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2018/05/28

ハゼの木や漆取らずも目立つよね

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→ 表の庭の夾竹桃、開花寸前。これから秋口までは、白い花が咲き続けるはず。

 畑に植えた野菜の苗もほぼ定着したようだ。大方の春の庭仕事も目処がついつきた。この頃は、表や内庭の落ち葉拾いに取り掛かることが多い。雑草むしりも兼ね、落ち葉を拾うわけである。
 面倒なのは、松葉だ。大概の落ち葉は竹箒でサッサッと掃ける。が、松葉は少々厄介で、殆どは掃けるとしても、どうしても多少は残る。それも、大切な苔の地に刺さったり、潜り込んだりする。箒で強引に掻くように掃き取ることも出来なくはないのだが、それでは苔たちを痛めつけることになる。

 ということで、最後は手で、松葉を1本1本拾ったり抜いたりするはめになる。そうした作業を、中腰か蹲踞(ウンコ坐り)の格好でずっと続けるわけである。まあ、精々一時間ほどが限界。
 真面目? 根気がある? いやいや、実はそうじゃない。トイレのあとなどに、ちょっと気分転換のつもりで玄関の戸をガラガラと開け(ほんとにガラガラという音が出る)、庭を見回す。落ち葉が一枚二枚落ちているのが目に入る。最初はそれらを拾うだけのつもりなのである。その証拠に(?)、素手だし、裸足にサンダル。

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← 裏の内庭のバラ、満開。カーネーションみたいな小振りな花。鮮やかな赤紫の花が面する車道で目立っている。画像の色合いが貧弱なのが残念。

 当然ながら、庭仕事の時には心掛けている、麦わら帽子や首にタオル、長靴、手袋、マスクは着用しているはずもない。ああ、今日もやっちゃうかもナーと思いつつ、もうサンダルのままで庭に出てしまっている。蹲踞(?)の姿勢での一時間ばかりの作業が続くと、足も膝もガクガクである。
 なんといっても、手が泥だらけ。指の爪にも指紋の筋にも泥が刷り込まれている。わかっちゃいるのだ。せめて、手袋くらいは、玄関脇に常備してあるんだから、取りに行けばいいだけの話ではないか! が、それができない。

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→ 表の庭から裏庭に続く苧環の小道。いよいよ、サツキなどの小道へと移り変わりつつある。苧環さんたち、長らくありがとう。

 手袋をするとなれば、帽子も長靴も、あれもこれもとなり、本格的な作業となる。それだけは避けたい。ちょっとだけよ!のつもりなんだから、ちゃんとした格好なんかにしてたまるか、という男の意地があるのだ! この性癖は治りそうにない。お陰で足腰の鍛練だけは怠りなしである。

 ちなみに、今日(月曜日)は、庭木の剪定で二時間。今日も又、近所の方から苦情の出ていた、ウルシ科のハゼの木を、切ってくれと言われて、その枝葉を切るだけのつもりだった。
 が、いざ始めると、次から次へと車道へ食み出す枝葉が気になって、切っていく。気が付くと、二時間も。
 当然ながら(?)、裸足でサンダル、素手で高枝切挟みを駆使しての、日射を浴びながらの作業だった。

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← 松田 権六 著 『うるしの話』(解説=大場松魚 岩波文庫) 「本書は,漆聖とよばれた著者(1896-1986)がその体験を織り交ぜながら,漆塗りの制作工程や伝統的技法について語ったもの」とか。もう、半世紀も前に岩波新書で刊行された本。古い話にも耳を傾けたい。本日、読了。本文もだが、第二部の「漆とともに六十年」が面白い。数々の業績もあるが、志の高さ、生き方の潔さが印象的。

 右腕の腱鞘炎。原因については、車の運転姿勢の悪さ(腕に力が入っている)。最近、重い本を読む機会が多い。今、待機中の車中でふと気づいた。台所の水道の蛇口が緩んでいる。栓がすり減っているのか。水の滴りを減らそうと、蛇口をひねるたび、右手で力いっぱいひねる。もう、二年余り。
 遅まきながら、腱鞘炎の原因に思い至った以上は、対策を考えないと。蛇口をひねるのは、できるだけ左手でと心掛ける。

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