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2019/05/01

子供の絵がいつしか

1556628645159730  ← いよいよ近日。野菜の苗を植える。ナス、キュウリ、トマト、カボチャ、スイカ。トウモロコシは、今年は諦めた。一度も収穫に成功したことがない……。 

 今日午後、我が愛車が脱輪。本年度は吾輩が町内のゴミ置き場(小屋)の当番。早速、責務を果たしたのだが、その際、狭い車道沿いに置き場があるので、車を隅っこに寄せようとして失敗、前輪(左側)を側溝に。余儀なく、JAFを読んだ。JAFを待っている間、近所の方たちだろうか、次々とやってきて、どうしたのとか、助けようとか申し出てくれた。有り難い極みである。

 JAFは、当初、来るのに一時間以上も掛かると言っていたが、何やらキャンセルが出たとかで、脱輪から30分ほどで来てくれた。

 作業は迅速だし、愛想がいいし、気持ちよく、車を走らせ、書店へ。今日は雨なので、畑仕事は延期と相成ったので、本を買いに行ったのだ。買い過ぎた。財布のカネが払底し、小銭入れのカネまで使い果たす羽目に。

 

 トウモロコシの失敗の歴史。収穫直前、鳥(か猫)に喰われた。成長の途中で枯れた。収穫の時期、忙しく、気が付いたら枯れ果てていた。かなりいいところまでいくんだけど。支柱やネットを被せたり、あれこれ小細工したんだけど。

 我輩は、それぞれ3株ずつ。種類も少ないからね。ところで、「マクワはキュウリの間に植えてツルを上にはわしてネット仕立てにする」というアイデアは、いただきです。さて、本日はまず、鍬かシャベルで土を起こさないと。今年は畑(野菜作り)をやめようかと迷っていて、遅れ気味。

 昨日、野暮用があって近所の家へ。玄関に入ってみると、正面の壁に額入りの絵が飾ってあった、その絵に目が。絵に迫力がある。ルオーのような、ゴッホ的でもあり、あるいは我輩の知らない画家なのか。あの絵、いいですねと云ったら、謙遜なのか我輩の眼をちゅっとおちょくるのか、あれは孫が描いたんですよと。驚いた。そのつもりで見直してみた……が、やはりいい! 子供の絵とは思えない迫力がある。

 子供……小学生になる前の子の絵には時に驚かされることがある、いや、あった! もう10年以上も昔、東京は大田区に住んでいたことがある。近所に旧大田区役所があった。蒲田に新しく作られることになり、旧のほうは解体されることに。現場にはフェンスが巡らされた。その壁面に(多分近所の)小学校生徒(低学年)の絵の数々が展示されていた。多くは小学生らしい作品で微笑ましい……と思ったら中にとんでもなく際立つ作品が。我が眼に飛び込んできた。東京在住時代は、月に最低一回は展覧会巡りをしてきた我輩である。

 展覧会巡り歴は、その当時で30年になっている。その小学生の絵は才能が際立っている。そうした才能の大半は学校での教育や世間の常識にまみれて劣化していく。常識や世知にたわめられていく。今でも悔やんでいるのは、街頭に展示してあったあの絵を撮影しておかなかったこと。デジカメは持っていたはずなのに、気の弱さと、ま、いいか、後でと思った判断の愚かさ。後はなかった。やはり、撮っておかなくちゃと思い、現場にもどった時は展示は終了していた。

 ちなみに、近所の家で見た絵も、撮影はしていない。デジカメは10年前にはカビの繁殖で使用不可になって以来、所持していない……が、スマホはポケットに入っていたのだが……。

51ooyn5x2il__sx350_bo1204203200__1 ← 大野 晋/丸谷 才一『光る源氏の物語〈上〉』 (中公文庫) 吾輩が読んでいるのは、古書店で買った単行本。今時、ありがたみの薄れた初版本。「19世紀中期フランスの作家スタンダールの、実際に起きた事件などに題材をとった長編小説である。1830年刊。サマセット・モームは『世界の十大小説』の一つにこの小説を取り上げている」とか。

 大野 晋及び丸谷 才一の二人の対談(討論)の書である『光る源氏の物語〈上〉』 を読了した。
 実に中身が濃い。物語としての面白さもさることながら、紫式部の本書を書く上での自負心の凄さを本書で教えられた。日本には、飛鳥時代から平安時代前期にかけての6つの史書が残されていて、これを六国史と読んでいる。

 式部は、これらの中でも有名だし重要な史書である『日本書紀』を鼻で笑っているという。あんなものは、(式部はこういう表現はしていないが)骨皮筋衛門に過ぎないという。中身、つまり、人間がまるで描かれていないからだ。ある意味、六国史に次ぐ重要な、まさに本物の史書だという自負心が式部にはあったらしい。

 さて、物語としても面白いし、書かれた年代から云っても、世界でも傑出した作品であることは言うまでもない。

 のだが、生憎、吾輩に本書も『源氏物語』についても、語るべき材料はない。まだまだ歯が立たない。ただただ、お二方の対談に聞き入るばかりである。上巻を読み終えた以上は、早速、下巻へと移る。

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