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2018/09/20

庭仕事しつつゴーゴリ 著『ディカーニカ近郷夜話 後篇』へ

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→ 一昨年まで、竹竿や丸太などの農作業用部材置き場だった小屋があった。撤去し、防風用にと竹林や三重カナメなどを植えた。

 今日も庭仕事。3年前から庭の隅っこに山積みしてきた、伐採した枝葉の片付け作業。雨晒しだったので、まず、伽藍堂の農作業小屋に移動。小屋の中で乾燥させる。この移動作業だけで3日から4日。まして、燃えるゴミの日に小分けして出すのに何ヵ月を費やすことやら。

 今夏は、2ヶ月以上を費やして、積雪で倒壊した枝葉投棄サイロ(?)の中身の片付けだった。やはり、山盛りの枝葉を作業小屋に移動させ、乾かし、徐々にゴミ出し。本年は、昨年までに溜まった枝葉の片付けに半年を費やした年として記憶に残りそう。
 これに続いての、枝葉の山片づけ第二弾というわけである。

 それもこれも、人の良さ(?)が禍して、組合の役員を引き受け、つい私生活を犠牲にしてまで、真面目に務めた結果なのだ。しかも、自分の無能さもあって、全く不毛な活動に終わった。頭に来たので、組合を解散させた。

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← ゴーゴリ 著『ディカーニカ近郷夜話 前篇』(平井 肇 訳 岩波文庫 ) ゴーゴリ(1809‐1852)の処女作集。「これは明るく香わしい小ロシアの田園詩であり,永遠に歌い踊るウクライナ農民の笑いの交響楽である」とか。

 ゴーゴリが若いころ(22か23歳)に書いた作品。ウクライナの生まれのゴーゴリは、母らに郷里の風俗や伝説、果ては女性らの服装、結婚風景などを聞きまくり、民話風の話を仕立てた。
 ゴーゴリというと、『死せる魂』や『検察官』など、自然主義の作家というイメージが濃いが、本作は、極めて土俗的な、それでいて超自然的幻想味たっぷりの、ユーモアのある作風である。悪魔や妖女の類が民衆の間に普通に信じられている、そんな世界への馴染みがやがて、傑作「ヴィイ」に結実する。「ヴィイ」は妖怪ものでは、筆頭に挙げていい作品である。

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← ゴーゴリ 著『ディカーニカ近郷夜話 後篇』(平井 肇 訳 岩波文庫) 「いま,近郷夜話を読み終えた.これは素晴しいものだ! これこそ真実の面白さで,とり澄ましたりもったいぶったりしない自然のままの天真爛漫な面白さだ!」プーシキンの評である。

 前篇だけでも、のちの『ヴィイ』や『死せる魂』『鼻』『検察官』『狂人日記』につながる要素が濃厚だけど、後篇も楽しみ。今日から早速読み始めた。

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