梨木香歩作の『家守綺譚』は「いえもり」でした
← 梨木香歩/著『家守綺譚』(新潮文庫)
梨木香歩作の『家守綺譚』を一昼夜で読了した。
読みやすいこともあるが、淡々とした叙述で派手な劇的場面やドラマもないのに、なぜか飽きが来ない。
読み始めた当初、小生は、「初めての作家。当然。作品も初。題名の「家守」を「やもり」と読み、我が家にヤモリが折々出没することもあって、「ヤモリ綺譚」と思い込んで手を出した。だが、「イエモリ」と読ませる! ま、手をつけた以上は、読むよ」などと書いている。
さらに、「不思議な味わいの小品集だ。漱石の「夢十夜」を柔らかくしたような。日常的な理屈をすっ飛ばして、不思議でも、現実がそうなんだから仕方ないじゃないと、あるがままに人間界と動物界が交錯している」とも。
「梨木香歩 『家守綺譚』 新潮社」によると、「本書は、百年まえ、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である」とか。
夏目漱石の『夢十夜』の中のどの夢でもいいのだが、例えば、第一夜の冒頭付近から抜き書きしてみる(「青空文庫 夏目漱石 夢十夜」参照):
自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
しばらくして、女がまたこう云った。
「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」
自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
梨木香歩作の『家守綺譚』のどの掌編を読んでも、ほんわかした味わいに韜晦された「夢十夜」を感じられるだろう。
ここで展開されているのは、夢の論理である。本来、夢と論理など結びつくはずはないが、そこは夢の世界であるがゆえに、不条理ゆえに端的に結びつく。
事実、そうなのだから仕方がない。受け入れるしかないし、疑問が浮かんでも、なし崩しに夢の中の現実の圧倒的なリアルさに呑み込まれていく。
梨木香歩さんの作品でも、決して夢の物語ではないのだが、漱石の夢十夜的な、ただし、ややゆったりとした、<私>と私が踏み入ってしまった世界で登場する花や動物や人や魔物たちとの「のびやかな」交歓の物語が綴られていく。
奇妙なのに、のほほんとした、にもかかわらず、明治人かのような時流に乗り切れない、乗ろうともしない頑固さも見え隠れする、好ましい世界が展開されている。
かなり、独特な味わいの物語を創出する作家だと感じた。
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