシャワー!

 今日は30日に一度の病院(内科)へ。血糖値の数値がよくて、先生、機嫌いい。先月は悪くて叱られた。数値(機嫌)、まるでジェットコースターだ。…それはともかく、来月(次回)もいい数値を続けたいものだ。

Flow ← フィリップ・ボール 著『流れ──自然が創り出す美しいパターン2』(塩原通緒訳 ハヤカワ文庫NF )「肉眼で見えないミクロの世界や刹那の瞬間を捉えたビジュアルと共に、最新の科学知識で自然の摂理を繙くシリーズ第二弾」

 フィリップ・ボール 著の『流れ──自然が創り出す美しいパターン2』を読了した。
 数年前、同じ著者による『かたち──自然が創り出す美しいパターン』(林 大訳 早川書房)に続いてのもの。単行本で読むつもりが、いろいろ読んでいるうちに遅れて、そのうち文庫に入ったので、これ幸いと入手。
 鴨長明の『方丈記』の有名な冒頭「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたはかつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし」や、本書の訳者あとがきでは、さらに安部公房の『砂の女』の一節「けっきょく世界は砂みたいなものじゃないか……砂ってやつは、静止している状態じゃ、なかなかその本質はつかめない……砂が流動しているのではなく、実は流動そのものが砂なのだという……」が引用されている。
「川の流れ、大気の流れ、砂の流れ、そして人や動物の流れ。」クラドニ図形や群れなす鳥や魚たちの見事なまでに整った集団行動、駅やコンサート、あるいは宗教的儀式に殺到する人々の動き。ゴッホの「星月夜」の画面に観られる謎の渦の正体は。クラゲの泳ぎや形は、水面に勢いよく流れ込んだ滝の水の為す形そのものではないか。あるいはダ・ヴィンチが生涯追い求めた川の流れや渦巻と女性のカールする長い髪の為す渦の形、葛飾北斎の描く逆巻く潮。流れのそこに潜む数学的物理学的パターンの法則、あるいは科学者の探求の手をすり抜ける自然の奥深さ。ただただ楽しむ読書だった。

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