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2018/11/08

詩とは……マルクスの自殺論

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← ナボコフ【作】『青白い炎』(富士川 義之【訳】 岩波文庫) 「999行から成る長篇詩に、前書きと詳細かつ膨大な註釈、そして索引まで付した学問的註釈書のパロディのようなこの“小説”は、いったいどう読んだらいいのだろうか。はたして“真実”とは?諧謔を好んだ『ロリータ』の著者ならではの文学的遊戯に満ちた問題作」とか。

 今日も格安スマホへ切り替えるため、代理店のある店へ。手続が煩雑だし、店員の説明が雑。
 マニュアルに基づいてぺらぺらと早口で説明する。こちらが分かっているかどうかなど、どうでもいいってふう。
 そのため、余計な手間を取らされる。まだ手続きは完了しない。少なくとももう一度、店へ行かないといけない。

 でも、我慢、我慢。生活防衛のため、ひたすら我慢である。

 ナボコフ作の『青白い炎』を読み始めた。
 詩、そしてその注釈などと、極めて特殊な構成の本。吾輩は詩が(も)苦手なので、敷居が高く、買ってから2年も放置してきた。
 といっても、目の前の書棚にデーンと鎮座。いつまで放っておくのって睨んでいる。シェイクスピアの「テンペスト」を読了したし、今日(火曜日)から読み始めるよ。
 亡くなった詩人の遺稿を語り手が編集する。作家の村上春樹氏が母校に自らの創作の資料などを寄贈するという、その話題に絡めて本書を手にしたわけじゃないけどね。

Hotta

← 堀田善衛著『若き日の詩人たちの肖像 〈下〉』(集英社文庫) 「“しかと定めもつかぬ颶風が荒れ狂い、その風の吹くまま”右へ左へ流されてゆく若者たち。荒涼たる時代の空間をえがきだして、戦中の暗い時間の中に成長する魂の遍歴の典型をつくりだして、青春の詩と真実を生き生きと伝える自伝長篇完結篇」。

 戦争への傾きが強くなる風潮下の戦前の日本。言論人を始め、政治活動の指導者のみならず、疑わしいと見做される一般人がどんどん、つかまっていく。
 劇団や演芸でドさ回りしている女芸人も、法的根拠なく予防拘禁されていた。それが拘禁所から解放された。見る影もない姿で。
 拘禁所内で、彼女は、体が衰え、心も衰えていた。ついには自殺まで考えるように。もう、いいや、という投げやりの思い。
 当局は自殺されてはと、解放したのである。
 そうした思いを彼女は主人公に語る。

「もういいや、って思っちゃうのよ。(中略)視野が急に狭まって来てね、死んで楽になるっていうか、死ぬことだけしか見えなくなるの。変ねえ……」
(中略)
「それでね、お医者で眼がさめてからね、あれ、まだ生きていちゃったか、と思ったけど、次の日に落ち着いて来て、メタボリンの注射をうたれてから、やっぱりあたしね、マルクスって偉いなあって思ったの」
(中略)
 数年前、大島の三原山の火口へ飛び込んで自殺したり心中したりすることが、ほとんど流行のようにしてはやった、そのときに手伝いに来ていた帝大の学生に、
「なんであんなに自殺や心中なんかするんだろ、勿体ないじゃないの?」 
 すると、その真面目な学生が、マルクスには自殺論があって、そのなかでマルクスは、
「貧乏と病気が自殺の最大の原因なことはその通りだけど、それだけじゃない、って言ってるんだって。なぜかっていうと、暇のある金持ちや芸術家や医者でも自殺するからなの。それでね、マルクスはね、疲労とか、裏切られた愛情とか友情とか、野心の失敗とかね、なんの刺激もない生活とか、才能がいくらでもあるのに自殺するとかね、そういうのはね、人生を本当に愛していてね、その愛情そのものとか、生活の馬力そのものがね、人をいやになった環境から押し出してしまうようになる、って言ってるんだって。つまりね、強い愛情とか、第一、体力がないと自殺なんて出来ないわよ。丈夫な胃袋がないとね、大量の薬だったら胃が吸収も出来ないのよ。ほら、水泳で飛込みをやるでしょう、あのときのはね板程度の馬力と体力がなかったら、ね。それで、マルクスはね、自殺は不自然な行為だと言うのは間違っているって言ってるんだって。もし不自然だとしたら、社会全体が不自然だからで、その社会の自然のなかに自殺が自然に……なんていうのかな、あたしあの帝大の学生さんに聞いただけで自分で読んだわけじゃないから」
(本書p.191-2より。以下、略。)

 本書より転記した下りは、作者による創作なのか、虚構混じりではあるが、実際にあった会話であり、思い出が元になっているのか、真相は分からない。
 本書では、彼女から聞いたマルクスの自殺論をもとに作者は思考を巡らす、そこがまた堀田らしく面白い。
 問題は、マルクスに自殺論があるのかどうかである。気になる。何か、出典なり典拠があるのだろうか。

カール・ハインリヒ・マルクス(1818年5月5日 - 1883年3月14日)は、ドイツ・プロイセン王国出身の哲学者、思想家、経済学者、革命家」であり、資本論などの著者であることは言うまでもない。

カール・マルクス - Wikipedia」によると、「マルクスと(妻の)イェニーは二男四女に恵まれた」ようだ。
 次女ジェニー・ラウラは、「インターナショナル参加のために訪英したフランス人社会主義者ポール・ラファルグと結婚したが、子供はできなかった。ポールとラウラは、社会主義者は老年になってプロレタリアのために働けなくなったら潔く去るべきだ、という意見をもっていて、1911年にポールとともに自殺した」という。

 また、四女ジェニー・エリノアは、マルクスも可愛がっていた娘だった。が、「彼女はイギリス人社会主義者エドワード・エイヴリング(英語版)と同棲するが、このエイヴリングは女ったらしで、やがて女優と結婚することが決まるとエリノアが邪魔になり、彼女を自殺に追い込む意図で心中を持ちかけた。エリノアは彼の言葉を信じて彼から渡された青酸カリを飲んで自殺した」という。
 ということは、マルクスは娘のうち二人までも自殺という形で失っていたわけだ。
 
 ということで、残念ながらマルクスの自殺論の存在はまだ確かめていない。
 ただ、二人の娘の自殺という悲劇を体験していたことは事実のようだ。このことが、自殺論へ結びついたかどうかは、分からない。

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