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2018/01/11

カミユじゃなく、デフォーの「ペスト」

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← ペストによって死屍累々となった街を描いたヨーロッパの絵画 (画像は、「ペスト - Wikipedia」より)

 午前中の呟きで、この程度の雪なら可愛いもんだ……なんて書いていたけど、とんでもなかった。我が家の庭は、かたや蔵に、かたや母屋や藪のような庭木に囲まれ、吹き溜りなのだ。風にあちこちふらついた雪が、ここは居心地がよさそうだとばかり、仲間を引き連れ、どんどん積もっていく。しかも、蔵などからの落雪も加わる。今、除雪してきた。ちょっとだけのつもりだったのに、気が付くと汗ばむほど。しかも、マスクをしないで。喉が痛いぞ(← 幸い、大事には至らなかった)。

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→ 昨日の夕方は、うっすらとした雪化粧だったのに。今朝には積雪20センチほどに。数年前までは、表から裏庭まで道を作ったものだが、もう諦めちゃったよ。

 ダニエル・デフォー著『ペストの記憶』(武田将明訳)を本日、読了した。
ペスト - Wikipedia」によると、別名が黒死病。「ノミ(特にケオプスネズミノミ(英語版))がそうしたネズミの血を吸い、次いで人が血を吸われた結果、その刺し口から菌が侵入したり、感染者の血痰などに含まれる菌を吸い込んだりすることで感染する」もの。
 とはいえ、原因の正体である菌が同定されたのは、デフォーの後の時代の話。
 本書の中では(当時の人びとの認識では)、正体がわかるはずもなく、ただ感染する、しかも、ヒトの息や持ち物、人が触れた衣服、動物からも感染すると、ひたすら恐れられていた。

 強烈な感染力。「14世紀には全世界にわたるペストの大流行が発生した。この流行はアジアからシルクロードを経由して欧州に伝播し、人口の約3割を死亡させた。全世界でおよそ8,500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2に当たる、約2,000万から3,000万人が死亡したと推定されている」とか。
「1665年にはロンドンで流行し、およそ7万人が亡くなった。後にダニエル・デフォーは『疫病の年』(A Journal of the Plague Year、1722年)で当時の状況を克明に描いている。ロンドンでは人が多く集まる大学が閉鎖され学生は疎開させられたが、当時ケンブリッジ大学を卒業したばかりのアイザック・ニュートンは故郷に疎開している間、大学での雑事から解放され思索に充てる時間が増えたことで、微積分法の証明や距離の逆2乗の法則の導出など重要な成果を残した」という。

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← 雪だし、休みだし、本日は読書三昧だな。この程度の雪なら可愛いもんだ。今日は休みで助かる。そうはいっても、玄関から車道までくらいは除雪しないと。でも、表の庭から裏庭への小道は埋もれたままにする。 

 さて、本書を読むと、ドキュメントタッチの作風になっている。語り手は虚構の人物らしく、イニシャルが示されるだけだが、どうやらデフォーの伯父から少年時代に聴いた話らしく、語り手も伯父を想定できるようだ。
 本書は、ロンドンでのペストの大流行の悲惨な状況を伯父から聞いて知悉していた。 実際に書かれたのは(刊行されたのは)、1722年。

 実は、ロンドンには飛び火しなかったものの、ヨーロッパ大陸でペストが大流行し、危機感を覚えたデフォーが、ロンドンの人びとに警鐘を鳴らす意味で、大急ぎで本書が書いたという。
 だからだろうか、本書には、最終的な推敲をされた形跡が乏しい。脈絡の混乱もあり、小説家のデフォーらしき乱れもある。
 その反面、急いで書き上げ出版しようという切迫感が文章だけじゃなく、内容の一部の混乱ぶりからも伝わってくる。

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→ 清宮質文作「さまよう蝶 (何処へ-夢の中)」 1963年 木版画 16.2×25.0cm (画像は、「南天子画廊|展覧会|清宮質文展」より)

 ペスト(黒死病)の正体など分からず、まして治療法も民間療法など怪しいものばかり。火で燻したり、アルコールに頼ったり(アルコール洗浄なら多少は効果があるかもしれないが、呑んじゃう)、
 症状にしても、爛れや膿や瘤(こぶ)など典型的なものがある一方、熱など体の不調を訴えるだけで、感染が疑われ、排除され、病人が出た家は封鎖されてしまう。
 死体は、当局が設けた巨大な穴に纏めて放り込まれるだけ(死体を移動させるのは、貧困層の人びと)。
 墓地とも言えない、埋葬地は随所に設けられたが、流行が収まるころには、土地の所有者もなく、国(王様)の土地となり、王様にツテのある人物に払い下げられる。
 土地を所有した人物は、その土地を宅地開発する。掘った穴からまだ肉片の残る骨などが見つかると、どこかへ放棄されて、そのまま開発は継続される。

 悲惨な話は満載である。
 それでも、ペストの終息が見えてくると、生き残った人々は命が助かったことを神様に感謝する。
 では、倒れた人々はどうなんだと、突っ込みを入れたくなるが、それは野暮というものか。
 ただし、ペストの惨状を懸命に描いてくれているのだが、何処か隔靴掻痒の感も覚える。
 やはり、実体験ではないからなのか。デフォー本人が渦中にあったら、どんな叙述が生まれていたか……。

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← ダニエル・デフォー著『ペストの記憶 英国十八世紀文学叢書』(武田将明訳 研究社) 「ロンドンで約10万人の死者を出したペスト大流行の詳細を、当時の公的文書や個人の記録などを基に再現した小説。伝染病の爆発的流行や都市型災害の勃発、その拡大と対策に関する貴重なドキュメントとして、今日も読み継がれている古典である」とか。

 ちなみに、「ペスト」と聞くと、カミユの「ペスト」をどうしても思い浮かべてしまう(余談だが、ペストに密接に関連する作品として、ジョヴァンニ・ボッカッチョ の「デカメロン」やアルベール・カミュ の『ペスト』があるのは、知らないでもなかったが、シェイクスピアの 『ロミオとジュリエット』も関係が深いとは意外だった。美術面での、「死の舞踏」も有名)。
 なので、デフォーに「ペスト」なる作品があることを知った時は、びっくりしたものだった。そうか、ドキュメント(聞き書き)だったんだね。
 自分は、カミユ作品は昔は人気があったし、特に「異邦人」は大好きな作品で繰り返し読んだものだった。久しぶりに、「異邦人」のみならず、「ペスト」を読み返したくなった。

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