ヴォルテール パスカル「パンセ」を論評する(上)
→ 裏庭の梅の木、満開続いてる。吾輩以外、誰一人、観る人がいないのが淋しいな。
歯医者さんへ。待合時間も含め、1時間半以上。今日で治療が終わると思っていたのに、まだ続く。春なのに。
予約した時間に間に合ったのだが、30分以上、待たされた。こんなこともあろうかと、本(ヴォルテールの「哲学書簡」)を持参。が、慌てて家を出たもので、眼鏡を忘れた。待合所の窓際に移動し、陽光で懸命に活字を追う。画数の多い漢字(熟語)は、雰囲気や前後の脈絡で推測。一頁読むのに15分。
(頂いたコメントへのレス)前回は飛び込みで(予約なしで)行ったんですが、待たされるだろうと、ちゃんと本と眼鏡を持参。ところが、待つこと十分あまり。待合室にある週刊誌を眺めている間に吾輩の順番に。今回は、予約して行ったのに、待たされること30分以上。用心深い(はずの)吾輩、どんな場合も本を忘れない。が、眼鏡がない。目がない。「哲学書簡」の残り20頁ほどを読み切れるはずだったのに、2頁余りでちょんでしたよ。歯のほうは、は~~~です。
← ボクの花咲く。じゃない、木瓜の花、咲き始める。周辺には、蕾がたくさん。これからもっともっと咲くよ。
D.H.ロレンス著の『息子と恋人』 を読み始めたけど、三日目になっても、まだ、80頁も読んでない。ロレンスの自伝的な作品なのか。粗暴な父。夫婦喧嘩が絶えない貧困家庭。母は子を味方にする。父は母子には飲ん兵衛なだけの(不器用で教養のない)敵。母子の濃密な関係。そこからどんな息子が育ってくるのか。
さすがにロレンスは読ませる。外仕事などが一段落したら、しっかり読めるかな。
ロレンスの『息子と恋人』については、後日、感想を書きたい。傑作・名作の予感が濃厚。読み進めるのが楽しみだ。
ヴォルテール著の『哲学書簡』を27日、読了した。クエーカー教(徒)の話、ニュートンの万有引力理論の齎した衝撃の大きさ、痘瘡(種痘)の話など、興味深い話題が満載。
今日は、書評や感想ということではなく、彼による、パスカルの「パンセ」評を少々、メモっておく。
→ 馬酔木、満開。一か月以上は、楽しませてくれるはず。
パスカルの「パンセ」は、多少なりとも素養があれば、読んだことがなくとも、書名くらいは耳にしたことがあるだろう。
小生は、過日、何十年ぶりに読み返した。若いころ、読んでその内容の苛烈さに圧倒された思い出が今も鮮烈に残る。だからこそ、再読したいと思いつつ、気が重くて手が出せなかった。
信心や宗教的求道の苛烈さに、とてもじゃないが耐えられないと感じてしまった。鋭利過ぎる宗教的問いかけの刃が、これでもかとその匕首を突き立ててくる。寸刻たりとも心の平安を許さない厳しさ。
反論など許さない求道心をいかんせん。
ところが、ヴォルテールは、彼の『哲学書簡』の中で、パスカル(の「パンセ」)をやんわり、あるいは皮肉っぽく窘めるように評していて、今更ながらに、彼の論評は意表を突かれるようだった(悲しいかな、そんな内容を吾輩はすっかり忘れていた。昔、読んだとき、どう感じたのか。あるいはそんな常識的な、並大抵の論難など、当時の若い吾輩は拒否反応を示したのか)。
以下、本文より、パスカルの「パンセ」からのヴォルテールによる抜粋と、ヴォルテールによる論評をサンプル的に示してみる。もっと掲げるべき箇所はあるのだが、抜粋するのに長すぎるので止めた(それぞれ、パ)やヴ)とする)。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 兵どもが夢の跡(2025.01.20)
- 寒風にアカギレしてる(2025.01.19)
- 夜の底に沈んだ気分(2025.01.15)
- 初めて自分でレジ打ち(2025.01.14)
- 観る気力が湧かない(2025.01.13)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 兵どもが夢の跡(2025.01.20)
- 寒風にアカギレしてる(2025.01.19)
- 夜の底に沈んだ気分(2025.01.15)
- 初めて自分でレジ打ち(2025.01.14)
- 観る気力が湧かない(2025.01.13)
「哲学・思想・宗教」カテゴリの記事
- 夜の底に沈んだ気分(2025.01.15)
- 初めて自分でレジ打ち(2025.01.14)
- いつか掃除機も綺麗にしたい(2024.12.31)
- しらすとちりめんじゃこの違い(2024.12.06)
- 書いてはいけない 日本経済(日航ジャンボ機)墜落の真相…追記(2024.11.24)
「写真日記」カテゴリの記事
- 兵どもが夢の跡(2025.01.20)
- 寒風にアカギレしてる(2025.01.19)
- 夜の底に沈んだ気分(2025.01.15)
- 初めて自分でレジ打ち(2025.01.14)
- 家の中の移動も脅威(2025.01.10)
コメント