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2019/04/02

愛しのオクトパス

808_1 ← サイ・モンゴメリー著『愛しのオクトパス 海の賢者が誘う意識と生命の神秘の世界』(亜紀書房 ) 個性豊かなタコたちと、八本の腕と吸盤を通して交流を重ねるうち、著者は他者なるものが持つ「もうひとつの知性」の可能性を感じ始める。

 野生のタコは、ほとんどのメスは一度だけ卵を産み、餌を探すことすらせずに、つきっきりで卵を守る。母ダコは死ぬまで餌を食べない。卵が孵ると間もなく衰弱死する。好奇心満々の時期は短い。

 今日は風雨で、外仕事はパス。ただ、パイプ車庫のビニールシート(カバー)が一部、剥がれたので、その補修。あとはトイレ掃除。さて、元号が変わるという。国民統合といいつつ、専門家で決めるって、変。学識や古典じゃなく、国民の英知で決めればいいのに。

 国旗・国歌法案が成立した頃、園遊会で某有名棋士の発言に、陛下が強制は望ましくないと嗜めたり、日韓共催のワールドカップの頃、日韓関係がギクシャクした際、やはり陛下が高野某の事例を持ち出し、日本と韓国とのゆかりを述べられ、不穏な空気が緩和したことがあった。平和と共生を大事にする姿勢が素晴らしい。が、タカ派や右翼の連中には気に食わない言動だったろうことは、想像に固くない。

 どうして、エイプリルフールの今日、新しい元号を公表するのか。両者は全く関係ない。しかし、数十年来、今日は一部の間とはいえ、痴愚神礼讃の日として楽しむ日であるのは、衆知のこと。そこに敢えて大切な行事を持ってくる。政権は何か含むところがあるのか? ただの都合?

 さて決まった新元号「令和」。案の定、中国の古典ではなく、万葉集と、日本の古典から。現政権の連中は、よほど中国や朝鮮にコンプレックスというか負い目があるのだろう。ただし、万葉集を典拠にしたとはいいながら、さらに典拠を探ると中国の古典にたどり着く。

1554095489073892 桜並木の脇を通りかかった。信号待ちの間にパチリ。花曇り。急に(予報通りに)降ってきた。下の方に見える幟は遊覧船の発着小屋の旗。今週、晴れたら、見頃。既にこの桜並木には、車が列をなしていた。

270592 ← 蒲 松齢 作『聊斎志異 (上)』(立間 祥介 編訳  岩波文庫)民間伝承に取材した中国怪異文学の傑作.

 今日は朝から晴れ渡っている。が、次第に雨…雷…の予報。

 さて今日も車中では本書。似たような趣向の話が続く。似ているという印象を抱くのは、登場人物がキツネだったり(タヌキは出てこない。日本独特?)、老婆だったり、僧侶、権力者、妖術使い、そしてなんといっても欠かせないのが、女。絶世の美女。どうして普通の女性は出てこないのか。あるいは、登場してはいるのだが、読み手(我輩)の中で印象に残らないだけなのか。美男子が出てこないのは、書き手(編纂者)そして読み手が男だから無視しているのか。この世に二人といない美女。
 今の時代、映画やドラマで目にする機会が多い。但し、実物というと皆無。何処にいるんだ? みんな、金持ちや地位やある人、いい男のもとへ? ってことで、現代だって、絶世の美女を目の当たりにすることはない。万が一にも眼前に居たら、我が眼を疑う。

 さて、では当の本人は自らをどう思っているのだろう。美女や美男子は、住む世界が違っているのかもしれない。余程、自惚れか愚かでない限り、自分だって当たり前の一人の生身の人間だ、普通なんだと思いたいだろうが、周囲は黙っちゃいない、放っておかない。やはり、数奇な宿命を背負うしかないのか。

 ま、美に限らず、秀でた才能の持ち主は、その才能を使いこなせるか、翻弄されるかは、微妙なだろう。でも、黙っていたら、ただの人である。一方、美女、美男子という外見で歴然たる才人は、当人も周りも、ただでは済まないってことか。やはり、物語には美女。
 ただし、最近のドラマを見ても、美女だけじゃなく美男子も活躍している。男性が美女を好むように、女性は美男子を好む。今の時代で、聊斎志異が綴られるとしたら、美男子の大活躍となること必定。従って、我輩は無縁となり、読まないだろうことだけは明らか。
 石原裕次郎の名を挙げるまでもなく、昔から二枚目俳優は活躍してきたのは事実。ただ、歴然として違うのは、昔からの二枚目俳優は、男性が格好いいと思うタイプ。最近の二枚目は、あくまで女性目線。

1554172493703707 おっどろいた! 雪が降った。これが昨日なら、エイプリルフールだろって、笑い飛ばすところ。天気予報では降るとあったけど、どうせ山のほうだよと、受け流していた。四月に雪。昔みたいに、1メートルは当たり前に降っていた当時なら、四月の半ばに降ったって、まだ降るんだなーと、うんざりするだけだったろうが。
(書き忘れていたが)しかも、ウグイスが、朝の5時半、雪景色の中、鳴いていた。ウグイスも驚いたんじゃなかろうか。モー、ケッコウ!

 つい先日、富山県は大伴家持(「やかもち」では漢字に変換してくれない)が国守として赴任した地ということで、車中でお喋りしていた。「万葉集」の編者ともされる人物。(朧な記憶で書くが)「万葉集」の中には、家持自身の歌が470ほど入っている。その内の半数近く230ほどを富山にて作っている。惜しくも、大伴旅人ゆかりの福岡県太宰府が脚光を浴びているが、富山にも少しは注目してほしい。特に高岡市などは、毎年、万葉集の全ての歌を朗唱するイベントを開催している。たくさんの老若男女が参加。万葉線なんてローカル線が走ってる。

 毎年、3日かけて万葉集の歌、全てを朗唱する。新元号の発案者とされる中西進氏も毎年のように参加されている。中西氏は、高志の国文学館の館長でもある。同氏の本は何冊か読んだし、同氏監修の万葉集も書庫にあるはず。(大伴家持と中西氏)ゆかりを大事にする富山としては、イベント考えるでしょうね。

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