いつの日かの「源氏物語」再読のために
今日も猛暑の一日。富山も例外ではなかった。
夕方近い午後の五時過ぎから庭仕事開始。昨日未明からのやや強い風で、松葉などがいっぱい庭に落ちていた。藪のような庭なので、近所のゴミが我が家の庭に舞い込んでくる。観音堂のおじぞうさん祭りの提灯さえも。吹き溜まりのような庭だ。
← ギュスターヴ・フローベール ほか著『愛書狂』(生田 耕作 編訳 平凡社ライブラリー ) 「19世紀フランス、古本道楽黄金時代のフローベール、デュマら名だたる書物狂いが遺した愛書小説アンソロジー」とか。
ギュスターヴ・フローベール ほか著の『愛書狂』を読了。
蔵書家でも愛書家でもない。ただ、本に限らず電子化が進む今日、少なくとも本については、可能な限り紙の本、表紙やカバーや、帯などのある本、装幀も含めた本を大事にしたいと思う。昨今の作家はともかく、昔の作家は、書籍の形で読まれることを前提に創作していたと考えられからだ。
翻って自分はと言うと、いつか自分だけの一冊を出したいと思っている。既に自費出版の形で出した本で、カバーなど装幀がお気に入りの本がある。内容については、未熟なること、否みようがないが。いつかは、内容・装幀共に得心のいくものをと期している。
蔵書とは言えないかもしれないが、父は糸綴じの冊子を多数、持っていた。定年退職後、俳句の趣味から篆刻にうちこむようになった。中国の古典が好きってこともあり、手先が器用だし凝り性なので、石に漢字を彫っていく緻密な作業が性にあっていたのかもしれない。文字は決まりきっているようで、その人なりの微妙な味わいが滲み出す。苦労して彫った篆刻(印)を和紙に押印する。一頁一印である。其れらに表紙を付し、糸綴じし、一冊の冊子とする。そうした、和書風な冊子が書斎や蔵など、あちこちに仕舞われていた。
誰も見ることのない遺書……遺された書……を、折々眺める。
悲しいかな、我が輩は父のいいところを何も受け継いでいないようです。粘り強さも繊細な神経も、手先の器用さはまるで。そもそも、父は生涯一つの職業でしたし、家族を作りました。我が輩は、根気もなく、婚期を逸しました。
我が輩は、よく言えば、試行錯誤そのものの人生です。ルソーの「告白録」が面白く感じられるのも、その一点が似ているからかも、なんて。でも、ルソーはひとかどの仕事を成しましたが、自分はさて……。
← 竹内 正彦【監修】『図説 あらすじと地図で面白いほどわかる!源氏物語』(青春新書インテリジェンス)
車中で折々読んできたが、間が開きすぎて、話が見えなくなる。与謝野「源氏物語」を今冬、読んだが、和歌が読み下し文なしで分からず、本書を参考にしている。次回、他の誰かの「源氏物語」を読む際、改めて読むとして、今回は、本書、さらっと読むことにする。
…ということで、本日(日曜日)本書を読了させた。近いうちに再読するかもしれない。
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