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2017/11/23

富山にゆかりの作家たち(東部編)

 先月末、待望のバイクを入手した。オートバイではなくスクーターなのだが、年齢(実は、停車時足が付くかどうか)を考えるとやむを得ない選択かもしれない。
 当初は、思い付きでミニツーリングを重ねてきたが、ややバイクにも慣れてきたので、本願に戻り、文学碑ツーリングをメインにバイクを楽しもうと考えている。 
 既に柏原兵三の「長い道」ツーリングを実行している
 以後、(実際には来春以降となるが)文学(芸術)家ツーリングを行っていくに際し、富山にはどんな作家らがいるか、まずはネット上などで総覧してみる。
 まずは、富山県の東部を中心に。

 富山県ゆかりの文学碑(作家や芸術家、俳人などの碑):

富山文学ゆかりの地 高志の国文学館」によると:

黒部峡谷「冠松次郎、田中冬二など」
黒部峡谷は、黒部川の浸食によって形成された日本一深いV字谷です。トロッコ電車の愛称で知られる黒部峡谷鉄道が峡谷を縫うように走ります。大正14年(1925)、登山家の冠松次郎は、黒部峡谷をはじめて完遡し、後に『黒部谿谷』を著しました。
黒部峡谷は豊かな温泉にも恵まれ、富山にゆかりの深かった昭和の詩人・田中冬二は、黒部峡谷の秘湯・黒薙温泉をたびたび訪れて『くずの花』などの詩を残しました。黒部峡谷の玄関口にある宇奈月温泉には、開湯以来、多くの文人墨客から愛されてきた歴史があり、志賀直哉が小説『早春の旅』で描いたほか、歌人の与謝野寛・晶子夫婦や宮柊二・英子夫婦、西脇順三郎らも訪れました。

入善「柏原兵三
入善町の上原小学校跡地には、芥川賞作家・柏原兵三の小説『長い道』の文学碑があります。疎開中、柏原が身を寄せた入善町吉原から旧上原小学校まで真っすぐ延びる一本道が小説の舞台となりました。『長い道』は、漫画家の藤子不二雄Ⓐが『少年時代』として漫画化し、篠田正浩監督によって映画化もされました。

立山「田部重治、新田次郎、辺見じゅん
日本三霊山の一つである立山は、信仰の対象としてだけでなく、文学の題材としても不可欠な名峰です。富山市出身の英文学者・田部重治は、『山と渓谷』で立山登山の記録を情感豊かに記し、山岳文学の第一人者としての地位を確立しました。新田次郎の小説『劒岳 点の記』は、前人未到といわれた剱岳を舞台に、登頂と測量に挑む男たちの姿を描いたロマン溢れる作品で、平成21年(2009)に映画化されました。
幼年期を富山で過ごした歌人・作家の辺見じゅんは、エッセー『立山の精霊市』で、立山信仰の魅力や立山への思いをつづっています。

富山市「前田普羅、瀧口修造、角川源義
富山市中心部にある富山城址公園には、高浜虚子門下の四天王の一人に数えられた俳人・前田普羅の句碑があります。普羅は、そそり立つ立山連峰を仰ぎ見て、富山に住むことを決めました。雄大で美しく、かつ厳しくもある富山の風土は、日本を代表する美術評論家で詩人の瀧口修造や、角川書店を創立した俳人・角川源義など、多彩な人材を育てました。

富山市いたち川「宮本 輝、源氏鶏太
富山市街地を流れるいたち川は、豊かな地下水に恵まれ、川べりでは、万病に効くとして古くから伝わる延命地蔵尊など、湧水が多く見られます。少年時代の一時期に富山の地に住んだ作家の宮本輝は、このいたち川などを舞台に、小説『螢川』を執筆し、芥川賞を受賞しました。昭和61年(1986)に映画化され、ロケが行われた富山市辰巳町には記念碑があります。
また、いたち川が流れる富山市泉町の橋のたもとには、サラリーマン小説で一世を風靡した地元出身の直木賞作家・源氏鶏太の随想『一本の電柱』の文学碑が建てられています。

富山市八尾町「吉井 勇、高橋 治、五木寛之
富山市八尾町では、初秋の風が吹く毎年9月1日から3日にかけて、「おわら風の盆」が行われます。哀調をおびた唄と胡弓の音色にあわせて、編笠姿の男女の列が、踊りながら町を練り歩きます。高橋治の『風の盆恋歌』や五木寛之の『風の柩』の題材にも取り上げられました。また、町内には、歌人・吉井勇の歌碑などがあります。

 上掲の「富山文学ゆかりの地 高志の国文学館」には見出せなかったが、他に下記がある。

富山県にある幸田文文学碑 くずれ歩き-ウェブリブログ」によると:

立山カルデラ・鳶山崩れ(富山県)にある幸田文文学碑
1999年(平成11年10月建立
カルデラ内の多枝原展望台にあります。この文学碑は立山カルデラ砂防博物館主催の砂防体験学習会に参加されないと見ることはできません。個人的には決して見ることはできません。

柏原兵三・前田普羅の面影を求めて(上) 壺中山紫庵」によると:
 上掲の入善町にある柏原兵三の文学碑と同じ公園内に、前田普羅の句碑がある。

有峰湖「有峰ダム」 ダム湖百選」によると:
有峰湖:中河与一
「天の夕顔」文学碑
有峰周辺を舞台とし、青年の純愛と心の葛藤を描いた中河与一の小説「天の夕顔」の文学碑が、富山県と岐阜県の県境となる大多和峠に建立されています。

富山商工会議所/機関紙「商工とやま」のご案内」の中の「会報8・9月号 池大雅の雪見橋と三山完登 立山博物館 顧問  廣瀬  誠(元県立図書館館長) 」には:
江戸時代の中期、このいたち川大橋に毎日足を運んでくる人があった。日本一の南画の大家・池大雅その人であった。大雅は藩医・野中玄室の家に逗留していて、大橋から望む雪の立山の絶景に感動し、何度も何度も橋をたずねたのだという。
 明治25年、この大橋を改築したとき、大雅の伝説によって「雪見橋」と命名した。単なる雪ではなく「立山の雪」なのだ。昭和50年、雪見橋は鉄筋コンクリートに改造され、古雅なデザインを施され、大雅の伝説も刻みこまれた。

 そのほか、富山市出身の作家で知る人ぞ知る作家に、小寺菊子(尾島菊子とも)がいる。ただ、文学碑の所在(有無)については不詳である:「小寺菊子のこと 壺中山紫庵
 
 なお、現役(存命)の方ついては、今回は取り上げない。
 困るのは、富山にゆかりがあるが、文学碑はない作家。
 代表的な作家に、久世光彦がいる:
<出張編> 「無言坂」は語る ― 久世光彦の世界
久世光彦著『怖い絵』の周辺

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