地球以外にも生命の星はある
← 阿部 豊【著】『生命の星の条件を探る』(阿部 彩子【解説】 文春文庫) 「東大の地球惑星科学の最先端の研究を初めて一般向けに書き下ろす」とか。
阿部 豊著の『生命の星の条件を探る』を読了した。解説をしているのは、奥さんの阿部 彩子氏である。
あまりに暇で昨日の待機中に半分以上を読み、残りは帰宅してから一気に。
生命の育まれた地球の環境を列挙すると、①地表に水があること。②大陸があること。③プレートテクトニクスがあること。④生命がいること。これでも条件を緩めにしたもの。生命体にはリンが不可欠とか、そのほか、生命が誕生し持続するには、様々な条件が不可欠となる。
そんなまれな条件が叶っているのが地球だから、というと、話はそこで終わる。そもそもそういった条件の中で現に生きている生命体の数々は進化してきたのだから。
では、まったく違う条件の惑星などで生命は生まれ得るのか、生まれたとして持続できるのか。
本書を読むと、かなり厳しいと(吾輩のような)素人は考えがち。
やはり、地球は奇跡の星なんだ、と。
一方、著者が指摘するように、科学の歴史は、人間は決して特別な存在ではなく、地球のパーツの一つに過ぎないことが分かってきた。天動説から地動説へ、地動説の中心のはずの太陽が天の川の端っこに位置するアリhれ他星の一つに過ぎないこと。地球型に限らず、惑星が銀河系の中だけでも(今現在分かっているだけで)数千個以上、あること、などなど。
近年の細菌の研究などから、人間はよく言って細菌と共生している…、というより、吾輩に言わせれば、細菌の数十億年の歴史のほんの一頁に我々が偶々生まれ合わせたに過ぎないこと。人間は、生命の歴史の中の、ほんのエピソードですらないのかもしれない(この辺りは、吾輩の人間観であり、生命観である)。
本書を読んでわかるのは、分からないことがあまりに多いということである。
生命の生存可能な惑星は、現在の地球のような星である必要は必ずしもない。
そうだとしても、生命の生存可能な条件を探り出すのは未だ困難なようだ。
ただ、著者は、「地球以外にも生命の星はある」と確信している。
本書は、むしろ、困難であっても、「地球以外にも生命の星はある」という信念を伝えたいがために書かれた本と言うべきかもしれない。
実は、迂闊にも小生は、著者の阿部豊氏が、既に亡くなられていること、しかも、難病のALSを発症していて、「本書の執筆にはたいへんな労力と時間がかか」っているのだ。
小生などは、車椅子の天才物理学者ホーキング博士のことをどうしても連想してしまう。
宇宙の数知れぬ惑星たちの中に、生命の星を探す困難への挑戦。
それは、難病と闘いつつも執筆したのは、「地球以外にも生命の星がある」という「信念」を「科学」に変える探求を応援し参加する人々を、本書を読んだ方々の中から出てきてくれたらという願いからでもあるようだ。
野菜嫌い:
吾輩は、五目御飯(や五目焼きそば)をしばしば食べる。格別、好きってわけじゃない。野菜嫌いの吾輩にとって、野菜を摂る苦肉の選択。
学生となって2食賄い付の下宿。最初の夕食でショック。たぶん、下宿の小母さんの持て成しの食事だったろうけど、吾輩には、ご飯以外に食べる部分がなかった。人参も玉ネギもシイタケもピーマンも大嫌い。辛うじて、白菜だけ食べられる。男の意地で食べきったけど、吐き気を堪えての、未だに忘れられない体験となった。
下宿時代の食事は、難行苦行。ご飯とみそ汁しか食べられるものがない! 肉類だけ食べて、あとは残したいと、どれほど思っていたことか。でも、下宿の二年間は、自分には貴重な体験となった。未だに野菜は嫌いで、スーパーでも素通りするが、それでも、目の前にあれば食べられるようにはなった。五目御飯を食べるのは、今も修行に近い。あくまで体のためを思ってである。
その自分が帰郷して、畑で野菜類を作るなんて、なんたる人生の皮肉だろうか。小さな畑だけど、親が遺した貴重な宝。畑のままに残していきたい。ただ、大きな声では言えないが、採れたナスやキュウリなどは全て人に(強制的に)提供している。だって、食べたくないんだもん。
目の前に畑という宝がありながら、惜しいことです。小さな畑なのに、数年前から、栗や杏、ネーブル、キウイフルーツなど、徐々に果樹を増やしています。果物なら食べるかと。まあ、これらも大半は、あげちゃう(食べきれないから)。ちなみに、柿や梅、ミカンなどは昔からあるので(1本か2本ずつ)、まじ、畑じゃなく、果樹園(⬅大袈裟)になりそう。
あと、ナスやキュウリなどは、浅漬けだったら食べられます(キュウリだと、生ならOK)。実際、毎夏、作っていて、冷蔵庫に常備。ところが、メタボだったりして、糖分も塩分も控えろと、栄養士さんに。浅漬けを作る意欲減退(そもそも、面倒臭がりってこともある)。と言いつつ、今日はキムチを買ってきた。
あおり運転:
今、テレビで車によるあおり運転で、追突によりバイクのライダーが死亡した事件が、殺人罪に問えるかが議論になっている。
吾輩の体験となるが、十年ほど前、恐怖の体験がある。北陸自動車道で帰省のため一路、バイクで郷里へ向かっていた。長いトンネルでのこと。追い越し車線を走っていたら、うしろからハイビームで急速に追ってくる車をバックミラーで確認。怖い。なんとか車線変更して走行車線に入りたかった。が、生憎、走行車線にはマイカーが何台も連なっていて、車線変更ができない。
ハイビームの車はどんどん接近してくる。吾輩は、已む無くスピードをげ、逃げようとする。いよいよ車はあとわずかというところまで。やがて、ようやくトンネルの出口が見えた。助かった! それに走行車線の車の列も途切れ、車線変更できる。と、赤色灯が明滅し始め、バイクを路肩に寄せなさいというマイクの声が。
ハイビームで煽ってくる車は、なんとパトカーだった。ハイビームのライトで、サイドミラーの像からは、眩い光しか見えない。しかも、赤色灯は、最後の瞬間に灯された。パトカーって、ああいう捕まえ方をするのか。そもそも、走行車線にマイカーの列がなければ、さっさと車線変更していた。でも、できない中、ハイビームで煽られたら、(結果的にスピードを心ならずも上げて)逃げるしかないじゃないか。ホントにやり方が汚すぎる。
やり口が汚いですよね。我輩は、一般車の列(数台)と警察車輌がグルだったんじゃないかと、未だに疑っています。
ボイラー不調:
冬の楽しみは、入浴。なのに、ボイラーの調子が昨夏からアカン。今日、作動させたら、一段と悪くなった。水(湯)が、チョロチョロとしか出ない。湯船にお湯が溜まる(体を沈めて肩まで浸る量だよ)のに一時間以上、かかりそう。溜まった頃には、ほとんどお湯、冷えちゃいそう。銭湯かなー。嫌いじゃないけど、雨だし、車。駐車場、いっぱいだろうなー。
誤字だ:
読書メーター、スマホで呟くことが多い。だからなのか(言い訳に過ぎませんが)、誤字が多い。アップしてから気が付いて、思わず、ご、ご、ご、ゴジラ…じゃない、ご、ご、5時だ…じゃない、誤字だ!と、叫びたくなる。
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